著者
福光 徹 脇 ますみ 萩尾 真人 林 孝子 桑原 千雅子
出版者
公益社団法人 日本食品衛生学会
雑誌
食品衛生学雑誌 (ISSN:00156426)
巻号頁・発行日
vol.62, no.5, pp.168-174, 2021-10-25 (Released:2021-11-02)
参考文献数
12
被引用文献数
1

畜水産物中のキノロン系およびテトラサイクリン系薬剤18成分を対象としたLC-MS/MSによる高精度な一斉分析法を確立した.n-ヘキサン存在下,EDTA含有クエン酸緩衝液–メタノール–アセトニトリル(3 : 1 : 1, v/v/v)混液で試料から対象薬剤を抽出し,Oasis PRiME HLBミニカラムで精製した.本分析法は,n-ヘキサンを用いることで,脂肪を含む固体試料中の対象薬剤も抽出可能であることが示唆された.また,ミニカラムからの溶出液に0.1 vol%ギ酸含有・メタノール–アセトニトリル(3 : 7, v/v)混液を用いることで,回収率の低下を最小限にしつつ精製効果を向上させることができた.6種類の食品試料を用いて妥当性評価を実施した結果,選択性および添加濃度におけるS/N比は良好であり,真度70.6~113.8%,併行精度9.0%以下,室内精度15.5%以下とガイドラインの目標値を満たした.
著者
羽佐田 勝美 小林 慎太郎 丸井 淳一朗
出版者
日本国際地域開発学会
巻号頁・発行日
vol.30, no.1, pp.65-74, 2019 (Released:2019-12-03)

本稿では,魚発酵食品パデークの需要が増加しているラオス国ビエンチャン特別市を対象に,パデークの流通の現状と課題を検討した。ビエンチャン特別市で最も多く販売されるパデークは伝統的パデークであった。パデークの流通においては,農家がパデークの原料採集,生産,発酵までを,仲買業者がパデークの集荷と出荷(流通)を,小売業者が最終的な調味(加工調製)と消費者への販売(小売)を主に行っていることがわかった。また,パデークの流通形態は仲買業者介在型,仲買業者不在型,農家直売型の3つに分類できることがわかった。各ステークホルダーの粗マージンについては,仲買業者と比べ,農家と小売業者がより高い粗マージンを得ていることが示唆された。さらに,パデーク経営において,農家はパデークの原料である魚の不足(資源の問題)が,仲買業者はパデークの不足(資源の問題),顧客が少ないことや同業者による競争(市場競争の問題)とパデーク仕入れ資金の不足(資金・経費の問題)が,小売業者は投資資金の不足や販売経費の負担が大きいこと(資金・経費の問題)と競争相手が多いこと(市場競争の問題)が,問題であることがわかった。
著者
小林 亮介 山本 宏 貝沼 修 趙 明浩 鍋谷 圭宏 伊丹 真紀子
出版者
日本臨床外科学会
雑誌
日本臨床外科学会雑誌 (ISSN:13452843)
巻号頁・発行日
vol.76, no.4, pp.743-748, 2015

症例は33歳,男性.労作時のめまい・動悸を自覚し,近医受診しHb 7.3g/dlと貧血を指摘された.十二指腸水平部に2型腫瘍を認め,十二指腸癌の診断で,幽門輪温存膵頭十二指腸切除術を施行した.病理組織診断では,小円形細胞の増殖を認め,免疫染色では,MIC2,NSE陽性で,筋原性マーカーや上皮性マーカーは陰性であった.さらに,Ewing肉腫と同じ染色体転座も認め,末梢性未分化神経外胚葉性腫瘍peripheral primitive neuroectodermal tumor(pPNET)と診断した.術後は化学療法を行い,現在術後4年無再発生存中である.pPNETは四肢や胸壁などに発生する軟部腫瘍で,近年,Ewing肉腫と共通した染色体転座を有することが判明し,Ewing肉腫ファミリー腫瘍と総称される.腸管原発の発生は非常に稀であり,若干の文献的考察を加え報告する.
著者
橋詰 直孝 小林 修平 井上 喜久子 香川 芳子 川原 貴 赤岡 家雄
出版者
一般社団法人 日本痛風・核酸代謝学会
雑誌
プリン・ピリミジン代謝 (ISSN:09162836)
巻号頁・発行日
vol.16, no.2, pp.93-98, 1992

