著者
小林 武
出版者
南山大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2001

本研究は2年を期間としたもので、第1年度たる平成13年度においては、基礎をなす作業にとりくみ、まず直接民主政にかんする研究文献に検討を加え、またスイスに赴いて、その直接民主主義制度を調査した。これをふまえて、第2年度の平成14年度においては、文献の研究を深め、また、アメリカ合衆国カリフォルニア州の直接民主政、とくに住民投票について調査した。こうした研究の進行の中で、大韓民国において憲法上定められている重要政策についての国民投票をも検討対象とし、その調査のためにソウル市に赴いた。わが国で、この間に直接民主政にかんして顕著な動向がみられたのは、住民投票、とりわけ市町村合併についてのそれである。市町村合併は、住民生活の場のありようを決定する基本的な問題であるだけに、住民投票の動きが全国各地で生じており、直接民主政研究にとっての重要テーマである。そこで、関係の自治体に赴いて実態にふれ、調査した。併せ、国立国会図書舘等で文献研究を進めた。以上の作業をとおして、平成14年には、スイスの国家緊急法制および政治過程を扱った各研究、またわが国の民主主義を立憲主義との関係で論したものとを公にした。ついで、平成15年には、憲法改正手続および首相公選構想における国民投票と、市町村合併等における住民投票にかんする論稿を発表した。『研究成果報告書』は、これらを軸にしたものであり、そして、今後できるだけ早い時期に、本研究の包括的成果を一書にして上様したいと考えている。
著者
金 貴粉
出版者
大阪経済法科大学
雑誌
若手研究(B)
巻号頁・発行日
2013-04-01

ハンセン病療養所で終生隔離を余儀なくされた患者・回復者はいかなる目的において芸術文化活動を行い、そこにどのような意味を見い出していたのだろうか。本研究は、これまで日本のハンセン病療養所で患者・回復者によって展開された絵画、書、陶芸、手芸を始めとする多様な芸術文化活動の意味とその芸術性について明らかにすることを目的とした。芸術文化活動に携わる入所者からのインタビュー調査ならびに作品、関連文献調査を行うことにより、所期の目的を達成した。
著者
鈴木 孝仁 岩口 伸一
出版者
奈良女子大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2001

石油分解酵母Candida tropicalis Pk233株では、グルコースを炭素源とする半合成液体培地にエタノールを添加した培養で、高率に菌糸形成が誘導される。このエタノール添加培養と、無添加の酵母型増殖を示す対照培養との間での遺伝子発現の差異を利用し、サブトラクション法によって、パン酵母のチアミン合成遺伝子THI5と相同性の高いホモログ(CtTHI5と命名)がエタノール添加培養で特に発現が強い遺伝子として分離された。エタノール添加培養でのCtTHI5転写発現は、酵母の脱極性化の進む第一相で強く、菌糸の伸長が起こる第二相で微弱となった。第一相の増殖期にチアミンを培地に添加すると、その後の菌糸伸長に遅れを生じ、酵母型に近い短い菌糸が連鎖し枝分かれした菌糸体が形成された。この遺伝子を機能喪失させるため、URA3及びハイグロマイシン耐性の遺伝子を挿入させて遺伝子破壊を行ったところ、エタノール無添加培養でも細胞伸長が起こるようになり、またチアミンの類似物であるオキシチアミン添加によって、エタノール無添加培養で菌糸が形成されるようになった。そこで、CtTHI5の発現によるチアミン生合成は細胞伸長を第一相でむしろ抑制することにはたらいていることが示唆された。さらにこの遺伝子破壊株がチアミン要求性にはならないことから、この酵母には、CtTHI5以外にもチアミン生合成にはたらく同義遺伝子があることが示唆された。エタノール添加培養にバルブロ酸をさらに添加することにより、菌糸形成が抑制されることが新たに判明した。この菌糸形成の抑制は、すでに判明しているイノシトール添加の場合と同様に、第一相前半にこれらの薬剤を添加することによってもたらされ、チアミン生合成に先立ってイノシトールリン脂質生合成の調節系がはたらいていることが示唆された。バルブロ酸を添加したエタノール培養にチアミンをさらに加えると、菌糸形成の抑制が部分的に解除されることから、チアミンがこのイノシトールリン脂質生合成調節系にも関与する1因子であることが示唆された。
著者
高井良 健一 木村 優 岩田 一正 齋藤 智哉 金子 奨 小島 武文 高石 昂 福泉 志織 吉田 友樹
出版者
東京経済大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2014-04-01

