著者
森 博世
出版者
徳島大学
雑誌
若手研究(B)
巻号頁・発行日
2016-04-01

本研究では、骨格筋萎縮性疾患に対するmyostatin siRNA(Mstn-siRNA)およびmyostatinの受容体であるactivin type IIB受容体の細胞外領域Fc融合タンパク (ActRIIB-Fc)の共投与による効果を検討した。共投与を行ったマウスは、それぞれの単独投与と比較して骨格筋重量と筋線維断面積の有意な増加とともに、myogeninの遺伝子発現の亢進および筋萎縮関連遺伝子であるMuRF-1 およびAtrogin-1 の発現低下を認めた。これらの結果より、Mstn-siRNAとActRIIB-Fcの共投与は骨格筋萎縮疾患の有効な治療法となる可能性が示唆された。
著者
佐藤 康邦 川本 隆史 越智 貢 大庭 健 池上 哲司 安彦 一恵 星野 勉 水谷 雅彦 中岡 成文 溝口 宏平
出版者
東洋大学
雑誌
総合研究(A)
巻号頁・発行日
1994

本プロジェクトは、医療や環境といった各問題領域ごとバラバラの輸入・紹介から始められた「応用倫理学」を現代日本の文脈に埋め込む作業を通じて、「倫理学におけるマクロ的視点とミクロ的視点の総合」をめざそうとするものであった。初年度開始と同時に総合研究の準備態勢を整え、交付決定後の7月に全体研究打ち合せ会議を開催した。本会議では代表者によって研究目的の詳細な説明がなされた上、二つの報告と活発な意見交換がなされた。12月の全体研究打ち合せ会では、生命倫理、環境倫理、情報倫理の三分野に関する個別報告がなされ、方法論については応用倫理学を「臨床哲学」へと深化・徹底させようとする動向とシステム理論の最前線の議論が紹介された。2月の研究合宿では、生命倫理の難問に即しながら応用倫理学の学問的姿勢を吟味する報告に続いて、研究代表者および分担者が編者を務めた論文集『システムと共同性』の合評会を行なった。最終年度は3会の会議を開催し、全部で11の個別報告と総括がなされた。その大半は別途提出する研究成果報告書や公刊物に掲載されるので、要点のみ列記する。(1)C.テイラー『自我の諸源泉』の検討(星野報告)。(2)公教育における多元文化主義の論争(若松報告)。(3)生命倫理と「公共政策」との連携(平石報告)。(4)〈内在的価値〉の解明(渡辺報告)。(5)環境倫理の再構成(安彦報告)。(6)C・マ-チャント『ラディカル・エコロジー』の吟味(須藤報告)。(7)環境や自然に対する現象学的接近(溝口報告)。(8)阪神大震災後のボランティア・ネットワークの調査(水谷報告)。(9)教育という文化的再生産の機制(壽報告)。(10)討議倫理学の生命倫理への応用(霜田報告)。(11)ビジネス・エシックスのサ-ヴェイ(田中報告)。以上の経過をもって、所期の研究目標はほぼ達成されたものと自己評価を下している。
著者
太田 俊二 福井 眞
出版者
早稲田大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2015-04-01

