著者
二宮 敏行 深道 和明 竹内 伸 増本 健 新宮 秀夫 小川 泰
出版者
東京大学
雑誌
総合研究(A)
巻号頁・発行日
1986

クエイサイクリスタル(準結晶)は,從来の結晶学では存在しないとされていた対称性を持ち,1984年の発見以来,急速に発展しつつある新しい個体研究の分野である. 昭和63年度から重点領域研究「準結晶の構造と物性」が発足することを考慮し,本研究班の研究会は,広く準結晶に興味を持ち研究を進めている人人を含めて,62年11月に開催された.本年度の主な成果は次の通りである.1.準結晶構造の幾何学準結晶構造については,これまで主として,5回対称,20面体対称についての議論が多かったが,8回対称,24面体対称についての具体的モデルなどが提出された. これは,最近中国で実験的に見出された構造(NiーCr系)と対応するもので,準結晶の物理の具体的な広がりをもたらすものである.2.電子状態一次元系について,電子波束の伝播の様子の特異性などが調べられた. これは,重点領域研究で予定されている一次元準周期超格子中の電子の振舞についての実験に示唆を与えるものである. 一次元系の電子状態の理論的扱いに,新しくLie代数の方法などが提出された. また,二次元系についても,あるタイプの厳密解や,電気伝導などが調べられた.3.試料作成,物性準結晶に予想される特異な物性を実験的に観測するためには,良い試料を得ることが必須である. 普通の冷却法で作られ,融点直下での焼鈍に安定な準結晶Al_<65> Cu_<20> Fe_<15>が見出された. この試料は単相で0.2mmの大きさに達しており,成長機構の解明や物性の測定に重要な役割を果すと期待される. また, ひずみの小さな準結晶の作成のため,4元合金(磁性,非磁性のもの)の開発が行われた.
著者
土井 悦四郎 小林 猛 久保田 清 河村 幸雄 上野川 修一 松野 隆一
出版者
京都大学
雑誌
総合研究(A)
巻号頁・発行日
1991

本研究班は2グループよりなる。1のグループは、化学工学的手法を用いて研究を行い、2のグループは、分子論的手法を用いて、研究し、両者の討論により研究を進めてきた。1のグループは、食品のマイクロ波加熱を、速度論的に解析する手法を開発し、エクストルージョンクッキング、高周波処理による水分収着挙動を熱力学関数による解析を行った(久保田)。高度不飽和脂肪酸の包括、粉末化による酸化抑制効果を包括剤としてマルトデキストリン、プルラン、カゼインナトリウウム、及びゼラチンを使用し、酸素透過速度により評価した。そして拡散速度が、膜の含水率に依存する事を見いだした(松野)水/油/乳化剤の三成分よりなるW/O/W型エマルシヨンについて分散小胞粒子の水透過性、ゼーター電位に及ぼす小糖類の影響を詳細に調べた(松本)。2のグループは、モノクローナル抗体を用いて、β-ラクトグロブリンの変性構造の中間状態における立体配置を検出することに成功した(上野川)。α-ラクトアルブミン、β-ラクトグロブリンの混合系あるいは他のタンパク質の加熱ゲルの構造と、ゲル形成機構を明らかにした。大豆タンパク質の加工特性並びに生理機能(抗高血圧症)の分子機構を検討した(河村)。卵白アルブミン、血清アルブミン、リゾチームなどの各種食品タンパク質の加熱ゲル形成過程を詳細に検討し、普遍性のあるゲル網目構造の形成機構に関するモデルを構築し、その妥当性を証明した(土井、中村)。1と2のグループの結果を総合して食品物性の分子論的知見と化学工学的手法による結果の矛盾点を討論し、食品物性研究の新しい方向を見いだした。以上の結果は今後のわが国の食品科学研究にたいして新しい方向を与え、食品製造、加工の実用面にも大いに貢献するものである。
著者
福島 康記 菊間 満 有永 明人 加藤 衛拡 赤羽 武 永田 信
出版者
東京大学
雑誌
総合研究(A)
巻号頁・発行日
1987

林野所有権の特徴は、耕地のそれのロ-マ法的な単一絶対的性格に対して、過渡的性格を広く残しているところにある。地租改正・林野官民有区分とその後の林野政策において大面積の入会地の国公有化を図り、そのことが、各地に複雑な過渡的所有を生んでいったのである。国有林野においても、様々な地元利用の制度化にみられるように、部分的な利用権を認めたうえではじめて成立する所有権でしかなかった。山梨県有林もその例であり、入会団体の保護義務の代償に産物・土地売り払い代金と土地利用代金の一部交付など、現代に至るまで地元関係を存続させている。最近の共有地の観光開発に関して、開発の形態や利益の地元保留など所有形態が一定の影響を与えている。現代経済体制は資本がすべてに優越し、林野的土地問題は一国の資源・土地問題の一環に組み込まれているのだが、林業内部の矛盾は林野的所有の資本に対する優位として現れ、小規模所有者にあっては林業放棄を、大規模所有者にあっては伐採規模縮小と伐採の間断化をもたらしたが、そのことが素析生産に重くのしかかり、業者数の著しい減少が見られる。農家の林業について、農山村畑作地帯の複合経営農家において、間伐期を迎えて間伐木の自家生産が収益を生むようになり林業への積極性が生まれ、林業が農林家の再生産の安定的契機になろうとしている地域がある。諸外国においても、環境保護対策やレクリエ-ション需要の高まりに対応するため、森林所有権に対する制限が課せられる趨勢にある。アメリカ合衆国のいくつかの州において林業施業に対する制限が強化され、ドイツにおいて連邦森林法が制定されて、森林を国民休養の場として利用する休養林と入林権の規定が設けられた。
著者
井上 直彦 平山 宗宏 埴原 和郎 井上 昌一 伊藤 学而 足立 己幸
出版者
東京大学
雑誌
総合研究(A)
巻号頁・発行日
1985

