- 著者
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山田 浩久
- 出版者
- 公益社団法人 日本地理学会
- 雑誌
- 日本地理学会発表要旨集
- 巻号頁・発行日
- vol.2020, 2020
<p>_2019年における山形県の総宿泊者数は557万人泊であり,東北6県の中で第4位となっている。しかし,人口(2015年国勢調査)百万人あたりの総宿泊者数は496万人泊であり,第2位にまで順位を上げる。同数値は,北海道と関東7都県を加えた14都道県の中でも第4位となり,全国平均(469万人泊)も上回る。山形県は,ゲスト側から見れば東北6県の中でも中位以下の誘客力しか有していないが,収益の分配や受け入れの負荷といったホスト側からの視点で見ると,東日本でも有数の観光県であると言うことができる。ただし,人口100万人あたりの外国人宿泊者数(21万人泊)については,東北6県内で第4位であり,同全国平均(91万人泊)も大きく下回ることから,山形県の宿泊者数を支えているのは,国内旅行であることが分かる。また,山形県は総宿泊者数に占める県外居住者のシェア(68.0%)が,東北6県の中で最も低く,国内旅行の中でも特に県内旅行に依存する割合が高いことも同県の宿泊者数に指摘される大きな特徴になっている。</p><p> 山形県では2020年3月31日にCOVID 19感染者の1例目が報告され,4月に感染が拡大したが,5月4日に69例目の感染が報告されてからは2ヶ月間感染が確認されず,7月4日に70例目の感染が報告された。山形県の2020年における月別総宿泊者数の対前年同月比を見ると,3月までは60%台を保っていたが,4月には一気に20%を割り込み(18.9%),東北6県最大の下げ幅を記録した。これは4月中の感染拡大によるものである。同県では100万人あたりの累積感染者数(5月5日時点64人)が東北最多となり,特に国内在住者の旅行に負の影響を及ぼした。</p><p> 一般に,国の政策は都道府県を介してトップダウンで市町村に降ろされていく。こうした政策の伝達体制によって生まれる事業実施までのタイムラグは,現況に対する個別事業の遅れに繋がるが,一方で自治体の「考える時間」にもなっていた。日本の観光政策に関しても,2000年代初頭より国家戦略の一つに位置づけられるようになり,観光立国推進基本法による国の制度設計に基づいて都道府県レベルでの観光計画が策定され,それが市町村の観光事業によって具現化されてきたが,COVID19のパンデミックは,トップダウン型の政策伝達体制を機能不全に陥らせた。自治体は「考える時間」を与えられず,独自の判断によって観光に対する様々な問題に対処することになった。</p><p> 4月に発令された全国の緊急事態宣言を受けて山形県が行った主な観光支援施策は,観光立寄施設支援と宿泊支援に大別される。それらは,国の「Go Toトラベル事業」の内容と類似するが,同事業よりも2ヶ月も早く,対象を県内に限定して実施された。そこには,県内旅行に依存する割合が高いという山形県の事情が存在しているほか,同県が2015年に蔵王山の噴火警報発令に伴う風評被害対策のために旅行クーポンを販売した実績と教訓が活かされている。</p><p> COVID 19のパンデミックは収束の気配すらなく,観光も含めた関係人口の大幅減が継続する可能性もある。しかし,全国的な観光政策はインバウンド旅行を基調にしており,中長期的な国の戦略はインバウンドの解禁を想定している。行政による経済的な支援にも限界があり,山形県においても,ホスト側の安全と安心を重視する方針を広域からのゲストに安全と安心を担保する方針に切り替えていくことになることは必至である。観光のパラダイムシフトは,旅行時の「衛生」概念の革新に集約される。わが国において,その転換点は行政による国内観光の支援期間にしか無い。「Go Toトラベル事業」断行の意味もそこに見出される。</p><p> Post-COVID19に向けたスタッフ,施設,ルール作りにおいて,各都道府県が同じスタートライン上にあるという現在の状況は,観光後発県の位置に甘んじてきた山形県にとって,飛躍のチャンスとも言える。積極的な活動によって一歩先んずることができれば,それが他地域との差別化をもたらし,ブランド化にも繋がっていく。人の集まる場所に行く観光から人が集まらない場所に行く観光への変化は,オフシーズンの観光や低活性の観光地を変える大きなきっかけになるはずである。</p>