著者
福世 真樹
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2011

感染の疫学はこれまで、もっぱら流行の観測とその数理モデル化によって進められており、実験的解析は一部の例外を除いてあまり行われていない。研究代表者は去年度までの研究で、自殺型感染防御仮説の検証を、ホストを大腸菌、病原体をλファージとする大規模(10^8個体)集団感染実験系と巨大な(10^4xlO^4)二重二次元格子を用いたシミュレーションの双方から行い、病原体は弱毒の方向に進化し、ホストは病原体に強毒を強いる方向に進化するという、病原体とホストの新たなせめぎ合いを見出した。しかし、感染実験では病原体耐性ホストの出現、空間構造ありでの継代培養方法が確立していない等の問題点が発見された。そこで今年度は、この大規模集団感染実験とシミュレーションを連結したアプローチを、感染の集団生物学の様々な問題へ応用するため、これらの問題点を解決することによる集団感染実験系の改良を行った。具体的には病原体耐性ホストの出現を、"ホストに病原体が感染するためのレセプターをコードしている1amB遺伝子を過剰に発現する"、"病原体のホストへの感染に必要なMgの濃度を調整する"といった手法で、空間構造ありでの継代培養方法は、"ベルベットスタンプによるプレートレプリカ方を用いる"、"通常よりも高い寒天濃度の寒天培地を用いる"といった手法で、それぞれ解決した。また、自殺型感染防御戦略と、その対抗戦略である免疫獲得戦略の進化について数理解析を行ったところ、自殺型感染防御戦略は哺乳類のような増殖コストの高い生物よりも、微生物のような増殖コストの低い生物で、より定着しやすいことが判明した。この病原体の毒性の進化に関する新たな説は、病原体とホストの関係を理解する上での新しい視点を提供する。また、この大規模集団感染実験とシミュレーションを連結したアプローチは、動植物をホストとするウイルスや細菌への応用が期待される。
著者
大崎 美穂
出版者
同志社大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2011

多変量時系列である慢性病の医療データから,病状把握や治療に役立つ知識を自動的に発見する仕組みが望まれている.そこで,本研究課題ではC型慢性肝炎の検査治療履歴を題材とし,病状のモデル化・特徴量抽出・予測とそのシステムに基づく知識発見を目指した.具体的には,自己回帰モデルと自己回帰条件付き分散不均一モデルの階層的な適用による病状記述,これらのモデルに基づく特徴量抽出,モデルの次数から必要な検査回数に関する知識を導出した.カーネルロジスティック回帰を適用して肝臓の悪化度合いを予測するシステムを開発し,さらにカーネルロジスティック回帰に識別学習を導入した新しい分類器を提案した.
著者
八谷 光介
出版者
(独)水産総合研究センター
雑誌
若手研究(B)
巻号頁・発行日
2009

近年,九州西岸域の藻場では,ホンダワラ類の優占種が温帯性から亜熱帯性の種へと交代している。本研究では,亜熱帯性ホンダワラ類の分布が拡大したメカニズムの解明を目的とした。亜熱帯性ホンダワラ類は温帯性ホンダワラ類に比べ,食害にあっても再生する能力が高いこと,光を巡る競争関係において不利なことが示唆された。亜熱帯性ホンダワラ類の分布が拡大したのは,温帯性種との競争に勝ったためではなく,食害などで温帯性種が生育できなくなったためであると考えられた。
著者
津賀 一弘 赤川 安正 吉川 峰加 日浅 恭
出版者
広島大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2011

認知症高齢者においても検査可能な簡便な口腔機能検査法の開発を目的として、棒付きの飴を舐める機能の定量評価法を開発し、既存の口腔機能検査との関連を検討した。その結果、飴を舐める機能はオーラルディアドコキネシス(/pa/、/ta/、/ka/の連続発音速度)、舌圧、頬圧および唾液分泌量とは強い相関を認めなかった。また、認知機能が低下した多くの高齢者においても検査可能であり、提供されている食事形態との関連を認めた。本研究により、飴を舐める機能検査は認知症高齢者の口腔機能評価に有効な方法であることが示唆された。
著者
古市 剛史 黒田 末寿 伊谷 原一 橋本 千絵 田代 靖子 坂巻 哲也 辻 大和
出版者
京都大学
雑誌
基盤研究(A)
巻号頁・発行日
2010-04-01