昭和60年度より3年間にわたる研究を通じて, 人類の食生活と咀嚼器官の退化に関する, 現代人および古人骨についての膨大な資料を蓄積した. これらについての一次データと基礎統計については7冊の資料集としてまとめた. ここでは3年間にわたる研究結果の概要を示すが, 収集した資料の量が多いため, 今後さらに解析作業を継続し, より高次の, 詳細な結論に到達したい. 現在までに得られた主な結論は次の通りである.1.咀嚼杆能量は節電位の積分値として表現することが可能であり, 一般集団の調査のための実用的な方法として活用することができる.2.一般集団におけるスクリーニングに際しては, チューインガム法による咀嚼能力の測定が可能であり, そのための実用的な手法を開発した.3.沖縄県宮古地方で7地区の食料品の流通調査を行ったところ, この地方では現在食生活の都市化がきわめて急速に進行しつつあり, すでに全島にわたる均一化が進んでいることが知られた.4.個人群の解析により, 繊維性食品の摂取や咀嚼杆能量が咀嚼器官の退化と発達の低下に重大な影響を与えていることが確認された.5.地区世代別の群についての解析では, 骨格型要因, 咀嚼杆能量, 偏食, 繊維性食品, 流し込み食事などが咀嚼器官の発達の低下に強く関連していることが知られた.6.古人骨の調査では, 北海道, サハリンなどに抜歯風習があったことが知られた. このことと関連して, 古人骨調査が咀嚼器官の退化や歯科疾患の研究のみではなく, 文化と形質との相互関係を知るためにも有効であることが知られた.7.今後の方向として時代的, 民族学的研究, 臨床的, 保健学的研究, 文化と形質の相互関係などが示唆された.
著者
神邊 靖光 生馬 寛信 新谷 恭明 竹下 喜久男 吉岡 栄 名倉 英三郎 橋本 昭彦 井原 政純 高木 靖文 阿部 崇慶 入江 宏
出版者
兵庫教育大学
雑誌
総合研究(A)
巻号頁・発行日
1988

幕末から明治維新を経て「学制」領布に至る間、幕藩体制下に設立された藩校と、明治初年の藩校・明治新政府の管轄下に設けられた諸学校と、の教育の目的・内容・方法の変化・相違点は学校の組織化にあるということを課題とし、この課題を実証的に解明すること、その過程に見出される教育の本質・属性の連続・非連続の問題も併せて考究することを意図してこの研究は進められた。藩校は江戸後期に急増するが、士道の振気と、藩財政の窮乏を打開するために儒教倫理にもとづく教育による人材の育成を目的として設立されたという点では、共通の課題を持っていた。しかし藩校の制度の定型はなく、また各藩の教育外条件は一様ではなかったので、250に及ぶ藩校は、250の様態をもっていた。更に洋学の受容、外圧という条件が加わると、学ぶべき洋学の選択、外圧の影響の強弱によって藩校は多様化を一層進めてゆくことになった。加えて幕末の国内情勢の二分化により、学校観も多様化した。幕末までの学校は、制度・組織を先例に倣って類似的に完結されていたが、外国の規制度に関する知識を直接に或は間接的に学ぶことによって、更に明治新政府の対藩政策によって学校改革の必要に迫られる。そのため伝統的な閉鎖的・個別的な性格から脱皮しなければならなくなり、自律的に或は他律的に共通性をもった相似的なものへと変化していった。このような経緯・動向が「学制」に示された、組織化を推進しようとする学校制度の実施を容易ならしめたのである。本研究は藩校教育を核として、幕末維新期の教育の各領域における組織化の過程を今後も継続してい くことになっている。平成2年3月、3年3月に、幕末維新期の学校調査、昌平坂学問所、5藩校、郷学校、数学教育、医学教育、お雇い教師に関する11編の報告を発表した。平成4年には、藩校、儒学教育、数学教育、芸道教育に関する報告をおこなう。
著者
廣海 啓太郎 赤坂 一之 三井 幸雄 太田 隆久 三浦 謹一郎 石井 信一
出版者
京都大学
雑誌
総合研究(A)
巻号頁・発行日
1987

