著者
北村 歳治 吉村 作治 佐藤 次高 山崎 芳男 店田 廣文 長谷川 奏
出版者
早稲田大学
雑誌
基盤研究(A)
巻号頁・発行日
2003

本研究は、イスラム社会の変動を科学技術の視点から分析することを目的とする。具体的には、1)イスラム世界を歴史と現代に至る技術革新の流れの中で概観し、2)IT等の科学技術がもたらす「一様化」と個別化がもたらす「多様化」の双方からイスラムの社会経済・文化の問題を分析する。1)では、マムルーク朝の文献資料を基に農業分野の技術革新を分析し、エジプトが砂糖産出国に変貌していった過程に焦点をあて、イスラム文化が実践性と受容性に富んでいる背景を明らかにした。また、今日のイスラム系のウェブサイトが英語とアラビア語を駆使して双方向性のコミュニケーションに成功している事実を明らかにした。2)では、イスラム地域でのワークショップやフィールド調査等を通じて、以下の成果を得た。(1)経済・ビジネス関連:民主化推進派と保守強硬派がせめぎあう中で、科学技術を意識した湾岸諸国は、石油依存経済からの脱却と産業の多角化を進め東アジア等との経済関係を強化したが、イスラム地域全体としては取組みが停滞している点、トルコでは経済改革を通じEU加盟を現実化させる方向に進んでいることが逆に西欧キリスト教国に対しイスラム的努力をどれだけ受容できるのかという新たな問題を提起した点、また、イスラム金融が東アジアの金融取引において看過できない動きとなっている点等を明らかにした。(2)情報・技術関連:ITの進展とともに、インターネットが過激派のサイバー・テロ手段となる傾向も顕著となった点を具体的に捉えた。(3)社会・文化関連:エジプトでは、電子化政策の推進が文化財保護行政にプラスしている点、東南アジアでは、インドネシアのユドヨノ政権の成立過程でイスラム団体を含む民主化勢力の貢献が見られた点、マレーシアでは海外からの投資を梃子にした人材育成やハイテク産業の育成及び中等教育に主眼を置いた教育体系も科学技術と経営を重視してきた点等を明らかにした。
著者
長澤 榮治 池田 美佐子 黒木 英充 鈴木 董 松本 弘 松井 真子(黒木) 黒木 真子(松井 真子)
出版者
東京大学
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
2001

アラビア文字圏とは、アラビア語・ペルシア語・オスマントルコ語などアラビア文字を用いる文化的世界を指す。これまで同地域に関する研究は、思想・宗教分野への関心が強く、また伝統的資料利用法による印象論的分析が中心であり、基礎資料の体系的利用にもとづくに政治社会分析の体制が十分に整ってはいなかった。本研究は、近現代の同地域に関する政治社会分析のために、議会議事録・官報・法令集・政府年鑑・地誌など基本資料を用いたデータベース形成のための手法を構築することを目指した。具体的な作業として、これらの原資料のデジタル化を行い、デジタル化した資料の索引・目次などを利用して用語検索システムのためのアラビア文字入力作業とデータベース設計のモデルの構築を試みた。また、上記の作業に当たっては、未所蔵分の資料の補充や関連する資料の収集、そして現地専門家との意見のために海外調査を実施した。今回アラビア文字圏データベースの構築に向けて基礎的な作業の対象に選んだのは、(1)オスマン帝国官報、(2)エジプト議会議事録、(3)エジプト新編地誌の三資料である。(1)オスマン帝国官報については、マイクロフィルム化とデジタル化を行い、全刊行号に関する書誌情報を入力し、そのデータの整理作業を行うとともに、検索システムのための準備作業を完了した。(2)のエジプト議会議事録は、索引のデジタル化と会期・会議別一覧表の作成を行った。(3)アリー・ムバーラク著『新編地誌』は、エジプト近代社会経済史資料の宝庫であるが、全文のデジタル化と索引のアラビア語入力、キーワード検索のための入力データの選定・整理作業を実施し、パイロット版の検索システムを作成した。上記のデータベースについては、今年度中に試験的に公開する予定である。
著者
濱田 正美 久保 一之 稲葉 穣 東長 靖 小野 浩 矢島 洋一 小野 浩 矢島 洋一
出版者
京都大学
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
2006

