著者
陳 雯 CHEN Wen
出版者
筑波大学一般・応用言語学研究室
雑誌
言語学論叢 オンライン版 (ISSN:18826601)
巻号頁・発行日
no.11, pp.20-45, 2018-12-21

Titone & Connine(1994b)によると、慣用句の認知処理においては様々な要因が影響を及ぼすため、慣用句の認知過程を解明するには慣用句選出の際に、それらの要因をできるだけ統一する必要がある。Titone & Connine(1994b)と Tabossi 他(2011)はそれぞれ英語慣用句とイタリア語慣用句を対象に、慣用句の親密度、構成性、予測性などの性質について調査を行い、慣用句の認知過程を研究する際の慣用句選出の基準となるデータを提供している。一方で、日本語慣用句を対象としたこのような研究は未だ見られない。本稿はTitone & Connine(1994b)や Tabossi 他(2011)を参考に、まず1140個の日本語動詞慣用句を対象に親密度調査を行った。次に、日本語母語話者の親密度判断に基づき、親密度が上位300の慣用句を対象に透明度調査と予測性調査を行った。最後に、親密度・透明度・予測性の相関関係について分析を行った。本稿の結果は、日本語慣用句を対象とする今後の実験研究のために、慣用句選出の際の参考となる親密度、透明度と予測性のデータを提供することができる。
著者
浅井 隆之 藤田 志歩 塩谷 克典 稲留 陽尉
出版者
日本霊長類学会
雑誌
霊長類研究 Supplement
巻号頁・発行日
vol.31, pp.92-93, 2015

ニホンザルの農作物被害対策において、農家によって動物の生態についての理解や対策への意識に差があることが、集落ぐるみの取り組みを行う上での障害となっている。しかし、どのような要因が農家の意識に隔差をもたらすかについては科学的な解析がほとんど行われていない。本研究は、ニホンザルによる農作物被害の程度が農家の対策意識や加害動物に対する感情にどのような影響を及ぼすかについて明らかにすることを目的とし、被害農家を対象に聞き取り調査を実施した。まず、対象地区を選定するため、鹿児島県薩摩郡さつま町および伊佐市において農作物被害を出している群れについてラジオテレメトリー調査を行い、その結果から、群れの出没頻度が異なるA、BおよびC地区を対象に選んだ。3つの地区の住民計19人からの回答を用いて、被害の実態やその対策、およびニホンザルに対する感情に関する8つの質問項目について主成分分析を行い、各主成分の得点を地区間で比較した。さらに、各農家の主成分得点と、被害の頻度、量、年数および季節それぞれとの相関を調べた。その結果、ニホンザルの生態についての理解度を表す第1主成分と嫌悪や憎悪の感情の強さを表す第3主成分は、被害がより古くからあり、被害頻度の高いA地区で最も高く、対策意識の高さを表す第2主成分は、被害は古くからあるが、その頻度は小さいB地区で高かった。一方、被害の年数が最も浅く、その季節が限定的なC地区では、第1、第2および第3主成分のいずれも得点が最も低かったが、恐怖の感情の強さを表す第4主成分の得点は最も高かった。また、各農家の主成分得点と被害の程度との関連では、第2主成分と被害の頻度との間にやや高い正の相関がみとめられた(r = 0.70, <i>P</i> < 0.05)。以上より、地区レベルおよび農家レベルのいずれにおいても、ニホンザルによる被害の程度によって農家の意識格差が生じることが示された。
著者
鹿糠 広治
出版者
紙パルプ技術協会
雑誌
紙パ技協誌 (ISSN:0022815X)
巻号頁・発行日
vol.60, no.11, pp.1689-1697, 2006-11-01
被引用文献数
1

近年,地球温暖化や化石燃料の価格上昇に伴い,製紙業界においても化石燃料からバイオマスへの燃料転換による省エネルギー対策およびCO<SUB>2</SUB>排出量削減対策が盛んに実施されてきている。<BR>三菱製紙(株)八戸工場でも重油からバイオマスへの燃料転換が課題であった。また,既設のペーパースラッジ焼却設備も老朽化が進んでいることから,今回,廃タイヤ・廃木材・工場内で発生するペーパースラッジ・その他の可燃性廃棄物を燃料とするリサイクルボイラーを建設し,2004年7月より操業を開始した。<BR>運転性能を確認した結果,計画値を全て満足しており,現在も順調に稼働を続けている。また,この設備の稼働により,重油・石炭消費量の削減,購入電力量の削減,余剰電力売電量の増加といったエネルギーコストの削減,及びCO<SUB>2</SUB>排出量の削減に大きく寄与することとなった。<BR>本稿では,このリサイクルボイラーの設備概要及び操業経験について紹介する。
著者
藤原 寛 栗原 直嗣 太田 勝康 平田 一人 松下 晴彦 金澤 博 武田 忠直
出版者
社団法人 日本呼吸器学会
雑誌
日本胸部疾患学会雑誌 (ISSN:03011542)
巻号頁・発行日
vol.32, no.5, pp.469-475, 1994

