著者
木村 建次郎
出版者
神戸大学
雑誌
挑戦的萌芽研究
巻号頁・発行日
2015-04-01

我々は、2013年に波動散乱の計測データから散乱体の構造を再構成する散乱トモグラフィの理論を発明し、それを機にマイクロ波を用いたサブサーフェスイメージング技術の開発を進めてきた。これまで、ファントム実験、動物実験、臨床実験に成功し、量産機の完成に向けた要素技術の開発を進めている。本研究では、マルチスタティック計測用のアレイアンテナの開発、乳房内組織の誘電物性の計測、アンテナのサイズ効果を考慮した散乱トモグラフィ理論の開発を実施した。今後、この成果をさらに深化させ、数年以内に、量産機の実現と、乳癌検出の物性論として基礎固めを目的として基礎研究を進展させる計画である。
著者
長崎 幸夫
出版者
筑波大学
雑誌
新学術領域研究(研究領域提案型)
巻号頁・発行日
2013-04-01

①両親媒性高分子の疎水部にROS消去能を有するニトロキシドラジカルを結合し、その水中での自己組織化による40nm程度のナノ粒子を作製した(RNP)。このRNPをナノ反応場とし、TEOSの可溶化とゾルゲル法によりシリカ含有レドックスナノ粒子siRNPを作製した。ここでRNPの疎水性コア内にはアミノ基を導入しているため、アミン塩基が触媒になってゾルゲル反応が進行するとともに形成したシリカへのアミノ基の配位によりRNPの物理架橋が起こり安定化することがポイントとなる。作製したsiRNPの②物理化学特性、③安全性試験、④吸着特性、⑤抗酸化試験、⑥動物評価を中心に検討を行った。siRNPからの未反応物の漏出や腹腔内からリンパ系を介しての血中取り込みを避けることが重要であり、ESR、ICP-MS等を利用して解析した。また吸着能の評価をin vivoで行った。さらには腹膜に生じる活性酸素種の消去に伴うサイトカイン産生、脂質過酸化、タンパクカルボニル化、8-OHdG定量により腹膜の酸化ストレスを評価するとともにNF-κBの活性化抑制効果を見積もった。このようにして新しいsiRNPによって被嚢性腹膜硬化症のメカニズムをin vivoで評価した。さらに後期ではヒドロキシアパタイトやポーラスシリカ等を利用した新しい融合材料の調製を行い、腹膜透析における老廃物吸着能の向上を達成した。このように本研究では安全でQOLの高い腹膜透析法の創出を行い、高い可能性を示すことが出来た。さらに作成したsiRNPは消化管障害の少ない経口DDS材料として評価し、高い有用性を示した。
著者
対馬 路人
出版者
関西学院大学
雑誌
一般研究(C)
巻号頁・発行日
1995

特に中国(台湾)系の民衆宗教の代表的教団、紅卍字会道院系及び一貫道系の団体に絞って、資料収集をおこなうともに、それらの日本での活動について聴取調査、参与観察をおこなった。いまのところ、日本国内では前者の系統に関しては日本道院、多摩道院の二団体、後者に関しては天道総天壇、天道日本総天壇、先天大道日本総天壇、孔孟聖道院、道徳会館、中国嵩山少林寺(活動休止)の六団体の存在が確認された。これらの分立状況は母国におけるこれらの教団の分立を背景としている。調査を通して、これらの団体の日本への浸透の経緯や日本での活動の実態については、全ての団体に関してというわけではないが、ある程度明らかになった。歴史的にはまず紅卍字会道院が、日本の大本数と提携するという特異なしかたで戦前に日本に入った。一貫道系が日本に入るのは戦後になってからであり、しかも活発になったのは比較的最近のことである。一貫道系の団体の多くは台湾から入っているが(一団体は韓国経由)、台湾におけるこれらの団体の活発な布教活動を背景としていると思われる。しかし両系統の団体とも日本人メンバーが中心となって活動しているというという点では共通している。こうした中国系の宗教結社は外地では華人のエスニックな相互扶助団体になる傾向があることを考慮すると、この点は日本での展開の特徴の一つといえる。特に菜食の実践、瞑想などの修行の面では日本の若者の姿が目立つ。日本の若者の間での精神世界への関心の高まりがこれらを受け入れる日本側の土壌となっている面がみられる。これらの中国系民衆宗教は、シャーマンの託宣による教団指導、諸教融合的傾向など日本のそれと共通の体質を少なからずもっているが、日本のそれらと比べると、全体として禁欲主義、現世超越、秘密主義の傾向がやや強いように思われる。これらの団体が日本に受容される際に、それらがどのように作用するかを更に検討していきたい。
著者
望月 仁志 中里 雅光 塩見 一剛 十枝内 厚次 石井 信之
出版者
宮崎大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2015-04-01