本報告中では、SSIは「放線菌のズブチリシンインヒビタ-」を、SMPIは「放線菌の金属プロテア-ゼインヒビタ-」を表す。SSIが放線菌金属プロテア-ゼSGMPA及びSGMPBを強く阻害することを見出し、新規蛍光性基質を用いて阻害物質定数を決定した(石井)。遺伝子工学的手法を用いてSSIの種々のアミノ酸残基を置換し、これら変異体の特性ならびにSSI遺伝子発現系の特性を明らかにした(三浦)。SSIに対するモノクロ-ナル抗体の作成を試み、数種のIgG1及びIgM産生クロ-ンを確立し、NMRによるエピト-プ解析を行った(荒田)。シンクロトロン放射光を用いてSSI及び変異型SSIとズブチリシンとの複合体の結晶のX線回折デ-タの収集に成功し、これに基づく構造精密化を行った(三井)。耐熱性プロテア-ゼ、アクアライシンI、の遺伝子の全塩基配列を決定し、大腸菌中で発現させ、本酵素の構造と機能を解析した。(太田)。クロ-ン化した遺伝子を用いるSMPIの生産において、菌体外分泌生産量を増大する条件を検討した(高橋)。蛋白質についての安定同位体利用NMR法を確立し、部位特異的アミノ酸置換がSSIの高次構造に及ぼす効果を解析した(甲斐荘)。SSI変異体につき重水素NMR法により分子構造の「ゆらぎ」を解析した(赤坂)。SH/SS化合物の電気化学的微量分析法を確立した(千田)。SSI変異体とズブチリン及びSMPPIとサ-モリシンの相互作用を平衡論的・速度論的に解析した(廣海・外村)。海洋細菌から新規ペプチド性セリンプロテア-ゼインヒビタ-、マリノスタチンD、を単離し一次構造を決定した(原)。ペプスタチン非感受性の酸性プロテア-ゼの新規インヒビタ-、チロスタチン、を単離し一次構造を決定した(小田)。好熱菌から単離した新規耐熱性酸性プロテア-ゼの特徴ある性質と極めて高い基質特異性を明らかにした(村尾)。
著者
徳永 幹雄 山中 寛 山本 勝昭 高柳 茂美 橋本 公雄 秦泉寺 尚 岡村 豊太郎 佐々本 稔
出版者
九州大学
雑誌
総合研究(A)
巻号頁・発行日
1992

13名の共同研究者によって、運動・スポーツの短期的・長期的効果について総合的研究を行い、次のような結果を得た。1.感情に及ぼす効果1)婦人のテニス活動での感情は、激しい運動中に最も高まり、その時の感情は乳酸とはマイナス相関、ACTHやベータ・エンドルフィンではプラス相関がみられた。しかし、運動後はその相関は低くなった。2)快的自己ペース走による気分の高揚は運動後少なくとも30分継続した。3)バドミントンの体育授業での感情は授業内容によって異なった。2.心理的能力に及ぼす効果1)国体選手は経験年数や大会参加経験によって心理的競技能力が高められていることが明らかにされた。2)体育系クラブ経験者は、日常生活の心理的対処能力が優れていた。3.生きがい・健康度に及ぼす効果1)世界ベテランズ陸上競技大会の参加選手は、「生きがい」意識レベルが高く、幸福な老年期を迎えていることが推察された。2)身体的活動量が多い高齢者は、精神的健康度も高かった。3)降圧を目的とした高齢者のテニス教室は「生きがい」にも影響した。4.自己効力感・自己概念に及ぼす効果1)体操の授業で学習者の構えが、自己効力感に影響を与えた。2)児童の水泳プログラムで水泳効力感が高まった。3)体育学部学生の自己概念は4年間で有意に変化した。5.精神の安定・集中に及ぼす効果1)大学生や予備校生のストレス症状は運動歴や態度と相関が高かった。2)寒暑耐性と運動経験年数に相関がみられた。3)身体運動が精神的作業能力に良い影響をもたらすことが示唆された。
著者
金子 勇 稲月 正 町村 敬志 松本 康 園部 雅久 森岡 清志
出版者
北海道大学
雑誌
総合研究(A)
巻号頁・発行日
1993

現代都市で高齢化が進むにつれて、そこに生きる高齢者の多くかできるだけ長く社会との関わりを持とうとしている。それが自分自身の近未来の幸せであるという意識である。年金が遅く支給されることが高齢者を仕事に駆り立てるのではなく、主な理由は生きがいと健康のためにある。社会参加のキッカケとしての仕事から離れると、高齢者がそれを見付けることは困難なので、できるだけ自分を生かせるものならば何でも行なっているのが現状である。それは高齢者が「後期高齢者」の介護をすることまでも含む。調査結果からみると、高齢者のほとんどがとにかく熱心に社会との関わりを探すライフスタイルを採っていた。だから、退職の年齢になっても、高齢者はできるだけさまざまなルートで社会参加の道を探し、公的な雇用や伝統的な雇用関係にとどまらない。たとえその仕事が自分の現役時代のそれより評価が低くても、十分な満足が得られない報酬であっても、高齢者は一生懸命に探しだした仕事に取り組む。日本の都市では、自営業の経験は地域社会との関わりを必然的にもたらすので、この特徴を生かすことから地域社会での参加の方向を考え直すことができる。なぜなら、地域社会での役割活動の評価は特に高くはないが、ゆるやかで融通がきくことも長所に数えられるから。今回の高齢者ライフスタイル調査研究からは、その興味深い生活史に支えられたさまざまの人生観から多くの生き方が学べた。そのうえで、高齢者にとって、経済的な理由からの社会活動としての職業参加を超えて、健康の維持や生きがいさらには残り20年の積極的な人生のためにも、働く、役割をもつ、経験する、一緒に何かを行なうことなどの一連の行為の重要性が解明された。
著者
有賀 弘 高橋 進 曽根 泰教 坂野 潤治 半沢 孝麿 佐々木 毅
出版者
東京大学
雑誌
総合研究(A)
巻号頁・発行日
1986

