著者
園田 翔
出版者
早稲田大学
巻号頁・発行日
pp.11-214, 2016

早大学位記番号:新7508
著者
小林 俊治
出版者
早稲田大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2006 (Released:2006-04-01)

「談合」は、主として建設業をはじめ、種々の業界で行われている不法なビジネス慣行である。本研究ではとくに「入札談合」を研究対象とした。これは、官公庁などがそれぞれの法令に規定されている金額をこえる公共工事などの受注業者を決定する際に、原則として一般公開入札をすることである。しかし、入札にさいして談合が組また場合、同業者などが前もって話し合い、あらかじめ受注者を決定し、その業者が指名されるように各入札者が「適当な」価格で入札をする。そして、談合グループの企業は、リーダー企業の判断により、順次、受注できるか、その他の方法により利益の配分を受ける。それにより業界の和がたもたれ、相互扶助の体質が強化される。談合に参加せず、独自に入札する業者はアウトサイダーとして、業界の相互扶助のネットワークから排除される。また、官公庁側も「天下り」先の確保のためなどに、特定の業者を優遇する「官製談合」をなすこともある。このような談合行為は、法律的には独占禁止法違反の不当な取引制限であり、刑法の談合罪(96条、3の(2))にあたる。談合行為の発生の大きな理由のひとつは、企業間競争の回避を選好する日本的企業倫理風土がある。歴史学的には、こうした同業者の相互扶助行為は、江戸時代までは商業取引の当然の慣行であると指摘している。そこには、集団主義があり、和を重視する倫理がある。ただ、今日のようにテクノロジーが急速に発展している時代には、主として価格だけで受注業者を決定することには、限界がある。すなわち、受注業者が高価な素材や最新のテクノロジーを使用していない可能性がつよいのである。そこで、価格のみならず、技術レベルなどを考慮した総合評価方式による受注者決定の方法が導入され始めている。ただその場合、技術進歩などを中立的に判断できるであろう、発注者側の官公庁の発言権が強まり、ここでも「官製談合」の形成の危険がある。
著者
菅原 真
出版者
早稲田大学
雑誌
早稲田教育評論 (ISSN:09145680)
巻号頁・発行日
vol.17, no.1, pp.41-54, 2003-03-31

国旗・国歌法制定後,公立学校では「国旗掲揚」「国歌斉唱」を拒む教師に対し,行政上の懲戒処分などの法的措置を含む有形無形の圧力が以前より強くかけられている。こうした中で,筆者の勤務する私立中学・高等学校では,従来慣行として行われてきた「君が代斉唱」を卒業式・入学式の式次第から削除した。この根底には,卒業式・入学式において「君が代斉唱」は不可欠の構成要素ではあり得ないという認識がある。本来,学校の設置主体が公立であれ私立であれ,いかなる卒業式・入学式をおこなうかについては,各学校がそれぞれ自主的に決めるべき問題であり,国旗・国歌の強制は憲法に違背する行為である。
著者
銭谷 真人
出版者
早稲田大学
巻号頁・発行日
2018

終了ページ : 180
著者
勝亦 陽一
出版者
早稲田大学
雑誌
若手研究(B)
巻号頁・発行日
2010 (Released:2010-08-23)

研究全体の概要は、発育期の子どもを対象に「モノマネダンス」による運動技術学習プログラムの開発を行うことであった。2年の研究期間には、投能力を向上させるための視聴覚教材を開発した。股関節および肩甲骨の動きを改善するために作成された教材は、数多くの少年野球選手によって実践された。選手へのアンケート調査を行った結果、肩や股関節周りが柔らかく速く動くようになった等、の意見があった。
著者
鄭 卿元
出版者
早稲田大学
巻号頁・発行日
pp.1-147, 2015

早大学位記番号:新7101
著者
野原 将揮
出版者
早稲田大学
巻号頁・発行日
pp.1-170, 2016

早大学位記番号:新7304
著者
唐澤 太輔
出版者
早稲田大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2009 (Released:2009-04-01)

南方熊楠の「やりあて」(偶然の域を超えた発見や発明・的中)を可能たらしめている「場」の研究を中心に行った。その場とは「南方曼陀羅」における「理不思議」という領域であることを明らかにした。そして、統合失調症者に見られる様々な症状を比較対象とし、いわば「人間学的精神病理」の見地から研究を行った。自己と他者との境界・区別が曖昧になる領域を、自己と他者とをつなぐ「通路(パサージュ)」として捉え、その場に立ち、他者と交感し、さらに再び自己へと戻ることが、「やりあて」を可能にする条件の一つという結論を導き出した(『ソシオサイエンスvol.17』「南方熊楠の『大不思議』論-根源的な場に関する考察-」)。「やりあて」が可能になる場を「自他の区別が曖昧になる場」とする一方、自他を根底から支え、含み、さらに自他の内に含まれながらも、それらを超えている根源的な場を「自他融合の場」とし、それを「南方曼陀羅」における「大不思議」に見出した。そして、「大不思議」という、いわば「生命の根源的な場」を、熊楠と土宜法龍との間の往復書簡における言説から考察した。またCG.ユングの深層心理学を援用し、「南方曼陀羅」が熊楠の思想の核であると同時に、彼自身の心のカタルシス(浄化作用)としても機能していたのではないか-つまりこの曼陀羅を構築することで、彼自身の心に「統合性」が与えられていたのではないか-という新たな仮説を立て、考察を行った(『トランスパーソナル学研究vol.11』「南方曼陀羅への深層心理学的アプローチ-ユング心理学を手がかりに-」)。さらに、熊楠と彼の研究対象であった粘菌との関係から、熊楠が知り得たことを「内観」をキーワードに、研究・発表した、(「第9回日本トランスパーソナル学会大会」「南方熊楠の「内観」に関する考察-ユング心理学を援用して-」)。
著者
柴田 希
出版者
早稲田大学
巻号頁・発行日
2018