慢性砒素中毒は多臓器にまたがる障害を生じ、近年多くの国において健康被害の脅威となっている。宮崎県土呂久地区では、1920年から1962年に高濃度慢性砒素中毒患者が生じた 。住民検診において、多くは温痛覚性末梢神経障害を呈し、重症例では深部感覚障害を併発した。体性感覚誘発電位では重症例において中枢伝導時間の遅延が認められた。低濃度の飲料水砒素汚染が広がっているミャンマー国における住民検診にて、神経学的評価を実施した。50ug/Lを越えた飲料水摂取群では振動覚性末梢神経障害と中枢神経障害を呈した。これらの結果は、初めての知見であり、世界に数千万人と言われる砒素中毒患者の診療に重要な情報となる。
著者
高倉 直 高尾 雄二 武政 剛弘 池永 敏彦 平岡 教子 中村 武弘
出版者
長崎大学
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
1998

Agave pasificaの苗の大量増殖を目的にin vitroで基礎実験を行い、その実験結果からジャーファメンタでの培養を行った。無菌種子から育てた葉の厚さ5mmの外植片をMS培地を修正した培地にホルモン(2,4DとBA)を添加し、蔗糖と寒天を加えた培地で培養した。いずれの培地においてもカルスが誘導され、生長も良好であった。その後、継代のカルスの生長培養条件を調べた結果、2,4Dを0.25mg/LとBAを10mg/L添加した培地で生長が最も良好であった。カルスからシュートの形成では、再分化した植物からはシュートとともに根を形成した植物も出現したが、しないものはホルモン無添加の培地に移して発根させた。12回継代培養を重ねたカルスからはシュートは形成されなかった。ジャーファメンタによる大量培養では、培養液として、大塚1号、2号の混合標準培養液を用い、25℃、暗期で3週間培養した。発芽率は対照区よりジャーファメンタを用いた場合が高くなる傾向を示したが、植物の生長に個体差が大きく均一性に欠けた。Agave pasificaはCAM植物であり、通常のC3、C4植物とは異なる光合成を行うので、その光合成をsimulinkを用いてモデル化した。二酸化炭素固定の第1ステップはメソフィル細胞で起こる。C3あるいはC4植物は明期にCO_2を取り込むが、CAM植物は暗期にCO_2を取り込む。CAM植物はC3植物に似た光合成を行う。4つのプロセスからなる。1)気孔をひらき、CO_2の固定、2)リンゴ酸の合成、3)リンゴ酸の消費、4)C3光合成である。光合成におけるカルビンサイクルは3つの生化学反応として表現できる。まず、第1はRuBPとその中間生成物(R)の合成である。Rはミカエルーメンテンの関係式に従うとして、各種の光入力に対して光合成がどのように変化するかをモデル化した。
著者
木村 範子 竹田 美知 正保 正惠 倉元 綾子 細江 容子 鈴木 真由子 永田 晴子 中間 美砂子 内藤 道子 山下 いづみ
出版者
筑波大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2009