血清尿酸値が一過性に上昇する運動性高尿酸が激しい運動を継続すると恒久的な高尿酸血症に進行するか否かを検討する目的で長距離・マラソンランナー11名(男性,年齢20~42才)を対象に,オーバートレーニングに近い月間走り込み大会前(9月30日),直後(11月1日)2週問後(11月15日),4週間後(11月29日)の血清尿酸値を測定した.<BR>走行距離は大会前の(9月)1日9.4±2.0km,大会中(10月1~31日)1日23.2±2.5kmで大会前の約2.5倍走り込んでいる.大会2週間後1日10.4±1.5km,大会4週間後1日9.1±1.8km である.摂取エネルギーは大会前1日2893±21kcal,大会中では1日3528.1±164.5kcalで,大会前の約1.2倍摂取している.それが大会後も続いている.それにもかかわらず体重の増加は認めなかった.このことは摂取エネルギーと消費エネルギーのバランスがとれているためである.血清尿酸値は大会直前6,1±0.2mg/dl,大会直後5.6±0.2mg/dl,大会2週間後5.4±0.3mg/dl,大会4週間後5.3±0.4mg/dlで大会前値に対して大会直後や大会後は有意に低下していた.<BR>これらの結果より,運動に見合ったエネルギーを摂取した場合,体重の増加がなく消費エネルギーとのバランスがとれていれば激しい運動を継続的に行っても恒久的な高尿酸血症に進行しないばかりか,かえって尿酸が低下することが考えられた.
著者
小林 信彦 Nobuhiko KOBAYASHI
雑誌
桃山学院大学人間科学 = HUMAN SCIENCES REVIEW, St. Andrew's University (ISSN:09170227)
巻号頁・発行日
no.21, pp.25-48, 2001-07-10

As the personification of the ultimate truth, Mahavairocana (the Great Sun) cannot be perceived. He is symbolized by gestures, sounds and geometric figures. Buddhist tantrism is the system of attaining buddhahood by using these symbols. The Japanese, however, are not interested in becoming buddhas. They only try to remove troubles in this world, and wish to go to a paradise called "gokuraku" after death. It is for this purpose that they chant the komyo-shingon addressed to Dainichi-nyorai, the Japanese version of Mahavairocana.
著者
山田 英介 林 明徳 稲垣 慎二 岡本 弘 古川 淳二
出版者
一般社団法人 日本ゴム協会
雑誌
日本ゴム協会誌 (ISSN:0029022X)
巻号頁・発行日
vol.67, no.9, pp.645-650, 1994

ミラブル形およびワンショット法ポリウレタンに対して官能基を有するカルボン酸アルミニウム塩(活性充てん剤)の配合試験を行った. ミラブル形ポリウレタンにおいては, 活性水素をもつ官能基を含有するものを配合すると, ポリウレタンの分解が起こり, 架橋物が得られなかったが, ビニル基を含有するものは, 架橋ポリウレタンの引張り物性を大幅に向上させることを認めた. この架橋物の応力-ひずみ曲線をMooney-Rivlin 式で解析した結果, 活性充てん剤は一次結合の増加に寄与し, 架橋助剤として作用していると考えられる.<br>ワンショット法ポリウレタンでは, ビニル基よりもアミノ基を有する充てん剤の方がイソシアナート基との反応により, 補強効果が大きいことを認めた.
著者
望月 直美 小林 正夫 西大路 賢一 宮田 正年 宇野 耕治 桂 奏
出版者
一般社団法人 日本消化器がん検診学会
雑誌
日本消化器がん検診学会雑誌 = Journal of gastroenterological cancer screening (ISSN:18807666)
巻号頁・発行日
vol.51, no.5, pp.557-563, 2013-09-15
参考文献数
19

