著者
細谷 和海
出版者
近畿大学
雑誌
挑戦的萌芽研究
巻号頁・発行日
2008

1. 海外博物館での標本調査初年度は、シーボルト標本調査のため、直接ライデン博物館へ赴き、一部標本の再検査および同定による種名とタイプ標本の地位について確認した。しかし、分類学的な課題は依然残されており、いくつかの種については、海外の著名な博物館において絶滅危惧種など優先度の高い種について調査を行なう必要がある。そこで平成21年度は米国スミソニアン博物館へ、次いで、平成22年度は3月12日から18日までChicagoフィールド博物館ならびSan Francisco,カリフォルニア・アカデミー博物館(CAS)へ赴き、タイプ標本と照合を行なった。その結果、サケ科、およびタナゴ類など小型コイ科魚類の学名の整理(シノニム関係)ができた。このことにより、保全対象種の実態が明確となり、具体的な保全目標の設定が可能となった。2. 絶滅種の分類学的精査シーボルトコレクションは西日本に集中している。魚類標本の多くが、長崎周辺と江戸参府の際に収集されたことが原因である。そのため、日本産淡水魚相の過去の態様を探るには、東日本に分布する種について精査する必要がある。近年、絶滅したと考えられていたクニマスが、京大の研究グループにより再発見された。クニマスのタイプロカリティは秋田・田沢湖で、今回、移殖地の山梨県・西湖で生息が確認された。しかし、同定にはかなりの問題があり、模式標本との照合が強く求められていた。フィールド博物館とCASにおいてクニマスの模式標本と比較した結果、西湖の現存標本の特徴はおおむね摸式標本に一致するものの、斑紋・からだの大きさ等が異なることが明らかになった。今後、現存個体群の保全を進めると同時に、遺伝的特性も含め、個体変異と交雑の可能性について検証することが必要と思われた。
著者
甲斐 教行
出版者
茨城大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2007

中部イタリアのシエナを中心に活躍した画家アレッサンドロ・フランキ(1838-1914年)と委嘱主の諸修道会との関連を検討し、画家の一連の宗教画に貧者への扶助等の慈善活動を促す意味内容を読み取った。またジェノヴァのサンティッシマ・アヌンツィアータ教区聖堂の壁画《無原罪受胎の教義》、シエナのサンタ・テレーサ女子寄宿学校礼拝堂装飾、そしてオルヴィエート、ボローニャ、プラートの各聖堂に所蔵される三点の《聖家族》の銘文と図像の典拠を特定し、各作品の意味内容を読解した。
著者
塚本 明
出版者
三重大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2007

江戸時代に寺社参詣道沿いの村々が、旅人たちといかなる関係を持ち、それは地域社会の成り立ちにどのような影響を与えたのかを検討した。基礎作業として、熊野街道を対象に、諸国の旅人が著した道中日記260点、善根宿に納められた旅人の納札5000点余、地域社会に遺された算用帳中の旅人救済記録約7000点をデータ化した。その上で道中日記の世界と対比しつつ、地域社会の救済を受けながら旅を続ける貧しき旅人の世界を抽出した。
著者
涌井 佐和子 志手 典之 新開谷 央
出版者
北海道教育大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2004

