著者
小野田 拓也
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2010

3年度目にあたる平成24年度は、前年度後半に浮上したECにおける経済介入と規制政治との関係にかかわる課題に力を入れた。本研究課題が追跡してきた雇用政策・産業政策・地域政策の境界画定は、同時に配分政策と規制政策のあいだの政策手段の組み合わせや比重をめぐる調整をもたらすことになった。70年代~80年代前半におけるこの政策領域間の調整をめぐる政治が、のちのECにおける「規制国家」化とも呼ばれる発展にいかなるインパクトを与えたか、本研究が発展させてきた視角を引き継いで、欧州委員会・加盟国政府・私的アクター間に形成された異なる政策手段の採用・変更を担う支持連合の管理に着目しつつ、二次文献の渉猟を進めた。その結果、(A)「規制国家」理論とは裏腹に、80年代後半~90年代前半時点での規制・財政手段の組み合わせ、そしてそれぞれの政策手段における決定・執行の構造は、対象となる産業セクター毎に相当のヴァリエーションをみせた。この産業セクター間の財政手段の有無をめぐるヴァリエーションは、部分的には70年代における財政手段を通じた改革の挫折に由来しており、政策領域の構造は機能的要請のみに還元されないとする本研究のこれまでの成果を裏付けるものである。(B)しかし同時に、転換のタイミングを説明するためには、委員会主導の産業政策を支持する加盟国政府の国内統治戦略をも考慮に入れなければならないことも判明した。とりわけ、委員会の産業政策への主たる支持者であったフランスにおける70年代の競争政策をめぐる制度改革は、国内においては十分に貫徹されなかったものの、のちの超国家レヴェルの競争政策の改革においては政策・制度上のインフラを提供することになり、加盟国・超国家レヴェル間における相互作用への着目を改めて浮き彫りにしたといえる。
著者
安原 望
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2004

本研究により以下に示す結果を得た.1.p型Si基板上に作製したSiGe歪量子井戸を用いて逆バイアスにより電流注入を行うと,インパクトイオン化によりキャリアが生成される.このとき量子井戸からの発光が観測されない.本研究ではこの原因として,正孔は量子井戸に捕獲されるが,電子は伝導体のバンドオフセットが小さい為量子井戸に捕獲されずに表面近傍に分布することを明らかにした.このような電子と正孔が空間的に分離した状態を形成するための電圧には閾値が存在し,閾値電圧以下ではキャリア供給を抑えた状態で電子正孔分離状態を維持できることがわかった.これらの知見をもとに,閾値電圧以下において溜めておいたキャリアを,電圧を解除することにより任意の時間に発光させることが可能であるあることを示した.これはSiGe/Si歪量子井戸を用いた電気書き込み光読み取りのメモリー動作が可能であることを示しており,デバイス機能化にむけた大きな前進を得た.2.SiGe歪量子井戸では歪によりSiの6重縮退したΔ_1バレーが4重縮退と2重縮退に解けることにより,量子井戸に形成される励起子の結合エネルギーの縮退も解けることが知られている.通常量子井戸は面方向に圧縮歪を受けるため,4重縮退した励起子のみが形成されると考えられていたが,本研究では偏光測定により2重縮退した励起子も形成されていることを明らかにした.SiGe歪量子井戸に形成される間接励起子についての理解を深めた.3.GaSb・Si量子ドットでは光学利得が観測されている.本研究では光学利得の注入キャリア依存特性曲線に対し3準位モデルを仮定することによるフィッティングを行った.実験との比較によりGaSb・Si量子ドットの発光メカニズムは3準位系であることの証拠を示すことができた.
著者
川出 敏裕
出版者
東京大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2005

