著者
徳井 淑子 小山 直子 伊藤 亜紀
出版者
お茶の水女子大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2002

情報が伝達され、流行・流儀として定着したことは、そこに一つの文化が成立したことを意味する。ゆえに情報伝達のしくみを追究することは文化の形成過程を追究することに等しい。本研究は、服飾流行における情報媒体について、特に日本の近代、およびヨーロッパの中世・近代において考察し、それぞれの文明における情報伝達の特質と相違を明らかにしたものである。1 近代日本の愛用した「天平風俗」という文化的表象は、文化的概念「東亜」の将来が予告的に可視化されたものであった。つまり、近代日本における「可視化された情報」としての服飾は、文化的表象あるいは趣味(=taste)として感覚的な媒体でありながらも、それ以上に政治的概念を無意識のうちに浸透させる媒体でもあったと考えられる。2 中世ヨーロッパでは婚姻、祝祭、文芸活動を通した宮廷間交流が、16世紀以後はエンブレム・ブックの刊行が、涙模様など紋章に基付いた服飾意匠の汎ヨーロッパ的な伝播に貢献した。一方、ロマン主義時代のパリにおける歴史服の流行が、演劇と文芸とファッションの情報の相互媒介によることは、19世紀の情報伝達の特徴とされる。3 チェーザレ・リーパの『イコノロジーア』(初版1593年)における色彩シンボリズムは、15-16世紀のイタリアとフランスで書かれた複数の色彩論に典拠をもつ。これらの色彩論は、文芸作品における人物の服飾描写に大きな影響を与えたばかりか、近代初期のヨーロッパ人の服飾における色彩流行に影響を与え、ファッション情報のメディアとしての機能を果たした。
著者
岩本 武和
出版者
京都大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2005

本研究の目的は、国際資本移動が、実体経済に対して、順循環的(pro-cyclical)に及ぼすメカニズムを理論的・実証的に分析し、前者が後者に対して反循環的(counter-cyclical)に作用するような制度的枠組みを提言することにある。近年における国際資本移動に関する諸研究において、プロシクリカリティという分析ツールは頻出するが、必ずしも確固たる経済学的基礎付けや実証分析がなされているわけではない。そこで本研究の成果は、以下の4点にまとめられる。(1)まず、「なぜ資本は豊かな国から貧しい国に流れないのか」という「ルーカスの逆説」(1990)に答える理論的仮説と実証研究をフォローし、本研究の理論的枠組みを提示し、(2)次に、標準的な資本移動モデルで等閑視されてきた「貸し手と借り手の情報の非対称性」(マッキノン等による「オーバーボローイング・シンドローム・モデル」)と「対外債務がいかなる通貨建てであるか」(アイケングリーン等による「原罪仮説」)という2つの視点を入れながら、東アジアの新興市場諸国を対象にした資本移動モデルの理論的研究を行った。(3)また、カミンスキー等(2004)によって、厳密に定義され実証された資本移動のプロシクリカリティに関する「4つの定型化された事実」に関して、上記(1)(2)の理論モデルに依拠しながら、「アジア債券市場」の育成ついて若干の政策提言を行った。(4)さらに、本研究のテーマにとって欠くことができない「世界的不均衡の持続可能性」について考察対象を拡大し、アメリカの経常収支赤字のファイナンスについて、オブズフェルドとロゴフ(2005)の「ドルの実質実効為替レートの33%減価」というベースライン・シナリオについて、価格の硬直性(パススルーの不完全性)を導入したモデルを考察した。
著者
桐生 寿美子
出版者
名古屋大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2010

本研究ではエネルギー供給源であるミトコンドリアに焦点を当て、損傷軸索でのミトコンドリアダイナミクスを明らかにすることを目指した。このため神経損傷に応答して神経細胞内ミトコンドリアを蛍光標識するBACトランスジェニックマウスを作製し、損傷軸索でのミトコンドリアの形態やターンオーバーを検討した。その結果、神経損傷後ミトコンドリアは細胞体で断片化し積極的に軸索末端へ輸送されることが明らかになった。これは神経再生・修復を促すための適応反応であると考えられた。
著者
和田 昌昭
出版者
大阪大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2009

