著者
桜井 泰憲 齊藤 誠一 BOWER John R. 山本 潤
出版者
北海道大学
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
2003

本研究は,スルメイカを対象として,気象の寒冷・温暖レジームシフト,アリューシャン低気圧の発達に影響される冬季季節風の強さ,海面気温などによって変化する本種の再生産・加入海域の表層暖水と季節混合層深度の季節・経年的変化が,再生産-加入過程を通して,どのように資源変動へと影響しているのかを明らかにすることを目的としている.申請年度3年間の成果は以下の通りである.人工授精により得たふ化幼生を用いて,各発育段階の幼生の鉛直方向への遊泳行動を精査した.その結果,発育ステージ31以降の幼生だけが,水温18-23℃の条件下で垂直上昇遊泳し,特に19.5-23℃の狭い水温範囲で最も活発に遊泳することを確認した.そこで,スルメイカの新しい再生産仮説として,「スルメイカの再生産可能海域は,水深が100m〜500mの陸棚から斜面上の表層暖水内であり,その水温が18〜23℃,特に19.5-23℃で,中層に水温躍層が発達する海域」を提案できた.この新再生産仮説に基づいて,2000-2005年の冬生まれ群の再生産海域である東シナ海の冬季の再生産可能海域を抽出した.その結果,黒潮流軸より大陸側の東シナ海に南西に伸びた細長くて狭い陸棚斜面域と薩南海域が,スルメイカの産卵からふ化幼生の生残に最も適した海域であることが明らかにできた.さらに,ネット採集したふ化直後の1mm未満の幼生は,九州南東の黒潮内側の複雑な渦流域の表層に集積することが判明した.特に,薩南海域では黒潮の前線波動による集積と本州沿岸への受動的輸送の可能性を見出した.また,新再生産仮説に基づいて,1970-80年代の寒冷レジーム期における冬の再生産海域は著しく縮小もしくは消滅し,1980年代後半からは陸棚斜面に沿って形成されることが明らかにできた.これにより,より精度の高い気候変化に応答する再生産機構の成否の解明に,新たな研究展開の道ができた.
著者
堀口 健雄
出版者
北海道大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
1996

本研究は渦鞭毛藻類における眼点の多様性の実体を把握しようとするものである。また,分子系統学的な解析により,渦鞭毛藻類において眼点がどの系統で獲得され,あるいは二次的に消失したのかといった問に対する答えを見いだすことも目標とした。さらに特殊な眼点をもつDinothrix paradoxaについては,その眼点の分裂機構を明らかにつることに努めた。各地から採集した渦鞭毛藻類の眼点の有無を調査した結果,タイドプールに生育するGymnodinium pyrenoidosum,Scrippsiella hexapraecingula,Scrippsiella sp.の3種で眼点の存在が確認された。これらの眼点の微細構造を調べたところ,3種とも葉緑体中に脂質顆粒が並ぶタイプの眼点で,しかも脂質顆粒が2列に並ぶ構造をもっていた。このように脂質顆粒が2列に並ぶタイプの眼点は今まで知られていない。18SrRNA遺伝子の塩基配列を9種類の渦鞭毛藻類について決定し,DDBJのデータベースから取得した25種のデータを加えて分子系統解析をおこなった。その結果,同じタイプの眼点をもつG.pyrenoidosumとS.hexapraecingula が単系統となり,D.paradoxaも上記2種と同じクレードに含まれることが明らかとなった。このことは特殊であるとされるD.paradoxaの眼点も通常の眼点の変形である可能性を示唆するものである。D.paradoxaの眼点の分裂については光学顕微鏡レベルで連続観察をおこなった。その結果,元の眼点は分裂することなく,細胞質内でde novoに眼点が形成されるらしいことが明らかになった。この点については,眼点を包む膜の由来などの問題もありさらなる検討が必要である。
著者
吉田 克己 長谷川 晃 瀬川 信久 稗貫 俊文 田村 善之 潮見 佳男 曽野 裕夫 道幸 哲也 亘理 格 山下 竜一 池田 清治 村上 裕章
出版者
北海道大学
雑誌
基盤研究(A)
巻号頁・発行日
2002

