- 著者
-
武田(森下) 真莉子
- 出版者
- 公益社団法人 日本薬学会
- 雑誌
- ファルマシア (ISSN:00148601)
- 巻号頁・発行日
- vol.52, no.11, pp.1038-1042, 2016 (Released:2016-11-01)
- 参考文献数
- 20
近年,医療ニーズは従来の生活習慣病などから,難病やがんなどのアンメットメディカルニーズの高い領域に拡大しており,それに伴って創薬ターゲットが大きく変わりつつある.アルツハイマー型認知症やパーキンソン病などの難治性中枢神経系疾患も競争率の激しい創薬ターゲットの中の1つであり,世界的規模で治療薬の開発が精力的に進められている.その中でも脳内で作用する内因性ペプチド,病態の進展を抑制するワクチン,原因物質あるいは病変部位を標的とする抗体医薬等のバイオ医薬の治療薬としての開発に注目が集まっている.しかしながら,ヒト臨床試験における成功率は著しく低く,例えばアルツハイマー病を対象とした臨床試験は,直近5年間の間に5つ以上の臨床試験が第Ⅲ相で中止となった.開発成功率が低い原因としては,適切な精神疾患動物モデルがないために,中枢疾患の病理や病態が十分に解明されていない等の本質的なことが考えられるが,薬物の脳移行性の絶対的な低さも起因していると考えられる.脳には血液脳関門(blood-brain barrier:BBB)と血液脳脊髄液関門があることにより,循環血液と脳内の物質の輸送が厳密に制御されており,一般的な投与ルートである静脈内投与からBBBを透過できるバイオ医薬の物質量は極めて限られている.したがって,これを克服する革新的DDS技術の開発が急務とされている.水溶性低分子薬の脳移行性を高める方法としては,脂溶性を高めるプロドラッグ化,tight junction modulatorやP糖タンパク質等の排出トランスポーター阻害剤との併用投与,また受容体介在性トランスサイトーシスなどを利用した創薬が行われてきたが,バイオ医薬脳内移行性の改善にこれらの方法を適用することは難しい.一方,鼻腔内には,投与された物質が血液を経由せずに脳脊髄液(cerebrospinal fluid:CSF)あるいは脳に直接移行するルートがあることが古くから知られていた.そして近年,その実際の経路である鼻腔内の嗅上皮から嗅球にいたる嗅覚経路を脳への薬物輸送経路として積極的に利用する基礎および臨床研究が進展しつつある.現在,我々も生体膜透過性modulatorである細胞膜透過ペプチド(cell-penetrating peptides:CPPs)※を用いて,鼻腔経路からのバイオ医薬の効率的脳内移行を図る脳内デリバリー法の構築を目指して研究を進めている.本稿では,このNose-to-Brain Deliveryにおける最近の研究動向について,我々の知見を含めて紹介する.