温帯性蚊の生活史にもとづく季節的消長を表現するようなモデルとして、冬季に成虫休眠の生活史特性をもつイエカ(Culex pipiens)と卵休眠をするヒトスジシマカ(Aedes albopictus)それぞれの個体群動態モデルを開発した。本研究では東京・新宿区で10年以上にわたって採取されたデータを活用し、個体群動態モデルのパラメーター推定を行った。これまでは休眠に関して日長感受性をモデルに組み込んでいたが、本年度は温度感受性もモデルに組み込むことにより、現在気候下での季節的消長について再現性を高めることに成功した。本研究で開発した個体群動態モデルは、蚊の発育段階を考慮しており、幼虫や蛹などの水中生活段階において降水による影響を組み込むことができる。観測データに合わせてモデルを選択したところ、降水の影響を含まない場合よりも影響を組み込んだ場合の方が再現性は高かった。このモデルを用い、MIROC5を用いて2081年から2099年における将来気候下でのイエカ・ヒトスジシマカの個体群動態をシミュレートしたところ、種によって挙動が異なっていた。ヒトスジシマカはこれまで懸念されていたように、温室効果化ガス排出が多いシナリオ(RCP8.5)において活動期の個体数増加の傾向が見られた。ただし、排出が少ないシナリオ(RCP2.6)においては1991年から2009年までの過去の個体群動態を再現した場合と大きな差はなかった。これに対し、イエカは排出シナリオにかかわらず、活動期の個体数が減少することが示された。蚊の種によって媒介する感染症がことなり、イエカは日本脳炎、ヒトスジシマカはデング熱やジカ熱などを媒介するため、蚊の種類に応じた感染症対策が必要となる。本研究は気候変動によって蚊媒介性の感染症のリスクについて、蚊の個体群動態モデルの開発を通して時間解像度が高い知見を提供することができた。
著者
大坪 亮介
出版者
大阪市立大学
雑誌
若手研究(B)
巻号頁・発行日
2017-04-01

今年度は、「現在までの進捗状況」の項で述べたように、研究の遂行に遅れが生じた。そうした状況ではあるが、高野山大学図書館にて『頼円師記』という資料を確認できたことは一つの収穫であった。本資料についての専論はないと見られる。その上、高野山大学図書館に複写依頼をしてから実際に複写物が届くまで、三ヶ月程度の期間を要したため、いまだ当該資料の詳細は明らかではない。本資料に記される頼円が、本研究で研究対象とする頼円その人かどうかという点にまで立ち返り、慎重に考察を進めていく必要がある。とはいえ、本資料は醍醐寺三宝院流に関わる記述を含む上、南朝天授三年(1377)の年号も見える。こうした記述は、先行研究で指摘される頼円をめぐる環境とも重なると思われる。以上から、本資料は従来あまり注目されてこなかった頼円に関わると思われ、本研究当初の目的である、一心院における文芸生成の実態に迫る上で有益な資料である可能性が高い。当該資料の分析と同時に、今後も関連資料の探索を進めていきたい。一方、本研究を着想する端緒となった『太平記』における真言関係記事に関しては、研究発表とそれに基づく論文刊行という成果が得られた。すなわち、従来出典が指摘されてこなかった『太平記』巻三十五「北野通夜物語」の説話が、実は弘法大師伝の一つ『高野山大師行状図画』を典拠としていることを明らかにした。さらに典拠の存在を視野に入れることにより、説話引用の文脈が浮かび上がってくることを指摘した。『高野大師行状図画』が『太平記』巻十二の説話の典拠であることは以前より知られていたが、新たに「北野通夜物語」でも該書の利用が明らかとなった。これは真言と『太平記』との関わりを考える上で注目すべき事例といえる。
著者
氏岡 真士 伊藤 加奈子
出版者
信州大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2009

『水滸伝』の版本は一般に(文)繁本と(文)簡本に大別され、多くの研究者は前者を後者より重視している。結果的に百二十四回本や八巻本、十巻本、三十巻本など重要な版本の研究が進んでいなかった。本研究はこれら(文)簡本を中心に調査分析を行ない多くの知見を得たものである。注意すべきは金聖歎による七十回本の独擅場とされる清代にも(文)簡本が版を重ねていたことで、この事実は当時の読者層の二極化を示唆する。
著者
奥村 真衣子
出版者
信州大学
雑誌
研究活動スタート支援
巻号頁・発行日
2018-08-24

選択性緘黙児は社会的状況で発話や行動が抑制されるため、主体的に対人関係を形成することが困難である。そのため、他児と活動を共有する機会に乏しく、孤立、いじめ、不登校等の集団不適応に陥りやすい。このような不適応状態を未然に防ぐには、発話以前に対人関係の支援を行うことが優先的課題である。本研究では、選択性緘黙児が負荷なく他児と交流することを助けるツールとして、教材や玩具に着目した。これらの使用は専門的技術に依存しないため、教師や保護者等でも活用可能なことが期待される。そこで、支援資料が充実している北米や英国における対人関係支援に有効な教材や玩具を調査し、わが国の実態に合わせた援用方法を検討する。
著者
岩谷 典学 間部 裕代
出版者
熊本大学
雑誌
萌芽研究
巻号頁・発行日
2001