本研究の目的は, 政治過程における議会の機能を政治思想史的, 政治史的, 現状分析的に多角的に検討することにある. こうした政治学的なアプローチを駆使することによって, 単なる法制度論のレベルで終わりがちだった議会制の研究は, より一層の前進を見ることができるのである.本研究による第一の成果は, 20世紀に入ってからの行政国家化, 福祉国家化とともに議会機能が低下したという通説的な理解である議会無能論ないしは議会無用論に対して, 再検討を加えた結果, 次の点が明らかになったことである. (1)シンボル・統合機能, (2)立法機能, (3)代表機能, (4)(議院内閣制における)行政部形成機能, (5)争点明示機能, (6)行政部統制機能, (7)政治的補充機能などのすべての議会機能が一様に低下したのではない. むしろ「政治」課題や案件の増大に伴って, 政策形成や決定の機能は, 議会だけでなく行政部や政党, マス・メディアや「運動」などの政治的生体に分担されるようになったが, その多くは, 議会の媒介的機能を通じて政治の「場」に登場してきているという点である.第二の成果は, 従来の議会研究においては, 議会制民主主義のモデルとしてのイギリスや強い影響力をもつアメリカの議会がおもに歴史的視点に立って分析されてきたが,本研究においては, 両国だけでなくドイツ, イタリア, オランダそして日本の議会も分析の対象とし, しかも比較的最近の動向まで扱っているために, かなり網羅的になった点である.とくに日本の議会制については, 戦前の帝国議会と戦後の国会の双方を扱い, しかも議会機能の諸モデルの検討や代替モデルの仮説的提示, 各種の事例やデータによる分析を行っており, 包括的な検討が加えられた.本研究の成果は, 今後さらに議会研究を進める際, その重要な拠り所となるであろう.
著者
安田 二郎 津田 芳郎 中村 圭爾 吉川 忠夫 山田 勝芳 寺田 隆信
出版者
東北大学
雑誌
総合研究(A)
巻号頁・発行日
1992

中国の知識人(士大夫)層の「歴史」との関わり方の諸相を、春秋時代から清末までにわたって幅広く発掘し、各々の時代性と関連づけて解明した。主要な成果の一部を紹介すれば、以下の如くである。(1).漢武帝が、季陵の家族や司馬遷に下した厳罰は純然たる司法処置であって、怒りにまかせた感情的行為とするのは、三国期に出現した新解釈であり、ここには古代的漢武帝像から中世的武帝像への展開を見出し得る。(2).『晋書』の日食記事には、実際には観測不可能な夜日食、わらには非日食さえもが数多く見出される。地上における政治的混乱は必ず天文現象に反映するという、編纂者たちがいだく天人相関理論に対する確信が、かかる虚偽記事を記さしめた理由の一として指摘できる。この事実は、中国中世における歴史叙述の特殊な性格をうかがわせる。(3).梟雄桓温の野望を抑えることを現実的な動機とした習鑿歯『漢晋春秋』が、魏をしりぞけて蜀を正統とした理由は、司馬氏一族が魏代に行った悪業を免罪することにあり、かかる視点の設定が、司馬昭の魏帝弑殺の事実を直書することをはじめて可能とさせ、鑒誠の実をあげしめた。(4).『新唐書』には、唐代の知識人が開陳した見解をそのまま利用しているケースがいくつも確認される。中国近世独裁体制下における修史事業の複雑微妙さを考えさせる。(5).司馬光『資治通鑑』刊行後、近世士大夫層の歴史理解が専らそれに依存したというばかりでなく、征服諸王朝下においても各々の国語に翻訳され、非漢民族支配層の好箇の教本として愛読され活用された。(6).金石資史料は、既存文献とは異なる情報を数多く与えてくれるが、特に墓誌銘の場合には、極度な虚飾を加えた記述も少くはなく、利用には慎重を要する。
著者
山田 利明 三浦 国雄 堀池 信夫 福井 文雅 舘野 正美 坂出 祥伸 前田 繁樹
出版者
東洋大学
雑誌
総合研究(A)
巻号頁・発行日
1991

