著者
池澤 夏樹
出版者
新潮社
雑誌
新潮
巻号頁・発行日
vol.107, no.10, pp.181-187, 2010-10
著者
佐藤 彰一
出版者
名古屋大学
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
2000

本研究の目的はこの時代の行政文書の使用態様を明らかにすることにより、いかに文書に依存するところ大きかったかを実証的に明らかにし、その国家性の根拠のひとつを明示することであった。西ローマ帝国消滅後の西欧で、豊富な伝来史料を有するのはイタリアであり、東ゴート期、ランゴバルド期を通して、文書による統治実践は基本的に維持された。だが微視的に見ると、そこには文字記録作成とそれらの保存管理への親妥の変動もあった。7世紀初めには行政文書作成の退潮が見て取れるが、それはN・エヴェレットの研究によれば、美文への嗜好の弱化が根底の原因として挙げられる。セナトール貴族の文字文化の審美的探究が、実は最も日常的で、凡庸な記録形態である行政実務文書が日々生産される現実を下支えしていたとするその所説は、ランゴバルド王国だけでなく文字文化一般の理解にとっても、非常に示唆的である。西ゴート国家は、行政文書を一点も残していない。この事実は長く西ゴート国家が行政文書を作成する伝統を持たなかったのがその理由と考えられたが、1967年にマドリッド国立文書館で偶然西ゴート国王文書の断片と思しき数点の羊皮紙が発見された。僅かの断片的記録しか伝来していない理由として、人為的かつ体系的破壊が想定されている。西ゴート国家に独自な文書形態として、地中から出土する粘板岩に刻まれたいわゆるスレート文書がある。これは西ゴート国家における公文書の存在形態と、密接な関係が考えられる。重要なのは西ゴート国家においても統治実践面で、文字記録が用いられていたことが確実と思われる。アングロ・サクソン七王国の一つであるマーシア国家で作成された「トライバル・ハイデジ(TH)」は、国家的賦課をになう地域とその負担量を一覧にした記録である。現存の三写本は全て後代の写しであり、原本は存在していない。またこの種の記録は孤立したものではあり得ないが、周辺的文書は一切現存していない。THがその最終帰結であるところの、個別税査定に始まる一連の文書作成プロセスをが解明するのが今後の課題である。現時点ではこの文書に内在する情報の性格に依りながら、論理的想定として、この時代のイングランドに紛れもなく実務的文字記録作成の慣行が実在した事実を確認することで満足しなければならない。
著者
徳永 正雄 石橋 松二郎 徳永 廣子
出版者
鹿児島大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2008

好塩性細菌が生産する好塩性酵素は、酸性アミノ酸に富み、net chargeがマイナス荷電に偏っており(等電点が低い酸性タンパク質)、この性質が高い可溶性と、変性しても凝集しないで巻き戻る高い構造可逆性を保証している。通常生物由来酵素に酸性アミノ酸の導入、もしくは好塩性蛋白質と融合蛋白質を作ることによって、好塩性を付与し、高い可溶性を持たせ、安定性を高めた蛋白質の分子育種に成功した。
著者
郷原 良寛 古林 好則 藤原 正三 脇田 尚英 上村 強 中尾 健次 大西 博之 上天 一浩
出版者
一般社団法人映像情報メディア学会
雑誌
テレビジョン学会技術報告 (ISSN:03864227)
巻号頁・発行日
vol.15, no.37, pp.43-49, 1991-06-27

We have developed a high resolution and high density FLC light valve This light valve has 1.6 million pixels and 1.7 inches diagonal display area. 24μm pixel pitch and 4μ m space between pixels are realized by the ultra-fine etching process. High contrast ratio and high efficiency are achieved by Field-Induced-Black-Matrix, This light valve which is driven by the newly developed driving scheme can display a moving image without a flicker. A fast responding display is obtained by applying a partial access writing method to our light valve. The projection display system has been experimentally realized and has been proved to have operating ability for workstation.
著者
内田 貴司 矢崎 天一 安岡 義純 鈴木 克己
出版者
一般社団法人電子情報通信学会
雑誌
電子情報通信学会技術研究報告. MW, マイクロ波 (ISSN:09135685)
巻号頁・発行日
vol.100, no.275, pp.41-46, 2000-08-22