本研究の目的は、現代社会を構成する政治=行政、経済=市場、生活=消費という3つのサブシステムの内部変化と外部変容(相互関係の変化)を、実定法学という観点から構造的・総合的に把握することである。共同研究を通じて、これら3つのサブシステム相互関係の変容を端的に表現するのが公私のクロスオーバーという現象であることが明らかとなった。また、そのような問題が集中的に現れる問題領域として、競争秩序と環境秩序があることも明らかになった。競争秩序の維持・確保は、その公共的性格のゆえに、伝統的に行政機関が担当すべきものとされてきた。ところが、近時、市民を主体とする民事法的対応の可能性が模索されている。このような動向に応じるためには、市民を主体とするものとして「公共性」を捉え返す必要があること、そして、競争秩序違反に対する損害賠償や差止を可能にする法理もまた、そのような観点から再構成されるべきことが解明された。さらに、競争秩序の形成に関して、上からでなく、下からの自生的秩序形成の可能性とその条件が検討された。競争論の観点からの民法学の原理論的考察も行われ、物権・債権の二分法に基礎には競争観念があることが明らかにされた。環境秩序に関しては、近時、理論的にも実践的にも重要な争点となっている景観問題などを素材として、公私のクロスオーバー現象が分析された。行政法の領域からは、公益、個別的利益および共同利益の相互関連が検討され、民事法の領域からは、差止を可能にする法理として、地域的ルール違反に対するサンクションとしての差止という法理が提示された。そして、刑法の領域からは、環境を保護法益として捉える場合のおける近代刑法原理の限界に関する分析が行われた。さらに、「憲法と民法」の相互関連という問題を通じて、公私の再構成に関する原理的な検討が行われた。
著者
福田 正己 高橋 修平 曽根 敏雄 石崎 武志 成田 英器 高橋 伸幸
出版者
北海道大学
雑誌
一般研究(B)
巻号頁・発行日
1989

1.地下氷の存在が確認されている置戸町鹿の子ダムサイト斜面で、凍土の水平的な分布を確認するために、電気比抵抗探査を実施した。その結果、表層部で高い比抵抗値を示しており、同時に行った1m深さの地中温度の水平分布で示された低温地域と一致した。 2.かつて地下氷の存在が確認されていた地点に10m深さの検層孔を設け、3年間にわたって50cm毎の垂直地中温度分布の経時変化をモニタ-した。その結果、1988ー1989年までは表層から1m〜5mまでは、年間を通じて凍結状態にあり永久凍土の存在が確認できた。しかし、1989年の冬季が暖冬であり、引き続く1990年夏が暑かったため、1990年夏季に一旦凍土層が消滅した。 その後、冬季の寒気によって再び凍土層が再生しつつある。 3.低山地に形成分布している置戸町の永久凍土と比較するため、大雪山の永久凍土の分布と構造を明らかにするための現地調査を実施した。まず電気抵抗探査により、大雪山平ガ岳村付近のパルサ分布地域で、永久凍土の水平及び垂直探査を行った。同一地点で、凍土のボ-リング探査を行い、凍土の垂直分布が電気探査結果と一致するのを確認した。さらに、得られた凍土コア-サンプルを用いて、花粉分析とAMS^<14>C年代測定を行い、古環境の復元を行った。 4.花粉分析の結果、3mー5m深さでは、コナラ層とハンノキ層の花粉の出現頻度が高く、かつての温暖期に対応するものと推定される。1mー3mでは貧〜無花粉層となり、寒冷期に対応する。1m以浅では、エゾマツとアカエゾマツが多くなり、次第に温暖化してきたことを示唆してる。80cm深さから得られた腐食物の^<14>C年代は7060±200BPYとなった。これは後氷期の温暖期に一致しており、花粉結果に対応付けることができた。
著者
関口 翔太
出版者
北海道大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2010