ボノボ3集団と、チンパンジー2集団を主な対象として、集団間・集団内の敵対的・融和的交渉について研究した。ボノボでは、集団の遭遇時に融和的交渉が見られるが、その頻度やタイプは集団の組み合わせによって異なり、地域コミュニティ内に一様でない構造が見られた。チンパンジーでは、集団間の遭遇は例外なく敵対的であり、オスたちが単独で行動するメスを拉致しようとするような行動も見られた。両種でこれまでに報告された152例の集団間・集団内の殺しを分析したところ、意図的な殺しはチンパンジーでしか確認されていないこと、両種間の違いは、環境要因や人為的影響によるものではなく生得的なものであることが明らかになった。
著者
RUGGERI Anna
出版者
京都外国語大学
雑誌
若手研究(スタートアップ)
巻号頁・発行日
2006

平成19年度において日本臨済宗中興の祖とされる白隠慧鶴の研究を深めることができた。特に研究計画の(3)(白隠禅の公案と言語の問題における研究)、(4)(白隠の書物をイタリア語に翻訳)と(5)(白隠禅と現代の教育問題をめぐる研究)という点に力を入れた。まず白隠の思想と教育問題の関連を示す禅における「大死」の概念を分析した。様々な禅の資料を通して中国禅と日本禅、特に白隠慧鶴の「大死」観とその実践を検討することによって、これらは現代の教育問題にヒントになれることが分かった。自の破棄および本来の自己の自覚に導く禅の「大死」とその実現への実践は、人間の成型に非常に役に立てるということを紹介できた。また、このような白隠禅による「大死」と実存哲学の代表者であるM.ハイデッガー(Martin Heidegger、1889-1976)の概念的な「無」と「死」の理解が大きく異なることが分かった。上記の研究は「禅の教育と体験の重要性(2)-「大死」を通して-」(京都外国語大学『研究論叢』第69号、平成19年7月31日)にまとめた。白隠の研究を深めた結果として、「菩提心」という概念の重要性が明らかになった。白隠の最も根本的な教義である「菩提心(bodhi・citta)」の二つの側而を表わす。それは、自己が救われると共に、他人や衆生もまた救われることを願う心を生じることである。心の自覚は個人的なものであるにもかかわらず、個人的な修行が終れば、今度は衆生済度という普遍的な修行の段階に入る必要がある。この側面を白隠は「菩提心」と説明している。この概念は現代の世界とその平和にとって必要な概念だと思われる。上記の研究は「白隠と菩提心思想」(花園大学国際禅学研究所『論叢』第3号、平成20年3月31日)にまとめた。最後に、白隠の思想の一部を引きついたモダンな禅思想家である久松真一(1889-1981)とその新たな禅の紹介(「久松真一の禅-新たなパラダイムの可能性-」、京都外国語大学『研究論叢』第70号、平成20年1日31日)と共に、白隠の作品『遠羅天釜』のイタリア語の翻訳を進めることができた。平成20年と21年の間に、完成し、イタリアで出版する予定です。
著者
日高 昇平 藤波 努
出版者
北陸先端科学技術大学院大学
雑誌
挑戦的萌芽研究
巻号頁・発行日
2013-04-01

本研究は社会的な学習メカニズムの解明を目指し、その一つの基礎となる身体動作の模倣の計算論的モデルの構築を目的として行った。身体模倣の実現には、複数の感覚器・効果器の間で、さらに自己と他者の間で表現を変換する必要があり、高度な計算過程を要する。制御理論に基づく既存手法では、十分な情報が与えられた下での、精密な運動制御を可能とする。しかし、既存手法では、完全な情報が得られない他者の運動から、身体的な制約の異なる自己の運動への対応付けは困難である。本研究は、異なる身体間の複数の感覚器・効果器上の運動パタンが、力学的な位相空間に変換できる事に着目し、この位相構造の類似性に基づく模倣学習理論を提案した。
著者
諫早 勇一 望月 哲男 望月 恒子 鈴木 淳一 中村 唯史 大平 陽一 阿部 賢一
出版者
同志社大学
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
2011