共焦点レーザー顕微鏡,CT,MRIなどによって得られるラスター画像中の生物組織の面積や体積を計算するためのアルゴリズムを開発した.アルゴリズムは,ノイズ耐性,合同不変性,線形不変性,トリム不変性などの好ましい性質を備えている.共焦点レーザー顕微鏡で光電子倍増館感度を5%, 10%, 20%, 40%, 60%, 80%と変化させて撮影した蛍光ビーズ画像にアルゴリズムを適用したところ,得られた面積の標準偏差はたった0.26%であった.
著者
松三 昌樹 溝渕 知司 高橋 徹
出版者
岡山大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2002

敗血症(Sepsis)に脳症(Encephalopathy)を合併するとその予後が悪化することは良く知られているが、敗血症性脳症(Septic encephalopathy)の病態生理は未だ完全に明らかでない。低分子モノオキシドである一酸化窒素(NO)は、神経伝達物質でもあることから敗血症性脳症にも関連することが推察されるがその役割には未だ不明な点が多い。一方、同じ低分子モノオキシドである一酸化炭素(CO)も神経伝達物質として機能する可能性が報告されている。我々は、内因性のCOが敗血症性脳症の病態に関与するのではないかと考え、生体内のCO産生酵素であるヘムオキシゲナーゼ(Heme Oxygenase ; HO) mRNAの発現をラット脳初代培養細胞用いて検討した。その結果、HOはLPSによりグリア細胞には誘導されるが、神経細胞には誘導されないことを明らかにした(Res.Commun.Mol.Pathol.Pharmacol.2000)。昨年、COがヒトの敗血症性にも関与するのではないかとの着想のもとに、ヒト培養グリア細胞7エンドトキシン(Lipopolysaccharide : LPS)を投与し、HOの発現を検討した。その結果、HOのprimary inducerであるHemeによっては、ヒトグリア培養細胞にHOが著明に誘導されたが、LPSでは量、時間両者を変化させて検討したが、HOは誘導されなかった。そこで、脳症には、脳だけではなく、敗血症性多臓器障害が関与するのではないかと考え、bacterial translocationを介して脳症の発展に関与する腸管に焦点をあてて、エンドトキシン投与による敗血症性多臓器障害モデルにおける腸管HOの発現を検討した。その結果、腸管には著明にHO-1が誘導されたことから、敗血症性脳症には、腸管で産生されたCOが脳に運ばれ、神経伝達物質としてその病態生理に関与している可能性が考えられた。
著者
野口 宏 武山 直志
出版者
愛知医科大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2006

集中治療室に敗血症にて入室患者の、血中一酸化炭素(CO)濃度(ガスクロマトグラフィー)、単球中ヘヘムオキシゲナーゼI蛋白量(フローサイトメトリー)、血液中酸化ストレス度(分光高度計)、炎症性サイトカイン(ELISA)等を測定することにより、侵襲による酸化ストレス、ヘムオキシゲナーゼI発現、CO濃度の相関を検討した。その結果、ヘムオキシゲナーゼI蛋白発現と血中CO濃度間に正の相関が認められた。COはNOとともにグアニールサイクラーゼ活性化による血管拡張作用を有するが、それ以外に抗炎症作用も有する。内因性COの起源は、その代謝経路からヘムオキシゲナーゼ系由来と推察されていたが確証はなかった。今回の結果は、内因性のCOとヘムオキシゲナーゼ経路との関連性を強く推察するものである。次にヘムオキシゲナーゼ1を調節する要因として酸化ストレスをはじめとした生体侵襲が重要視されている。今回、APACHE IIによる重症度スコアー、酸化ストレス度、およびヘムオキシゲナーゼI発現間に正の相関が認められた。この結果は、強い侵襲が生体に加わり酸化ストレス度が増加した状態下で、抗炎症作用を有するヘムオキシゲナーゼ1蛋白質が増加している可能性を強く示唆する。ヘムオキシゲナーゼIの上昇しない敗血症患者は予後が悪いことも今回の検討から明らかになっており、ヘムオキシゲナーゼI-CO系は生体防御系として重要な役割を果たしている可能性が示唆された。
著者
鈴木 太 本城 秀次 金子 一史 吉川 徹 栗山 貴久子
出版者
名古屋大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2010-04-01

