著者
太田 美智男 山田 景子 岡本 陽
出版者
名古屋大学
雑誌
萌芽研究
巻号頁・発行日
2007

1.黄色ブドウ球菌biofilm形成は菌株によって発現が異なる。Biofilm高度産性株において、ica遺伝子ノックアウト、プロテアーゼ処理、DNase処理のいずれでもbiofilm産生は大幅に低下した。したがってbiofilm高度産生にはica産物であるPIAならびに蛋白、DNAが関与していた。icaノックアウト株ではプロテアーゼ処理、DNase処理の影響はほとんど見られなかった。したがってノックアウト株が形成する少量biofilm形成はc-di-GMPの影響を受けるが、蛋白、DNAが関与せず、恐らく他の多糖体のみによって形成される。このことはc-di-GMPが主に多糖体合成調節に関与することを示唆する。2.A群連鎖球菌はc-di-GMP生合成を行うGGDEFモチーフを持つ蛋白をゲノム配列から見いだすことができない。これは他の連鎖球菌においても同様である。しかし我々はA群連鎖球菌の細胞内にc-di-GMPを検出することに成功した。ゲノム配列を再検索したところ、GGDQVモチーフを持つ蛋白が一種類見いだされた。この蛋白はPAS,DHHドメインを有し、c-di-GMP生合成に関与することが予想された。この蛋白の遺伝子をノックアウトすると、biofilm形成が促進された。またc-di-GMPの産生が失われた。したがってこの蛋白はc-di-GMPの合成を行うことが証明された。GGDQV蛋白はGGDEF蛋白を持たない多くのグラム陽性菌などにおいて広く見いだされた。したがってc-di-GMPは細菌におけるbiofilm合成に関与する普遍的なシグナル分子であることが明らかとなった。
著者
畑 克明 権藤 誠剛 高岡 信也 山下 政俊 清國 祐二 高旗 浩志
出版者
島根大学
雑誌
萌芽研究
巻号頁・発行日
2001

15年度は本研究の最終年度にあたり、大学生のボランティア学習の評価の妥当性を実習報告の分析及びヒアリング調査によって明らかにした。「授業」で「ボランティア」を課すことに対する学生の戸惑いもあったようだが、実際に彼らは体験することによって成長したと振り返る。また授業として設定されていなければ自らボランティアとして活動をしていなかっただろうとも語っている。彼らの学びに共通する点は、社会教育施設等で実際に子どもと関わり、施設の専門職員と関わったことにある。中学、高校時代の部活動などを除き、異年齢での活動体験が極めて少ない彼らにとって、子どもと活動をともにするのは新鮮に映っていたようだ。おぼろげな子どものイメージから、多様な子どもの実態把握へと認識が高まった。施設職員の多くは義務教育学校の教員であるため、子どもとの関わりや子ども対象の事業に慣れている。それら職員との関わりは学生たちの進路を考える上でも重要であったようだ。現在、「学習ボランテイア基礎」及び「学習ボランテイア実習」はボランテイア体験レポートをもとに評価を行っているが、体験相互の関連性や経験の蓄積を重視した評価システムとしては十分ではなかった。その点で、経験のファイリングをしながら学生の自己主導的な学習を支援するポートフォリオ評価は参考となる。今後、島根大学教育学部では4年間の学部教育の中に1,000時間体験を位置づけることになるが、その基礎としても本研究の意義は大きかった。
著者
神田 晶申
出版者
筑波大学
雑誌
萌芽研究
巻号頁・発行日
2007

本研究では、グラファイト超薄膜に各種原子分子のインターカレーションや表面吸着を施すことによって新機能性を発現させ、それをゲート電圧によって制御することを最終目標としている。インターカレーション(表面吸着)させる物質として、アルカリ金属であるカリウムを選定した。カリウムは、バルクのグラファイトにインターカレート(C8K)すると極低温で超伝導となり劇的な物性変化をもたらすことが知られている。グラファイトを原子レベルまで薄くしたグラフェンでは、低次元化とゲート電界印加により、C8Kからの物性変調が期待される。特に、超伝導転移温度の上昇やゲート変調が観測されると興味深い。一方で、単体カリウムやC8Kは空気中で不安定であるために、電気伝導測定用グラフェン試料の作製プロセス、測定プロセスをカリウム試料に最適化する必要がある。本研究では、以下に示す手順によって、試料作製・極低温測定を行う方法を確立した。(1)配線済みグラフェン試料上面にカリウムを蒸着、(2)不活性ガスで満たしたグローブボックスに試料を搬送し、必要に応じてチューブ炉でアニール(3)紫外線硬化接着剤を用いて試料を不活性ガスでシール、(4)試料を低温冷却装置まで搬送、(5)低温冷却装置を真空にし、冷却・測定を実行。4Kまでの測定で、カリウム蒸着によって移動度が減少すること、電荷中性点(キャリア密度が最小になるゲート電圧値)がマイナスに移動することが観測された。これらのことは、カリウムによって電子がドープされるとともに、荷電不純物が増えることで散乱、電荷中性点での状態密度が増えたことに起因すると考えられる。今後、希釈冷凍機を用いて極低温測定を行うとともに、試料作製プロセスの更なる改良を行う予定である。
著者
竹内 勝徳
出版者
鹿児島大学
雑誌
萌芽研究
巻号頁・発行日
2004

