著者
渡部 潤一 青木 和光 河北 秀世
出版者
国立天文台
雑誌
萌芽研究
巻号頁・発行日
2003

太陽系天体の中でも、低温で凍ったまま46億年間経過している彗星は原始太陽系の化石である。太陽に近づくと熱によりその成分を蒸発させることから、その成分分析によりどの程度の温度で氷結したかが推定できるが、一般に上限値に限られ、また揮発成分を失った短周期彗星には使えない。本研究では、低温領域で温度と明確な相関がある水素原子の核スピン状態の差:オルソ・パラ比によって彗星氷結温度を求めようとしたものである。水分子でこの方法を適用しようとすると、地球大気の水蒸気が邪魔となる欠点があったため、水素原子が三つあって彗星に含まれるアンモニアに注目した。アンモニアは蒸発後、光解離により、NH2という分子となって、母分子のアンモニアの情報を保ちながら、オルソ、パラそれぞれの輝線を発する。高分散分光で輝線分離ができれば、オルソ・パラ比を知ることができ、さらにはアンモニアのオルソ・パラ比を推定できる。平成16年度は、国立天文台ハワイ観測所の口径8mすばる望遠鏡の高分散分光器HDSを用いた観測結果をもとに、ヨーロッパのデータも用いながら、本研究のまとめを行った。これによって、7つの彗星についてのスピン温度がすべて30K前後に集中していることがはっきりした。この解釈としては、彗星が誕生した場所の温度を示しているという可能性の他に、元々アンモニア分子が誕生した原始太陽系星雲のもととなった分子雲の温度を示している可能性もある。これらの可能性のどちらが正しいかを検証するためには、アンモニア分子以外の観測を行う必要がある。そこでわれわれは急遽メタン分子のオルソ・パラ比を考慮に入れ、すばる望遠鏡などによる観測を行ったところ、これについてもアンモニア同様30Kの温度を示すことが判明した。現在、これらのデータを慎重に検討しているところであり、本研究によって、当初の目的よりも先に進んでしまったことは、望外の喜ばしい結果である。
著者
安田 二郎
出版者
東北大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2000

研究課題の一環として、許嵩撰『健康実録』(全二〇巻)に対して総合的な分析と考察を試みた。明らかにした主たる論点は、以下のごとくである。1.『健康実録』は、六朝史に関する基礎的知識も不十分な許崇が、基づく文献を精読することもなく、忽忽裏にあらわしたハサミとノリの編纂物にほかならず、しかも、構成上の調整も誤りの訂正も未遂行のままの、未完の稿本とこそ捉えられなければならない。2.各王朝の興亡は予じめ天によって決められているという定命論、それと密接に関連する、帝王を生み出す土地は固定していないという王気移動論が、全篇を貫ぬく根幹のパラダイムである。3.許嵩は、江陵を都とした後梁王朝を、王気が健康から去って長安へ帰着する天の定めの予兆として捉え、独自の意義を付与している。4.同書撰述の動機と目的は、玄宗に拮抗して即位した粛宗の正当性と、その即位の地たる霊武が、長安に代る唐王朝の新帝都たるべきを、王気移動論に基づいて主張することにあった。5.しかしながら、その主張に反して、至徳二載(757A.D.)年末、長安は帝都として再確定を見ることとなり、このため許嵩は、断筆を余儀なくされた。6.『健康実録』は、余りにも現代史に過ぎた歴史叙述にはかならず、自らが革新する思想をもって余りにも直哉に自己投企し、それ故に精神的に爆死せねばならなかった、唐代中期の一知識人許嵩の墓標という言い方も、決して的をはずしてはいない。
著者
新宮 学
出版者
山形大学
雑誌
特定領域研究
巻号頁・発行日
2001