細胞質一核間の物質輸送は、核膜に存在する多数の孔(核膜孔)を通して行われている。この核膜孔は、細胞膜と共に遺伝子導入における障壁として存在し、このために効率的な遺伝子発現が行えないことが知られている。したがって、細胞膜や核膜孔を効率的に通過するマテリアルの作製及びその通過メカニズムの解明は、遺伝子導入における重要課題とされている。本研究は、これまで申請者が作製してきたナノ微粒子をツールとして、細胞膜や核膜孔を通過するマテリアルを作製し、それらの通過メカニズムを解明することが目的である。研究計画にしたがって、目的であるナノ粒子の核移行性の付与とそのメカニズム解明を達成することが出来た。本年度は更に、遺伝子導入におけるもう一つの障壁である細胞膜を通過するマテリアルの作製を行った。細胞膜は脂質二分子膜で構成されており、その内部が疎水性空間になっていることが知られている。しかしながら、ナノ粒子は一般に親水性であるため、この膜を通過することができない。そこでナノ粒子に、親水性、疎水性の双方に親和性のある両親媒性を付与することで膜の通過が可能になると考えた。作製した両親媒性ナノ粒子は、細胞膜のモデルとして知られているリボソームを、膜陥入によって通過することが分かった。この現象は実際の細胞膜でも観察され、両親媒性ナノ粒子は細胞内に効率的に取り込まれることが分かった。この粒子の細胞膜通過性とこれまでの成果である粒子の核移行性を合わせることができれば、遺伝子導入や核酸医薬へ応用する上で有用な手段となる。この成果は、現在論文としてChemical Communications誌に投稿中である。(S. Sekiguchi et al., Chem. Commun. 2013, in submission)
著者
上田 博 梶川 正弘 早坂 忠裕 遊馬 芳雄 菊地 勝弘 和田 誠 ソラス M.K.
出版者
北海道大学
雑誌
基盤研究(A)
巻号頁・発行日
1998

北極域の気候変動や水循環を解明する上で、ポーラーローを含む北極低気圧の発生・発達過程と北欧北極圏やノルウェー海上での水蒸気輸送や雲、降水粒子の形成過程を明らかにするために、地上リモートセンサーを用いた現地観測を行なった。1999年1月から4月までスウェーデン・キルナで現地のスウェーデン宇宙物理研究所の協力を得て気象観測用Xバンド鉛直ドップラーレーダーのデータを取得した。得られたデータを解析した結果、スウェーデン・キルナ地方の降水はスカンジナビア山脈の影響を強く受け、空気塊の斜面上昇による山岳性降水やノルウェー海上を北上する低気圧に伴う上層の前線からの弱い降水と山脈の強制上昇の影響を受けた下層雲との相互作用によって降水が増強されている様子が観測された。また、1999年10月にノルウェー海の中央に位置するベアー・アイランドのノルウェー気象局の観測所、スピッツベルゲン島・ニーオルセンの国立極地研究所の観測施設に出かけ、北極圏の低気圧に関する資料やデータを収集した。また、その際に簡易気象観測機器を設置して北極圏の低気圧に関してのデータを取得した。これらのデータは厳冬季を含む北欧北極圏やノルウェー海上での雲や低気圧の構造・発達過程、水循環・輸送過程が明らかになり、ポーラーローを含む北欧北極圏での気象擾乱の構造や水・エネルギー循環を明らかにするための基礎データとなることが期待される。
著者
向井 紳
出版者
北海道大学
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
2009

本研究では研究代表者らが開発した氷晶テンプレート法により作製したマイクロハニカム状モノリス体の複合化による高機能化を目指した。まずはÅオーダーからサブAmオーダーのサイズを有する活性種をモノリス体に固定化する技術を確立した。これらの技術を利用し、光触媒、液相用固体酸触媒、イオン交換体として利用でき、流体に対する抵抗が非常に低いモノリス体の製造に成功した。さらに有機-無機ハイブリッドを前駆体に用いることにより、高い耐熱性を有するモノリス体の製造にも成功した。
著者
石川 健三 鈴木 久男 中山 隆一 河本 昇 末廣 一彦 JACKIW Roman WIEGMANN Pau 細谷 裕
出版者
北海道大学
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
1998