症例は48歳女性で福岡出身. 咳嗽および微熱を主訴として当科に来院し, 胸部レントゲンにて多発性の辺縁不明瞭な結節影が認められ, 血液検査では成人T細胞白血病ウイルス関連抗体が×1,024と高値を示した. 気管支鏡検査にて確定診断がつかず, 開胸肺生検が行われた. 組織は異型性のないリンパ球, 形質細胞, 組織球を中心としたリンパ系細胞が浸潤した肉芽組織で, 壊死を伴わず, 結節病変の内部および周辺の血管はこれらの細胞が浸潤している所見が認められた. 以上の所見より Jaffe の提唱する angiocentric immunoproliferative lesions (grade I) と診断し, プレドニゾロン, サイクロフォスファミドの併用療法を行い寛解が得られた. 本疾患はリンパ腫様肉芽腫症を悪性度により3つに分類したもので, 近年, EBウイルスとの関係が注目されている. 本例ではATLウイルスが発症に関係した可能性があると考えられた.
著者
永見 智行 木村 康宏 彼末 一之 矢内 利政
出版者
一般社団法人 日本体育・スポーツ・健康学会
雑誌
体育学研究 (ISSN:04846710)
巻号頁・発行日
pp.16021, (Released:2016-08-29)
参考文献数
25
被引用文献数
4 5

In this study, we analyzed the kinematic characteristics of various types of baseball pitches by elite baseball pitchers, and tested a null hypothesis that “no type of pitch has the same kinematic characteristics as another.”  A high-speed video camera was used to record the initial trajectory of the pitched ball thrown by 84 skilled baseball pitchers. Each pitcher was asked to throw all the different types of pitch he would use in competition and practice, and to self-declare the type of pitch used for each throw. The kinematic characteristics of each pitched ball were analyzed as ball speed, the direction of the spin axis, and the spin rate. A custom-made device was used to analyze the direction of the spin axis and the spin rate, and the ball speed was measured with a radar gun. One-way ANOVA with the Games-Howell post hoc test was used to test the hypothesis.  The total of 364 pitches were categorized into 11 self-declared pitch types. Four of 10 pitch types thrown by more than one pitcher - the four-seam fastball, slider, curveball and cutter - had unique kinematic characteristic distinct from all of the other pitch types. No significant differences were found in any of the kinematic parameters between 1) changeup and sinker, 2) forkball and split-fingered fastball, and 3) two-seam fastball and shoot ball. Therefore, the hypothesis was retained for these three pairs of pitch types: although they were kinematically similar, the pitchers categorized them as different types.  When the breaking ball was compared with the four-seam fastball, they were classifiable into three types: 1) pitches with a slower ball speed and lower spin rate with a different direction of spin axis (changeup, sinker, forkball and split-fingered fastball), 2) pitches with a slower ball speed, different direction of the spin axis and a spin rate comparable to the four-seam fastball (slider, curveball and cutter), and 3) pitches with a comparable ball speed, similar spin axis direction, and lower spin rate (two-seam fastball and shoot ball). These data revealed that the kinematic characteristics of some pitch types are quite different from those described in baseball coaching handbooks.
著者
高野 美香 西村 正幸 林 紀孝 利谷 昭治 曽爾 彊 久野 修資
出版者
日本皮膚科学会西部支部
雑誌
西日本皮膚科 (ISSN:03869784)
巻号頁・発行日
vol.54, no.2, pp.276-280, 1992

症例は40歳の福岡県出身の主婦で初診の1年前, 躯幹に紅色丘疹を生じ, 2ヵ月前より同様の皮疹が全身に播種状に認められるようになった。組織学的に真皮上層から中層に異型性のあるリンパ球様細胞の浸潤がみられ, 表皮内にも異常リンパ球が認められた。浸潤細胞の大半はT cellの表面マーカーを有し, cutaneous T cell lymphomaと診断した。初診の2年後, 全身倦怠感と著しい皮疹の増悪, 表在リンパ節腫脹とともに末梢血に異常リンパ球13%を認めるようになった。化学療法(VEPAMなど)を開始したが効果なく, 初診後3年半(白血化してから1年半)の経過で死亡した。
著者
阪口 翔太
出版者
京都大学
雑誌
若手研究
巻号頁・発行日
2018-04-01

