著者
河野 保博
出版者
京都芸術大学
雑誌
研究活動スタート支援
巻号頁・発行日
2022-08-31

日本列島各地に定着した馬匹文化はその後の社会の基層を支えるインフラとなり、馬は人びとの生活に欠かせない生き物としての存在を確立した。古代の列島全域への馬匹文化の拡散は中央集権体制の構築のなかで進められた国家的な生産が大きな役割を果たした。その拠点となるのが列島各地に設置された「官牧」である。本研究は古代国家によって設置された官牧の存在を検証し、地方支配や馬匹生産の展開、古代の地域空間を考えるための基礎を明らかにしようとするものである。そのため、列島各地の官牧想定地を実地調査し、馬の移動や利用という観点から交通路や地域支配の拠点との関係性を検証しながらその立地環境を明らかにしていく。
著者
那波 宏之 村山 正宜
出版者
日本生物学的精神医学会
雑誌
日本生物学的精神医学会誌 (ISSN:21866619)
巻号頁・発行日
vol.30, no.4, pp.147-151, 2019 (Released:2020-03-30)
参考文献数
20

近年,ヒトの知覚認知機能が単純に感覚受容器の信号(ボトムアップ情報)だけを基に発現しているのではなく,記憶,経験,情動の脳内信号(トップダウン情報)によって修正,介入されていることが脳科学領域で重要視されるようになっている。本来,このトップダウン情報は記憶や状況判断より形成され,その予測される情報を感覚受容野に提供することで,より正確に認知することを目的にするのである。しかし実際の感覚受容器からの信号が制限されたり,過度な注意や薬物などによりトップダウン情報が介入しすぎると,予測情報そのものが間違って実感覚として認知される,つまり錯覚や幻覚となる可能性がある。ドパミンはそのトップダウン情報を担う前頭前野の活動を高め,セロトニンは脳全体の情報連合性を亢進させるので,覚せい剤などの薬物が,錯覚・幻覚を誘発する事実とも矛盾しない。ここではトップダウン障害仮説と統合失調症の幻聴・錯聴との関連性について考察を加える。
著者
前川 展祐
出版者
一般社団法人 日本物理学会
雑誌
日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.70, no.6, pp.427-435, 2015-06-05 (Released:2019-08-21)

2012年7月4日に素粒子の標準模型における最後の粒子であるヒッグス粒子が発見され,標準模型はほぼ完成したと言える.一方で,1998年に高山で行われたニュートリノ会議以降,次々と観測されたニュートリノ振動は標準模型では質量が持てないニュートリノが有限の質量を持つことを示唆しており,標準模型を拡張する必要がある.拡張として多くの可能性が提案されているが,最も単純な拡張として右巻きニュートリノを導入する,というものがある.標準模型ではニュートリノを除くすべてのクォーク,レプトンが左巻き場と右巻き場両方を含んでいるが,ニュートリノに対しても右巻き場を導入する,という拡張になっており,自然な拡張と言える.さらに,右巻きニュートリノは標準模型の対称性で禁止されない質量を持つことができるので標準模型のスケールに比べて大きい質量を持たせると自然に左巻きニュートリノの質量が他のクォーク,レプトンに比べて小さいことが説明できる(シーソー機構)という利点もある.この解説では,右巻きニュートリノも含めて標準模型と呼ぶことにする.実験的には非常に成功を収めている標準模型であるが,理論的には様々な問題が知られており,また,存在が予測されているダークマターが含まれていない等の問題もあるので,標準模型を有効理論として含むようなさらに基本的な理論として様々な可能性が提唱されている.その中でも,超対称大統一理論は標準模型を超える理論として最も有望な理論と言える.自然界に存在する重力,電磁気力,強い力,弱い力のうち,重力を除く3つの力を統一する理論であるが,同時に,物質であるクォーク,レプトンをも統一するという理論的な魅力があるだけではなく,それぞれの統一において実験からのサポートも存在しているからである.力の統一に対しては,標準模型における3つのゲージ力の強さを表すパラメータ(結合定数)があるスケール(統一スケール)で一致することが知られている.低エネルギーで測定したパラメータを用いて高エネルギーでのパラメータを理論計算した結果であるから,実験からのサポートと言える.一方で,物質の統合に関しても間接的な証拠があることは,それほど知られていない.この論説ではその間接的な証拠について説明し,特にニュートリノ混合角や質量差がここ20年の間に決定されてきたことが重要な鍵となっていることを見る.具体的には,SU(5)大統一理論で実現される物質の統合の結果,「10表現のクォーク,レプトンは5^^-表現のクォーク,レプトンよりも強い階層性を引き起こす」,という一つの仮定をすることで,クォーク,レプトンの質量や混合角の様々な階層性を統一的に理解できることを示す.この際に,ニュートリノの質量や混合角の階層性が分かってきたからこそ,この理解は説得力を得ることを見る.次に統一群として例外群E_6を採用すると,SU(5)の時には与えるしかなかった上記の階層性の起源に関する仮定を理論の結果として導出することができることを指摘する.この構造がとても自然にE_6大統一理論に埋め込まれているので,3世代のクォーク,レプトンすべてを1つの場に統一しつつ,現実的な質量や混合角を実現できるような模型を構築することができる.この解説では,現在測定されているクォーク,レプトンの質量や混合角が大統一理論を示唆している,という観点で説明するが,歴史的にはこの方向でのE_6大統一理論はニュートリノ振動が発見されて間もない2001年に提唱され,その予言(特にθ_<13>〜O(0.2))がその後のニュートリノ振動に関する実験的な進展により確認された.大統一理論の最重要予言である核子崩壊も将来実験で発見されることが期待される.
著者
藤田 直樹 西田 健志 寺田 努
雑誌
研究報告エンタテインメントコンピューティング(EC) (ISSN:21888914)
巻号頁・発行日
vol.2023-EC-67, no.10, pp.1-2, 2023-03-09