自傷は青年期における自殺既遂を最も強く予測する因子の一つであり、近年の研究では、青年期の単極性うつ病において、非自殺性自傷の既往が自殺企図を予測することも示されている。本研究では、心的外傷が自傷を引き起こすという仮説を背景として、非自殺性自傷を伴う女児を対象として、眼球運動による脱感作と再処理法(EMDR)と対人関係療法(IPT-A)の比較が試みられた。研究期間の短さ、登録された症例数の少なさのために、当初の目的であったIPT-AとEMDRの有効性について比較することは困難であったが、EMDRが3例、IPT-Aが13例に対して施行され、外傷後ストレス障害の症状と社会的機能の変化が追跡された。
著者
柳田 賢二
出版者
東北大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2007

現在中央アジアでリングァフランカ(民族間共通語)として話されているロシア語には話者の母語の系統論的および類型論的差異を越えた共通性があり、このことはそれが以前に一旦ピジン化(言語接触による簡略化)を経て成立したクレオール言語(ピジン化を経て発生した新言語)である可能性を示唆する。他方、中央アジアにおいて民族間・国家間の共通語として機能しうるのは今後ともロシア語のみであり、その必要性にもかかわらず現在のように経済苦に起因する質量ともに劣悪なロシア語教育が続いた場合、それは再び本格的なピジン化に晒される可能性がある。
著者
清水 義彦 小葉竹 重機
出版者
群馬大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2000

高水敷の動的樹林化に関する検討 セグメント1の礫床河川である利根川水系渡良瀬川において,前年度の検討では,平成10年台風5号出水1年後,2年後の河道内樹林地調査を行い,洪水撹乱後のハリエンジュ樹林の再生過程を求めた.今年度もさらに時間経過した状況での樹林地回復過程の調査を実施した.洪水後1年目では洪水前に比し約10倍の萌芽本数となったが,競争による生物学的淘汰のため2年後には6倍に減少した.今年度においてはさらに減少することが当初予想されたが,調査結果により,洪水後2年目の生育状況を維持していることが確認された.このことは,洪水撹乱の動的樹林化によって数年にわたり高い密生度の樹林地が維持されることを意味し,樹木管理の必要性が重要との結論に至った.このような動的樹林化によって礫床河川の樹木繁茂が生まれていることを,近年の経験洪水規模と高水敷冠水時の樹林地撹乱の考察から明らかにした.洪水による樹林地の撹乱規模評価の検討 洪水規模との関係から,高水敷樹林の撹乱規模を推定しておくことは,樹林地管理において重要な判断材料となる.そこで,樹林地の破壊につながる洪水規模,樹木の世代交代を生んだ洪水規模,また,動的樹林化を生む近年の洪水規模について,河床表層の移動限界礫径を指標として評価できることを示した.また,洪水規模を上げた状況予測を一般化座標系平面流計算から求め,セグメント1河道特性をもつ礫床河川では、樹林地の平面的位置関係によっては高水敷基盤撹乱が生じる可能性があることを示した.高水敷樹木管理の指針作成に関する基礎資料の作成と総括本研究の実施により,高水敷樹林地における治水上の問題があきらかになった.とくに,(1)樹齢の浅いハリエンジュでは樹木根茎支持層が細粒砂層内にあることが多く,このため,洪水時に高水敷乗り上げ流れが生じることで樹木の破壊を含む撹乱が生じやすい.(2)高水敷樹林地と堤防間に流水が生じると,移動限界礫径が大きくなり,高水敷侵食の可能性が生まれる.(3)高水敷(低水路)河岸沿いに樹林帯を伴う場合は,河岸侵食によって樹林地の破壊(流失)が生じ,河道内流木生産源と成り得る可能性が生まれる.(4)現況密生度の樹林地が拡大した場合で,抵抗増加分を水位上昇分として捉え,これを洪水規模別に樹木抵抗を考慮した般化座標系平面流数値計算から評価した.こうした基礎資料のもとに,高水敷樹木管理の判断を,ハリエンジュの繁茂特性と移動床過程に着目して提案した.
著者
小林 裕幸
出版者
千葉大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2005