19世紀ロシア文学はドストエフスキイやトルストイの文学にみるように、プロットの面から「移動」と密接につながっているばかりでなく、時空間感覚を含めたその表現においても「移動」と切っても切れない関係にあった。本研究では、19世紀ロシア文学だけでなく、20世紀ロシアの文学・芸術、さらには中東欧の20世紀文学も視野に収め、「移動」の果たした役割を再検討して、「移動」は文学表現において重要な位置を占めるだけでなく、視点という問題を介して、文学とそれ以外の芸術とを結びつける重要な要素であること、亡命・越境のような20世紀の大きな文化現象を表象するためのキーワードであることを確認した。
著者
田村 文誉 八重垣 健 西脇 恵子 菊谷 武
出版者
日本歯科大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2011-04-28

東京都、千葉県、山梨県、沖縄県の保護者576名を対象としたアンケートの結果、食事に関する悩みは多くの母親に共通し、悩みの傾向はこどもの成長と共に変化していき、こどもの成長に伴い母親の育児負担度は減少することが示唆された。一方、摂食指導を受けている摂食嚥下障害児の母親の場合、子供が年長になるに従い育児負担は増加した。平成24年度に行った摂食相談を希望した8名において、東京都と千葉県の計7名は摂食機能に関すること、沖縄県の1名は歯に関する相談であった。東京都の3名中1名はその後、専門医療機関へ繋がった。千葉県の3名は既に専門医療機関に受診中であった。沖縄県の1名は相談のみで問題が解決した。
著者
久野 義徳 小林 貴訓 児玉 幸子 山崎 敬一 山崎 晶子
出版者
埼玉大学
雑誌
挑戦的萌芽研究
巻号頁・発行日
2011

目はものを見るためにあるが、アイコンタクト等の非言語コミュニケーションのためには他者に見せる機能も重要である。また、人間と共存するロボットとの目としては、人間に親しみやすい感じを与えるものが望まれる。そこで、この2点について、レーザプロジェクタにより種々の目の像を投影表示できるロボット頭部を試作し、どのような目の形状がよいかを被験者を用いた実験により調べた。その結果、人間の目の形状程度から、さらに目を丸く、また瞳も大きい形状が、親しみやすく、また視線がどちらを向いているかが読みとりやすいことが分かった。また、目や頭部の動かし方についても調査し、人間に自然に感じられる動かし方を明らかにした。
著者
須田 良幸
出版者
東京農工大学
雑誌
挑戦的萌芽研究
巻号頁・発行日
2011

代表者の開発したスパッタエピタキシー法を用いて提案した高濃度Pドープ基板上へのGe直接平坦化成長する方法について系統的に解析し,Si/Ge界面に90°転位が発生し,僅かな歪を残して平坦成長する機構を解明した.この転位はスパッタ法でのGeの短い表面泳動長とドープP原子に起因して発生すると考えられる.Bドープ基板でも同様の現象が見られ,本手法を用いたGe仮想基板の作製への応用展開が期待される.
著者
澤入 要仁
出版者
立教大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2012-04-01

南北戦争が起こるとアメリカの大衆詩人たちは果敢に反応した。彼らは愛国心や哀悼など、戦争のあらゆる面をうたった。その多くは戦意昂揚をはじめとした素朴な感情を単純にうたったものだったが、詳しく検討すると、たくみな表現によって複雑な機能を果たす作品も少なくなかった。たとえば勇猛な老婆の物語「バーバラ・フリーチー」は戦中に書かれた詩でありながら、すでに戦後の和解や平和を示唆していた。南軍兵士が憂さ晴らしにうたう戯れ歌「あの喇叭卒」は、その卑俗な笑いによって、部隊の団結や死への覚悟を導く仕掛けになっていた。大衆詩はその表面的な分かりやすさの背後に、多層的・多義的な意味を秘めていたのである。
著者
中島 俊介
出版者
北九州市立大学
雑誌
挑戦的萌芽研究
巻号頁・発行日
2010