一体感はライブ鑑賞における体験価値の向上などに重要だと考えられており,一体感を得るために同じ動きや発声をするなど集団がまとまりをもって振る舞う文化が存在する.一方で,公共の映画館のように発声などがためらわれる場面では,周囲に一体感を感じづらいことがある.このような場面において,能動的な振る舞いに代わり,互いの感覚を共有する方法があれば一体感を創出できると考えた.本研究では,集団が互いの心拍数を視認しあえるように情報提示することで,発声のような能動的な感覚共有行動なしに,受動的な一体感を創出する手法を提案する.本稿では,提案手法の可能性を探索するために開発した,コンテンツ視聴中に互いの心拍数やその一致度合いを視認することができるシステムのプロトタイプについて報告する.
著者
山本 彩 鈴木 育美
出版者
一般社団法人 日本児童青年精神医学会
雑誌
児童青年精神医学とその近接領域 (ISSN:02890968)
巻号頁・発行日
vol.60, no.1, pp.109-123, 2019-02-01 (Released:2020-02-28)
参考文献数
17
被引用文献数
1

2017年12月に閣議決定された「再犯防止推進計画」で刑務所内において発達特性に応じた効果的な指導が必要であることが述べられた。一方現行制度下では,ほとんどの刑務所が発達特性を有する人の実態把握すら難しい状況にある。特に女子刑務所は過剰・高率収容状態に加え,一般社会のペース以上に収容者の高齢化が進んでいる。また収容者の多くが覚せい剤後遺症や性虐待・性被害の被害体験からくる反応,摂食障害など極めて処遇困難な症状を有しているため,発達特性に応じた効果的な指導を行うのは難しい状況にある。筆者らは,法務省がこうした状況を鑑み2014年度から行った「女子施設地域支援モデル事業(以下,モデル事業)」を用いて,女子刑務所において自閉スペクトラム症(以下,ASD)が疑われた人へ,ASD特性を加味した支援をおこなった。本報告では,その中の2事例を報告するとともに,「モデル事業」を用いてどのように継ぎ目のない(シームレスな)支援体制を整備したかを紹介した。最後に2事例を振り返り,2事例に共通して見えたことや当該支援の限界について考察した。
著者
浜中 耕平
出版者
横浜市立大学
雑誌
若手研究
巻号頁・発行日
2020-04-01

クリッペルフェイル症候群は頸椎癒合などの骨の症状を呈する遺伝性疾患であるが、その原因は特定されていない。我々は過去の研究において、本症候群を呈する家系に染色体転座を同定した。染色体転座はその周辺の遺伝子の発現を変えることで疾患を起こすことが知られている。本研究では、オミクス解析により本転座の周辺の遺伝子の発現を網羅的に解析し、発現が変化している遺伝子を同定する。次にその遺伝子の骨分化に与える影響を解析し、クリッペルフェイル症候群の病態メカニズムを明らかにする。これらの解析により、本研究はクリッペルフェイル症候群の原因を明らかにし、その診断や治療の開発に貢献するだろう。
著者
金 蘭九
出版者
九州看護福祉大学
雑誌
九州看護福祉大学紀要 = The Journal of Kyushu University of Nursing and Social Welfare (ISSN:13447505)
巻号頁・発行日
vol.7, no.1, pp.45-57, 2005-03

本稿の目的は、戦前・戦中期における傷痍軍人援護政策の史的展開を考察し、傷痍軍人援護政策における当時の実態と政策意図、あるいは行政と政策との乖離を歴史的分析および日韓比較を通じて解明することにある。戦前の日本においては、国家による障害者福祉政策はまず傷痍軍人に対する職業保護政策という、極めて軍事的色彩の強い政策として出発した。そこで、本稿は戦前・戦中期に実施された臨時軍事援護部の設置から傷兵保護院の設置、さらには軍事保護院の設置に至るまでの傷痍軍人援護政策について、実証的に検証した。
著者
墨岡 亮 桑原 博道 小林 弘幸
出版者
公益財団法人 日本心臓財団
雑誌
心臓 (ISSN:05864488)
巻号頁・発行日
vol.43, no.9, pp.1183-1195, 2011 (Released:2013-01-19)
参考文献数
6
被引用文献数
1

