著者
稲垣 良典
出版者
九州大学
雑誌
一般研究(C)
巻号頁・発行日
1991

さきに提出した研究実施計画にもとづいて次の通り研究課題に関して研究を行った。(1)哲学史における最も精密な形而上学的・神の存在論証であるといわれる『第一原理について』を大学院の演習において取りあげ、スコトゥスが認識の確実性、概念の明晰さ、言語の一義的な明確さに留意しつつ、形而上学的議論を進めていることを確認した。(2)同じく大学院の演習においてトマスの『有と本質について』を取り上げ、トマスにおいては事態そのものの知解をめざすことに重点がおかれ、確実性、明晰さ、一義性への留意はむしろ背後に退く傾向があることを確認した。このことはスコトゥスにおいて形而上学の学(scientia)的性格が確立されたことと関係がある。そしてスアレスを経て、近代のウォルフへと受けつがれる学としての形而上学の伝統はスコトゥスにおいて確立されたものであることが確認された。(3)最近刊行が開始されたヘンリクス・デ・ガンダヴォの批判版を入手して、スコトゥスが専らそれとの対決において自らの形而上学を構築したヘンリクスの基本思想の理解につとめた。またMediaeral Studies(1987ー88)に収載された14世紀の存在概念の一義性に関するテクストにもとづいて、スコトゥスが存在の一義性の立場を形成するに至る経緯をあきらかにしょうと試みた。しかし、この点に関する研究はまだ発表の段階に達してはいない。これらの研究を通じて、認識理論においてはオッカムにおいて決定的な転回がなされるのにたいして、形而上学においては決定的な転回はスコトゥスにおいて行われているとの見通しが確認されたと思う。
著者
中村 誠司 吉田 裕樹 山田 亮
出版者
九州大学
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
2008

癌ペプチドを用いたオーダーメイド免疫療法と早期診断法の開発のためには、癌に対する免疫監視機構やその調節機構を十分に理解しなければならない。本研究では、口腔癌の癌ペプチドの中ではSART-1が最も抗原性が強く、免疫監視機構における中心的役割を果しており、それゆえに口腔癌の治療ならびに診断に応用可能な癌ペプチドであることが判った。しかしその一方で、口腔癌が腫瘍関連抗原であるRCAS1を発現・分泌し、活性化T細胞のアポトーシスを誘導して免疫監視機構を制御していることが判った。免疫監視機構を賦活するためには癌ペプチドを用いるだけでは不十分であり、このRCAS1の作用を制御する必要性が明らかとなった。
著者
南里 豪志
出版者
九州大学
雑誌
若手研究(B)
巻号頁・発行日
2006

IPv6対応インターネットとMyrinetで構成された階層型クラスタ向けにRMA機構を開発するとともに、通信最適化技術を開発した。また、ソフトウェアで制御されたキャッシュメモリシステムをRMA機構上に構築して、有効性を確認した。
著者
上原 周三 長 哲二 吉村 厚 吉永 春馬
出版者
九州大学
雑誌
九州大学医療技術短期大学部紀要 (ISSN:02862484)
巻号頁・発行日
vol.3, pp.69-73, 1976-03-10

ここではもっとも普通に使用されている70kVpにおける測定のみを例に挙げたが,筆者らはすでに100kVp以下のそれ以外の管電圧での測定を行っており,100keV以下のX線スペクトルを可能な限り高い精度で測定するという所期の目的をほぼ達成できた。しかしまだいくらかの検討の余地を残している。1.主増幅器におけるパイルアップを減少させるために,0.8μSという短い時定数に設定したが,その結果エネルギー分解能は悪くなった。通常の状態では時定数3.2μSの場合1.4keVなる分解能が得られている。したがって高い計数率のもとで分解能を悪化させずにスペクトル測定を行なうには,短い時定数でも分解能が悪化しないタイムバリアントフィルター増幅器7)がよいと思われる。入射ビームがバンチされているX線の場合,このことはとりわけ重要である。2.この実験では補正の際に効率のみを考慮しているため,とくに効率を正確に求めることが要求される。この点20keV以下の光子の吸収の割合がかなり大きいこと,また13keV以下の検出効率が得られなかったことなど入射窓による吸収の問題が残されている。容易に入手できたという理由で真空槽の入射窓には1mm厚のベリリウムを用いたが,低エネルギー部のスペクトルをより正確に観測するには,もっと薄い0.25mm厚程度1-3)の窓を用いなければならないと考えられる。
著者
橋本 晴行 善 功企 江崎 哲郎 戸田 圭一 高橋 和雄 北園 芳人
出版者
九州大学
雑誌
特別研究促進費
巻号頁・発行日
2003