低次元場の理論の研究とその応用をテーマとする本研究では、量子ホール効果の場の理論、重力の量子論並びに弦の量子論が中心的課題として取り上げられた。これら物理学の基本的諸問題に関する多方面にわたる研究が展開され、以下の成果があげられた(1)極めて特異な量子的な物理現象である量子ホール効果の厳密性に関して、ホール系のガス状態が負の圧縮率を持つことが示され、さらにこのことより縦抵抗が有限な値をとる現実の実験状況下でもホール抵抗の値が厳密に量子化されることがしめされた。また、量子的な多体効果が重要な働きをしている分数量子ホール諸問題について、空間の対称性を最大限に保つvon Neumann格子表現を使い、相互作用によりfluxが凝縮し、Hofstadterのbutterflyスペクトルと同様なものになる一粒子状態を持つflux相に基ずく新しい平均場理論が提案された。この意味で、Hofstadterのbutterflyスペクトルと分数量子ホール効果の関連が初めて明らかにされた。(2)時間や空間の反転に関する不変性を破る超伝導では量子ホール系と同様に電磁場に対するChern-Simons項が導かれる。磁場の役割をp波のCooper対凝縮がし、u(1)対称性が破れているときのChern-Simons項の係数には補正があること等について解明された。(3)任意次元に一般化された偶数次元のChern-Simons作用が無限階質量殻上既約という極めて特殊なゲージ対称性の構造を持つ理論であることが示されまたこの理論の量子化に成功した。(4)3次元Chern-Simons重力と4次元BF理論を格子上にのせる試みに成功した。(5)ストリング理論におけるD-Particleの有効理論のコンフォーマル対称性が示され、またハミルトンーヤコービ方程式を用いたストリングの新しい定式化にせいこうした。(5)超弦理論について、その相転移がヒッグス場による対称性の破れと解釈できる相転移点まわりでの物理量の計算について、定量的に解析する技術の開発に成功した。(6)量子情報理論における量子的絡み合い状態についてのエントロピーの持つ関係式の導出に成功した。
著者
岸 邦宏
出版者
北海道大学
雑誌
若手研究(B)
巻号頁・発行日
2001

平成13年度はロジット型価格感度測定法(Kishi's Logit PSM ; KLP)の精緻化に重点を置いて研究を進め、モデルの評価指標の信頼性について明らかにした。平成14年度はその結果を受けて、KLPを用いて公共交通機関の運賃と利用者数について分析を行った。適用事例を以下に示す。1.北海道におけるコミューター航空北海道宗谷南部地域において空港が建設され、コミューター航空が就航された場合の運賃評価について意識調査を行った。業務目的と観光目的、目的地が道央圏と首都圏について分析を行い、それぞれの運賃評価と市場規模を考察した。2.北海道新幹線の函館開業時北海道新幹線が函館まで延伸された場合の函館〜東京・東北地方の運賃について意識調査を行い、利用目的によっての詳細な運賃評価から、北海道新幹線開業時のサービス提供方策を提言した。また、KLPのさらなる理論構築を目的として、公共事業に対する住民の負担金領の評価と道路構造改良による心理的負担軽減の価値について適用を試みた。前者は北海道の4都市における除雪事業について、住民の望む除雪水準とそれに対する住民の費用負担意識を分析した。その結果、住民は除雪水準の向上に対して費用負担の増加を受け入れることが明らかになった。後者については、山間部における高規格幹線道路の安全性に対する価値を通行料としてKLPで評価した。そして、KLPの評価指標のうち、基準価格を用いて心理的負担軽減の価値を求め、道路解消による心理的負担軽減の便益を算出した。以上、主に4つの意識調査を行い、KLPによる利用者の運賃評価と利用者数についての検討、そして公共事業の価値の評価手法としてKLPの理論構築を行った。
著者
山田 知充 井上 治郎 川田 邦夫 和泉 薫 梶川 正弘 秋田谷 英次
出版者
北海道大学
雑誌
重点領域研究
巻号頁・発行日
1987