本研究ではVXMLについてはテレフォニーディバイスを購入する余裕がなかったため、既存のフリーVXMLサーバを利用して実験を継続することにした。音声ディバイスは電話を用いることになる。VXML文書は学習者にサーバ側の音声が質問をしそれに学習者が応答し、あらかじめ登録した選択肢にあてはまったら再度サーバ側が応答するという形式にした。例:サーバ:What sport do you like?学習者:Swimming.サーバ:How do you train in summer?この形式を発展させて別ファイルへ切り替えながら、様々な形式の会話を続けることが可能である。接続も非常に早くネットワーク構築の面では問題はない。ただ、サーバからの音声が合成音であるため会話としては非常に不自然であり、やはり現状ではリスニング教材としては不完全であると言わざるを得ない。これは既存の人工音声利用CD-ROM教材にも言えることである。今後の人工音声の質の向上が望まれる。本研究では、さらに、ローカルで音声認識エンジンを用い、スピーチ・トゥ・テキスト・チャット・ページやアニメ画像を音声によって動かす、エンタテイメント型教材の開発目標を立てた。まず、英語用の音声認識ソフトとしてはIBMのViaVoiceなどがあるため、音声入力についてはこれを使用することを前提とする。ViaVoiceではブラウザーへの音声入力にも対応しているので、あとはそれを入力するフィールドをもったチャットとエンタテイメントを統合したHTMLベースのアプリケーションを制作することが課題となる。当初計画どおりこれはマクロメディアのFLASHで行った。レイヤー1に画像、レイヤー2に音楽とモデル・スピーチ、レイヤー3に音声入力フィールドとボタンを配置し、レイヤー3は発音のタイミングのみに表示されるように設定した。学生アルバイトにより、様々な場所とシチュエーションでこのアニメーションの通信速度、並びにRealファイルに変換したときの動きをチェックしたが、いずれも良好であるということであった。
著者
合田 典子 片岡 則之 奥田 博之 梶谷 文彦 山本 尚武 清水 壽一郎
出版者
岡山大学
雑誌
萌芽研究
巻号頁・発行日
2002

研究目的:本研究では、エストロゲンの血管内皮細胞に対する作用を実時間で解析するため、ECIS(Electrical Cell -substrate Impedance Sensing)法を用い、細胞-細胞間隙と細胞-細胞下基質間隙および細胞自体の挙動をナノオーダーで定量的に計測した。さらに、これらナノ細胞挙動を引き起こす基礎となる細胞骨格や接着因子のダイナミックな変化を共焦点レーザー顕微鏡と原子間力顕微鏡を併用して観察し、エストロゲンの血管内皮細胞に対する作用を総合的に解析した。研究の成果:種々の濃度の17β-Estradiol(E_2)付加後の内皮細胞の微細動態(細胞-細胞間隙,細胞-細胞下基質間隙,細胞自体の挙動)をECIS法にて経時的に計測したところ、高濃度のE_2の負荷によりインピーダンスは減少し、細胞-細胞間隙が拡がったことが示唆された。原子間力顕微鏡(AFM)を用いて機械的な弾性特性を測定した結果、高濃度のE_2による内皮細胞辺縁部の弾性は変化せず、成熟女性の生体内濃度(E_210^<-10>及びE_210^<-11>mol)では同部の弾性率を各々61%,56%低下させ、生理的濃度のE_2が内皮細胞の細胞ミクロメカニクスを有意に変化させた。また、動脈硬化症の危険因子として注目されている酸化LDLを培養内皮細胞に作用させた実験を併せて行った。健常者の酸化LDLはヒト血漿LDL画分中の0.01%程度とされるが、その影響を強調するため50μg/ml,100μg/ml及び200μg/mlの高用量を20時間作用させた。インピーダンスは全体として11%増大し、細胞-細胞間隙、細胞-細胞下基質間隙共に増大することが示唆された。また内皮細胞辺縁部弾性率はコントロール群に比べ、70〜80%の低下を示し、酸化LDLは細胞内皮の透過性の上昇及びバリア機能の低下を引き起こすことが示唆された。今後、酸化LDLが内皮細胞に及ぼすこれらの作用に対するエストロゲンの効果を検討する予定である。
著者
清水 惠司 梶 豪雄
出版者
高知大学
雑誌
萌芽研究
巻号頁・発行日
2006