今日の日本社会では、家族をめぐる問題は、虐待や暴力など複雑で多様となってきている。その打開のためには、人や物にかかわる「家族生活」のトータルな支援・教育と、地域のネットワークづくりが必要である。そのことは、日本のみならず、グローバル・ウェルビーイングの観点から,世界共通の家族問題の打開のために必要な視点である。本研究は、日本で生涯学習として「家族生活教育」を行うために「家族生活アドバイザー」の資格化を視野に、その養成のための研修講座のカリキュラム開発を行うことを目指して行われた基礎的研究である。
著者
増富 健吉
出版者
国立研究開発法人国立がん研究センター
雑誌
挑戦的萌芽研究
巻号頁・発行日
2015-04-01

本研究により、網羅的にタンパク質質量分析解析を行い、TERTのリン酸化部位を同定した。さらに、これらのリン酸化ペプチドを抗原として、リン酸化部位特異的抗体の作製を試み、独自にリン酸化hTERT抗体を作製した。この抗体を用いて、RdRP活性に関わるリン酸化部位を決定した。さらに、既知のキナーゼ阻害剤ライブラリーやsiRNAを導入し、幾つかの候補となるキナーゼを同定した。
著者
野島 博 田中 誠司
出版者
大阪大学
雑誌
重点領域研究
巻号頁・発行日
1995

窒素枯渇条件により減数分裂を誘導する転写カスケードに載っている制御因子遺伝子を重差分化法を適用することで多数クローニングし、meu(meiosis-dependetupregulatedgene)と命名した。それらは以下の3種類に分類されることが分かった。【encircled1】TypeI: Ohr(mitosis logphaseに相当する)ではホモ株もヘテロ株でも全く発現されていないもので真に減数分裂特異的発現がなされるもの。【encircled2】TypeII: Ohrでも少しではあるが発現がみられるもの。減数分裂以外でも何らかの役割を果たしている可能性がある。【encircled3】TypeIII: ノーザンブロットにおいて二本以上のバンドが見られ、そのうち一つのみがmeu遺伝子としての挙動を示すもの。類似の二種類のmRNAが別々に存在する場合、あるいは選択的スプライシングにより生成されるもののうち一つのみが減数分裂に特異的である場合などが考えられる。我々はこれら遺伝子群をque(quasi meu)と呼ぶことにした。クローン化したmeu遺伝子のうち興味深いものとしてDNA複製開始因子のひとつであるRF-C3(replication factor C subunit3)に類似したクローン(meul)がある。meulはRF-C3の持つ特徴的なモチーフを全て持つ新規の遺伝子である。我々はmeulがmitosisのS期とmeiosisのS期を峻別する機能を持つ、減数分裂前DNA合成を特徴づける複製因子ではないかと期待している。今後はこれらmeuゲノム遺伝子をさらに多くクローン化し、全塩基配列を決定するとともに遺伝子破壊を行って、四分子解析によって必須遺伝子であるかどうか、減数分裂前DNA合成期に影響するかどうか調べる。また実際にDNA複製に絡んでいるかどうか生化学的諸実験も行う積もりである。
著者
清末 愛砂 梅澤 彩 松村 歌子 李 妍淑
出版者
室蘭工業大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2015-10-21

本研究を通じ、日本との比較対象としたニュージーランド、シンガポール、台湾においては、家族司法政策が民間に責務の一端を担わせる方向に動いていることが明らかとなった。民営化でコスト削減を図りながらも、家族紛争解決関連の支援活動を実施してきた民間団体に依拠することで、子の取決めを中心とする家族紛争問題に瀕している市民が、各種の支援にアクセスしやすい体制がとられてきた。一方、当該研究を通して、民営化が必ずしも当事者支援に結びつかないことも明らかとなった。今後の家族司法政策においては、民間団体の活動に依拠しすぎず、十分な予算を確保した上で適正な形での公的機関の関与が求められているといえよう。
著者
清末 愛砂
出版者
島根大学
雑誌
若手研究(B)
巻号頁・発行日
2008