平成3・4年度にわたる研究活動は、主に分担課題に対しての研究発表と、提出された資料の分折・カード化などを行い、分担者全員にそれらのコピーを送付して、更なる研究の深化を図った。それぞれの分担者による成果について記すと、山田は、フランスにおける道教研究の手法について、宗教研究と哲学研究の2方法とに分けて論じ、坂出は、フランスの外交官モーリス・クランの漠籍目録によって、フランスの中国宗教研究の歴史を論じ、舘野は、道家思想にあらわれた時空論のヨーロッパ的解釈を論じ、田中は、中国仏教思想のフランスにおける研究法を分折し、福井は、フランス所在の漠籍文献の蔵所とその内容を明らかにし、さらに、堀池は近安フランスの哲学者の中にある中国思想・宗教の解釈がいかなるものかを分折し、前田は、フランスの宗教学者による宗教研究の方法論を論じ、三浦は、フランスのインド学者フェリオザのヨーガ理解を分折し、宮沢は、フランス発行の『宗教大事典』によって、フランスにおける中国宗教研究の理解を論じた。以上の所論は『成果報告書』に詳しいが、総体的にいえば、フランスの東洋学が宗教に着目したのは、それを社会現象として捉えようとする学問方法から発している。二十世紀初頭からの科学的・論理的学設の展開の中で、多くの研究分野を総合化した形態で中国研究が発達したことが、こうした方法論の基盤となるが、それはまた中国研究の視野の拡大でもあった。本研究は、フランスの中国宗教研究を、以上のように位置づけてみた。つまり、フランスにおける中国宗教の研究についての観点が多岐にわたるのは、その研究法の多様性にあるが、しかしその基盤的な立脚点はいずれも、社会との接点を求めようとするところにある。
著者
示村 悦二郎 青木 宗也 矢野 眞和 中西 又三 舘 昭 清水 一彦 今野 雅裕
出版者
北陸先端科学技術大学院大学
雑誌
総合研究(A)
巻号頁・発行日
1993

平成3年6月に改正された大学設置基準は、各大学がそれぞれの教育理念・目的に基づいて個性豊かな教育を自由に展開していくことを可能にするとともに、その教育研究活動を自らの手で点検・評価することを求めている。本研究は、大学設置基準の改正以降の各大学のカリキュラム改革や自己点検・評価の状況など大学改革の実施状況を把握し、これについて調査研究するものである。平成5年度は、既存の関連調査等の資料やデータの収集・分析をもとに、改正された大学設置基準及び大学審議会答申等の趣旨がどの程度実現されているか、各大学・学部の理念・目的が十分反映された改革が行われているか、という視点に立って、改革の具体的な内容や方法も引き出せるような設問と選択肢の作成を行った。平成6年度は、前年度から準備を進めてきた、わが国の全大学・学部を対称としたアンケート調査を実施した。回収率は約95%という高率であった。解答には自由記述が多く、定量的な調査ではくみ取れぬような改革状況をかなり正確に把握できるものであったので、可能な限り原票に忠実に調査結果の集計作業を進めた。平成7年度は、前年度実施したアンケート調査の集計結果をもとに分析・検討作業を進めた。その際、(1)学生の受け入れに関する改革、(2)教育課程の改革、(3)教育方法の改善、(4)教員組織の改革、(5)研究条件の改革、(6)生涯学習、(7)学生生活への配慮、(8)自己点検・評価といった項目ごとに分析・検討を行った。その結果、改革は各方面にわたっているが、とりわけ一般教養的教育をはじめとする教育課程の改革が進んでいること、また、自己点検・評価については、その組織体性が整い、実施に積極的な姿勢を見せてはいるものの、その結果の公表についてはどちらかといえば消極的であること、などが明らかになった。
著者
入谷 明 森 誠 東篠 英昭 山村 研一 山田 淳三 内海 恭三 辻 荘一
出版者
京都大学
雑誌
総合研究(A)
巻号頁・発行日
1987

個体レベルで生体の機能との関連において遺伝子の発現機構を研究する手段として外来遺伝子を受精卵に導入する技術が開発されている。この技術を家畜家禽の受精卵に利用し、育種的改良技術への応用をも期待されるようになった。本研究では、外来遺伝子導入の為の発生学的手法の開発、遺伝子のクローニングとマッピング及び導入遺伝子による発現機構の解析を哺乳動物と家禽を用いて行なう。材料としての卵子の供給を円滑にする為に豚卵母細胞の冷却保存法を試みたが、20℃への感作でも発生能は著しく阻害された。牛や鶏の体外受精法によって、牛卵子では産仔まで発育することが、鶏卵子では精子の進入過程が詳細に明らかにされた。遺伝子導入実験の際の標識となる遺伝子の探索とクローニングが行なわれた。鳥類の性分化を司る遺伝子に焦点をあて、雌から雄への性転換を引き起こす因子の同定と発現を試みる為初期胚に精巣を移植した。その結果性腺は精巣に特有の構造を呈し、未分化性腺に作用して精巣化する未知の物質の存在が知られた。さらにラット肝臓のOTC遺伝子DNAをプローブとして鶏ヒナ肝臓DNAから2種のmRNAを得た。将来このOTC遺伝子を使って遺伝子導入制御機構の変異を解析する予定である。又、ラットを使ってアンギオテンシノーゲン遺伝子の多型の分析から3型の変化が第19染色体上にあることが同定されたので、今後の系統同定やモニタリングへの利用が期待される。ヒト成長ホルモン遺伝子DNAをプローブとしてヤギ下垂体よりcDNAを取り出し、MTプロモーターが置換された構造遺伝子を作り、マウス受精卵へ注入した。マウス卵子への遺伝子導入法を用いた発現機構の解析が、ヒトA-γ鎖とβ鎖の連結遺伝子とヒトプレアルブミン遺伝子で行なわれた。初期発生と成体ではγ遺伝子とβ遺伝子の発現時期が異なり、アルブミン構造遺伝子は肝臓や脳で特異的に発現した。
著者
小川 晴久 吾妻 重二 柳沢 南 酒井 シヅ 壺井 秀生 末木 剛博 橋尾 四郎
出版者
東京大学
雑誌
総合研究(A)
巻号頁・発行日
1990