中央ユーラシアにおけるイスラームの歴史的展開の全体像を通時的に把握することを最終目標として、歴史地理、イスラーム神学、イスラーム神秘主義哲学、文化史など、従来概ね歴史研究からは等閑視されていた分野に関する知見を組み込んだ歴史像を描く可能性への橋頭堡を築いた。
著者
今井 真士
出版者
慶應義塾大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2008

(1)理論的枠組みに関して,主に中東地域の権威主義体制を論じた先行研究を題材に,「比較権威主義体制論」と呼びうる研究分野が比較政治学に形成されつつあることを明らかにした.とりわけ,(1)民主化に言及することなく権威主義体制それ自体の内部力学を分析対象と見なす,(2)権威主義体制下においても「制度」が重要である,という問題意識を共有しながらも,分類論,寿命論,分岐論という複数の研究戦略が乱立・共存していることを明らかにした.これに関連して,分岐論の根底にある考え方を体系的に表したものとして『ポリティクス・イン・タイム』の翻訳を手がけた.(2)具体的な議論に関して,権威主義体制の違いを説明するために2つの問いに注目した,(1)複数政党制を認める権威主義体制において,与党が野党と連立政権を形成して権力を維持しようとする場合がある一方,名目的な協定を締結するだけで権力を維持しようとする場合があるのはなぜか?(2)野党がイデオロギー横断的な連合(特にイスラーム主義者と左派の連合)を形成する場合がある一方,イデオロギー別に連合を結成する場合があるのはなぜか?という問いである,これを検討するために,与党による野党の「排除率」と,イデオロギーの異なる野党間の「議席占有率の差」に着目して,2つの仮説を提示した,与野党の関係について,排除率が低ければ,与党は取り込みの手段として連立政権を構築しうる一方,排除率が高ければ,与党は排除しなかった野党との間で形式的な対話を進めると想定した.野党間の関係について,イデオロギーの異なる野党間の議席占有率の差が大きければ,連合を構築するよりも個別に行動し,拮抗していれば,イデオロギー横断的な連合を構築すると想定した,この議論によって,権威主義体制における取り込みに関する仮説を精緻化するとともに,中東地域のイスラーム主義政党の行動の多様性を説明することが可能になると思われる.
著者
板尾 清
出版者
東京大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
1995

光ファイバと導波路の組立,しゅう動形磁気ディスクのトラッキング等の情報機器におけるしゅう動形位置決め機構のマイクロ化においては,一般に,摩擦力が精度低下の要因になる.特にマイクロ領域では,表面力である摩擦力が支配的になり,不感帯の増大やスティックスリップの発生により,位置決め精度はさらに低下する.しかしマイクロ領域の機械(マイクロメカジズム)では,センサの組み込みが難しく,また微小質量のため慣性力がほぼ0に等しい系を扱うことになる.このため,大きな摩擦力が働く柔軟体を,オープンループで位置決めする設計法の確立が必要となっている.本研究では,マイクロメカニズムの特徴である微小質量のしゅう動位置決め系として片持梁を対象にし,まず,固定端をステップ駆動した際に発生する不感帯とスヒックスリップの特性を明らかにした.この結果,スティックスリップの発生により,位置決め誤差やばらつきが,スティックスリップのタイミングに依存してしまうため,増大することがわかった.ついでこれに基づき,微小質量の地位決め系設計法の1つとして,スティックスリップが発生してもパ-プンループで位置決めできる設計法を確立した.この方法は,アクチュエータを位置決め系の固有周波数より高い周波数で振動させることで,微小質量の位置決めが可能であることを示している.これは,微小質量がスティックスリップを生じても,スリップ中の周期が位置決め系の固有周波数の約半分となるので,スリップ中に,アクチュエータを目標位置よりプラス側に移動することができ,微小質量は目標位置を超えないため,オープンループでの位置決めが可能となっている.さらに微小質量の典型例として光ファイバの位置決め系に適用し,使用可能であることを示した。
著者
森川 嘉一郎
出版者
早稲田大学
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
2000

