著者
川島 慶子
出版者
名古屋工業大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2003

一般的に18世紀の科学啓蒙といえば、その中心的課題は「科学理論そのものの普及」だけでなく「その普及により、科学的精神を公衆(ただし貧困階級はまず除外されている)にいきわたらせ、教会勢力の力を弱体化する」という二つの目標が設定されていることが多い。もちろん宗教に関しては啓蒙する個々人の宗教観の差から、単に「迷信」のみを廃し、キリスト教そのものは擁護する科学啓蒙もあれば、あらゆる宗教を廃止したい科学啓蒙まで様々である。ただ、こういった啓蒙の集積したものがいわゆるディドロとダランベールの『百科全書』となって結晶したというのは疑いのない事実である。さて、ここにジェンダーという視点を持ち込むとなにが見えてくるのか。まず発信者が男性で啓蒙の対象が女性である場合を考えると、上のような単純な図式にはならない。つまり、階級における矛盾(作者は「人類」といいつつ、その実貧困階級を無視しているといったこと)と同様、作者は中産階級の男性と女性を同列にみていないという問題の影響がでてくるからである。彼らは対象が女性の場合は、彼女たちを、より「教えられるべき存在」とみなしがちである。結果、教えるべき科学レベルは低いものへと限定される。たとえばフォントネルは女性たちに「数学」を抜いて宇宙論を説明した。実は男性読者も多数いながら、「女、子ども向き」科学は一段下のものとみなされるのである。では発信者が女性だとどうなるのか。これには作者が男性以上に、その女性の作品と実人生の両方を考慮する必要が出てくる。というのも、男性科学啓蒙家の女性に対する上記のような態度は、その社会のジェンダーの反映であり、女性たちもその束縛から完全にのがれることは困難だからである。本研究に調べた限りの女性たちにおいては、彼女たちが科学啓蒙にかかわるようになった事情はさまざまであるが、すべてのケースで当時のジェンダーのダイナミクスが彼女たちの活動と大きく関係していることがわかった。啓蒙の中身については、現代のフェミニズムと通じるような主張をする者から、男性科学啓蒙家のジェンダー観に忠実に、男女の「生得的」差異を強調する者まで幅広く存在することがわかった。ただどの場合でも、彼女たちの実人生は、当時のジェンダー規範に沿わないものであり、その主張の中身と彼女自身の行動は連動していないということも判明した。ここからも、女性が科学啓蒙の主体たることは、その思想如何にかかわらず、当時のジェンダー規範に反する行為だったのである。
著者
東 伸昭 入村 達郎
出版者
東京大学
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
2006

化学物質、放射線等の外界からの多様な刺激に応じて、体内では免疫細胞の脱顆粒、細胞交通の変化など様々な応答が生じる。この変化において、組織間の仕切りや顆粒内構造を形成するマトリクス分子とその複合体の性状は大きく変化すると考えられる。本研究では、細胞外マトリクス改変酵素としてのヘパラナーゼに着目し、その発現、局在と活性調節、酵素切断依存的な細胞応答の変化などについて3点に焦点を絞り検討した。1.ヘパラナーゼを検出するための抗体の調製とその性状解析疾患モデル動物のマウスに発現する内因性ヘパラナーゼ発現を検出するためのツールとして、16種類の抗ヘパラナーゼモノクローナル抗体を新規に確立した。その結合様式を解明するとともに、新規sandwich ELISAの系を含む複数の検出系を確立した。2.マスト細胞におけるヘパラナーゼの発現とその機能解析結合組織型マスト細胞にヘパラナーゼが高発現することを見出した。この細胞が顆粒内に蓄積するヘパリンがヘパラナーゼによって低分子化されることを見出した。この切断の結果としてヘパリンの細胞内外での動態が変化すること、さらにマスト細胞顆粒内のエフェクター分子の活性が転写非依存的に調節される可能性を見出した。3.好中球におけるヘパラナーゼの発現とその機能解析骨髄、末梢血、末梢組織など様々な部位に分布する好中球についてヘパラナーゼの発現分布を検討した。この結果、ヘパラナーゼが多数を形成する亜集団に分化依存的に発現することを見出した。また、基底膜浸潤におけるこの酵素の寄与を示した。マトリクス分解を司る酵素を発現する亜集団、しない亜集団の存在が予想された。
著者
畠山 勝義 VALERA Vladimir Alexander
出版者
新潟大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2006