本研究では、寒冷地における児童の身体活動推進を目的とした行動科学的介入方法の開発を目的とした。研究の概要は下記の通りである。1)先行研究を検討した。欧米における児童の身体活動推進に関しては、教科体育、教科外での運動実践、栄養教育、家族サポート、などを含む複合型が多かった。また、児童の身体活動の評価は、簡便な質問票に加速度計での測定を併用したものが多かった。様々な行動変容の理論体系の中で重視される心理環境要因の検討も行われていた。2)42名の児童を対象としてスズケン社製ライフコーダEXを用いた予備調査を行なった。児童の身体活動量は休日と平日で異なっており、少なくとも7日間の平均値を用いることが好ましいことが明らかとなった。3)保護者に対して健康づくり環境についての調査を行なった。子どもの健康づくりに関する学校に対する要望として、教科外の取り組みに対するものが多く、学校施設の開放を求める声も見られた。地域に対する要望は、今日問題となっている安全対策に関するものが多かった。4)64名の児童を対象とした調査を行なった。冬になると児童の身体活動量は特に平日に減少し、また身体活動に関わる環境も変化していた。身体活動度の高い児童と低い児童との間では、社会的支援や心理的要因が異なっていた。5)330名の児童を対象とした調査を行なった。冬になると運動・スポーツを実施するための環境は大きく変化している可能性が示唆された。6)教員を対象として無記名自由記述調査を行なった。児童が活発である学校の特徴として、地域要因(スポーツ少年団の種類が多く活発、校区が狭く車による送り迎えが少ない、地域にさかんなスポーツがある、等)、学校要因(遊具や施設、教職員の連携や統一感、学校行事)、家庭要因(家族が活動的、家族支援)の3つが挙げられた。7)研究1〜6の結果をふまえ、推進のための現実的な試案を作成した。
著者
円谷 健 藤井 郁雄
出版者
大阪府立大学
雑誌
新学術領域研究(研究課題提案型)
巻号頁・発行日
2008

本研究では,タンパク質構造構築理論と試験管内進化とを組み合わせ,抗体の機能をダウンサイジングした.すなわち,抗体タンパク質とは全く異なるモチーフをもつペプチドのライブラリーを構築し,抗体に代わる分子プローブや分子標的医薬を開発した.本研究で提案する特定の標的抗原に対して特異的に結合するヘリックス・ループ・ヘリックス構造を有するペプチドを「マイクロ抗体」と名付けた.マイクロ抗体ライブラリーを用いてヒトマウスIgG-Fcやオーロラキナーゼに特異性を示すマイクロ抗体を獲得した.また,マイクロ抗体の抗原性や安定性について検討した.
著者
片木 篤
出版者
名古屋大学
雑誌
萌芽的研究
巻号頁・発行日
2000

平成13年度においては、近代ヨーロッパで成立した1)郊外と郊外住宅 2)山岳リゾートとサナトリウムを取り上げ、それらを「衛生」概念から分析した。産業革命を先導したイギリスでは、工業都市への人口集中とそれに伴う労働者の住環境劣化が「都市問題」化され、E.チャドウィックによる公衆衛生法の制定(1848年)以降、公衆衛生法と建築法により、住棟の前面道路幅員や「囲い地」、住戸の窓面積や天井高等が規制された。これらの規制項目を抽出することで、当時の「衛生」概念では、採光(=「太陽」)と通風(=「空気」)のサーキュレーションが重視されていたことが明らかとなった。また中流階級の郊外住宅では、そこに屋外活動として農業のシミュラークルとしての園芸(=「緑」)が加わり、そのことが郊外住宅地のパンフレットで宣伝されたり、更に啓蒙的企業家による工業モデル・ヴィレッジでも公共菜園が設けられたりした。E.ハワードの「田園都市」論(1898年)では、「太陽の輝き」「新鮮な空気」「樹木と牧草地と森」という利点をもつ農業-村落と工業-都市とをそれぞれ独立した1対として、両者の均衡が図られており、「田園都市」でも「衛生」概念が下敷きにされていたことが明らかとなった。「太陽」「空気」「緑」は、「労働」からの心身の再生(recreation)、すなわち「余暇」の場であるリゾート地の必須要素となったが、海浜リゾートに労働者階級が押し寄せ大衆化されたこと、「オゾン」や「森林浴」といった新鮮な「空気」の摂取が喧伝されたことなどが相俟って、山岳にリゾートやサナトリウムが建設されるようになった。興味深いことに、J.ダイカー設計のサナトリウム(1919年-)やA.アアルト設計のサナトリウム(1928年-)では、桟橋や甲板といった海浜リゾートの差異的要素が持ち込まれていることが読み取れた。
著者
高見 茂 上田 学 小松 郁夫 杉本 均 白石 裕
出版者
京都大学
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
2001