本年度は、前年度に都内の男子高等学校で実施した調査よりも統制された条件で、かつ男女にまたがる標本を用いることにより、個室に反映された趣味の実態や因子をより精密に測定することを目標とした。前年度の調査ならびにそれに先立つ予備調査から得られた諸々の尺度に基づき、岡山の大学(国立・共学)にて、講師の協力を得て、学生に授業の一環として調査票を宿題の形で配布・集票した。調査内容は予備調査で有効と判断された諸項目の中から本人や両親の学歴、所得階層、職域などのフェイスシートを構成する質問7項目、並びに個室の和/洋、広さ、生活時間、ポスターやヌイグルミなど装飾品の種類別数量、電話やパソコンなどそこで使用されている電化製品の品目や使用時間、来客の頻度、清掃の頻度、物品の整頓状態などの個室の様態や使用状況に関わる質問27項目を抽出した。さらに個室の写真に代わる資料として、個室に飾られているポスターに描かれた人物・キャラクターなどの固有名・国名を書かせる記述回答式の質問を2項目と、幾つかの尺度に沿って順序づけられた典型的な個室の状態の図版と自分の個室を見比べて測定させる質問を4項目加え、計40項目で質問紙を構成した。結果において特徴的だったのは、個室におけるホビーの反映とテイストの反映とで男女の平均の相対的関係が逆になっており、男性はホビーを主体として自らの趣味を部屋に反映させるのに対し、女性はむしろ、テイストを主体とする傾向にあったという点である。これは自室の中の立体的装飾品の点数にも表れており、女性の方が男性より多い平均値が出ている。またこうした装飾品や部屋に反映されたホビーのモチーフについての記述解答をみてみると、マンガ・アニメ・ゲームなどの国内産キャラクターに関連する趣味では男性の方が女性より記述数が多く出ているのに対し、海外のキャラクターやスターの記述では逆に女性の方が多い。
著者
秋山 学
出版者
筑波大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2003

3年間に及んだ本科研では,狭義の「西洋古典学」に関わる当地の現況把握のみならず,様々な伝承形態のうちに現在なお中欧諸国に息づいているギリシア・ローマあるいはビザンツ,さらにはルネサンス期文化の諸相を捉えることに努めてきたが,その成果は同題目による研究成果報告書(A4版124頁)のうちに集約されている.同書は全5部より成り,各章題は1.中欧・ハンガリー地域研究,2.ギリシア・カトリック教会研究,3.教父学,4.西洋古典学,5.仏教・比較思想研究となっている.ここでは特に「ギリシア・カトリック教会」が維持してきた伝承を強調しておきたい.すなわち,中東欧域に広く展開する同組織は,ビザンツ神学・典礼,および東方教会法を護持しながらヴァティカンと一致し,ラテン語や西方教会法,教皇史などに関する知的水準を維持し,古代中世東西地中海文化の結節点として現在なお機能している.その中でもハンガリーのものは,同地の言語がアジア系でもあることから,今後わが国の西洋古典教育に対しても大きな裨益をなすものであろう.研究代表者はこれまで主としてギリシア教父の視点を活かしながら,西洋古典を賦活化するために「予型論」の視座を用い,これを古典解釈の基軸とする試みを行ってきた.今回の科研で,その視点を現代に継承するものとして「ギリシア・カトリック教会」を位置づけることが叶い,昨今衰退の甚だしい古典古代文化教育に対しても新しい視点を提供することができるのではないかと期待している.この他,特に15世紀マーチャーシュ王治下のハンガリーに開花した高度な人文主義的文化は「ヴァティカンに次ぐ」とまで評された絢爛たる蔵書に集約されるものであり.往時の文化水準は,ほぼ旧ハンガリー王国の故地とも重なる現中欧諸国にあって,なお衰えることなく継承されている.未知であった中欧は,今後の欧州文化研究にとって不可欠な一地域となるであろう.
著者
塩尻 かおり
出版者
京都大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2006