初年度にひき続き『贅語』全六帙の原文の書き下し文作りと注釈(出典,語釈,難読箇所の解釈)の作業を鋭意進めてきたと言う以外に別に述べることも少ない。それを仕上げることが研究実績であるからである。『玄語』が形式上他人の引用がないのに比し(ただし実質的な引用があることは昨年度のこの欄で指摘した),『贅語』はまさに従来の諸見解の吟味の場という意味で引用の世界であると言ってよい。その引用の形式上の特徴は前回記したので再言はしない。ただ今回は天人帙,天命第二を例にとりあげ,引用の実質的な意味について考えてみたい。そこでは「五十にして天命を知る」という論語の命題の意味を『孔子家族』の文章をもとに考察し,「為不為者、在己者也、成不成者。有天者也。天者、無意而成、命者。無致而至。」という梅園の天命理解を孔子の天命観で論証する形をとっている。また論語の「夫子の性と天道を言ふは得て聞きくべからざるのみ」という子貢の言をもとに,性と天道を「聖門の第一義」となした後儒を厳しく批判している。荀子を引用して己れに在る側のもの(すなわち自分の意志で自由になるもの)を修める君子のあり方を強調している点も注目される。総じて先秦時代の遺産(とくに孔子を核とする)を重視し,それによって自説を根拠づけている形式が天命第二から確認できる。朱子学を絶対化せず孔子自身や先秦に帰ろうとする古学の傾向を梅園においても確認することができよう。『贅語』は学説史批判の書といってもよいが,より正格に言えば従来の見解を取舍して,自説を根拠づける作品であるのがその性格である。『贅語』が『玄語』の注であるとは,まさにこの意味である。そして注とは本来このような積極的な意味をもつべきものであろう。かくして『贅語』の各帙(各巻)の章別構成をながめると,ある共通の体系(構成)が看取できそうである。贅語は贅疣ならめ梅園の学問世界の論証の場であった。
著者
水江 一弘 清水 誠 松宮 義晴 竹村 暘 井田 斉 村松 毅
出版者
長崎大学
雑誌
総合研究(A)
巻号頁・発行日
1985

遠洋性のクロトガリザメを南西太平洋で練習船鶴洋丸の旋網実習で本年も多数漁獲し、雌雄の性的成熟体長・生殖分娩の時期・妊娠尾数などを明らかにし,年齢成長を知るため、現在、脊椎骨研摩標本作製中(水江)。サメ類乳酸脱水素酵素の遺伝的特性を知る目的でラブカの3つのアイソザイムを単離し、速度論的解析をした。ネズミザメ・アオザメ・ヨシキリザメ等の同酵素のアイソザイム分布を調べ、単離を試みた(村松)。本年度はウシエイ・カラスエイ・ナヌカザメ・トラザメ・などの6種類について、それらの核型を明らかにすることが出来た。これらの結果は87年発行の魚類学雑誌に投稿準備中である(井田)。ガンギエイ類の食性はその遊泳力に影響され、小型魚のときは、かなり雑食性を示すが、大型になるにつれ魚食性が顕著になる。胃内容量は体重の平均1〜2%,最大3-4%であった(竹村)。最適化技法により、板鰓類の適応戦略を模索した。卵数とサイズの進化,性比の包括適応度,成長と死亡の戦略,棲み場所と採餌の適応単位を題材として、仮説と知見を比較検討した(松宮)。エドアブラザメ,ラブカなど6種のサメについて、筋肉・肝臓の重金属(Hg,Zn,Fe,Cu)濃度を検討した。何れも従来のサメ類の分析値の範囲にあった(清水)。生態を異にする各種板鰓類の網膜および松果体の微細構造と感光色素などを調べ、いづれの結果も環境水中の光分布と大きな相関が得られた(丹羽)。板鰓類の歯の形態と組織構造について、食性および系統との関係を検討した。また、日本のペルム紀から第四紀の板鰓類の歯と皮歯の化石を、現生種との比較により研究した(後藤)。銚子沖および松生場,小笠原諸島周辺ならびにハンコック海山から採集した板鰓類の標本を比較検討したところ、それらの形態に地理的変異が存在することが明らかとなった(谷内)。プランクトン食性のウバザメの脳はミツクリザメおよびラブカと同様に深海性であることを示唆する形態を示し,ウバザメと食性が同じであるジンベエザメの脳には、強大な遊泳力の反映がみられる(佐藤)。
著者
長谷川 紘司 加藤 伊八 池田 克己 高江洲 義矩 末高 武彦 加藤 熈
出版者
昭和大学
雑誌
総合研究(A)
巻号頁・発行日
1993

