- 著者
-
大塚 浩一
江口 拓
- 出版者
- 公益社団法人 日本理学療法士協会
- 雑誌
- 理学療法学Supplement Vol.40 Suppl. No.2 (第48回日本理学療法学術大会 抄録集)
- 巻号頁・発行日
- pp.48101327, 2013 (Released:2013-06-20)
【はじめに、目的】地域在住高齢者の身体活動量は外出形態に関連し,中でも自転車運転の活動量は在宅高齢者の余暇活動量や外出量との関連性が見られるとされる(角田.2007).自転車運転に関連する先行報告としては視覚性認知機能や片脚立位保持能力の関連性は指摘されているが,現在自転車運転動作においてこれといった評価法は存在しない.今回脊髄梗塞を発症し2年経過した症例を経験し,訪問リハビリテーション(以下訪問リハ)にて短期間の介入で実生活での自転車運転を獲得した症例について,考察を交えて報告する.【方法】対象は約3年前にTh8.9の範囲にて脊髄梗塞を発症した67歳女性.訪問リハは発症1年後に開始.理学所見としてMMT両下肢外転及び伸展4,体幹3レベル.両下肢の表在感覚及び深部感覚の鈍麻を認める.関節可動域は両膝関節屈曲120°と軽度制限有り.MMSE30点.身辺動作自立しており屋外歩行自立.発症前は自転車及び自動車での移動自立されていたが,発症後は非実施.訪問リハ時の聴取にて自転車走行の再獲得が希望として挙げられた.具体的な目標として「自転車を自走して買い物に行く」と定めて評価・介入を開始した.事前評価として行った片脚立位保持時間は左右共に10秒以上可能.Trail Making Test(以下TMT)はpartA32秒、partB1分12秒であった.そして自動車運転余裕評価の先行報告を参考に(自動車交通安全センター.2000),立位での足踏み運動に聴覚刺激による振り向き動作を組み合わせた二重課題を実施したが問題なく遂行可能であった.またスタンドをした状態でのペダル操作,片足での床面支持,外乱に対してのブレーキ維持といった自転車の前提動作(今井.2009)も問題なく実施可能であった.それらの評価を行った後に実際の運転練習に移った.【倫理的配慮、説明と同意】症例にはヘルシンキ宣言にのっとって発表に関する趣旨及びプライバシー保護について,また自転車運転のリスクについて十分な說明を行い,同意を得た.【結果】運転練習開始初期は、走り初めの低速時にハンドルの動揺が著明に観察され介助が必要な状態であった.そのためPTが後方で介助しながら乗り始めのハンドル・ペダル操作を反復して練習した.訪問リハの無い日には,片脚立位練習やスタンドをしてサドルに座り,片足支持やペダルに足を着く・離す動作の自主練習を指導した.訓練開始後15日目にて低速時の動揺が改善し,ペダルの踏み直しや状況に応じた停止・再発進も可能になり,直線50m以上の運転が自立して可能となった.その後指定場所における一時停止,駐車車両脇の通過をそれぞれ安全に実施できるかを確認した.訓練開始後28日目にて目標の買い物先までの運転動作を実際にPT同行のもとで2回実施した.いずれも安全に実施可能である事を確認した後に,症例の日中の買物時における自転車運転での移動自立とした.【考察】今回訪問リハにて脊髄梗塞患者に対し自転車運転自立を目指して介入を実施した結果,運転自立の獲得に至った症例を経験した.先行研究を元に事前評価を実施しその後実演項目を経て自立に至ったが,実演項目における自転車運転の運動技能の評価についてはこれといった評価法や先行報告は存在しない.運動技能の要因として外界の状況の把握能力,動きの速さ,動きの正確さ,持続性があるとされる.そしてその評価としては,動作場面での誤りの減少や自由度の増加,そして努力量の減少にてある程度の評価が可能である事が示唆されている(丸山.2002).今回本症例に対して行った事前評価では,視覚性注意機能や身体機能面そして二重課題において著明な問題を認めなかった.その後実際の実演項目による運動技能の経過観察にて,低速時のブレに対して予期を働かせて上肢や体幹による動きの正確性に改善が見られた.更に外界や身体の状況に応じて適切に運転を中断する,再開するといった状況把握能力や一定距離を運転し続ける持続性も身についていった.それらの経過から症例は自転車運転の技能向上を認め,自立に至る事が出来たものと考えた.【理学療法学研究としての意義】高齢者の自転車運転については,自動車の運転同様自転車運転の自信が年代とともに上がる現象が見られており、自分の運転能力を客観的に評価させることも必要であるとされる(元田.2001).高齢者にとって重要な移動形態の一つである自転車運転の実用性の評価に対して,今回実施した先行研究による身体機能面・認知機能面の評価更には運動技能の観点からの理学療法士による客観的な評価・介入は有用な可能性がある.今後は地域在住高齢者を対象により妥当性のある評価方法の検討を進めていきたい.