平行進化では共通の遺伝変異で類似表現型が生じたのか,異なる変異が関与したのかが問題となる.アキノキリンソウはもともと秋に開花する植物だが,北海道の高山と蛇紋岩地では夏前に開花する性質が進化している.本研究ではこの2生態型について早期開花性の遺伝基盤を特定し,その進化過程を解明することを目的とした.蛇紋岩型で著しく分化したゲノム領域を調べたところ 2つの開花遺伝子が抽出された.しかしこれらの候補遺伝子は高山型では分化していなかった.また共通圃場で2型間でも開花期のずれが確認され,開花遺伝子の発現にも時間差があったことから,早期開花性は高山と蛇紋岩地で別個の遺伝変異に基づいて進化したと考えられた.
著者
藤田 浩之 曽我 隆義 鈴木 淳一 石ケ坪 良明 毛利 博 大久保 隆男 長嶋 洋治 三杉 和章
出版者
一般社団法人 日本感染症学会
雑誌
感染症学雑誌 : 日本伝染病学会機関誌 : the journal of the Japanese Association for Infectious Diseases (ISSN:03875911)
巻号頁・発行日
vol.69, no.4, pp.398-403, 1995-04-20
参考文献数
18

横浜市立大学医学部第1内科に入院したHIV陽性患者について, 臨床的病理学的検討を加えたので報告する. 対象は, 1988年2月より1994年5月までの約6年間に, 当科に入院したHIV陽性患者13例で, 外国人の1例を含め, 全例が男性であり, 初回入院時の年齢は, 18~70歳であった. 感染経路は, 血液製剤輸注8例, 性交渉5例で, 現在までに11例がAIDSを発症しており, 内6例が死亡している. 発症原因は, カリニ肺炎, HIV脳症などで, 発症時のCD4陽性リンパ球数は3.4~220/μl (平均73/μ1) であった. 延べ25回の入院理由は, 日和見感染が19回で, その内6回をカリニ肺炎が占めるが, 最近では予防を行っているため減少している.剖検は4例で施行された. 死亡時のCD4陽性リンパ球数は平均6.1/μlであり, 高度に細胞性免疫が低下した状態であった. 脳では, 脳の萎縮や, HIV脳症の特徴的所見であるグリア結節の形成がみられ, 皮膚では, パピローマウイルスによる尖圭コンジローマや, ポックスウイルスによる伝染性軟属腫がみられた. また全例でサイトメガロウイルス感染を示す封入体が認められた. AIDS発症からの生存期間は5カ月から42カ月で, 50%生存期間は26カ月であった. 現在AIDSは予後不良の疾患群であるが, その生存日数は延長の方向にあり, すべての医療従事者はAIDSに対して, より積極的な対応を求められている.
著者
萱島 知子 武富 和美 副島 順子 橋本 由美子 成清 ヨシヱ 西岡 征子
出版者
日本調理科学会
雑誌
日本調理科学会大会研究発表要旨集
巻号頁・発行日
vol.32, 2021

<p>【目的】九州北部にある佐賀県は、北は玄界灘、南は有明海という異なる海に面し、肥沃な佐賀平野では二毛作が盛んに行われてきた穀倉地帯である。また、世界的に知られている有田焼のように陶磁器の産業も発展してきた。これまで、昭和35〜45年頃の家庭料理について「主食」、「おやつ」、「主菜」、「副菜」の聞き取り調査の内容を報告し、地域特性にあわせた暮らしぶりを明らかにしてきた。今回は、さらに「行事食」について報告し、次世代に伝え継ぐ家庭料理として、その特徴を考察する。</p><p>【方法】調査時期は、平成24〜26年度である。対象者は地域の食文化に精通し、現地居住歴が長い方とした。地域毎に聞き取り調査を行い、一部の料理は実際に調理してもらった。調査地域は、地理的特徴から県内を7地域に分け、松浦郡有田町、武雄市山内町、杵島郡白石町、鹿島市、唐津市、佐賀市、神埼市を対象とした。</p><p>【結果・考察】まず、正月料理として、焼き物の里として知られる有田地域にて、窯元ならではのエピソードが「鏡餅」や「にらみいわし」といった料理にて語られた。また、1月7日には、「七草の味噌おつゆ」という味噌汁を、無病息災を祈願し朝食で食べていた。さらに、6月1日は山登りの日とされ、仲間と一緒に「えんどう豆のおにぎり」を食べていた。次に、秋のおくんち料理として、有田地域では「栗入りせっかん」、「煮ごみ」、「鯛の煮ふたち」といった料理が、色鮮やかな有田焼の大皿に盛り付けられ、振る舞われていた。「煮ごみ」は、山内地域でも作られ地域による相違点がみられた。以上より、年中行事を大切にし、人々の交流と共に食を楽しむ様子がみられ、地域特性にあわせた豊かな暮らしぶりがうかがえた。</p>
著者
坂本 知弥 佐々木 良一 甲斐 俊文
雑誌
研究報告コンピュータセキュリティ(CSEC)
巻号頁・発行日
vol.2011-CSEC-52, no.5, pp.1-7, 2011-03-03

