著者
林 康史 木下 直俊
出版者
立正大学経済学会
雑誌
経済学季報 (ISSN:02883457)
巻号頁・発行日
vol.64, no.1, pp.35-65, 2014-07

ドル化は,自国の象徴としての存在意義や通シニョレッジ貨発行権益を喪失し,政府は通貨供給能力と為替政策を放棄することになるが,通貨の発行造幣および管理といったコストを削減でき,理論上,中央銀行は不要になると考えられている.実際,パナマには中央銀行は存在しない.しかし,エクアドルおよびエルサルバドルでは,ドル化政策の実施から10 年以上が経っても中央銀行が存在する.パナマは1903 年にコロンビアから分離独立し,米国の承認のもと米ドルを法定通貨として以来,100 年以上にわたり実質的な自国通貨を持たず,中央銀行もない.金融政策もまったくとられていない.エルサルバドルは対内直接投資の増加や放漫財政に陥るリスクへの対策,さらなる経済的な安定を企図して,2001 年にドル化政策を実施した.事実上,金融政策はとられていない.エクアドルはインフレが昂進し,経済混乱のなか,経済を建て直す最後の方策として,2000 年にドル化に至った.エクアドル中央銀行(BCE: Banco Central de Ecuador)は新たに銀行規制を講じている.市場金利を8 つのセクターに分けて上限金利を設定したほか,預金の60% を国内に留保し,国内市場での運用を義務づけた.結果,民間銀行は与信基準を緩和することになり,貸出が増加し,マネーストックは拡大した.これらドル化政策実施国の事例は,ドル化政策に至った経緯のみならず,運用実態においても各国のドル化の様相は異なっていることを示している.エクアドルは,ドル化によって生じる制約下にあって,銀行規制や資本規制を行うことで,マクロ経済安定化のための金融政策の手段を取り戻すという,一見伝統的ではない,独自の方策を編み出し実施している.こうした試みは,銀行規制・資本規制が一国のマクロ経済安定化にとって有効たりうることを示唆しており,金融の新しい実験ともいえ,例えば,米ドルへのドル化を実施した国のみならず,欧州連合加盟・非加盟を問わずユーロを導入する欧州諸国の中央銀行にとっても銀行規制・資本規制が応用可能な金融手段となりうるとも考えられる.
著者
山嵜 泰正
出版者
京都教育大学
雑誌
京都教育大学環境教育研究年報 (ISSN:09193766)
巻号頁・発行日
vol.5, pp.53-68, 1997-03-31

オランダ風説書で米国船の来航を警告していたが,慣例重視の幕府はそれを無視した。現実の黒船出現と脅しに幕府は米国と和親条約を結び,大老・井伊直弼は勅許を得ずに日米修好通商条約を締結した。将軍継承問題での一橋派と南紀派(井伊大老)の対立は安政の大獄の大弾圧,そしてその反発で井伊大老暗殺を惹起した。公武合体で孝明天皇の妹・和宮が14代将軍・家茂に降嫁した。尊王攘夷運動は長州藩の米英蘭船砲撃,四カ国下関砲撃へ発展した。生麦事件を起こした薩摩藩は英軍艦報復攻撃を受け,軍備の近代化が必要と痛切に感じた。禁門の変の責めで長州征伐の際,薩摩藩は薩摩名義で長州の武器を購入し,その仲介役の形で海援隊の坂本龍馬が薩長同盟を成立させた。将軍家茂の急死で,15代将軍なった慶喜が,討幕運動の出鼻をくじくため大政奉還を決意した。その日に討幕派は討幕の密勅を受けた。王政復古を宣し「朝敵・徳川慶喜を討て」と号令を発した。1868(慶応4)年1月3日,鳥羽・伏見の戦いが始まり,幕府軍が敗走し,討幕派の薩長は「官軍」として「朝敵・徳川を征伐」するために江戸を攻めた。
著者
湯澤 美紀 湯澤 正通 齊藤 智 河村 暁
出版者
ノートルダム清心女子大学
雑誌
若手研究(B)
巻号頁・発行日
2009