本研究は、平和・文化的活動を軸にした地域活動が学生およびそれに関わる地域住民のメンタルヘルス向上にどのように寄与するかを検討したものである。プロジェクト型学習と心理教育の視点から解明することを目指した。平和活動の企画を学生自らが企画し地域住民がこれを支援した。その効果を共同体感覚尺度(高坂,2011)で測定した。さらに参加者の感想文を質的に分析した。その結果、平和活動後に「所属感・信頼感・貢献感」と「.平和と人権について理解できたという感覚」の向上が示された。またメンタルヘルスの向上に平和活動の必要性と有効性が議論された。
著者
吉浦 裕 内海 彰
出版者
電気通信大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2011-04-28

ソーシャルメディアを通じた個人情報の流出が問題になっている。そこで、メディアに投稿しようとする文章から個人情報の漏洩を検知する技術を開発し、11名の被験者の投稿文各1000件を用いた評価実験で、通勤・通学先及び職種情報の漏洩の約90%を検知することができた。一方、複数の個人情報の照合によるプライバシー侵害の問題が顕在化している。そこで、注目者の投稿文を本人の履歴書との照合により検知する技術を開発し、12名の被験者の投稿文各1000件と100人の背景ノイズ各1000件を用いた評価実験で、8名の被験者について、本人の投稿文と背景ノイズ100人の投稿文の中から、本人の投稿文を特定することができた。
著者
FOLATELLI Gaston
出版者
東京大学
雑誌
若手研究(B)
巻号頁・発行日
2011

超新星の集中観測を行うとともに,その物理学的性質を調べるために研究協力者により提供されたモデリング手法を用いた。この観測は,短い間隔で得られ,かつ広い波長帯を網羅している初期の分光データを使用できたことで可能となった。ここで得られた情報により,様々なタイプの超新星の研究を行うことができた。主要な結果のひとつは熱核反応超新星の爆発によっても燃焼せずに残る物質の発見であり,これが従来考えられていたよりもはるかに一般的であることがわかった。重力崩壊型超新星については,特に低い膨張速度を示す水素が欠乏した超新星の特別なクラスを識別することができた。これは現在の爆発モデルにとって挑戦的な点である。
著者
高橋 政代 吉村 長久 高梨 泰至 栗山 晶治 喜多 美穂里 谷原 秀信 小椋 祐一郎 岩城 正佳
出版者
京都大学
雑誌
一般研究(B)
巻号頁・発行日
1992

網膜色素上皮細胞は神経網膜と脈絡膜の間に存在する単層上皮細胞であるが、増殖性硝子体網膜症の発生時に網膜色素上皮細胞の異常な増殖が見られることが知られている。網膜色素上皮細胞に見られるこれらの異常は様々な原因によって惹起されるものであるが、血液眼柵の破綻によって各種の細胞増殖因子が眼内に放出されることも一因として考えられる。そこで以下の4点に関し研究を行った。1)培養網膜色素上皮細胞が産生する細胞増殖因子及びその受容体についてスクリーニングを行うこと。これについては予定していたスクリーニングを終了し、TGF-β、PDGF及びその受容体、aFGF・bFGF及びその受容体、IL-1及びその受容体、TNF-α、IGFなどについてその発現を調べ、学会および雑誌にて発表を行った。2)遺伝子導入が網膜色素上皮細胞にも応用できるかどうかの検討を行うとともに必要があれば遺伝子導入法の基礎的な検討をする。-これに関しては一時的な発現を得ることには成功したが、継続的な遺伝子発現を初代培養の網膜色素上皮細胞を用いて行うことは困難であった。現在各種の細胞株を用いて検討中である。3)細胞増殖因子受容体遺伝子の発現量を変化させて、培養網膜色素上皮細胞の機能がどの様に変化するかについての基礎的な検討を行う。-これについては2)の結果を待って行う予定であるため検討中である。4)網膜色素上皮細胞に特異的な細胞増殖因子受容体の有無についての予備的実験を行う。-網膜色素上皮細胞に特異的に発現する線維芽細胞増殖因子受容体遺伝子を見つけるため共通配列をプラズマ-としたポリメラーゼチェーン反応を行った。これによりいくつかのクローンを獲得したが、その塩基配列並びに機能については現在検討中である。
著者
高橋 政代 本田 孔士 柏井 聡
出版者
京都大学
雑誌
一般研究(C)
巻号頁・発行日
1993

