著者
横堀 將司 須賀 涼太郎 鈴木 健介 小川 理郎 横田 裕行
出版者
一般社団法人 日本在宅救急医学会
雑誌
日本在宅救急医学会誌 (ISSN:2436066X)
巻号頁・発行日
vol.5, no.2, pp.16-20, 2022-03-31 (Released:2022-07-03)
参考文献数
4
被引用文献数
1

わが国における救急車搬送は664万件/年を超え、人口高齢化に相まってますます増加傾向にある。個々の患者に迅速かつ最善の治療を施すのが医師の使命であり、救急診療の場においても常に診療の質を保つことが不可欠である。 しかし今、このコロナ禍で学生教育や若手医療者育成はそれに追いついているであろうか? 医学生・看護学生は国家試験対策、若手医師・看護師は働き方改革による労働時間制限やコロナ禍による実習中断からon the job trainingによる自己研鑽の場が失われつつある。緊迫した救急現場では、患者救命優先のため、医学生・看護学生や若手医師・看護師は患者に近寄ることもできない。現場では、より効率よく、リアルで、インプレッシブな医学教育手法が求められているのである。 われわれは患者やご家族の許可をいただき、熟練した医療スタッフによるよどみない初期診療をvirtual reality(VR)化し、学生授業や若手医師・看護師教育に生かす取り組みを始めている。学生や若手医療者が救急医学のエキスパートスタッフによる診療を繰り返し疑似体験でき、場所や時間を問わず的確な診療手順を体得できる。GuruVR Smart Syncによるマルチモードにより複数の受講生目線を共有することでタイムリーなフィードバックも可能になっている。遠隔による授業展開をすることで、コロナ禍に負けない医療体制を構築するのみならず、教育の地方間格差もなくすことで医師の地域偏在解決などにも貢献できればと思う。 「机上の学問」という言葉は従来、実地的でない教育の代名詞としてさげすまれてきた。VR教育ツールがわが国の医療のクオリティを保ち、多くの患者の救命に貢献することで、この言葉の概念を根底から変えることを強く期待している。
著者
村上 哲明 綿野 泰行 角川 洋子 山本 薫 堀 清鷹 森 恵里菜 松本 めぐみ
出版者
首都大学東京
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
2013-04-01

無配生殖(無性生殖の一型)を行うシダ植物の種は近縁な有性生殖種と容易に交雑すること、それらの間の雑種個体からは高頻度で減数した子孫が生じることを我々は明らかにしていた。 そこで本研究では、3倍体無配生殖種のオニヤブソテツ(オシダ科)と、それに非常に近縁な2倍体有性生殖型のヒメオニヤブソテツあるいはムニンオニヤブソテツの間に生じた4倍体雑種個体に生じた胞子を寒天培地上で培養し、F2世代の子孫における無配生殖型と有性生殖型の分離比を調べた。その結果、両生殖型がほぼ1:1で生じ、無配生殖型がただ一つの遺伝的領域(無配生殖遺伝子)によって支配されていることが強く示唆された。
著者
堀場 明子
出版者
国際ボランティア学会
雑誌
ボランティア学研究 (ISSN:13459511)
巻号頁・発行日
vol.16, pp.59-68, 2016 (Released:2019-08-01)

本稿は、2004年から再燃化したタイ深南部の紛争について、その歴史的、政治的要因を整理し、長引く紛争の現状を紹介するものである。また、タイ政府とマレー系武装勢力の間で2013年から始まったトラック1レベルの和平対話について、また現軍政権下において行われている和平対話に向けた取り組みついても考察している。それにより、報道されない紛争の一つといえるタイ深南部紛争について包括的な理解を促したい。また、和平対話の成功に重要な役割を担っている市民社会の現状と課題について、特に市民社会の脆弱性がどのように和平対話に影響するか、現地調査を基に検討している。紛争下で最も弱い立場にある人々の声を集約しトラック1の和平対話に届け、政策に盛り込ませる提案をすることが重要であるが、タイ深南部の市民社会団体の多くは分断し対立している状態であり、彼らの能力強化と意識改革が必要といえる。ボトムアップの平和構築活動が何よりも重要であり、市民社会への支援が、時間がかかるけれども持続可能な和平につながるからである。また、同地域における、国際社会が果たしうる役割について、特に信頼醸成活動の重要性についても論じている。
著者
堀内 萌未
出版者
Hokkaido University
巻号頁・発行日
2021-03-25

