著者
伊藤 嘉明 石井 俊輔 角川 曜子 安本 茂 石橋 正英 藤永 薫
出版者
京都大学
雑誌
がん特別研究
巻号頁・発行日
1988

ヒトパピローマウイルス(HPV)による発がん機構をトランスアクチベーションの立場から解明する事を目的とし本年度は以下の結果を得た。HPV16及び18の転写産物のクローニングを行い、トランスフォーミング活性のあるcDNAクローンを同定しE6/E7遺伝子の重要性が認識された(角川・伊藤)。またヒト皮膚ケラチノサイトをHPV16で不死化して数種類の細胞株を得た(安本)。近畿在住患者の子宮頸癌細胞より新型のHPV52bが分離された(伊藤)。HPV16・E7と構造・機能のよく似たアデノウイルスE1Aについては、遺伝子上流の制御領域とそこに結合するトランス活性化因子の解析が行われ計21ヶ所の因子結合部位が同定された(藤永)。マウス未分化細胞株F9ではE1A様の遺伝子が発現していると考えられておりその細胞性遺伝子クローニングの準備としてアデノウイルスE3プロモーターの下流にメトトレキセート耐性遺伝子を接続したプラスミドを細胞に導入し1コピーのE1A遺伝子の導入で細胞がメトトレキセート耐性になる系が確立された(石橋)。アデノウイルスDNA上で、NFIが結合していない場合だけNFIII結合部に結合できる因子がマウス腎臓に検出されNFKと命名された(永田)。ポリオーマウイルス・エンハンサーに結合するトランス活性化因子PEBP1・2・3・4・5が同定され解析が進んでいる(佐竹・伊藤)。PEBP3は精製され、分子量30K〜35K(α)、と20K〜25K(β)の2種のサブユニットからなるヘテロダイマーである事が判明した(永井)。PEBP2を脱リン酸化するとPEBP3が出現するがHa-rasでトランスフォームした細胞で主としてPEBP3が存在するので、Cキナーゼがdown regulate されているものと考えられる(佐竹)。癌遺伝子c-skiと関連するsnoA、snoNがクローン化され、それらがDNA結合性の蛋白を作る事が示された(石井)。
著者
神野 真帆 渡辺 和広 中野 裕紀 高階 光梨 伊藤 弘人 大平 哲也 野村 恭子 堤 明純
出版者
日本公衆衛生学会
雑誌
日本公衆衛生雑誌 (ISSN:05461766)
巻号頁・発行日
vol.70, no.8, pp.465-473, 2023-08-15 (Released:2023-08-29)
参考文献数
20

情報通信技術(Information and Communication Technology: ICT)を活用したメンタルヘルスケアサービスが注目されている。予防効果が評価されているアプリケーションがある一方,エビデンスが不確かなものも乱立している。エビデンスの構築とともに,必要な対象に,適切なツールを届ける社会実装が求められている。 ICTを用いたヘルスケアサービスについて,非薬物的な介入手法におけるエビデンス構築のための研究デザイン構築やサービス利用者による適切な選択のための基盤整備のための研究支援が始まっている。エビデンス構築および社会実装の側面からは,想定利用者の実生活での情報をモニタリングして不安・抑うつを予防するアプリケーションを,深層学習モデルを用いて開発している試みや,原子力発電所事故の被災地で,ニーズ調査,セキュリティの検討,ニーズに合わせたアプリケーションの設計,そのアプリケーションの試験運用といった形で,住民の安心・安全向上を目指したアプリケーションを開発している事例がある。諸外国では,ICTを利用したメンタルヘルスケアサービスの実装を進めるために,サービス提供者が適切なアプリケーションを紹介する際やサービス利用者が選択する際に指針となるアプリケーションを包括的に評価するモデルが提案されている。わが国では,そのようなモデルを実用化した評価項目を使って,利用者のニーズに合わせた適切なアプリケーションを紹介する試みが行われようとしている。 ICTを利用したメンタルヘルスケアサービスのエビデンスの構築にあたっては,利用者のニーズや実際のデータに基づく開発とその評価が行われようとしている。一方で,非薬物的な介入手法におけるエビデンス構築のための研究デザイン(とくに評価手法や指標など)が十分に確立していないことは課題となっている。ICTを利用したメンタルヘルスケアサービスの社会実装を進めるためには,構築されたエビデンスを含め,ヘルスケアサービスの評価と選択ができる仕組みづくりの必要がある。
著者
伊藤 亜矢子
出版者
鳥取大学
雑誌
若手研究
巻号頁・発行日
2018-04-01

