著者
中谷 和人
出版者
日本文化人類学会
雑誌
文化人類学 (ISSN:13490648)
巻号頁・発行日
vol.74, no.2, pp.215-237, 2009-09-30 (Released:2017-08-18)
被引用文献数
2

1980年代の半ば以降、「芸術」や「芸術作品」という現象やモノをいかに論じるかは、人類学にとって最も大きな課題の一つになっている。従来の議論では、しばしば美術界やその制度的・イデオロギー的なシステム(「芸術=文化システム」)への批判、あるいはそれに対抗するかたちでの文化の差異の生産や構築に焦点が当てられてきた。だがその視角は、「異議申し立て」や「交渉」を行なう自律的な主体の存在が前提とされている。一方アルフレッド・ジェルは、「芸術的状況」や「芸術作品」を美術制度との関わりによっては規定しない。ジェルにとってそれらの存在を証明するのはモノとエージェンシーを介して生じる社会関係であり、またその関係は「エージェントのバイオグラフィカルな生の計画」へと結び付けられねばならない。本論文は、現代日本において障害のある人びとの芸術活動を進める二つの施設を事例に、その対外的な取り組みと実践の状況を検討する。一方の施設は、「アール・ブリュット/アウトサイダー・アート」という美術界の言説を逆手にとって利用することで自らの目的を達成しようとする。またもう一方では、こうした美術界の一方向的なまなざしから距離をおき、自らの「アート」を自らで決定しようと試みる。本論では、各施設が展開する戦略と運動を跡づけるとともに、活動現場での相互行為や社会関係がいかに多様な創作・表現(物)を生みだしているか、またそれら「芸術(アート)」の多元的な意味が当事者の生の文脈とどのように接合しているかを解明する。
著者
木浪 信之
出版者
神奈川県立鎌倉高等学校
雑誌
奨励研究
巻号頁・発行日
2016

たたら製鉄は原料を鉄鉱石から砂鉄に変えたことにより日本独自に発展した古代製鉄法である。砂鉄の成分は母岩をつくるマグマの違いにより地域差があり、チタンを多く含むものは赤目砂鉄、少ないものは真砂砂鉄として分類される。真砂砂鉄を産出する奥出雲地方では近代製鉄技術の導入後も大正時代末期まで操業が行われたが、赤目砂鉄を主体にしたたたら製鉄は室町時代から慶長時代に衰退した。その原因は諸説あり、赤目砂鉄では品質の良い鉄を得ることが難しく、安定した生産量を確保できなかったためと考えられている。近年、赤目砂鉄に分類される鎌倉砂鉄を使用した製鉄が実施されたが、良質のケラが得られる操業過程の報告はなされていない。このような背景を踏まえ、鎌倉砂鉄から良質の鉄を得る操業過程を確立し、鎌倉たたら製鉄衰退原因を探る研究を開始した。様々な条件での操業により、製鉄のパラメータになるのは砂鉄密度、選鉱方法、添加粘土量、装荷比(砂鉄/木炭)、炉内温度、送風量、炉の高さ、炉内構造、木炭の品質であることがわかり、安定して高品質の鉄が得られる設定値を見出し、鎌倉砂鉄によるたたら製鉄操業過程の確立に成功した。真砂砂鉄に比べて赤目砂鉄はパラメータの自由度が小さく、わずかな変化でも鉄が得られないことを確認した。古代製鉄では勘と経験に頼る操業のため、赤目砂鉄による製鉄は困難だったことに加え、伝承方法が一子相伝的であったことも衰退の一因であると結論づけた。さらに、原料となった砂鉄および生成鉄について鉄を含む17種類の元素の定量分析を行った。その結果、奥出雲砂鉄と鎌倉砂鉄の違いは砂鉄の種類によるチタンおよび採取場所の違い(山または海)によるカルシウムについて明確な違いが観察された。カルシウムは海水の影響によるものと考えられ、鉄生成の重要な要因となることがわかった。鉄生成の過程では、炭素(一酸化炭素ガス)は鉄酸化物の強力な還元剤であり、その反応は発熱反応である。吸炭が進むとより低い温度で鉄と炭素の合金液滴が形成され、炉底に不純物を含まない高純度の銑鉄(ケラ)が生成する。さらに、砂鉄とケラに微量に含まれる銅およびニッケルの成分割合はほとんど変化が見られない。このことから、生成鉄の原料になった砂鉄の産地を特定する手がかりになると考えており、今後の研究に期待できる。

3 0 0 0 OA 人格形成論

著者
平井 信義
出版者
一般社団法人 日本家政学会
雑誌
日本家政学会誌 (ISSN:09135227)
巻号頁・発行日
vol.42, no.5, pp.401-404, 1991-05-15 (Released:2010-03-10)
著者
大西 克也
出版者
東京大学
雑誌
萌芽研究
巻号頁・発行日
2000

