- 著者
-
佐藤 哲夫
- 出版者
- The Association of Japanese Geographers
- 雑誌
- Geographical review of Japan, Series B (ISSN:02896001)
- 巻号頁・発行日
- vol.60, no.2, pp.117-133, 1987-12-30 (Released:2008-12-25)
- 参考文献数
- 17
- 被引用文献数
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本稿はバングラデシュ低地部における水稲の作付体系の実態を土地条件および社会経済的条件の両側面から評価し,稲作技術変化の可能性について検討したものである.調査地は同国南西部の低湿地に位置するバゲルハート県モラハート郡で詳細なデータは主としてムラでの住み込み調査によって得た。この調査地はランドサット画像によれば付近は深水田が卓越する地域に含まれる. この低湿地は,通常小さな自然堤防によっていくつかのブロックに仕切られており,雨季には湛水するが,乾季には中央部まで干上がって耕作されている.このような湿地はビル(bil)と呼ばれている.ここでの水稲作は,季節的な水位変動に対応して,収穫期の異なる稲の混播や混植,ジュートやゴマとの混作を特徴としている. 慣行的な作付体系の中では,9月および11月に収穫する稲を雨季初めに混播するものが最大面積を占める.近年導入された改良品種の乾季作は,潅漑さえ整備されていれば大部分の土地で可能なので,将来は慣行的作付体系との競合が予想される.ただし生産費からみた場合には,水利費の軽減が重要な課題である. 滞水期間の長くて乾季初めに稲の移植作業を完了できない最低位部では,危険回避のため伝統的に浮稲の単作が行われている.浮稲単作は土地集約度が低く土地生産性の点では不利であるが,犂耕の回数が少なくて済むなどの理由から,労働生産性は必ずしも低くはなく,商業的経営の性格が強い経営体で作付率が高い. 減水を利用した乾季の伝統的な移植稲作の場合,種子費の節約や耕起の省略が可能となるが,仮畦畔造りと移植作業が加わることで,生産費の合計は混播作とほぼ同じになる. 小作制度では収穫を折半する分益小作が一般的であった.その場合の地主の収益が実勢地価に対する比は,土地を抵当として信用小作を行った場合の利子率と均衡していることが確認された. 経営体の性格は,核家族制をとるムスリムの場合と,直系家族制をとるヒンドゥーの場合とでも異なる.前者が労働の機会費用に敏感で商業的性格をより強く示すのに対し,後者は土地貸借や兼業が少ないなど自給的性格がより強い.このような経営体の性格の違いは,水稲の作付体系にも反映しており,前者では単播浮稲の作付率が高くなっている.