私たちは種々のメディアのもつ画質と接するとき、その画質情報からいろいろなことを感ずる。本研究は、メディア画質を定量的に解析し、それらが私たちに与える感性効果を明らかにし、画像を、目的の感性効果をもたらす画質に自動的に変換できるフィルタを作成し、いろいろな映像を作り出そうとするものである。次のような実験を行い成果を得た。1.いくつかの視覚メディアが特徴的にもつ画質特性に注目し,それらが画像の印象にたいして与える影響について調べた.SD法による評価実験の結果,画像の印象評価に影響を与える三つの因子が抽出された,また,画質に対して抱く印象が世代によって異なることが分かった.2.写真の過去的な印象に対して,どの画質要因が優位性をもっているのかを調べ,セピアや白黒のような単色の画像を見たときに,過去的な印象を強く喚起する効果が見られた.また,低色温度と高色温度の写真の時間印象に有意な差が見られたことから,色温度が時間印象に影響を及ぼす因子であることが示唆された.3.写真に撮影された人物のパーソナリティの推測に対して画質が与える影響について調べた.同一人物の写真の画質を変化させ,その人物のパーソナリティをSD法により評定させた.実験の結果から,パーソナリティの認知に働く3つの因子が抽出された.また,画質が人物の印象形成に影響を与えていることが確認された.さらに,複数の画質要因の相互関係について検討するため,明るさ(3水準)×コントラスト(3水準)に変化させた画像刺激を用いた印象評価実験も行い,印象形成における明るさとコントラストの交互作用が有意であることが確認された。
著者
原澤 亮
出版者
東京大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
1999

豚コレラウイルス(CSFV)はプラス鎖の1本鎖RNAをゲノムとしている。そこで、逆転写酵素を用いて我が国で分離されたCSFV株の5'端および3'端の非コード領域の塩基配列を決定し、これを国際的DNAデータバンクに登録されている既知のCSFVのものと比較するとともに、コンピュータを用いて二次構造の自由エネルギー値を計算し、合理的なステム・ループ構造を推定した。これまでの調査研究により、RT-PCRにより増幅された本ウイルスの5'端非コード領域には少なくとも3箇の可変領域が、また、3'非コード領域には少なくとも2箇の可変領域が存在し、それぞれの領域に特徴的な二次構造が想定されることが判明している。CSFVではループ領域の配列と長さはウイルス株により一定していないものの、ステム領域の配列はよく保存されており、固有のステム構造を呈することから、可変領域に想定される二次構造のステム領域に相当する回文様配列における点突然変異を比較検討することにより、CSFVの同定を遺伝子型のレベルで行うことができた。その結果、本ウイルスはCSFV-1,CSFV-2,CSFV-3の3型に分けることが適切であるとの結論に至った。これにより豚コレラの鑑別診断が一層精密に行なえるようになった。また、これはそれぞれのウイルス型が病原性とどのように関係するのかという新たな研究課題を提起するものでもあった。なお、型別の基準とした点突然変異を回文様塩基置換(palindromic nucleotide substitution)と命名し、新しい考え方に基づく分類方法として提案した。以上の研究成果は平成12年8月にイタリアで開催された第5回国際獣医ウイルス学会において発表した。
著者
西村 一之
出版者
日本女子大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2008