本研究は、年々増加している小児期、思春期の心身症患者について、その病態の一端を明らかにし医学的対応の手掛かりを得るために、身体症状の病態を分子遺伝学的な側面から検討することを目的に行う研究である。遺伝子分析に当たっては当大学医学部倫理委員会の承認を得た後、ヒト末梢血白血球よりgenomic DNA抽出し、Serotonin Transporter (5-HTT)遺伝子の発現を調節するPromoter領域のPolymorphism (5-HTT-linked polymorphic region;5-HTTLPR)について解析を開始した。現在までに49検体を集積し、29検体を解析した。5-HTTLPRのPCR解析では.繰り返し配列の多いL型と、それの少ないS型が認められるが、これまでの解析では慢性疲労症候群19検体については、対照集団と異なりL型の頻度が有意に高かった。すなわち慢性疲労症候群のGenotypeではL/L型、L/S型の頻度が多い傾向にあり、AlleleではL型の頻度が有意に高かった(x^2検定;p=0.05)。これらとうつスコア(SDS)との関係をみると、L型を有する患者群(L/L型およびL/S型)ではS/S型の患者群より有意に(P<0.05)SDSスコアが高かった。またPerformance Statusとは有意な関係はみられなかった。また、摂食障害については、これまでのところ遺伝子多型は対照群と有意差はなく、多型の頻度は対照群と同様な傾向にあると考えられるが、まだ症例数が少ないため検体をさらに集積する予定である。5-HTTLPRはプロモーター部位にあるため、その多型の差により5-HTTの発現量が異なることが報告されている。これらの差はプロモーター活性の差を引き起こし、感情の多型にかかわっている可能性が示唆される。これまでに解析した慢性疲労症候群でみられた対照集団との差が、うつ傾向や睡眠障害などとの関連についてさらに検討を加えていく予定である。
著者
明石 知子 菅瀬 謙治 水口 峰之 西村 善文
出版者
横浜市立大学
雑誌
新学術領域研究(研究領域提案型)
巻号頁・発行日
2009-07-23

NMRや質量分析を用いて、天然変性タンパク質の動的構造を解析し、天然変性タンパク質を構造から理解し、分子認識機構の構造的な普遍性を解明することを目的として研究を展開した。その結果、ヒストン多量体および相同組換え補助因子 Swi5-Srf1複合体の構造、iPS細胞を誘導する転写因子Sox2およびOct3/4の動的構造、スプライシング関連因子PQBP1とスプライソソームU5-15kDの複合体およびPQBP1-U5-15kD-U5-52K複合体の立体構造を解析し、神経特異的抑制因子NRSFのN末天然変性領域とコリプレッサーSin3の相互作用を阻害する化合物を同定するなど、多くの成果が挙げられた。
著者
安冨 歩 若林 正丈 金 早雪 松重 充浩 深尾 葉子 長崎 暢子 長崎 暢子 福井 康太 若林 正丈 金 早雪 鄭 雅英 三谷 博 北田 暁大 深尾 葉子 久末 亮一 本條 晴一郎 與那覇 潤 千葉 泉
出版者
東京大学
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
2007