本研究においては、教育分野へのPFIの導入状況について、先行国であるイギリスにおける教育PFIの導入状況について調査をした。教育PFIの成功例としては、i)ベンチャー企業が学校教育施設の整備・管理運営事業を中心に教育PFIを展開し、学校教育の活性化に成功したブラックプールの事例や、,ii)市内39の中等学校の新築・改装をPFIによって一挙に実施したグラスゴーの事例等が上げられる。他方教育PFIの導入をめぐっては、既存の教職員とPFI企業の杜員との協働関係の構築に困難が伴ったり、学校側の要求に企業側のサービス水準が合致していないといった問題点も見出された。また教育PFIの適用範囲は、ほぼ校舎の建築と維持管理部分に限定されている。そこで本研究では、教育PFIは学校の運営部分についてはどこまで適用可能かということについても、企業対象のアンケート調査を基に検討した。その結果、施設設備運営、給食・輸送といった事実上の業務についてはPFIの導入はかなり有望であり、条件が整えば庶務・会計、図書館運営、研修等についても導入の可能性は高いとの知見が得られた。さらにわが国においても国立大学を始め小・中・高等学校、杜会教育機関等において教育PFIの導入が始まっている。本研究では、高等教育機関への適用事例として京都大学の桂キャンパスのケースを取り上げた。また、社会教育機関への適用事例として桑名における図書館整備への適用事例を、社会福祉施設と中学校の複合化施設として京都市のケースをそれぞれ調査・検討した。そして教育PFIの有望な適用分野である学校・地域給食施設の適用検討事例を取り上げ、事業化失敗の原因を探った。やはり地域住民のPFIに対する理解が不可欠であるとの結論が得られた。
著者
高橋 玲 AARONSON Stu BENEDICT Wil 佐谷 秀行 松井 利充 BENEDICT William f. AARONSON Stuart a.
出版者
京都大学
雑誌
国際学術研究
巻号頁・発行日
1994

本研究は、米国で数年間行われてきた癌抑制遺伝子の機能解析についての研究を継続し、日米の協力研究として発展させることを目的とする。基本的には我々のグループが樹立した癌抑制遺伝子の生物学的活性を直接的に細胞レベルで解析できる実験系を用い、その遺伝子異常を正常のものと比較する。また癌細胞における癌抑制遺伝子の発現を種々の方法で人為的に調節することで癌細胞の表現型の変化を誘導し、癌治療に向けての可能性を検討する。研究代表者高橋は、分担研究者全員の協力を得てRB遺伝子とp53遺伝子のトランスフェクションを進めた。膀胱癌,肺小細胞癌にRB遺伝子導入、口腔扁平上皮癌と大腸癌にp53遺伝子を導入し、それぞれの安定発現株を得て解析を進めた。時にp53遺伝子導入大腸癌細胞においては、アポトーシスを誘導できる系が確立されることが明らかとなり、制癌剤開発に適したモデルとして期待される。ヒト大腸癌培養細胞株WiDrはp53遺伝子上2つ3番目のコドンに相当する部位の点変異を有する。サイトメガロウイルスのプロモーターに制御される正常p53発現プラスミドベクターを安定性にトランスフェクションし、プラスミドのもつネオマイシン抵抗性を利用して正常p53の発現を獲得したクローンを得た。培養中の増殖態度は軟寒天中のコロニー形成率の著しい低下以外には、ほとんど変化がみられなかった。抗Fas抗体(IgM)で処理すると親株にはほとんど変化がみられなかったが、48時間後をピークとしてp53導入細胞に著明な細胞死(アポトーシス)が誘導された。アポトーシス処理後24時間後の細胞からのRNA解析によれば、内在性の変異型p53遺伝子の発現レベルには変化がなく、導入された正常p53の発現及びそれに関連してcdK2のインヒビターであるp21(WAFI)遺伝子の発現の亢進がアポトーシス誘導に伴って生じることが明らかとなった。このことは正常p53遺伝子の発現に担っているサイトメガロウイルスのプロモーターに特異的なシグナルがFAS依存性反応経路に存在していることを示唆しており、現在、同プロモーターに働くNFkBについて解析を進めている。現在までFasからのシグナルとp53依存性アポトーシスとの間に関連はないといわれているが、今回の人為的反応経路の連結により、Fasにより誘導可能なp53依存性アポトーシスのモデルとして、DNA損傷により誘導される場合とは異なりユニークなモデルといえる。トランスフェクションに用いた大腸癌細胞はγインターフェロン処理によってもp53遺伝子再構築なしに抗Fas抗体に感受性を示すようになることが知られており、遺伝子再構築と制癌剤との協同作用として興味深い。肺小細胞癌は神経内分泌特性によって他の肺癌と区別されているが、我々は今回NF1遺伝子mRNAのスプライシング様式の変化がその分化指標となりうることを発見した。NF1のスプライシング様式の変化は以前、分担研究者の佐谷らによって見出されたもので、多くの神経系細胞や腫瘍において、分化度と高い相関を示すことが明らかにされていた。我々は肺小細胞癌培養株で得られた所見をもとに臨床材料で形態学的あるいはNSEなどのマーカーとの関連において解析を続けている。口腔扁平上皮癌においてもp53変異に対して正常p53遺伝子導入株で角化傾向が誘導されることも確認されている。今回の協力研究により困難で長時間を要するヒト癌細胞への安定性癌抑制遺伝子導入にいくつかの細胞で成功し、解析が可能となった。特に定常状態での変化よりも、分化誘導や細胞死誘導などの刺激下では癌抑制遺伝子の細胞レベルでの機能が顕著になることが明らかとなった。今後さらに種々の組合わせで癌細胞における癌抑制遺伝子機能がさらに詳細に解析されることが期待される。今回は兵庫県南部地震のため、渡米計画が一部中止されるなどの変更が生じたが、おおむね、当初の研究交流の成果を待つことができたと考えられる。
著者
入江 由香
出版者
早稲田大学
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
1998