本年度は長期に渡る米国滞在をし、様々な野外操作実験を実施し成果を出しただけでなく、所属するニューヨーク州立大学でのセミナー発表や研究者達と議論を交わし研究を進展させてきた。短期の帰国時には効率的に化学分析を行い結果をだし、また学会発表・アウトリーチ活動も行ってきている。研究成果においては、主に3つの成果を以下に記述する。1)植物間コミュニケーションにおける匂い物質が傷害後すぐにでるのではないことを野外実験によって明らかにしたことは、今後、どの揮発性成分が刺激物質なのかを明らかにする重要な手がかりとなり、来年度はその結果を基にした室内・野外実験、さらに植物生理学者と共同で研究を進める予定である。また、2)セージブラッシが自然界で、クローン繁殖していることを明らかにし、さらに、遺伝的分析と匂い化学分析を照らし合わせ、クローン間で匂いがほぼ同じである事実から、クローン間でより植物間コミュニケーションが行われていることを示唆したことは、植物間コミュニケーションの進化を考察するうえで重要となるであろう。3)植物コミュニケーションの研究の方法において、匂いをトラップしそれを移し変える簡易方法をあみ出した。具体的にはプラスチック袋を被せ、匂いをトラップし、それをチューブで吸出し、アッセイ用の袋に移し変えるといったものである。野外においてこの方法をもちいてアッセイをおこない、移し変えた匂いを受容した枝が誘導反応を起こすこと(コミュニケーションの現象)を実証した。これはこれからの植物コミュニケーションの研究において手軽さ、安価さの面から注目を浴びると考えられる。
著者
神代 英昭
出版者
宇都宮大学
雑誌
若手研究(B)
巻号頁・発行日
2008

本研究では,(1)フードシステムの変貌メカニズムの解明(特に2000年以降の食料供給構造の国際化を重点的に),(2)地域農業再編と川上(農業部門)主導型のフードシステム発展の可能性の検討(特に生産・加工・販売を一体的に行う「六次産業」的活動を行う事例研究を重点的に),の2点を中心に研究を進め,「地域農業再編と川上主導型フードシステム発展の可能性」について検討した.特に,こんにゃく,砂糖,大豆などの地域特産物を素材として研究を進めた.
著者
上田 学
出版者
大阪教育大学
雑誌
奨励研究
巻号頁・発行日
2007

車いすは福祉機器であるため,パンク修理でさえ自転車店では扱ってくれない。本研究では,中・高生のボランティア活動による車いすの定期点検に注目した。第1段階として,中学生が障害者施設を訪問し,車いすの点検整備を試行し,社会工学的見地から,問題点や改善点などの調査を行い,継続的な点検整備ボランティア活動への基礎資料を収集することを目的とした。平成20年2月10日,大阪市更生療育センターに通う中途障害者の車いす整備を,中学生のボランティア活動として実施した。センターにお願いして車いす16台の不具合の事前調査を実施した後,中学生24名(知的障害児2名を含む)と指導者3名により整備を行った。整備内容は,汚れ落としと虫ゴム交換(16台全て),ネジの増し締め(5台,1台ボルト破損交換),きしみ止め(3台)であった。その後,実施したアンケートでは,障害者は感謝していたが,中学生からの質問や問いかけ,アンケートの質問に対しては,多くを語ろうとしない人が多かった。センター職員の方の話しによると,まだ中途障害になったショックから立ち直っていない方が多いこと,言語障害が残っていること,利き手が不自由で文字を書くことに対して億劫になっているとの理由からだそうだ。それに対し,障害者の方々との短いやりとりにも関わらず,中学生はボランティアの意義を確かな手応えとして感じていた。特に障害児がボランティア活動の喜びを感じていたことは,非常に良かった。本ボランティア活動に対しては,センターの職員の方から,日頃出来ていないメンテナンスが出来て非常に喜んでもらえ,次年度からも継続実施の要請があった。ただ次年度からは,事前の訪問を増やし,中途障害者であるお年寄りとのコミュニケーション不足を解消することが,社会工学的見地からも重要であることが分かった。
著者
山岸 みどり 山岸 俊男 結城 雅樹 山岸 俊男 大沼 進 山岸 みどり
出版者
北海道大学
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
1999