終了ページ : 143
著者
長谷川 洋三
出版者
早稲田大学
雑誌
早稲田社会科学総合研究 (ISSN:13457640)
巻号頁・発行日
vol.4, no.1, pp.A17-A42, 2003-07-25

論文
著者
五島 一美
出版者
早稲田大学
雑誌
早稲田教育評論 (ISSN:09145680)
巻号頁・発行日
vol.18, no.1, pp.85-96, 2004-03-31

アメリカ合衆国で2002年に成立したNo Child Left Behindは,学習スタンダードを設定し,合衆国の全児童生徒が2014年までにそれを達成することを目標とする教育政策で,それを達成できない学校には厳しい行政上の措置がとられることになる。しかし,その達成度を測るのにはスタンダード基準のテストが用いられるが,それが,教育の質の低下を招くと懸念されている。さらに,財政の不足によりこの教育政策が実際に機能するのかどうかも疑問視されている。さらに,Regents Action Planの分析から,コア教科の強化だけでは,全児童生徒が一様に成績を上げるわけではないことが浮かび上がってくる。また,州の間でもその財源の豊かさにより国内差異が生まれることなど,様々な問題点がNo Child Left Behindには内在していることがわかる。一方で,学校の再人種分離化傾向など,もともと恵まれた教育環境にないマイノリティと貧困層の児童生徒の教育環境は近年,さらに悪化していっている。彼らにとって,No Child Left Behindは,この教育環境の差異化を是正する有効な手段となりうる。No Child Left Behindが様々な困難の中,効果的に機能するためには,彼らに対する支援に比重を置き,それに国民の理解を得ることが必要となるであろう。そうでなければ,No Child Left Behindは,逆に,教育の差異化を強化することになりかねない。
著者
青柳 肇 細田 一秋
出版者
早稲田大学
雑誌
早稲田大学人間科学研究 (ISSN:09160396)
巻号頁・発行日
vol.6, no.1, pp.29-36, 1993-03-25

本研究は,失敗事態で努力要因に帰属することが無力感を生じさせないという従来の帰属理論に基づいた学習性無力感の概念とは異なる視点から,帰属理論を再検討すること,すなわち,失敗事態で「運」帰属することが無力感を生まない重要な要因であることを検証することを目的とした.大学生を被験者として,「運と努力の帰属傾向」を筆者らが独自に開発した投影法形式で測定し,無力感尺度と課題遂行との関係を検討した.「運と努力の帰属傾向尺度」は,成功を努力に帰属し,運に帰属しない場合と失敗を運に帰属し,努力に帰属しない場合,3点,そうでない場合1点とし,どちらでもない場合2点とした.したがって,高得点であることは無力感につながらないと仮定した.無力感尺度は,筆者らが以前に作成した尺度を用い,課題遂行は学習性無力感研究で以前に使用したことのある半数が解答不能な前処置課題(計算課題)および全開解答可能な後続課題での正答数で測定した.主な結果は,以下の通りである.無力感尺度と運と努力の帰属傾向尺度とは,大多数が無相関であり,一部有意な正相関しているものがあった.これらの結果は,無力感尺度の妥当性にやや問題があるためかもしれないと考えられた.課題遂行と「運と努力の帰属傾向尺度」とは,有意に正相関しているものがいくつかみられた.課題遂行でみる限り,「運と努力の帰属傾向尺度」は全面的ではないが,一定の妥当性が保証され,ほぼ仮説が支持されたといえよう.しかし,「運と努力の帰属傾向尺度」の下位尺度をみると問題がないわけではなかった.すなわち下位尺度の高低群間の差に関しては,尺度3では前処置課題で低群のほうが有意に高得点であることがみられた.これは,尺度3のように成功事態で努力帰属することは,大多数の被験者が賛成しているためであろうと考察された.また,尺度1(成功場面で運帰属)でも高低群間にまったく差がみられず,仮説が支持されなかった.これは,この逸話に反対することを高得点にするというように,否定型で反応することに対する適切性の問題が論じられた.