今年度は16世紀のスペインで成立した石切術書にみられる切石の作図法の記述方法の解明を課題とし,ヒネス・マルティネス・デ・アランダによる『構築物と石切術の作図法』を主な対象として,その記述構成の分析と整理を行った。作業に先立ち,16世紀スペインの石切術手稿本および関連する16〜17世紀成立の石切術書についての原資料目録を作成し,未入手のものに関しては復刻版を購入あるいは複写を入手した。また昨年度に引き続き,石切術に関する手稿本,刊本の内容(文章,図版)を電子情報化し,読解や分析の際に利便を図った。分析の結果,『構築物と石切術の作図法』本文からは,「前書き」,「規定」,「作図項目」からなる3つの記述の構成要素が抽出された。そして,これらの記述の構成要素の内容と,要素間相互の関係を検討することにより,同書における切石の作図法の記述方法に関して,次の2点の特質を指摘することができた。1.「前書き」において作図上の原型が設定される。それらの原型をもとにして,「作図項目」において構築物の変種を生成する。2.「規定」において基本的な作図操作が設定される。それらの作図操作をもとにして,「作図項目」において作図法を説明する。また,同書におけるこれらの記述方法の特質は,読者への序文において作者マルティネス・デ・アランダ自身が述べているように,「少ないものに多くを内包させる」という考え方を彼が評価し,その考え方を拠り所の一つとして切石の作図法の記述に応用していった結果であると推定される。
著者
渡邉 富夫 山本 倫也
出版者
岡山県立大学
雑誌
特定領域研究
巻号頁・発行日
2009

かかわりが実感できるコミュニケーションを実現するためには、身体性を活かす仕組みの導入が不可欠である。本研究では、身体的リズムの引き込みに着目することで、人のコミュニケーション特性に立脚したインタラクションを実現するインタフェースの研究開発を進めている。本年度は、以前から開発を進めてきた、語りかけに対して葉っぱと茎が絶妙のタイミングでうなずき反応する、うなずく草花「ペコッぱ」「花っぱ」の身体的集団引き込みシステムを開発展開し、デモンストレーション実験を積極的に行い、システムとしての完成度を高めるとともに、各種イベントで公開展示し、身体的インタラクションの不思議さや重要性をアピールした。また、インタラクションにおける身体的引き込みによるキャラクタへのなりきりに着目し、音声入力と頭部動作入力を併用した身体引き込みキャラクタケータイを開発することで、遠隔非対面、二人一組で評価実験を行った。その結果、身体動作として重要な頭部動作量を直接反映させることで、キャラクタへのなりきりが容易に実現可能であることを示した。また、複数人でのなりきりの効果を活かすアプリケーションとして、実空間と仮想空間の双方を共有することで、ごっこ遊びのようにグループワークを進め、コミュニケーションを楽しむことができるエデュテインメントシステムを開発した。これら一体感が実感できる身体的コミュニケーションインタフェースのプロトタイプ開発の研究成果に関して、ヒューマンインタフェースシンポジウム2010優秀プレゼンテーション賞,第12回IEEE広島支部学生シンポジウムHISS優秀プレゼンテーション賞を受賞した。
著者
折橋 洋介
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2008