本研究を進めるために必要となるデータや資料を収集するために、2008年度にイギリスでフィールドワークを2回実施した。本フィールドワークにおいては、大英図書館やLSE(London School of Economics)の図書館における文献調査のほか、市民的自由の問題に取り組んできた人権団体や複数のムスリム団体等を訪問し、イギリス社会におけるムスリム住民(難民、移民を含む)に対する人権侵害、およびイギリス政府の立法情報に関するインタビュー調査を行った。この結果、イギリスの対テロ法によって引き起こされた様々な人権侵害がムスリム住民に集中していること、また、統計的にムスリム住人が白人に比べると警察による職務質問を受ける割合がはるかに高いこと、9.11、および7.7のロンドンにおける同時爆破事件以降のイギリス社会でイスラーム・フォビアが著しく台頭していること、イスラーム・フォビアにおけるジェンダー差別の問題等が明らかとなった。2009年度は、これらのフィールドワークによって得られたデータ、および日本国内での文献調査等から得られたデータをもとに研究課題に関する分析を行った。その分析結果を日本平和学会2009年度春季研究大会(2009年6月13日から14日)の自由論題部門で「9.11以降のイギリスの対テロ法とイスラーム・フォビアの台頭-宗教差別・レイシズム・市民的自由の観点から-」と題して報告することができた。また、討論者や参加者から受けた欧州人権条約に関する示唆深いコメントやその他の質問をその後の論文化の作業にいかすことができた。2009年度末には、同学会の大会における報告をもとにしてまとめた論文「9.11&7.7以降の英国の対テロ法の変容とイスラーム・フォビア-宗教差別とレイシズムの相乗効果(上)」(『国際公共政策研究』(大阪大学大学院国際公共政策研究科、第14巻第2号、2010年3月、17-28頁)を発行することができた。
著者
伊東 剛史
出版者
東京外国語大学
雑誌
若手研究(B)
巻号頁・発行日
2013-04-01

欧米諸国の中でイギリスは、いち早く動物福祉を整備した国であると考えられてきた。本研究はこの「動物福祉の先進国」としてのイギリス国家像を再検討することだった。具体的には、動物を資源として活用する社会基盤が整備される一方、人道主義ネットワークに基づく動物保護運動が隆盛したことを考察した。そして、動物の処遇に関する法制度の展開を検証し、国家、市場、チャリティの間の複合的な関係のもとで、動物福祉の理念と制度が構築されたダイナミックな歴史的過程を明らかにした。
著者
鈴木 賢 坂口 一成
出版者
北海道大学
雑誌
挑戦的萌芽研究
巻号頁・発行日
2011

日本同様、自白偏重の傾向がある台湾では、1998年に刑事訴訟法が改正されて、警察、検察での取調過程に録音・録画を義務づける制度が導入された。取調全過程録音(ないし録画)はすっかり実務に定着し、今日では当たり前のことになった。しかし、義務違反が根絶されたわけではなく、義務に違反した取調調書の証拠能力について訴訟で争われる事例もなくなってはいない。その意味で義務違反の取調調書をいかに扱うかが今後の焦点となっている。他方で取調過程の可視化が自白を困難にさせていることは確認できず、この制度の導入によるデメリットも見つからなかった。台湾法の実践は日本の進むべき道を示唆していると考えられる。
著者
金井 隆典
出版者
慶應義塾大学
雑誌
挑戦的萌芽研究
巻号頁・発行日
2015-04-01

炎症性腸疾患発症に関して特異的な腸内細菌への絞込みを目的とし、健常人(HC)、原発性硬化性胆管炎合併潰瘍性大腸炎(PSC/UC)患者糞便を無菌マウスへ移植したマウス(HCマウス、PSC/UCマウス)を作成し、PSC/UCマウスでは肝臓内Th17細胞の集積を認めた。PSC/UCマウスのみでKlebsiella pneumonia, Proteus mirabilis, Enterococcus gallinarumの同定培養に成功。Q-PCR法にて解析しPSC/UC患者に高頻度にこれらの腸内細菌が検出。ある特定の悪玉菌の腸内細菌が腸管外病変へ関与する事を見い出し、発展性が期待できる成果と考える。
著者
安川 正貴 薬師神 芳洋 酒井 郁也
出版者
愛媛大学
雑誌
特定領域研究(A)
巻号頁・発行日
1999