94GHzミリ波用の薄膜スロットアンテナを結合させたYBCOホットエレクトロンボロメータ(HEB)を製作し、ミリ波検出特性について検討した。まず、ビデオ検波特性から製作した素子のミリ波検出機構について検討した。遷移領域から常抵抗状態の温度領域ではボロメトリックな検出機構が支配的であった。しかし、超電導遷移温度(T_C)近傍では磁束クリープ運動に起因すると思われる非ボロメトリックな検出機構が支配的であり、印加電流を増加するに従いこの機構が顕著に現れた。次に、ボロメータとしての動作が支配的な素子を用いてミクシング特性を検討した。94GHzでのヘテロダインミクシングにおいて約0.65×10^<-9>[s]のフォノン緩和時間をもつボロメータミクサが実現でき、3.0GHzまでのIF信号を観測した。
著者
藤井 昌史 大奥 泰亮 杉山 元治 占部 康雄 高杉 健太 町田 健一 村上 直樹 木村 郁郎
出版者
日本肺癌学会
雑誌
肺癌 (ISSN:03869628)
巻号頁・発行日
vol.17, no.2, pp.119-126, 1977-06-25

肺癌患者の細胞性免疫能把握のパラメーターとしてPHAによるリンパ球幼若化反応,ツベルクリン反応,末梢リンパ球数,Leucocyte migration inhibitiontestについて検討した.その結果これらのパラメーターと肺癌の進展度あるいは癌化学療法による臨床経過との一問に関連性がうかがわれた.同時に溶連菌剤OK-432投与における検討から本剤の免疫化学療法における有用性が示唆された
著者
福田 千鶴
出版者
首都大学東京
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2004

本研究は、近世武家社会で記録として残された奥向に関する史料を網羅的に把握して、今後の研究の基盤づくりをすることを目的とした。4年間の研究で明らかになったことは第1に、当初に予定した以上の史料の存在が確認でき、データベースを作成することができた。このことは、今後の奥向研究を本格的に進めるための計画を展望するうえで、重要な成果であったといえる。具体的な作業では既刊の大名史料の目録から奥向に関する史料に関するデータベースを作成し、まとまった史料が伝来する大名史料には調査に赴き、史料収集を行った。とくに松代真田家・萩毛利家・鳥取池田家・彦根井伊家・徳山毛利家などにおいて良質な史料が伝来することが確認できた。第2には、近世前期に関しては記録類の確認がほとんどできなかったが、近世後期に関しては前述のような大名家において史料が伝来していることが確認できた。したがって、今後の大きな課題として、近世前期の史料発掘を継続して行い、武家社会における奥向の成立過程を具体的に考えることのできる研究環境を整える必要がある。ただし、女性の書状(消息)に関しては、仙台伊達家・萩毛利家に伝来しており、そうした史料を中心に分析していくことで、近世前期の史料的限界を克服していく必要がある。第3に、調査の過程において、奥向の役職にかかわった家臣の家に、奥向に関連する史料が伝来することが確認できた。これは、今後に奥向史料論を構築するうえでも重要な視点を得られたといえる。今回の調査では主に大名史料を分析の対象としたが、今後はこうした家臣の家に伝来した史料群に関しても調査を広げていく必要があることを示唆している。以上の4年間の研究により、論文2本、研究報告4本、図書2冊において成果を公表した。
著者
横田 昌嗣 傳田 哲郎
出版者
琉球大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2002