脂漏性皮膚炎は、全世界で2-3億人もの人々が罹患する慢性かつ難治性の皮膚疾患である。皮膚に常在するマラセチア属真菌が炎症を誘導し表皮肥厚をきたすと考えられているが、そのメカニズムは未解明である。そこで我々は、マラセチアの認識と表皮肥厚の両者を橋渡しする炎症のイニシエーターとして樹状細胞に着目し、世界で初めて脂漏性皮膚炎患者の毛包にCD1a+の樹状細胞が顕著に集積していることを見出した。今回、これらの樹状細胞が脂漏性皮膚炎発症にどのように関わっているかを明らかにするため、病変部皮膚に浸潤する炎症細胞について、免疫組織化学的手法を用いて正常皮膚と比較検討し、さらに電子顕微鏡観察を行い以下の成果を得た。1)脂漏性皮膚炎では、正常皮膚と比較して毛包上皮内と真皮にCD1a陽性樹状細胞が多数集積していた。特異マーカーの検討により集積している樹状細胞はランゲルハンス細胞と考えられた。毛包以外の上皮では差はなかった。2)脂漏性皮膚炎では、正常皮膚と比較して有意に真皮・表皮・毛包のマクロファージが浸潤していた。3)脂漏性皮膚炎の真皮でマクロファージは播種状に分布していたのに対し、ランゲルハンス細胞は毛包周囲に結節状に分布し細胞集団を形成していた。4)その細胞集団について電子顕微鏡観察を行うとランゲルハンス細胞とマクロファージ、リンパ球が接着していた。上記1)~4)は、脂漏性皮膚炎の病態において毛包が重要な役割を持ち、さらにランゲルハンス細胞が起点となり他の炎症細胞と情報交換を行っていることを示唆する重要な新知見である。
著者
石丸 隆 伊藤 友加里 神田 穣太
出版者
日本海洋学会 沿岸海洋研究会
雑誌
沿岸海洋研究 (ISSN:13422758)
巻号頁・発行日
vol.54, no.2, pp.143-149, 2017 (Released:2020-02-12)
参考文献数
9
被引用文献数
1

2011年3月11日の福島第一原発事故により大量の放射性物質が海洋生態系に拡散した.我々は同年7月以降,ほぼ半年ごとに練習船による調査を行ってきた.プランクトンネット試料のCs-137濃度は時間とともには低下せず,大きく変動した.原因は,オートラジオグラフィーにより確認された高セシウム線量粒子の混在であると考えられる.ベントスでは,事故当初は原発近傍とその南側で高い濃度のCs-137が観察された.その後原発近傍では低下したが,原発南側の岸よりで下げ止まっている.2014年12月から1年半の間,原発近傍の水深約25m の定点で,大量ろ過器により採集した懸濁粒子のCs-137濃度は約2,000Bq/kg-dry で変化したが有意な低下の傾向はなく,またCs-137濃度全体に対する高線量粒 子の寄与は大きかった.陸域からの高線量粒子の供給が続いていると考えられるが,高線量粒子は不溶性であることから魚類に移行することはない.
著者
中村 嘉志 西村 拓一 伊藤 日出男 中島 秀之
雑誌
情報処理学会論文誌 (ISSN:18827764)
巻号頁・発行日
vol.44, no.11, pp.2670-2680, 2003-11-15