本研究の目的は、まず第1に、インターネットを通した国際共同実験システムを構築し、そして第2に、そのシステムを用いた国際比較実験を実施する中で、現在予想される困難への対処法を関発すると同時に、予め予想困難な新たな問題の所在を明らかにすることにある。この目的を達成するために、平成11年度には、実験システムの基本プラットフォームの作成に向けた作業が進められ、基本プラットフォームの原型版が作成された。平成12年度には、この基本プラットフォーム上で実行する国際比較社会実験の具体的計画を進め、いくつかの実験が試験的に実施された。まず、時差の少ない日本とオーストラリア間で最初の実験が実施され、インターネットを通しての同時参加型実験の実施に伴う多くの困難な問題の存在が明らかにされた。最も困難な問題は、インターネットを通したコミュニケーションの不安定性に関する問題であり、瞬時の反応を必要とする同時参加型実験の実施に際しては様々な工夫が必要となることが明らかとなった。今回の実験は瞬時の反応を必要としないため、実験はそのまま実施されたが、コミュニケーションの安定性を増すためのいくつかのプログラミング上の工夫・改良が進められた。またオーストラリア側の研究グループがプログラミングに関するサポートを十分に有していないためにいくつかの問題が生じたが、日本側のグループが現地に出向くことで問題は解決された。今後国際共同実験システムを拡張するに際して、現地でのプログラミングサポートの体制を作っておく必要があることが明らかとなった。この点は今後の課題である。平成13年度には、アメリカのコーネル大学との間で、瞬時の反応を必要とする共同参加型の実験が実施され、複数の研究室を結ぶ国際実験の完全実施が実現した。
著者
田中 久男
出版者
広島大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2005

フレドリック・ジェイムソンの地政学(Geopolitics)という文化研究概念を援用して、人種(民族)と地域との構造化された複合的な絡まりを究明することによって、アメリカ文学におけるエスニシティ表象の特徴をかなりの程度明らかにすることができた。
著者
今井 猛嘉
出版者
法政大学
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
2000

1.今年度もEUに見られる刑事実体法・手続法の統合への動きをフォローし、その理論的意義を検討した。2.手続法の分野では、EU加盟国相互での手続の統一化を目指す動きが加速されており、重要な進展が見られた。具体的には、EUROJUSTが設置されるとともに、ヨーロッパ共通逮捕状の新設も合意された。後者はEU域内でのテロ対策として、特に、2001年9月11日のアメリカにおける同時多発テロを受けて議論され、提案されたものである。ヨーロッパ共通逮捕状の実施条件に関する最低限の情報は集めたので、今後は、この具体化をフォローしたい。合わせて、ヨーロッパ検察設立の動きについても、理論的な検討を開始した。3.実体法の分野でもEU統一刑法にむけた動きに進展が見られ、個別の重要な犯罪に即して統一を図っていくという現実的なアプローチが特徴的であった。2001年度に確認された、EU実体刑法に関する重要な点は、次のとおりである。(1)EUの財政的利益保護を図るため、EUに対する詐欺罪(fraud)の処罰が、各国レベルで要請されている。それを受けて、例えば、ドイツでは、刑法264条(補助金詐欺罪)が新設され、既にその運用が始まっている。(2)賄賂罪(corruption)に対する各国の政策を統一する動きも進んでいる。これは、EUがOECDの勧告を尊重する形で、EU加盟各国に相当の対処を要求しているものである。賄賂罪の実体的要件を各国で統一するには至っていないが、賄賂罪の実行に付随して犯されやすいマネー・ロンダリングの防止については、つい最近、EUが、統一的な犯罪構成要件の提示を行った。今後の動向が注目される。(3)(1)、(2)を包括する形で、統一したEU刑法典を作ろうという動きも数年前から生じており、刑法学者のグループにより、Corpus Jurisが発表されている。これは、各国の伝統的な理解を超える提案も含んでおり、注目される。例えば、その13条は、法人処罰を規定するが、ドイツでは法人は処罰されず、OwiG[一種の行政刑法]によって課徴金が科せられるに止まる。しかし多国籍企業の違法活動には各国レベル、少なくともEUレベルでは統一した処理が望ましいから、ドイツにおいても法人処罰に踏み切るべきではないかが議論されている。近時、政府の諮問機関は、法人処罰に反対する旨を表明したが、今後の政策変更もありうるようであり、引き続いた検討が必要である。(4)以上のように、EU全般にわたる実体刑法の領域では、fraud, corruption, money-launderingが主たるtopicsとなり、可能な限りで加盟各国の犯罪構成要件を統一しようとする動きが具体化していることが確認された。我国も、この三つの犯罪につき、国際標準に合致した条文を作ることが要請されているので、本研究で得た知見を立法論的提言にまとめたいと考えている。4.以上から理解されるように、EU刑事法は、この二年間でかなりの進展が見られたが、昨年の米国多発テロ後に急進展した分野も多く、今まさに、関連情報が入手可能となりつつある。そのため、研究年度中に一定の結論を見出すことは困難であった。2002年度においても、鋭意、研究を継続していく所存である。
著者
寒川 恒夫 杉山 千鶴 石井 昌幸 渡邉 昌史
出版者
早稲田大学
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
2004