03年7月19日から20日未明にかけて九州各地で,局地的な集中豪雨により,河川の氾濫や斜面崩壊,土石流が発生した。本調査研究は,被災地の現地踏査,住民・防災関係機関への聞き取り調査,資料収集などを実施し,以下のような成果を得た。1.7・19北部九州豪雨による災害-福岡都市水害福岡県太宰府市において,19日午前4時に最大時間雨量99mm,総雨量315mmに達する豪雨が発生したその結果,2級河川御笠川の上流に当たる同市三条地区などで土石流が発生するとともに,下流の福岡市博多駅周辺で御笠川が氾濫し,ビル地下階,地下鉄駅構内が浸水した。99年水害の再来となった当時の降雨量は,太宰府市で総雨量180mmであったため,今回の水害は99年水害を上回る規模であったと推測された。99年水害と異なった点は,御笠川上流の太宰市で,前回を大幅に上回る降雨量が発生したため土石流や崩壊が発生し,土砂が多く下流に流下・氾濫したことと,流量規模が大きく,前回越流のなかった中・上流においても広範囲に氾濫が発生したことである。2.7・20中南部九州豪雨による災害-水俣土石流災害熊本県水俣市で20日午前4時に最大時間雨量91mm,総雨量323mmの降雨を記録した。その結果,同市集川において上流右岸斜面が崩壊して土石流化し,下流の人家を襲った.集地区では,斜面中腹から地下水噴出が発生しその影響で崩壊を起こした。下流の扇状地では巨礫が多く堆積しており,土石流の本体部分は典型的な砂礫型士石流であったと推定された。97年に隣接の出水市で発生した土百流は泥流型土石流と考えられている。質的な面において両者は異なると推定された。現在,熊本県では土砂災害警戒雨量が参考値として扱われ避難勧告基準としては活用されていない。土砂災害情報を初動体制に活用する行政の体制づくりが不可欠である。
著者
深田 智 西川 正史
出版者
九州大学
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
2002

溶融塩Flibeはヘリカル型核融合動力炉(FFHR-2)の先進的液体ブランケット概念設計に取り入れられ、強磁場、強中性子束環境においても良好な熱除去とトリチウム増殖が期待されている。しかし、溶融塩中のトリチウム取扱技術が難しい事、トリチウム閉込めと回収が難しい事が予想され、世界的に見ても実証研究例が非常に少なかった。本研究では、トリチウム回収装置設計に必要なFlibe溶融塩内の金属材料中の水素同位体透過率、金属BeによるFlibeの酸化還元制御等を実験的に検討し、目標となるFlibe中のトリチウム濃度を1ppm以下、トリチウム漏洩率を10Ci/Day以下に制御するブランケット構成を実験的に確証することを目的とする。実験と解析から次のことが明らかにされた。1.Flibe中の重水素透過率をNi製二重管式透過装置を使って初めて測定した。求めた溶解度から未精製Flibe中の水素同位体はH^+の形で存在し、H^+とF^-イオンの移動は相互に電荷中性になるように拡散することが分かった。2.Flinak中の水素透過係数を測定し、水素は分子状で存在することが分かった。これはFlinakではFlibeに見られるようなBeF_4^<2+>の分子ネットワークが存在せず、溶融塩中でF^-イオンは常にLi^+,K^+,Na^+イオンと局所的に強い結合をして局在するからと考えられる。3.溶融Flibe中に金属Beを浸すことにより、酸化還元制御可能であることが分かった。これより、Flibe中に存在していた自由F^-イオンが溶解したBeと反応し、BeF_2の分子結合をして、F^-イオンが消費され、水素イオンは分子状で存在するようになると考えられる。従って、核融合炉内のトリチウムを分子状に制御可能であることが分かった。4.1GWの熱出力で発生するトリチウムを許容されたトリチウム漏洩率に保持するためには、高いトリチウム回収率が必要である。そのための、透過窓、気泡塔、スプレー塔の設計方程式を構築し、装置の規模を評価した。
著者
江浦 由佳
出版者
九州大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2003