本研究は、出土資料の相互比較による漢語語法史、語彙史再構築を展開するための予備的研究として、正確な解読に困難の大きい楚系文字資料を取り上げ、その集成、正確な釈文の作成、資料の性格の探求、基礎的語彙の調査ならびに他地域出土資料との比較を目指すものであるが、平成14年度に行なった実績は以下のとおりである。楚簡解読の基礎となる字釈関係論文のリストアップと、字釈の収集の作業は、昨年に引き続き行なったが、主たる対象は『郭店楚墓竹簡』『望山楚簡』等の基本的著録に示されている字釈や、李運富『楚国簡帛文字構形系統研究』等文字学関係専門書の中で検討されている楚系文字の解釈である。逐次刊行物中の字釈も引き続き収集した。次にこれらの字釈を参考に既刊釈文の再検討を行ない、新たな釈文を作成し、データベース化した。現時点で完成しているのは郭店楚簡、包山楚簡(遣策を除く)、望山1号墓楚簡、上海博物館蔵楚簡(緇衣、孔子詩論)、戦国楚系金文(劉彬徽『楚系青銅器研究』所収金文)である。入力はテキストデータのみだが、複雑な文字は一字を幾つかの構成要素に分割して入力し、構成要素からの検索が可能なようにした。構成要素の分割に関しては、特に諧声符の認定に留意した。なお、膨大なテキストを処理したために、構成要素分割処理に統一性を欠く部分が有ること、入力に使用したエディタが研究開始時点ではユニコードに対応していなかったために、高電社製Chinese Writer独自の文字コードを使用したこと、外字の使用を最小限に抑えるため現時点では代用記号を使用していること等問題点も多く、これらの解決は将来の課題としたい。言語研究に関しては、平成14年8月に中国広州市で開かれた中国古文字学研究会に出席し、「論古文字資料中的"害"字及其讀音問題」という題で報告を行い、また閉幕式で日本における古文字研究の現状を紹介した。また下記論文「従方言的角度看時間副詞"将""且"在戦国秦漢出土資料中的分布」は各地域の出土資料を比較検討した結果、将来を表わす時間副詞「且」が秦の、「将」が東方六国系の語であったことを論じたものである。
著者
近藤 優美子
出版者
公益社団法人 日本語教育学会
雑誌
日本語教育 (ISSN:03894037)
巻号頁・発行日
vol.164, pp.50-63, 2016 (Released:2018-08-26)
参考文献数
10

本稿では,補助動詞「しまう」のうち,現実の世界で既に実現した事態に接続するものをテシマッタとし,テシマッタが何を表すかと,そこから課される使用制約を明らかにした。 テシマッタは,実現した「事態は想定と異なる」という話し手の評価的態度を表す。そこから次の使用制約が課される。話し手は,具体的にはどのように「事態は想定と異なる」か,を表す情報を,聞き手が文脈から得られるようにする必要がある。検証は1.会話コーパスの分析,2.二種類の話し手の評価的態度「事態は想定と異なる」と事態は想定通りという文脈内での例文の自然度判定調査,3.会話作成調査の三つの手法による。2,3は母語話者調査である。 カーナビが「目的地に到着してしまいました」と言ったら不自然であるのは,機械であるカーナビが事態を評価することはない点,また目的地に着くという事態は想定通りである点でテシマッタの使用制約に反するからである。
著者
渡辺 裕之 中村 和行 石川 歩未 李 振雨 足立 康則 鍋島 俊隆 杉浦 洋二
出版者
日本緩和医療学会
雑誌
Palliative Care Research (ISSN:18805302)
巻号頁・発行日
vol.16, no.2, pp.133-138, 2021 (Released:2021-04-22)
参考文献数
28

【緒言】糖尿病を合併した終末期悪性リンパ腫患者の経口投与が困難な難治性悪心に対して,アセナピン舌下錠を使用し,悪心の改善ができたので報告する.【症例】78歳男性,糖尿病を併発するびまん性大細胞型B細胞リンパ腫の患者で右前頭葉,小脳に腫瘤や結節,周囲脳実質に浮腫が認められた.中枢浸潤が原因と考えられる悪心・嘔吐を繰り返し,経口投与はできなかったためメトクロプラミド,ハロペリドール,ヒドロキシジン注を併用したが,悪心のコントロールは困難であった.アセナピンは糖尿病患者にも使用可能で,制吐作用があるオランザピンと同じ多元受容体作用抗精神病薬に分類される.その作用機序から制吐作用が得られることを期待し,アセナピン舌下錠5 mg,1日1回就寝前の投与を開始した.アセナピン舌下錠の開始後,難治性悪心は著明に改善した.【考察】アセナピンは,難治性悪心に対する治療の有効な選択肢となる可能性がある.
著者
落合 健 國仲 彰 土居 七奈美
出版者
海洋理工学会
雑誌
海洋理工学会誌 (ISSN:13412752)
巻号頁・発行日
vol.18, no.1, pp.1-12, 2012 (Released:2019-02-16)

