著者
山中 亜紀
出版者
九州大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2002

現代アメリカ政治分析にかんしては、アメリカ・ナショナリズムとネイティヴィズムとの関係性を、より多面的に論じるために、多文化主義研究や「白人性(whiteness)研究」に着目した。具体的には、まず、アメリカ史研究者John C. RoweやGeorge J. Sanchezらが中心となって提唱するNew American Studiesを瞥見し、そこにおいて、「保守派」による「反多文化主義論」や「ヒスパニック移民亡国論」が、「現代におけるネイティヴィズムの再燃」としてとらえられていることを確認した。次に、Sanchezが「現代のネイティヴィスト」と批判するPatrick J. BuchananやPeter Brimelowらの言説分析をおこなった。その結果、多文化主義政策やヒスパニック移民政策をめぐる、SanchezらとBuchananらとの対立は、アメリカにおける国民統合のあり方についての理想像の相違に由来していることが明らかとなった。歴史研究に関しては、19世紀初頭から世紀中葉にかけてのネイティヴィズム運動を、通史的に描きだす作業に従事した。以下、概括する。1830年代なかば、「移民(労働者)のアメリカ化」を論じたSamuel F.B. MorseやLyman Beecherによって、ネイティヴィズムの理論的基盤は整えられた。この主張は、1840年代後半にはいると、社会的重要性を増大させる。急速な産業発展、膨張する領土、そして大量に流入する移民によって、アメリカの姿は大きく変わりつつあり、それに見合った新たな国民統合のあり方が必要となったからである。こうしたなか、Know Nothing (American Party)は、「真のアメリカ人とは、生粋のアメリカ人であり、その本質は、独立宣言と合衆国憲法の精神への理解である」という明確な国民像を提示するとともに、この国民像は「公立学校における教育」によってのみ実現するという立場を打ち出し、社会的共感を得ることに成功する。しかし、1850年代後半、奴隷制問題が国民統合における第一義的なテーマとなったとき、Know Nothingの提起する国民像は二義的なイシューとなり、党は急速に解体し、ネイティヴィズムは衰退するのであった。
著者
小松 春喜 國武 久登 國武 久登 小野 政輝
出版者
東海大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2006

これまで顧みられなかった我が国自生のスノキ属野生種(ブルーベリーはスノキ属に属する)を園芸学的に評価した。その結果、野生種の果実は小さく品質も劣るが、機能性が高いことを明らかにした。また、野生種と栽培種のブルーベリーとの交雑を行い、種間雑種(種が異なる植物間の雑種)の獲得を試みた。得られた雑種の内、クロマメノキとの雑種については、形態的特性や果実の品質および機能性などを明らかにし、それらの雑種が我が国独自のブルーベリー品種の育成にとって貴重な素材となることを示した。
著者
高藪 縁 青梨 和正
出版者
東京大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2003

本研究の目的は、第一に衛星データを利用して降水システムの特性を統計的に表現する手法を開発すること。第二に、現実の熱帯域における気候条件と降水システム特性との関係を解析することによって、大規模場の気候条件が降水システム特性に及ぼす影響の解明を目指すことである。初年度の2003(平成15)年度には、熱帯降雨観測計画(TRMM)衛星の降雨レーダー(PR)データの統計解析を行い、PRによる降雨データから3ヶ月ごとの卓越降雨タイプ(夕立、大規模組織化システム等)分類を特定する手法の開発に成功した(第1章:片山・高薮)。2004(平成16)年度は、TRMMマイクロ波放射計(TMI)データから求めた海面水温と海上の降雨特性の関係を調べるとともに、熱帯積雲対流活動と大規模場との相互関係を、高層ゾンデ観測データを用いて解析した(第2章:横森・高薮)。また、「熱帯域の背の高い降雨の特性の海面水温依存性に関する研究」を行った(第3章:高薮)。一方、PRとTMIとのマッチアップデータを作成し、より多くのデータが得られるマイクロ波観測から降雨タイプ特定を可能にするための調査を行った。2005(平成17)年度は、「衛星搭載マイクロ波放射計データを使った降水タイプの特定の研究」においては、2003年度に降雨レーダーを用いて行った片山と高薮による降雨タイプ分けをTMIデータのみから行うための統計解析を行った。その結果TMIとPRとの降雨特性の顕著な対応を見出すことができ、TMIによる降水タイプ分類に見通しがたった(第4章:青梨)。また、2004年度に行った「熱帯積雲対流活動と大規模場との相互関係」についての解析結果を再検討し推敲して発表した(第2章:Takayabu他2006,学術誌発表)。以上の成果はすでに高精度降雨推定手法の開発に利用されている。
著者
高薮 縁 松井 一郎 杉本 伸夫 住 明正
出版者
東京大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
1998