我々はこれまでにほ乳類では報告のなかったFZOのホモログをラットにおいて2種類同定し(Mitofusin1,Mitofusin2)、その後の解析から2つのMfnが共にmit融合に必須であり、協調的にmit形態の調節に機能することを明らかにしてきた。さらに複合体に含まれるmitofusinと協調的に機能する新規因子の探索を行った結果、ひとつの新規因子を同定した。これをmitofusin binding protein(MIB)と呼ぶ。今年は昨年に引き続きこの因子の解析を行った。(1)ラット肝臓を用いて内在性のMIB存在様式を解析した。細胞分画を用いて解析した結果、内在性MIBにおいても過剰発現細胞のMIBと同様にmt、ms,及びサイトソルに局在していることがわかった。ミトコンドリアに局在するMIBの膜結合性はショ糖密度勾配遠心をおこなってもミトコンドリア画分に一部回収されることから一部は膜に強く結合していることが示唆された。(2)MIBは酸化還元酵素に保存されたドメインを有しているのでその活性がmt形態への効果に必要かどうか調べるために補酵素結合ドメインにアミノ酸置換の変異を導入した変異体を作成し検討した。その結果、その変異体においてmt形態への効果が消失したことから酵素活性がmt形態への機能に必要であることが示唆された。(3)また同じ酵素ファミリーに含まれるzeta-crystallinがMIBと同様のmt形態への効果を有するかどうかzeta-crystallinのcDNAをサブクローンして解析した。その結果、zeta-crystallinを過剰発現させてもmt形態には全く影響が無かったことから、酵素ファミリーの中でもMIBに特異的な機能であることが示された。(4)Mfn1との相互作用について解析するため、Mfn1リコビンナントカラムを用いて、MIB野生型、酵素ドメイン変異体、zeta-crystallinとの結合実験を行なった。その結果、MIBの野生型のみがMfn1カラムに結合できたことから、MIBの機能はMfn1との結合能力に依存していることが示唆された。(5)MIBのmt形態への効果についてさらに解析するため、RNAiを用いてHeLa細胞の内在性MIBを発現抑制を解析した。その結果、RNAi細胞においてMfn1のRNAi細胞の結果とは逆のmtのネットワークの顕著な活性化が観察された。このことから、MIBはMfn1を介してmt融合を抑制する機能があることが示唆された。
著者
小田垣 孝 松井 淳
出版者
九州大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
1994