神経幹細胞(NSC)は、自己複製を行いながら非対称性分裂を行うことでニューロンやグリア細胞(アストロサイト、オリゴデンドロサイト)を生み出すとされているが、どのようなメカニズムによって分化・誘導されているか解明されていない。bHLH型転写因子であるOlig2は、オリゴデンドロサイト前駆細胞(OLP)と運動ニューロン(MN)の発生に必須の因子であり、ニューロン/グリア分化制御機構の鍵を握る因子であると考えられている。Olig2は抑制型の転写因子で、下流因子を抑制することによりOLP/MNの発生を誘導すると考えられているが、いまだ直接的な下流因子は同定されていない。オリゴデンドロサイトは、胎生12.5日(E12.5)頃より前脳ではganglionic eminence(GE)、脊髄では腹側のpMNドメインの脳室下層から生じることが証明されている。そこで、E12.5のOlig2ノックアウトマウスと野生型マウスから前脳のGE、および脊髄を採取し、cDNA subtraction法により野生型で発現されているが、ノックアウトマウスで発現しなくなった因子、すなわちOlig2の下流因子を現在も懸命に探索し続けている。一方、最も悪性度の高い神経膠芽腫(GBM)はOlig2転写因子を高率に発現しているとの報告もなされている。そこで我々は、各種グリオーマ細胞株に対し、DNAマイクロアレイを用いて転写因子発現差異について網羅的解析を続けており、現在英文投稿の準備中である。今後とも本研究を継続する事で、腫瘍化に至る過程でのOlig2の役割を解明すると共に、首尾よくOlig2下流因子が同定できれば、パッケージング細胞を改変する事で得られた高力価レトロウイルスベクターを用いて、Olig2下流因子をGBM細胞に導入することで高分化しうるかどうか検証する計画である。
著者
松本 卓也
出版者
大阪大学
雑誌
萌芽研究
巻号頁・発行日
2002

走査トンネル顕微鏡で分子や表面の励起過程を観察しようとするとき、試料基板に電気伝導性が必要であるため、基板への脱励起が深刻な影響を及ぼす。これに対して、原子間力顕微鏡は、絶縁体上での測定が可能であるので、素電荷を容易に検出できる。しかし、原子間力顕微鏡は力学応答を基礎とするため、時間分解能は極めて低く、動的な過程の検出には不向きであると考えられてきた。本研究では、近年、急速に発展した非接触原子間力顕微鏡をベースに、カンチレバーの振動とパルスレーザーを同期させることにより、ミリ秒以下、サブマイクロ秒に及ぶ時間分解能で試料-探針間に働く力を検出することに成功した。非接触原子間力顕微鏡では、局所的な力は、試料が探針に最近接したおよそ1マイクロ秒程度の時間しか働かない。この事実を応用して、パルスレーザー照射による電荷生成の後、ある遅延時間で探針が試料に対して最近接するように制御すれば、時間分解力検出が可能になる。実験では、シリコン基板上に形成した銅フタロシアニン薄摸を試料とし、励起光源として半導体励起YAGレーザーを試料-探針間に浅い角度で照射した。高い感度と空間分解能が得られる非接触原子間力顕微鏡では、探針の振動は自励発振で、その周波数は変動する。従って、外部のトリガーでカンチレバーの振動とパルスレーザー照射のタイミングを制御することはできない。そこで、制御回路を自作し、カンチレバーの振動を一周期ごとに検出し、これをもとに次の周期の運動とのタイミングをとることで、一定の遅延時間制御を実現した。この方法により、実際に遅延時間に対して、半値幅約2マイクロ秒の力学応答を検出することに成功した。
著者
石黒 直隆 村瀬 哲磨
出版者
岐阜大学
雑誌
萌芽研究
巻号頁・発行日
2005