本研究を通して、高等学校の新任教師の専門的成長を支えるものとして、すべての子どもたちの学びを保障する授業づくりに責任をもつ専門的共同体の存在が大きいことが明らかになった。学校における専門的共同体は、授業研究を通して、教師たちの語り合い、聴き合い、語り直しによって、形成される。新任教師たちは、着任当初は、子どもたちの学びに対する一元的な語りが特徴であったが、授業研究会への参加を重ねるごとに、多元的な語りを身につけ、これに伴い、子どもたちとの関係も組み替えられてきた。
著者
伊藤 祐康
出版者
国立障害者リハビリテーションセンター(研究所)
雑誌
研究活動スタート支援
巻号頁・発行日
2012-08-31

現在、発達障害児童の割合は多くなってきており、その理解と対応は急務となってきている。こういった割合の高さからも教育的なニーズが高まっており、その機序の解明は重要である。これまで自閉症に関して認知科学の視点からコネクショニスト・モデルが提唱されており、特に線形分離できない課題が自閉症者で難しいことが指摘されている。しかし、論理演算を組み込んだ行動実験はこれまでないためおもちゃに論理演算を組み込んだ実験を行い、自閉症児と定型発達児で比べてみる研究を行った。
著者
友田 明美 藤澤 隆史 島田 浩二 小坂 浩隆
出版者
福井大学
雑誌
挑戦的萌芽研究
巻号頁・発行日
2015-04-01

自閉スペクトラム症(ASD)の発症リスク因子である環境ストレスとしてのミクログリア活性化分子ネットワークに着目し、ASDのバイオマーカー候補としてmiRNA(micro-RNA)解析を行った。福井県A町で出生した子の発達に関する前向きコホート調査参加者の母子に対し、視線計測検出装置による社会性の評価を行った。その結果、母のメンタルヘルスは乳児期における子の社会性発達へ影響することが示唆された。また、月齢により異なる側面の社会性が発達するが、その発達の程度はOXTR遺伝子多型によって異なる可能性が示唆された。本成果は、ASDの病態解明を目指した臨床応用への足掛かりになりうる。
著者
蓑内 豊 吉田 聡美 伊藤 真之助
出版者
北星学園大学
雑誌
挑戦的萌芽研究
巻号頁・発行日
2015-04-01

本研究の目的は、Lyndon(1989)が提唱するold way/new way(新旧対照法)を、スポーツ選手のスキルの修正に活用しようとするものである。まず、6段階のスポーツスキル修正プログラムを考案した。複数の種目・選手に実施し、プログラムの有効性について検証を行った。その結果、スポーツスキルの修正に新旧対照法を用いることは、スキル修正学習を促進させることが示唆された。また、スポーツスキルの分析やパフォーマンス評価を行うために、パフォーマンス・プロファイリングテストを作成した。これは、フォームや感覚、連携など評価しづらいスポーツパフォーマンスについて、数値化し評価する手法のことである。
著者
荒井 弘和
出版者
法政大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2014-04-01

本研究では、大学生競技者のスポーツ・ライフ・バランスに対する貢献を目指して、以下の3つの目的を設定する。競技の満足度と生活の満足度との関連を検討する (研究Ⅰ)。競技の満足度・生活の満足度と関連する要因を検討する (研究Ⅱ)。スポーツ・ライフ・バランス支援プログラムの効果を検討する (研究Ⅲ)。本研究によって、「アスリートライフスタイル」の重要性が明らかとなったこと、メンタリングが競技者の満足度に関連するということ、本研究で開発されたプログラムは、スポーツ・ライフ・バランスを促進させる可能性があることが明らかとなった。
著者
岡本 能里子
出版者
東京国際大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2015-04-01

