著者
児玉 真美
出版者
科学技術社会論学会
雑誌
科学技術社会論研究 (ISSN:13475843)
巻号頁・発行日
vol.17, pp.55-67, 2019-04-20 (Released:2020-04-20)
参考文献数
19
被引用文献数
1

世界各地で「死の自己決定権」「死ぬ権利」を求める声が広がり,積極的安楽死と医師幇助自殺の合法化が加速している.それに伴って,いわゆる「すべり坂」現象の重層的な広がりが懸念される.また一方では,医師の判断やそれに基づいた司法の判断により「無益」として生命維持が強制的に中止される「無益な治療」係争事件が多発している.「死ぬ権利」と「無益な治療」をめぐる2 つの議論は,決定権のありかという点では対極的な議論でありながら,同時進行し相互作用を起こしながら「死ぬ・死なせる」という方向に議論を拘束し,命の選別と切り捨てに向かう力動の両輪として機能してきたように思われる.日本でも「尊厳死」のみならず積極的安楽死の合法化まで求める声が上がり始めているが,「患者の自己決定権」概念は医療現場にも患者の中にも十分に根付いておらず,日本版「無益な治療」論として機能するリスクが高い.日本でも命の切り捨ては既に進行している.
著者
鶴岡 路人
出版者
日本EU学会
雑誌
日本EU学会年報 (ISSN:18843123)
巻号頁・発行日
vol.2002, no.22, pp.283-312,373, 2002-09-30 (Released:2010-05-21)

In January 1999, the biggest project in the history of European integration, the Economic and Monetary Union (EMU), was realized and a dream of having a single European currency finally came true. The achievement of it was neither foreordained nor just a logical consequence of market integration in the EC. It was rather a project highly political in nature.This article tries to explain the significant initial phases of the political process to create a European single currency from the early 1988 to the end of 1989. In January and February 1988, some proposals for a monetary union in the EC were aired by the French, Italian, and German ministers, which were, however, rather vague in content and proposed mainly as political balloons at the time. But two years later in Strasbourg in December 1989, the leaders of the European Communities came to the agreement to convene an Intergovernmental Conference (IGC) to draw a new treaty on EMU, which was to begin its work by the end of 1990. Why and in what ways was such a great leap from just a vague balloon to the concrete agreement to revise a treaty made possible during this relatively brief period of less than two years? What has changed the nature of the EMU discussions?The main line of argument is as follows. When some calls for EMU notably the Balladur Memorandum were tabled and the discussions on its possibility became lively in the early 1988, there was no political commitment to the realization of EMU at all. Though the subsequent decision in Hanover in June that year to create a so-called Delors Committee on the study of EMU, and the approval of the Committee's report at the Madrid European Council meeting in June 1989 were of course significant steps forward, they by no means determined or ensured the way to the single currency. In fact, the Madrid summit failed to set a date to convene the IGC to make a new treaty on EMU. We had to wait six more months to have a concrete political commitment to EMU from Paris and Bonn, the two most significant actors on this issue. And the decision at the Strasbourg European Council in December 1989 to start an IGC by the end of 1990 made the road to EMU irreversible. Leading up to the Strasbourg agreement, the ever-accelerating upheavals in the Communist countries in the East, the eventual fall of the Berlin Wall on November 9, and the ensuing acceleration of the issue of German unification all played the significant role of stimulating the emergence of the political commitment to EMU.The situation under which the issue of EMU was discussed thus went through a radical change, which inevitably influenced the positions and perceptions of the actors. As the political commitment particularly by France and West Germany emerged in the fall of 1989, the road to EMU became irreversible, which was a great leap from the situation of two years earlier.
著者
青木 健一郎
出版者
一般社団法人 日本物理学会
雑誌
日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.50, no.6, pp.435-441, 1995-06-05 (Released:2008-04-14)
参考文献数
14