日本には本州、四国、九州にニホンイノシシが琉球列島にリュウキュウイノシシが生息する。最近、西日本を中心にニホンイノシシの固体数の増加と生息域の拡大が顕著である。それにより、中山間村地域での農作物被害や人的被害が拡大している。本研究の目的は、野生イノシシ中に拡散が懸念される家畜ブタ由来遺伝子の分布と家畜由来感染症の広がりを検出する検査手法を開発することである。さらに、開発した検査手法を用いて、日本に生息するイノシシ中での家畜ブタ由来遺伝子の浸潤動向を調査することである。その結果、以下の成績を得た。また、一部の成績を公表した。1.野生のニホンイノシシと家畜ブタとを区別するマーカーとして、ミトコンドリアDNA(mtDNA)574bpと核GPIP遺伝子多型を改良し、母系遺伝と父系遺伝の両方から家畜由来遺伝子を検知した。2.和歌山県下での現地調査:農作物被害が深刻な和歌山県をモデルに、生息するニホンイノシシ中の家畜ブタ由来遺伝子の浸潤状態を検討した。その結果、2005年と2006年の2年間で129サンプルを調査し、4型のmtDNA(J10,J15,J21,J22)を得たが、家畜由来のmtDNA型は検出されなかった。核GPIP遺伝子型別でもGPIP1,GPIP3,GPIP3aが検出されたのみで、家畜由来GPIP遺伝子型は検出されなかった。3.感染症の抗体価調査:2004年に調査した四国4県のイノシシ血清115サンプルに関して、ブルセラ菌の抗体価を調査した。その結果9サンプルで陽性であり、野生イノシシの中にブルセラ症に感染したイノシシが存在することが明らかとなった。今後、イノシシ肉を食する上で注意が必要である。本研究により、野生イノシシ中へのイノブタの浸潤頻度は、少ないものと考えられる。ただし、全国的にみて、イノシシの個体数は増加していることから今後とも注意深く調査する必要があろう。
著者
佐藤 悠
出版者
山梨大学
雑誌
萌芽研究
巻号頁・発行日
2002

基音とその整数倍の周波数からなる倍音(ハーモニクス)から構成される複雑音を楽音という。楽音においては構成音の周波数に相当する複数の音の高さ(tone height,ピッチ)ではなく基音周波数に相当する単一のピッチが認知される。また2倍の周波数のピッチは同じ音名の音であるという感覚が生じる(tone chroma)。このピッチ感覚の音響手がかりとしては周波数情報であるスペクトルキューと時間波形の繰り返しであるテンポラルキューであることが心理物理実験から提唱されている。しかし音響手がかりの情報処理を行う大脳皮質での神経機構は現在まったく不明である。本研究では覚醒ネコの大脳皮質高次聴覚野において単一神経活動を記録し、ハーモニクス構造を持つ複合楽音刺激にたいする反応を調べた。心理物理実験と適合する神経細胞はごくわずか(数ユニット)ではあるが大脳皮質高次聴覚野において発見された。大脳皮質高次聴覚野からのトップダウンアプローチは現時点においてまだ実験継続中である。さらに研究の途中において大脳皮質一次聴覚野においてピッチに反応するニューロンが豊富に存在することが明らかとなった。豊富に存在する一次聴覚野ニューロンの反応を優先的に調べた。結果は論文として発表予定である(Cereb Cortex, in press)。すなわちピッチに反応する一次聴覚野ニューロンは純音でのベスト周波数に一致する基音周波数とそのオクターブ下の周波数に感受性を持つ。しかし同じようなスペクトル帯域の雑音には反応しない。基音への周波数同調性は抑制性周波数応答野が非選択性のハーモニクスにのみ存在し選択性ハーモニクスには存在しないことに起因する。一次聴覚野は雑音と楽音の区別、および楽音の音程認知に重要な役割をすることが明らかとなった。
著者
佐藤 卓己
出版者
国際日本文化研究センター
雑誌
萌芽研究
巻号頁・発行日
2000

歴史学と社会学の学際領域であるドイツ新聞学の学説史的研究を通じて、メディア学の体系的研究に寄与する視点を構築することが、この萌芽的研究の課題であった。20世紀初頭のドイツで、歴史的手法を利用して成立した新聞学の社会史研究は、情報化社会が本格化する中でメディア研究の方法論が模索される現在、参照すべき貴重な系譜といえる。既に執筆済みの「第三帝国におけるメディア学の革新」(『思想』833号)、「ドイツ広報史のアポリア-ナチ宣伝からナチ広報へ」(『広報研究』4号)に加えて、この萌芽的研究に関連する成果としては、「ナチズムのメディア学」(『岩波講座文学 2 メディアの力学』所収)を発表した。ドイツを代表する世論研究者エリザベス・ノエル・ノイマンの反ユダヤ主義と戦争責任に関するドイツ公示学会での論争を紹介しつつ、総力戦体制化で誕生したアメリカのマス・コミュニケーション学とナチ新聞学の同質性を跡付けた。そうした連続性は戦時中はナチ新聞学の研究者として活躍し、戦後はアメリカ占領軍の指導に協力してマス・コミュニケーション学や世論調査研究の普及につとめた、小野秀雄・小山栄三など東京大学文学部新聞研究室(戦後の新聞研究所、現在の社会情報研究所)のメディア研究者においても確認できる。こうした総力戦体制期のファシスト的公共性とメディア研究の関係を、ドイツ-アメリカ-日本の比較において考察する著作『ファシズムのメディア学』(中公新書)を2004年の刊行を目指して現在執筆している。
著者
田口 正樹
出版者
北海道大学
雑誌
萌芽研究
巻号頁・発行日
2002