地上での雲の放射効果に関しては、GMS/TBB(気象衛星「ひまわり」相当黒体輻射温度)等の雲データと放射コードを用いた研究や精密な放射観測を用いた研究から、雲の鉛直分布特性の把握が必要であることが明らかであったが、雲底情報も含めた雲システム特性についての理解は十分でない。本研究では、ジャカルタおよび観測船「みらい」に設置した小型ミーライダー観測により雲底高度を算出し、衛星雲データ・降雨データおよび気象データを併用し、熱帯域の陸上・海上の雲降水システム特性を解析した。1.ジャカルタ設置のライダーによる雲の連続観測から雲底高度を算出した。またGMS/TBB、およびTRMM PR(熱帯降雨観測計画衛星降雨レーダー)、NOAA衛星の長波放射、高層観測データを収集・処理した。これらのデータを用いて雲底高度分布の特性と大規模大気循環との関係を解析すると共に、雲底分布・衛星からの雲頂情報・降雨の関係を日変化に着目して解析した。観測は1998年1-2月、6-7月、10-11月、12月-1999年3月、6-8月に行われ、湿循期と乾燥期に分けて解析した。湿潤期には、高度1km以下・約4.5km・約11kmの雲底の3層構造が明らかになった。1km以下の雲底は、12-18LTの陸上の境界層の発達で現れる夕立に伴い、乾燥機にも出現する。一方、4.5km高度の雲底は夕方〜朝方に観測され深夜00-03LTに卓越するもので湿潤期特有である。TBBデータやTRMM降雨データとの比較から、これは対流システムと組織化したアンビル雲の融解層高度に広がる雲底と解釈できる。2.「みらい」搭載のライダーによる観測から雲底高度を算出し、ジャカルタの結果と比較しながら熱帯海上での雲底高度分布の特性と気象場・雲頂・降雨の関係を日変化に着目して解析した。陸上との第一の相違は、1km以下の雲底を持つ雲が昼夜を問わず常に現れることである。やはり1km以下、約4.5km、約11kmの3層が顕著である。4.5kmのピークは03-09LTと15-18LTにあり、前者が大きい。夕方から夜明け前に上層11km付近のピークがあり、00-03LTに大きい。TRMM PRからは海上では03-09LTの早朝に対流雨と層状雨が組織化した降水の卓越が解析され、4.5kmのピークは組織化した雲システムのアンビルの早朝の発達を示す。これはジャカルタと同様、湿潤期特有の現象であった。
著者
瓜生 道也
出版者
九州大学
雑誌
環境科学特別研究
巻号頁・発行日
1985

本研究では、八代海に面する八代平野全域にわたるスケールで観測を行い、沿岸地域の大気運動に影響する海陸風の解析を試み、その特徴を明らかにすることを目的とした。観測実施日は昭和60年8月6日午前6時から翌8月7日午前10時30分までであった。全般的な気象状況としては、九州南海上に台風が接近していたがほぼ穏やかな晴天で強風等の異常は認められなかった。しかし夕立のため1・2回欠測にせざるを得ない観測点もあった。観測場所は熊本県八代市およびその北部地域で、内海的な八代海と背後に山岳を控えた平胆な平野部から成る。ここに5つの観測点を設置し、係留気球により気圧・気温・湿度・風向・風速の5要素を地上から700m上空まで、約50m間隔で測定した。測定は1時間30分毎とし、気球浮揚時には地上における気圧をアネロイド気圧計で、気温・湿度をアスマン型温湿計で測定した。観測データは、1測定高度につき時間平均した後、空間・時間補間して確定データを作成した。このデータより、海風の風向時間帯はほぼ午前6時頃から午後7〜8時頃までと思われる。しかし、海風時間帯は断続的であり陸風との区別がつきにくい場合があった。これより八代の海陸風を特徴づけているのは、背後の山岳地域の山谷風であると考えられる。局地風循環の数値シミュレーションでは、先ず1次元モデルで風の日変化・斜面角と位相の関係などを調べた。その結果斜面では境界層が非常に薄くなり、また位相は早くなるという特徴があり、観測結果の物理的解釈ができるように思われる。さらに2次元モデルで海陸風と斜面の関係を調べたが、斜面の長さの有限性がより現実的な結果をもたらした。
著者
小葉竹 重機 清水 義彦
出版者
群馬大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
1996