本研究の目的は、ガラス形成過程で見られる動的性質を統一的に理解し、ガラス化過程の本質を解明することにある。トラッピング拡散模型を発展させ、動的性質の総合的な理解、またそのモデルの基礎付けを行うこと、分子動力学シミュレーションによって、ガラス化過程における動的性質の変化を調べて、ガラス化過程の物理的理解を行うことを目指した。まずトラップされた運動およびジャンプ運動を考慮したトラッピング拡散模型の解析を行い、動的構造因子、一般化された感受率の温度依存性を求めた。主緩和時間が、Vogel-Fulcher則に従うことを示した。また、ノンガウシアニティーの温度依存性を求め、実験と定性的に一致する結果を得た。また、感受率の実部の対数に対してその虚部の対数をプロットするlog-コール・コールプロット法を開発した。二成分のソフトコア系の分子動力学シミュレーションを行い、動的構造因子、感受率の振動数依存性が、トラッピング拡散模型でよく再現されることを示すとともに、α-緩和の緩和時間がVogel-Fulcher則に従うこと、β-ピークはボソンピークと考えられること、速い過程が存在することを示した。格子点sを中心にした調和振動子を考え、さらに平衡位置sが二種類のストキャスティックな運動を行う理想3モードモデルを提案し、これらの運動が過冷却状態で見られる動的性質の特徴を再現することを示した。トラッピング拡散モデルの基礎付けを行い、活性化エネルギーが分布した活性化過程による緩和が、一般にトラッピングモデルで表されることを示し、持ち時間分布の各モーメントの発散から様々な特異温度を統一的に理解できることを示した。また、温度とエクセスエントロピーの積のガラス転移点における値からのずれが、適切なパラメーターであることを示した。
著者
川島 秀一 隠居 良行 中村 徹 小川 卓克 池畠 良 小林 孝行 幡谷 泰史
出版者
九州大学
雑誌
基盤研究(A)
巻号頁・発行日
2010-04-01

気体力学、弾性体力学、プラズマ物理学等に現れるいくつかの非線形偏微分方程式系に対し、その消散構造・減衰特性を解明し、様々な非線形振動・波動現象に対する漸近安定性を示した。また、緩和的双曲型保存系に対する非線形安定性解析の一般論を構築し、時間重み付きエネルギー法、半群に基づく手法、調和解析的手法等の有効性を確認した。
著者
西村 秀樹 米谷 正造 清原 泰治 大隈 節子
出版者
九州大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2006

グリーン・ツーリズムでは、地域の自然・文化・生業を地元の人たちから直接学ぶ「体験学習」が目玉になっており、その体験できないことを自分の身体で体験するということは、これまでの学校教育の枠にはとどまらない新しいかたちの「知」を自主的に獲得していくことにつながり、自立していく能力を養っていくことになる。これは、まさに「総合学習」の趣旨にかなっているが、その身体で体験する「総合学習」はどのような知の形態を特徴とするのだろうか。本研究では、高知県四万十川中流域(四万十市一帯)を調査フィールドとしてとりあげ、自然と生活・生業および文化との多様なつながりを学習できる「体験学習」を分析する。それによって、身体的行為を媒介させた生活体験を基点にして意味の連関が果てしなくつなげられていくという体系化された「知」を掘り起こすこと、およびそうした身体を基点に広げられた意味連関から生まれる臨機応変な対処能力・問題解決能力こそが「生きる力」であることを明らかにしていった。そうした「知」は、具体的には中山間地域が現在置かれている状況や都市部にはない「豊かさ」を支えている自然環境に関するものであり、それを体験的に理解することによって自らのライフスタイルを見直し、また社会と自分との関わりを考えていけるような可能性を内包する知なのである。
著者
栃原 裕 KIM TAE GYOU
出版者
九州大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2003

実際の冷凍倉庫内の環境を想定して、冷凍倉庫内の荷役作業が人体の体温調節反応やその他の生理反応にどのような影響を及ぼすかについて実験を行った。8名の被験者とし、気温20℃、相対湿度50%環境下において20分間の椅座位安静の後、マイナス25℃環境へ移動し、10分間の椅座位安静後、10分間の作業を行い(作業なし、9kg荷役作業、18kg荷役作業)、再び10分間の椅座位安静で、計30分間の寒冷暴露とし、これを3回繰り返すものであった。その結果、寒冷作業における労動量が増加することによって熱産生量が増加することが明らかになったが、四肢末梢の皮膚温においては条件間の温度差が現れた。直腸温低下は労動量の増加によって抑制されたが、直腸温変動に対するCounting比の相関では労動作業による急激なCounting比の低下が見えた。直腸温37.2℃においてCounting比は条件18kg荷役作業で一番高く、作業なし、9kg荷役作業の順に低くなったが、36.7℃では条件作業なしが一番高く、9kg荷役作業、18kg荷役作業と低くなり、逆順序になることがわかった。これは直腸温と足趾温との相関でも同様であった。血液成分では、寒冷ストレスに対して血漿ノルアドレナルリン濃度が増加した。本実験結果もこれと同様の結果であった。本実験においては、作業による熱産生の増加により寒冷ストレスは軽減されたため、作業量増加に従って血漿ノルアドレナルリン濃度の増加量が低下したと考えられた。しかし、手作業の巧緻性は重量物の荷役などの労動によってむしろ低下した。したがって、同一時間に対する作業でも寒冷環境下の重量物の取り扱いは、作業能率の低下や荷物の落下などの危険性が高まる恐れがあるため、取り扱い時の作業時間の短縮及び安全上の確保をさらに要すると考えられた。
著者
朴 培根
出版者
九州大学
雑誌
法政研究 (ISSN:03872882)
巻号頁・発行日
vol.63, no.2, pp.351-381, 1996-11-21
著者
吉村 正志
出版者
九州大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2005