今年度は、前年度に収集した「ドイツ・スイス中世書庫カタログ」と「オーストリア書庫カタログ」の分析を継続するとともに、これらの史料集の刊行以後に公にされたデータやこれらがカバーしていない地域についても情報を収集し、あわせて考察を試みた。調査から浮かび上がった中世後期の学識法蔵書の姿は多様であり、一般的な言明は容易でないが、全体として見ると1450年ごろに変化が生じたように思われる。それ以前は、書庫の所在、蔵書の保有者、蔵書の内容などすべてにおいて教会的性格が顕著であり、法学文献の中心は教会法で、かなりの数見られるローマ法文献もそれと結びつく限りで現れる。蔵書目録の中には、金印勅書や助言学派の助言文献を教会法文献として分類する例もある。一方、1450年以後になると、いくつかの都市で都市参事会の書庫が確立しはじめるとともに、俗人の蔵書も知られるようになり、ローマ法文献の数も以前より増えてくる。またこの時期には、活版印刷術の発展ともおそらく関係して、都市や教会が新たに法学文献の入手を積極的に行う例がいくつか見られる。こうした動きは16世紀にも継続されていき、それまで学識法と最も縁遠かった下級貴族のもとでも、学識法文献が見いだされるに至るのである。以上の整理は、上記史料集がカバーする南・中ドイツだけでなく北ドイツでもおおよそ妥当するように思われる。一方、ドイツ以外の地域としてベルギーの状況と比較すると、ベルギーの方が、ローマ法文献がより早くから豊富に所在するように見えるが、この点はなお詳しい分析を要する。また、法学文献の利用状況を示す史料を余り多く見いだせなかったため、文献の所在とは別にその利用を詳しく解明することは課題として残った。
著者
鈴木 康弘
出版者
名古屋大学
雑誌
萌芽研究
巻号頁・発行日
2004

阪神淡路大震災以降の活断層調査結果の集大成として、平成16年度末、全国を概観した地震動予測地図が地震調査研究推進本部によって作成され、活断層のデータベースも取り纏められた。しかし、その基礎データのひとつである活断層評価については、質・量とも十分とは言えず、今後に行うべき調査研究の内容に関して議論が続いている。本研究は、今後の活断層調査研究のあり方(モデル)を地理学の立場から具体的に示すために、被害軽減に真に役立つ(1)高精度な活断層位置情報の取得法、(2)強震動予測の基礎となる累積変位量(平均変位速度)計測法、(3)地震前後の変位量の面的把握法の提案を行い、活断層情報の有効な統合・公開に向けた「活断層GIS」のモデルを構築することを目指した。その結果、平成18年度までに方法論の整備をほぼ終え、活断層webGISを構築し、試験データ(糸静線北部地域の調査結果)を登録することに成功した。この間、平成17年度からは、文部科学省による糸魚川-静岡構造線活断層に関する重点的調査観測プロジェクトが始まり、研究代表者はこの中で変動地形学的調査を担うこととなったため、現地調査を含む詳細な新知見が数多く得られることとなった。本科研費による研究により開発された活断層GISのシステムは、重点調査観測プロジェクトによって整備されることになる糸静線活断層全域の変動地形学的調査データを統合・公開するための基礎技術として、今後も活用されることになる。
著者
新開 明二 山口 悟
出版者
九州大学
雑誌
萌芽研究
巻号頁・発行日
2003

情報美学の考え方の骨子となっている記号論的観点と情報理論的観点に基づく客観的・抽象美学を採用することとし、具体的には、数量的マクロ美学と数量的ミクロ美学を分析の道具として用いた。船の美の分析にあたり、日本で建造され日本近海で就航している多数の客船・フェリーを分析対象船として採用しシリーズ計算を実施して、面積分割法と船の美との関係について論考することを研究の目的とした。明らかにした項目は次の3点である。即ち、(I)美学の視点から、提示された分析手法の位置付けの明確化、(II)動的均斉論に基づく船の側面形状の面積分割法と船の美との関係の意味付け、(III)設計原理の概念と異なった観点から造形(デザイン)の指針の確立を図ることである。まず、数量的マクロ美学と数量的ミクロ美学に基づく数理解析を実施して、動的均斉論に基づく面積分割法の分析結果の評価を行い、その結果に基づき、一般の造形デザインに共通する基礎理論の論証を試みた。次に、数量的マクロ美学と数量的ミクロ美学に基づく数理解析を継続して実施し、動的均斉論に基づく面積分割法の分析結果の評価を行った。船の美の分析手法の確立とデザイン基礎論の検討において理論的な論証で一応の成果が得られたが、手法の汎用化促進の検討において、船舶設計簡易CADシステムと画像処理ソフト(フリーソフト)との連結が上手くいかず、いくつかの課題を残した。本研究で得られた成果を踏まえて、一般造形デザインに共通する基礎理論の論証研究を継続する必要がある。
著者
山中 伸弥 一阪 朋子
出版者
京都大学
雑誌
萌芽研究
巻号頁・発行日
2004