森林が大気循環に果たす役割について、観測とその結果に基づくシミュレーションモデルの構築という2本の柱を中心に研究を進めた。観測は平成8年度は琵琶湖プロジェクトに参加し、平成9年度は埼玉大学、千葉大学、建設省土木研究所との共同観測に参加した。琵琶湖プロジェクトでの観測は、参加者が集中的に観測を行っていた水田の近傍で、もと天神様のお社があった30m【cross product】50m程度の大きさの孤立林で、林内の気温、湿度、風速、日射、地温の観測を行った。平成9年度の共同観測は、つくば市の土木研究所の近傍にある100m【cross product】200m程度の林で、林内の気温、湿度、風速、地温の鉛直分布および日射と、林外での気温、風速、日射の観測を行った。これらの観測を通じて得られた共通の結果は、日中は林外の方が気温が1〜2°C高いが、午後3時〜4時頃からは林内の方が気温が高くなり、その状態は翌朝の6時の日出まで続く。気温のピークの時差は30分程度であり、樹冠部で受けた日射が順次散乱、放射によって下方に伝達されていることが分かるが、一方、強い風を伴う夕立のような急激な気象変化は林内も林外と同様な気温変化となり、外部の変化がそのまま林内に持ち込まれている。つくばでの鉛直分布の観測結果からは、丁度、樹冠から樹冠上に相当する14m〜18mにかけて、気温、比湿ともに勾配が大きく、また14mの付近で極大値をとることが分かった。この結果から2点法を簡略化して時刻を固定して拡散係数を逆算し、その観測期間中の平均値を用いてフラックスの算定を行ってみたところ、顕熱、潜熱の値が熱収支から予想される値の2倍程度となった。したがって推定した拡散係数の値が大き過ぎることが分かるが、得られたフラックスの向き、傾向は従来の知見と矛盾がなく、気温、湿度、風速などの鉛直分布の観測が、正しく行われていることが確認できた。LESモデルを用いてシミュレーションを試みている。
著者
中北 英一 田中 賢治 戎 信宏 藤野 毅 開發 一郎 砂田 憲吾 陸 旻皎 立川 康人 深見 和彦 大手 信人
出版者
京都大学
雑誌
基盤研究(A)
巻号頁・発行日
1995

本研究プロジェクトは「琵琶湖流域の水・熱循環過程解明に向けた総合研究と衛星同期共同観測」を骨子としたオープンなプロジェクトであり,1989年の山梨大学工学部砂田憲吾による提唱をベースに,様々な方々,関係機関のサポートを頂戴しながら,手弁当による参加をベースに継続して続けられてきたものである.フリーな議論をベースにそのあり方を問い続けてきたプロジェクトでもある.その土台をベースに砂田憲吾をプロジェクトリーダーとして進んできた第1ステージが1994年に終了し,1995年からは,1)衛星リモートセンシングデータの地上検証 2)衛星データを用いた水文量抽出アルゴリズム/モデルの開発 3)地表面-大気系の水文循環過程の相互作用の解明 4)水文循環過程の時空間スケール効果の解明 を目的として,本科学研究費補助金をベースとした第2ステージを進めてきた.そこでは,これまでの地上,衛星,航空機による観測に加え,対象領域全体を表現するモデルとのタイアップを新たに目指してきた.その中で,どのスケールをベースに水文過程のアップスケーリングを図って行くべきなのかの議論を深めながら,20km×20kmまでのアップスケーリングをめざし第3ステージに橋渡しをするのが,わが国に根付いてきた琵琶湖プロジェクトのこの第2ステージの果たすべき役割である.'95共同観測では,様々なサポートにより上記第2ステージの目的を追求するのに何よりの航空機,飛行船を導入した大規模な観測態勢を敷くことができた.また,96年度から初の夏期観測をスタートすると共に,モデルとタイアップさせたより深い共同観測のあり方についての議論を行ってきた.成果としては,上記目的それぞれに関する各グループの成果報告,観測・モデルを組み合わせたスケール効果の解明と今後のあるべき共同観測態勢,研究グループ外部をも対象としたデータベースや観測・解析プロダクツを報告書として啓上している.
著者
堤 裕昭 篠原 亮太 古賀 実 門谷 茂
出版者
熊本県立大学
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
2005

2005年4月〜2007年12月に、有明海中央部〜奥部海域を縦断する方向に設定した9〜12調査地点において、冬季を除き毎月1〜2回水質調査を行うとともに、最奥部の4調査地点では海底環境および底生生物群集の定量調査を行った。この3年間で共通に見られた現象として、梅雨明け後の7月末〜8月上旬の小潮時に奥部海域の広範囲にわたって海域で貧酸素水が発生したことが挙げられる。2006年8月5日には、この海域の水面下5〜6m付近で無酸素層が観測され、海底直上でも1mg/Lを下回った場所が多かった。貧酸素水発生原因は、海底への有機物負荷の増大によって基質の有機物含量が増加したことと、酷暑のために表層水温が30℃を超え、梅雨期に増殖した珪藻類がその熱で死滅し、その死骸が水中に懸濁している間に分解されて酸素消費に拍車をかけたことが推測された。沿岸閉鎖性海域における貧酸素水発生の原因に関する従来からの理解は、赤潮発生に伴う海底への有機物負荷量の増大にあったが、近年の地球温暖化による夏季の水温上昇が、さらに深刻な貧酸素水が発生する事態を招く原因となりつつあることがわかった。毎年夏季における貧酸素水の発生によって、奥部海域の底生生物群集は、夏季に密度および湿重量が著しく減少し、冬季に一時的に回復する季節的なサイクルを繰り返している。しかしながら、年々、冬季の回復が鈍り、スピオ科の小型多毛類およびシズクガイ、チヨノハナガイなどの環境変動に適応性の高い小型の二枚貝類しか生息できない状況となっている。この底生生物群集の著しい衰退が、同海域における底生生物に依存した食物連鎖を崩壊しつつある。このまま夏季の貧酸素水発生が続けば、有明海では、もっとも底生生物が豊かに生息する奥部海域の浅海部より海底生態系が著しく衰退し、それが有明海全体の生態系の衰退をもたらして、近い将来、生物の乏しい海域が形成される可能性が指摘される。
著者
野上 大作
出版者
京都大学
雑誌
若手研究(B)
巻号頁・発行日
2005

