著者
章 俊華
出版者
公益社団法人 日本造園学会
雑誌
ランドスケープ研究 (ISSN:13408984)
巻号頁・発行日
vol.63, no.5, pp.399-402, 1999-03-30 (Released:2011-07-19)
参考文献数
12
被引用文献数
1 2

本研究では, 中国庭園における「屋宇」による皇家庭園と私家庭園の空間構成の特徴とその隣接状況の比較について, 明らかにすることを目的とした。その結果, 皇家庭園では豪壮華麗, 雄大な自然風景の再現, 強調, 対比などの空間構成に対して, 私家庭園では借景, 対景, また狭い空間に, いかに雄大な風景を作り出すかといった空間構成の特徴が見られた。また, 皇家庭園には門, 殿, 閣などの「屋宇」との隣接パターンが良く使われている。逆に, 私家庭園の場には, 亭, 廊, 館, 軒などの「屋宇」の隣接パターンが非常に豊富であることから, 隣接状況と空間構成の特徴との係わりがわかった。
著者
齊藤 明 皆川 洋至 渡部 裕之 川崎 敦 岡田 恭司
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement Vol.43 Suppl. No.2 (第51回日本理学療法学術大会 抄録集)
巻号頁・発行日
pp.1262, 2016 (Released:2016-04-28)

【はじめに,目的】成長期野球肘は骨軟骨障害が主体であり,肘関節外側では上腕骨小頭,内側では上腕骨内側上顆に発生する事が多い。いずれも投球時の肘関節外反が関与するとされており,その制動には前腕回内・屈筋群が働くと考えられている。臨床においてもこれらの筋の硬さは頻繁に経験するが,成長期野球肘の外側・内側障害との関係は明らかにされていない。本研究の目的は,超音波エラストグラフィ(Real-timeTissue Elastography:RTE)を用いて円回内筋の硬さと成長期野球肘の外側障害および内側障害との関係を明らかにし,予防や治療の一助とすることである。【方法】A県野球少年団に所属する離断性骨軟骨炎患者8名(外側障害群:平均年齢11.3歳),野球肘内側障害患者27名(内側障害群:平均年齢11.5歳),健常小学生43名(対照群:平均年齢10.5歳)を対象に,RTEを用いて投球側,非投球側の円回内筋の硬さを測定した。測定肢位は椅子座位で肘関節屈曲30度位,前腕回外位とし,円回内筋の撮像部位は短軸像で上腕骨滑車を描出した後,プローブを遠位へ平行移動させ上腕骨滑車が消失した位置とした。硬さの解析には円回内筋のひずみ量に対する音響カプラーのひずみ量の比であるStrain Ratio(SR)を用いた。SRは値が大きいほど円回内筋が硬いことを意味する。また投球側,非投球側の前腕回外可動域を計測した。統計解析にはSPSS22.0を使用し,3群間でのSR,前腕回外可動域の比較には一元配置分散分析,各群における投球側と非投球側との比較には対応のあるt検定を用いた。【結果】投球側の円回内筋のSRは外側障害群1.77±0.39,内側障害群1.34±0.59,対照群0.88±0.34で外側障害群が内側障害群,対照群に比べ有意に大きく(それぞれp=0.050,p<0.001),内側障害群が対照群より有意に高値であった(p<0.001)。非投球側の円回内筋のSRは外側障害群1.02±0.31,内側障害群1.31±0.59,対照群0.89±0.30で内側障害群が対照群に比べて有意に大きかった(p<0.001)が,その他では有意差は認められなかった。各群における円回内筋のSRの投球側と非投球側との比較では,外側障害群で投球側が非投球側に比べ有意に高値を示した(p<0.001)が,内側障害群,対照群では有意差は認められなかった。前腕回外角度は投球側,非投球側とも3群間で有意差は認められなかった。【結論】成長期野球肘の外側障害および内側障害では,非障害肘に比べ投球側の円回内筋が硬いことが明らかとなった。特に外側障害では非投球側に比べ投球側でより硬く,内側障害では両側とも硬いことが特徴であると考えられる。また一般に臨床で用いられる前腕回外可動域は,これらの障害の特徴を反映しないことが示唆された。
著者
佐藤武 著
出版者
同文館
巻号頁・発行日
1919
著者
渡邉 泰夫 笠原 幸子
出版者
四天王寺大学大学院
雑誌
四天王寺大学大学院研究論集
巻号頁・発行日
no.12, pp.151-163, 2018-03-20