ニホンウナギの養殖では天然資源に依存しない安定的な種苗生産技術の確立が求められている。そのためには雌雄の親魚が必要であるが、本種は飼育下では性比が著しく雄に偏ることが知られている。現在は、雌性ホルモンであるエストラジール-17β(E2)を投与することで雌化を誘導しているが、商業生産を見据えるとステロイドホルモン投与に依存しない雌親魚の安定供給技術の確立が必要である。ウナギの性分化には飼育密度等による環境要因が関与していると考えられているが、飼育下で性比が著しく雄に偏る直接的な要因は不明である。本種は環境依存型あるいは環境感受型性決定をすると考えられるが、その分子機構についてはほとんど調べられていない。そこで本研究では、性分化に関与する遺伝子および性分化に影響を及ぼす環境要因に着目し、ニホンウナギの性分化の分子機構を明らかにすることを目的とした。 まず、先行研究により本種の性分化に重要な時期であるとされた全長25-35 cm の天然個体のRNA サンプルを確保するため、新たに天然個体を採集し、宮崎および大分天然ニホンウナギ189 個体の組織学的観察により、詳細な性分化過程を調べた。その結果、形態的性分化の兆候は全長25 cm 前後からわずかにみられ始め、卵巣様構造あるいは精巣様構造が認められた。その後、全長30 cm 前後から分化過程の生殖腺が現れ、全長31-34cm の非常に短い期間に卵巣あるいは精巣に分化することが示唆された。また、耳石を用いた年齢査定の結果、同じ年齢であっても生殖腺が形態的性分化後の個体は未分化個体に比べて全長が大きかったことから、生殖腺の性分化には年齢よりも体サイズが関与していると考えられた。既知の卵巣形成関連遺伝子の発現は、増殖期の卵原細胞および減数分裂初期の卵母細胞を含むシスト状の構造を有する卵巣でcyp19a1a、foxl2a のmRNA 量が高く、より発達した卵母細胞を含む卵巣ではfigla、sox3、foxn5、zar1、zp3 のmRNA量が高値を示した。このような卵巣におけるcyp19a1a の一時的な発現はニュージーランド天然オーストラリアウナギおよび福島天然ニホンウナギでも同様であると考えられ、cyp19a1a およびその転写因子とされるfoxl2a によるE2 産生は卵原細胞増殖に重要な役割を果たしていると予想された。また、精巣形成関連遺伝子のgsdf、amh、foxl2b、foxl3b のmRNA 量は全長33.7 cm 以降の精巣からより高値を示す傾向がみられ、本種の精巣分化に直接関わる遺伝子がそれらの発現以前に存在する可能性が考えられた。しかし、形態的未分化生殖腺では、既知の性分化関連遺伝子の発現に二型性がみられる個体はほとんど認められなかった。 次に、天然個体との比較を行なうため、飼育個体の性分化過程を調べた。飼育下で卵巣個体を得ることは難しいことから、性分化に飼育密度(他個体の存在)のストレスが影響しているのではないかという仮説のもと、自然環境下での単独および低密度飼育実験を行なった。養成ニホンウナギの性分化過程は天然個体とは異なり、全長20 cm 前後から卵巣分化、遅れて全長25 cm 前後から精巣分化を開始する個体が観察され、卵巣への分化が先に起こることが示唆された。さらに、精巣分化過程では精巣卵を持つ個体もいくつか観察されたのに対し、天然個体では観察されなかったことから、飼育環境が影響している可能性が考えられた。既知の性分化関連遺伝子の発現は、cyp19a1a、foxl2a、foxn5、zar1、zp3 は天然個体と同様の発現動態であったが、gsdf、amh のmRNA 量は卵巣分化過程および分化後の卵巣以外の全ての生殖腺で高値を示す傾向がみられた。また、形態的未分化生殖腺が9 個体認められたものの、卵巣様構造および卵巣分化過程の生殖腺を含む卵巣が28 個体、精巣様構造の生殖腺を含む精巣が27 個体認められ、性比はほぼ1:1 になった。従って、本種は基本的には遺伝的性決定をするが環境(特に他個体の存在)の影響を受ける環境感受型性決定をすると思われ、他個体の影響がない飼育環境下では雌作出が可能であることが明らかになった。加えて、現在行なわれているE2 投与による雌親魚の作出は遺伝子攪乱を招くことも懸念された。 最後に、性分化の分子機構を明らかにするため、卵巣精巣間で発現に差のある遺伝子を次世代シーケンスを用いたRNA-seq 解析により網羅的に探索し、その後定量PCR によりmRNA 量に差のある新規性分化関連遺伝子を絞り込んだ。本研究では卵巣個体間でも既知の卵巣形成関連遺伝子の発現にばらつきがみられたため、cyp19a1a のmRNA 量が高値を示す天然個体および単独/低密度飼育個体の卵巣分化過程の生殖腺および卵巣、cyp19a1a のmRNA 量が低値を示す単独飼育個体の卵巣、天然個体および単独飼育個体の精巣を用いてシーケンシングを行ない、得られたリードをニホンウナギのドラフトゲノム配列へマッピングした。続いて、マッピングされたリードをもとにコンティグを形成し、それらの相対量(RPKM 値あるいはFPKM 値)を卵巣分化過程の生殖腺および卵巣と精巣で比較することにより候補遺伝子を選抜した。卵巣分化過程の生殖腺および卵巣で相対量が高い49 遺伝子、精巣で相対量が高い11 遺伝子をそれぞれ候補とし、実際に定量PCR によりmRNA 量の測定を行なった。その結果、cyp19a1a のmRNA 量に関係なく比較的高い発現を維持し続ける可能性のある5 遺伝子(zglp1、pkp4、aurkc、sdc1、erbb3)が同定された。特に、zglp1 はごく最近マウスで卵母細胞の分化に必須な転写因子として同定されており、本種においても同様な役割を果たすことが示唆されたことは特筆される。また、EGF(上皮成長因子)受容体として知られるerbb3 をはじめとする4遺伝子は細胞分裂に関与する遺伝子であり、卵原細胞の増殖に関与すると推察された。さらに、精巣では、9 遺伝子(col1a1、pcdha8、prkar1a、recql、map2k5、rgs11、ednrb、arsd、Tetraspanin)が高いmRNA 量を示した。これらはコラーゲン産生、細胞接着および体細胞増殖などに関与する遺伝子であり、精小嚢形成に関与すると思われた。本研究により、既知の卵巣形成および精巣形成関連遺伝子よりも先行して発現する多くの遺伝子を初めて同定できた。 以上本研究では、天然ニホンウナギおよび養成ニホンウナギの両方の生殖腺における詳細な性分化過程と、既知の性分化関連遺伝子の発現動態を初めて明らかにした。これまで、本種はE2 投与個体の卵巣分化過程のみが報告されていたが、本研究ではE2 未投与の飼育個体の卵巣および精巣を用いた性分化機構解析が可能となった。また、自然環境下での単独飼育により、得られる生殖腺の性比がほぼ1:1 になり、本種の性は遺伝的に決まることが示唆された。さらに、全ての卵巣分化個体で共通して発現する遺伝子を初めて同定した。これら遺伝子の発現動態から、形態的未分化生殖腺であっても性の予測が可能になると期待される。本研究成果により、不明瞭な点が多かった本種の性分化の分子機構解明が大きく前進した。また、これらの知見は、将来的に本種で未だ実現していないホルモン投与に依存しない性統御技術の確立に貢献できるであろう。
著者
松本 美希 河邉 憲太郎 近藤 静香 妹尾 香苗 越智 麻里奈 岡 靖哲 堀内 史枝
出版者
一般社団法人 日本児童青年精神医学会
雑誌
児童青年精神医学とその近接領域 (ISSN:02890968)
巻号頁・発行日
vol.57, no.4, pp.618-627, 2016-08-01 (Released:2017-05-17)
参考文献数
35