大腸癌培養細胞を用いて癌に発現する蛋白群のパターンを同定する目的で、ヒト大腸癌由来の細胞株、LovoとSW480、の全細胞溶解液を調製、2次元電気泳動を行った。最適調製条件ならびにゲル濃度を確認し、改めて至適条件で電気泳動を行い、そのゲルを固定化し画像を検出、発現量に差のあったスポットをピッキング。トリプシン消化を行い、MLDI-MSを行った。しかし、勤務地異動に伴い、各蛋白の同定を行うまでには至らなかった。
著者
田村 陽子
出版者
立命館大学
雑誌
若手研究(B)
巻号頁・発行日
2006

3年にわたり「裁判所の手続裁量と当事者の証明活動の相関性」について研究してきたが、その間、アメリカ、北欧(スウェーデン・フィンランド)およびドイツの学者と交流することができ、比較法学的見地より、新しい知見を得ることができた。民事訴訟における証明のメカニズムを当事者対等の見地より見直し、裁判所は両当事者のために公平にかつ積極的に心証開示を行い、手続裁量を尽くすことが妥当である旨の結論に至った。
著者
橋川 裕之
出版者
大阪市立大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2005

今年度はビザンツ帝国末期における写本生産の問題を検討した。いわゆるビザンツ写本の研究は従来、美術史家と文献学者の独壇場であったが、近年、写本の作成経緯や利用のされ方が歴史学者の注目を集めている。言うまでもなく写本は書かれ、読まれ、さらには売買や貸借の対象となる中世の書物メディアであり、写本とそのコンテクストの関係を精査することで、研究者は同時代の社会や文化の知られざる諸側面に迫ることができる。本研究で具体的に取り上げたのは、現在、パリ国立文書館に所蔵されている一写本、パリ・ギリシア語写本857番(Codex Parisinus Graecus857)である。この写本は13世紀ビザンツのとある修道院で作成(コピー)されたものであり、11世紀の修道士パウロス・エウエルゲティノスの箸作『シュナゴゲ』(古代の修道文献のアンソロジー的作品)の第四部を内容とする。一部の学者は、この写本の作者(写字生)が写本末尾に書き込んだ韻文に現れるいくつかの固有名詞に注目し、13世紀から14世紀にかけて二度コンスタンティノープル総主教を務め、特異な教会改革を試みたアタナシオス(在位1289-93年、1303-9年)がその作者であると推測した。この特定の写本は二つの問題を提起する。一つは、一部の学者が推測するとおり、パリ写本の作者が総主教アタナシオスその人であるのかという問題、もう一つは、『シュナゴゲ』というテクストの普及度とその影響の大きさである。今年度の研究では、二つ目の問題を視野に入れたうえで、一つ目の問題に照準を合わせた。すなわち、従来の研究者が提示した状況証拠に加え、写本のテクスト『シュナゴゲ』の読書の痕跡が総主教アタナシオスの思想と行動に確認できる点から、ガレシオン(エフェソス近郊の山岳修道院共同体)のアタナシオスと名乗る写字生と後の総主教アタナシオスが同一人物である可能性が高いと結論づけた(拙稿「ガレシオンの修道士アタナシオスとは何者か」『史林』90巻4号)。一方、『シュナゴゲ』の写本は13世紀以降、大量に生産されており、ビザンツ末期の修道世界におけるその人気と、それが修道士らに与えた影響は甚大であったと考えられる。この問題については現在検討を進めている。
著者
ニラウラ マダン 安田 和人
出版者
名古屋工業大学
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
2008

有機金属気相成長法によりSi基板上の厚膜単結晶CdTe成長層を用いて作製した、エネルギー識別能力を持つ、放射線検出器の高性能化を目的とし、検出器動作時における暗電流の低減と成長層高品質化に関する検討を行った。成長条件の最適化と成長層アニールにより、成長層内に存在する結晶欠陥の不活性化による暗電流を低減できる成長条件及びアニール条件を確立した。これに伴い、作製した検出器の性能の向上を確認した。
著者
平野 寛弥
出版者
埼玉県立大学
雑誌
若手研究(B)
巻号頁・発行日
2007