これまでの国内での文献調査に加えて、北京の国家図書館や台湾の国家図書館で行った文献調査により得られた新たな知見をもとに、研究成果の一部を論文「陳建の『皇明資治通紀』の禁書とその続編出版(一)」としてを公表した。論文では、第1に、皇明通紀の成り立ちと原刻本、および陳建の経歴と執筆意図について明らかにした。第2に、明朝における禁書指定の経緯について考察した。第3に、これまでの文献調査をもとに皇明通紀に関係する続編の全体像についてその概要を紹介するとともに、皇明通紀とその続編が盛んに出版される明末の社会背景やその読者層についても考察を加えた。皇明通紀は、元末至正十一年(1351)以来、王朝創設期の洪武40年間のことを記した「皇明啓運録」と、永楽から正徳年間にいたる8代124年間のことを記した続編とを併せて「通紀」の名を冠して合刻したものである。嘉靖三十四年(1555)に家刻本として刊行された。代々、科挙の郷試合格者(挙人)を輩出する家に育ったとはいえ、地方官の官歴しかない広東の陳建が本書を著したのは、祖宗の如き「盛世」に引き戻すべく社会秩序の再建を目指そうとする経世の志に基づくものであった。本書が禁書に指定されたのは、隆慶五年(1571)のことであり、この時期木版印刷による出版が空前の規模で拡大傾向を示す中で、王朝側が自らのプライオリティとしての「国史」編纂と出版に対して危機感を抱いたからであると考えられる。これまで嘉靖原刻本の存在は十分に知られていなかったが、台湾の国家図書館に収蔵する42巻本、12冊が、嘉靖原刻本の完本であることを現地での文献調査により確認した。ただ目録『国家図書館善本書志初編』では、『新刊校正皇明資治通紀』と著録されているが、本書のどこにも「新刊校正」と題する記載は見えず、かえって「皇明歴朝資治通紀」の題簽5件の存在を確認しえたので、『皇明歴朝資治通紀』前編八巻後編三十四巻と著録すべきである。またその残欠本(存13巻、5冊)が、東京大学東洋文化研究所の大木文庫に所蔵されていることを新たに発見した。
著者
寺島 修一
出版者
武庫川女子大学短期大学部
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2005

歌学書所引『万葉集』データベースの作成を目指し、以下の作業を行った。歌学書本文の電子テキスト化を進行した。電子テキスト化を終えたのは、『俊頼髄脳』(日本歌学大系本、京大本「無名抄」、関大本「俊秘抄」、松平文庫本「唯独自見抄」)『奥義抄』(日本歌学大系本、大東急文庫本)『袖中抄』(日本歌学大系本、歌論歌学集成本)『八雲御抄』(伝伏見院筆本)である。これらは底本とそれに対する校異という形を取らず、同一の歌学書であっても伝本ごとに独立した本文テキストとしてある。このような形にしたのはデータベースとして完成したときに伝本ごとの本文が独立して参照できるようにするためである。データの形式は基本的に国文学研究資料館の「原本テキストデータベース」の初期入力に準じて整形してある。また、新編国歌大観所収の『万葉集』から西本願寺本訓を抽出し、電子化テキストとして整形した。歌学書本文から『万葉集』歌を抽出する際に参照する本文としては、公開されているものの中では西本願寺本訓が最も適当であると判断した。これらのデータに基づき歌学書所引『万葉集』のデータベースの作成に着手した。歌学書各伝本ごとに万葉歌を抽出し、『万葉集』西本願寺本訓と対応させた。この作業過程において類歌検索プログラムを用いて自動化を試み、その結果に対してさらに手を加えた。類歌検索プログラムは古典文学データベースの研究会において手ほどきを受けたものである。以上のとおり、データベース化の基礎作業を進行させた。
著者
渕上 倫子 寺本 あい
出版者
岡山県立大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2003