ES細胞は分化多能性を維持したまま半永久的に増殖することから、細胞移植療法の資源として価値が高い。しかしヒトES細胞には受精卵の利用という倫理的問題が影を落とす。成体からES細胞に類似した多能性幹細胞を樹立できたなら、細胞移植療法にとっての理想的な幹細胞となりうる。私たちは、これまでES細胞などの多能性幹細胞で特異的に発現する遺伝子群(ECAT : ES cell associated transcript)の同定と機能解明を進めてきた。本研究においてはECAT遺伝子群を選択マーカーとして、成体マウスからの多能性幹細胞分離を試みた。1.最適の多能性細胞マーカーの決定ECATの中でどの遺伝子が選択マーカーとして適しているかを検討した。ES細胞との融合によるリプログラミング系で検討した結果、ECAT3がマーカーとしてすぐれていることがわかった。2.細胞培養条件の最適化リプログラミングを誘導する培養条件として、LIFは必要であるが、フィーダー細胞は必須でないことを見いだした。3.クロマチン修飾薬剤の検討体細胞をアザデオキシシチジンやトリコスタチンで処理することにより多くのECAT遺伝子の発現が誘導されることを明らかとした。今後、これらの実験系を用いて、初期化能力のある因子や遺伝子の探索を行う。
著者
直江 俊雄 齊藤 泰嘉 寺門 臨太郎
出版者
筑波大学
雑誌
萌芽研究
巻号頁・発行日
2005

1.関連領域ならびに諸外国におけるアート・ライティングの教育に関する資料収集と分析、高等教育におけるカリキュラム開発筑波大学所蔵美術作品に関して、正確なデータ採取から記述にまでにいたる作業の流れを実際に行って検証し、『筑波大学所蔵石井コレクション選集』を作成した。今後は、鑑賞支援に有効な作品解説を含むデータベースの構築を通して、アート・ライティング教育の基礎となる情報提供システムの開発へと発展させる[齋藤]。オーストラリア連邦シドニー大学文学部美術史・美術理論学科に調査滞在し美術史教育の実践的指導としての「アート・ライティング」について知見を得るとともに、鑑賞行動とアート・ライティングの関係について調査・考察した[寺門]。英国の美術学習における知性的批評主義の分析を通して、アート・ライティング学習の意義を考察して発表した。また、「ヴィジュアル・シンキング・ストラテジー」を通した美術体験の言語表現とアート・ライティングの学習について米国の博物館における実地訓練を含めて調査し、日本の大学院教育プログラムへの導入を準備した。学部の授業科目としては「芸術支援学」における学習成果として「Art Writing」第2号を発刊した[直江]。2.中等教育におけるアート・ライティングの教育に関する調査と支援全国の高等学校を対象に、美術をはじめとする教育課程や課外活動におけるアート・ライティング学習の実態や、アート・ライティングのコンテストに関する意識、学習方法開発への可能性や課題等について調査した結果に基づき、その現状と可能性についての考察を発表した[直江]。「アートライティング教育研究会」を開催し(3月11日筑波大学)高等学校における学習指導例と、第2回の全国コンテストの企画を中心にこの分野の今後の研究開発の方向性を検討した。
著者
川上 浩司 片井 修 塩瀬 隆之 須藤 秀紹 半田 久志 谷口 忠大
出版者
京都大学
雑誌
萌芽研究
巻号頁・発行日
2006