「社会の質」アプローチは明確な「善き社会」像を提示し,その実現を目指す規範性の強い社会計画論であり,本研究では「社会の質」の可能性と課題を理論的に検討した.その結果,社会経済的保障が社会的包摂や凝集性に与える影響を考慮すれば、現代の社会状況では社会経済的保障は必ずしも就労(=有償労働)への従事を受給要件とせず、多様な活動への従事を認めうるものであることが要請される。この点で「社会の質」が支持する社会経済的保障のあり方,さらにはその前提とされている「善き社会」像についても再考の余地がある.
著者
豊原 治彦 三上 文三 鈴木 徹 井上 広滋
出版者
京都大学
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
2006

貝殻は炭酸カルシウムを主成分とする鉱物であるが、炭酸カルシウムの単純結晶である方解石やあられ石とはことなり、5%程度の有機物を含んでいる.貝殻形成の分子機構については長く不明のままであったが、本研究においては、申請者はマガキを用いて、貝殻中に新たに申請者らによって見出されたクモ糸様タンパク質の貝殻形成における機能ならびにこのタンパク質の産業応用について研究を行い、ナノテクノロジーや水質浄化剤への貝殻の応用の可能性を提示した.
著者
佐藤 浩一
出版者
群馬大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2008

自伝的記憶・意味記憶・エピソード記憶の想起の安定性を比較した。自伝的記憶の想起のみ、加齢に伴い安定性が高まったことから、自伝的記憶は意味記憶やエピソード記憶とは異なるシステムとして機能していることが示唆される。過去の出来事と現在の自己を結びつける意味づけが自伝的記憶を特徴づけることが、大学生~高齢者の調査で示された。さらに自己・記憶・時間を関連づけて検討するため、Zimbardo時間展望尺度日本語版が作成された。
著者
石田 弘隆
出版者
宇部工業高等専門学校
雑誌
若手研究(B)
巻号頁・発行日
2007

複素代数曲面の研究において,代数曲面の2重被覆の理論は重要な役割を果たしてきた.この理論と同様の理論を被覆次数が3以上の代数曲面の被覆について構築を試みた.その成果として,3次対称群被覆,双2重被覆や巡回4重被覆のデータの表し方を整理し,特異点解消プロセスと不変量公式を与えた.また,被覆の理論を利用し,3重被覆の分岐因子や有理曲面上の特異曲線に関する具体的問題を解決することが出来た.
著者
茂木 正樹
出版者
愛媛大学
雑誌
若手研究(B)
巻号頁・発行日
2007

脳卒中やアルツハイマー病などの神経疾患はこれからの超高齢化社会において克服するべき重要な病気ですが有効な治療法は確立されていません。最近高血圧調節ホルモンであるレニン・アンジオテンシン系を調節する降圧薬(ARB)の効果が注目されており、我々は本研究において、脳梗塞や認知機能に焦点を当てたマウスを用いた動物実験により、ARBが神経細胞の障害を抑制したり、血管細胞の老化を防いだり、脳梗塞後の生存率を上げるような治療が可能になることを見出しました。
著者
佐藤 晃
出版者
久留米大学
雑誌
若手研究(B)
巻号頁・発行日
2007

Z住民検診で得られた1261名分の頚動脈内膜中膜厚(IMT)およびレムナントリポ蛋白コレステロール(RLP-C)の測定値をもとに、追跡調査と解析を行った。IMTの変化率(follow up IMT/baseline IMT×100)がどのような身体変量と相関があるか、多変量解析にて検討を行った結果、年齢、性で補正したbaseline IMTはRLP-Cと正の相関が認められた(P=0.0121)。しかし年齢、性、baseline IMTで補正したIMT変化率は、RLP-Cと有意な正の相関は認められなかった(P=0.7497)が、LDL-C/HDL-C比と有意な正の相関(P=0.0163)が認められた。
著者
曽根 良昭 廣田 直子
出版者
大阪市立大学
雑誌
基盤研究(A)
巻号頁・発行日
2007