症例は61歳, 男性。人間ドックの上部消化管内視鏡検診で胸部中部食道に長径約2cmの隆起性病変を認めた。中心部には陥凹を認めたが, 辺縁部は既存の上皮に覆われており粘膜下腫瘍様形態であった。生検組織で免疫染色上クロモグラニンAとシナプトフィジンが陽性であり, 食道内分泌細胞癌と診断した。超音波内視鏡検査の結果, 食道外膜への浸潤を認めた。また多発肝転移を認め, StageIVbであった。化学療法としてCPT11/CDDPおよびVP-16/CDDPを行ったが, 9か月後に永眠された。食道内分泌細胞癌は進行が速く, 予後はきわめて不良である。稀な疾患であるが, 診断のためには臨床的特徴を把握しておくことが重要である。
著者
新井 恒紀 小林 孝之
出版者
一般社団法人 日本温泉気候物理医学会
雑誌
日本温泉気候物理医学会雑誌 (ISSN:00290343)
巻号頁・発行日
vol.76, no.3, pp.175-191, 2013-05-29
参考文献数
18

<B>背景</B> : リンパ浮腫は、先天性を含めた原因不明のものと主にがんの手術や放射線療法によるリンパ管の輸送障害に起因する続発性リンパ浮腫に分類され、我が国には10万人以上存在するといわれている。リンパ浮腫の治療については、国際リンパ学会により複合的理学療法が標準治療に定められている。この療法は、「スキンケア」「用手的リンパドレナージ」「圧迫療法」「運動療法」を複合的に実施することにより、はじめて最大限の効果を得ることが出来るものである。現在、我が国では「リンパ浮腫指導管理料」と圧迫療法として「弾性着衣等に係わる療養費の支給」の2項目のみが保険適用になっており、用手的リンパドレナージが保険適用になっていない。そのためこの療法の単独効果を実証し保険適用の一助とするため本研究を行った。<BR><B>方法</B> : 四肢のみに浮腫のみられた患者72名(平均年齢は60.46&plusmn;13.00歳)に対して用手的リンパドレナージを上肢患者45分、下肢患者60分行った。患者の治療前後の患肢容積変化を測定しその効果を検討した。データの統計処理は正規分布検定を行ったのちWilcoxonの符号付順位検定を行った。<BR><B>結果</B> : 全患者n=72名では69.20ml&plusmn;93.00ml減少し(p<0.000)、部位別では上肢群n=16名では26.20ml&plusmn;45.99ml減少し(p=0.039)、下肢n=56名では81.40ml&plusmn;99.50ml減少し(p<0.000)、集中治療期(Phase1) n=12名では112.50ml&plusmn;118.78ml減少し(p=0.005)、維持治療期(Phase2) n=60名では60.50ml&plusmn;85.56ml減少し(p<0.000)だった。またPhase2をStage分類し治療前後の患肢容積変化を算出したところStageI (n=9名)では75.00ml&plusmn;98.14ml減少し(p=0.038)、StageII (n=46人)では56.90ml&plusmn;88.17ml減少した(p<0.000)。※患者数が5人未満である0期、III期は統計処理から除外した。<BR><B>結論</B> : 今回の研究により、用手的リンパドレナージによる治療前後の患肢容積が統計的に有意に減少したことが明らかになった。この結果を踏まえ、用手的リンパドレナージを含んだ複合的理学療法の保険適用が切望される。
著者
萩原 武士 石田 展一 竇 暁鳴 林内 賀洋
出版者
大阪教育大学
雑誌
大阪教育大学紀要 3 自然科学 (ISSN:03737411)
巻号頁・発行日
vol.42, no.1, pp.p15-22, 1993-09