台湾の日本植民統治期の出来事が、地域住民の手によって歴史あるいは伝統として位置づけられていく過程について文化人類学的研究を行った。台湾東部の地域住民(漢人と先住民)によって選択される、植民地期の事象や経験が、如何に扱われるのかを明らかとした。政治的民主化と社会の台湾化を経て、地域社会の中では民族意識を表明する機会が増え、観光開発の影響も受けて、「歴史」や「伝統」は、さまざまに意味づけられて資源化している現状を示した。
著者
横山 一己
出版者
独立行政法人国立科学博物館
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2002

この研究で、日本列島の新第三紀以前の砂岩中のモナザイトがほぼすべて年代測定された。博物館に収集されている砂岩で砕屑性モナザイトの年代が決められた試料は、美濃帯、四万十帯、秩父帯、足尾帯、北部および南部北上帯、北海道東部及ぶ北部の白亜紀、舞鶴帯、超丹波帯等で約千点に達している。本年度は、沖縄の資料に含め、分析されていなかった砂岩を採集するとともに、その中のモナザイトの年代を測定した。砂岩のモナザイト年代から、供給源が主に3つに分類できることが判明した。最も一般的なものは、19億年と2億年前後のピークをもつ砂岩である。このタイプが日本列島のほとんどの砂岩を占める。代表的なものとしては、ジュラ紀の美濃帯、足尾帯、秩父帯、白亜紀の四万十帯などである。これらは付加帯を代表するものであるが、浅い海で形成された南部北上帯や手取層群などもこのタイプに属する。これ以外に、4から5億年に大きなピークをもつ砂岩、およびこれらに加え7億年や25億年前後のピークをもつ砂岩がある。前者には、北海道の浅い海の白亜紀層や舞鶴帯の砂岩がある。後者は、四万十帯の第三紀層である。砂岩の砕屑性粒子の起源は、日本海ができる前であり、すべてが大陸に起源がある。これまでに採集した大陸の砂岩との比較を行うと、19億年と2億年前後のピークをもつ砂岩は、韓半島から山東半島の南側に分布する物で、長期にわたり韓半島から供給されたものと考えられる。一方、4から5億年に大きなピークをもつ砂岩は、アムール川からの起源を示すもので、サハリンを含め北海道の白亜紀の地層は現在の分布から考えても問題ないものと思われる。舞鶴に関しては、古い時代のものであり、当時は、韓半島との別離して北方からもたらされたものと理解される。四万十帯の多くが7億年や25億年の年代を持つものがあり、これらは、揚子江との対比が可能である。
著者
井田 齊 朝日田 卓 林崎 健一
出版者
北里大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
1997

絶滅種・希少種の系統を解析する目的で,ホルマリン固定後長期保存された魚類標本からのDNA抽出法および多型の解析手法に関して検討を行った。DNA抽出に関しては(1)組織の物理的粉砕,(2)組織溶解に先立つホルムアルデヒドの不活化処理,(3)プロティナーゼKによる組織溶解の条件の最適化,(4)組織溶解液からのDNAの回収条件の最適化の4点に関して手法の改良を行った。その結果(1)物理的な組織の粉砕は組織溶解を容易にするが,DNAをも切断する可能性があり避ける方が良く,(2)トリス・グリシンバッファーの処理法を工夫して短時間で効率的にホルムアルデヒドの除去が可能となるようプロトコルを改変した。(3)DTT添加した4M尿素を含むバッファーを用いて高温でプロティナーゼKの連続添加が最適であった。(4)回収されたDNAの収量とその精製度がPCR反応の可否に大きく影響した。エタノール沈殿等の回収法では精製度は低く,シリカマトリックス等を用いた精製では収量が極めて少なかった。しかしハイドロキシアパタイトを用いたDNA回収ではシリカマトリックスを用いた場合に匹敵する精製度が得られ,かつDNA収量も多く好成績であった。mtDNAのチトクロームb領域の一部のPCR増幅を行ったところ,20年前までのシロザケ標本に関しては約500塩基対の増幅が可能であった。PCR反応によるDNA増幅の長さには回収されたDNAの状態により限度が異なり,リュキュウアユ,クニマス等の特に古い標本ではmtDNAの約500塩基対の増幅も可能ではなかった。核DNAのマイクロサテライト領域では,解析にせいぜい500塩基対までといった短い断片が解析に用いられることから,ホルマリン標本を用いた系統解析,特に近縁種間の系統解析にはマイクロサテライト解析を行うことが有効であると考えられ,現在解析中である。
著者
君付 隆 松本 希 賀数 康弘
出版者
九州大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2007