日本・大阪、ポーランド・ポズナンに観られた糖質の消化・吸収効率の季節変化は熱帯タイ・チェンマイでは観られなかった。夜間絶食後・朝空腹時に於ける糖質と脂質の代謝バランスを示すRQ値(呼吸商)は日本において有意な季節変化を示し、秋~冬季に上昇し(糖質代謝が優位)、夏季において低下(脂肪代謝が優位)することが分かった。ポーランドに於いては有意な季節変化は観られなかったが、日本と同様な傾向が観られた。タイでは季節変化は観られなかった。また食事摂取調査の結果、糖質と脂質の摂取比率には3カ国とも季節変化は観られなかった。
著者
弘末 雅士 鈴木 信昭 唐沢 達之 貴堂 嘉之 高橋 秀樹 荷見 守義 石川 禎浩 清水 和裕 土田 映子 大石 高志 疇谷 憲洋 佐々木 洋子 遠藤 正之 久礼 克季
出版者
立教大学
雑誌
基盤研究(A)
巻号頁・発行日
2007

地中海世界・イスラーム世界・欧米・中南米・南アジア・東南アジア・東アジアにおける奴隷の歴史を比較検討することができ、地域相互間の奴隷取引や奴隷をめぐる観念の展開を広域的に解明できた。また移住者の広域ネットワークの形成に果たす役割とともに、移住先の社会の秩序構築に積極的に関わったことが明らかとなった。そうした移住者を迎えた現地人妻妾のアジアにおける事例が比較検討され、彼女らやその子孫が、前近代において商業活動や港市の社会統合に重要な役割を担ったことが解明された。さらに近現代社会における新たな仲介者や媒体の存在に注目する必要性を認識した。
著者
神野 由紀
出版者
関東学院大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2004

消費社会の原型が誕生した近代初期の日本では、多くの国産商品が流通し始め、人々のものをめぐる眼差しが大きく変容していく。本研究は、デザインによる近代社会研究のアプローチのひとつとして、子供用品のデザインとその社会背景を検討した。多様な子供用商品が増大する明治末〜昭和初期に焦点をあて、「子供的な」デザインの生成過程を明らかにすることを目的としている。初年度は、本研究に先行して行われた長野県須坂市「田中本家博物館」所蔵品調査のデータを整理し、これら所蔵品を同時代の百貨店カタログなどと照合させ、明治大正期の子供用商品の傾向を明らかにした。百貨店という当時の巨大資本の力で子供用品という新たな市場が開拓され、商品デザイン、イベント創出など、さまざまな戦略によって、消費者の新たな欲望を喚起させていく状況が明らかになった。次年度は前年のテーマをさらに発展させ、特に七五三という子供の習俗が、明治末期に商業的な目的から再興されていくという事例に着目して研究を行った。子供服が近代的な流行商品に組み込まれていく過程において、七五三のイベントが効果的に用いられ、さらにこの手法が雛祭り、新入学などに応用されていく状況を明らかにした。最終年度は、大正期に生活の合理化・洋風化にかかわった家具デザイナーが、特に子供の生活に着目した背景を明らかにした。デザイナーたちの子供への関心が、モダニストとしての立場よりも自身の個人的・趣味的な子供への関心に因るところが大きかったという事実は、戦前期のモダンデザインを再検討し、広い視野で日本の近代のデザインを捉える必要性を示唆している。この他、本研究期間において、京都大学楽友会館、京都工芸繊維大学、松戸市教育委員会など、研究を補完するデータの調査を行い、さらにこれまでの先行研究も含めた調査データをすべてデジタル・データに統一する作業も行った。
著者
笹本 明子 (山崎 明子)
出版者
お茶の水女子大学
巻号頁・発行日
2006

戦前までの中等教育における美術教育は基本的に男女別に行なわれ、その目的・方法・内容等に渡って男女の美術教育は差異が設けられていた。このことは男女別学教育による必然的結果であると言える。その中で、女子教育では美術教育は「美術」という教科だけでなく包括的な女性の表現活動を想定した教科の連関が図られていたと考えられる。戦後の教科編成において「家庭科」が教科として成立し、「美術」は基本的に男女共学を想定した教科となり、手芸的表現活動は女子の美術から家庭科へと移行する。以上の問題について、本研究は美術と家庭科という教科の枠組みを通して、「手芸」という女性の表現活動をめぐる政治学を明らかにすることによって、近現代の教育システムに内在するジェンダー規範を顕在化することを目指すものである。今年度の研究活動の中心は、戦前までの女子の美術教育の枠組みを明確にすることにあり、二つの点で大きな成果があがった。第一に、学校教育と並行して行われた家庭における美術教育として、女子のための洋画塾を例にとりこれまでの調査結果をまとめ、論文として刊行した。第二に、学校教育における図画教育で中心的教材となる教科書、特に戦前まで存在していた女子用図画教科書の調査を行い、その成果を学会にて報告の上、論文として刊行した。これらの調査研究は、これまで学会内においてもほとんど論じられることのなかった女子の美術教育に関する基礎的な研究としての意義を持ち、男女両方に関する歴史史料の蓄積の必要性と先行研究におけるジェンダーの視点の欠如を指摘した点において美術教育史・美術史両領域において重要であると考える。
著者
吉川 昌之介 牧野 壮一 笹川 千尋
出版者
東京大学
雑誌
一般研究(A)
巻号頁・発行日
1986