肺血栓塞栓症は, 近年, 認知度が上昇し, 急死の転帰をたどることも多く, 訴訟リスクが高まっているものと考えられる. そこで, 肺血栓塞栓症が裁判上どのような点で問題となっているのか, 検索し得た40例の裁判例(36事例)を検証した.請求棄却判決は22例で, 一部認容判決が18例. 主な診療科は, 循環器科(7事例), 産婦人科(7事例9裁判例), 整形外科(6事例)で, 3診療科で約半数を占めた. 循環器科は, 2004年の判決以降に問題となっていた. 産婦人科では, 5事例6裁判例で, 医療機関側から, 急変した原因が肺血栓塞栓症であるとの主張がなされていた. 整形外科では, いずれの事例も下肢受傷例であった. 争点となったのは, 死因·原因(17事例20裁判例), 予防措置(16事例17裁判例), 診断の遅れ(16事例17裁判例), 救命措置(9事例10裁判例)であった. 2004年以降, 予防, 診断の遅れ, 救命措置に過失があったことを理由とした請求認容判決が7例存在した. また, 2004年以降の判決ではガイドラインに触れられているものがあった. 死因·原因などに関して, 8事例10裁判例で, 医療機関側から, 原因が肺血栓塞栓症であったことを, 過失や救命可能性を否定する根拠として主張していることが特徴であった.医療トラブル防止には, 個々の医師の対応だけでは限界があり, 肺血栓塞栓症の特質について, 患者および社会一般の理解を得る必要がある.
著者
井関 大介
出版者
東京大学文学部宗教学研究室
雑誌
東京大学宗教学年報 (ISSN:02896400)
巻号頁・発行日
no.28, pp.89-107, 2010

論文/ArticlesMasuho Zanko was a "vulgar" Shintoist active mainly in the first half of the eighteenth century. As he argued that the Japanese must respect Shinto first and foremost of all religions, many contemporary writers naturally criticized him. Through analyzing his works carefully, it is clear that he propagated Shinto not because he thought it is the only true religion but because he thought it the most useful for administration of the nation and for the relief of the people - especially "the foolish people," in his words. Contrary to his apparent absolutism, his ideas of religions (which his critics rejected as being exclusively Shinto)—based on a sort of relativism or pragmatism—indirectly seems to share common ground with his critics. In this paper, through analyzing the rhetoric found in the criticisms of Zanko, I try to examine the extent of his discourse objecting to other religions and consider them something controllable and useful in this period.
著者
長野 和雄 堀越 哲美
出版者
日本生気象学会
雑誌
日本生気象学会雑誌 (ISSN:03891313)
巻号頁・発行日
vol.54, no.1, pp.23-34, 2017-05-01 (Released:2017-05-31)
参考文献数
41

奈良県旧宗檜村の土地台帳に記載されているすべての小字の中から日当たりの良悪を表す日向地名・日陰地名を収集し,その地の日照・日射特性を GIS により検証した.日陰地名は日向地名に比べ標高が低く,天空率が低く,可照時間が短い.日陰地名の傾斜方位は北・北西・北東,日向地名は南西・南に多い.冬至における日陰地名の日積算散乱日射量,直達日射量は日向地名のそれぞれ 81%,21% と顕著に少ない.しかしながら日陰地名を持つ地にも日向地名同様に住宅地・農作地があり,土地利用形態に明確な差は認められない.また住民は既に小字名をあまり用いず,日当たりに対する認識も必ずしも明確ではない.
著者
中井 雄一郎 神部 芳則 土屋 欣之 伊藤 弘人 野口 忠秀 森 良之
出版者
日本口腔診断学会
雑誌
日本口腔診断学会雑誌 (ISSN:09149694)
巻号頁・発行日
vol.28, no.1, pp.20-25, 2015-02-20 (Released:2015-06-03)
参考文献数
19

A 55-year-old male with myelodysplastic syndrome had been treated at the Hematology Department at our hospital. Swelling of the left cheek developed in the patient, which led to his referral to our department. Since blisters and distinct dark red plaques were noted on the right forearm as well as the lower limbs, a dermatological examination was requested. Biopsy of the skin rash was performed; the biopsy result and clinical course led to the diagnosis of cheek phlegmon associated with Sweet's disease. We provided treatment for the infection and Sweet's disease. The patient received transfusions of peripheral stem cells. He has had a good outcome for 3 years and 6 months.