冷凍耐性の悪い食品のテクスチャー改善を目的として、ゲル状食品(卵豆腐、寒天、高粘弾性寒天、κ-カラギーナン、ι-カラギーナン、κ-カラギーナン・ローカストビーンガム混合、カードラン、脱アシル型ジェラン、ネイティブ型ジェランなどのゲル)および卵黄を約-20℃、100〜686MPaの高圧力下(高圧冷凍後大気圧下の-30℃で保存)、または、大気圧下の冷凍庫中(-20℃、-30℃、-80℃)で冷凍し、解凍後の外観、離水量、物性(ゲル:クリープメータによる破断強度解析、卵黄:粘弾性測定)と微細構造(クライオ走査電子顕微鏡観察)を比較した。また、凍害防御物質として各種糖類(蔗糖、トレハロース、グルコース、糖アルコール等)の役割について検討した。更に、-20℃で高圧力処理中の試料の温度変化を測定することにより、-20℃での液相→氷Iへの相転移の挙動を検討した。その結果、200〜400MPaでは-20℃でも凍っておらず、圧力解除時に急速な試料の温度上昇がみられた。過冷却温度が低く圧力解除時に短時間に凍結し、微細な氷結晶が多数生成したため、圧力移動凍結品は良好であった。大気圧下や100、686MPaでは過冷却温度が高く、少ない核を中心として大きな結晶ができたため、離水も多く解凍後の品質が悪化した。5%、10%、20%と糖濃度の増加に伴い凍結点が低下し、解凍後の物性と微細構造が良好となったが、糖の種類により大差なかった。また、ゲルの種類により冷凍耐性や物性変化の様相が異なった。カードランやネイティブ型ジェランガム(脱アシル型ジェランガムは悪い)、ι-カラギーナンのゲルは冷凍耐性が良く、普通の寒天より高粘弾性寒天のほうが離水が少なく良好であった。κ-カラギーナンにローカストビーンガムを添加すると冷凍耐性が向上した。卵黄は200MPa以上でタンパク質の変性による粘度上昇が顕著であったが、蔗糖添加により卵黄の流動性が増し、冷凍および高圧力によるレオロジー変化が抑えられた。
著者
米田 文孝 中谷 伸生 長谷 洋一 木庭 元晴 原田 正俊
出版者
関西大学
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
2006

従来, インド国内の石窟寺院の造営時期は前期石窟と後期石窟とに明確に区分され, その間に造営中断期を設定して論説されてきました。しかし, 本研究で造営中断期に塔院(礼拝堂)と僧院を同一窟内に造営する事例を確認し, 5世紀以降の後期石窟で主流となる先駆的形態の出現確認と, その結果として造営中断期の設定自体の再検討という, 重要な成果を獲得しました。あわせて, 看過されていた中小石窟の現状報告が保存・修復の必要性を提起し, 保存修復や復元事業の契機になることも期待できます。
著者
羽鳥 浩三 長岡 正範 赤居 正美 鈴木 康司 服部 信孝
出版者
順天堂大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2010

パーキンソン病(PD)のリハビリテーション(リハ)の効果を明らかにするためには、PD の動作緩慢や無動などの運動障害を客観的に評価することが求められる。近年、 PD の疲労感、うつ状態などの非運動症状が運動症状に少なからず影響をおよぼすと考えられる。 私たちはこのような背景から非運動症状の影響を受けにくい運動障害を検討するため、随意運動と反射の複合運動である嚥下障害に着目した。口に入れた食塊は、口から咽頭を経由して食道に送り込まれる。私たちは嚥下造影検査を用いて咽頭期の嚥下運動に密接に関わる舌骨の運動を PD と健常対照(NC)で比較検討した。その結果、PD では NC に比し咽頭期での舌骨の運動範囲の狭小化と平均移動速度の遅延を認めた。また、この結果は PD の日常生活動作の指標となる Unified Parkinson's Disease Rating Scale(UPDRS)の動作緩慢に関する評価項目と正相関を示した。 本結果は、咽頭期の嚥下において PD では舌骨の運動障害が存在し、この運動障害は PD の動作緩慢と関連する可能性を示唆する。このことは、PD の嚥下障害に対する抗 PD薬の調整やリハの評価に対してさらに有用な情報を提供する可能性を指摘した。
著者
奥谷 昌之 村上 健司
出版者
静岡大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2010