白血病の新たな免疫遺伝子治療の開発を目的に研究を行い、下記の研究成果を得た。1)急性白血病ならびに慢性骨髄性白血病急性転化で高率に発現されるWT1のアミノ酸配列から、日本人の約60%が陽性であるHLA-A^*2402結合モチーフを同定した。2)このモチーフを有する9merペプチドを作製し、健常者末梢血単核球から誘導した樹状細胞(DC)にパルスし、自己CD8陽性T細胞をくり返し刺激した。この方法によって、WT1ペプチド特異的HLA-A24拘束性細胞傷害性T細胞クローンTAK-1を樹立した。3)TAK-1は、WT1を発現したHLA-A24陽性白血病細胞に対して特異的に細胞傷害性を示し、正常細胞には全く傷害性を示さなかった。4)健常者骨髄細胞の増殖にも全く影響は認められなかった。5)TAK-1を新世界猿のウイルスであるHerpesvirus saimiri(HVS)により不死化させた。HVS不死化TAK-1は、抗原刺激なくして長期間培養でき、本来のTAK-1同様の抗原特異性を示した。5)この不死化TAK-1に自殺遺伝子を導入する目的で、Herpes simplex virus-1由来thymidine kinase(tk)遺伝子を組み込んだレトロウイルスベクターを作製した。現在、このベクターを用いて不死化TAK-1にtk遺伝子を導入している。以上の結果から、新たなヒト白血病特異的標的抗原が明らかとなり、自殺遺伝子を導入したHVS不死化細胞傷害性T細胞は、白血病に対する免疫遺伝子治療に有用であると考えられる。
著者
小泉 淳一
出版者
横浜国立大学
雑誌
挑戦的萌芽研究
巻号頁・発行日
2014-04-01

自律神経機能指標解析システムの能力を次のように強化した。[1] 競技者にとって一番心理的に違和感のない心室収縮イベントを起点として,逆向きに必要な長さだけ自律神経機能指標計算のための時系列データを再構成するアルゴリズムを採用した。[2] 極小試験測定デバイスを導入することで,競技練習への干渉が少ない鼻梁に,測定デバイスの装着部位を変更した。これらと最大エントロピー法での周波数解析プログラムを組み合わせ,射撃系競技選手の能力開発を目指したバイタルコントロール支援システムを構築した。
著者
服部 文昭
出版者
京都大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
1998

古ロシア語の動詞に関しては、文章語誕生以前に古代教会スラヴ語をそのままなぞっていた時期、また、その後の文章語としての古代ロシア文語が確立された時期について、それぞれしかるべく研究が行われている。たとえば、1995年にはロシア科学アカデミー編の『古ロシア語文法:XII-XIII世紀』が出版されている。しかしながら、その萌芽期にかかわる研究、とりわけ動詞時制、アスペクトに関しては十分に研究されているとは言えないのが現状である。平成10年度には、1092年に成立した『アルハンゲリスク福音書』を資料として文献学的な作業を行った。現存するロシア最古の福音書『オストロミール福音書』(1056年〜1057年)が古代教会スラヴ語に極めて忠実であるのに対し、わずか40年足らず遅れて成立した『アルハンゲリスク福音書』はロシア語化の度合いがはるかに高く、注目に値する文献である。平成11年度には、『ムスチスラフ福音書』(1117年までには成立)といった文献も加えて、前年同様の作業を行う一方で、最近の言語学的研究の検討も行った。古ロシア語の過去時制のうち未完了過去については、今世紀初頭のソボレフスキー以来、古代教会スラヴ語からロシア語にもたらされた外来の要素であるとの学説があり、それをめぐる議論は今日もなお決着をみていない。そのような現状を踏まえて、ゴルシュコワ、ハブルガーエフやB.ウスペンスキーらの最近の研究をたどった。平成12年度では、前年度までの作業を継続するとともに、アスペクトの問題にも取り組んだ。また、古ロシア語ならびにその文章語である古代ロシア文語の概念やその研究史についても考察を加えた。以上のような研究をとおして、「古代ロシア文語とは」、「古代ロシア文語萌芽期における動詞のアスペクトと時制について」の二論文を含む研究成果報告書を平成13年3月に纏め上げた。