本研究期間中,JR福知山線の列車脱線事故や,福島大野病院事件等,社会の注日を集める出来事が起き,本研究の課題である事故調査と刑事司法制度に関する社会的関心も急速に高まった。そのため,本研究では,当初予定していた事故調査と刑事司法制度に関する基礎的な問題の洗い出しと,それに対応した外国法制の調査と分析に加え,とりわけ具体的な議論の高まりが見られた,医療事故に特化した研究を行った。前者については,(1)過失犯の処罰範囲,(2)事故調査機関と捜査機関との関係,(3)刑事制裁以外の制裁制度の有無とその運用の状況を軸に,調査・検討を行い,その結果を,いくつかのシンポジウムや研究会で報告するとともに,雑誌論文として公表した。その要旨は,既存の制度の下での刑事責任の追及と事故原因の究明は,一定の場合には対立する場合があることは確かであるが,刑事責任をおよそ問わないという方法は妥当ではなく,(1)業務上過失致死傷罪への法人処罰の導入,(2)捜査機関と事故調査機関との協力関係の緊密化,(3)事故調査によって得られた資料の刑事手続での利用制限等の,事故原因の解明の妨げとなっている要因を解消する方策を考えるべきということである。後者については,日本内科学会を母体とする「診療行為に関連した死亡の調査分析モデル事業」の運用状況を調査するとともに,研究の一環として,日本医師会が主催した「医療事故責任問題検討委員会」に委員として出席し,事故調査のあり方を含む,医療事故に対する刑事責任の追及にあり方に関する検討を行った。同委員会による報告書は,既に公表されている。また,東京大学大学院医学系研究科の医療安全管理学講座主催による,モデル事業の関係者を対象としたトレーニングセミナーにおいて,「事故調査と刑事手続」と題する講演を行った。
著者
八木 伸行
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2007

非対称情報の下でプリンシパルが複数の仕事をエージェント達に行わせる問題で、グループを形成し、ノルマのような制約を課す非金銭手的手法による近似的な解決方法はJackson and Sonnenschein(2007)で、ある十分条件の下に議論された。Matsushima, Miyazaki, and Yagi(2010)はそのような非金銭的インセンティブによる解決手法と、結果に応じて賞罰の金額を変動させる金銭的インセンティブによる伝統的な解決手法の同値性を標準的なミクロ経済学の理論の枠組みで証明した。また、破産制約がある場合には非金銭的インセンティブの手法が優位性があることを示した。改訂要請を受けて再投稿した結果、Journal of Economic Theory誌に掲載が決定した。不確実性下の状況での現実の人間がいかにして協調行動を達成するか、を不完全モニタリングの無限回繰り返し囚人のジレンマを被験者を使い経済学実験で分析した、松島斉・遠山智久・八木伸行"Repeated Games with Imperfect Monitoring : An Experimental Approach"における統計的検定作業のためのプログラミングと検証作業を行った。不確実性が小さい場合、お互い協調した場合も裏切りが観察される可能性があるが、理論的には協調を維持するには裏切りを観察した場合には高い確率で報復行為をとってはならない、という結論が得られる。しかし実験結果は、被験者たちは過剰に報復してしまい、協調が理論ほど達成できず、金銭的利益を失っている。その理由は不確実性が小さいので裏切りを観察した場合に「疑わしい人間を罰したい」という人間の心理的欲求であると考える。この研究により、不確実性下での人間同士の協調問題における心理的インセンティブと金銭的インセンティブの相互作用を分析した。
著者
藤野 陽三 SONG Myung-Kwan SONG MYUNG-KWAN
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2004

本研究では,超高速Maglev列車・ガイドウェイ相互作用を考慮した新しい完全3次元有限要素解析モデルを提案し,単径間単純支持PC Box girder橋梁に対して数値例題解析を行い,考察して,次のような結論を得た.1)本解析システムは,3次元ガイドウェイ構造物の模型化,入力及びコンピューターによる計算において,多くの時間を必要とするが,詳細な動的挙動分析が可能である.NFSシェル要素を使用して,模型化することで,ガイドウェイの側壁はりと,下部構造物との連結部に対する効率的な模型化が可能になり,ガイドウェイ構造物を構成する具体的な構造要素等の動的挙動に対する正確な有限要素解析が可能になった.2)既存の3次元皇族鉄道橋梁・列車相互作用解析方法においては,時間領域での橋梁と列車間の相互作用力を考慮した解析が,反復解析なしで行うことが可能となった.3)単純支持PC Box girder橋梁の解析結果から,移動荷重としてのみ扱うによる解析結果と超高速Maglev列車・ガイドウェイの相互作用を考慮した解析結果は,有意な差があることが示された.今後,超高速Maglev列車のガイドウェイ構造物の架設時に,本研究で開発された有限要素解析システムを適用すれば,架設する橋梁の動的挙動の特性,把握,使用性,及び安全性などの分析,疲労寿命の分析などを遂行することができる有力なシステムと考えられる。
著者
高槻 成紀 三浦 慎吾 玉手 英利
出版者
東京大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2005