〔目的〕主体的に学ぶ介護福祉士の職業的アイデンティティの形成過程を明らかにすることを目的とする。〔方法〕主体的に学ぶ介護福祉士6 人の協力を得てLife-line Interview Method に基づく半構造化面接を行い、M-GTA を用いて分析した。〔結果〕主体的に学ぶ介護福祉士の職業的アイデンティティ形成過程は、《省察の深化に伴う葛藤》《"如何に自分で勉強するか"》《介護福祉研究を介した"やればできる感覚"の高まり》《職業的アイデンティティの探求》《社会福祉実践者という職業的アイデンティティへの帰結》という5 カテゴリーから構成された。〔結論〕専門職制度を超越した職業的アイデンティティの形成には隣接領域の資格取得に関連した学びが重要でありながらも、単なる資格取得ではなく"ふりかえり"が契機となっていることが示唆された
著者
柴田 広志
出版者
同志社大学
雑誌
社会科学 (ISSN:04196759)
巻号頁・発行日
vol.104, pp.93-114, 2014-11

セレウコス朝の第6代国王アンティオコス3世(位:前223〜187年)は,その治世初期に多くの内憂と外患への対処を迫られた。そのひとつが,小アジアで反旗を翻した王族小アカイオス(以下アカイオス)の反乱である。この有力王族は,アンティオコス3世の兄セレウコス3世の暗殺時の混乱収拾後に王に推戴されたが辞退,後に反乱を起こした際には麾下の軍の反対によって頓挫した。同時代に類例をほとんど見ないこの事例から,以下の事実が指摘できる。まず,王族による王国統治の分担という,セレウコス朝の支配体制が抱えていた問題である。このため,傍系の王族であっても,王家直系の男子の経験や年齢が不足とみられた時,他の王族が推戴される,あるいは反乱を起こす可能性があったのである。推戴直後にアカイオスが王位を辞退したのは決して忠誠心のあらわれではなく,王家直系のアンティオコス3世に取って代わる意志を当初から有し続けたものと思われる。後の王位宣言は,その現れである。これに対して,王位を継いだアンティオコス3世の軍事能力,とりわけ北方の蛮族に対する軍事的功績は,アカイオスが獲得し得なかったものであり,若い王の権威確立を可能にするものだった。アカイオスとアンティオコス3世の決定的な差は,セレウコス朝王家内における直系・傍系の差のみならず,バルバロイすなわち蛮族とされた集団に対する戦果の有無にあったことを推測し得るのである。
著者
数野 文明
出版者
国文学研究資料館
雑誌
国文学研究資料館紀要 = The Bulletin of The National Institure of Japanese Literature Archival Studies (ISSN:03869377)
巻号頁・発行日
no.01, pp.29-52, 2005-03-28