ブラックホールに降着円盤から突然大質量の降着が起こって増光し、光速に近いジェットが吹き出すX線新星や、同じく降着円盤起源の爆発現象を起こす矮新星は、ジェット現象や降着円盤の性質を調べる格好の材料である。しかし、これらはいつどの天体で爆発現象が発生するか予期できないために、その最初期の部分の観測は難しい。だがここにこそ、その機構の解明の為の鍵が隠されている。そこであらかじめプログラムした数百の天体を晴れた日は毎晩自動でモニタし、特異な現象を発見後すぐに通報するシステムを開発することを計画した。これにより降着円盤系の増光現象の最初期の挙動を明らかにし、増光やジェット現象の機構の解明を行う。本研究課題では前年度まで30cm望遠鏡によりほぼ自動モニタシステムが稼動することは確認し、モニタする天体に関しても、低質量X線連星10個程度、矮新星200個程度でリストアップは大方終了していた。最終年度の今期は、まず最終的な動作のチェックを行い、一晩で100〜150個ほどの天体のデータが得られるシステムの構築は完成した。その後、自動モニタシステムを飛騨天文台新館屋上に設置し、梅雨明けに本観測に移行した。このシステムにおいて実際に150個ほどの天体の日々の光度曲線を取得し、データベースを作成した。この中で20個ほどの矮新星の爆発現象を捉え、そのうち4回の爆発はこのシステムにおいて世界で他に先駆けて増光を捕らえたものである。その中で1個の矮新星についてはすぐにフォローアップ観測を呼びかけ、世界的な分光観測キャンペーンを組織した。その結果、爆発初期の降着円盤において約1000km/秒の円盤風が吹き出す証拠を見つけ、降着円盤の厚みが爆発の極大に向けて厚くなり、その後徐々に元に戻っていくことで解釈される、可視光分光観測としては初の観測結果を得た。これは爆発初期を捉えるこのシステムでこそ得られた成果である。しかし申請した金額からの減額によってこのシステムを保護するドームを導入することはできず、天候の変化が激しく特に冬季に非常に厳しい気象状況となる飛騨で定常的に安定して運用することはできず、当初の予定よりもデータを収集できなかったのは残念であった。
著者
長谷川 政美 加藤 真 湯浅 浩史 池谷 和信 安高 雄治 原 慶明 金子 明 宝来 聰 飯田 卓
出版者
統計数理研究所
雑誌
基盤研究(A)
巻号頁・発行日
2003

マダガスカル固有のいくつかの生物群について、その起源とこの島における多様化の様相を明らかにする分子系統学的研究を行った。(1)マダガスカル原猿類(レムール類)とアフリカ、アジアの原猿類との進化的な関係を、ミトコンドリアのゲノム解析から明らかにし、レムール類の起源に関して新しい仮説を提唱した。(2)テンレック類についても分子系統解析によって、その起源とマダガスカルでの多様化進化を明らかにする研究を行った。テンレックについては、前肢運動器官の比較解剖学的解析を行い、この島における適応戦略を探った。(3)マダガスカル固有のマダガスカルガエル科から、アデガエル、マントガエル、イロメガエル3属のミトコンドリア・ゲノムを解析し、この科がアオガエル科に近縁であることを示した。(4)マダガスカル固有のバオバブAdansonia属6種とアフリカ、オーストラリアのものとの進化的な関係を、葉緑体ゲノムの解析から明らかにした。マダガスカルの6つの植生において、植物の開花を探索し、それぞれの植物での訪花昆虫を調査した。いずれの場所でも、訪花昆虫としてマダガスカルミツバチが優占していたが、自然林ではPachymelus属などのマダガスカル固有のハナバチが観察された.このほか,鳥媒,蛾媒,甲虫媒なども観察された。マダガスカル特有の現象として、長舌のガガンボ類Elephantomyiaの送粉への関与が、さまざまな植物で観察された。Phyllanthus属4種で、ホソガによる絶対送粉共生が示唆された。マダガスカルの自然と人間の共生に関する基礎的知見の蓄積のため、同国の海藻のフロラとその利用に関する研究、及びマングローブ域に特異的に生育する藻類の生育分布と交雑実験による生殖的隔離に基づく系統地理学的解析を行った。マダガスカル南西部漁村の継続調査から、生態システムと文化システムの相互交渉を浮かび上がらせた。
著者
佐藤 尚毅
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2002