本年度は死因調査に関する法的仕組みの構造的な把握を進めた。このことは死因調査に関する情報が法医解剖情報のデータベース化等により利活用されるための前提となる理論的基礎を提示することに資するものである。具体的には、死体解剖保存法や刑事訴訟法などに基づく各種の解剖・検視・検案が、行政各部においていかなる目的のもとにどのような仕組みをもって運用されているかについて整理・検討するとともに、現行法制度の形成に至る歴史的な経緯について調査した。明治期の刑法制定過程と現代の法医学につながる裁判医学の成立過程の関係からは国家による死因調査の対外的な要請も垣間見られ、また昭和の初期においては医学教育研究の進展に伴う死体解剖の構造的な変革を伴った社会的要請が行政による死因調査に大きくのしかかってきていたのではないかという仮説を持つにいたった。これら史的調査によって浮かび上がってきた課題をここに集約すれば、「なぜ行政が死因調査を担うのか」という観点からの再検討の必要性であり、かつ、この議論の成熟化の要請である。とくに第二次大戦後、検視規則と死体取扱規則によってある種の整理をみたと考えられた行政上の死因調査の枠組みも、その根源的な目的についての議論の成熟化をみないままになされたと考えられるふしがあり、そうしたことが司法検視と行政検視の後付けによる振り分け等、現行制度に内在的な問題を生じさせている一因であると考えられた。こんにちの死因調査法制の整備にあたっては、行政による死因調査の目的に対する議論の成熟化がより一層求められるものと考えるが、本研究はそうした議論の一助となるものと思われる。
著者
葉柳 和則 中村 靖子
出版者
長崎大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2006

戦後スイスは、ヨーロッパの中央部に位置しながら、第二次世界大戦に関与しなかった「無垢」の国として自らのナショナル・アイデンティティを規定しようとしてきた。このことは、スイスの人口比で約70%を占めるドイツ語圏スイスにおいては、まさにその言語ゆえに重要であった。本研究では、戦後スイスを代表する作家であるマックス・ブリッシュの言説の軌跡を、メディアと知識人の作り出す言説の共同体との関連において跡づけることによって、スイスの国民統合の言説戦略と知識人との間の共生と抗争の諸相を明らかにした。
著者
島内 景二
出版者
電気通信大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2007

北村季吟の偉大さは、古典研究の成果が「平和な国家の樹立」のために活用できると信じ、幕府の最高権力者の柳沢吉保と連携した点にある。最高の文化人と幕府の最高権力者が協力して開花させた元禄文化の真実を、『源氏物語』と『古今和歌集』の現代化という観点から文化史的に大胆に捉え直し、六義園という建物、数々の文学作品を、平安時代からの伝統の中に位置づける本研究は、江戸時代における古典文化復興の成功例を抽出したと言える。それによって、21世紀における新たなルネッサンスの開始の可能性を模索した
著者
若松 大樹
出版者
上智大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2008

平成21年度の代表的な研究成果として、第25回日本中東学会年次大会において、クルド系アレヴィーの人々に関する社会範疇に関する考察を報告した。ここでは、対象となるアレヴィーの人々の自民族範疇、そして周辺村落の人々による「名付け」に見られる、さまざまな名称を整理検討した。そこから得られた知見をさらに実証的なデータとともに検討し、日本オリエント学会刊『オリエント』に、クルド系アレヴィーの人々に見るオジャクと呼ばれる社会範疇に関する整理検討を行い、その成果が学術論文として掲載された。オジャクには、儀礼集団としての側面と、預言者一族にその系譜を求める「聖者の系譜」としての側面があり、この2つの構造ともにオジャクの名で語られるのが通常であり、アレヴィーたちは自らがどの儀礼集団に属し、その儀礼集団を束ねているのはどの系譜に属する宗教指導者であるのかを語ることによって、自らをアレヴィーとして名乗ることを明らかにした。しかしながら、客観的に観察可能な差異から出発して各々の社会範疇を導き出すことは、論理的に不可能である。博士論文では、本研究で扱われる社会範疇の区分けがいずれも斉一に体系化されたものではなく、範疇に対する例外的な事象はいずれの水準においても存在しており、そうした例外や齟齬を含みつつ、自明の前提として人々の間に通用するこれらの範疇の内実を、大まかではあるが具体的に示すことができた。
著者
塚田 剛士
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2008