歯周炎予防プログラム作成に当たり最も重要な基礎的知見はその自然史である。岡本、長谷川は各々異なる特性集団にて、同一個体の経年的調査を行った。長谷川の調査ではポケットの変化よりもアタッチメントレベルの変化が大きく、年齢とともに増加し、特に25才以降で顕著であった。またポケットが深い方が浅い方よりもアッタチメントロスがおきやすかった。岡本の調査では、歯周病の進行は個人差、部位差が大きく、高齢者ほど進行が顕著であった。また歯肉炎から歯周炎への変遷を明解にし、若年者からの予防対策が必要である。この観点から、堀内、高江洲は若年者における歯周病変の実態とコホート調査および予防処置の効果について検索した。同時にCPITNの問題点の指摘も行われるとともに、被予防処置群では全体的には指標の改善が見られたことが報告されている。末高、加藤熈は成人の多数集団についてCPITNの調査を行った。その結果、年齢階級が高まるにつれて最大値が高くなり、さらに口腔清掃状態との関連についてその強い相関を報告している。高齢者における歯科的所見について中垣はケースコントロールスタディーで面接法にて報告している。その結果、残存歯は前歯部が、欠損歯は臼歯部に多く、8020達成者においては、若い時期における甘味に対する依存度や間食傾向がその残存歯数に大きく影響していることが示された。岩山は咬合回復可能年齢を検討した結果、50才前半で治療を行うことが安定した臼歯部の咬合支持を維持するのに必要だと示唆した。歯科保健状況については地域差が極めて大きい。これについては加藤伊八が高齢化地区でかつ常勤歯科医師の存在しない離島にて調査し、残存歯が歯科疾患実態調査と比べ著しく悪いことを報告し、現在は口腔衛生指導実施による改善程度について検索している。池田は歯周炎患者の生活習慣・環境と病変の進行程度との関連を調査し、環境要因としては、居住地域、職業、喫煙、飲酒、歯磨き習慣や歯磨き時の出血、宿主要因としては性別、全身健康総合判定などが、歯周病の進展程度と強く関連していることを示唆している。集団保健指導のあり方は、個別指導と異なる点が多くその有効性からの検討が渡邊により実施された。その結果、歯科保健指導は毎月一回、三回行うことが有効であった。宮武は歯科疾患実態調査、国民生活基礎調査、患者調査などの結果を分析し、有所見者率が高率であるにも関わらず、有訴者率が低率であることを指摘した。しかし近年歯周病の有訴者のうち、受療者は43.1%(1986)から59.0%(1992)と増加していた。これは歯科保健事業の拡大の結果とも考えられ、今後さらに進展が期待される。歯周病に対する行動科学的状況について、岩本は自己記入式質問紙(デンタルチェッカー(R))の結果と歯周病の状況に高い関連性を認め、また集団への利用により歯周病の自己確認や予防プログラムの確立への可能性を示唆した。以上の結果より、歯周病予防を行う上では比較的若年者を対象とした方が予防効果が高いと思われた。また歯周病の自己認識も乏しいことから集団を対象とした質問用紙などの利用により、疾病の自己認識を高めていくことも予防を行う上で重要であると思われる。
著者
坂野 昇平 平島 崇男 鳥海 光弘 鈴木 尭士 大貫 仁 原 郁夫
出版者
京都大学
雑誌
総合研究(A)
巻号頁・発行日
1986