本論文では,赤外線タグを無電源で駆動する情報端末CHOBIT(Card type Hyper Optical Battery-less Information Terminal)と,そのタグ検出器について述べる.我々は,位置に基づいてユーザを支援するCoBIT(Compact Battery-less Information Terminal)システムの研究開発を行っている.CoBITは,環境やユーザが提供するエネルギーのみで情報の送受信を実現するインタラクティブな情報端末であり,CoBITシステムは,CoBITを利用した情報支援システムである.これまでのCoBITには数mの到達距離を持つユーザ属性の発信器が装着されていなかったため,その属性に基づいた個人対応の情報支援をCoBITシステムで実現することが困難であった.そこで,本論文では,CoBITの無電源性を損なわずに赤外線タグを駆動する手法を提案する.さらに,プロトタイプの実装および評価からこの手法の有効性について述べる.
著者
藤田 裕人 小泉 敏三 乾 洋史 伊藤 妙子 北原 糺
出版者
耳鼻咽喉科臨床学会
雑誌
耳鼻咽喉科臨床 (ISSN:00326313)
巻号頁・発行日
vol.116, no.9, pp.851-857, 2023 (Released:2023-09-01)
参考文献数
21

There have been many reports of endolymphatic hydrops (EH) in patients with Meniere’s disease (MD) since the first report by Hallpike and Yamakawa in 1938. Mental/physical stress and subsequent increase in release of the stress hormone arginine vasopressin (AVP) supposedly triggers MD. Recently, many lines of evidence have suggested the possibility that AVP is closely linked to the formation of EH in cases of MD. In the present study, we attempted to investigate the relationship between stress and EH in patients with unilateral Meniere’s disease (uMD).We enrolled 113 definite uMD patients from July 2014 to October 2019. All patients underwent 3-T magnetic resonance imaging (MRI) 4 hours after intravenous gadolinium injection. We adopted the criteria for evaluation of EH proposed by Nakashima et al. Stress was evaluated using the depressive self-rating scale (SDS), the psychological stress response scale (SRS), and the dizziness handicap inventory (DHI) modified by Nishiike et al. These stress scores and the blood AVP levels were compared in patients with EH.There was no significant correlation between EH and the stress scores on the affected side, but the anxiety score showed a significant correlation with EH on the sound side (p = 0.04). There was no significant correlation between the EH and AVP in either the affected side or the sound side. We suppose that the formation of EH involves a complex process of stresses.
著者
後藤 実世 福島 庸晃 伊藤 真 飯田 しおり 河村 優磨 鵜飼 俊 佐合 健 河野 彰夫 尾関 和貴
出版者
一般社団法人 日本造血・免疫細胞療法学会
雑誌
日本造血・免疫細胞療法学会雑誌 (ISSN:2436455X)
巻号頁・発行日
vol.10, no.4, pp.183-189, 2021 (Released:2021-10-20)
参考文献数
13

30歳男性。胃部不快感を契機に,脾腫,白血球増多,LDH高値を指摘され,精査の結果,非定型慢性骨髄性白血病(atypical chronic myeloid leukemia,aCML)と診断された。Hydroxyurea単独の内服では腫瘍量制御が困難であったことから造血幹細胞移植を目的として当院へ転院した。aCMLは化学療法単独での腫瘍量制御が難しく長期生存のため造血幹細胞移植の必要性が報告されており,速やかに造血幹細胞移植を行う必要があると判断した。骨髄・臍帯血バンクでは適切なドナーが得られずHLA半合致の姉をドナーとした末梢血幹細胞移植を行う方針とした。移植前の架橋的治療としてazacitidine導入後より速やかな白血球数および血清LDHの低下を認めた。Azacitidine投与開始から18日目に前処置を開始し,24日目に移植を施行した。移植後17日目に好中球生着を認めた。皮膚GVHDを発症したが外用で改善し,移植後1年現在も完全寛解を維持している。aCMLに対してazacitidine療法後にHLA半合致末梢血幹細胞移植を行い,寛解を維持している症例は稀である。
著者
伊藤 清 飯村 穰
出版者
公益財団法人 日本醸造協会
雑誌
日本醸造協会誌 (ISSN:09147314)
巻号頁・発行日
vol.99, no.9, pp.610-617, 2004-09-15 (Released:2011-09-20)
参考文献数
11