本年度は、昨年度に続いて、日本言語政策学会の「メディアと言語政策」の分科会において、「メディアとしての教科書・教材を考える」と題した企画を担い、日本の国語教科書、ドイツの歴史教科書の図や写真、イラストとテキストとの関係に焦点をあて、言語教育におけるビューイングの考え方を意識して言語教育に組み込む必要性を提示した。国際語用論学会では、2つのパネル発表を行った。1つは、オバマ氏広島訪問とプラハ演説報道における写真をはじめとするビジュアル要素と大統領のスピーチとの相互作用から、伝えられるメッセージを批判的に分析し、何が伝えられたのかを明らかにした。2つ目は、目的のある話し合いのLINEチャット分析を通して、スタンプや写真と文字の相互作用を通したマルチモードのコミュニケーション実態を検証した。これらの発表を通して、国内外で、日本語の4種類の文字と縦書き横書きという世界でまれな正書法を駆使し、マルチモードによる意味構築がなされている実態を明らかにし、そこに埋め込まれるイデオロギーや価値感に気づくためのマルチリテラシーズ育成が言語教育に必須であることを強く伝えることができた。
著者
上島 弘嗣 藤吉 朗 宮川 尚子 喜多 義邦 大久保 孝義 門田 文 久松 隆史 高嶋 直敬 三浦 克之 村上 義孝
出版者
滋賀医科大学
雑誌
基盤研究(A)
巻号頁・発行日
2013-04-01

(1)縦断解析:インスリン抵抗性と冠動脈硬化進展、歩数とメタボリックシンドローム発症との関連、(2)国際共同研究:米国住民コホートMESAとの冠動脈硬化日米比較、ピッツバーグ大学等との共同研究にてオメガ‐3脂肪酸と冠動脈石灰化発症との関連等、(3)遺伝子、メタボローム、新興バイオマーカー:アルデヒドデヒドロゲナーゼ遺伝子多型とLDL-コレステロール、リポプロティン関連ホスフォリパーゼA2とその遺伝子多型と潜在性動脈硬化との関連等を明らかにした。尿中メタボローム・酸化変性LDLも測定済みであり引き続き有用なバイオマーカーの探求を続ける。
著者
森田 敦郎 木村 周平 中川 理 大村 敬一 松村 圭一郎 石井 美保
出版者
大阪大学
雑誌
基盤研究(A)
巻号頁・発行日
2012-04-01

本プロジェクトは、地球環境の持続的な管理に向けての試みに焦点を当てて、インフラストラクチャーと自然環境の複雑な関係を解き明かすことを目的としている。本研究が取り上げる事例は、インド、カンボジア、日本(東北地方)などの多様な地域におよぶ。これらの事例を通して、本プロジェクトは、物理的なインフラストラクチャー(堤防、コンビナートなど)と情報インフラストラクチャー(データベース、シミュレーションモデルなど)が、いかに現地の自然環境および社会関係と相互作用するのかを明らかにした。その成果は英文論文集、国際ジャーナルの3つの特集号およびおよび多数の個別論文、学会発表として発表された。
著者
菊嶌 孝太郎
出版者
大阪大学
雑誌
若手研究(B)
巻号頁・発行日
2016-04-01

本研究では、ケイ素化合物および触媒量のフッ化物塩を組み合わせることにより、ポリフルオロ化合物の脱フッ素水素化反応および脱フッ素置換反応が進行することを明らかにしてきた。触媒量のフッ化物塩およびヒドロシランを用いたポリフルオロアレーンの脱フッ素水素化反応について反応機構に関する検討を行った。金属カリウムとジヒドロジフェニルシランおよびクラウンエーテルとの反応を行い、脱フッ素水素化反応の鍵中間体であると考えられるジヒドロシリケートを合成した。オクタフルオロトルエンとの量論反応を行ったところ、脱フッ素水素化反応が速やかに進行した。この結果は、脱フッ素水素化反応がヒドロシリケートを経由して進行していることを示すものであると考えている。また計算化学を駆使し、本反応がジヒドロシリケートまたはヒドロフルオロシリケートのいずれのシリケートも反応に関与しうることを明らかにした。さらに、典型的な芳香族求核置換反応にみられる二段階の反応(SNAr)ではなく、求核置換反応が協奏的に進行する協奏的芳香族求核置換反応(Concerted SNAr)を経て進行することが分かった。酸フルオリドに対し、触媒量のTBAT存在下、エチニルシランやチエニルシラン誘導体を作用させたところ、フッ素が脱離してエチニル基またはチエニル基が導入されたケトンが得られることが分かった。これらの反応では、フッ化物イオンがシリル基に攻撃することで5配位シリケートとなり、エチニル基やチエニル基から酸フルオリドへの求核攻撃と続くフッ素原子の脱離によって生成物を与えていると考えられる。以上にように、ポリフルオロアレーンの脱フッ素水素化反応における反応機構の解明と、酸フルオリドを出発物質に用いた炭素―炭素結合形成反応の開発を行った。
著者
石川 俊平
出版者
東京大学
雑誌
基盤研究(A)
巻号頁・発行日
2016-04-01