日本周辺での気圧偏差場の解析によって抽出された,盛夏期の天候と関係する偏差パターンである,「亜熱帯ジェット上の定常ロスビー波列」と「オホーツク海高気圧の出現に関連する偏差パターン」の2つについてその力学的な特性を調べた.このうち亜熱帯ジェット上の定常ロスビー波列は,これまで日本の南海上での対流活動に対応して現われるとされてきた北太平洋上のロスビー波列を含んでいるが,統計的にはむしろヨーロッパ付近から日本を経て北アメリカまで伝播する一連の定常ロスビー波列として認識できることが分かった.ヨーロッパ付近での出現には,基本場から偏差場への順圧的運動エネルギー変換が関係していることを確かめるとともに、日本の南海上での対流活動に対応した出現に関しては,線形化されたプリミティブモデルを用いることにより,基本場の東西非一様性が応答の符号や形状を決めるうえで本質的な役割を果たしていることを明らかにした.「オホーツク海高気圧の出現に関連する偏差パターン」については,気侯場を基本場として線形化した順圧モデルを作成し,線形定常応答問題を解いた.各々独立で北半球に一様に分布する渦度強制について応答パターンをそれぞれ計算したところ,オホーツク海高気圧に関連する偏差パターンが統計的に現われやすいことが分かったこの結果は,必ずしも特定の強い励起源が存在しなくても,ある特定の形をした偏差パターンが生じやすいということを示している.より狭い空間スケールでの陸面過程,海面過程とに関連の例として,関東平野における海陸風循環に対する人工排熱の影響と,熱帯域での対流活動に対する力学的応答として生じる盛夏期の北太平洋上での亜熱帯前線帯について調べた.前者に関しては,大規模場が特定の形になっている場合に限って人工排熱の大気への影響が極端に大きくなることを,数値実験によって明らかにした.これはこれまでに報告されている経験的事実と整合的である.後者に関しては,これまでの梅雨前線帯を亜熱帯前線帯とみなす考え方に対して,むしろ梅雨明け後に日本の南海上に前線帯が見られ,この前線帯の力学的構造が典型的な亜熱帯前線帯を一致することを観測データの解析によって確かめた.相当温位の勾配が逆転している点が特徴的であるが,このことは逆に,相当温位の勾配の方向と関係なく,熱帯域での対流活動に対する力学的応答として亜熱帯での降水帯が形成されることを示している.
著者
植田 宏昭
出版者
筑波大学
雑誌
若手研究(B)
巻号頁・発行日
2006

大気-海洋混合層結合モデルによる瞬間的CO_2倍増実験より、全球降水量変動におけるCO_2倍増の直接効果を地表面・大気熱収支の観点から評価した。温室効果ガスであるCO_2の増加により、大気よりも熱容量の大きい地表面が加熱される一方、水蒸気とCO_2のオーバーラップ効果は正味地表面放射の変化を抑制するため、それを補うように蒸発による潜熱フラックスが減少する。この結果、CO_2倍増の直接効果として、降水量の減少が引き起こされる。
著者
北後 寿 貫井 光男 小竿 真一郎 加村 隆志 宮坂 修吉 竹内 淳彦
出版者
日本工業大学
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
1995

平成7〜9年度に実施した調査研究内容につき,構造・材料・計画・環境・工業地理の各側面から列記し,研究成果の概要を述べる。1.構造は,建築物の構造種別分布状況について現地調査を実施した。結果より,沖縄地方における建築物の構造および施工の特徴を明らかにした。さらにアンケート調査結果より,沖縄地方の設計関係者による建築物の構造計画,施工方法などの考え方を明らかにした。2.材料は、製造関係の調査結果を基に,沖縄県の空洞ブロック造の歴史的変遷(ブロック製造・使用時期,施工方法,ブロック造の変遷)について,また実態調査結果より,琉球セメント・拓南製鐵・本部町の砕石製造業の現状を明らかにした。3.計画は,沖縄本島における地理的環境が及ぼす建物形態を6タイプに分類し,その違いを明らかにした。住宅におけるコミュニティーのアメニティーの調査については,この地方の住宅は台風,雨,火災等については災害の心配が殆どなくなっており,その他のアメニティーも著しく向上していることを明らかにした。4.環境は,沖縄の南部,中部,北部地域10住宅で室内浮遊真菌と付着真菌の調査を実施した。このエリアは高温多湿の特徴を有している。結果として,真菌同定と濃度の両面で東京エリアとの差違が認められた。5.工業地理は,コンクリートブロック製造業の存在形態,市場構造,コンクリートブロック・コンクリート系住宅の建築体系について調査を行った。その結果,沖縄地方における住宅建築に関わる建築材の生産と分配,市場構造,コンクリート系住宅建築の地域的体系等の社会・経済的特質を明らかにした。
著者
玉置 昌義 辻 義之
出版者
名古屋大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
1996