陽子,中性子,π中間子などのハドロンの物理はQCDによって記述されると現在我々は理解している.QCDにおいてハドロンは基本的構成要素であるクォークとグルオンの束縛状態である.ハドロンの物理をQCDの第一原理より理解することは本質的に相互作用の強い物理の問題であり,素粒子論の長年の課題の一つといえる.QCDでは構成する粒子とその相互作用を記述するラグランジアン,繰り込み可能性など形式的な理論の側面はわかっていながら,低エネルギーでの物理的状態の記述が第一原理より導けないという歯がゆい状況にある.QCDのダイナミックスの問題の多くは一般のケージ理論においても理解せねばならない問題である。この問題の普遍性は,テクニカラーなどの素粒子論のモデルがQCDの理解の上に構成されているだけではなく,物性理論でもしばしばゲージ理論が登場することからも明らかであろう.2次元QCDではハドロンの様々な性質を具体的に計算し,明らかにすることが可能であり,20年前よりQCDの振舞を理解するために数多くの研究がなされてきた.また,弦理論とQCDの関係を明らかにするという観点から現在も盛んに研究されている.昔も弦理論とQCDが関係あるのではないかということが指摘され,研究されていた.20年前に2次元QCDでどのような結果が得られていたのであろうか?また最近どのような新しい成果があり,いかなる研究がなされているのであろか?ということをこの解説では書いてみたい.
著者
加賀 佳美
出版者
一般社団法人 日本小児神経学会
雑誌
脳と発達 (ISSN:00290831)
巻号頁・発行日
vol.54, no.3, pp.176-179, 2022 (Released:2022-06-28)
参考文献数
15

神経発達症は,ADHD,自閉スペクトラム症(autistic spectrum disorder;ASD),限局性学習症(specific learning disorder;SLD)が代表的であるが,それぞれ重なり合って様々な病態を示すことが知られている.ADHDでは,30~40%にSLDを併存するといわれるが,その特徴や病態については明らかではない.そこでSLDとADHD併存の特徴を知るために,SLD 120名について単独群と併存群の2群に分け比較検討した.単独群では読字と書字両方の障害が強く,併存群では書字の障害が強い傾向を認めた.実行機能障害,ワーキングメモリの障害は併存群だけでなく,単独群でも伴っていた.それぞれの併存に目を向け,症例ごとにその病態を評価し,支援に生かしていくことが重要である.
著者
中村 聡
出版者
日本物理教育学会
雑誌
物理教育 (ISSN:03856992)
巻号頁・発行日
vol.54, no.2, pp.103-107, 2006-06-16 (Released:2017-02-10)
参考文献数
5
被引用文献数
1

電子レンジの加執原理を説明する際に,振動する水の分子同士の摩擦熱を考える場合があるが,真実に反している上,熱の分子運動論や摩擦現象のミクロなイメージの涵養を妨げる。いくらかの調査の結果,摩擦熱の説明はかなり流布していて,生徒もテレビなどを通じて聞き,更に学校教育までも荷担していることが判明した。摩擦熱を考える代わりに,「分子が振動していれば,そのエネルギー自体が熱である」と述べた方か良い。もし分子運動論を避けるのであれば,逆に電子レンシの加熱原理についても触れない方が良いと思われる。
著者
西川 洋史
出版者
一般社団法人 日本生物教育学会
雑誌
生物教育 (ISSN:0287119X)
巻号頁・発行日
vol.63, no.3, pp.139-145, 2022 (Released:2022-12-20)
参考文献数
13

透明骨格標本は製作過程で微細な骨を紛失することはなく,立体構造も本来の状態で保存されるため骨格の観察をするのに適している.しかし,その製作には法律上毒物や劇物の指定を受けている薬品を必要とする.また脱脂で使うキシレンや組織固定用の酢酸は臭気が強く,生徒が気分を悪くすることも多いため,換気を十分に行わなければならない.このような安心安全に関する配慮や手間は透明骨格標本の作製を現場で実施する上で障壁となる.そこで本研究では劇物・毒物を使用せずに,透明骨格標本を作製する方法を検討した.その結果,70%アルコール固定後のキンギョを30°Cの洗濯洗剤に10日間浸漬し,30 μg/mLアリザリンレッドS水溶液で2時間染色後,グリセリンに移し替えるだけで脊椎骨や肋骨をはじめとする内部の細かな硬骨を観察できる標本ができることが分かった.授業実践ではキンギョ以外の十数種類の魚の標本を生徒に作らせることができ,多くの魚種で本手法が適用できることが示された.アリザリンレッドS以外に必要となる洗濯洗剤とグリセリンは,市販品であることから容易に入手することができる.本研究の成果は,授業や探究活動での透明骨格標本の導入を加速するだろう.
著者
黒木 義彦 高橋 春男 日下部 正宏 山越 憲一
出版者
一般社団法人 映像情報メディア学会
雑誌
映像情報メディア学会誌 (ISSN:13426907)
巻号頁・発行日
vol.67, no.8, pp.J340-J346, 2013 (Released:2013-07-25)
参考文献数
10