近年,インターネットの普及により,IPv4 アドレスの枯渇が懸念されている.その為,IPv6 の導入が進められており,IPv6 が導入された場合,IP アドレス数の大幅な増加だけでなく,様々な利点が期待されている.しかし,その利点を逆手に取った攻撃手法も同時に発見されており,迅速な対応が求められている.そのような攻撃手法の 1 つがアドレス自動割り当て時における,ルータへのなりすましによる不正 RA (Router Advertisement) 攻撃である.既存対策としてはネットワーク機器やルータへの機能実装による対策が提案されているが,実現性や有効性の問題により,現実的ではない.そこで,本研究では実験を通じて不正 RA 攻撃がどの程度容易に実現出来るかを示すとともに,PC 側でフィルタリングを行う簡易で効率的な手法の提案と評価を行う.
著者
Keitaro OKAMOTO Takahiro KURIBAYASHI Toshiro NAGASE
出版者
Japan Association of Mineralogical Sciences
雑誌
Journal of Mineralogical and Petrological Sciences (ISSN:13456296)
巻号頁・発行日
vol.116, no.5, pp.251-262, 2021 (Released:2022-02-03)
参考文献数
23

In situ high–pressure single–crystal X–ray diffraction experiments on natural hemimorphite, ideally Zn4[Si2O7](OH)2·H2O, up to 4.7 GPa were conducted to investigate its pressure response property associated with pressure–induced phase transition. After the phase transition confirmed between 2.46 and 3.01 GPa, pairs of satellite reflections were newly found at certain Bragg reflections. The modulation vector q of the satellites was approximately [0, 1/8.4, 0]. The results of the refinements on the averaged structure indicated that the modulation arose from displacements of atomic sites associated with the mechanism of the phase transition, i.e., the rotation of the secondary building unit (SBU). The lower rotation angle of the SBU (Φ) than the value estimated from the non–modulated structure meant that the high–pressure phase contained anti–phase boundaries (APBs) resulting from the opposite direction of the SBU rotation and that the coherency was held across the APBs. Within the coherent domain, the APB’s intervals were distributed along the b–axis with a mean value of 8.4b ≈ 90 Å, where the displacement of each site η (y ) was approximated as the first–harmonic. The distribution of the direction of SBU rotation was initially considered to be inhomogeneous, but the elimination of the APBs had proceeded anisotropically and had been aborted below 3.01 GPa.
著者
櫛崎 翔太 田内 康 水上 嘉樹
雑誌
研究報告ヒューマンコンピュータインタラクション(HCI) (ISSN:21888760)
巻号頁・発行日
vol.2018-HCI-177, no.31, pp.1-4, 2018-03-09

歩容識別は歩行動作に基づき人物識別を行う技術である.本研究では,推定姿勢に基づいたモデルベース歩容識別手法を提案する.提案手法は,姿勢推定のためのニューラルネットワーク,推定姿勢の整形処理部,歩容識別のためのニューラルネットワークの 3 つから構成されている.姿勢推定のためのニューラルネットワークは動画像から人物の姿勢を推定するためのものであり,Cao らによる OpenPose を採用している.姿勢整形処理部では,推定姿勢に含まれる脚関節の左右ラベリングの修正,推定できなかった関節座標の補間,身長に基づいた関節座標の正規化が行われる.歩容識別のためのニューラルネットワークでは,整形姿勢を入力として人物識別を行う.基礎的な実験を行い,姿勢整形処理の有効性,および,歩容識別ニューラルネットワークの構成方法について検討する.
著者
張本 文昭
出版者
日本森林学会
雑誌
日本森林学会大会発表データベース
巻号頁・発行日
vol.130, 2019