近年、製膜技術は様々な方式が開発・実用化されているが、その多くは高温加熱や真空を要する。最近は低融点材料基板上への製膜の需要が多く、本研究グループでは沿面放電技術に着目した。沿面放電は誘電体バリア放電に分類され、常温・大気圧下で高エネルギープラズマが平面上に発生することが特徴である。本研究では、この技術を酸化亜鉛の製膜へ応用するとともに、ダイレクトパターニングへの利用を試みた。
著者
小松 孝彰 前田 克彦 池本 誠也 細矢 剛 小松 孝彰 小川 義和 細矢 剛 久永 美津子
出版者
独立行政法人国立科学博物館
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2008

国内外の博物館を調査した結果、人々の科学リテラシーの涵養に資する展示を実現するために、多くの場合、展示評価が活用されており、それを展示開発に組織的・継続的に取り入れ、効率的・効果的に実施していくことが重要であることがわかった。また、これまで諸文献において扱われていなかった展示評価の各調査手法の効果的・効率的な実施方法に関して、調査の試行・実践を通して多くの具体的な知見を得ることができた。
著者
小川 侃
出版者
京都大学
雑誌
一般研究(C)
巻号頁・発行日
1993

今年度においては,前年度の成果を踏まえて,さらに諸科学のなかで機能している構造や機能の概念を探究した。1)諸科学に分化している構造理論を全体として可能にしている構造概念がどのような哲学的・存在論的意味をもつかを検討した。とくに構造主義的な方向の今世紀最大の言語学者,ロマン・ヤコブソンや,構造人類学者レヴィ・ストロースなどの言語学・民族学の領域での構造概念を取り上げ,さらにル-マンなどの新しい構造論的社会科学理論のうちの構造概念を批判的に洗いなおし,存在論的に構築しなおすことを試みた。とりわけ記号や構造の概念のもつ存在論的な基本的な意味を吟味した。これは,アリストテレス的な「質量と形式からの構成」という存在の見方が構造理論のなかでどこまで維持されえ,また解体されるべきかという問いにかかわったのである。2)次いで,構造の存在論にかかわる本研究は,さらに,政治体制一般についての研究に具体化の道を見出し,その手始めとして幕末における「後期水戸学」の大義名分論が構造論的な思想に近いことを発見した。3)最後に,初年度および2年度の研究の成果にもとづいて,構造論的存在論としての現象学の体系化を企てている。さしあたり部分と全体や,接近と遠隔,対峙性と背馳性などの構造論的な諸概念をそれらを可能にする「基底づけ」の概念とともに再構成している。
著者
中村 洋介
出版者
公文国際学園中等部・高等部
雑誌
奨励研究
巻号頁・発行日
2007

丹沢山地の標高1,000m以上に分布するブナ林の衰退状況を把握し、その要因について地形学的、気候学的に明らかにすることを目的に調査した。調査は現地踏査、植生調査および1960年代から現在までの空中写真の判読である。調査対象地域はおもに丹沢山地の畔ケ丸-大室山-蛭ケ岳-丹沢山-塔ノ岳の主稜線部である。調査の結果、おもに西向き・南向き斜面でブナの枯損・枯死が多く、風の通り道となる鞍部でも顕著であった。この西向き・南向き斜面には主稜線部でササ草原が多いことが判読され、この周辺においてもブナの枯損・枯死が多くみられた。冬季の踏査では、ブナの枯損・枯死がまとまってみられる場所や西向き・南向きのササ草原で相対的に積雪量が少ない、または積雪がほとんどないことが明らかになった。空中写真により1960年代から現在までのブナ林周辺の植生変化を判読すると、かつてはブナ林であったと推測される落葉広葉樹林が西向き・南向き斜面で減少し、ササ草原が拡大していることが明らかとなった。丹沢山地玄倉川流域の主稜線部では、現在でも崩壊地が多く分布し、崩壊地の谷頭はササ草原になっていることが多かった。このような崩壊地の谷頭でブナの枯損・枯死がみられる。崩壊地の谷頭では風が集まるため相対的に強風になることが多かった。丹沢山地の風向分布は、冬季は季節風由来の西風が多く、ササ草原上の偏形樹も西風を示していた。夏季は南風が卓越していた。現在、主稜線部でブナが立ち枯れている南西向き斜面と健全なブナ林が広がる北東向き斜面において年間の気温をデータロガーによって観測中である。現地踏査では、ブナハバチによるブナの葉の食害が5月を中心に多く見られ、この食害が西向き・南向きの風衝地側で多いことが認められた。食害に遭っているブナでも風上側の北または東側のブナの葉は健全である。
著者
大森 保 藤村 弘行
出版者
琉球大学
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
2008