カリウム・コロイドを含むKI単結晶における電界発光現象の機構について知見を得るために,これまでにカリウム・コロイドの導入法の確立とその評価・同定法に関連する実験研究の成果の一部について報告を行ってきた。本研究では電界発光現象におけるカリウム・コロイド役割を明らかにする目的で付加着色法によって高濃度にF中心を導入できる条件下で,急冷法ではなく炉中冷却の方法を採用し,カリウム・コロイド,F中心およびF_2中心を含むKI単結晶を試料として実験を行った。その結果,約80Kの低温で電界発光のスペクトルを観測することにより,240nm,360nm,540nmに発光ピークが存在することが明らかになった。電界発光測定前後の試料についての光学吸収スペクトルを基礎としてカリウム・コロイドと関連する種々の色中心のエネルギー準位を考慮してこれらの三つの発光ピークについてモデルを検討した。240nmのピークについては,強電界下でカリウム・コロイド粒子から放出された電子が伝導帯に励起されて,自由電子となり試料中を動きまわりF中心と会合してF^-中心を形成する際の放射光であるとした。さらに,360nmと,540nmとの発光ピークは,それぞれカリウム・コロイド粒子から放出された正孔型中心であるV_k中心がF_2^+中心と会合する場合とV_k中心から変換されたH中心がF中心と会合する場合の放射光であるとした。
著者
紅林 伸幸
出版者
一般社団法人 日本教育学会
雑誌
教育学研究 (ISSN:03873161)
巻号頁・発行日
vol.74, no.2, pp.174-188, 2007-06-29 (Released:2018-12-26)
被引用文献数
4

日本の教師集団は、学級王国的な教師文化とプライバタイゼーションの進行によって、プライベートな領域には踏み込まず、実践を主体的に交流させることには消極的であるという、日本特有の"限定的な同僚性"を発達させてきた。この同僚性は、主体的・自律的な学校運営を行うことが課題となっている現在の学校にとっては必ずしもプラスに機能するものではないが、個人としての教師にとっては居心地の良い場所を提供してくれる都合の良い同僚性である。それゆえに、その問題性が教師自身に自覚されないという問題の深刻さを抱えている。本稿では、学校臨床社会学の立場から日本の教師文化における同僚性の将来像を展望し、主体的・自律的な学校運営を基礎づける教師の同僚性のスタイルとして、医療現場で取り組みが始まっているチーム医療から《チーム》のアイデアを学ぶ。専門性を主要な要件とし、柔軟性を主要な構造特性としている《チーム》というスタイルは、100年を超える学校化の進展の中で《集団化主義》という独自の特性を身体化してきた日本の教師に、新しい協働の同僚性の可能性を開く。
著者
村上 恭通 大村 幸弘 安間 拓巳 槙林 啓介 新田 栄治 笹田 朋孝
出版者
愛媛大学
雑誌
基盤研究(A)
巻号頁・発行日
2013-10-21

この研究は、製鉄の起源地である中近東から東方へ伝わる技術の足跡と変化の画期を考古学的に明らかにすることを目的としました。ヒッタイトに代表される青銅器時代の鉄は、紀元前12世紀頃にコーカサス地方を経て、中央アジアに伝わることを発掘により明らかにしました。これを技術伝播の第1波とすれば、黒海・カスピ海北岸地域のスキタイで育まれた技術の東方伝播が第2波といえます。東アジアは第1波の技術を基礎に発展させ、第2波を受容していないことも判明しました。ユーラシア北部における製鉄技術の伝播が鉱山を求めて移動する遊牧民族の生活様式に起因することが想定できるようになりました。
著者
松林 哲也
出版者
日本選挙学会
雑誌
選挙研究 (ISSN:09123512)
巻号頁・発行日
vol.32, no.1, pp.47-60, 2016

有権者を取り巻く投票環境の変化は投票率にどのような影響を及ぼすのだろうか。本稿では投票環境として市町村内の投票所数とその投票時間に注目し,それらの変化が市町村内の投票率に与える影響を推定する。2005年から2012年の3回の衆院選における34都府県の市町村パネルデータを用いた分析によると,1万人あたり投票所数が1つ増えると投票率は0.17%ポイント上昇し,また市町村内の全ての投票所で投票時間が2時間短縮されると投票率が0.9%ポイント下落する。これらの効果は市町村の人口規模や人口密度にかかわらず一定である。投票環境の制約を少しでも取り除き投票の利便性を高めるためにこれまでにもさまざまな制度の変更が提案・実施されているが,本稿の研究結果は投票所の設置数や開閉時間を見直すだけでも投票率が上昇する可能性があることを示唆している。
著者
小林 勝 山口 定次郎
出版者
社団法人 日本蚕糸学会
雑誌
日本蚕糸学雑誌 (ISSN:00372455)
巻号頁・発行日
vol.41, no.4, pp.275-278, 1972