がん細胞はそれ単独での生存は難しく、生体内では常に周囲の間質細胞からの支持シグナルを受け、また逆にがん細胞自身がシグナルを出して生存に適した間質細胞を誘導している。申請者はこれまでにマウスに移植したヒトがん細胞のトランスクリプトームシーケンスから、マウス・ヒト由来の配列の分離によりがん細胞・間質各細胞由来のシグナルとその相互作用のプロファイルを行う技術を確立してきた。本申請では多様ながん種について患者がん組織から直接樹立したPDX(Patient-Derived Xenograft)を体系的に解析し、がん細胞と間質細胞との相互作用の全体像とその多様性をゲノムレベルでの解明を目的とする。平成29年度は、前年度に引き続きデータベースのアップデートをはかると共に様々ながん種のPDXのインターラクトームプロファイルを体型的に解析し、がん種間及び同じかん種でも個体間のがん-間質相互作用の取り得る生物学的レンジを把握し、個別の症例に特徴的かる重要な相互作用の同定を行なった。特定のがん腫で他のがん腫と大きくことなる、がん-間質相互作用が見つかり、治療につながる可能性のあるものも見つかった。またマウス間質側は線維芽細胞、血管内皮、血球細胞など組成がヘテロであるため、それぞれの組成のプロファイルを個別に取得して、トランスクリプトームプロファイルから間質側の細胞組成を推定するアルゴリズム開発を行なった。
著者
杉本 幸彦
出版者
京都大学
雑誌
特定領域研究
巻号頁・発行日
2006

脂肪細胞は、外部から多くの刺激により分化・成熟あるいは増殖状態へと移行しうることが明らかとなってきている。プロスタグランジン(PG)は、古くから脂肪細胞分化に影響することが知られていたが、インビボでの脂肪細胞に対するPG作用の意義については不明であった。研究代表者は、3T3-L1細胞を用いて、PGE2がEP4受容体を介して脂肪細胞の分化を抑制することを見出した。本研究の目的はインビボでの脂肪細胞分化・成熟におけるPGE2-EP4シグナリングの意義を明らかにすることである。(1)マウス胎児線維芽(MEF)細胞を用いた解析野生型MEFから脂肪細胞への分化誘導時において、PG産生阻害剤・インドメタシンを処理すると分化指標が亢進し、さらにPGE2を添加すると分化指標は低下した。EP4欠損、FP欠損、IP欠損のMEFを脂肪細胞への分化誘導を行い比較したところ、FP欠損、IP欠損ではインドメタシン感受性を示したが、EP4欠損では元々分化指標が亢進しており、インドメタシン感受性を示さなかった。野生型のMEF培養上清には10-9M程度のPGE2が検出され、これはインドメタシンで低下した。以上の結果から、内因性に産生されたPGE2はEP4受容体に作用して脂肪細胞分化に対して抑制的に働いていることが判った。(2)EP4受容体欠損マウスの脂肪細胞の解析野生型・EP4欠損マウスの白色脂肪組織(WAT)を調べたところ、4週齢の時点では精巣周囲WATに著明な差を認めないが、6週齢の時点ではEP4欠損マウスのWATは、野生型に比べて、質量、細胞径、PPARγ2発現レベルが有意に亢進していた。従って、PGE2-EP4シグナルは、インビボの脂肪細胞分化・成熟に対しても抑制的に働く可能性が考えられる。
著者
齋藤 夏雄 伊藤 浩行
出版者
広島市立大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2012-04-01