本研究は,自閉スペクトラム症(Autism Spectrum Disorders: ASD)児の認知特性,特に視覚性注意機能の特徴をCog Health認知機能検査を用いて明らかにすることを目的とした。愛媛大学医学部附属病院精神科に外来受診中の7~15歳のASD児37例と,7~15歳の健常対象児131例を対象とした。ASD群にはCog Health認知機能評価の1カ月以内にWechsler Intelligence Scale for Children(WISC)を用いて知的水準を評価し,両群に対しCog Health認知機能検査を用いて注意機能およびワーキングメモリーの評価を行った。知的能力とCog Health各課題の正答率の関連については,遅延再生課題の正答率のみ知能指数と有意な関連があった。遅延再生を除いた各課題の誤回答数,見込み反応数,時間切れ反応数,正答率,反応速度の結果を比較したところ,注意分散課題において対照群に比べ,ASD群の見込み反応数が有意に低く,反応速度が有意に遅く,正答率が有意に高く,注意分散課題でのASD児の優位性が明らかとなった。ASD児の中枢統合性の障害や,視覚探索能力の高さ,字義通り性などの認知機能を反映している可能性が示された。
著者
加藤 貴彦 堀口 真愛
出版者
一般社団法人日本衛生学会
雑誌
日本衛生学雑誌 (ISSN:00215082)
巻号頁・発行日
vol.78, pp.22012, 2023 (Released:2023-04-11)
参考文献数
24