手間いらずで効率的に要求が満たせる「便利な道具や方式」よりも、むしろ不便な道具や方式に、能動的工夫の余地・対象系の物理的理解促進・自己肯定感の醸成、などの効果がある。我々はこれらを積極的に評価する「不便益」という考え方を提唱し、この視点からの新たなシステム設計方法論の構築を試みた。最終年度にあたる2008年度に得られた成果を以下にまとめる。[不便益の総論:]初年度から継続する各種講演やOSを年に数回開催し、そこで得られた多くの知見の整理を通して不便益の輪郭を明らかにして、HI学会論文誌に総説論文としてまとめた。[不便益の各論:]システムデザインにおける「便利」を基礎づけるものとして、因果に基づく明瞭な説明・分類/分割による高いモジュラリティ・あいまいさの無い推論・中央集権的システム構成に注目し、それらが援用できない「不便」、すなわち均衡(バランス)に基づく説明・明瞭な分割ができないこと・解釈(推察)の多様性・分権的制御などから得られる益を積極的に活用する考え方を提出するとともに、それらのいくつかには具体的な活用方法や数理的基盤を与えた。[不便益の応用:]不便益に関する知見をシステムデザインに応用することによって、その有効性を検証した。適用対象としては、情報伝達に関して「見るのではなく触れることしかできない絵画」や音と画像による情報伝達におけるテロップの効用分析、解釈の多様性に関して比喩表現やピクトグラムによる非言語コミュニケーションの有効性検証と、エージェントシミュレーション、デザインの実践として月に一度のインクルーシブデザインワークショップ(塩瀬)、などを実施した。
著者
山上 裕機 谷 眞至 川井 学
出版者
和歌山県立医科大学
雑誌
萌芽研究
巻号頁・発行日
2007

本研究は、網羅的DNA1次構造異常解析と網羅的遺伝子発現プロファイリングを統合することで、膵癌特異的遺伝子の同定を試みた。まず膵癌摘出標本における凍結サンプルを薄切した後、マイクロダイセクションにより膵癌細胞のみを回収した。そのDNAとRNAを抽出し、DNAはGeneChip Mapping Array10OKに、RNAはGeneChip Human plus U133arrayにかけ、網羅的遺伝子解析を行った。膵癌1次構造異常解析において、homozygous deletionを認めた領域はch3p24.1-p23, ch9p21.3, chgp22.3, ch9q22.32, ch17p12, ch18q21.1の6カ所であった。このうち2サンプル以上(10%)で認めたのは2カ所で、ch9p21.3が9サンプル(45%)とch18q21.1が5サンプル(25%)であった。この2領域の候補遺伝子は前者がCDKN2A(p16),CDKN2B(p15)およびMTAPで、後者はSMAD4であった。次に膵癌におけるLOH領域の同定を試みた。LOH領域のうち、最も頻度が高い領域はch17p13.3-p11.2で18サンプル(90%)、ch9p23-p22.3, ch18q22.1, ch18q22.3で17サンプル(85%)、ch9p21.3, ch18q12.3-q21.1で16サンプル(80%)であった。そのうちch17p13.3-p11.2の18サンプルのうち1サンプルで一部homozygous deletion領域を認め、ch9p21.3ではLOHの16サンプルに加え3サンプルにhomozygous deletionを認め、ch18q12.3-q21.1では16サンプルのうち5サンプルの一部にhomozygous deletion領域を認めた。3copy以上の増幅を認めた領域はch18q11.1-q11.2で9サンプル(45%)と最も頻度が高く、続いてch1q21.1-q23.1, ch1q23.3-q24.1, ch1q42.2-q44, ch7p, ch8q24.21, ch17q12-q21.32で5サンプル(25%)であった。Homozygous deletion領域における候補遺伝子群のRNA発現量の絶対値はいずれも200未満で、ほとんど発現を認めず、DNA1次構造とその発現に矛盾を認めなかった。Hemizygous deletion領域における候補遺伝子群のうち、CDKN2A, CDKN2B, SMAD4の遺伝子発現プロファイルを検討した。SMAD4における1copyサンプルの発現量は、2copyサンプルと0copyサンプルの平均発現量の間に認め、また最大発現量サンプルと最小発現量サンプルとの比は2.1であった。一方、CDKN2AとCDKN2Bにおける1copyサンプルの発現量には、サンプル間で大きなばらつきを認め、最大発現量と最小発現量の比はそれぞれ5.2と3.0であった。このことは、SMAD4の発現量はcopy数に大きく影響を受けるのに対し、CDKN2AとCDKN2Bの発現量はcopy数のみならず、メチル化などのeventに左右されていることが示唆きれた。
著者
桜井 国俊 宇井 純 山門 健一
出版者
沖縄大学
雑誌
萌芽研究
巻号頁・発行日
2003