本年度は3年計画の最終年度であった。3年間で国内所蔵の東南アジア雄アリコレクションの概要がほぼ明らかになったと言えるだろう。だが、同時に、さらなるインベントリー情報の整備が検索システム構築には不可欠な要素であることも明らかになった。東南アジアにおける雄アリ検索システムの完成には到らなかったものの、その基礎となる知見や環境整備は3年間で大きく前進したといえる。今年度はこうした研究成果を英・和文の論文5編、著作1編、雑誌記事1編、国際学会発表1編、国内学会発表3編として公表した。昨年より本格的にカリフォルニア科学アカデミーとの共同研究を行ない、インベントリー情報が整備されたマダガスカル地域の雄アリ検索システムを構築し、このうちハリアリ亜科については発表に至った。さらにカギバラアリ亜科の研究を進めており、亜科内の翅脈の比較形態について国際学会で発表した。また、日本産アリ類の分類学的な研究を進め、アギトアリ属とウロコアリ属について発表した。また、屋久島調査の過程でハリアリ属に新知見が見出されたため、屋久島の調査報告とともに発表した。今年度は分類学的な研究と並行して、これまで蓄積された学術的な情報を分類研究者以外の研究者や一般社会へ還元するための、Web公開型データベースの整備に力を入れた。日本産アリ類画像データベースの改訂については昨年から進めていたもので、これを7月に2007年ベータ版としてWeb上に公開した。また、Web公開情報の安定的な保存と普及をさらに進め、学術的な引用に耐える環境を整備するため、新たなコンテンツを加えたデータベースを2008年CD-ROM版として、3月に出版した。また、データベースの改訂と運営を通して、現在のWeb公開型データベースが抱える問題点と展望を発表した。
著者
緒方 一夫 多田内 修 粕谷 英一 矢田 脩
出版者
九州大学
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
2004

本研究では、アリ類を生物多様性のバイオインディケーターとして用いることを上位の目的に、(1)調査方法の比較検討、(2)分類学的基盤、(3)分析評価方法などの諸問題を研究課題とした。(1)については様々な調査方法について比較し、採集種数、サンプリング特性、地域アリ群集特性の検出力等について検討した。その結果、単位時間調査法が限られた時間の中で比較的多くの種を収集できることが明らかとなった。ただし採集者の経験の違いによる調査結果の質に問題があり、その弱点は適切なインストラクションである程度補完できることが実証された。(2)については、日本産アリ類276種について、分布調査の取りまとめ等に活用できるようにエクセル形式でのダウンロード版チェックリストを公開した。このリストおよび世界のアリの学名についてとりまとめたものを携帯版の印刷物として準備した。この他、いくつかの分類群について整理しその成果を公表している。(3)については森林生態系や農業生態系のアリ群集を対象に、種数、種類組成、頻度、類似度などについて検討し、多変量解析による多様性の研究を実施した。その結果、連続林では森林の成長にかかわらずアリ群集の組成は変化が小さいこと、孤立林ではその成因や攪乱の程度によりアリ群集の組成は大きく異なることが示されてた。農業生態系では土壌の理化学的性質と種数について調査したが、有為な関係は示され得なかった。サトウキビ畑のような永年性作物圃場では、緯度傾斜と植え付け後徐々に種数が増加するパターンが見られた。また、アリ類の多様性と他の生物群との多様性の関連について、とくに知見が蓄積されているチョウ類との関連を検討した。その結果、局所的にアリの種数とチョウの種数が一致するような地域もあるけれども、この現象は必ずしも普遍的ではないことが示唆された。これらより、アリ群集のバイオインディケーターとしての価値は生態系指標にあること、すなわち攪乱や孤立性の程度を表す生物群としての利用可能性が示唆された。
著者
山本 教人
出版者
九州大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2004