Many developed countries, including Japan, have capitalist economies based on market principles. In capitalism, businesses try to develop new products and increase their added value, and expand the market in order to generate new profits. Owing to the universalization of capitalist efficiency, our daily lives are becoming condensed to only the necessary things in life. In addition, the advancement of science and technology, which is the driving force behind the expansion of profits, has forced people to become obsessed with new technology and information, and as a result, we have also lost our mental comfort. In this paper, first, we explain the time required to secure the energy necessary for human survival throughout human history. Second, we describe labor productivity with the emergence and development of capitalism. Third, we explain the difference between essential time and pressure-free time, and consider the necessity of pressure-free time during working hours. Finally, we discuss the relationships among pressure-free time, presenteeism, and work engagement.
著者
堀田 愛 高橋 達己 齊藤 まゆみ 澤江 幸則
出版者
一般社団法人 日本体育・スポーツ・健康学会
雑誌
体育学研究 (ISSN:04846710)
巻号頁・発行日
vol.68, pp.103-116, 2023 (Released:2023-03-09)
参考文献数
63

This study aimed to identify effective instructional methods for improvement of motor competence in children who do not excel at physical activity. For this purpose, a meta- analysis was conducted to integrate intervention studies designed to measure motor competence, and the effect size was calculated. The results suggested that children who do not excel at physical activity (i.e. under-achievers) were able to improve their motor competence to a particularly high degree. Among various sub-factors, the effect size of “acceptance” was the highest. We further examined instructional methods that might improve “acceptance”, and this revealed that “step-by-step instruction” and “interactions among learners” were considerably effective. These results suggest that an effective instruction method for children should include “step-by-step instruction”, which can motivate children to exercise on their own by offering tasks and an environment suitable for them in a stepby-step manner. “Interaction among learners” can be facilitated by providing opportunities to share information among students and to engage in group activities. Interactions can allow the group of under-achievers, who rarely receive attention in regular physical education (P.E.) classes, to feel recognized by learners. In conclusion, it is considered important in P.E. to work with a group that includes under-achievers and to foster a receptive atmosphere, instead of focusing on problems that emphasize the weakness of children. Practitioners should consider applying an ecological model of adaptive P.E. that emphasizes the relationship between the individual, the environment, and the task at hand.
著者
堀 和明 清水 啓亮 谷口 知慎 野木 一輝
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理学評論 Series A (ISSN:18834388)
巻号頁・発行日
vol.93, no.3, pp.193-203, 2020-05-01 (Released:2023-02-19)
参考文献数
19