固有種を中心に琉球列島産のガガイモ科植物の染色体数の算定を行った.中琉球固有のヒメイヨカズラ(ガガイモ科)の外部形態と分子系統樹を解析し,この種はこれまで考えられていたイケマ属ではなく,オオカモメヅル属に属し,遺存固有種的な性質を多く持つ種であることを示した.琉球列島内で著しい種内倍数性を示す琉球列島固有種のミヤコジシバリ(キク科)は,雑種起源であること,その起源は複数回あることを分子系統学的な手法で証明し,ミヤコジシバリの著しい種内倍数性は琉球列島の地史と深い関わりがあり,遺存固有種的な性質を示すことを細胞地理学的に示した.アカネ科のサツマイナモリ属とボチョウジ属の染色体数を算定し,琉球列島固有のアマミイナモリは近縁なサツマイナモリの倍数体起源であることを明らかにした.分子系統学的な解析により,アマミイナモリは日本および台湾産のサツマイナモリよりも系統的に古い時代に分化した遺存固有種であることが判った.琉球列島産のヒサカキ属の分子系統学的な解析の結果,中琉球固有のクニガミヒサカキは,日本産ヒサカキ属では最も遺存的な種であり,クニガミヒサカキと同種とする見解がある南琉球固有のヤエヤマヒサカキは,クニガミヒサカキとは明瞭に異なる独立種であること,中琉球固有のマメヒサカキは,ハマヒサカキから派生した新固有の分類群であることが判った.日本では沖縄島北部にのみ産するイワヒバ科ツルカタヒバと,その異名とされることもある沖縄島固有のコクラマゴケ,沖縄島から近年日本新産として報告されたミタニクラマゴケの形態を観察した.その結果,ミタニクラマゴケはコクラマゴケにすぎないこと,ツルカタヒバとコクラマゴケは連続的に変異し,現段階では区別できないことが判った.
著者
武藤 芳雄
出版者
東北大学
雑誌
特定研究
巻号頁・発行日
1985

本研究の目的は、東北大金研の深瀬・藤森・武藤、九大理間瀬及び東大物性研石川が、各自のグループの教官・技官及び大学院学生とともに、重いフェルミ粒子をもつ新超電導体、磁性超伝導物質などを含む新しい金属間化合物超伝導体を創造し、超伝導特性を中心にした諸物性を解明し、基礎的研究をベースにしながらも、機に応じて新しい応用を含む開発研究も行なうことにある。本研究費により、これまで間歇化学気相蒸着法、低温高速スパッタ法(間瀬)、2元スパッタ蒸着法(藤森)、高圧RF・EB溶解法(既設・深瀬)、RF真空炉法(石川)などの新物質作製装置が、本年度までに完成した。超伝導特定測定には、現有設備及び金研超伝導材料開発施設の諸設備(武藤)を用いるが、SQUID磁束計(深瀬)及び高精度帯磁率測定装置(石川)を購入しすでに実験に使用している。来年度はホール効果測定装置(藤森)を加える予定である。なお来年度の研究費は主として極めて高価な遷移金属元素及び稀土類金属元素の購入にあてられる。これまでにA15型超伝導体のマルテシサイト及びその前駆現象(深瀬)bct(RE)【Rh_4】【B_4】化合物の超伝導と磁性の相関(武藤)、Ce【Cu_2】【Si_2】の超伝導性の組成との関係(石川)、Nb/Ti;Nb/Ag多層膜の超電導性(藤森)、【Nb_3】Geの結晶成長の超伝導特性への影響(間瀬)などについて研究成果をあげ、60年度成果報告会(日米新超伝導物質研究会)で報告した。また武藤・深瀬のグループより3名、米国Amesで60年5月に行なわれた関連国際会議また石川は f電子系に関する日ソセミナーなどで発表した。61年度には、阪大基礎工朝山、広島大理藤田、阪府大奥田の3氏を協力者に加え、最終年度の総括を行なう予定である。なおこれらの成果は、1987年(昭62)夏に 京都で行なわれる第18回低温物理国際会議及び引き続き仙台で行なわれる高度に相関のあるフェルミ粒子系の超伝導国際会議に集大成される予定である。
著者
新本 光孝 新里 孝和 安里 練雄
出版者
琉球大学
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
2003