我々が、過去にin vivoで報告した角膜上皮の細胞骨格蛋白fodrinの創傷治癒過程における分布変化をin vitroにおいて再現し、さらに培養細胞を用いてfodrinの分布変化の機構を検討した。牛眼の角膜上皮初代培養細胞を使って以下の結果を得た。confluentな状態になり細胞間の結合装置も完成した状態の角膜上皮初代培養細胞において、一部にabrationを行うとその周囲数層の細胞で受傷10分後にはfodrinの分布変化を認めた。すなわち受傷10分後には細胞膜裏打ち蛋白であるfodirnが細胞壁より離れて細胞質中にび慢性に分布するようになった。また、細胞内のプロテインキナーゼCを活性化するphorbol esterを培養液中に添加すると10分後にはやはりfodrinは分布変化をおこす。一方、細胞内カルシウム濃度を上昇させるカルシウムイオノフォアを添加した場合は分布変化が起こらなかった。以上の結果より、in vivoにおいて創傷治癒過程でおこる細胞骨格蛋白の分布変化がin vitroにおいても起こること、またその変化は細胞内カルシウムの上昇を介したものではなく、細胞内プロテインキナーゼCの活性化によって起こる可能性が示唆された。今後、細胞骨格蛋白の分布変化が細胞間及び細胞基質間の接着にどのように影響しているのか検討を進める。また、網膜の機能を保つために重要な役割を果たしている網膜色素上皮細胞等においても同様の変化が起こるか検索していく。
著者
高橋 政代 万代 道子 本田 孔士 谷原 秀信
出版者
京都大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
1997

本研究の目的:増殖性硝子体網膜症の発症に網膜色素上皮細胞の増殖、遊走の関与が考えられる。今回我々は細胞の動態と各種転写因子の関与を解明し、増殖性硝子体網膜症の新しい治療法をを開発することを目指した。方法:各種転写因子中、E2F転写因子、NFκB転写因子に注目した。デコイ法を用いて、網膜色素上皮細胞の増殖、遊走を解明し、E2F転写因子、NFκB転写因子の機能的意義を解明する。動物実験で転写因子の抑制で増殖性硝子体網膜症が可能か検討した。結果:E2F転写因子:(1)増殖期培養網膜色素上皮細胞の核抽出液中に、E2Fコンセンサス領域を含む、二重鎖オリゴヌクレオチドと結合する因子の存在を確認した。(2)増殖期培養細胞でE2Fデコイは細胞周期調節因子の発現を抑制するが、非特異的デコイでは影響を与えないことをRT-PCR法で確認した。(3)細胞増殖能をbrdU labellingindex、DNA合成量で判定した。E2Fデコイの導入では効果的に濃度依存的に抑制されるが、非特異的デコイの導入では影響が無いことを確認した。NFκB転写因子;(1)培養網膜色素上皮細胞の核抽出液中に、NFκBデコイと結合する因子が誘導されることを確認した。(2)IL-1β刺激によって培養網膜色素上皮細胞中で、IL-1βの転写がさらに増加するが、NFκBデコイの導入でその発現が効果的に抑制されるが、非特異的デコイの導入では影響が無いことをRT-PCR法で確認した。(3)培養細胞創傷治癒モデルにNFkBデコイを導入すると、培養網膜色素上皮細胞の遊走が非特異的デコイの導入に比べて有意に抑制されることを確認した。(4)NFκBデコイを培養ヒト線維芽細胞に導入し、白色家兎増殖性硝子体網膜症モデル眼硝子体内へ注入した。Bluemenkrazらによる分類でPVRを判定したがNFkBデコイ、非特異的デコイで有意差を認めなかった。各実験眼で結果の偏差が大きく動物眼での有効性をさらに検討する必要があると考えた。
著者
高橋 政代 谷原 秀信 GAGE Fred H 本田 孔士 FRED H. Gage GAGE Fred H. 竹市 雅俊 高橋 政代
出版者
京都大学
雑誌
基盤研究(A)
巻号頁・発行日
1998