音を認知するためには、空気の音圧振動から鼓膜、耳小骨の固体振動への変換、内リンパ液への液体振動への変換、さらに内耳の音受容器(有毛細胞)から聴神経への電気信号への変換へとその伝達様式が変化していく。それぞれの過程で振動刺激の物理的減衰があるため、内因性の音増幅のメカニズムが存在するが、その中でも内耳蝸牛の音増幅メカニズムが最も重要である。従来蝸牛の有毛細胞の中で外有毛細胞がその役割を担うとされてきたが、本研究は内有毛細胞も音増幅に貢献するメカニズムを有することを示した。
著者
田辺 秀之
出版者
総合研究大学院大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2004

本研究は、(1)霊長類細胞の収集、細胞培養、(2)染色体標本の調整、(3)2D-FISH法によるメタフェイズ解析、(4)3D-FISH法による染色体3次元核内配置解析、(5)比較解析と全体の統括という流れで進められた。霊長類各種末梢血を京都大学霊長類研究所の共同利用研究により供与していただいた;類人猿2種(チンパンジー、アジルテナガザル)、旧世界ザル6種(ニホンザル、カニクイザル、アカゲザル、タイワンザル、ミドリザル、マントヒヒ)、新世界ザル5種(コモンリスザル、ワタボウシタマリン、フサオマキザル、ケナガクモザル、ヨザル)。これらの霊長類リンパ球細胞核標本に対し、1)放射状核内配置の進化的保存性、2)相対核内配置と転座染色体生成との関係について考察した。1)では、ヒト18番および19番染色体ペイントプローブ、ヒトPeriphery vs InteriorミックスDNAプローブを使用した。その結果、類人猿、旧世界ザル、新世界ザルに至るまで、18番ホモログは核周辺部に、19番ホモログは核中心付近に配置されることが確認できた。また、ヒトP vs IミックスDNAプローブを用いた3D-FISH解析により、P、I両領域のトポロジーは、進化的染色体転座が高頻度に生じているテナガザルにおいても、高度な保存性を持つことが確認できた。2)については、ヒト2p、2qホモログDNAプローブを作成し、チンパンジーと旧世界ザル6種の細胞核に対して核内配置解析を実施した。その結果、ヒト2p、2qホモログの相対核内配置は、旧世界ザル各種では空間的に離れた距離を保っていたが、チンパンジーでは1組の2p、2qホモログが高頻度に隣接して配置されることが示唆された。このことにより、進化的な染色体再編成が生じている近縁種間での染色体ホモログ領域は、互いに相対核内配置が近接している傾向を示す可能性を持つものと考えられた。
著者
土井 健司
出版者
関西学院大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2008

本研究を通してカッパドキア三教父の救貧に関わる思想と実践について総合的に明らかにすることができた。大バシレイオスは369年の食糧危機に際して富裕者に食糧の供出を求めて実現し、さらに72年には世界最古の病院の一つ「バシレイアス」を建て、主にレプラの病貧者のケアを実践する。ナジアンゾスのグレゴリオスはこれをサポートする説教を行い、ニュッサのグレゴリオスも同様の説教ならびに他の救貧説教を残している。彼らの思想では、貧者はキリストであり、貧者へのケアはキリストへの奉仕になる。これを支えるのが受肉論である。逆に言えば、受肉論によってはじめて、社会のなかで人間扱いされない貧者(特にレプラの病貧者)が「人間」としてクローズアップされるのである。
著者
結城 英雄
出版者
法政大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2008