新しい21世紀の幕開けを契機に, 醸造研究-この100年と今後をあれこれ考えを巡らしてみるのも有意義なことである。この特集では「原料から製品に至るまで」6回にわたり, 各分野に造詣の深い先生方に最新の手法で伝統的な酒造りの本質を科学し, さらにこれからの酒造りを概観していただくことにする。本報はその序章である。なお, これは平成16年3月31日に広島大学で開催された, 日本農芸化学会大会において筆者らが企画したシンポジウムをベースとしている。
著者
稲坂 まりな 對馬 聖菜 伊藤 滉彩 田辺 新一
出版者
日本建築学会
雑誌
日本建築学会環境系論文集 (ISSN:13480685)
巻号頁・発行日
vol.87, no.792, pp.113-122, 2022-02-01 (Released:2022-02-01)
参考文献数
45
被引用文献数
1

To improve indoor air quality, it’s necessary to accurately control the body odor emitted by humans living under various environmental conditions and lifestyles. The purpose of this study was to obtain a better understanding of the effects of changes in physical quantities due to insufficient sleep on the emission of human bioeffluents causing body odor and the perceived air quality. The experiment involved two conditions of sleep time. Different biogenic substance concentrations and sensory evaluations of the odor in the chamber were obtained when the occupants' sleep times was different, even for the same CO2 concentration in the room.
著者
伊藤 雅
出版者
公益社団法人 土木学会
雑誌
土木学会論文集D3(土木計画学) (ISSN:21856540)
巻号頁・発行日
vol.69, no.5, pp.I_621-I_628, 2013 (Released:2014-12-15)
参考文献数
7

路面電車の軌道緑化は,都市景観の創出,ヒートアイランドの緩和,騒音の抑制など様々な効果をもたらしている.本研究では,2007年度から本格的に軌道緑化がなされ,2012年度末には道路延長にして8.9kmの併用軌道区間全ての緑化が完成するという,日本で最も整備が進んでいる鹿児島市の路面電車沿線住民を対象として,軌道緑化に対する住民意識に関するアンケート調査を実施した(有効回答数327世帯).その結果,軌道緑化の整備が進むにつれ市民の評価意識は高まり,公的事業としての軌道緑化事業の実施推進や税金利用に対する意識の向上を促していることがわかった.また,アンケートによる支払意思額にもとづいて軌道緑化の環境価値を推計したところ,年間数億円程度の便益がもたらされている可能性を示した.
著者
香月 健志 及川 洋一 島田 朗 伊藤 裕
出版者
一般社団法人 日本糖尿病学会
雑誌
糖尿病 (ISSN:0021437X)
巻号頁・発行日
vol.51, no.9, pp.861-865, 2008 (Released:2009-05-20)
参考文献数
13
被引用文献数
6

症例は35歳の肥満男性.32歳時に口渇・多飲・多尿が出現し当院を受診,糖尿病性ケトアシドーシスの診断で入院となった.清涼飲料水の多飲歴はなく,膵島関連自己抗体も陰性であった.インスリン加療にて完全ではないものの内因性インスリン分泌能の改善を認め,退院後33歳時からインスリン加療は中止となり,食事療法のみにてHbA1c 6.0%前後で推移した.その後体重は88 kgから105 kgまで徐々に増加し,34歳時に再び口渇・多飲・多尿が出現し当院を受診,糖尿病性ケトーシスの診断にて再入院となった.インスリン加療を再開し,内因性インスリン分泌能は不十分ながら回復傾向となった.退院後現在まで血糖コントロールは安定している.本症例は経過からketosis-prone type 2 diabetesが疑われた.日本人での報告はほとんど認められず,若干の考察を含め報告する.
著者
川鍋 慧人 古島 弘三 宇良田 大悟 貝沼 雄太 安田 武蔵 船越 忠直 草野 寛 高橋 啓 堀内 行雄 伊藤 惠康
出版者
日本肘関節学会
雑誌
日本肘関節学会雑誌 (ISSN:13497324)
巻号頁・発行日
vol.27, no.2, pp.293-297, 2020 (Released:2021-03-16)
参考文献数
8