サンゴ礁における炭酸系変動の時系列観測により、瀬底島サンゴ群集は二酸化炭素濃度=945ppmvに達すると石灰化速度がゼロになること、および、アラゴナイト飽和度が1(平衡状態)となる結果が得られた。IPCC報告書の数値予測モデルによれば、早ければ21世紀末以降に、大気中の二酸化炭素濃度が950ppmvレベルに達し、アラゴナイト質骨格を形成する海洋生物の生存が極度に脅かされ、サンゴ礁生態系激変の可能性が示唆される。サンゴ飼育水槽実験により、光ストレス・農薬・有害化学物質ストレスに対する代謝応答(光合成・石灰化)、枝状サンゴの骨格形成における量元素(Sr, Mg, U)の取り込み応答、稚サンゴの骨格形成の応答等について解明した。さらに、サンゴの骨格形成における基質タンパク質の効果について解明した。
著者
酒井 啓子 飯塚 正人 保坂 修司 松本 弘 井上 あえか 河野 毅 末近 浩太 廣瀬 陽子 横田 貴之 松永 泰行 青山 弘之 落合 雄彦 廣瀬 陽子 横田 貴之
出版者
東京外国語大学
雑誌
基盤研究(A)
巻号頁・発行日
2006

9-11事件以降、(1) 米国の中東支配に対する反米意識の高まり、(2) イスラエルのパレスチナ攻撃に対するアラブ、イスラーム社会での連帯意識、(3) 国家機能の破綻に伴う代替的社会サービス提供母体の必要性、を背景として、トランスナショナルなイスラーム運動が出現した。それはインターネット、衛星放送の大衆的普及によりヴァーチャルな領域意識を生んだ。また国家と社会運動の相互暴力化の結果、運動が地場社会から遊離し、トランスナショナルな暴力的運動に化す場合がある。
著者
富田 広士
出版者
慶應義塾大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
1997

この研究プロジェクトは、研究計画調書および交付申請書提出段階では、民主化・経済自由化を軸に、1.スーダン・アフリカの角(エチオピア、エリトリア、ソマリア、ジブーティ)と2.エジプトの比較を行おうとした。研究分担として、1.を英国レッディング大学政治学科教授、ピーター・ウッドワード氏、2.を私が担当することになっていた。しかし、研究を開始して1年後の平成10年度交付申請書提出段階において、本務校の事務担当者より、研究組織上外国人を含めることはできず、また実際研究代表者1名による個人研究であるので、そのような形で研究を遂行してほしいとの指摘を受けた。そこで、日本学術振興会担当課に、交付申諸書記載事項の変更を届け出るべきか照会したが、その必要はないとの返答を得た。こうした経緯を踏まえ、平成10、11年度には、エジプトの民主化と経済自由化の研究に集中した。分担地域1.については、ウッドワード教授との研究レビューに止めた。研究成果報告書第1部は、エジプト革命以降サーダート政権までを中心に、従来発表した研究に加筆修正を施した。また第1部、「終りに」において、新たに、7月23日革命以後1990年代半ばに至るエジプトの政治過程を概観している。第2部は、研究計画調書で問題提起した、1960年代エジプトにおける経済自由化の萌芽に関する研究である。第8章を除く全ての論稿は、このプロジェクト期間中に調査あるいは執筆を行ったものである。第11章では、60年代前半のソ連・東欧における経済改革の影響がエジプトに及んだ経緯をある程度分析することができた。今後、エジプトにおける経済自由化の萌芽の問題を軸に、1960年代後半の出来事を追跡して、日本におけるエジプト研究の中で、一つのまとまりとオリジナリティを持った研究に仕上げるつもりである。
著者
速水 正憲 井戸 栄治 三浦 智行 ZEKENG Leopo MUBARAK Osei ALLAN Dixon ROBERT Chegg
出版者
京都大学
雑誌
国際学術研究
巻号頁・発行日
1993