<p>安田(あだ)集落は沖縄島の北端、国頭村の太平洋岸に位置する。琉球時代には各地の城や社寺、架橋や造船などのために材木需要が高まり、人々は林業を生業とした。材木は船で沖縄島南部に運び首里城に納められた。また国の重要無形民俗文化財に指定されているシヌグという祭祀では、無病息災や五穀豊穣、豊漁などが400年近く祈願されている。大シヌグ(うふしぬぐ)に執り行われる山ヌブイは、男のみが山に入り、山にある植物を身にまとい草装神となって集落に降り、豊年や女性、高齢者、子ども達の無病息災を祈願する。シヌグ小(しぬぐんくゎー)には臼太鼓(うしんでーく)が女性によって執り行われるが、極めて古典的な唄と舞踊で構成されている。わずか12名が在籍する集落の小学校では、総合的な学習の時間や生活科などの教科として、先述したシヌグに関する講話や祭祀への参加、また現在復元されている首里城の今後の改修のための植林事業を実施している。その他にもヤンバルクイナ保護活動、また稲作や漁業など、集落の環境について、人、文化と歴史、自然の総合的な観点から教育活動が長く展開されている。校長は、森を取り巻く環境そのものが生きた教材だと話す。</p>
著者
横川 知司
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
日本地理学会発表要旨集
巻号頁・発行日
vol.2021, 2021

<p>1.はじめに 2021年7月現在,新型コロナウイルスは全世界的に流行し,社会的・経済的な影響を与え続けている。日本においても,感染拡大を防ぐために「新しい生活様式」という考え方が提唱され,多人数が集まるイベントの多くが制限された。伝統行事も例外ではなく,観光イベントでもある大規模な祭りなど,多くが中止になった。しかし地域で行われる小規模な伝統行事がどのように変容したのかは明らかでない。</p><p> そこで,本研究では小正月の神事の一つであるトンドに着目した。トンドは,竹などを組み立てて,やぐらをつくり,正月飾りなどを焚き上げる伝統行事である。名称は異なるものの,共通の祭りが全国各地で広く行われていることから,今後の日本全体の伝統行事の維持を考えるうえで適した事例であると考える。</p><p></p><p>2.対象地域 本研究では,東広島市西条町を対象地域とした。選定理由として, 町内のほとんどの地域でトンドが実施されていること,調査の前年(2020年)に発表者らが悉皆的に調査を行っており,コロナウイルス流行の前後を比較できることが挙げられる。西条町は,農業地域と都市地域の両方が認められ,さらに都市地域縁辺の農業地域では,宅地化が進行し,旧来の住民と新住民が居住する混住地域も見られる。都市・混住・農業地域で催されるトンドを比較することで,コロナ禍に伴う変容の地域的な差異を検討する。なお地域区分については,国土数値情報と国勢調査のデータに基づき,農業地域のうち,人口が増加する地域を混住地域とみなし,それ以外を農業地域とした。</p><p></p><p>3.トンドの変容 2020年に実施された95のトンドのうち,2021年も行われたのは28であった。地域別にみると,都市地域では開催場所である小学校を借りられないなど,開催場所を確保できなかったことが影響し,ほぼすべてが中止になった。自分たちで開催場所を確保できる混住・農業地域でも約7割が中止になった。運営主体と参加人数からみると,住民団体など参加人数が多いトンドほど中止になることが多く,個人など参加人数が少数のトンドは開催されていた。コロナ禍で開催を決定した理由としては,1)正月飾りを焚き上げるため,2)年はじめに顔を合わせておいた方が良いと考えたため,3)無病息災を祈るため,4)中止にするという意見がそもそも出なかったなどが挙げられる。</p><p> 行事内容の変化としては,飲食の制限・禁止が確認された。汁物など共用飲食物の提供は行われず,代わりに弁当やペットボトル飲料など個別のものが増加した。トンドの形状については,少人数・短時間で建てられるように工夫したため,簡素化・縮小化が進んだ。参加人数は,帰省を控えた親族や参加をとりやめた地域住民・外部参加者もいるため,全体的に減少していた。</p><p> 一方で,地区で中止になったため,個人で代替開催したトンドが混住地域では4ヶ所,農業地域では9ヶ所でみられた。開催理由としては,1)正月飾りを焚き上げたい,2)家族に年男年女がいるため,3)子供がいるため,4)昔から続いてきたものなのでやっておかないと気になるなどが確認された。</p><p></p><p>4.おわりに 都市地域など,開催場所を自前で確保できないトンドは中止になり,自前の開催場所をもつ混住・農業地域でも,参加人数が多いトンドは中止になった。開催したトンドを見る限り,親睦の目的が失われ,正月飾りを焚き上げるなどの神事の目的が表出したと考えられる。伝統行事の維持には,場所の確保が最低条件であり, コロナ禍においては参加人数が少数である方が開催されることが確認できた。また,トンドの開催理由から開催者が伝統行事の本来的な意義を認識していることも重要であるといえる。</p>