著者
池上 尚
出版者
日本語学会
雑誌
日本語の研究 (ISSN:13495119)
巻号頁・発行日
vol.10, no.2, pp.48-33, 2014-04

本稿では、嗅覚表現接尾辞-クサイの結合例である水クサイに注目し、味覚表現への使用が可能になるこの語の表現特性と、中央語において心情表現語へと変化するまでの史的変遷とを考察し、意味変化の要因が水ッポイなどの類義語との共存に求められることを指摘した。中世前期末に誕生した水クサイは水分量に注目し<酒の味が薄い>を表していたが、近世前期には対象の拡大に伴う意味の抽象化が生じる。すなわち、水分量を必ずしも問題としない食べ物を対象とし<味が薄い>の意味を、特定の人物の行為という抽象物を対象とし<情愛が薄い>の意味を、それぞれ派生させる。ただし、近世後期以降に中央語となる江戸語にはすでに類義の味覚表現語として水ッポイが定着していたため、受容されたのは水クサイの心情表現語的側面のみであった。中央語史における水クサイに心情表現語への意味の交替が認められるのは、こうした類義語との共存が背景に存したと考える。
著者
岡田 一祐
出版者
日本語学会
雑誌
日本語の研究 (ISSN:13495119)
巻号頁・発行日
vol.10, no.4, pp.97-83, 2014-10-01

一八八六年、文部省は尋常小学校読書科の教科書(読本)における平仮名字体の導入段階を整理し、ふたつの段階を設け、見本となる読本も刊行を始めた。まず、いろは歌手本に用いられる平仮名を学び、ついでそのほかの平仮名字体を導入したのである。民間出版者の読本も数年内にこの順序に従った。従来注意されてこなかったこの方針は、八六年前後の読本の平仮名字体の観察からあきらかになった。文部省著作教科書にまず現れたこの方針に、すべての民間出版者が自発的に従ったわけでないことは、八六年以降もこの順序どおりでない読本があること、そのなかに検定で不適と指摘されたもののあることから分る。これらの検定意見が採用されなかったことは、この方針が全面的に受け入れられるまでに数年を要したことを説明する。根拠となる法の欠如と消極的な検定により強制しがたかったのである。この方針の確立は一九〇〇年の平仮名字体統一の先蹤と位置附けられる。
著者
松本 光隆
出版者
日本語学会
雑誌
日本語の研究 (ISSN:13495119)
巻号頁・発行日
vol.5, no.3, pp.79-64, 2009-07-01

本稿は、院政期末から鎌倉時代初頭に仁和寺を中心として、多くの撰述書を今に残し、文化的な活動が著しかった守覚法親王の著作の内、随心院蔵野決鈔を主たる資料として取り上げて論じたものである。野決鈔は、醍醐寺勝賢との諸尊法に関する問答を記した資料で、当時の他の現存資料からは、一般的であるとは思えない漢字・片仮名・平仮名・万葉仮名交じり文で書記された文章を持つ。勝賢の「答」の言語を視野に入れつつ、主として守覚の「問」を対象に、野決鈔に書記された日本語の特性を検討した。検討の結果、守覚の「問」の文章は、厳密には書記言語ではあるが、守覚の意識としては、自身の口頭語を記したと認められる資料で、そのために採用した表記体であったと考えられる。言語の内実も、当時の口頭語を書記した資料と見て矛盾がなく、当時の口頭語の範疇の再検討、個々人による言語体系差など、極めて重要な課題を提供する資料であることが判明した。
著者
貝塚 爽平
出版者
Japan Association for Quaternary Research
雑誌
第四紀研究 (ISSN:04182642)
巻号頁・発行日
vol.1, no.1, pp.22-30, 1957-05-30 (Released:2009-08-21)
参考文献数
15
被引用文献数
4 3

1. 武蔵野台地は, 地形面の連続性と関東ローム層によつて, 下末吉面, 武蔵野面, 立川面およびそれ以下の段丘に大別される. これら各面をつくるものは, 武蔵野面および下末吉面の東京山の手地域にあるものをのぞくと, いづれも礫層であつて, これらの礫層よりなる各面は, 主として多摩川の作つた扇状地である.2. これら各面の縦断面形の比較と武蔵野面の等高線異状の考察から, 武蔵野台地の北部は北東に傾き下る撓曲をうけて変形したことが明らかにされた. この変動は大宮台地には及んでいない. また, 古い地形面ほど大きい変形を示すことから, この運動が継続的なものであることが知られる.3. 洪積世末期には, 武蔵野台地の南部から松戸附近の下総台地に至るほぼ東西の軸を境として, これ以北では関東平野の中心部に向う造盆地運動がありこれ以南では, とくに房総半島北部の地形に著しくあらわれている東京湾の低地を作る沈降運動が行われた.
著者
宇都宮 啓吾
出版者
日本語学会
雑誌
日本語の研究 (ISSN:13495119)
巻号頁・発行日
vol.4, no.1, pp.203-187, 2008-01-01