1.エイズ関連ウイルスについては、これまでにHIV-1及びHIV-2がヒトから、SIVがアフリカの数種のサルから分離され、また、遺伝子解析からそれらの相互関係が明らかにされてきた。現在では、エイズウイルスがアフリカに由来することは、ほぼ定説となっている。従って、エイズウイルスの起源と進化を理解する上で、アフリカにおける調査は不可欠である。特に、この3年間は、中央アフリカのカメルーンにおける調査を開始、展開することができた。特にこの地域では、非常に変異したHIV-1のO型を初めとして、種々のHIVが混在していることから、重感染とリコンビネーションの存在を確認することをも目的とした。2.カメルーンの首都にある、ヤウンデ大学附属病院を中心に、西部のドゥアラなど都市部にある血液センターでスクリーニングによりHIV陽性となった検体や、東南部や北東部の地方都市において症状からHIV感染が疑われる患者から、また、南東部のピグミー人から、約300検体の血液を採取した。約300検体の血清についてPA法によるスクリーニングの後、WB法、IFA法による確認試験およびHIV1型・2型の鑑別を行った。血清学的にHIV感染が疑われた血液中のリンパ球を用いて、ウイルスのpol遺伝子インテグラーゼ領域とenv遺伝子V3領域をnested PCRで増幅し、それらの塩基配列の分子系統解析を行った。3.pol遺伝子とenv遺伝子による分子系統解析の結果、カメルーンには、HIV-1groupMのcladeA(70%)を初めとして、B、C、D、E、Fの各cladeとO型も少なからず存在(7%)した。またHIV-2も1例であるが検出した。特に、同一患者から2種類のsubtypeのウイルスゲノムが見つかる重感染は、47例中4例(それぞれHIV-2aとHIV-1cladeA、HIV-1groupOとcladeA、HIV-1clodeAとcladeC、HIV-1cladeCとHIV-1cladeF)でみられた。また、pol遺伝子とenv遺伝子の解析結果から、属するsubtypeが互いに異なる、リコンビネーションと考えられる症例が2例みられた。4.カルメーンのように種々のHIV分子種の存在する地域において、HIVにおける重感染が、HIV-2とHIV-1間、HIV-1groupOとHIV-1groupM間、HIV-1groupMの各subtype間を問わず起こりうることが示された。おそらく、同一のclade内での重感染も容易に起こりうるものと考えられる。このことは、ほぼ単一のcladeBを中心とする、我が国における重感染を考えて行く上での新しい知見となりうる。また、重感染あるいはその結果としてのリコンビネーションは、調査した全検体中10%前後(6/47例)という少なからぬ頻度で起こっていることが示された。HIVの分子進化については、従来容易に起こりうる変異の積み重ねによるものと考えられていたが、加えて、リコンビネーションがウイルスの生き残り戦略の一つとして果たしてきた役割も考える必要がある。以上の結果は、HIVの起源と進化を解析するうえでの、新しいアプローチになりうる。また、このことは、HIV感染と免疫に関して、従来の理解を改める必要性を提起するものであり、今後、ワクチン開発を始めとしてHIV対策を考えて行く上で、重要な基礎情報となるものである。
著者
黒田 龍二
出版者
神戸大学
雑誌
萌芽研究
巻号頁・発行日
2005