The Japan Maritime Self Defense Force (JMSDF) quickly began disaster relief operations from the sea at the coast of Sanriku after the Great East Japan Earthquake. We observed in situ situation of our activity area because we had to estimate the impact of the advection and diffusion of the radioactive substance in the sea. Two survey ships ”Wakasa” and ”Nichinan” of JMSDF observed the temperature, salinity and current in detail at the wide area of offshore Sanriku and 30 NM distant from Fukushima No.1 Nuclear Power Plant (NPP), Tokyo Electric Power Company in April and May 2011. No strong current exist in the area near Fukushima No.1 NPP. Southward current with tidal component dominate during the observation. The upwelling current is also observed along the continental slope off the coast of Sanriku. These data will be provided as the initial value of the simulation study on the diffusion of the radioactive substance and the spatiotemporal reference value that simulation model should resolve.
著者
金 善美
出版者
日本都市社会学会
雑誌
日本都市社会学会年報 (ISSN:13414585)
巻号頁・発行日
vol.2012, no.30, pp.43-58, 2013-09-01 (Released:2014-03-07)
参考文献数
23
被引用文献数
2 2

This paper aims to examine the role of Art in revitalizing city's run-down area. For this purpose, this paper draws upon empirical work in Mukoujima, known as former industrial zone and typical ‘Shitamachi' area of east Tokyo. Art movement in Mukoujima started at late 1990s. At the first time, it was experimental solution for abandoned houses and shops, mainly to reduce the risk of arson. However, the movement has continued for 10 years, bringing more and more young artists and trendy places for them. Up to now, Mukoujima gradually came to be known as “Hidden Art town in Tokyo's traditional area”. By analyzing the interaction of various actors, this paper reveals two points. Firstly, Experiencing decline and redevelopment at the same time, ‘revitalization of local' means vary from each actor. Therefore, art movement as revitalization strategy has always been placed in tension and conflict between actors. Secondly, positioning art movement within the context of urban change, you can see an opposite role of art in present stage: Consumption of space which reminiscent of gentrification, on the other hand, one form of diversifying local culture due to local change.
著者
黒沢 義孝
出版者
日本国際経済学会
雑誌
国際経済 (ISSN:03873943)
巻号頁・発行日
vol.2000, no.51, pp.58-59, 2000-06-20 (Released:2010-07-07)
被引用文献数
1 1
著者
平林 純
出版者
一般社団法人 日本画像学会
雑誌
日本画像学会誌 (ISSN:13444425)
巻号頁・発行日
vol.62, no.5, pp.529-535, 2023-10-10 (Released:2023-10-10)
参考文献数
2

幅広く画像を取り扱う画像科学・工学者である私たちは,画像情報の取得やさまざまな画像処理を行い,さらに画像の出力を行っています.今日現在の21世紀に至るまで,多くの画像科学・工学者が存在してきました.そうした先達の中には,絵画を描いた画家たちがいます.現在の画像科学・工学者が,過去の画像科学・工学者たちが作り上げた「油絵」を美術館で眺める時には,“自分たちの経験・今現在の悩み”を思い起こしながら先達の技術に感心・感動してしまうものです.本解説では,画像科学・工学者向けの,油絵の上に現れたひび割れの楽しみ方を紹介します.
著者
長谷 幸 鈴木 修武 大立 真理子 鈴木 繁男
出版者
Japanese Society for Food Science and Technology
雑誌
日本食品工業学会誌 (ISSN:00290394)
巻号頁・発行日
vol.20, no.6, pp.248-256, 1973-06-15 (Released:2010-01-20)
参考文献数
7
被引用文献数
8 13

はちみつ中のHMFの加熱および貯蔵による変化について検討した。(1) 加熱処理の際,50℃では24時間,60℃では10時間では,HMFの増加はほとんどなかった。(2) 加熱によるHMFの変化は,はちみつの種類によって差があって,pHの低い緩衝性の少ない品質のはちみつはHMFの生成量が大きい。(3) 10℃以下の貯蔵ではほとんどHMFの変化はなく,むしろ減少傾向があった。室温(5~10月)でも増加の程度は少なく,36℃貯蔵では相当増加する。(4) 貯蔵中のHMFの変化の程度もはちみつの種類や品質によって差がある。国産れんげはちみつは,輸入はちみつよりも増加率が少なかった。(5) はちみつ中にあらかじめHMFを添加して,室温と36℃で貯蔵した。室温では減少し,36℃では始めは減少し,あとは徐々に増加した。(6) クエン酸添加によりHMFの生成量は多くなり,温度が高いとその傾向が大きい。(7) プロリン,第2鉄塩の添加による,貯蔵中のHMFの変化へ与える影響はほとんどなかった。
著者
田賀井 篤平
出版者
公益社団法人 東京地学協会
雑誌
地学雑誌 (ISSN:0022135X)
巻号頁・発行日
vol.131, no.2, pp.133-146, 2022-04-25 (Released:2022-05-13)
参考文献数
41
被引用文献数
2 2