近年、地球温暖化や化石資源枯渇等の影響を受け、再生可能な資源である植物バイオマスからエタノールや有機酸等の有用物質を生産することが望まれている。植物バイオマスの主成分であるセルロースから酵素を利用してグルコースを得るには、セルラーゼによりセルロースをセロビオースなどの可溶性糖へ変換した後、それらに対してβ-グルコシダーゼ(BGL)を作用させグルコースへ変換する必要がある。そのため植物バイオマスの酵素糖化においては、高温、酸性条件下においてセロビオースに対して高い反応特性を示すBGLが求められている。しかしながら、それらの性質を併せ持つBGLはこれまでに報告されていない。そこで本研究では、BGLの「酸性域において高い活性を保持するために必要な因子」、「セロビオースに対する親和性を高める因子」を解明する事を目的として研究を進め、最終的には温度安定性に優れる高熱菌由来BGLに点変異導入により上記した2つの性質を付与する事で、「セルロース系バイオマスの酵素糖化を目指したβ-グルコシダーゼの高機能化」を目指した。「酸性域において高い活性を保持するために必要な因子」および「セロビオースに封する親和性を高める因子」に関する立体構造学的知見を得るため、酸性域における活性保持率とセロビオースに対する親和性が異なる担子菌Phanerochaete chrysosporium由来BGL1A、BGL1Bを研究対象とし、BGL1Bの結晶構造解析を試みた。さらに両酵素の高発現生産系を確立するため、フィンランド技術研究センターにてトリコデルマ菌の組換え系構築法を取得した。
著者
師尾 晶子
出版者
千葉商科大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2007

本研究は、2004年~2006年度の科研費補助金による研究課題「古代ギリシアのポリスにおける碑文慣習文化に関する研究」(課題番号16520450)の継続研究である。前研究においては、碑文文化がどのように成立してきたか、どのように展開されたかについて焦点を当ててきたが、本研究ではポリスの中心聖域に建立された大部分の碑文が外交に関わる碑文であることに注目し、とくにデロス同盟関連の碑文について決議年代の再考を含めて再検討し、それを碑文文化の展開というより大きな枠組みの中に位置づけることを試みた。古代ギリシアの碑文文化をめぐっては1980年代末ころより研究が活発になってきており、今日まで続いている。史料の時代的な偏在、場所的な偏在から、その議論の中心は古典期のアテナイにあるが、そのうち前5世紀については、20世紀前半にはその歴史像が固められたデロス同盟研究に多くを負っている。一方、デロス同盟関連の個別碑文については,いくつかの重要な碑文の決議年代について再考を迫る研究成果が多く出されている。にもかかわらず、デロス同盟史の記述には反映されず、結果として碑文文化の研究にも反映されてこなかった。本研究では、新しい研究成果を取り入れた上で、また自身もその新しい研究動向に貢献する中で、アテナイにおいて決議碑文を建立する文化がどのような歴史的経緯の中で成立したのか、またそれがアテナイにおける外交のあり方をどのように反映したものであるのかを考察した。安易にアテナイ民主政と関連づけられてきた碑文文化をめぐる議論に警鐘を唱えるとともに、アクロポリスの変遷の歴史をふまえて決議碑文建立の文化の成立について考える必要のあることを示し、アクロポリス再建事業の一つの結果として外交に関わる決議碑文をアクロポリスに建立するという文化が成立したことを明らかにした。
著者
佐藤 由美 結城 恵 齋藤 智子 中山 かおり 山田 淳子 齋藤 泰子
出版者
群馬大学
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
2006