マーシャル・マクルーハンのメディア論をもとに,スポーツがメディア・コンテンツとしてだけでなくメディアそのものとして機能している可能性の検討を行った.具体的には,「メディアとしてのスポーツ」が我々の社会,人間関係,感性などに及ぼす影響を検討するために,解釈学的な研究方法から「Jリーグ公式戦」,「ゴールデンゲームズ in のべおか」,「第53回西日本各県対抗九州一周駅伝競走大会」,それに「第87回全国高等学校野球選手権福岡県大会」の観察と記録を行った.その結果,以下のことが明らかとなった。高度情報環境の出現は,あらゆる物事に対する人々の信頼感や現実感を希薄化させ,現代人のアイデンティティを寄る辺ないものとし,人とひととの直接的なコミュニケーションの崩壊を引き起こしていると問題視されている.このように社会全体が仕組みとして身体性の脱落を加速化させる中,スポーツが「メンバーシップ」,「相互のつながり」,「社会参加」,「確信や信念」,「他者への影響力」を介して人々の関心を引きつけていると解釈できる現象が,サッカーや陸上競技,そして野球の試合観戦を行っている人々の観察から明らかとなった.これらのことから現代社会におけるスポーツは,新聞,テレビ,インターネットといった一般にいわれるメディアの内容であるばかりでなく,それ自体人とひととを媒介し結びつける「コミュニケーション・メディア」として機能していると解釈された.現代社会においてスポーツが重要なのは,スポーツが「する,極める,見る,支える」といった多様な参与形態により人とひととを瞬時に結びつけ,交流を促し,彼らの住まう地域の活性化に貢献し得るからである.つまりスポーツは,「情動的なコミュニケーション」を介して集団のメンバー間に多様な関係を生み出すことで,彼らに「実存の感覚」をもたらすよう機能していると考えることができる.
著者
谷口 倫一郎 米元 聡 有田 大作 菅沼 明
出版者
九州大学
雑誌
特定領域研究
巻号頁・発行日
2003

本研究では,直接的な3次元動作入力を基にした仮想環境との自然で効率的なインタラクションを実現する手法について研究を進めている.まず,そのための要素技術として,画像認識による非接触な3次元身体動作の計測手法を開発し利用する.非接触での身体動作の計測は,効率やそのスマートさから仮想空間と実空間とのシームレス化に重要であるという視点に立っている.本年度の主な研究成果は以下の通りである.1.ビジョンによる人間の身体動作解析の詳細化全身動作の解析をより精度良くするために,身体モデルの自由度を高めた.それに伴い,動作解析のアルゴリズム改良を行った.また,全身動作解析に必要な低解像度での顔の向き推定についても研究を進めた.2.手指形状の推定手指の形状はインタラクションに重要な情報であるという観点からビジョン技術を用いて手指形状を実時間で推定する手法について研究を進めた.今年度は,指先位置が推定出来た場合,それから手指形状を逆運動学を用いて推定する手法を開発した.3.インタフェースツールキット3DMI-Toolkitの開発直接操作インタフェースを用いたアプリケーションシステム開発の効率化を目指した,システム開発支援ソフトウェアの開発を進めた.
著者
神崎 亮
出版者
九州大学
雑誌
若手研究(B)
巻号頁・発行日
2007