The human electroencephalographic (EEG) spectra when looking at the stimuli of a real motion image and motion images at 60- and 240-fps were investigated. The EEG spectra in response to the 240fps stimuli showed a greater level of similarity to those of the real motion image stimuli than to those in response to the 60fps stimuli. This high frame rate image is considered to provide perceptions of motion image quality which are close to the impression gained when looking at real world scenes.
著者
木村 文輝
出版者
日本生命倫理学会
雑誌
生命倫理 (ISSN:13434063)
巻号頁・発行日
vol.18, no.1, pp.158-165, 2008-09-21 (Released:2017-04-27)
参考文献数
23

仏教は不殺生を基本理念としている。けれども、既に釈尊の時代から、仏教の立場において人が自らの死を選択する行為を是認してきた事例も存在する。それらの例を検討すると、そこには次のような条件が存在することが窺われる。すなわち、自己の死の選択が周囲の人々に承認された上で、以下の3つの事情のいずれかに該当することである。具体的には、(1)死期を目前にした者が、この世で為すべきことを為し終えたと自覚している場合、(2)自らの生命を犠牲にしても他者を救おうとする場合、(3)人生の目標の実現のために、自己の全存在を賭ける場合である。しかも、このような場面における「死」の覚悟と選択は、いずれも仏教的な意味における「人間の尊厳」を具現化するための有効な行為とみなし得るものである。本稿では、仏教が無条件の「生命至上主義」を主張するものではないことを論ずるとともに、そのような立場から、安楽死が是認され得る条件についての提言を行うことにしたい。
著者
森山 至貴
出版者
日本社会学会
雑誌
社会学評論 (ISSN:00215414)
巻号頁・発行日
vol.73, no.1, pp.2-18, 2022 (Released:2023-06-30)
参考文献数
24

2021年現在,男性中心社会における男同士の内輪のルールや雰囲気などに批判的に言及するために,アカデミズムの内外において「ホモソーシャル」という概念が多く用いられている.しかしその用法は,しばしばこの概念の出自として言及されるE. K. セジウィックの用法とは異なるようにもみえる.このような状況をさしてホモソーシャル概念の「乱用」と言われたりもする. 本稿では,ホモソーシャルという語の「乱用」に思える多義性を,削ぎ落とすのではなく適切に制御することでこの語をよりよく使うことができると主張し,そのための指針を提示することをめざす.具体的には,セジウィックを中心に,他の論者によるものも含めたこの語の用法の検討を通じて,セジウィックのホモソーシャル概念がその多義性ゆえに説明力をもったこと,したがって,概念の厳密化はむしろ望ましくないことを示す.その上で,セジウィック以後のホモソーシャルの用法を検討することで,セジウィックのホモソーシャル概念を自身の記述の文脈に応じて再形成することが有用である,と主張する.
著者
向井 智哉 三枝 高大 小塩 真司
出版者
法と心理学会
雑誌
法と心理 (ISSN:13468669)
巻号頁・発行日
vol.17, no.1, pp.86-94, 2017 (Released:2019-01-01)
被引用文献数
1

理論犯罪学では“法律の感情化”と二分法的思考が厳罰傾向に影響を与えてきたという議論がなさ れている。本研究はその理論的議論を検証するため、質問紙法による調査を行い、二分法的思考、 社会的支配志向性、仮想的有能感、情報処理スタイルといった変数が厳罰傾向に及ぼす影響を明ら かにすることを試みた。その結果、検討に含めたすべての変数が有意であったが、その中でもとく に情報処理スタイルと二分法的思考が厳罰傾向の大きな予測因子であることが示された。この結果 は厳罰傾向にはある種の“非合理的”な要素が含まれており、刑罰に関する世論を理解しようとする のであれば、そのような要素を考慮に含める必要があることを示唆している。
著者
四方 理人
出版者
社会政策学会
雑誌
社会政策 (ISSN:18831850)
巻号頁・発行日
vol.9, no.1, pp.29-47, 2017-06-05 (Released:2019-08-30)
参考文献数
29
被引用文献数
1