本稿では、訓点資料研究の一問題として、高麗続蔵経(義天版)の伝持者と真言宗における西墓点使用者とが重なる点や、高野山における喜多院点伝播が高野山中院明算周辺と関わる点、心覚を巡る教学等を具体例に、院政期における訓点資料とその加点者や伝持者を手懸かりとした教学的交流の実態とそこから得られる典籍の素性や加点・移点・伝持に関する分析の必要性を述べた。特に、白河・鳥羽院政期における真言宗の緊密な教学的交流の実態(その一つとしての仁和寺教学圏の問題)と諸宗に亘るヲコト点流布や訓点本の伝持の問題に注目している。また、右の如き訓点資料の分析に必要なデータベースの構築について、血脈類の検索までをも含めた統合的検索システムの視点から、稿者の試みを紹介した。
著者
清水 典史 井上 寛 松延 千春 高露 恵理子 椿 友梨 白谷 智宣
出版者
一般社団法人 日本薬学教育学会
雑誌
薬学教育 (ISSN:24324124)
巻号頁・発行日
vol.2, pp.2017-023, 2018 (Released:2018-05-25)
参考文献数
15

個々の学生の知識修得度の推移が特定の指標により測定可能であれば,その測定結果を利用することにより,より効果的な教育施策の策定やその実施した教育施策の有効性の評価が可能になると考えられる.そこで,本研究では,サポートベクターマシン(SVM)を用いた試験合否予測が知識修得度の指標となり得るか否か検討した.今回,合否予測モデルを平成27年度6年生在籍者の9月実施模擬試験の成績データと第101回薬剤師国家試験結果から構築した.構築したモデルの有用性を確認するため,平成28年度6年生在籍者の9月実施模擬試験の成績データから本モデルにより第102回薬剤師国家試験の合否を予測させ,モデルの導き出した予測と実際の合否と比較した.本研究の結果から,本モデルは比較的高い精度で合否を予測することが可能であり,知識修得度の推移の指標として有用である可能性が示唆された.
著者
馬場 聡 Baba Akira
出版者
筑波大学比較・理論文学会
雑誌
文学研究論集 (ISSN:09158944)
巻号頁・発行日
no.20, pp.23-40, 2002-03-31

I. 対抗文化小説 ケン・キージー(Ken Kesey, 1935-2001)によって1962年に世に送り出された『カッコーの巣の上で(One Flew Over the Cuckoo's Nest)』は、1960年代のアメリカ対抗文化を象徴する小説の代表である。 ...
著者
勝又 隆
出版者
日本語学会
雑誌
日本語の研究 (ISSN:13495119)
巻号頁・発行日
vol.5, no.3, pp.95-80, 2009-07-01

上代における「-ソ-連体形」文においては、「ソ」と述語との間に、格助詞「ヲ」を始めとして、格成分が主語を除いてあまり現れない。この現象について、本稿では以下のような考察を加えた。「ソ」は、述語と隣接または近接することで述部を構成し、述語を「焦点」に含むのが主たる用法である。そして、格成分は「ソ」がよく承接する要素である。それに加え、述語の項が「焦点」から外れる場合には「ソ」と述語との間には現れない。その結果、格成分の出現率が低くなっているものと推測できる。また、主語の出現率の高さは、主語そのものの出現頻度と重要度の問題であると考えられる。
著者
内田 智
出版者
日本政治学会
雑誌
年報政治学 (ISSN:05494192)
巻号頁・発行日
vol.64, no.2, pp.2_208-2_229, 2013 (Released:2017-02-01)
参考文献数
45

This article aims to explore the possibility of institutionalizing transnational deliberative democracy in the age of globalization, examining the social experiment of European Union, Europolis.   The construction of this article is as follows. First, we take a critical look at James Bohman's ‘mini-demoi’ as a conception of institutionalizing transnational deliberation. Then, I argue that his conception of institutional pluralism is incoherent with his ideal of democracy as ‘self-rule’.   Second, to illustrate my argument, I analyze the results and organization of Europolis. From this analysis, I make the following points. (1) Mini-publics that do not aim at achieving agreement are capable of institutionalizing deliberative space in a transnational context, therefore generating multi-perspectives among well-informed participants in mini-publics despite their language or culture. And also, (2) mini-publics are expected to be representative of ideal publics, a microcosm. However, it is uncertain whether they actually can foster deliberation and considered judgment within mass society, if we take account of the characteristics of mass media.   In conclusion, I argue, if we hope to realize deliberative institutions congruous with the ideal of democracy as ‘self-rule’, we should explore further the relationship between representation and democracy. We should do so especially in contemporary circumstances, when it is urgent to envisage how we incorporate transnational and diverse opinion-formation processes into globalized political will-formation.
巻号頁・発行日
vol.第216號 (昭和22年5月14日), 1947
著者
下石 和樹 安楽 誠 庵原 大輔 平山 文俊 門脇 大介 陣上 祥子 丸山 徹 小田切 優樹
出版者
一般社団法人日本医療薬学会
雑誌
医療薬学 (ISSN:1346342X)
巻号頁・発行日
vol.44, no.2, pp.55-60, 2018-02-10 (Released:2019-02-10)
参考文献数
8