固有安全炉における受動的安全システムの原理的検証として、炉運転過渡時の冷却水流動挙動に基づくサブループによる安定制御法、代替起動運転法の提案と実験的検証をおこなった。また、基礎実験として、二相波状流における気液界面挙動の研究、ベナ-ル対流の可視化およびシミュレーションション解析を行った。さらにサーモサイフォンによる余熱除去基礎実験を進め、可視化技術の高度化のために中性子ラジオグラフィに関する研究をおこなった。1.PIUS炉の安定制御性の裕度を向上させる鍵として新たに模擬熱流動実験装置(EARTH)に導入したサブループを小型ポンプでフィードバック制御し、格段に安全性の高い軽水炉実機への適応可能性を示した。さらに一次系ポンプ速度摂動にたいする密度ロック中の冷暖界面の周波数応答性を伝達関数表現により解析し、実機適用へのスケーリングの進め方を明らかにした。また、起動-停止-再起動の熱水力的安定性について実験し、平行ループモデルで解析した。またPIUS炉の新しい起動法の開発を行い良好な結果を得た。2.軽水炉配管破断時の成層波状流における気液界面挙動について、気相流速により界面波の発達,エントレインメントの発生等について明らかにし、気液界面せん断応力を駆動力とするモデルで解析評価することができた。また、ベナ-ル対流について実験的な可視化と、α-FLOWコードによるシミュレーション実験の経験的固有関数解析を行い、乱流に関する組織構造についての知見を得た。3.中性子ラジオグラフィによる可視化技術の有用性に着目して、テレビジョン法を用いて、断熱部に屈曲部を持つサーモサイフォン内における対向二相流の可視化・画像処理・時空間相関解析により、固有安全炉崩壊熱除去システムの気液対向二相流挙動を定量的に可視化解析する方法を確立できた。
著者
赤木 右 片山 葉子 土器屋 由起子 五十嵐 康人
出版者
東京農工大学
雑誌
特定領域研究
巻号頁・発行日
2004

富士山測候所を利用して、1990年代初めより大気化学観測を続けてきた。しかしながら、2004年9月の測候所無人化が急遽決定され、1992年以来連続観測を行ってきたオゾン濃度をはじめ、大気化学関係の装置の撤収が要求された。その様な状況の中、測候所の協力を得て、特別に割かれた2004年6月18-22日の期間を利用して、従来の体制の中で最後の集中観測を行った。さらに、2005年は太郎坊避難所を中心に集中観測を行い、山頂での測定は、BC、パーティクルカウンターなどに限定して行った。観測項目は以下の通りである。エアロゾルおよび雨水の主要化学成分,粒径分布,雨水の主要化学成分、エアロゾルの粒径分布、^7Be濃度,SO_2濃度,O_3濃度,CO濃度,^<222>Rn濃度、COSの鉛直分布、同位体、NOx、ブラックカーボン。今年度は、梅雨明け前後にあたり、前半は曇りがちで、後半は比較的安定した晴天となったため、降水試料は得られなかった。2002年から2005年までの4年間に行った観測結果を整理し、次の様な結論を得た。まず、山頂と太郎坊とで得られたデータを比較することにより、(1)一般に化学成分の濃度は山頂において低いが、より細かくみると、COS濃度は山頂の方が高い、オゾンは山頂からの変動が先んずる、などの結果を得た。各成分の発生過程、分解過程について制約することが可能である。さらに、(2)自由対流圏の連続観測プラットフォームとしての富士山頂は理想的な地点であり、航空機観測の補完を行い東アジアの大気化学の情報を与える。(3)山体を4000mの観測タワーとみなすことで、微量気体の鉛直分布などの研究が出来る。
著者
土川 忠浩 内田 勇人
出版者
姫路工業大学
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
2001