降雪や積雪などの雪氷現象に関わる災害の中で, 新聞に報道されるものは社会的関心が高く, 日常生活に深い関わり持っている. 雪害は自然現象と人間社会との関わりであるから, 地域や季節および時代により雪害の内容や発生機構は変化する. 本研究では新聞記事からの雪害事例収集を統一的に行い, 雪害記載カードを作製し, これを基に雪害のデータベースを作製した. 北海道, 秋田県, 新潟県, 富山県, 石川県, 滋賀県, 京都府, 福井県, 兵庫県について, それぞれの地方新聞を用いて, 豪雪年(昭和55-56年冬期)寡雪年(昭和61-62年)の2冬期分につき約1,800件のデータベースを完成した.一方, 雪害と自然現象を対比するため, 対象地域の2冬期分のアメダスデータを磁器テープから地域別に編集し, フロッピーデスクに収録した. 雪害の発生, 規模, 内容の地域特性と自然現象を比較するため, 本年2月末, 対象地域一体の126地点にわたって積雪調査を実施した.いずれの地域も, 雪害件数の最多は道路や鉄道等の交通等の交通障害, 次いで雪が原因となった交通事故であった. 豪雪年は道路除雪が不備なため, 走行車両の減少と低速走行のため, 事故件数は減る傾向にあるが, 除雪が完備すると事故件数の増加が予想される. 豪雪年には建物の倒壊や雪処理中の人身事故が目だつ. 京都, 滋賀では列車の運行規制, 道路のチェーン規制, 北陸地方では屋根雪処理中の転落事故, 東北地方では他県での降雪による列車の遅れ(もらい雪害), 北海道では空港障害が多く, 雪害の種類や規模の地域的特徴が明らかとなった. 雪に対する防災力が地域と季節によって大きく変化するため, 雪害を発生させる降雪量は地域差が大きい. 小雪地では数mm/dayの降雪で雪害が発生するが多雪地では40mm/day程度である. 社会の進化に応じて雪害の様相も変化するため, 雪害の予測や対策のために継続した調査が必要である.
著者
土井 光祐
出版者
北海道大学
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
1996

国語史資料として利用し得る新たな密教関係伝授聞書類を発掘すべく関西を中心とする古社寺、各所蔵機関の実地調査を行い、書誌調書の作成、写真撮影、本文転写を行って、資料の成立背景についての基礎的な分析を行い、国語史資料としての性格を考察した。主な調査機関は、東大寺図書館、仁和寺、神奈川県立金沢文庫、随心院、高山寺である。密教関係伝授聞書類は、密教の師資相承の中で成立するものなので、この観点から成立背景を確認することは不可欠の作業となる。特に、高山寺、仁和寺については、これまで相当に研究が進められてきており、その成果を参照しつつ個々の調査資料をその中に位置付けていくことを並行させつつ考察を進めた。この為には同一の教学環境で成立する関連諸資料との関係を確認することが必要であって、「金剛界念誦次第」「胎蔵界念誦次第」等の「次第」類や、諸尊法の類の加点本も併せて調査した。この過程でいくつかの重要資料を発掘することができたが、中でも仁和寺蔵「金剛界注」鎌倉時代初期写本は金剛界念誦次第の注釈書であって、仁和寺中興の祖である守覚法親王の自筆になるものであり、特に注目される。注釈には片仮名交り文も使用され、非常に詳細な墨点(仮名、ヲコト点(円堂点)、返点、声点、合符)が加えられている。一般に密教事相関係書で字句の訓詁注釈を行うものは極めて稀であるが、本資料によって従来確認の困難であった事相上の術語の鎌倉時代初期における確実な訓法が初めて確認される場合も多く、又、片仮名交り文の中には「ドコ」「デ(格助詞)」等、平安時代には一般に稀な新語の使用も認められる。本資料については、『訓点語と訓点資料』第99輯(平成8年3月発行)に全文の影印、翻字及び解題を掲載した。
著者
中村 研一 本田 宏 清水 敏行 佐々木 隆生 遠藤 乾 松浦 正孝 川島 真 宮脇 淳
出版者
北海道大学
雑誌
基盤研究(A)
巻号頁・発行日
2002