主要な調査は厳島神社及び宮島の門前町の調査とし、比較対象として愛媛県大三島の大山祇神社とその周辺を調査した。近世においては厳島神社周辺には門前町が発達し、非常に栄えていた。その様子は、いくつかの厳島図屏風によって具体的に知ることができる。厳島図屏風の検討を通じて、建築的な描写から信頼性が高いのは、松本山雪筆の厳島図屏風(東京国立博物館蔵)で、17世紀の作である。町は神社の東側に発達し、町屋ほ平入、板葺でウダツをもつ町屋形式である。厳島においては社殿、町の構成、寺院、社家の居住地と屋敷がいずれも江戸時代の形態をよく残し、町の地割に関しても中世末期の地割が残る可能性が高い。一方、大三島は中世から三島水軍の拠点として栄え、門前町も形成されている。しかし、中心社殿は中世の物が残っているが、その他は厳島のように江戸時代以前の景観を残していない。まず町並みは近代以降の建物がほとんどである。社家、社僧の居住地は伝承があるのみで、実体としてはなくなっている。この差異の生じた原因としては、江戸時代に厳島は大三島よりも庶民の観光の地として発達したことが大きく関係していると考えられる。今後は、このような庶民信仰の観光地として発達する要因は神社の性格と関係があるのか。大三島の社僧と厳島の神官、社僧は異なる性格のものなのか。厳島神社と大山祇神社の本殿形態は大きく異なるが、その原因は何か。厳島神社の建築史的研究は多いが、大山祇神社の研究はほとんど行われておらず、このような地方における大型本殿の研究を、社会のあり方などと関連させて深化させる必要があることが分かった。
著者
樋口 重和
出版者
秋田大学
雑誌
萌芽研究
巻号頁・発行日
2004

冬季に日照量の少ない東北地方の積雪は光の反射や拡散機能を持っており,それによる光曝露量の増加は,冬季の生体リズムの遅れを改善する効果が期待できる.本研究は冬季の積雪の前後で,朝の光曝露量と生体リズムの位相の変化を調べることを目的とした.実験は日照量が少ないことで知られる秋田県で実施し,被験者はインフォームドコンセントを得た大学生13名(22.3±1.3歳)であった.積雪前の実験は平成16年12月に実施した.被験者は連続する17日間,光曝露量を含むアクチグラフの記録を行い,10日目と17日目に人工気象室で生体リズムの位相を調べるための実験に参加した.生体リズムの指標には,暗条件下でメラトニンの分泌が始まる時刻とした.実験期間中,被験者は普段の睡眠覚醒習慣に従って規則的な生活をおくり,午前9時までに通学するように指示が与えられた.積雪後の実験は平成17年1月に実施し,積雪前と同じ実験手順で行った.目に入ってくる明るさ(目の位置での鉛直面照度)が積雪によってどの程度違うかを同じ天候状態で比較したところ,積雪無しに比べて積雪有りでは約2倍の明るさになることが分かった.被験者が実際に早朝に曝露された明るさも積雪前よりも積雪後に有意に高かった.しかし,生体リズムの指標であるメラトニンの分泌開始時刻には積雪の前後で有意な差は認められなかった.本研究より,積雪後は光の反射や拡散によって光曝露量が増加することが明らかとなったが,今回用いた実験条件では,積雪による光曝露量の増加は生体リズムに影響を及ぼさなかった.この原因として,被験者が自然光に曝露される時間が通学時に限られており,曝露時間が短かったことがあげられる.今後,長い時間を屋外で過ごすような条件を想定して検討する必要があると思われる.
著者
大串 和雄
出版者
東京大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
1998