1.在宅高齢者の生活・居住環境に対する不満度を、面接アンケートに調査した。調査対象地区は、兵庫県にある山間部集落と市街地の在宅高齢者とした。居住環境に対する不満は、地域に関係なく冬季の室内の寒さに対する不満が顕著であった。2.山間部集落および市街地集合住宅に居住する高齢者住宅の居間の温湿度を夏季と冬季に、それぞれ1ヶ月間程度測定した。冬季において独居世帯および夫婦世帯の気温が、同居世帯よりも顕著に低かった。3.高齢者と大学生、男女の間で嗜好する手摺の太さ及び材質に差がみられるかどうかについて検討した結果、高齢者・大学生とも35mmの手摺を一番高く評価し、25mmの手摺を低く評価した。高齢者においては、木材、プラスチック、金属の評価の間に有意な差はみられなかったが、大学生においては木材が最も高く評価された。4.70歳以上の高齢女性を対象として、またぎ動作時の認知とQOL、ADL、体力との関係について検討した。ステップワイズ法を用いて多重ロジスティック回帰分析を行った結果、握力が有意な変数として選択された。本研究において、バーをまたぐ際の自己認識と実際の動作能力との間の不一致とも有意な関連がみられた。その一方で、下肢の運動機能と認識の不一致との間には有意な関連がみられなかった。握力を良好な状態に保つことの重要性が確認された。5.インターネット入力装置の使いやすさと年齢の高低、健康状態の良悪、携帯電話・インターネットの必要性の有無との関連について検討した結果、高年齢者群(オッズ比=3.86,95%信頼区間0.83-18.98)、健康状態の悪い群(オッズ比=5.00,95%信頼区間1.05-25.41)、今後の携帯電話・インターネットの必要性を認めない群(オッズ比=7・22,95%信頼区間1.34-43.88)が選んだ最も使いやすい入力装置は、タッチスクリーン入力方式であった。6.在宅高齢者(要介護者を含む)とその家族(介護者)を対象にアンケート調査及び簡単な体力測定を行い、住宅の各種性能に対する不満の所在、バリアフリー化(住宅改修)の効果、QOL(モラール)・ADLと居住環境との関係、介護者に対する介護負担の軽減効果等について検討を行った。バリアフリー化によって、住宅内の段差等に対する不満は軽減されていた。しかし、一方で住宅内の温熱環境に対する不満が比較的多く、住宅に対する総合的不満につながっている傾向が示された。6.山村集落の自立高齢者に対する転倒予防教室において、体力測定とアンケート(転倒リスクアセスメント等)調査を行った。自宅住宅内での転倒経験は少ないものの、「つまづき」への恐怖心が生活動作に対する自信を失わせている傾向が示された。
著者
鎌田 直人 江崎 功二郎 矢田 豊 和田 敬四郎
出版者
金沢大学
雑誌
萌芽的研究
巻号頁・発行日
1999

個体群生態学的な研究により、カシノナガキクイムシはイニシアルアタックの際に、衰弱木や感受性の個体を選択的に攻撃するのではなく、無差別に攻撃していた。穿孔数やカシナガの繁殖成功度は、樹木の生死ではなく過去の穿孔の有無によって強く影響されていた。過去にカシナガの穿入を受けていない7本のミズナラを測定対象とし、樹幹北側の地際部と地上高150cmの位置で、各2点ずつの温度測定を行った。その結果、1)150cm部位と地際部の温度差(以下、温度差)は、特に6〜8月の高温時(日最高気温約25℃以上)に大きくなった。2)秋までに被害を受け葉が褐変または萎凋した個体(以下、被害個体)は、1個体を除き、カシナガ穿入前(6月上・中旬)に高温時の温度差が大きかった。3)上記例外の1個体は150cm部位と地際部の温度の平均値(以下、平均温度)については他の個体よりも高めで、最も早くカシナガの穿入を受け、枯死した。樹幹2ヶ所の温度差と平均温度によって、樹体の健全性を評価し、カシノナガキクイムシの穿孔に伴う枯死や萎凋を予測できる可能性がある。
著者
藤田 正範 島田 昌之
出版者
広島大学
雑誌
萌芽研究
巻号頁・発行日
2001

【目的】乳牛では乾乳の初期に古い乳腺細胞が脱離し、新しい細胞に更新される。しかし、暑熱の影響によりこの更新が進まないときには秋季における乳生産が抑制されることが知られている。本研究では、乳生産に及ぼす暑熱の影響を理解する研究の一環として、乳腺細胞の機能性に及ぼす暑熱の影響を解析することを目的とした。このために,夏季乾乳・夏季泌乳牛と秋季乾乳・秋季泌乳牛の生乳中乳腺細胞のプロラクチン負荷に対する乳腺細胞プロテインキナーゼ活性などの比較調査を行った。【方法】ホルスタイン種夏季泌乳牛8頭(試験期間内日平均気温;23。3℃)、秋季泌乳牛8頭(試験期間内日平均気温;10。9℃)を用いた。分娩1日と10日の14時に乳房静脈から採血し、分娩10日の8時に生乳を採取した。血漿中エストラジオール17-β濃度を高速液体クロマトグラフィーUV検出法で、血漿中プロラクチン濃度をEIA法で測定した。プロラクチン負荷に対する乳腺細胞のプロテインキナーゼ発現量の測定では、生乳から乳腺細胞を分離し、10^3個前後の乳腺細胞に100、500および1000ng/ml濃度のプロラクチンを添加培養後にプロテインキナーゼ活性を酵素法で測定した。【結果】夏季泌乳牛のTDN摂取量と泌乳量は、秋季泌乳牛よりも低い傾向にあった。分娩1日における血漿中エストラジオール17-β濃度は夏季泌乳牛で低い傾向にあり、分娩10日における血漿中プロラクチン濃度は夏季泌乳牛で低い傾向にあった。乳腺細胞のプロテインキナーゼ発現量は3段階のプロラクチン添加のいずれにおいても夏季泌乳牛で有意に高い値であった。以上の結果、プロラクチンの血中放出は暑熱により抑制される傾向にあるものの、乳腺細胞内のプロテインキナーゼ活性などの代謝機能性が亢進することにより、泌乳牛は暑さに対応して乳生産の機能性を維持するものと考えられた。
著者
加藤 内藏進 松本 淳
出版者
岡山大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
1998