ジェイムズ・ジョイスの『ユリシーズ』の末尾には、「トリエステ-チューリヒ-パリ1914-1921」と記されている。『ユリシーズ』はダブリンを舞台としながらも、トリエステで着想され、チューリヒで結実し、そしてパリで完成されたということだ。これらの都市の文化的・時代的背景が創作に影響を与え、作品の世界に反映していることは間違いない。にもかかわらず、作品に即したその具体的な考察は少ない。本研究はそのような状況を鑑み、ダブリンの描写に着目しながら、大陸の都市が創作に及ぼした影響を明らかにした。
著者
藤本 和貴夫 華 立
出版者
大阪経済法科大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2010

日ソ国交樹立(1925)から満州事変の始まる1930年代の初めまでの日ソ関係は、安定していたと評価されているが、実態の研究はほとんど進んでいなかった。1920年代後半もウラジオストクには日本居留民会が存続し、日本人の経済・文化活動が活発に行われていたという事実に注目すべきである。他方、日ソ両政府は、さまざまな点で対立しつつも、東北アジアにおける両国の利害関係を調整しようと努力した。1930年代に確立される「社会主義国家」対「資本主義国家」といったステレオタイプとは異なる日ソ関係が1920年代後半には成立していた。1931年9月の満州事変の勃発に対して、ソ連は中立の立場をとったが、日ソ関係は悪化し、1936年の日独防共協定の締結により、日ソ関係は事実上断絶した。
著者
大場 正昭
出版者
東京工芸大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
1997

2年間にわたる科学研究費助成を受けて、カメラの較正、風洞実験による通風模型の換気回数測定、及び実物建屋での換気回数測定を実施し,ビデオ画像を用いた画像輝度値減衰法による新しい室内換気回数の測定法を開発した。実験、実測を通じて得られた主な結果は次のとおりである。(1)放送用ビデオカメラでは、ペデスタルを調整することにより画像信号と視感反射率の間に良い線形性を形成できた。また、画像信号値は対象面照度に比例し、レンズの絞りに反比例した。ガンマー係数は0.57〜0.74であった。8mmビデオカメラはペデスタル機能を有しなかったので、低い視感反射率で画像信号値と視感反射率との線形性が低下した。ガンマー係数は0.69〜1.25であった。(2)実験使用したトレーサーの粒径は、スモークミスト、発煙筒煙、オンジナミストの順に大きくなり、発煙筒煙の粉塵平均粒径は0.5μm〜0.6μmで、平均粒径の経時変化は小さかった。(3)風洞実験の照明用レーザシート光は、レーザビーム光に比べて多重散乱による光量の再生寄与が大きく、画像信号の光路減衰は小さかった。2次元通風模型では、光の散乱減衰が換気回数の測定精度に及ぼす影響は小さかった。トレーサとしてオンジナミストを用いた場合、画像信号最大値はレーザ光出力のべき乗に比例し、0.5Watt以上のレーザ光出力が得られれば、換気回数の測定精度に及ぼすレーザ光出力の影響は小さかった。軒高風速2.5m/s以下の範囲内で、画像輝度値減衰法の測定精度をガス濃度減衰法と比較した。その結果、画像輝度値減衰法はガス濃度減衰法と比べて誤差9%の測定精度で換気回数を測定できた。(4)実物建屋での測定では、多換気時において放送用ビデオカメラのペデスタルレベルを調整し、可視化トレーサーとして白色発煙筒を用いた場合、デジタル粉塵計の換気回数値と比べて、ビデオ画像計測は測定誤差12%の精度を得た。少換気時においては、カメラの絞りを調整して多重散乱の影響を制御した。その結果、照度6001x、ペデスタルレベル5.75、絞り2.4において、ビデオ画像計測は測定誤差7%の精度を得た。可視化トレーサーとしてスモークミストを用いた場合、信号レベルは白色発煙筒における画像信号値に比べてやや小さくなったが、SF6のガス濃度減衰法と比較して誤差6%で換気回数を測定できた。8mビデオカメラは、多換気時において、絞り2.4、照度6001x、焦点距離3.3mの条件で、粉塵濃度減衰法とほぼ同じ精度で換気回数を測定できた。以上のことから提案した画像輝度値減衰法の有効性を確認できた。