金華山では1966年以降初期は断続的に、最近10数年は毎年ニホンジカの個体数調査がおこなわれている。戦後減少していた個体数は1960年代までには500頭前後にまで回復し、安定状態にあったが、1984年に厳冬の影響で約半数が死亡した。これは密度非依存的な減少であるが、しかい半数は残ったので爆発崩壊型の変動パターンとも違う。1997年にも大量死亡が起きたが、このときは厳冬ではなかった。現一在は500頭前後で再び安定している。また一部の人慣れした集団は過去15年間、完全な個体識別により、全個体の年齢と母子関係がわかり、この間に死亡した個体の年齢も明らかになった。また全個体は原則として毎年春と秋に体重、外部計測などをおこなっている。またほとんどの個体は採血をすることによりDNA情報も確保されている。これらをもとに、いくつかの解析をおこなった。食性はイネ科に依存的で、最近ではシバへの依存度が高くなっている。全体に栄養不足であり体重は本土個体に比較して30-40%も少なく、骨格も小型化している。オスは5,6歳まで成長し、このうち20%がナワバリをもった。優位ではあるがナワバリをもてないのが10%、残りの70%は劣位であった。ナワバリオスは交尾の67%を独占した。メスは初産が4歳までずれこみ(通常は2歳)、60%は4歳までに死亡した。出産はほぼ隔年で妊娠率は50%であった(健康な集団では80%以上)。育児年の夏は体重が増加できなかった。父親が特定できた子の父親は交尾回数と対応して、半数以上がナワバリオス約1割が優位オスであった。遺伝子頻度の変動はおおむね機会的であり、選択は働いていないようである。
著者
清野 健
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2003

1.非ガウス型の確率過程の数理生体信号や経済指標などのゆらぎは裾の厚い非ガウス型の確率分布を示し、粗視化スケールの拡大に伴って非常にゆっくりとガウス分布に近づくものがある。本研究では、そのような確率過程を特徴づけるため、発達乱流のモデルであるCastaingの分布関数に用いた解析法を提案した。さらに、非ガウス分布に従うランダムウォークを仮定することでゆらぎに含まれる高次相関を特徴付ける解析法も提案した。これらの方法を心拍変動の解析に応用することにより、健常人心拍変動にみられる確率分布の非ガウス性やスケール不変性といった新たな特徴を見出した。そのようなスケール不変性と強い相関をもったゆらぎは、連続相転移が起きる臨界点においてしばしば観測されていることから、非平衡系における臨界現象と健常人心拍変動の類似性に注目した研究を進めた。2.心拍変動の動的相転移健常人の心拍変動を示す長時間相関やマルチフラクタル性に基づいて、心拍変動と臨界現象の関連性が議論されてきた。また、平常の身体活動の範囲(睡眠時を含む)では、そのような性質はほとんど変化しないことが報告されている。しかし、健常人の心臓循環系の状態が臨界点近傍にあるということに機能的意味があり、適切な生体制御と臨界現象が関連しているならば、身体活動の状態によっては健常人であってもゆらぎのせ異質が変わることが期待される。この点を検証するため、健常人の心拍変動の性質と活動状態の関係について調べた。日常活動中、睡眠中、持久的運動中の3つの状態において測定された心拍変動時系列の解析を行い、長時間相関が睡眠中と持久的運動中には消失することを見出した。また、これまで調べてこなかった非ガウス性や局所分散の相関についても新たな解析法を導入し、その特徴を各条件で比較した。解析の結果、心拍ゆらぎ性質は活動状態依存して変化しており、強く相関したゆらぎは覚醒時の日常活動中にしか現れないことを見出した。
著者
山内 昌之 ERGENC Ozer KHALIKOV A.K GRAHAM Willi ERCAN Yavuz DUMONT Paul QUELQUEJAY C ALTSTADT Aud PAKSOY Hasan 福田 安志 内藤 正典 新井 政美 小松 久男 栗生沢 猛夫 坂本 勉 WILLIAM Grah PAUL Dumont CHANTAL Quel AUDREY Altst HASAN Paksoy
出版者
東京大学
雑誌
国際学術研究
巻号頁・発行日
1989