本研究は、地球市民社会に関する共同研究である。研究の実施過程で、ロンドン大、ケンブリッジ大、ダッカ大、韓国高麗大など各国研究者と研究打合せを実施し、地球市民社会に関する理論枠組をテーマとした研究会を行った。また、地球市民社会研究の基本資料として、市民社会、地球市民社会の二次文献を体系的に収集した。近代史を顧みると、政治的意志を持ち、それを表現する市民/個人、およびそのネットワークと運動体は、国家や地域、そしてそれらの境界を超えた国際的な舞台においても、政治的変革と規範形成の役割を果たしてきた。さらに民主主義が普遍化した今日、市民/個人は、国家や自治体においてのみならず、世界においても、決定的な重要性をもつものである。なぜなら、およそ人間行動に必要とされる統一的な決定や価値配分を正統化しうる主体は、市民あるいは個人の集合としての民衆以外にはないからである。ただし、一九七〇年代頃までは、世界政治は国家政府機構を主体とし、世界経済は営利企業が支配してきた。しかるにこうした趨勢は、二〇世紀末の世界において転換を示し、非国家組織(NGO)および市民運動・社会運動が、政府組織、営利企業に対比し、「第三の力」(アン・フロリーニ)と呼ばれている。さらには、世界政治において、国家アクターからNGOへの「パワーシフトが生じている」(ジェシカ・マシューズ)という大胆な議論まで、現れるにいたった。もはや地球市民社会が無視し得ないことは明瞭である。二一世紀初頭の世界において、市民とその地球的ネットワークが、現実政治のなかでどれほど政治的役割を果たしているのか。また、どれほどの政治的役割を担うことが可能であるのか。さらにどこまで、どのような役割を演じるのが適切なのであろうか。これらの問いに答えることが、本研究の課題となった。また本研究では、韓国、台湾、バングラデシュ、日本など、アジアにおける市民とNGOの考察が、重要な一本の柱となっている。市民という概念が生まれ、また地球市民社会が最初に興隆した西欧と対比して、アジアの政治経済風土においては、市民や個人、そしてNGOの果たす役割は、どこまで類似し、どのように異なっているのであろうか。このような課題に取り組んだ成果の一部である論文と収集資料のリストを報告書にまとめた。
著者
吉田 克己 田村 善之 長谷川 晃 稗貫 俊文 村上 裕章 曽野 裕夫 松岡 久和 池田 清治 和田 俊憲 山下 龍一 亘理 格 瀬川 信久 秋山 靖浩 潮見 佳男 伊東 研祐
出版者
北海道大学
雑誌
基盤研究(A)
巻号頁・発行日
2005

公正な競争秩序や良好な自然環境、都市環境を確保するためには、行政機関や市町村だけでなく、市民が能動的な役割を果たすことが重要である。要するに、公私協働が求められるのである。しかし、公私峻別論に立脚する現行の実定法パラダイムは、この要請に充分に応えていない。本研究においては、行政法や民法を始めとする実定法において、どのようにして従来の考え方を克服して新しいパラダイムを構築すべきかの道筋を示した。
著者
安西 眞 ARTIMOVA J. ARTIMOVA Josefa
出版者
北海道大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2009

アルティモヴァ博士の研究目的は、全体として、新約聖書が成立した文化的背景と、現在、スロヴァキアで試みられている新約聖書のスロヴァキア語訳の背景となっている文化との差異をどのような方法で明らかにし、また、それを翻訳にどのように生かすかについての、研究である。文献学的であると同時に、文化接触研究でもあるという境界的な研究であるといえる。今回の外国人特別研究員としての北大文学研究科での研究は、すなわち、科学研究費の支援を受けてのものである研究は、近代日本がその聖書翻訳史の中でその問題をどのように取り組んで来たかを、理解することが主たる目的であったと言える。北大の学生たちと、聖書の日本語訳や、英語訳をつうじての勉強会を主催しつつ、日本語訳や、日本文化と古代地中海文化との差異の問題を理解し、日本語訳が抱えている問題を知り、かつ、そこで得た知識を自分の本来の研究の目的である、スロヴァキア語訳聖書の向上のために使おうとする、きわめて特異な試みであったと言える。日本語は欧州の言葉を基盤とする研究者にとって、それが言語の専門家であってもそれほど修得が容易な言語とは言えないので、成果はそれほど短時日で、直接の形で、現れることが期待はできないが、長い目で、かつ、彼女のスロヴァキア本国における研究成果の全体の中で、必ずや、この2年間の科学研究費補助金による研究が、間接的であろうとも、現れることを期待したい。
著者
津田 正史
出版者
北海道大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2004