本稿では,社会保険の問題点について,社会保険料と税負担に関する実証研究から検討する。具体的には,税及び各種社会保険料負担の所得に対する累進性とそれぞれの負担が近年の所得格差の変化にどのように影響を与えてきたかを検証し,次に,国民年金の未納について考察を行った。主な分析結果は,日本の社会保険料負担は,所得に対してほぼフラットな負担となっており,医療費の自己負担まで含めると逆進的な負担となっていた。しかしながら,近年,所得格差が拡大するなかで,社会保険料負担の増加は可処分所得の格差をむしろ縮小させていた。また,保険料未納問題に関して,低所得の無業と被用者では免除制度が機能している一方,所得が高くなっても納付率の変化は小さかった。最後に,雇用の非正規化による低所得の被用者が増加することで,本来の社会保険の機能がより重要となるため,被用者保険の適用拡大をより一層押し進めることを提案する。
著者
伊在井 淳子 盛口 佳宏 堀切 康正
出版者
日本腹部救急医学会
雑誌
日本腹部救急医学会雑誌 (ISSN:13402242)
巻号頁・発行日
vol.34, no.7, pp.1337-1340, 2014-11-30 (Released:2015-02-27)
参考文献数
6

症例は91歳女性で,繰り返す腸閉塞の治療目的に,当院へ紹介された。CTでは,骨盤内の拡張小腸内腔に気泡を含む長径3.5cmの塊状物を認めた。イレウス管を挿入し,腸管減圧後に行った小腸造影で,イレウス管先端付近の小腸内腔に,楕円形の陰影欠損を認めた。以上より,食物残渣の陥頓をきたした食餌性イレウスと診断した。食物残渣を溶解する目的で,1日計500mLのコカ・コーラゼロⓇを,100mLずつ間歇的にイレウス管先端から注入した。注入を5日間行ったところ,イレウス管の排液が著明に減少し,イレウス管先端が右側結腸まで達して,腸閉塞の解除が確認された。食餌性イレウスがイレウス管による減圧で解除されない場合,経イレウス管コーラ注入が有用な可能性がある。特に超高齢者では,手術回避の観点から考慮すべき方法であると考えられた。
著者
赤穂 昭太郎
出版者
一般社団法人 電子情報通信学会
雑誌
電子情報通信学会 基礎・境界ソサイエティ Fundamentals Review (ISSN:18820875)
巻号頁・発行日
vol.16, no.4, pp.247-256, 2023-04-01 (Released:2023-04-01)
参考文献数
44
被引用文献数
1

近年の人工知能・機械学習の成功には大量のデータを前提として技術開発が進んできたという背景がある.一方,機械学習の適用分野が広がるとともに,コストをかけて収集された少量のデータに対しても機械学習を適用したいというニーズが高まっている.本稿では,スパースモデリングやベイズモデリングといった,少量データに向いた機械学習の枠組みを紹介する.また,深層学習に対して少量データの学習を行うための転移学習や,効率的なデータ取得を行うための能動学習やベイズ最適化などの手法についても述べる.更に,これらの枠組みをユーザとして適用する際の注意点のみならず基礎境界の研究分野として解決すべき数理的課題についても概説する.
著者
村山 綾 三浦 麻子 北村 英哉
出版者
日本社会心理学会
雑誌
社会心理学研究 (ISSN:09161503)
巻号頁・発行日
vol.39, no.2, pp.64-75, 2023-11-30 (Released:2023-11-30)
参考文献数
42

Three studies examined the relationship between threats to the Japanese healthcare system during the COVID-19 pandemic and perceived system justification in Japan. Study 1 confirmed the validity of the Japanese version of the General System Justification Scale (Kay & Jost, 2003). Study 2 examined the relationship between the perceived threat to the healthcare system, the dependency on that system, and system justification. The results showed that the perceived system threat was not associated with system justification while dependency on the healthcare system was found to be associated with perceived legitimacy toward the healthcare system as well as with dependency on the government. Finally, Study 3 manipulated the system threat through criticism of Japan’s healthcare system during the pandemic by a foreign journalist and examined its effect on system justification. The results showed no effect of system threat on system justification. The applicability of system justification theory to Japanese society was discussed.