1.琉球列島総合植物目録及び特定植物群落目録の作成沖縄県の島嶼の沖縄島,宮古島,石垣島,西表島を対象に,既往の著書・報告書を用いて植物分布の差異を明らかにし,さらに,特定植物群落の分布の特性を類型化し、それぞれ「琉球列島総合植物目録」、「特定植物群落目録」としてデータベース化をはかった。2.沖縄島、石垣島、西表島の天然林の資源植物分類各調査地に出現した全植物について、資源植物分類を行った。利用率が高いのは木本植物で、I類では幹の部分がよく利用されている。II類は防風防潮林、屋敷林、公園樹、庭園樹などに利用される木本植物も多い。末経済植物の比率は草本植物、シダ植物で高かった。3.沖縄島北部における天然林固定試験地の森林遷移森林・林分の遷移は3プロットの1980年、1995年、2005年の毎木調査結果に基づき分析を行った。3林分とも本数は減少傾向にあるが、林分材積は全体的には増加傾向にあり,出現樹種は樹種により消滅・新加入の入れ替わりはあるが樹種数に大きな変化はなかった。イタジイはどの林分でも主体をなしており、経年的に本数は減少しているが材積は増加している。4.亜熱帯林の非木材林産物資源としてのリュウキュウイノシシ西表島におけるイノシシ猟は、圧し罠猟,イヌ猟,ハネ罠猟,銃器猟と変遷している。現在は,ハネ罠猟が普及している。ハネ罠猟ではシマミサオノキ他20種の弾力性の強い樹種が利用されている。猪垣は,石塁や斜面掘削,木柵などがあり,石塁の材料には砂岩,サンゴ,木柵にはサガリバナが利用されている。持続的なイノシシ猟を行うためには、島の生態系の維持・環境保全を考慮することが重要であろう。
著者
疋田 努 太田 英利
出版者
京都大学
雑誌
一般研究(C)
巻号頁・発行日
1995

台湾から琉球列島にかけて分布するアオスジトカゲ、イシガキトカゲ、オキナワトカゲの3種は小さい島々にまで広く分布し、種内の形態的な変異も知られている。泳動データからは,これら3種のうち八重山諸島のイシガキトカゲは台湾のアオスジトカゲよりも,沖縄諸島,奄美諸島のオキナワトカゲにより近縁であることが,示された.従来,八重山諸島の動物相は,沖縄諸島よりもむしろ台湾のものに近いと考えれており,この結果はこの地域の生物地理をどのように考えるかに大きな影響を与えるものとなった.また,トカラ列島の中之島,諏訪之瀬島,口之島からには,ニホントカゲ分布すると考えられていたが,これらがむしろオキナワトカゲに近いことが明らかとなった.それぞれの種内でも,島毎に大きな変異が認められた.まず,アオスジトカゲでは,尖閣列島の集団が台湾のものと大きく異なることがが示された.つぎにイシガキトカゲでは波照間島のものが他の八重山諸島のものと異なっていることがわかった.オキナワトカゲ集団は,従来基亜種のオキナワトカゲと奄美諸島亜種のオオシマトカゲに分けられてきたが,その地理的変異はもっと複雑で,さらに細分する必要があることが示された.形態的な形質では,とくに体色や模様の変異が認められ,体鱗列数等の計数形質にも地理的変異が認められた.しかし,これらの形態的な違いは変異の重なりがかなりあり,十分な識別形質とはならなかったが,島毎の傾向が明らかとなった.
著者
加藤 祐三 新城 竜一 林 大五郎
出版者
琉球大学
雑誌
一般研究(B)
巻号頁・発行日
1991

火山豆石の内部構造は同心円構造が発達したもの(CONC)と、これが認められず不規則なもの(RAND)の2群に大別される。いずれが含まれるかは各火砕物固有の性質である。火山豆石が形成されるとき、構成粒子を結びつける膠着剤が氷の場合がCONC、水の場合がRANDになると考えられる。この推定は後者の場合について、1991年雲仙火山で降下した火山豆石の研究で立証された。火山豆石の内部構造の観察、直径・形状・間隙率・比重の測定を行い詳細に検討した結果、これらの性質と火砕物の噴出様式の差、すなわち降下堆積物(fall)/火砕流堆積物(flow)/ベースサージ堆積物(surge)の別とは密度な関係があることが明らかになった。CONCにはfallとflowの双方が、RANDにはfallとsurgeの場合がある。また、RANDはCONCよりも、間隙率と直径が小さい/見かけ比重が大きい/結晶と岩片が多くガラス片が少ない、という傾向が認められる。沖縄島呉我の火砕物には、一般的な例と異なりCONCとRANDの双方の火山豆石が共存している。含まれるガラスの化学組成を比較すると、基質はRANDと一致しCONCとは異なる。このことから、CONCは別の噴煙柱で生じ、火山豆石だけがこの火砕物に混入したものと推定される。火山豆石は火砕物中に頻繁に産出するので、個々の火砕物を理解するにあたって重要で、豆石の内部構造と諸性質を詳しく調べることによって、火砕物の生成機構が推定できる。
著者
小粥 祐子
出版者
昭和女子大学
雑誌
学苑 (ISSN:13480103)
巻号頁・発行日
no.809, pp.98-106, 2008-03
著者
北上 真生
出版者
神戸大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2007