マクロリド化合物Amphidinolide類は、海産扁形動物ヒラムシ(Amphiscolops sp.)の体内に共生する渦鞭毛藻Amphidinium sp.が生産するマクロリドであり、培養腫瘍細胞に対して強力な細胞毒性を示すことが知られている。これまでマクロリド生産能をもつAmphidinium sp.の検出・同定は、藻体抽出物を化学的に分析することにより行ってきた。しかし、Amphidinium sp.のマクロリド生産性が高くないことに加えてAmphidinium sp.自体の増殖速度が遅いことから、細胞を分離してから検出し、大量培養を行うまでに半年以上を要していた。そこで今回、目的とするAmphidinium sp.をより迅速に探索する方法論を検討した。当研究室で保有するAmphidinium sp.5株について系統解析を行ったところ、マクロリドを生産する株としない株は、異なる系統に属することが分かった。そこで、これらの18S rDNA配列を比較し、マクロリド生産能をもつ株に特異的なBELAU2-BELAU9プローブ、それと同位置を増幅させ、生産能をもたない株に特異的なCARTE2-CARTE9プローブ、および両株に共通する部分を増幅させるBC2-BC9プローブの3種を設計し、各種分析法を用いて迅速探索法を検討した。渦鞭毛藻Amphidinium sp.(Y-71株)の培養藻体のトルエン可溶画分より、新規マクロリドAmphidinolide C2を単離し、スペクトルデータの解析に基づいて化学構造を帰属した。一方、沖縄県恩納村真栄田で採取した無鳥類ヒラムシAmphiscolops sp.より、単細胞分離した渦鞭毛藻Amphidinium sp.Y-100株を大量培養し、得られた藻体のトルエン抽出物より、培養腫瘍細胞に対して強力な殺細胞活性を示す新規マクロリドAmphidinolide B4とB5を単離した。スペクトルデータの詳細な解析に基づいてこれらの化学構造を帰属した。抗腫瘍性を示す26員環マクロリドAmphidinolide Hの結晶構造は、21位水酸基とエポキシ酸素との間で水素結合を形成した、全体として長方形な分子形状を有しており、同じく26員環マクロラクトン構造をもつAmphidinolide Bの結晶構造と極めて良く似た結晶構造であることが知られている。Amphidinolide Hの構造活性相関と活性発現の分子機構解明の一環として、本化合物の溶液中での安定配座を検討した。
著者
遠藤 辰雄 田中 教幸
出版者
北海道大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
1998