The history of mineralogy can be traced back to the Greco-Roman period, from Theophrastos to Agricola. Linné, Cronstedt, and Werner established classical mineralogy. Crystallography developed with mineralogy, and classical crystallography was established by Haüy through Steno. In the 19th century, the discovery of X-rays by Röntgen and the discovery of X-ray diffraction by Laue gave birth to modern mineralogy and crystallography. A little later, electron diffraction was discovered, leading to the invention of the electron microscope. In Japan, Wada laid the foundations for mineralogy and crystallography.
著者
竹田 琢 亀岡 恭昂
出版者
一般社団法人 日本教育工学会
雑誌
日本教育工学会論文誌 (ISSN:13498290)
巻号頁・発行日
pp.S47091, (Released:2023-10-27)
参考文献数
14

大学の授業でワークショップ実践者を育成する際,学生が読み手である教員を強く意識することで,多様なリフレクション記述が阻害される可能性がある.そこで本研究では,初心者を対象にワークショップ実践者育成を行う短期大学の授業において,仮想の読み手として「過去の自分」を設定することでリフレクションを支援し,その効果を検討した.その結果,単に経験を「報告」する記述が減り,自分自身が取り組んだ経験について省察する「応用」の記述が増え,多様な観点から批判的で将来の行動に繋がるリフレクションができるようになる可能性が示唆された.
著者
関 和彦 山口 愛加 窪田 諭
出版者
公益社団法人 土木学会
雑誌
土木学会論文集 (ISSN:24366021)
巻号頁・発行日
vol.79, no.10, pp.22-00071, 2023 (Released:2023-10-20)
参考文献数
20

我が国の人口減少と少子高齢化により,熟練を有する橋梁点検技術者の不足を招くことは必至である.適切な予算配分を行い橋梁の長寿命化修善計画を策定するために,その状態を把握する基盤となる点検データの品質向上および平準化は重要な課題である.そのうえで,損傷進行状況を適切に把握し的確な診断および適切な対策の計画を実施しなければならない. 本研究では,橋梁の点検現場作業を支援することを目的として,橋梁の3次元点群データの差分によるヒートマップにより損傷箇所を可視化し,点検技術者が損傷を発見することを支援する技術を提案した.そして,提案技術の適用可能性を複数の実橋梁で実験した.点検技術者による評価を実施し,現場支援技術への要求事項および課題を整理した.
著者
菊池 友和 山口 智 荒木 信夫
出版者
日本自律神経学会
雑誌
自律神経 (ISSN:02889250)
巻号頁・発行日
vol.56, no.4, pp.253-256, 2019 (Released:2019-12-27)
参考文献数
13

日本の慢性頭痛のガイドライン2013では,一次性頭痛の急性期治療および予防に対する鍼治療は有効とされている.コクランレビューでは,片頭痛の予防に対する鍼治療は,予防薬物と比較し効果に差がないが,偽鍼と比較しても効果に差がない.しかし,episodicな片頭痛に限定すると偽鍼と真の鍼に効果の差が認められる.一方,本邦の報告でも,慢性片頭痛よりepisodicな片頭痛の方が効果が高いことが報告されている.鍼の作用機序については,片頭痛患者では,脳イメージングを用いた手法により,予防効果や発作期に対し,鍼刺激を行うことにより,主に脳の疼痛関連領域に影響がある可能性が示されている.
著者
前川 喜平
出版者
バイオメカニズム学会
雑誌
バイオメカニズム学会誌 (ISSN:02850885)
巻号頁・発行日
vol.32, no.2, pp.74-82, 2008 (Released:2010-12-06)
参考文献数
41
被引用文献数
2

人間の高次脳機能は知能だけではないので,総称して知性と呼ぶ.認知心理学によると知性は1つではなく多数の並列した多重構造,機能的単位構造(モジュール)より構成されている.モジュールは階層性で,これらを統合する中枢処理系の存在が予想されている.さらに認知脳科学の進歩により認知心理学で想定されていたモジュールが,生物学的実態(脳構造)として実際に存在することが,これらの知性をスーパーバイズする前頭連合野の機能と共に解明されている.発達神経学,認知心理学,認知脳科学の知識を基にして高次機能の発達についてまとめた.