全4年度研究の最終年度に当たる本年度は、東アジアにおける民族スポーツの観光化変容補充調査及び、本研究の目的である"民族スポーツに観光化変容をもたらした要因の分析"及び、本研究活動を報告書にまとめる作業にあてられた。補充調査は、日本にあっては、北海道最大規模の観光イベントであるよさこいソーラン祭り、また沖縄県最大規模の観光イベントである那覇祭りの民族スポーツ(大綱引き、エイサー)、韓国においては忠清北道忠州市の忠州世界武術祭と慶尚南道の晋州闘牛、中国においては新彊ウイグル自治区ウルムチの少数民族民族スポーツ、また広東省広州市で2007年11月に催された第8回中国少数民族伝統体育運動会、それに北京市及び河南省温県陳家溝の武術について実施された。民族スポーツの観光化変容については、当該地域の経済活性化が最大要因として指摘されるが、担い手が少数民族である場合、経済要因に加え、民族の存在主張・文化主張の動機が無視し得ない。また、観光化に当たっては当該地の行政が大きく関与する事も全体的に認められる。特に中国の場合、1990年代の改革開放政策後に民族スポーツの観光化変容が開始するのが、その良い例である。それまで中国の民族スポーツは当該民族の伝統文化保存と健康という目的に存在根拠が求められていたが、改革開放後は「文化とスポーツが舞台を築き、その上で経済が踊る」のスローガンのもと、全国的規模で民族スポーツの観光化が進行して現在に至っている。観光化する民族スポーツの種目は多岐にわたるが、今回の調査で、これまではもっぱら修行や教育の枠内で展開し、経済や観光とは無縁であった武術に観光化の熱いまなざしが注がれていることが大いに注目される。
著者
飯田 直樹
出版者
(財)大阪市文化財協会
雑誌
若手研究(B)
巻号頁・発行日
2006

本研究は、現代人にとってもっぱら相撲興行というスポーツ娯楽を提供する存在としてしか認識されていない相撲集団が、歴史的には様々な社会的役割を果たしていたことを、大阪相撲という相撲渡世集団に即して明らかにした研究である。天満青物市場など市場社会や蔵屋敷(各藩が大坂に年貢米などを販売するために設けた施設)、さらにはそこで荷役労働に従事した仲仕と呼ばれる肉体労働者、賤民身分(穢多・非人)などと大阪相撲との関係を具体的に明らかにした。
著者
杉本 厚夫
出版者
京都教育大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
1998