この共同研究が目指したものは、中東とソ連における都市とエスニシティの在り方を比較検討しながら、近現代の急速な都市化にともなう環境、人間と社会との関係、個人と集団の社会意識の変容を総合的、多角的に解明しようとするところにあった。当該地域におけるエスニシティの多様性と連続性を考慮するとき、これは、集団間の反目、矛盾が先鋭で具体的な形をとって現われてくる都市という生活の場においてエスニシティの問題を検討することであり、またエスニシティ、民族、宗教問題を媒介変数としてトランスナショナルな視角から都市の在り方と変容を検討することでもあった。本共同研究の参加者は以上の問題意識を踏まえ、まず第1に、タシケント、モスクワ等のソ連の都市と、イスタンブ-ル、テヘラン、カイロ、エルサレム等の中東の都市において現地調査を行なった。これらの諸都市での調査においては現地人研究者の協力を得た上で、都市問題の現状とエスニシティを異にする住民相互間の衝突、反目の具体的事例をつぶさに観察した。また現地調査と平行して、現地人研究者との間で意見の交換を行ない、当該地域での研究状況の把握、現地人研究者との交流に努め、さらに必要な資料の収集にも当たった。第2に、ソ連、中東世界での都市化にともなうエスニシティ、民族、宗教問題を分析した。モスクワ国家による都市カザンへの支配の実態を検証し、また経済開発によるソ連中央アジアでの居住条件の変化と、エスニシティ・グル-プの変容についての相関関係を検討した。さらにイスラエルにおいては、ソ連からのユダヤ人移民にともなうユダヤ都市の拡大・拡散による、アラブ人とユダヤ人の文化接触の問題を取り上げた。次いで都市を基盤とした民族主義イデオロギ-の形成・展開の側面についても検討を加えた。トルコにおけるトルコ民族主義の展開過程とその周辺トルコ系地域への影響を、歴史的事実を踏まえつつ分析した。同時にソ連中央アジアにおける非ロシア系民族の間での民族意識の形成過程を検証し、イスラ-ムや、アルメニア正教、ギリシャ正教の復興が民族的アイデンティティに及ぼす影響を検討した。またアゼルバイジャンでの文学活動が民族意識の形成に与えた影響を分析した。これらの事例研究によって、中東とソ連における都市問題とエスニシティをめぐる問題の相関関係を明らかにし、また都市化にともなう社会意識の変容を解明することに努めた。第3に、経済と都市間ネットワ-クの側面から都市のエスニシティの問題を検討した。アレッポの都市経済におけるアルメニア人、クルド人の役割を検討した。またドイツへのトルコ人労働移民の問題を取り上げ、出稼ぎ者、帰還者双方が引き起こす都市問題が、二地域の関係の中で明らかにされた。さらにイラン諸都市とイスタンブ-ルの間の絨毯交易に従事していたアゼルバイジャン人に注目しながら、当該地域におけるエスニシティと都市経済、都市間の関係を把握した。アラビア半島諸都市における通商活動も取り上げ、アラブ世界の都市間通商ネットワ-クにおけるインド人、ペルシャ人の役割を分析した。次いでイランや中央アジアからのメッカ巡礼を分析することを通し、宗教的側面からも都市間ネットワ-クの検討を行なった。これらの研究により、当該地域における経済と宗教を軸とする都市間ネットワ-クとエスニシティの連続性を明らかにすることに努めた。第4に、総合的、多角的研究の必要性から都市とエスニシティ問題の持つ普遍的な性格に着目し、研究交流の空間的幅を広げ、中東、ソ連の現地研究者はもちろんのこと欧米諸国の研究者との間でも共同研究や比較研究を行なった。さらにストラスブ-ルにおいて日本とフランスの研究者を中心に、ソ連と中東の民族問題に関する国際シンポジウムを開催するなど、これまでの研究成果に基づいた研究者相互間の交流を推進した。この共同研究は、湾岸危機やソ連邦の解体など当該地域をめるぐる急激な変動の渦中に実施されたにもかかわらず、比較の手法を用い都市という場におけるエスニシティの問題を解明し、都市の在り方と変容を明らかにする上で大きな成果をあげることができたと確信している。
著者
大久保 修平 長沢 工 平賀 士郎 田島 広一 萩原 幸男
出版者
東京大学
雑誌
東京大學地震研究所彙報 (ISSN:00408972)
巻号頁・発行日
vol.67, no.3, pp.325-359, 1992
被引用文献数
3