成体ラットの網膜を機械的に損傷し、直後にLacZでラベルされた成体ラット海馬由来神経系幹細胞の懸濁液を硝子体中に注入した。1,2,4週後に4%paraformaldehydeにて灌流固定し、凍結切片を作製、ニューロン・グリア系の各種マーカーおよび抗β-galactosidase抗体を用いて蛍光抗体法による光学顕微鏡的観察および金粒子銀増感法による電子顕微鏡的観察を行った。移植された神経系幹細胞は損傷部周囲のホスト網膜の表層から内顆粒層に多く分布していた。移植細胞は移植後1週で神経前駆細胞のマーカーであるnestinを多く発現していた。移植後4週では、移植細胞におけるnestinの発現は減少し、神経細胞のマーカーであるMAP2abやMAP5、グリア細抱のマーカーであるGFAPを発現するものがみられた。網膜神経細胞のマーカーであるHPC-1,calbindin,rhodopsinの発現はほとんどみられなかった。電子顕微鏡的には、移植細胞の一部は仮足または細胞突起により移植細胞同士、あるいは移植細胞とホスト細胞間で接触していることが観察された.内網状層のレベルにおいては、移植細胞とホスト細胞との間でシナプス様構造を形成していることが観察された。損傷網膜に移植された神経系幹細胞は、ニューロンおよびグリアに分化することが示されたが、網膜特異的な神経細胞への分化はみられなかった。しかし電子顕微鏡的には、移植細胞はホスト網膜への親和性を持つ細胞に分化することが示され、またホスト網膜とのシナプス様構造の形成は、物理的接触のみならず機能的にも連絡している可能性があると考えられた。
著者
高橋 政代
出版者
京都大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
1998

アメリカへ渡航しGage研究室を訪問したことによって、神経系幹細胞の培養方法を習得し、また最適な網膜移植法の検討を行った。Gageが確立した海馬由来神経系幹細胞(LacZ遺伝子でマーキング済み)を、生後5日以内の幼若ラット網膜に移植すると、2週間では移植細胞は網膜表面に付着するのみであるが、移植後4週間では移植細胞は多数網膜内に侵入、分化した。移植細胞の形態は、視細胞、水平細胞、双極細胞、アマクリン細胞に酷似し、しかもそれぞれの細胞に適した層に生着していた。このような現象はコントロールとして使用した線維芽細胞や死滅させた幹細胞などではおこらなかった。生着した神経系幹細胞を様々な網膜細胞特異抗体で免疫染色を行ったところ、移植した細胞の中にはGFAPおよびS-100β、Map2,5などグリアあるいは神経のマーカーは陽性のものがあったが、HPC-1、opsinなど網膜神経に特異的な蛋白は陰性であった。このことは移植した未分化な神経系幹細胞は環境因子に反応し神経やグリアに分化するが、網膜細胞へと完全に分化するためには、さらになんらかの内因的あるいは外因的因子を要することを意味する。以上の結果を受けて、今後の研究の方向性を検討し、不足している内因的因子としてRxなどのhomeobox遺伝子をアデノウイルスをもちいて導入し、網膜細胞への分化を促すことを計画しており、そのためのRx,Crx,Chx10のhomeobox遺伝子を入手した。また、今回は海馬由来の神経系幹細胞を用いたが、網膜から神経系幹細胞を培養することにより、網膜細胞へ分化しやすい幹細胞を得ることも計画している。