正標数の代数的閉体上において定義された滑らかなdel Pezzo曲面のF分裂性について研究を行った.次数2のdel Pezzo曲面について調べ,標数2および3のときにのみF分裂性を持たないものが実際に存在することを示し,その特徴づけを与えた.特に標数が3のとき,F分裂性を持たないdel Pezzo曲面は一意的に定まることを明らかにした.さらに,次数2で標数3のdel Pezzo曲面F分裂性を持たないものが得られるような射影平面のブローアップを考えたとき,その中心となる7点の配置を完全に決定した.
著者
池上 恒雄 古川 洋一 伊地知 秀明
出版者
東京大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2014-04-01

本研究において我々は肝特異的Kras活性化及びPten欠損による新規肝内胆管癌マウスモデルを樹立した。Cre-loxPシステムにより活性化型Kras変異とPtenホモ欠損を胎生期の肝前駆細胞及び成体期の肝細胞に導入したところ、肝内胆管癌のみを生じた。一方、Kras変異とPtenヘテロ欠損では胆管癌と肝細胞癌を、Kras変異単独では肝細胞癌のみを生じた。タモキシフェン誘導性のCre-loxPシステムを用いることにより、肝内胆管癌は胆管上皮由来であることが示唆された。このマウスモデルはヒトの肝内胆管癌の発生メカニズムや治療法の研究に有用であると考えられる。
著者
岩本 康志 鈴木 亘 福井 唯嗣 両角 良子 湯田 道生
出版者
東京大学
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
2012-04-01

社会保障財政の議論では2025年度までの予測が使われているが,今世紀前半ではまだ高齢化のピークに達していないことから,人口高齢化の問題を扱うにはより長期の時間的視野が必要である。この研究では,急増する医療・介護費用をどのように財源調達するかを検討し,将来世代の負担を軽減するため保険料を長期にわたり平準化する財政方式の比較をおこなった。そして,そのなかで,世代間の負担を平準化する目的に合致した,実務上,合理的な実現方式を同定した。
著者
上羽 瑠美
出版者
東京大学
雑誌
若手研究(B)
巻号頁・発行日
2016-04-01

本研究ではまず初年度に,タバコ煙溶液(cigarette smoke solution: CSS)を用いて喫煙モデル動物を作製し,嗅上皮傷害・回復過程を検証した.その結果,CSS点鼻により嗅覚前駆細胞と成熟嗅細胞数が減少し,嗅覚障害が生じていた.また炎症性サイトカインも上昇していた.喫煙性嗅覚障害は嗅覚前駆細胞の抑制による成熟嗅細胞の減少により生じ,禁煙による炎症改善に伴って障害が回復する事が示唆された.次に,メチマゾール(methimazole, MET)による嗅上皮障害モデルを用いて,喫煙が嗅上皮障害回復過程に与える影響を検証し,CSSは,嗅覚前駆細胞の分裂及び分化過程を障害し,嗅上皮障害後の再生を遅延させる事,タバコ煙による障害嗅上皮再生遅延にはIGF-1の低下が関与していることが示唆された.次年度には、加齢が嗅粘膜に及ぼす影響を解明するため、若齢マウス(8週齢)と加齢マウス(16月齢)を用いて,生理的状態の嗅神経上皮における嗅神経前駆細胞から成熟ORNsまでの嗅神経細胞系への加齢による影響を組織学的に解析し,加齢に伴う嗅覚障害の背景にあると推測される神経栄養因子や成長因子,炎症性サイトカインに関して遺伝子発現解析(マイクロアレイ・リアルタイムRT-PCR)を行った.その結果,加齢マウスの嗅神経上皮では,若齢マウスと比較して分裂細胞やORNs数が低下しており,加齢に伴う嗅覚機能低下の組織学的背景であると考えられた.また,炎症性サイトカインの上昇とIGF-1の低下による神経新生および増殖・分化の抑制が分子生物学的背景にあることが明らかになった.喫煙や加齢によるORNsの低下が加齢性嗅覚障害の原因と考えられることから,喫煙および加齢による嗅覚障害に対して,“炎症性サイトカインの抑制”や“嗅神経前駆細胞からORNsまでの増殖分化,成熟過程の促進”が治療戦略となりうると考えている.