様々な組成のプロトン性イオン液体中における酸塩基平衡に関するいくつかの重要な反応熱力学量を決定し、その両性溶媒としての性質および酸塩基反応メカニズムを明らかにした.さらに典型的なプロトン性イオン液体である硝酸エチルアンモニウム中においていくつかの化合物の酸解離定数を決定し、このイオン液体が酸性溶媒であることを示した.
著者
谷口 倫一郎 谷口 秀夫 日下部 茂 有田 大作 鶴田 直之 堤 富士雄
出版者
九州大学
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
2002

ユーザが「任意の視点」でリアルタイムに情報を獲得できるようにするためには,対象世界に関する詳細な観測が不可欠であり,実世界に分散された多種多数のセンサーによって実世界をできるだけ精密に観測し,獲得された情報をユーザの視点に基づいてリアルタイムに加工,提供することが必要不可欠である.本研究は,多数の計算機が高速なネットワークで接続された環境での,実時間多メディア処理システムの構成法について研究を行い,以下のような成果を得た.1.多数カメラからの情報統合方式多くのカメラから獲得した情報を並列分散計算機システム(PCクラスタ)で実時間統合するための方式を明らかにした.また,処理時間が時々刻々変化するために起こる,システムでの遅延をほぼ一定に保ち,出力品質の低下を押さえるための,可変解像度3次元形状処理方式を開発した.2.実時間実行制御方式データ解析の信頼度と必要な資源の間にはトレードオフが存在し,実際のアプリケーションでは,用途や状況に応じてそのトレードオフを動的に解決する必要がある.本研究では,要求されるデータ解析の信頼性に基づき,予測や複数の異なる精度のアルゴリズムを動的に使い分けることにより,このトレードオフを動的に制御する方式を開発した.3.応用システムの開発による評価分散・並列計算機上の多視点カメラによる実時間3次元身体姿勢計測システム,自由視点映像生成システムを開発し,上記の情報統合方式,実行制御方式の有効性を示した.
著者
佐々木 健介
出版者
九州大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2009

プリオン持続感染細胞ScN2aに治療薬を投与して異常プリオン蛋白の動態を解析する研究で、種類の異なる薬剤を投与して蛋白重合度変化の違いを詳細に検討した。薬剤投与によりプロテアーゼ抵抗性異常プリオン蛋白だけでなく、プリオン蛋白オリゴマーも抑制された。しかし、コンゴ・レッドおよびその誘導体化合物を投与した場合には、分子量数100kDa程度の比較的小さなオリゴマーの抑制効果が乏しいのに対して、ペントサンポリ硫酸投与では十分な抑制効果が示された。これが生体での治療効果に影響を及ぼしている可能性があり、低分子オリゴマーが神経細胞毒性に関与することが示唆された。全反射顕微鏡を用いた解析で、蛍光標識した抗プリオン蛋白抗体を培養細胞から調製したサンプルと反応させて、プリオン蛋白と結合したと考えられる輝点を検出・測定した。未反応の遊離蛍光抗体およびプリオン蛋白モノマーと結合した低輝度の輝点をガウス分布のあてはめにより除外して、重合プリオン蛋白に複数の抗体が結合したと考えられる高輝度のスポットを定量化した。異なるエピトープを認識する抗体を用いて比較解析を行ったところ、高輝度のスポットの割合は抗体ごとに異なり、オリゴマーを構成するプリオン蛋白分子の異常な重合や構造変換を示唆している可能性がある。また、ヤコブ病剖検例の検討を継続して、ヒトのプリオン病におけるペントサンポリ硫酸脳室内投与例のうち、4例の剖検データを蓄積した。治療群では、非治療コントロール群と比較してプリオン蛋白オリゴマーの割合が低下している傾向を認めた。プリオン病の病態解明にプロテアーゼ抵抗性という指標だけでなく、蛋白重合度や構造変換という指標も重要であることが示された。