「魂」という学問で取り扱うことを忌避されてきた概念に、正当な地位を与えることができた。それは人間の創発を支える暗黙の次元に属する身体の作動であり、本来的に解明しえぬ(する必要のない) ものである。学問はそれを喜びをもって受け入れ、尊重し、その作動を抑圧するものを解明し、除去する役割を果たせばよい。そのような学問は、抽象的空間で展開する論理や実証ではなく、「私」自身を含む具体的な歴史的時空のなかで展開される合理的思考である。このような生きるための思考を通じた「私」の成長のみが、学問的客観性を保証する。この観点に立つことで我々は、日本とその周辺諸国におけるポスト・コロニアル状況の打破のためには、人々の魂の叫び声に耳を傾け、それを苦しませている「悪魔」を如何に打破するか、という方向で考えるべきであることを理解した。謝罪も反論も、魂に響くものでなければ、意味がなく、逆に魂に響くものであれば、戦争と直接の関係がなくても構わない。たとえば四川大地震において日本の救助隊が「老百姓」の母子の遺体に捧げた黙祷や、「なでしこジャパン」がブーイングを繰り返す観衆に対して掲げた「ARIGATO 謝謝 CHINA」という横断幕などが、その例である。我々の協力者の大野のり子氏は、山西省の三光作戦の村に三年にわたって住み込み、老人のお葬式用の写真を撮ってあげる代わりに、当時の話の聞き取りをさせてもらうという活動を行い、それをまとめて『記憶にであう--中国黄土高原 紅棗(なつめ) がみのる村から』(未来社) という書物を出版したが、このような研究こそが、真に意味のある歴史学であるということになる。
著者
金子 勝
出版者
法政大学
雑誌
一般研究(C)
巻号頁・発行日
1993

本研究の目的は、移民社会を抱えた先進福祉国家と移民を輩出する発展途上国との関係を、財政政策を媒介にして明らかにすることであった。先進国側では、移民社会の出現が、地方自治を通して福祉国家の縮小を促す。福祉的な社会サービスの受給者が移民であるのに対して、その税負担はもっぱら白人ミドル・クラスの財政課税に依存しているために、サービス受益者と税負担者が人種的の分裂してしまうからである。特に英米のようなアングロサクソン系諸国では、こうした傾向が強い。これに対して、南アジア諸国やフィリピンのような途上国では、移民達の送金が構造調整政策を支える役割を果している。1980年代以降貿易・為替政策の自由化や公的部門の縮小をはじめとする経済自由化政策を追求してきた。しかし脆弱な産業構造をもつ途上国では、さまざまな手段を講じて移民送金を引きつけようとするのである。また中国では華僑の投資が経済成長を先導している。このように移民社会の出現は、互いに経済自由化政策を支え合うという関係を作り出すのである。つまり、それは先進国の福祉国家を解体し、途上国では構造調整政策の実行を支える役割を果すのである。しかし、このことは、先進国・途上国の双方で、経済自由化政策に問題がないということを意味していない。先進国側では、マネタリスト的政策の一貫性は失われている。他方、途上国側では、経済自由化政策が外国投資の増加をもたらす反面、地域間格差や貧困問題を悪化させる側面をもっている。特に、地方財政分野では、税構造の歪み・インフラ事業の赤字や資金不足問題が生じており、教育・衛生・社会保障などの支出低下が生じているために、貧困問題の中長期的解決を遅らせているのである。
著者
米原 典史 竹村 元秀 横瀬 敏志 小池 勇一 古山 昭
出版者
奥羽大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2008

本研究では神経因性疼痛の発症機序および治療方法を検討するため、神経因性疼痛を誘発する動物モデルを作成し、神経因性疼痛にたいする各種神経栄養因子(酸化型ガレクチン、血小板由来神経栄養因子(BDNF)、アルテミン)の効果を調べた。坐骨神経結紮により、結紮側(左側)で熱刺激に対する逃避時間の短縮(痛覚過敏)が生じた。結紮部位に神経栄養因子を塗布した群では、生理食塩水(生食)塗布群に比べ熱刺激に対する痛覚過敏の発症(逃避行動時間の短縮)が著しく遅延した。特に、酸化型ガレクチン塗布群では、結紮直後から28 日目にかけて結紮側の逃避行動の延長(鎮痛効果)が観察された。アルテミンおよび血小板由来神経栄養因子(BDNF)塗布群では、痛覚過敏は抑制されたが、酸化型ガレクチンとは異なり鎮痛効果は認められなかった。
著者
上西 浩司
出版者
鳥羽商船高等専門学校
雑誌
奨励研究
巻号頁・発行日
2009