近年分子生物学の進歩により病原細菌のビルレンスを支配する遺伝子を分子遺伝学的に解析し、発症の分子機構を素反応のレベルで解析し、その結果を総合的に一連の生化学的反応として理解することが可能になりつゝある。本研究は感染症の立場からのみならず、細胞侵入性、すなわち生きた菌が生きた上皮細胞(本来食作用をもたない)に侵入して増殖(一次細胞侵入性という)し、さらに隣接細胞に順次拡散(二次細胞侵入性という)していくという純生物学的にも極めて特異な発症機構を示す赤痢菌をとりあげ、その病理発生機構を分子レベルで理解しようというものである。細胞侵入性に関与する巨大プラスミドを分子遺伝学的に解析し、SalI制限酵素地図を作成し、その上の少くとも7ケ所のビルレンス関連領域を同定した。SalI断片G上には116KDの蛋白を支配するvirGシストロンが存在し、その産物の所在を決定し、それが二次細胞侵入性に必須であることを見出した。SalIーF断片上には30KDの蛋白を支配するATに富むvirFシストロンが存在し、本プラスミド上に存在する他のビルレンス関連遺伝子の発現を転写レベルでポジチブに制御している。連続したSalI4断片、BーPーHーD上には領域1から5と名づけた10数個のビルレンス関連遺伝子群があって、B端に存在するvirBシストロンは33KDの蛋白を支配し、その転写はvirFによってポジチブに調節されている。さらにvirBのコードする蛋白がipaB,ipaC,ipaDをはじめとし、領域2〜5に存在するビルレンス関連遺伝子群の転写をポジチブに調節していた。他方、染色体上に存在するビルレンス遺伝子の一つ、kcpAもクローン化し、蛋白産物を同定し、その役割を明らかにした。ミニセル法および塩基配列の決定によりこの領域には13KDの蛋白をコードする単一のシストロンkcpAが存在することが明らかになった。
著者
五郎丸 毅
出版者
福山大学
雑誌
一般研究(C)
巻号頁・発行日
1992

重水素標識薬物のキャピラリーGCによる同位体分離法について検討した。分離条件を検討するためイソプロピルアンチピリン(IPA)の重水素標識体、1-phenyl-d_5、2-methyl-d_3、3-methyl-d_3、4-isopropyl-d_6、2-methyl-3-methyl-d_6、1-phenyl-3-methyl-d_8および3-methyl-4-isopropyl-d_9体を合成した。IPAと各重水素標識体のキャピラリーGCにおける分離は、標識重水素数及びカラムの絶対温度の逆数に比例して向上することが確認された。この現象はプロポホール(PF)、フェンタニル(FT)やアミノピリン(AM)等の薬物とその重水素標識体においても同様に認められ、一般に比較的低いカラム温度で測定が実施できる多重重水素標識体では、同位体分離法が適用できると予想される。また本分離法を同位体希釈分析に応用したところ、各薬物ともに標識体と非標識体との濃度比に比例するピーク面積比が得られ、直線性ならびに再現性に優れていることが認められ、高感度検出器を用いた場合にはpg-ngレベルでの定量性を示した。さらに各薬物投与後の血中濃度の測定を重水素標識体を内部標準として添加する方法で実施したところ、きわめて容易に再現性よく0.1ng/mlでの定量、あるいは抽出液を直接注入による定量が可能であることを認めた。さらにAMについては本方法によるクリアランスを指標とした肝機能の評価への応用を実施した。またFTについては手術時にFTの投与を受けた患者における血清濃度の測定を実施し、臨床条件におけるFTの動態を解析するのに必要な高感度測定が可能であることが認められた。
著者
笹川 千尋 戸辺 亨
出版者
東京大学
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
1997