核多角体病ウイルスを接種したカイコの結紮分離腹部にエクジステロンを注射し, 強制的に蛹化させる処理を加えた場合の感染細胞におけるDNA合成を<sup>3</sup>H-チミジンを用いたオートラジオグラムで調べ, つぎの結果を得た。<br>1) 結紮分離腹部の感染数はエクジステロンを注射することにより, エクジステロンを注射しない場合の感染数よりも増加した。<br>2) エクジステロンを注射して15時間を経過した分離腹部の感染細胞核では, 対照のエタジステロンを注射しない分離腹都の感染細胞におけるよりも Virogenic Stroma への<sup>3</sup>H-チミジンの取り込み量と取り込んだ感染細胞数が多かった。したがってNPVに感染したカイコの結紮分離腹部にエクジステロンを注射して蛹化を促したものは, 対照の蛹化処理をしない分離腹部に比較して感染細胞におけるウイルスの増殖が促進されるものと考察された。
著者
舘林 史子 緒方 稔泰 斉藤 潮
出版者
公益社団法人 日本都市計画学会
雑誌
都市計画論文集 (ISSN:09160647)
巻号頁・発行日
vol.34, pp.439-444, 1999
被引用文献数
1

Our representations of landscapes change though both land development and psychological changes. During Taisho periods Ena-kyo had an experience that both physical and psychological changes happened simultaneously. This study focuses on the influence of these physical and psychological changes on our representations of Ena-kyo and the relationship between them. The results show that naming elements of landscapes is able to change our representations of landscape. This could be one of the adequate methods to remain the landscapes in our mind despite that the physical change of land actually occurs. Furthermore seeing artificial objects in natural landscapes and vice versa refer to our expectation of friendships between human and nature.
著者
小林 道夫
出版者
科学基礎論学会
雑誌
科学基礎論研究 (ISSN:00227668)
巻号頁・発行日
vol.25, no.1, pp.9-15, 1997-12-25
参考文献数
6

デカルトは現在の (特に英米系の) 心の哲学においてはたいへん奇妙な扱いを受けている。デカルトの心の哲学の第一の特質はその二元論であるが (ただし, あとで触れるように二元論に尽きるのではない), この二元論のゆえにデカルトの哲学は, しばしば, 反科学の扱いをうけるのである。J.サールは最近の著書で, 現代の心の哲学での (科学主義的的) 唯物論の動向を難じて, その要因の筆頭に,「 (人々は) デカルトの二元論に陥るのが怖いのだ」という点を挙げている。現代の科学の時代にあって, 実在とはすべて客観的なものであり究極的には物理的存在であると思われるにかかわらず, 物理的存在以外に心的実体なるものを認めるデカルトの二元論に同調することは, 科学的知性を脅かす不条理を引き受けることだと見られるというのである(1)。しかし, 改めていうまでもなく, 自然科学の対象から心的性質や目的論的な概念を一切除外して, 近現代の数理科学を方向づけたのは他ならぬデカルトである。彼はまた, 動物や人間の身体をも機械論的に説明しようとして近代の生理学の見地をも設定したのである (デカルトの生理学的な「人間論」はのちの唯物論的な「人間機械論」の一つの有力なソースであった)。デカルトにとっては自分の哲学こそが, 人間の身体をも含む自然全体の科学的探究を推進するものであったのである。しかし, 問題はもちろん, デカルトが科学的探究の対象となる物理的生理学的対象以外に, それとは独立のものとして思惟や意志という心的存在を認めたことである。現代の言葉でいえば, デカルトは, 科学的生理学的探究を推進しながら, それとは独立に「常識心理学」の領域があるとはっきりと認めたということになる。私見によれば, 現代の心の哲学の状況に身を置いて, いわゆる「消去的唯物論」に与するのでなしに, 自然や人間の身体に対する科学的生理学的探究の見地を堅持しながら, 常識心理学が表す心的性質や心的存在に独自の身分を認める方向の哲学を立てようとした場合には, デカルトの心の哲学はなおも極めて有力で説得的な見地と評価しうる。以下で私は, 現代の心の哲学の問題, とくに「心的性質の実在性」や「心的因果性」の問題を念頭におき,「デカルトの心の哲学」からはそれらの問題に対してどのような解答が与えられるか, という点を考えてみたい。