本稿は、原爆によるアーカイブズヘの影響について、これまでの「壊滅的被害」という「常識」や「先入観」を再考し、広島におけるアーカイブズ被害の実態について考察したものである。本稿は次の方法によりその課題に迫ってみた。第一に原爆前後で行政文書がどう扱われたのかを、県庁職員への聞き取りと被爆手記により解明し、県庁の文書疎開の実態を明らかにする。第二に戦前期作成された広島県行政文書(とくに県議会文書)についてその履歴と戦後の文書引継ぎ状況を解明する。第三に県以外の国や市の行政機関や民間事業所・団体等における記録の疎開状況を明らかにする。結論は次のようである。広島県庁は被爆で全焼するが、被爆前の昭和20年(1945)6月以降に議会担当の庶務課の重要文書は広島県中部の高田地方事務所へ疎開された。時期不詳だが、広島県西部の廿日市市地御前の教員保養所、広島市内の安芸高等女学校及び盲学校にも文書は疎開された。それらの文書は被爆後回収され業務に利用された。これまで戦後の「収集」文書とみなされてきた県議会文書も、戦時の疎開文書だった。被爆を免れた広島県行政文書は少なくとも1600冊以上あったと考えられ、うち680冊程度は現在確認できない。疎開文書の一部は敗戦時の焼却や戦後の庁舎移転時の廃棄等により失われた。広島市や国の機関は主に昭和20年6月から7月にかけて戸籍や土地台帳、重要書類や江戸期以来の土地租税資料、判決原本、訴訟記録、登記関係書類、刑事事件簿などを広島市や広島市郊外(可部町・中野村・白木町)及び県北部の庄原区裁判所などへ疎開させた。民間事業者・宗教団体も、伝票・過去帳や重要書類を疎開させた。同年6月から7月にかけて、疎開の気運が高まり、組織体の文書・記録や史料が疎開され守られた。原爆により地域の文書・記録は「壊滅」したのではない。むしろ戦後その一部が失われた。This paper investigates the truth about how the atomic bomb affected the archives in Hiroshima. There is a preconceived notion that those archives must have been destroyed at that time and this is regarded as the accepted position. This pre-conception is reconsidered here and the actual damage which the archives suffered in Hiroshima is elucidated.The subject of this paper is approached by the following process: Firstly, interviews with the prefectural office workers and the witness notes of the atomic bomb are examined to clarify how the administration documents were treated before and after the atomic bomb. The actual circumstances of the evacuation of the Hiroshima Prefectural Office are clarified.Secondly, for the wartime period, how the Hiroshima administration documents (especially the Prefectural Assembly documents) were handled is clarified.Thirdly, the circumstances of the evacuation of the records of the governmental agencies other than the Prefecture-the national organization and the city ones, and also those of the private sector organizations are clarified.The conclusions are as follows: Although the Hiroshima Prefectural Office was destroyed, the important documents of the Administrative Affairs Division, which was in charge of the Parliament, had already been evacuated to the Takada local office which was located in the central part of Hiroshima sometime after June in Showa 20 (1945) but before the bombing.At some unknown time, some other important documents of the Hiroshima Prefectural Office were also evacuated to the Teacher's Resort House in Jigozen, (in Hatsukaichi City in the Western part of Hiroshima), the Aki Girls' High School in Hiroshima, and the Hiroshima Blind School. Those documents were gathered together again after the war and used for business.Most of the Prefectural Assembly documents, usually considered the ''collection'' in the post-wartime, were actually ones which were saved by evacuation. It is thought that at least 1600 volumes of Hiroshima administration documents escaped contamination by the atomic bomb. Of these, about 680 volumes cannot now be traced. Some of the evacuated documents could have been lost by incineration at the time of defeat, or by abandonment when the Prefectural Office building was relocated in the post-war period.Mainly during June and July in Showa 20 (1945), Hiroshima City Hall and the organizations of the national government evacuated their important documents including the family registers, the land ledgers, the historical records of the land tax since the Edo era, the original judgments, the law suit records, the registration-related papers, and the criminal casebooks. They were moved to the Hijiyama Hill in the city, to the suburb, Kabe town, Nakano village, and Shiraki town) and the Shobara Court in the northern part of the prefecture. Private enterprises and religious bodies also evacuated their important documents, the slips and the death registers.From June to July in Showa 20, the need for evacuation grew so much that the records of the organizations and historical materials were evacuated and protected. The records of this area were not ''damaged destructively" by the atomic bomb. Rather, some of them were lost after the war.
著者
會澤 まりえ 大野 実
出版者
尚絅学院大学
雑誌
尚絅学院大学紀要 (ISSN:13496883)
巻号頁・発行日
vol.59, pp.23-34, 2010-07
被引用文献数
1
著者
野中 隆 福岡 秀敏 竹下 浩明 日高 重和 七島 篤志 澤井 照光 安武 亨 永安 武
出版者
日本腹部救急医学会
雑誌
日本腹部救急医学会雑誌 (ISSN:13402242)
巻号頁・発行日
vol.30, no.3, pp.491-493, 2010-03-31 (Released:2010-05-11)
参考文献数
11
被引用文献数
1

患者は50歳男性。性的嗜好にて肛門に長さ15cm,直径10cm程度の薬瓶を挿入。自身でペンチを用いて取り出そうとしたが摘出できず,ビンが割れて出血してきたため当院救急外来受診となった。腹部単純X線では小骨盤腔内にはまり込んだ破損したガラス瓶を確認し,腹部CTの3次元再構築画像でガラス瓶の破損部位などの詳細な状況を把握しえた。経肛門操作による摘出は困難と判断し,同日緊急手術を施行。肛門より破損したガラス瓶の入口部より自動吻合器(サーキュラーステイプラー)を挿入し,直腸RS部を切開し逆行性にガラス瓶を摘出した。直腸切開部は離断し人工肛門を造設し手術を終了した。直腸異物は,性的嗜好や事故により肛門から器具などが挿入され,抜去不可能となったものである。破損したガラス瓶摘出を行う際には,事前に形態や破損状況を確認し,状況に応じた適切な手段を選ぶ必要がある。
著者
清水 哲郎
出版者
公益財団法人 医療科学研究所
雑誌
医療と社会 (ISSN:09169202)
巻号頁・発行日
vol.25, no.1, pp.35-48, 2015-04-30 (Released:2015-05-12)
参考文献数
4
被引用文献数
2

