- 著者
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中村 努
- 出版者
- The Japan Association of Economic Geography
- 雑誌
- 経済地理学年報 (ISSN:00045683)
- 巻号頁・発行日
- vol.62, no.3, pp.210-228, 2016-09-30 (Released:2017-09-30)
- 参考文献数
- 36
- 被引用文献数
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本稿では,台湾における医療供給体制の空間特性と,公平性の確保に向けた政府の役割を明らかにした. 台湾においては,日本と同様,単一の医療保険制度が採用され,私的医療機関を中心とした医療供給が実現している.台湾では全住民の医療データが電子化されるとともに,それぞれの医療機能に基づいて,センター病院を中心とした階層的な医療供給体制が構築されている.さらに,山間部や島嶼部など僻地においては,遠隔診断の手段としてクラウド医療情報システムが試験的に運用されるなど,医療機関への物理的なアクセシビリティの改善が図られている. こうした制度設計は,日本統治時代における日本の医療制度を軸とした制度的遺産によるところが大きい.一方,日本の医療供給体制との相違点として,戦後の権威主義的な政府の経済成長を優先した施策が,私的医療機関の都市部への集中と,山間部および島嶼部の医療供給不足という地域格差を生じさせた点が指摘できる.こうして,それぞれの時代における政府の行動に規定されるかたちで,都市部と山間部および島嶼部とで異なる供給空間が重層的に形成されるに至った.現在の医療供給体制の空間的態様は,そうした政府による政策対応と,設立主体ごとの医療機関の立地行動とが繰り返された地理的帰結ととらえられる.