石狩川下流域には自然短絡で生じた小規模な三日月湖が多数分布する.本研究では調査者自身が容易に扱える,エレクトリックモーターを取り付けたゴムボートおよびGPS付き魚群探知機を用いて,5つの湖沼(ピラ沼,トイ沼,月沼,菱沼,伊藤沼)の測深をおこない,湖盆図を作成した.また,表層堆積物を採取し,底質分布を明らかにした.すべての湖沼で水深の大きい箇所は河道だった時期の曲率の大きな湾曲部付近にみられた.ピラ沼や菱沼,伊藤沼の湾曲部では内岸側に比べて外岸側の水深が大きく,蛇行流路の形態的特徴が保持されている.一方,トイ沼北部や月沼は最深部が外岸側に顕著に寄っておらず,全体的に水深や湖底の凹凸も小さい.このような特徴は埋積開始時期の違いを反映していると考えられる.すべての湖沼でシルトや粘土による埋積が進んでおり,特にピラ沼と菱沼の水深の大きな地点では有機物を多く含む細粒土砂が表層に堆積していた.
著者
田巻 義孝 堀田 千絵 加藤 美朗
出版者
人間環境学研究会
雑誌
人間環境学研究 (ISSN:13485253)
巻号頁・発行日
vol.12, no.2, pp.153-159, 2014 (Released:2014-12-25)
被引用文献数
2

The aim of this study was to examine the two points in DSM-5 (Diagnosis and Statistical Manual of Mental Disorders, 5-th. ed.) diagnostic standard. The first point is that the severity level for intellectual disability is determined by adaptive functioning rather than IQ scores. The second point is that the autistic disorder is determined by deficits in two core domains (a: social communication and social interaction, b: restricted, repetitive patterns of behavior), but they cannot be used for determining whether to make diagnosis function at predetermined items.
著者
堀井 泰明
出版者
日本医学哲学・倫理学会
雑誌
医学哲学 医学倫理 (ISSN:02896427)
巻号頁・発行日
vol.23, pp.35-41, 2005-10-26 (Released:2018-02-01)

Bioethical problems in medical care are widely discussed and debated. Because medical care must involve some degree of caring between the care-giver and the care-receiver (the patient), bioethics then must also be concerned with theories of caring. Milton Mayeroff argues that being concerned about others is an essential role for the human being; thus, he views caring existentially. He claims that caring about another human fosters self-actualization and autonomy in the acting person. This study concludes that, because people need to care for others in order for themselves to flourish, a theory of caring is the foundation to being human and to self-actualization.
著者
堀 一夫
出版者
一般社団法人 表面技術協会
雑誌
金属表面技術 (ISSN:00260614)
巻号頁・発行日
vol.37, no.6, pp.289-294, 1986-06-01 (Released:2009-10-30)
参考文献数
3
著者
堀部 猛
出版者
公益財団法人 史学会
雑誌
史学雑誌 (ISSN:00182478)
巻号頁・発行日
vol.130, no.7, pp.43-60, 2021 (Released:2022-07-20)

古代の日本では、官人への出身や得度に際し、戸籍を勘検して身元を確認する勘籍が行われていた。その勘籍に関する木簡が、二〇〇五年、徳島県の観音寺遺跡ではじめて出土し、注目を集めた。阿波国名方郡に本貫をもつ資人の勘籍について、国司が解で報告するという内容をもつ。この木簡が示す勘籍の手続きは、後に『延喜式』(式部上)の条文にもなる帳内・資人特有の勘籍方式である。すなわち、本貫の京・国が保管する戸籍でもって勘籍を行い、その結果を式部省に報告し、それを受けて省が補任する。通常の勘籍が人事を所管する式部省・兵部省と民部省との間で行われるのに対し、帳内・資人の場合、戸籍の勘検そのものを本貫地で行い、民部省が介在することはない。 こうした特殊な勘籍のあり方は、本主との関係と、トネリとしての歴史性に由来する。貴人の従者である帳内・資人は、本主との強固な主従関係を有し、人選から任用まで一貫して本主が主導していた。勘籍も本主が牒を発給して本貫の国郡に働きかけて実施される。一般の官人の奉仕が天皇に集約されるのに対し、帳内・資人は第一義的には本主に奉仕し、それを通じて天皇に奉仕するという関係であった。それゆえ、本主が主導する任用過程のなかで勘籍を完結させる方式がとられた。 王族や豪族の家政機関的組織を律令国家機構に包摂していくなかで、王族・豪族のもとにいた従者を律令官人制のなかに組み込み、広義のトネリから分化させ再編したのが帳内・資人であった。本主に奉仕するという本質は、そのまま律令官人制のなかに持ち込まれたため、考選など細かな規定が令で定められ、勘籍もまた通常の官人とは異なる方式が策定されたのである。