当該年度においては、幕末期の宮中女房・庭田嗣子による記録に焦点をあてて検討を試みた。嗣子は、和宮親子内親王の降嫁に際して、典侍という宮中女房の身分のまま随行する。そして、嗣子は江戸城大奥において宮の動静を日次に記した『和宮御側日記』とともに、それを補完する別記を記録している。特に、別記の一つである「将軍昭徳院凶事留」は、宮中の女房によって将軍家茂の凶事が記録されるという、文学的概念にはそぐわない相貌を見せる。嗣子は、随行に際して、江戸城大奥においても御所の風儀(京風)を遵守し、皇女ひいては朝廷の威光を立て公武一和へ導くようにとの大命を帯びる。このようななかで、大奥の実権は和宮の姑である天璋院の掌中にあり、将軍正妻としての和宮の存在基盤は非常に脆弱なものであった。そこで、嗣子は、皇女の威光を立てて京風を守りつつも宮の夫である将軍家茂や天璋院に孝養・礼節を尽くすことで家風も落ち着き公武一和が結実すると和宮や御附女中に論し、京方と江戸方との拮抗を抑え、位階による身分秩序と家長を中心とした武門の家族秩序とを如何に整合付けるかを模索するのである。そして、和宮の大奥における存在基盤の確立を支える一具として記録が作成されるのである。しかし、和宮の家茂との結婚生活はわずか五年弱で終焉を迎え、家茂の死によって降嫁の意義が曖昧なものとなる。嗣子は和宮の行末の立場を案じ、妻たる御台所としての果たした役割と夫への礼節・孝養を示す最後の機会である凶事に焦点を絞り、和宮に視点を置いて宮の主体的な凶事への関わりを「将軍昭徳院御凶事記」として記し留めたのである。以上のように、複雑な様相を呈する近世期の女房日記の一特質を明らかにした。
著者
高木 靖文
出版者
名古屋大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
1995

本研究の課題は、近世大名家の城中における教育の実態の解明と、その様式や慣行の成立・発達の過程にみられる阻害的要因と促進的要因との間の相互関係の検討である。従来、城中教育の展開は、好学の藩主の恣意によるとされ、発展性や継続性を保証しない特異な事績として処理されてきた。何処で、どの様に、どんな科目を学んだかという検討が、学習様式や教育慣行の成立の解明に結びつかなかった。それは、城中という特殊性を過大に評価した結果であるが、必ずしも正確ではない。そこで、比較の基準として、初めに尾張徳川家の城中教育の問題を取り上げ、次いで岡山藩主池田家、加賀藩前田家、高田藩榊原家、新発田藩溝口家と対比し、同様の事態が存在したかどうか、阻害的要因・促進的要因はどの様な形で現れたかを検討したのである。その結果、以下の諸点が明らかになった。(1)城中は(江戸城に典型的に見られるように)、概ね3つの空間(奥・中奥・表)から成り立っており、多様で厳格な制約が勤務する武士・足軽の行動を縛っていた。それ故、家臣が自発的な学習の機会を設定することは困難で、個人的学習の場を外に求めるほかなかった。(2)中奥・表における教育の機会が組織されたのは、そのような制約の緩和によるが、固め・通用・座席などの規式は始終重要な意味を持ち、教育の形態を身分的・閉鎖的・儀式的にした。(3)幕末になると、城中の学習活動は盛んとなり、教育組織と構造を欠くものの「巨大な学校」の観を呈した。翻訳・会読・輪講・素読などが頻繁に行われ、御廉中が「透き聞き」をすることもあった。今後は、さらに多くの大名家の実態を検討し、以上の成果と比較しながら、両要因の影響関係の解明を進めたい。