We carried out gravity measurements around the Kozu-Matsuda fault (KMF), Kanto, Japan. Improved Bouguer anomaly data confirm the existence of a low-angle dipping slab beneath the Ashigara Plain and suggest a thrusting fault motion on it. It is very likely that the Ashigara Plain is a sedimentary basin with Oiso Hill as an accretional prism.国府津-松田断層の周辺で288点の重力測定を実施した.同断層近傍ですでに重力値の得られている測定点をあわせて約3000点での高密度重力測定から,より精確なブーゲー異常図を作成した.得られたブーゲー異常データと3次元密度構造のモデル計算の比較から,国府津-松田断層が逆断層であることが推定された.また,足柄平野が相模湾に連なる堆績盆地であることも確かめられた.さらにフィリピン海プレートのもぐりこみにともなう低角逆断層のメガスラストが足柄平野直下に認められた.フィリピン海プレートの裂け目として想定される,相模湾断裂/西相模湾断裂については,それを積極的に支持する証拠は見つからなかった.
著者
福山 透 徳山 英利 菅 敏幸 横島 聡 下川 淳
出版者
東京大学
雑誌
基盤研究(S)
巻号頁・発行日
2003

本研究課題では、独自に開発した合成方法論、および独創性が高く高効率的な合成デザインによる、真に物質供給に耐えうる全合成法の開発を目的として、ヘテロ元素を含む高次構造天然物の全合成研究をおこなった。その結果、当研究室で独自に開発した芳香族アミノ化反応を用いることで、デュオカルマイシン、ヤタケマイシンを、不斉CH挿入反応によるジヒドロベンゾフラン環合成法を用いることでエフェドラジンA、セロトベニンを、ラジカル環化反応によるインドール合成法を用いることでストリキニーネ、コノフィリン、アスピドフィチンを、それぞれ合成することに成功した。また独創的合成デザインに基づき、FR901483、リゼルグ酸、モルヒネ、オセルタミビルの効率的合成法の開発に成功した。強力な抗腫瘍活性を有しながらも天然からは微量にしか得ることが出来ないヤタケマイシンにおいては大量合成にも成功し、市場における化合物供給にも耐えうる方法論を確立した。またタミフルについて、その副作用の原因究明のための研究に対して、活性化合物を提供した。セロトベニンの全合成では光学活性試料の合成に成功し、生合成経路におけるラセミ化機構の解明に大きな知見を与えることが出来た。また全合成の達成には至らなかったものの、レモノマイシン、UCS1025A、プラキニジンA、アルテミシジン、アニサチン、レペニンの合成研究を行い、有機合成上有用な知見を得ることが出来た。以上の研究成果が得られたことより、本研究課題の目的を十分達成することが出来たものと考えている。以上のように本研究課題の成果は、有機合成化学を基盤とした幅広い研究分野に対して、大きく貢献することができた。
著者
中澤 公孝 LAVENDER Andrew P LAVENDER Andrew
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2009

加齢に伴って筋神経系機能は徐々に低下する。それらは高齢者の転到確率の増大に関連することは間違いない。加齢に伴う筋神経系機能の低下を抑止するためには定期的運動が有効である。しかし、神経系、とりわけ大脳運動野のトレーナビリティー、可塑性が加齢に伴ってどの程度変化するのかが十分に明らかになっていないため、有効な運動処方は未だ確立されていない。本研究はそのような観点から、加齢に伴う大脳皮質運動野の可塑性の変化およびそれに対する運動の効果を明らかにすることを目的とする。この目的に接近するために、高齢者を対象とし、有酸素運動トレーニングが運動野の可塑性に与える効果を調べる。当該年度は(1)有酸素運動トレーニングが大脳運動野の可塑性に与える効果を明らかにするために、経頭蓋磁気刺激法(TMS)を用いPAS(paired associative sitimulation)による大脳皮質可塑性の変化を調べるとともに、関連する実験として、(2)大脳皮質の血流に慢性的影響を与えると考えられる喫煙習慣と大脳運動野可塑性との関係に関する実験を計画した。その結果、(1)については有酸素運動の急性的効果を調べる実験を行い、一過性の運動によって大脳皮質可塑性が改善されることを示唆る結果を得た。また(2)については喫煙群で大脳皮質の可塑性が低いことが明らかとなり、現在論文を投稿中である。これらの結果は、大脳皮質運動関連領野の可塑性は当該領域の酸素運搬能力など血流に関連し、これを改善することで向上することを示唆するものである。なお(1)の実験については、12週間の有酸素運動トレーニングの効果を調べる実験を計画し、一部開始したが、震災により中断を余儀なくされた。外国人特別研究員の研究期間はまだ半年余り残しており、実験を再開する予定である。
著者
佐々木 司
出版者
東京大学
雑誌
挑戦的萌芽研究
巻号頁・発行日
2008