Because it is essential to restrict phosphorus intake in dialysis patients, we investigated the phosphorus content per daily standard dose for eight different types of Chinese medicine and 12 different supplements, all of which are typically used by dialysis patients. Phosphorous contents in the range of 3-12 mg were detected in all of the Chinese medicines. Although 11 of the 12 kinds of supplements contained phosphorous, the levels were less than those in the Chinese medicines. The highest phosphorus content among those supplements was found in glucosamine, with a phosphorous content of 6 mg per dose. The phosphorous contents of glucosamine samples obtained from five different companies were all different. Taking these findings together, the intake of phosphorus by dialysis patients heeds to be restricted and the phosphorus contents of Chinese medicines and supplements need to be taken into consideration, by evaluating the total phosphorus intake per day for such patients. Pharmacists should pay attention to maintaining the serum phosphorus level within a reference value by effectively using a phosphate binder if necessary.
著者
矢野 良和 原 和道
出版者
日本知能情報ファジィ学会
雑誌
日本知能情報ファジィ学会 ファジィ システム シンポジウム 講演論文集
巻号頁・発行日
vol.30, pp.410-411, 2014

1自由度でありながらも、様々な曲率のカーブや起伏形状をもつコースを高速に走行するミニ四駆は、機械的な制約を与えることで過剰なエネルギーによるコース逸脱を抑える試みがされてきた。本研究ではミニ四駆に電子制御されたモータを搭載し、加速度センサ・ジャイロセンサ、接地センサより得られる情報の分析を行う。
著者
島田 将喜
出版者
日本認知科学会
雑誌
認知科学 (ISSN:13417924)
巻号頁・発行日
vol.25, no.1, pp.63-73, 2018-03-01 (Released:2018-09-01)
参考文献数
52

The existence of meaning arbitrarily created and shared among playing partners, or the existence of culture as a network in which the created meaning and another meaning connect with each other have been claimed to separate animals from humans. A play pattern, so-called play chasing with a target object is observed among juvenile Japanese macaques in provisioned Arashiyama troop. This play pattern is characterized by following two interactive regularities: participants regard only the thing involved now as a target of the play, and a holder of the target object takes a role of the chasee. This play pattern has been established among juvenile macaques in Arashiyama troop, but not established among those in non-provisioned Kinkazan troop. These findings suggest that in play activities, creation of arbitrary meaning and the connection between their food culture and the created meaning can be found among not only humans but also among non-human animals.
著者
藤原 健 伊藤 雄一 高嶋 和毅 續 毅海 増山 昌樹 尾上 孝雄
出版者
日本グループ・ダイナミックス学会
雑誌
実験社会心理学研究 (ISSN:03877973)
巻号頁・発行日
vol.58, no.2, pp.122-134, 2019 (Released:2019-03-26)
参考文献数
26
被引用文献数
1

本研究は,演奏者の重心・重量を用いた演奏連携度の評価を通じて,小集団相互作用における動態をシンクロニーの視点から明らかにすることを目的とする。そのために,プロの演奏者によるコンサート時の合奏場面を対象に情報科学技術を用いて演奏連携度を算出し,これを社会心理学的手法により評価した。具体的には,椅子型センシングデバイスを用いて演奏者の重心移動・重量変化を取得することで身体全体の動きを時系列データとして検出し,短時間フーリエ変換を適用することで時系列振幅スペクトルデータを得た。これについて全演奏者の時系列スペクトルデータを乗算することで演奏連携度を算出した。この演奏連携度についてサロゲート法を用いることで,演奏者間に偶然以上の連携が生じていたことを明らかにした。さらに,コンサート時に取得していた音源を一般の大学生に提示した結果,一部の楽曲において演奏連携度の高い演奏が肯定的な評価を得ることを確認した。行動の同時性や同期性を扱うシンクロニー研究の多くは二者間の相互作用を対象としたものが多い中で,情報科学の技術を導入することで小集団における相互作用ダイナミックスが精緻に測定・検討可能になった点は異分野協同における成果であるといえる。
著者
大谷 伸治
出版者
弘前大学教育学部
雑誌
弘前大学教育学部紀要 (ISSN:04391713)
巻号頁・発行日
vol.122, pp.37-46, 2019-10-21

「原子力の平和利用」の始原をめぐっては、冷戦の中でヘゲモニーを握りたい米国政府と潜在的核保有国化を企む日本の保守派が結託しプロパガンダをおこなったことにその責を求めてきた。しかし、3・11 後に本格化した政治史的アプローチによる日本原子力開発史研究は、原子力政策が保守派と革新派の合同プロジェクトとして暗黙の合意を得て始まったこと、またそれにもとづいて55 年体制が形成されたことを明らかにした。一方、3・11 後の原発問題に関する教育実践は、高校新科目「歴史総合」を視野に、「原子力の平和利用」の始原を問う歴史学習の必要性を提起するに至っているが、保守派を断じる従来の認識に留まっており、真の意味での歴史学習を構想するには至っていない。本稿は、新しい歴史学の成果を踏まえて、保守派のみならず革新派の動きも含め総合的に、戦後日本における「原子力の平和利用」の始原を問いなおす戦後史学習案を提案する。