1.GAME特別観測年であり長江流域の大洪水の起きた1998年6月下旬には,前線帯南方の亜熱帯高気圧自体はゆっくりと遷移しながらもそこでの東西の気圧傾度は維持され,水蒸気輸送を担う下層南風も持続した。この時期は,冬までの顕著なエルニーニョからラニーニャに転じた直後であったが,モンスーン西風の熱帯西太平洋域への侵入やそこでの対流活動は抑制された。2回の長江流域での大雨期は,そのような状況下での熱帯西太平洋域での対流活動の季節内変動の一連のサイクルに伴ったものである点が明らかになった。2.大陸上の前線帯でのメソα低気圧は,1991年,1998年の事例で示されるように,中国乾燥地域の影響を受けた総観規模低圧部に伴う北向き流れと亜熱帯高気圧に伴うそれ(より北へ水蒸気を輸送)とが合体して活発化した梅雨降水帯の中で,降水系がメソαスケールへ組織化されることによって形成されるという過程の重要性を明らかにした。つまり,かなり異なるスケール間の現象の受け渡しで,全体として梅雨前線帯スケールの水循環が維持されるという側面があることになる。3.年によっては春の時期から日本付近の前線帯へ向かって比較的大きな北向き水蒸気輸送が見られるが,東南アジアモンスーンが開始する前の時期(例えば3〜4月)には,中緯度の傾圧帯の中での現象であり,亜熱帯高気圧域内の現象である梅雨最盛期の水輸送システムとはかなり質的に異なる点が分かった。4.冷夏の1993年7月後半〜8月中旬にかけて,西日本を中心に,台風の北上と梅雨前線双方の影響を受けて降水量が大変多くなった。これは,15N付近を145Eから120Eへ向けてまとまりながら西進する対流活動域(〜130Eで最も強まる)が,台風の発達・北上,及び,その後の梅雨前線への水蒸気輸送,という一連のサイクルを引き起こしたこと,それに対して,春からの弱いエルニーニョの影響が季節進行の中での履歴を通して重要な役割を果たしていたことを明らかにした。5.秋雨前線帯での雲活動は,梅雨前線帯以上に東西方向の偏り方の年々の違いが大きい。これは,熱帯西太平洋域の海面水温の特に高い領域は,気候学的には9月頃に最も東方まで広がっているため,夏の熱帯の対流活動のアノマリーの履歴によって,9月の対流活動域の東西の偏りが大変大きくなりやすく,前線帯の南側の亜熱帯高気圧による下層南風強風域の東西方向の年々の偏りが大きいためであることが分かった。6.地球規模の大気環境の変動に対する東アジア前線帯の応答過程の理解を深めるために,1997/98年エルニーニョ時の顕著な暖冬への移行過程を調べた。その結果,地球規模でのアノマリーへの応答が通常11月頃に起こる急激な冬への進行を阻害することでエルニーニョが大きく影響したことを明らかにした。
著者
太田 斎 秋谷 裕幸 木津 祐子 岩田 礼
出版者
神戸市外国語大学
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
2001

中国における方言研究は長らく字音を対象とした記述研究と比較音韻史研究が中心であった。方言地理学は決して新しい方法論ではないが、中国では従来ほとんど行われることがなかったため、中国方言学の分野では大きな収穫が期待された。これまで日本で志を同じくする研究者が、方言地理学を核として新たな方法を模索しながら共同研究を継続して、漢語方言地図集を第3集まで発表してきた。今回の我々の共同研究はそれを受け継ぐものであった。我々は方言地理学に利用可能な文献データを集積する一方で、文献のみでは埋められない地理的空白をフィールドワークを行うことで埋めることを計画した。また歴史文献に現れる方言データ及び社会言語学的事例についても分析を進め、歴史的考察に利用することにした。初年度には文献データの整理を一段落させ、『地方志所録方言志目録 附方言専志目録』を完成、また初年度のフィールドワークのデータを整理し、次年度初頭に『呉語蘭渓東陽方言調査報告』を作成した。これらの作業と平行して、パソコンによる方言地図作成ソフトSEAL (System of Exhibition and Analysis of Linguistic Data)利用のための環境整備を進め、この年度でほぼ作業を完成させた。そして最終年度に試行錯誤を繰り返して方言地図を作成し、討論を重ねてその修正作業を行った。またこれまでは個々の音韻、語彙、文法項目の地図を作成して中国語における様々な特殊な変化の類例を集積して、一般化を模索してきた訳だが、今回は同源語彙間に現れる特殊な変化を容易に観察できるような語彙集も編纂し、「類推」、「民間語言」、「同音衝突」といったような体系的変化以外の変化の事例の集積を図った。これにより従来の方言地図で行われた分析も類似の事例が複数見出せることになり、我々の方言地理学的考察により強い説得力が付与されることになった。その最終報告書が『漢語方言地図集(稿)第4集』である。