本研究は、群馬県内の南米系外国人集住地域において、外国籍住民と日本人住民、関係者が研究者と協働で『子供の健康づくり』の観点で課題を共有し、有効な活動方法を見出していく参加型アクションリサーチである。1年目は日本移住者が多いブラジルサンパウロ州を訪問し、子供の教育と保健医療体制、出稼ぎ状況について理解を深めた。2、3年目は、群馬大学主催の在日外国人学校健康診断を中心に、外国籍住民や関係者の意向調査や協議を通じて、今後の方策を検討した。
著者
直江 眞一
出版者
九州大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2007

13世紀イングランドで作成された裁判実務書の分析を通して、国王裁判所の訴訟手続と教会裁判所の訴訟手続の比較検討をおこなった。具体的には、『訴訟および法廷の書』(1写本のみ伝来)と「聖俗の法廷における訴訟手続』(3写本が伝来)を詳細に比較分折することによって、在地レベルにおいて聖俗両裁判手続の間で一定の関連性が認められること、また裁判実務書は作成者それぞれの関心に応じて内容が一様ではないことを明らかにした。
著者
辻 英子
出版者
聖徳大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2010-04-01

1.平成23年度に行ったボドリアン図書館所蔵の絵巻2点の資料について: 1)『長恨歌絵巻』二巻(平成22年度資料購入済、翻刻済)2)『やしま』二巻(平成23年度資料購入済、翻刻完了)2.ケンブリッジ大学中央図書館蔵『末ひろかり』二巻 翻刻・解題 『三田国文』第五十四号掲載済。3.聖徳大学所蔵絵巻に関する平成23年度の調査資料の研究進捗状況:1)『七夕』三巻 解題・翻刻およびベルリン国立アジア美術館所蔵『天稚彦草紙絵巻』(詞 後花園天皇宸筆/絵 土佐弾正藤原廣周筆。本絵巻はフェノロサより1年はやい明治10(1877)年3月に来日したドイツ人医師ギールケHans Paul Bernard Gierke、1847 - 86 プレスラウ大学准教授の蒐集による世界で最も美しい絵巻、下巻のみ)は、『三田国文』第五十三号に全容を掲載済。『扇面 平家物語』についてはヨーゼフ・クライナー特別教授主催の招待講演で発表(次掲学会発表の項参照)した。2)論題「『伊勢物語』絵巻 について」『三田国文』第五十五号に入稿済、平成24年6月刊行予定。詞書は近衛基熈筆 絵は土佐光起筆の署名どおり真跡で、証明にあたり3)の自筆作品と対照した。3)宮内庁書陵部所蔵『武家百人一首』および『禁裏御會始和歌懐紙』(翻刻済・掲載許可取得済)4)『不老ふし』(翻刻済)鶴の草子・酒呑童子・浦島太郎(翻刻済)、竹取物語・敦盛(翻刻済)4.ウィーン国立民族学博物館所蔵『百人一首』(平成23年9月調査、翻刻済、掲載許可申請中)「3の3)」の2作品および「4.」を点検証左した結果、江戸時代前期後水尾院文化圏の公卿約100名の真跡を確定でき、当該先行研究榊原悟氏による34名認定説を推進し、新出真跡資料を加え得た。5.オーストリア国立工芸美術館(MAK)所蔵『源氏物語画帖』の調査済(平成23年9月6日)。6.バイエルン州立図書館蔵『源氏物語』五十四帖第一巻の本文調査済。公開発表予定。7.ケンブリッジ大学エマニュエルカレッジProf.Dr.John Coetes(数学)所蔵「源氏画帖」の招待調査。
著者
近森 秀高 永井 明博
出版者
岡山大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2007

近年の気候変動に伴う降雨パターンの経年変化を日本全国で観測された長期の日雨量, 時間雨量, 10分間雨量を統計解析することにより調べ, 確率雨量が主に太平洋側で経年的に増加すること, 降雨は時間的に集中する傾向にあること, 少雨の頻度が全国的に増加する傾向にあることを示した。また, 長期の気象データを用いて長期流出解析を行い, 全国的に渇水時の流量が減少する傾向にあることを示した。