赤痢菌の感染初期段階における感染分子機構を解明することは、細菌性赤痢発症の本態を理解する上でも、またその感染を初期段階で阻止する手段を講じる上でも重要であり、本研究では、赤痢菌の細胞侵入機構と細胞侵入後の菌の細胞間感染に必要な細胞内運動機構に各々焦点を絞り研究を実施した。赤痢菌の細胞侵入機構の研究:赤痢菌の細胞への侵入には、本菌の分泌するIpaB IpaC,IpaD蛋白(Ipa蛋白)がa5blインテグリンに結合することが重要であることをすでに報告したが、この結合によりどのような細胞内シグナル伝達が活性化され最終的に菌の取り込みに必要なアクチン系細胞骨格繊維の再構成およびラッフル膜を誘導するかを解析した。その結果、(i)Ipa蛋白を休止期の細胞へ添加すると、細胞接着斑構成蛋白であるパキシリンやFAKのチロシンリン酸化とビンキュリン、a-アクチニン、F-アクチンが細胞内に凝集する。(ii)Ipa蛋白に対する当該細胞内反応はRhoにより制御されている。(iii)赤痢菌の細胞侵入に於いて出現するラッフル膜の誘導には、さらにType-III蛋白分泌装置よりVirA蛋白をはじめとする一連の分泌性蛋白が上皮細胞内へ注入されることが不可欠である。赤痢菌の細胞内・細胞間拡散機構:本現象に係わる赤痢菌のVirG蛋白と宿主蛋白、特にアクチン系細胞骨格蛋白との相互作用を解析し以下の知見を得た。(i)VirG蛋白のアクチン凝集能に必要な領域は、本蛋白の菌体表層露出領域にあり、特にN-末端側のグリシン残基に富む領域が重要である。(ii)VirGの当該領域と結合する宿主蛋白として、ビンキュリンとN-WASPが同定され、その結合はいずれも細胞内赤痢菌から誘導されるアクチンコメットの形成に不可欠である。
著者
宮本 直樹
出版者
兵庫県警察本部刑事部科学搜査研究所
雑誌
奨励研究
巻号頁・発行日
2007

【研究目的】本研究は,電気的原因による火災の解明の手段として,配線や電気器具などにアーク等によって生じた痕跡(雷気的溶融痕)と火災熱によって生じた痕跡(熱溶融痕)を判別するため,溶融痕内部に生成された空孔状況の違いに着目し,X線CT法を用いて,電線に作製した溶融痕内部の断面を全て非破壊で観察を行い,新たな鑑定手法の確立を目指すものである。【研究方法】試料として,電線(軟銅より線)の先端に直径0.5mm程度の熱及び電気的溶融痕を作成した。熱溶融痕は,ガスバーナーで溶融し、電気的溶融痕は,火炎中で短絡して溶融し,試料を作製した。さらに,作製した電気的溶融痕は,電気炉で約800℃,30分間熱を加えたものも作製した。X線CT測定は,SPring-8内BL24XU実験ハッチCにて行った。X線エネルギーは,29.5keVに設定し,検出器にX線ズーミング管(浜松ホトニクス株式会社製C5333)を用いて,試料を1°ステップで,180°撮影した。露光時間は,6秒で行った。【結果と考察】熱溶融痕と電気的溶融痕のX線CT測定の結果,熱溶融痕は,先端付近に空孔は認められたが,中央付近では認あられない。それに対して電気的溶融痕は,ほぼ全面にわたって,大小の空孔が認められ,今回の試料に対して,熱溶融痕と電気的溶融痕の空孔の状態に差が認められた。さらに,電気的溶融痕に熱を加えたものについては,酸化状態がCT画像のコントラストから判断でき,酸化が溶融痕表面からどのくらいまで浸透しているのか判断できた。このように,内部の空孔が,非破壊で観察でき,さらに空孔の情報も今までの,1断面の2次元の情報でなく,全断面,すなわち3次元の情報でわかり,溶融痕の空孔の形態が詳細に観察できた。