本研究では,学習に困難を抱える子どもの読み書きに関する能力の向上を目指し,ワーキングメモリならびに音韻認識に着目した学習支援の研究を行った。まず,個人のワーキングメモリのプロフィールを測定するために,オートメーティッド・ワーキングメモリ・アセスメント(以下AWMA)の日本語版を作成した(2009年)。次に, AWMAを用い,特別支援学級に所属する児童10名のワーキングメモリのプロフィールを測定した(2010年)。次に,英語の活動を週1回, 14カ月(2010年~2011年)の長期にわたって実施した。学習支援プログラムについては, (1)ワーキングメモリの小ささに由来するエラーの軽減(2)ワーキングメモリプロフィールに応じた支援(3)音韻認識に着目したプログラム内容を目指し,構成した。結果,子どもたちの英語の音韻認識に向上が見られ,最終的には,英語の読み能力を身につけ,主体的に学習に取り組む姿が見られた。
著者
岡田 富広 坂井 友実 吉田 紀明 木村 里美
出版者
社団法人 全日本鍼灸学会
雑誌
全日本鍼灸学会雑誌 (ISSN:02859955)
巻号頁・発行日
vol.55, no.4, pp.601-607, 2005-08-01 (Released:2011-03-18)
参考文献数
13
被引用文献数
1 2

【目的】病的共同運動を認める顔面神経麻痺1症例を対象に、非同期的な鍼通電 (100Hz間欠波交互通電) を行い、その有効性について検討した。また、周波数別の鍼通電による変化についても検討した。【方法】鍼治療は表情筋に対する100Hz間欠波交互通電で、EMGを中心とした評価 (EMG振幅、EMG残存持続時間) と顔面神経麻痺スコア、Visual Analogue Scale (VAS) 、Electroneuronography (ENog) による評価とし、治療前後および経時的な変化を観察した。【結果】EMG所見においてEMG振幅に変化は認められなかったが、EMG残存持続時間は治療後および経時的に短縮した。また、VAS、顔面神経麻痺スコア、ENoGはそれぞれ改善した。周波数別の鍼通電によるEMG残存持続時間の変化は、1Hz通電で不変、30Hz通電で延長、100Hz通電で短縮した。【結論】100Hz間欠波交互通電はEMG残存持続時間を短縮させるとともに.病的共同運動の自覚症状を軽減させた。また、顔面神経麻痺スコア、ENoG値も改善することができた。
著者
西條 政幸
出版者
一般社団法人 日本内科学会
雑誌
日本内科学会雑誌 (ISSN:00215384)
巻号頁・発行日
vol.103, no.10, pp.2581-2586, 2014-10-10 (Released:2015-10-10)
参考文献数
18
被引用文献数
2 1

2011年に中国の研究者らにより初めて報告された致死率の高いブニヤウイルス科フレボウイルス属に分類される新規ウイルスによる感染症,重症熱性血小板減少症候群(severe fever with thrombocytopenia syndrome:SFTS)が日本でも流行していることが2013年1月に明らかにされた.2013年3月から12月までに西日本において40名の患者が報告され,そのうち13名は死亡した(致死率:約30%).SFTSの原因ウイルスであるSFTSVは,自然界においてマダニおよび哺乳動物の間で維持され,ヒトはSFTSVを有するマダニに咬まれて感染し発症する.つまり,私たちはSFTSに罹患するリスクから逃れることはできない.今後,SFTSVに感染するリスクを明らかにし,対策を立てることが求められる.また,SFTSの高い致死率を説明するための病態生理・病理を明らかにするとともに,治療および予防法の開発が望まれる.
著者
上田 明良 水野 孝彦 梶村 恒
出版者
日本森林学会
雑誌
日本森林学会誌 (ISSN:13498509)
巻号頁・発行日
vol.91, no.6, pp.469-478, 2009 (Released:2010-03-12)
参考文献数
81
被引用文献数
1 2

キクイムシ類 (キクイムシ亜科とナガキクイムシ亜科) の生態的多様性を, 食性, 配偶システム, 坑道型, 社会性の多様性から論じた。食性は, 植物のさまざまな部分に穿孔して基質そのものを食べるバークビートルと, 木質部へ穿孔して坑道に共生微生物を栽培しこれを食べるアンブロシアビートルに分けられる。配偶システムは, メス創設の一夫一妻, 同系交配の一夫多妻, ハーレム型一夫多妻, オス創設の一夫一妻に分けられる。また, 特異的な繁殖として, 半倍数性の産雄単為生殖と精子が必要あるいは不要の産雌単為生殖もみられた。坑道型は, 配偶システムと食性の両方の影響をうけて多様化していた。また, 社会性の発達についても論じ, ナガキクイムシ亜科のAustroplatypus incomperusのメス成虫が不妊カーストとなる真社会性の観察および, カシノナガキクイムシ (Platypus quercivorus) 幼虫の利他行動の観察例を紹介した。最後に, 直接的観察によるキクイムシの坑道内での生態解明とそのために必要な人工飼育法開発の重要性について論じた。
著者
奥川 裕 工藤 恵理子
出版者
日本社会心理学会
雑誌
社会心理学研究 (ISSN:09161503)
巻号頁・発行日
vol.26, no.3, pp.202-210, 2011