本研究は、生活スタイルを含めた環境改善による大学の精神的健康増進を行うために、アプローチすべき要因を実証的に解明することを目的としたものである。平成21年度は、健康診断のデータをもとに、学生の精神保健にとって一つの大きな問題である留年と関連する要因の解明、大学生でも問題となりつつある自殺の念慮や企図と関わる要因などについて解析を行った。まず学部2年生約3,000人を対象に、1年生から2年生に進学できなかった留年生の精神状態を解析したところ、留年生は非留年生に比べて、抑うつ・不安を示す質問紙(GHQ12)の得点が有意に悪く(p<0.01,OR=1.5)、幻聴様体験などの精神病様体験の頻度も高かった(p<0.005,OR=2.9)。また、入学時あるいはそれ以前の状態や既往と入学1年後の留年との関係をみると、入学以前に「自殺企図を考えたこと」のある学生では留年のリスクが高く(p=0.04,OR=2.6)、ほかに飲酒(p=0.04,OR=1.7)、「抑うつ」の既往(p=0.06,OR=2.0)などの影響が認められた。そこで「自殺念慮」や「自殺企図を考えたことがあること」がどのような要因と関連しているかを、入学後の健診データから検討した。その結果、性格における神経症傾向のほかに、「いじめられた体験」と精神病様体験とが、自殺念慮、自殺企図の考慮いずれとも有意な関連を示した(OR=2.7および3.1と、OR=2.7と2.8)。これらの結果から、1)大学の精神保健対策においては留年生のケアが一つの重要なポイントであること、2)大学入学以前からの「いじめ対策」、ならびに精神病様体験への注意とケアが、大学での精神保健対策を考える上でも極めて大切であることが示唆された。
著者
藤尾 伸三
出版者
東京大学
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
1998

2年計画の最終年であり,診断モデルによりLevitus et al.(1994)による水温・塩分データセットから流速場を計算した.モデルは全体として観測などによる海洋循環像をよく再現する.1991年に行った結果を比較しても,モデルのエラーは小さくなった.水温・塩分データ(Levitus,1981)が更新され,精度が向上したことやモデルの解像度を高めた(水平2度,鉛直15層から水平0.5度,鉛直29層),海底地形をより正確に再現できたことによる.深層での流れを調べるため,標識粒子を投入してその移動を調べた.深層水の起源とされるグリーンランド沖やウェッデル海に投入した標識粒子の一部は北太平洋の深層に達することが確かめられた.最も速い粒子の移動に要する時間は200年程度であり,化学トレーサーなどからの数千年という推定とは異なるが,主に混合・拡散の効果をモデルでは無視しているためであり,今後の課題である.標識粒子により同定された深層水の移動経路などを今後,観測などと比較し,その確からしさなどを把握する必要もある.なお,モデル計算と合わせて,日本東方域の流速観測・CTD観測データなどの解析も行い,伊豆小笠原海溝における北上・南下の流れを明らかにした.流速観測では局所的な地形の効果は明瞭である一方,CTD観測では水塊の性質が均一化されているため,循環がわかりづらい.これらをモデルと合わせることで深層循環に関する理解を深めることができよう.
著者
津田 敦 道田 豊 齊藤 宏明 高橋 一生 鈴木 光次
出版者
東京大学
雑誌
特定領域研究
巻号頁・発行日
2006