本研究年度中の重要な社会情勢の変化として、「家畜排せつ物の管理の適正化及び利用の促進に関する法律」が平成16年11月1日から完全施行されたことが上げられる。沖縄は食文化として豚肉を多食し、県下の養豚頭数は他県に比し人口比で3倍近くの25万頭あまり有り、養豚排水の適正処理は、環境保全の観点からも、地域産業と食文化の保護の観点からも重要なテーマである。しかしながら、現在、養豚排水浄化処理施設に対する補助事業は、曝気槽への流入汚水濃度を20〜30倍の水で希釈してBOD1,200ppm程度にして浄化処理をすることを認可条件として指導されている。この指導に従えば、毎日4万トンの希釈水が養豚排水処理のために必要となるが、水資源に乏しい沖縄島では、このような排水処理は持続可能とは言いがたい。そこで今年度は、県下の畜産農家とも連携しながら、研究分担者の宇井純が設計した大里村の金城農産の無希釈の酸化溝方式排水処理施設の他畜産農家への適用可能性を検証する実証研究を展開した。まず、酸化溝方式排水処理の実施設のパフォーマンスについて検討を行った。検討したのは、沖縄大学酸化溝水質分析結果、大里村金城農産酸化溝水質分析結果、滝沢ハム(株)酸化溝水質分析結果である。次いで、金城農産等の事例を踏まえ、無希釈による畜産排水処理施設を補助対象事業とするよう沖縄県当局と協議し、認可を得た。宇井純が平成15年度に執筆刊行した「沖縄型・回分式酸化溝のすすめ-自然循環型の畜舎排水処理システム」を使用した無希釈の畜産排水処理法の畜産農家への普及活動、平成15年度に研究代表者の桜井国俊が、太平洋の島嶼国家の水資源・排水処理管理などのあり方を論じて発表した「それはもちますか?-我々はいかなる開発をめざすのか?-」を沖縄に即して詳細に検討する作業を行った。
著者
加我 君孝 狩野 章太郎 伊藤 健 山岨 達也
出版者
東京大学
雑誌
萌芽研究
巻号頁・発行日
2002

(1)対象の選定東京芸術大学音楽部の学生のうち絶対音感を持つ学生と東京大学医学部の絶対音感を持たない学生を対象とした。被験者の聴覚中枢のどこが関係するかを解剖学的に明らかにすべく、脳のMEGで調べた。(2)方法音源定位については聴覚心理学的には、a.頭蓋内の音像が正中よりのずれの程度の認知を調べる音源定位法と、b.左右45度づつの範囲内にスピーカーを10度おきに配置して調べる音源定位法、c.バイオーラルステレオ録音を行い、音像移動法の3つについて改良を加えて用いた。aについてはリオン社製の旧式モデルを改良した。bとcについてはコンピュータ処理する方法を開発した。すでに脳磁図は東大病院検査部にあるフィンランド製のWhole head型を用いて、双極子の位置を調べた。脳の解剖と機能の両方から調べた。(3)結果1)絶対音感を持つ被験者の方向感も音源定位も非絶対音感者に比べ有意に域値が低いことがわかった。2)MEGでは絶対音感者は左右の側頭平面のより限局した部分に聴覚中枢が限局していることがわかった。
著者
水谷 暢
出版者
新潟大学
雑誌
萌芽研究
巻号頁・発行日
2005

1研究の目的と具体的手法(1)中越地震寄付金集め。畑「荒らし」。「宗教」か曖昧模糊。特殊「水」等「騙し」か不明。マスコミ取材「被害」か「利用」か両面か不明なもの。--そういった多数の「認知不可」具体例と発見視角を蒐集・分類・整理してきた(後掲URL(1))。(2)これらに対し、GPS・PDA、遠隔操作電子機器・webカメラ・面談調査等を使って、「認知外被害」か。もし、そうなら、どう予防等できるのか。--その手練手管を試み、その機材の写真も、3の素材写真も、後掲URL(2)に多数載せてきた。(3)上記(1)(2)について、協力者多数を仰ぎ、調査に協力して貰い、氏名・場所等の詳細を除いて、後掲URL(3)にアップし、IDとパスをお知らせして見て貰い、第三者からの聴き取りもしてきた。2研究から得られた知見(1)「分からないことはない」という、「科学万能観」と「科学でも分からないことがある」信念との表裏の関係があり、その暗黒深層心理を衝かれると、通常の「疑念」思考が麻痺することが分かった。明らかな「被害」であっても、「騙されて等いない」、と通じない。(2)これは、老若男女・教養・財産等と関係がない。生活保護費から「水」を買う大卒者。製作電子機器も使わず簡単に壊す者。『被害』観からの再考が必要。(3)口頭での説明も上の空で、「知」の深さ以外、小・中・高・大学での「教え込み」教育に一端があるのに気づいた。モノを手作りする癖のある人は、「ハタッ!」と気づく例が多かった。3研究成果の公開方法(後記urlのwebサーバーのみならず、予備サーバーも中古で造った。)BD付本での公開予定が、BDがPCとBDレコーダー規格等メーカーで違い、後記webアップに止めた。規格が統一となれば、収録済みBGM(2)に、モノ作りを入れ、試行錯誤させる本も付し、2008年内に、出版予定。