昭和61年度は, 各自の野外調査と討論会を開いた. 討論会は11月22・23の両日, 京都府立セミナーハウスにて開催した. 参加者は総研メンバー・院生併せて38名に及び, 三波川帯に関する巾広い分野からの話題提供が行われた. 名発表に対して活発な議論が展開され, 大変レベルの高い討論会であった. 原岩年代論・変成相系列・変成年代については大方の意見の一致を見たが, 構造論と熱構造については意見の一致が得られなかった. 特に注目を集めた報告は, 板谷によるK-Ar年代測定であった. 彼は四国中央部汗見川で約70個の年代測定を行ない, 変成度や熱構造との関連を報告した. この研究により, 三波川帯は変成年代測定でも世界的レベルに達した. これ以外では, 横山による, 四国の第三条久万属群からの, 現在露出している三波川変成岩と同じか, それよりも高変成度の岩石由来の礫岩の発見, 高須・上阪による, 四国中央部五良津角内岩体からの異なる熱史を持ったエクロジャイトの発見も注目された. 討論会の発表内容は総研ニュースレターとして印刷し関係者に配布した.昭和62年度は討論会を開くにはやや予算が不足していたので, メンバー各自が野外調査を行うとともに, 自費研修として, 京都・舞鶴・徳島で開かれるオフィオライト野外討論会(昭和63年3月6-15日)に参加することとした. 総研報告書は, 昨年度の討論会の内容をもとに編集中である. また, 三波川変成帯の岩石学を中心とし, 世界各地の高圧変成帯の解説を加えた特集『高圧変成帯の岩石学』を月刊『地球』で発刊することにし, 現在原稿の編集中である. さらに, 三波川帯の原岩論・熱構造・時代論をJournal Metamorphic Geologyの特集号として出版する計画をたて, 編集部の内諾を得ている.
著者
内嶋 善兵衛 大島 康行 浦部 達夫 吉川 友章 丸山 隆司 清野 豁 OHKITA Takeshi 大北 威
出版者
お茶の水女子大学
雑誌
総合研究(A)
巻号頁・発行日
1989

人為的な環境変化,とくに温室効果ガスによる気候温暖化と放射能汚染とに焦点をしぼって,気候変化と自然植生・作物生産および原爆・原子炉事故による放射能汚染の広がりを3年間わたって研究した。その結果は次のように要約できる。1.水田水温環境への気候温暖化の影響は顕著で,現在より2〜4℃高まり、安全移植期は2週間早まることが分かった。水温上昇により水面蒸発は気温上昇あたり3〜6%増加し,温暖化気候下(2100年頃)では10%以上蒸発が増大する可能性がある。2.作物収量へのCO_2直接効果と気候温暖化の影響を評価するため,作物モデルと気候シナリオを利用した。イネは現行農法下では減収となるが、早生品種導入を試みると増収が予想され,増収率は北日本で大きくなった。トウモロコシ・コムギは降水変動の影響が大で,灌がいを施すと増収する。3.植生分布へのCO_2気候温暖化のインパクトを評価し,低温地帯の植物種に好適な気候域の急減することが分かった。暖地系植物にとっての好適気候域は4〜6km/年の速度で北上すると予想された。この移動速度は花粉分析からの植物移動速度の5〜10倍で,温暖化による植生分布の混乱が予想される。4.原子爆弾・原子炉事故による放射能汚染域の推定に拡散研究用数値シミュレ-ションモデルを用いた。広島・長崎原爆による汚染評価に,熱対流雲モデルを用いて,1kmメッシュ上での微粒子落下,ショック麈,火災煙からの被曝量を個別に評価した。最大の被曝総量は12時間後に,13R/hrとなった。チェルヴィリ原子炉事故による放射能広域拡散の研究に,広域拡散モデルを用いて,その有効性を確認した。
著者
佐藤 伊久男 柳沢 伸一 斎藤 寛海 斎藤 泰 三浦 弘万 渡部 治雄 鶴島 博和
出版者
東北大学
雑誌
総合研究(A)
巻号頁・発行日
1988

この2年間我々は、《特殊ヨ-ロッパ的》社会構造に着目しつつ前近代の統合的諸権力の構造と展開を把握することに努めてきたが、その際独断に陥らないよう研究史をフォロウし、その研究史を対象化するために史料に沈潜し、また研究成果の相互批判に努めてきた。これらの目的は、本研究費補助金により著しく促進された。さて我々の研究は、第1領域《地域的諸集団と統合的諸権力》、第2領域《統合的諸権力における教会の地位》、第3領域《統合的諸権力と官僚》を単位に進められ、その結果は、未発表の独立した諸論文(もしくはその要約)からなる『研究成果報告書』としてまとめられた。その中で、佐藤伊久男が中世イングランドの国家と教会との関係において12世紀が大転換期であることを解明したのに続き、第1領域で、三浦弘万氏はカ-ル大帝による他部族併合過程におけるグラ-フシャフト制の導入の意義を強調し、斎藤泰氏は原スイス永久同盟の形成過程における渓谷指導層の利害の決定性を示し、柳沢伸一氏は宗教改革期の帝国都市とスイス都市との同盟に帝国の統治構造の特殊性を見、斎藤寛海氏は16世紀ヴェネチアの食糧政策の中から特殊イタリア的な支配構造の特質を摘出した。第2領域では、渡部治雄氏は帝国教会制との絡みでドイツ王国成立を国王ジッペからディナスティ-への構造的転換として把握し、鶴島博和氏はイングランド統一国家の原理が部族国家統合のへゲモニ-ではなく教会に由来すると主張した。第3領域では、小野善彦氏は領邦国家において君主の公的経営と学識法曹の私的経営とが役得プフリュンデとしての地方行政官職の形で癒着していたとし、神宝秀夫氏は絶対主義時代の領邦軍制(職業的常備軍と選抜民兵制)に見られる君主と内外の権力者との二元主義が特殊ヨ-ロッパ的特質の1つであると指摘した。今後は国家史を「官僚と軍隊」の観点から追究していく計画である。