本研究は、DMSなどの生物起源ガスを計測するグループに海域の生物学的な情報を提供し、その変動機構を推測する一助となった。また、台風通過を再現する培養実験により、台風通過時には大型植物プランクトンである珪藻が卓越し海域の炭素循環や食物網構造を変えることを明らかにした。クロロフィルセンサー付きアルゴフロートは、台風には遭遇しなかったが幾つかのアノマリーを観測している。知見の少なかった亜熱帯の動物プランクトンに関しては、極域で特徴的にみられる、季節的な鉛直移動が亜熱帯種においても多く観察され、台風など時空間的に予測できない高い生産が、亜熱帯の生物生産を支えている可能性を示唆した。
著者
加藤 照之 松島 健 田部井 隆雄 中田 節也 小竹 美子 宮崎 真一
出版者
東京大学
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
2002

北マリアナ諸島のテクトニックな運動を明らかにするためのGPS観測と2003年5月に噴火活動を開始したアナタハン島の地質学的な調査を実施した.GPS観測は2003年1月,同年7月及び2004年5-6月に実施,以前の観測データとあわせて解析を実施した.今回は,1回のみ観測が実施されていた北方の3島を中心とした観測を実施した.西マリアナ海盆の背弧拡大の影響が明瞭に見て取れるものの,北方3島については,繰り返し観測の期間が短いせいか,必ずしも明瞭な背弧拡大の影響は見られない.アナタハン島噴火の調査は2003年7月及び2004年1月に実施した.2003年7月の調査では,噴火はプリーニ式噴火から水蒸気爆発に移行し,一旦形成された溶岩ドームが破壊されたことが分かった.2004年1月調査で計測した噴火口は,直径400m,深さ約80mであり,火口底には周囲から流れ込んだ土砂が厚く堆積し,間欠泉状に土砂放出が起きていた.2003年7月には最高摂氏300度であった火口の温度が2004年1月には約150度と減少し高温域も縮小した.カルデラ縁や外斜面には水蒸気爆発堆積物が厚く一面に堆積しているものの,大規模噴火を示す軽石流堆積物層等は認められない.このため,アナタハン島の山頂カルデラの成因は地下あるいは海底へのマグマ移動であると推定される.この噴火についての地殻変動を調査するためにGPS観測を強化することとなった.火口の西北西約7kmに位置する観測点では,連続観測を開始したほか,2004年1月には島の北東部に新たな連続観測点を設置して観測を行っている.2003年1月と7月の観測データの比較では,水平成分がほとんど変化せず沈降約21cmが観測された.観測された地殻変動は主に噴火によるマグマ移動によって引き起こされたと考えられ,マグマ溜まりが噴火口の直下よりも島の西端にある可能性を示している.
著者
大泉 宏
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2002

小型歯鯨類の食性研究のため胃内容物調査を行い、ツチクジラ合計32頭、マゴンドウ4頭、ハナゴンドウ11頭、ハンドウイルカ5頭、マダライルカ3頭、スジイルカ1頭、イシイルカ43頭の胃内容物標本採集を行った。この他タッパナガ22頭の胃内容物記録を行った。江ノ島水族館と共同でカマイルカの代謝および餌消費量実験を行なった。得られた標本については現在分析中であるが、イシイルカとタッパナガはそれぞれトドハダカとスルメイカを多く捕食していることが示された。カマイルカの実験では、約5800-9100kcal/dayの酸素消費率が示された。また、鯨類の餌14種について熱量分析を行った。中層性魚類耳石80種についてデジタル画像化を行った。胃内容物標本採集は平成11年度から継続して行ってきており、情報の蓄積が進んできたところである。これまでの調査でツチクジラの調査頭数は67頭になり、この他にも多くの鯨種について胃内容物標本が入手されるようになった。解析はまだ途上の部分が多いが、今後の進展が期待できる。技術開発的要素として行ってきた魚類耳石の形態に関する研究は、日本周辺のハダカイワシ類主要36種に加え、東北沿岸で定置網や着底トロール漁獲される魚類、三陸沖合城で中層トロールにより採集されたハダカイワシ類以外の中層性魚類80種の採集を行い、デジタル画像化した。さらなる種数の充実化やデータベース化は今後の作業である。また、海洋生態系におげるエネルギーフローの研究の基礎情報とするため、餌生物中の熱量を分析した。種類はタラ類を中心としたもので、主にツチクジラの餌を想定しているが、これも今後標本入手の機会があれば種類を充実化させていく。カマイルカを用いた代謝実験は予備的実験が終了し、研究用データが取れ始めたところである。
著者
天野 雅男 魚住 超
出版者
東京大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
1996