本研究の初年度では我々が過去に国内の遠隔地(幌加内町母子里北大演習林)において行なった酸性雪の観測の解析を進めた結果によると、硝酸塩も硫酸塩と同様に長距離輸送物質である可能性が示唆されている。そこで2年次において、これが長距離輸送物質であることを特定するために、充分なる遠隔地として北極圏のニーオルソンを選び、そこで降雪粒子と環境大気中のエアロゾルやガスの成分を調べてみた。その観測は1998年12月16日から1999年1月9日までと同年3月2日から同月18日までの擾乱の到来頻度の高い二期間に行なわれた。酸性雪の採取には地吹雪きの混入を避ける為に大型の防風ネット設置し、その中で蓋付きの受雪器を並べておき、降雪時のみ蓋を開けて受雪して,降雪が止むと蓋をしてドライフォールアウトの混入を辞ける様にした。さらに地上降雪観測として独自で開発した電子天秤方式の降雪強度計とTime-lapse-videoによる降雪粒子の顕微鏡写真の録画システムも防風ネットの中に設置した。まだロ―ボリュムエアサンプラーによる濾紙法で大気試料がそれぞれ採取され、環境大気のガス状成分とエアロゾルの化学成分がそれぞれ分析された。この時期の現地では珍しく比較的風の弱い状態の降雪が多く降雪粒子が長時間に亘って採取された。初めの12月〜1月の期間の分析結果では次のことが注目された。大部分の降雪粒子は風向が東南東で、雲粒付結晶であるが、風向が北西である時の降雪では雲粒の付かない雪結晶が多く観測されている。その降雪粒子の化学成分は、他と比べて、S042-が少なく、逆にN03-が多くなっているのが明らかな特徴である。この結果は、これまでの日本国内での観測結果と一致して矛盾はしていない。この風向から降雪をもたらす気流の起源を、考察してみると、現地から見て、東南東の気流はメキシコ湾流が北上して出きる北限のopen-seaからの気流であり、 水蒸気が豊富で過冷却の雲粒が高濃度で生成されていたもの考えられる。一方、北西の気流は現地から更に高緯度の北極海の結氷している氷原野からの気流であるので低温であることも含めて、水蒸気量はかなり希少であり、過冷却の雲粒はほとんど蒸発し、降雪粒子は気相成長のみで成長するために、雲粒の付かない綺麗な雪結晶が卓越するとが考えられ、その発生源が明確に特定できる。ここで得られた新しい知見は次の事柄である。長期間の降雪の末期では降雪に含まれるN03-が減少して検出限界にまで達してしまうが、その環境大気の成分変化を見るとHNO3ガスより粗粒子のエアロゾルに含まれるN03-が減少していることである。このことからガスの物理吸着機構よりエアロゾルのスキャべンジング効果がより効いていることを示唆している。
著者
長谷部 文雄 塩谷 雅人 藤原 正智 西 憲敬 荻野 慎也 宮崎 和幸 柴田 隆 山崎 孝治 岩崎 俊樹
出版者
北海道大学
雑誌
基盤研究(A)
巻号頁・発行日
2009

ゾンデを用いた現場観測により熱帯成層圏水蒸気量の長期トレンドを明らかにするとともに、熱帯対流圏界層(TTL)内を水平移流しながら巻雲を形成し凝結脱水中の大気の対氷過飽和度が80%に達する事例を見出した。また、観測された大気の水蒸気混合比とその大気の流跡線に沿って上流へ遡ることにより評価される最小飽和水蒸気混合比との比較解析により、TTL内を水平移流しながらゆっくり上昇する大気に働く脱水過程の観測的記述に初めて成功した。
著者
萩原 亨 長谷部 正基
出版者
北海道大学
雑誌
挑戦的萌芽研究
巻号頁・発行日
2009

警告対策としてグルービングの有効性を高めるため、エゾシカが反応した音の性質を調査し、さらにグルービング音が道路を横断しようとしたエゾシカへの影響を調べた。これらの結果ついて、第62回土木学会北海道支部学術研究会にて発表した。グルービングは、グルービングマシンによって、舗装表面に縦方向または横方向の溝をつけることにより、排水を促進させ、湿潤状態における舗装路面の摩擦係数を増大させようとするものである。車両走行時には、タイヤとの関連によって音が発生する。昨年度、国道238号線の猿払村付近に、エゾシカの警戒声に近い音を出すグルービングを施工した。現地にて、詳細な、グルービング音の計測を実施した。これらの結果から、グルービング走行時の振動音を空間的に推定するモデルを確立した。また、2009秋から冬にかけて施工区間を横断したエゾシカをビデオ観測した。グルービングで発生する2kHz音の継続時間(無音、有音)や音圧がエゾシカに与える影響を調査した。ビデオから、通過車両によるグルービング音が、道路を横断しようとするエゾシカの行動に与える影響を記録できた。横断しようとしたエゾシカが、.横断を中断し、元の場所に戻ったり、警戒したいりする行動がみられた。以上の研究から、警戒声に近い音を道路から発生させることは、エゾシカの行動に影響を与えエゾシカと通行車両との事故を減らす効果があることを明らかにした。ただし、道路のグルービングによる音には限界が多々あり、効果的な対策となるかどうか不十分であることも音響モデルから明らかになった。今後、さらにエゾシカの警戒声を有効にエゾシカ事故対策に生かす方策を模索する必要がある。