本人・家族の意思決定支援について,公表されている二つの意思決定プロセス・ガイドラインが示すところを踏まえた上で検討する。まず,厚生労働省ガイドライン(2007年)を整合的な文書として読解すると,話し合いを通して関係者が合意形成することが本人の自己決定を尊重することに先立っており,合意が成った場合に本人の意思決定を基本とする」としていることが分かる。また,日本老年医学会のガイドライン(2012年)は,厚労省ガイドラインの考え方を受け継ぎ,かつその内容を臨床的により具体的に,必要条件のみならず十分条件まで示すものである。次に,通常の治療方針に関する意思決定プロセスにおける本人ないし家族の支援について,情報共有-合意モデルが示す関係者の共同決定というあり方を提示し,それは本人(家族)が状況を分った上での意向を形成するよう支援するプロセスでもあることを提示し,支援のあり方を検討する。最後に,将来のケア・治療について予め考える場面について,事前指示とACP(ケア計画事前作成プロセス)を取り上げて,意思決定支援を中心に考え,ことにACPが目指す成果を最期の時点に関する事前指示というように限定せず,本人が現在以降の人生を見渡して,予想される衰えの程度と相関的にどのような治療・ケアを受けるかの心積りをしていくことこそ,本人にとって肝要であることを示す。
著者
本間 敏彦 坂井 建雄
出版者
Primate Society of Japan
雑誌
霊長類研究 (ISSN:09124047)
巻号頁・発行日
vol.8, no.1, pp.25-31, 1992 (Released:2009-09-07)
参考文献数
23
被引用文献数
2

Anatomy of the intrinsic and extrinsic hand muscles concerning the thumb movement were studied in 6 primate species including tree shrews, slow lorises, a squirrel monkey, crab-eating monkeys, an orangutan and man. Four thenar muscles which represent the intrinsic muscles are found in all the species examined except for the tree shrews which lack M. opponens pollicis. This muscle effects an opposable movement of the thumb against the other fingers in the prosimians and the higher primates. The opposable movement which enables grasping of tools is most effective in the man. Among the four extrinsic muscles, M. extensor pollicis brevis (EPB) and M. flexor pollicis longus (FPL) are unique in the man. In the other species examined, the former is totally absent and the latter may be represented by a tendon coming from M. flexor digitorum profundus. EPB and FPL work together to flex specifically the phalangeal joint of the thumb without bending the other joints. Thereby FPL flexes the distal phalanx and the EPB stabilizes the proximal phalanx. In the other primates, flexion of the joint is inevitably accompanied by bending of the distal phalangeal joints of the other fingers, as seen in the human toes.
著者
三宅 牧人 桑田 真臣 穴井 智 辰巳 佳弘 井上 剛志 千原 良友 平尾 佳彦 藤本 清秀
出版者
日本泌尿器内視鏡学会
雑誌
Japanese Journal of Endourology (ISSN:21861889)
巻号頁・発行日
vol.27, no.2, pp.373-381, 2014 (Released:2014-11-07)
参考文献数
20

膀胱癌に対する5-アミノレブリン酸(5-ALA)を使用した蛍光膀胱鏡補助下経尿道的膀胱腫瘍切除術(TURBT)の診断精度および膀胱内再発予後の向上について検討した.膀胱癌96例を対象とし5-ALA溶液を経口または膀胱内投与し,白色光モードおよび赤色蛍光検出モードを切り替えながら膀胱内を観察した.採取した膀胱上皮組織の病理診断結果とモード別の画像所見から診断精度を評価した.白色光モードと比較して,蛍光検出モードでは特異度は低下したが(76.3% vs. 白色光84.6%),癌検出感度は向上した(84.5% vs. 白色光71.6%).蛍光膀胱鏡補助下TURBT症例と従来の白色光下TURBT症例をhistorical controlとして再発率を比較したが有意な差は認めなかった.蛍光膀胱鏡補助下TURBTは,診断薬5-ALAに起因する重篤な副作用もなく,癌の検出に有用で安全な手技であることが示されたが,治療成績については今後の多数例での前向き比較試験での評価も必要である.
著者
山田 潤 松田 秀喜
出版者
Brewing Society of Japan
雑誌
日本醸造協会誌 (ISSN:09147314)
巻号頁・発行日
vol.104, no.11, pp.866-873, 2009 (Released:2016-02-15)
参考文献数
26
被引用文献数
1 3

かつお節は古来より使用されてきた日本の伝統的な調味料である。培乾した荒節にカビ付けした枯節は発酵食品といえる。かつお節のDPPHラジカル消去活性は,100℃,30分間の抽出時に最も強い値を示し,鰹だしの抗酸化活性成分として,クレアチニンとフェノール系の2-methoxy-4-methyl-phenol,4-ethyl-2-methoxy-phenolを同定し,さらに鰹だしにより加熱調理時のイワシの酸化が抑制されることを明らかにしたので解説していただいた。鰹だしは醤油加工品であるめんつゆやだし入り味噌などに使用されており,これらの製品においても抗酸化作用が期待される。
著者
松本 典久
出版者
慶應義塾大学日吉紀要刊行委員会
雑誌
人文科学 (ISSN:09117210)
巻号頁・発行日
no.24, pp.45-108, 2009

はじめにチョムスキーの生い立ちペンシルヴェーニア大学社会批評家としてのチョムスキー無政府主義者チョムスキー逆風のなかでグローバリゼーションへの対応9.11事件