In this study, we investigated the effect of experiencing a delay while viewing a webpage on the viewers' attitudes toward the information provided on the webpage. In the world of the Internet, not all viewers of a webpage are highly motivated to seek information. Many are less motivated and are thus susceptible to peripheral cues such as experienced delays while they view a webpage. Participants were requested to view a fictitious webpage about oral contraceptives (OC) and to rate their attitudes regarding the use of OC. Half the participants experienced a time lag while viewing the webpage, whereas the other half viewed the webpage without the time lag. Results indicated that although the delay did not influence the participants' attitudes toward the use of OC, participants' perception of the delay negatively affected the participants'attitudes toward the use of OC. Moreover, a mediation analysis revealed that the effect of the perception of the fluency on participants' attitudes was mediated by the perceived benefits of OC. A possible underlying mechanism, experienced fluency of information processing, was discussed.
著者
スクラム実験機検討グループ Scramjet Flight Test Study Group
出版者
航空宇宙技術研究所
雑誌
航空宇宙技術研究所資料 = Technical Memorandum of National Aerospace Laboratory (ISSN:04522982)
巻号頁・発行日
vol.662, pp.1冊, 1994-02

スクラムジェットエンジの研究開発において、飛行試験は地上試験および計算機シミュレーションと同様に重要である。空気取り入れ口流の淀み点の超高温度および圧力は、地上試験装置では作り得ず飛行試験で達成できる。それで飛行試験はシミュレータプログラムの検証に用いられる。種種の技術的問題解決手段として、次の3シリーズの飛行試験を提案する。フェーズ0:ロケットブースタの先端に単段縮尺エンジンモジュールを取り付けた飛行試験システムの構築、およびこのシステムを用いた地上試験結果との比較検討。フェーズ1:マッハ数10における統合化エンジンエアフレームの影響試験。フェーズ2:マッハ数16における実物大エンジンモジュールのスケール効果調査試験。以上の3フェーズにわたる試験機およびエンジンの概念設計研究を行った。
著者
永田 高志 長谷川 学 石井 正三 橋爪 誠
出版者
一般社団法人 日本外傷学会
雑誌
日本外傷学会雑誌
巻号頁・発行日
vol.31, no.1, pp.47-51, 2017

<p> アトランタオリンピックは,1996年7月19日から8月4日までアメリカのアトランタで行われた第26回夏季オリンピックであり,近代オリンピック開催100周年記念大会であった.爆弾テロ事件の概要は,大会7日目の7月27日午前1時20分頃にセンテニアル公園の屋外コンサート会場でパイプ爆弾による爆破事件が発生し,死者2名,負傷者111名の多数傷病者事案となった.死者2名のうち1名は爆発物の釘による頭部外傷によるものであり,もう1名は心不全であった.111名の傷病者のうち96名は事件発生後30分以内に爆発地点から半径5km以内の4つの病院に搬送された.外傷センターに搬送された35名中10名に対して緊急手術が行われ,市中病院に搬送された61名のうち4名に対して手術が実施され,すべて救命することができた.2020年東京オリンピックを控える日本にとってアトランタオリンピック爆弾テロから3つの教訓,事前の医療公衆衛生体制の構築,多数傷病者対応のための医療機関の準備,緊急時における情報伝達・コミュニケーションの難しさ,があげられる.2020年東京オリンピックでは爆弾テロを含めた様々な事案が起こるという最悪の想定のもとで,限られた時間と予算,資源の中で準備を進める必要がある.</p>
著者
深見 裕伸 野村 恵一 目﨑 拓真 鈴木 豪 横地 洋之
出版者
日本サンゴ礁学会
雑誌
日本サンゴ礁学会誌 (ISSN:13451421)
巻号頁・発行日
vol.23, no.1, pp.21-26, 2021 (Released:2021-06-04)
参考文献数
17