本研究は、1973年9月11日のクーデターに至るチリの民軍関係を、軍の側に焦点を当てて考察したものである。本研究の一つの焦点は、アジェンデ政権(1970~73年)に先立つフレイ政権期(1964~70年)に現れた、軍の規律逸脱行動である。チリの伝統的民軍関係では、立憲秩序の尊重(文民統制)と、軍内での規律の厳守(上官の命令への絶対服従)という二重の規律が機能していた。しかしフレイ政権の後半に、主として低給与と装備・補給品不足の不満を原因として、中堅・下級将校の抗議行動が現れた。この抗議行動はこれまで充分に研究されてこなかったが、非常に大きな拡がりを持っていたことが確認された。フレイ期の抗議行動の動機は非政治的で利益集団的なものであったが、いったん、二重の規律が破られると、それが政治的規律逸脱行動に発展するのも容易になった。また、抗議行動によって軍人と文民の双方が軍が持っている力を再認識することになり、文民から軍への働きかけも増加した。フレイ政権後半から始まるチリ政治の両極化と暴力の増大はアジェンデ政権期に加速化し、軍を政治化させるとともに、もともと軍が持っていた反共意識を先鋭化させた。人民連合の革命を支援する軍内秘密組織も結成されたが、圧倒的多数の将校は反政府感情に煮えたぎった。クーデター派が海・空軍で優位を確立した後も、陸軍総司令官がクーデターに反対であるため、なかなかクーデターには踏み切れなかった。上官への服従の伝統がまだ強く残っていたため、クーデターを強行すれば少なからぬ陸軍の部隊が総司令官の命令に従い、クーデター派と政府派の軍の間で内戦になる恐れがあったからである。結局、1973年8月下旬に陸軍総司令官が辞任し、クーデターに道が開かれた。
著者
鄭 仁星 工藤 雅之
出版者
国際基督教大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2010

オンライン協働学習は、議論を展開させ複雑で認知的にも活発な議論を行うことが判っており、対面式の協働に比べ、高い学習効果があることも判っている。しかし、この利点を活かすためには、綿密に設計され円滑に進行、サポートされなければならない。本研究では、4つのストレス要因が同定され、オンライン協働環境における教授方略として、異質グループの利用、学習者の相互理解を促す機会の提供、特に課題に対して自己効力の低いものには認知負荷量を増大させない課題の設定、ワークトエグザンプルの使用した課題の構成・難易度の調整が提案された。
著者
横山 泰 生方 俊
出版者
横浜国立大学
雑誌
基盤研究(A)
巻号頁・発行日
2004

代表的な熱不可逆フォトクロミック化合物であるジアリールエテンは、ヘキサトリエン部位が光環化する際に二つの不斉炭素を生じる。ヘキサトリエン部位の周辺に不斉炭素を導入すると、環化で生じる不斉炭素の絶対立体配置が片方に偏って、ジアステレオ選択的なフォトクロミズムを生じる。我々は、ヘキサトリエンの末端に不斉炭素を導入した化合物1を合成し、不斉炭素の周辺に働くアリリックストレインを立体配座のパイロットとして用いて、88%から94%deと、高いジアステレオ選択的フォトクロミック閉環反応を実現してきた。しかし、用いる複素芳香環の接続位置を3位から2位に変えた化合物2では、比旋光度変化は13000と大きいものの、ジアステレオ選択性は47%deと大きく低下した。そこで、電子反発を有効に働かせることができるために高い選択性を示すであろう分子3を設計し、合成を行った。その結果、3の光環化におけるジアステレオ選択性は90%deまで向上した。それに伴って、光反応に伴う比旋光度変化は9530の変化を示した。この結果は、J.Org.Chem.に掲載された。さらに、アリリックストレインを働かせるパイロット置換基を両側のベンゾチエニルエテンにつけた化合物を合成したところ、ビスベンゾチエニルヘキサフルオロシクロペンテンの化合物4ではジアステレオ選択性は98%de、比旋光度変化は142goを示した。残念なことに、同じ置換基をつけたビスナフトチエニルエテン5、ベンゾチエニル基とナフトチエニル基をもつもの6、については、光反応性が極端に低下し、紫外光照射によってわずかな着色体を与えるのみであった。