近年,アマチュア野球や国際大会で投球制限が注目されている.しかし,投球制限に関する医学的根拠は明らかになっていない.そこで,健常成人野球経験者における連続投球後の肘関節周囲のMRIの変化を明らかにした.対象は健常成人野球経験者3名であり,被験者1は100球,被験者2は150球,被験者3は200球を18.44mで全力投球を行い投球前後にMRIを撮影した.被験者 3は3日間連投を行い,それぞれの投球後及び ,200球投球後から1週間後にMRI撮影を行った.撮影条件はT2*強調画像,脂肪抑制T2強調画像,プロトン密度強調画像のそれぞれ冠状断・水平断とした.被験者1では投球前後を比較して輝度変化は認められなかった.被験者2,3は投球前と比較し前腕回内屈筋群に輝度変化が認められ,被験者3ではUCL実質内にも輝度変化が認められた.投球数の増加,連投は投球障害のリスクを高めることが示唆された.
著者
鈴木 亨 伊藤 南 名木野 匡 和田 敏弘 星川 仁人 大竹 浩也 五十嵐 雅彦
出版者
一般社団法人 日本糖尿病学会
雑誌
糖尿病 (ISSN:0021437X)
巻号頁・発行日
vol.62, no.2, pp.84-93, 2019-02-28 (Released:2019-02-28)
参考文献数
29

83歳男性.38歳時に2型糖尿病と診断された.81歳時に不明熱と下腿紫斑,肺門部リンパ節腫脹,甲状腺機能低下症で入院したが確定診断には至らず,その後軽快し退院した.外来では経口血糖降下薬でHbA1c(NGSP値)は6 %台であったが,2ヶ月前より急激な血糖コントロール悪化(HbA1c 9.6 %)を認め,精査加療目的に入院した.赤血球連銭形成とγ-グロブリン高値,内因性インスリン分泌能低下に加え,肺門部リンパ節腫脹,膵臓のびまん性腫大,間質性肺炎,腎腫大を認め,血清IgG4は高値であった.肺門部リンパ節・腎生検でリンパ球とIgG4陽性形質細胞の浸潤像を認めIgG4関連疾患と診断された.ステロイド治療が奏功し,血清IgG4値の低下と共に肺門部リンパ節腫脹や膵・腎腫大は縮小し,その後2年間のステロイド治療でインスリン分泌能も改善した.IgG4関連疾患の正確な診断と適切な治療が重要と考えられた.
著者
高柳 明夫 小林 皇 橋本 浩平 加藤 隆一 舛森 直哉 伊藤 直樹 塚本 泰司
出版者
一般社団法人 日本泌尿器科学会
雑誌
日本泌尿器科学会雑誌 (ISSN:00215287)
巻号頁・発行日
vol.99, no.7, pp.729-732, 2008-11-20 (Released:2011-01-04)
参考文献数
11
被引用文献数
1 1

症例は32歳, 男性. 両側精巣萎縮と性欲減退を主訴に2006年2月9日に当科を初診した. 問診より1999年からのアナボリックステロイド (AAS) の濫用が判明した. 身体所見では両側精巣容積が13mlと萎縮していた. 内分泌的検査では黄体化ホルモン, 卵胞刺激ホルモン, 総テストステロンは低値であり, 遊離型テストステロン (Free T) は高値だった. また, 後日判明した sex hornomne binding globulin (SHBG) も低値であり, 算出された calculated Bioavailable testosterone (cBAT) も低値だった. 以上の所見からからAASの濫用による低ゴナドトロピン性性腺機能低下症と診断した. AASの中止のみで経過観察を行ったが改善を認めなかったため, 5月18日より週1回のヒト絨毛性ゴナドトロピン (hCG) 3,000単位筋肉注射を開始した. その後6月22日に内分泌学的検査を施行したが自覚症状, 内分泌検査所見ともに改善は認めていない. AASの濫用により低ゴナドトロピン性性腺機能低下症となることが知られており, 一部の患者ではAAS中止後も性腺機能低下症が改善しないことが報告されている. 本症例においてはhCG注射を早期に開始したことが早期に精巣機能を改善するかどうかについて今後の注意深い観察が必要である. また, 本症例の病状を把握する上では free T よりもcBATを用いることが有用だったと考えられた. AASには多くの重篤な副作用があり安易な使用は控えるべきである. またAASの副作用に関しての広い啓発により濫用を防ぐことが必要と考えられた.