有藻性イシサンゴ類の分類体系および和名の大幅な変更,また,サンゴの種同定問題などに起因するサンゴの分類関連の混乱の解消および問題の解決のため,「解説:サンゴ分類の話 連載」を開始する。手始めにサンゴの和名問題を取り上げ,特に和名の混乱が認められるクシハダミドリイシ/ナンヨウミドリイシについて解説する。形態や遺伝子解析,記載論文やタイプ標本の調査から判断した結果,日本国内の全てのクシハダミドリイシ様集団は,種単位ではなく「種群」として扱い,“Acropora hyacinthus species complex”(簡易版:Acropora hyacinthus complex)「クシハダミドリ種群」とするのが適切であると結論付けた。しかしながら,一般的に「種群」が使用されない場合が多いため,次善策としては,本種群の整理が完了するまで,和名のナンヨウミドリイシは使用せず,Acropora hyacinthus クシハダミドリイシの使用を推奨する。
著者
張 賽帥
出版者
日本出版学会
雑誌
出版研究 (ISSN:03853659)
巻号頁・発行日
vol.49, pp.95-110, 2018

<p>本研究では,1901年に上海で開設された東亜同文書院により刊行された邦字雑誌『支那研究』に着目してそれを分析したものである.まず,戦前期における上海の時代背景を紹介する.そして,戦前に発行された本誌を研究対象として,創刊の経緯と目的を考察する.また,経営面と誌面構成の検証によって,中国研究の先駆的な学術雑誌としての立ち位置を明らかにした.</p>
著者
森 浩一
出版者
一般社団法人 日本耳鼻咽喉科学会
雑誌
日本耳鼻咽喉科学会会報 (ISSN:00306622)
巻号頁・発行日
vol.118, no.12, pp.1472-1473, 2015-12-20 (Released:2016-01-15)
参考文献数
4
被引用文献数
1
著者
阿部 亮吾
出版者
The Association of Japanese Geographers
雑誌
地理学評論 (ISSN:13479555)
巻号頁・発行日
vol.78, no.14, pp.951-975, 2005-12-01 (Released:2008-12-25)
参考文献数
70
被引用文献数
4 3

1980年代以降急増したフィリピン人女性エンターテイナーの存在は,アジア系ニューカマーの中でも看過できない存在である.なぜならば,彼女たちは外国人を厳しく規制する日本の入管行政において,合法的な入国・就労が認められてきたエスニック集団だからである.本稿の目的は,システム化された移住労働の今日的状況のもとで,彼女たちを他者として位置づけているポリティクスを明らかにすることである.本稿では,名古屋市栄ウォーク街のフィリピン・パブを事例に,雇用者との労使関係,顧客との相互関係に着目し,彼女たちが雇用者と顧客双方からどのようなパフォーマンスを期待されているのかを議論した.そこで明らかとなったのは,ミクロ・スケールの日常空間で作用する雇用者の空間的管理のポリティクスと顧客のまなざしのポリティクスが,移住労働の制度・法的背景と相互に関係し作用する様相であり,それに果たすフィリピン・パブという空間の役割であった.
著者
植村 善博 太井子 宏和
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理学評論 Ser. A (ISSN:00167444)
巻号頁・発行日
vol.63, no.11, pp.722-740, 1990-11-01 (Released:2008-12-25)
参考文献数
40
被引用文献数
11

琵琶湖はわが国最大で,世界的にも最古の湖沼の1つであるが,その湖底部の活構造についてはほとんど明らかにされていない.そこで,湖沼図・ユニブーム記録・エアーガン記録の判読,深層ボーリングの成果などに基づき,湖底活断層の分布と性質,琵琶湖の傾動運動および現湖盆の変遷過程について考察した. その結果,湖盆形態を決定する大規模な活断層として,西岸・南岸・東岸湖底断層系が認定された.西岸湖底断層系はA級活動度をもつ最も重要な逆断層であり,変動地形や西傾斜の基盤面の特徴などから,琵琶湖を含む近江盆地のブロックが比良・丹波のブロックにアンダースラストしている境界であると推定した.南岸・東岸湖底断層系はB級活動度をもつ逆断層である..以上の活断層はその走向と変位様式から,東西水平圧縮下での共役断層系をなしていることが明らかになった.またこれらに限られた中・北湖盆は逆断層性の地溝(ramp vally)である。中央撓曲と掘削点断層は50万年前頃を境に変位速度が加速化しており,近畿中部全域において生じた地殻応力の増加が原因と考えられる.琵琶湖の湖底地形や堆積作用を支配している近江傾動運動は,約100万年前に発生し,40万年前以降加速化してきている.現琵琶湖盆の発達過程は,(1)湖盆の発生期(200万年前頃),(2)浅い湖盆の発達期(200万年~40万年前),(3)深い湖盆の形成期(40万年前~現在)の3時期に分けられ,その古地理図が描かれた.