スポーツの世界は実力だけが評価される世界であると一般的には考えられている。しかし、日本では、選手を選ぶとき、あるいは組織をつくるときには、人的ネットワークであるOB会の影響を受ける。つまり、一見メリトクラシー(実力主義)社会のように見えるが、その背景にOB会組織が機能しているのである。また、スポーツ選手としてのメリトクラシーから撤退した人によって、身体的な能力を問われない新たな代替的な場所として、OB組織が存在し、そのなかで、そのスポーツへの関わり方を強め、再びその中での上昇志向をしていこうとする。あるいは、スポーツ関連の協会でのある一定の地位に付けなかった人によって、新たな地位を確保する集団として、OB会がその対象となることもある。つまり、その世界での権力構造から排除されて人によって、作られるOB会組織という点からして、これらは「代替的加熱」というにふさわしいものである。精確に言えば、スポーツ集団の中で形成された階級文化としての年功序列が、OB会組織の基盤であるといっても良い。さらに、経済的な側面から、OB会の援助に依存することから、そこに権力構造が生起しやすい。しかし、欧米では、OB会は日本の大相撲の「タニマチ」と同じように、パトロンとして存在し、サポーターとして、権力関係を構築することはない。プロ野球では、監督コーチにその球団のOBが多いが、米国のそれは、まったく関係がない。メジャーリーグの選手でなくとも、監督コーチとしての専門的な実力が認められるとなれる。その意味で、日本のプロ野球の組織は、OB会の権力構造を有していると言える。しかし、Jリーグは歴史も浅いこともあり、地元密着型を指向していることもあって、あまり偏ったOB組織を持っていない。今後は各種のスポーツ種目団体のOB会の権力構造について研究していく必要がある。
著者
小川 裕充 板倉 聖哲 桝屋 友子 田中 秀隆 朴 亨國 大田 省一 羽田 正 秋山 光文 浅井 和春 後小路 雅弘
出版者
東京大学
雑誌
基盤研究(A)
巻号頁・発行日
2004

設備備品につては、「西洋人アジア旅行記」5,663点(マイクロフィッシュ16,453枚)、「西洋人アジア伝道旅行記」231点(マイクロフィッシュ1,585枚)を一括購入し、ヨーロッパの世俗・宗教両面から伝統アジアを捉える旅行記を基本研究資料として公開している。絵画班:小川は、平成17年度、シンガポール亜州文明博物館新収の中国絵画コレクション50数点の悉皆調査を行った。また、板倉・田中・五十嵐とともに、オーストラリア所在中国・日本絵画調査を実施し、オーストラリア絵画のディジタル・ファイルを購入した。18年度は・板倉とともに、東アジア・東南アジア所在中国絵画調査を実施した。調査対象は台湾:石允文コレクションなど3個所、シンガポール:呉起駒コレクションなど2個所、香港:香港中文大学文物館・香港藝術館、計7個所であり、撮影作品数無慮7百点に上る。彫刻班:浅井・朴は、東京国立博物館収集東南アジア仏教彫刻スライド資料2万点のディジタル画像化、及びプリントアウトをすべて完了し、資料整理の基礎となる基本カード作成もほぼ半数の1万点に及ぶ。また、東博資料のデータの不備を解消し、画像資料をさらに充実させるべく実施した、インドネシア調査(17年度)では、調査撮影対象は、ボロブドゥル遺跡など約70個所、作品4千点に上り、データを再点検し、ディジタル画像資料3万点を追加した。タイ・マレーシア・カンボジア調査(18年度)では、調査撮影対象は、バンコク国立博物館など、約10個所、ディジタル画像資料1万6千点、作品数約2千5百点を追加した。絵画班・彫刻班の調査作品は、個人研究とは別に、班として目録を収載する。なお、絵画班:西・後小路・桝屋・井手、建築班:羽田・大田は、別途、調査研究を進めたため、基盤Aの研究成果としては、研究成果報告書に論文1点を全文掲載し、他は本概要にリストアップするにとどめる。
著者
水井 真治 笹 健児 日比野 忠史 永井 紀彦 清水 勝義 富田 孝史
出版者
広島商船高等専門学校
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2006