平成8-10年の三年間にわたり,漁船,イルカウオッチング船の協力で,タッパナガの回遊を知る目的で目撃情報を収集した.その結果,7,8月に三陸沖に現れ,9,10月には北海道南岸まで分布を広げるが,その後南下し,1から4月ごろまで三陸沖から姿を消すことが判明した.毎年,7月から9月に三陸沖,室蘭沖でタッパナガ群の直接観察調査を行った.行動調査では,タッパナガは日周的な行動パターンを示さず,一つの行動パターンが長時間連続する傾向が明らかとなった.個体識別用の写真は,現在解析中であるが,予備的な解析から,群れ間でオトナオスの割合に5-12%と変動があり,オトナオスが群れ間を移動している可能性が示唆された.また,子連れのメスの割合は15-21%であり,従来の報告より高いことが見いだされた.吸盤タグによる潜水行動の調査では,6時間にわたる潜水データが得られ,コビレゴンドウの潜水行動を初めて明らかとすることができた.装着個体は,日中は浅い潜水を行っていたが,日没後,100mを越える潜水を繰り返していた.多くの潜水は200秒以下に保たれており,また,深度と持続時間の関係が200秒付近を境に変化することから,代謝に関係するなんらかの制限がこのあたりに存在すると考えられる.潜水プロファイルは二つのパターンに分かれることが明らかになり,タッパナガが異なった潜水パターンを使い分けていることが示された.鳴音調査では,同じグループで同じ音(コール)が頻繁に聞かれる一方,群れ間では同じコールが聞かれないことから,個体または群れの識別機能を持った音声の存在が示唆された.
著者
石原 孟 山口 敦 藤野 陽三
出版者
東京大学
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
2008

浮体式洋上風力発電システムを対象に、浮体と風車の連成振動を考慮した応答予測モデルを開発するとともに浮体の係留を含む構造物の大変形を考慮できる新しい解析モデルを提案し、風力発電設備用浮体の波浪応答予測システムを開発した。また、風車の回転と制御を考慮した風車応答予測システムを開発し、浮体の波浪予測モデルと合併させることにより、浮体式洋上風力発電設備の応答を求めることを可能にした。さらに、浮体式洋上風力発電所設計のために日本全国任意地点において設計波高および設計風速を求める手法を開発した。
著者
竹本 太郎
出版者
東京大学
雑誌
若手研究(B)
巻号頁・発行日
2010

本研究は、森林官であった齋藤音策の足跡を追うことで、明治から昭和初期にかけての近代林政が現場との対話により変化し、現在の緑化運動にも結びつく、植民地朝鮮における緑化の技術と思想が生まれたことを明らかにした。
著者
塩川 徹也 佐藤 淳二 中地 義和 月村 辰雄 田村 毅 菅野 賢治 岩切 正一郎
出版者
東京大学
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
1994

古典修辞学がヨーロッパの知的世界においてはたしてきた役割については、近年わが国においても理解が深まりつつあるが、各種教育機関におけるその実際の教育法や、また修辞学と文学との関わりについては、欧米の研究者間でも未だよく認識されてはいないのが現状である。本研究は、その対象がフランスに限定されてはいるものの、とりわけ実際の学校教育で用いられた修辞学教科書の収集とその分析を通じて、各時代の修辞学教育が提示したディスクールの規範型(パラダイム)の抽出に務め、一定の成果を挙げた。その結果、各時代の修辞的な規範型と実際の作品との対比的な検討によって、フランス文学における文学的創造のひとつのメカニスムを明らかにし得たのである。とりわけ中世ラテン語詩論書にみられるエロ-ジュ・パラドクサルの典拠の探求、および、俗語フランス文学中に見られる各種の風刺的類似例との関係性についての考察、19世紀における中等教育機関での修辞学的教育の数次にわたる改革と複数の文芸思潮との関係を歴史的に考察することに成功するという業績を得ることができた。この結果については、最終報告書の刊行により広く共有できるものとして公開されている。修辞学という広い視点からも、プル-ストと絵画との関係を視覚の修辞学的観点から研究した吉川一義(研究補助者)の大部の論考が同報告書に公表されている。