港湾計画においては構造強度や海洋環境など様々な観点から多面的に検討されるが,その中でも最も重要な指標の一つに港内静穏度,特に波浪や風による影響の検討がなされる.瀬戸内海など外洋に面していない海域の港湾の場合,波浪条件が静穏であることから外洋性港湾ほど詳細な安全性の検討がなされているとは言い難い.しかし,著者らは瀬戸内海における港湾において,強潮流時にも船舶が運用困難となる事例から潮流による運用困難な影響も詳細に検討する必要性を示した.当初は潮流による船体運動への影響評価として,静止した船舶が潮流を受けた場合に移動する距離を潮流条件ごとに比較検討した.しかし,実際には船体が桟橋に着桟する局面では舵とプロペラの力を用いて姿勢制御を行う操船方法であり,これらの影響を考慮した船体運動の数値解析法は検討できていない.潮流が卓越する中で運用せざるを得ない港湾の運用限界を定量的に評価するため,舵とプロペラによる操船制御の動作を考慮した船体運動の解析手法へ改良する必要があると考えられる.瀬戸内海の船舶運航者を対象に潮流下での運用の困難度をアンケート調査で把握し,港湾運用の現状を改めて整理した.これをもとに前報で対象とした潮流影響が顕著な離島航路のフェリー港湾まわりの潮流・水質調査を大潮日に数回実施した.さらに潮流中における着桟操船時の船体運動について,舵力,プロペラ推力,ポンツーン衝突時のエネルギー吸収などの影響を再現できる数値計算法の開発を実施し,再現精度を検証するとともに強潮流下における港湾での新たな運用限界の検討方法を提案した.この結果,実際の着桟局面での船体運動を定量的に評価することが可能となり,強潮流が卓越する港湾での運用の困難度を評価する一手法を確立することができた.
著者
新井 邦二郎 飯田 浩之 藤生 英行
出版者
筑波大学
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
1998

子どもの自己決定権意識の構造を解明するために,小学生(5年生),中学生(2年生),高校生(2年生)と小学生・中学生の保護者(親)を対象に質問紙調査を行った.調査内容は,自己決定権意識(子どもが自分のことは自分で決定してよいと考える程度),自己決定欲求(自分で決定したいと考える程度),自己決定能力(自分で決定する自信の程度),自己決定環境(自分に決定が任されている程度)の4つである.その結果,次のような結果が見い出された.【子どもの結果】1 小学生・中学生・高校生とも,自己決定権意識よりも自己決定欲求のほうが高いレベルにある.(2)小学生・中学生・高校生とも,自己決定能力を自己決定欲求よりも,低く認知している.中学生・高校生は自己決定能力を自己決定権意識よりも低く認知している.(3)小学生・中学生・高校生とも,自己決定欲求や自己決定権意識よりも,自己決定環境を低く認知している.自己決定能力との関係では,小学生は自己決定能力よりも自己決定環境を低く認知し,中学生ではそれらを同レベルに捉えるが,高校生では自己決定能力よりも自己決定環境を高く認知している.【保護者の結果】(1)小学生・中学生の保護者は,子どもの自己決定権意識よりも自己決定欲求を高めに認知している.(2)小学生・中学生の保護者は,子どもの自己決定能力を自己決定欲求よりも低く,自己決定権意識とほぼ同レベルに認知している.(3)小学生・中学生の保護者は,子どもの自己決定欲求や自己決定権意識ならびに自己決定能力よりも,自己決定環境を低く認知している.以上のように,日本の小・中・高等学校の子どもに自己決定欲求が特に日常生活上の身近な出来事について高く見られるが,自己決定権意識はそれほどの高さではなく,自己決定能力は低く認知されている。このような結果をふまえて、小学校高学年までに放任ではなく指導的観点から自己決定環境を用意し,自己決定能力を身につけ,この自己決定能力とバランス(調和)のとれた自己決定権意識を発達させることが重要と思われる。
著者
品田 裕 大西 裕 曽我 謙悟 藤村 直史 山田 真裕 河村 和徳 高安 健将 今井 亮佑 砂原 庸介 濱本 真輔 増山 幹高 堤 英敬 平野 淳一
出版者
神戸大学
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
2010

本研究は、国会議員を主とする政治家と有権者の関係、あるいは政治家同士の関係がどのように変容しつつあるのかを調査し、その変化の要因を実証的に解明することを目的として開始された。その結果、本研究では、選挙区レベルの詳細な観察・データを基に、実証的に現代日本の選挙政治の変容を明らかにすることができた。取り上げた研究対象は、集票活動・有権者と政治家の関係・政治家同士の関係・議員活動・政治家のキャリアパス・政党下部組織など、多岐にわたった。これらの分析から得られた成果を基礎に、さらに、国会のあり方や選挙制度にまで分析を進めることができ、現代日本の選挙政治理解に一定の貢献を果たすことができた。