【研究目的】本研究では、日本の大学における教務担当職員の新たな役割の実際を調査・分析し、当該役割の一般化を試みる。【研究方法】2007年の上西・中井・齋藤の調査からは、教務担当職員の継続従事年数が長いか、関連部門内を異動する機関・組織において「ゼネラリスト志向」ではなく専門性についての萌芽があると仮定できた。このため、当該機関・組織の教務事務責任者に対して業務内容、知識・技能等にっいて、教員との役割分担を視野にいれたインタビューを実施する。【研究成果】教務担当職員の継続従事年数が長いか、関連部門内を異動する機関・組織の教務事務責任者からは、1)大学教育改革にはベテランの教務担当職員が必要である、2)ベテランの教務担当職員とは、卒業要件等照合、関係法令確認、教務データ管理、講義室等施設・設備管理等の業務に熟知していて、それを卒なくこなし、後輩に指導ができる人である、3)教務担当課長に教務経験のない者がなるのは関連知識・スキルがないためむずかしく、なった場合、本人が大変苦労し、大学にとっても研修コストや業務低下等のリスクが増すと指摘された。このことからは、当該教務事務責任者は大学職員の「専門」の一分野として教務事務をとらえているということができる。つまり、教務担当職員が従来行ってきた教員支援業務としての教務事務について、大学職員の「専門」の一分野として捉えなおし、教職協働における教務担当職員の"新たな"役割と位置づけることができるのではなかろうか。今後は、「専門」としての教務事務の確立のため、体系的に編まれた教務事務の標準テキストの作成が必要となるう。
著者
小野寺 拓也 山根 徹也 三ツ松 誠 平山 昇 森田 直子 池田 勇太
出版者
東京外国語大学
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
2019-04-01

本研究計画の目的は、近代社会において合理主義が進むなかで、にもかかわらず(あるいは、だからこそ)感情や情動といった「非合理的」とされる要素が果たす役割やそれが起動するメカニズムを明らかにすることである。具体的には、「感情体制」というマクロな構造を視野に入れつつ、エゴドキュメントという史料をもとにミクロにそのメカニズムを解明する。第一に19世紀の国民国家形成期と、20世紀前半の大衆社会や総力戦の時代の日本とドイツにおける多層的な「感情体制」のありようを明らかにする。第二に、多様なエゴドキュメントの分析を通じて、感情や直感が必要とされ人々の行動基準となっていくメカニズムを解明する。
著者
濱田 純一 右崎 正博 服部 孝章 山口 いつ子
出版者
東京大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2004

比較制度的な研究を通じて明らかになったのは、マスメディアによる人権侵害の救済システムがソフトロー的な性格をもち、それによって適切に機能している部分と限界が存在することである。また、ソフトローとしての機能する条件についてもいくつかの軸が見えてきた。すなわち、まず第一に、イギリスや韓国等において、苦情処理機関が行った仲裁や裁定の措置が、報道機関によって一般によく遵守されていることは注目に値する。この背景には、もし自主規制がうまくいかない場合の規制立法に対する警戒もあるが、報道機関が自己規律に対する意識が明確にあることの反映でもあり、それがこの分野でのソフトローを機能させる条件となっていると見ることが出来る。それと同時に、とくにイギリスで指摘される、和解的な感覚の社会的普及も、ソフトローを機能させる上で重要なファクターとなりうることが示唆されている。第二は、苦情処理機関において適用されるルールには、法規制と重なる内容と、法では規制されていない内容の双方が含まれていることである。この後者の観点から言えば、法規制よりも幅広い対象について、柔軟な調整をソフトローが行いうることを意味する。第三に、上記の前者の観点からすれば、ソフトローは法と同じ対象を規律するため一見リダンダントに見えるが、内容は同じであっても、例えば迅速な処理や軽微な費用など、執行のコストや効果において独自の意味をソフトローが持ちうることがあることを、メディアの救済制度の経験は示唆する。以上のような検討を通じ、マスメディアによる人権侵害の救済システムを素材として、ソフトローが成立・機能しうる条件、またソフトローが一般の法に比して有する固有の意義の一端が示され、人権侵害の救済システムの研究とともに、ソフトローの研究に資する成果が得られた。
著者
北本 朝展 西村 陽子
出版者
国立情報学研究所
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
2016-04-01

1. デジタル史料批判の基盤構築:Digital Critique Platform (DCP)の構築を進めた。今年度は、シルクロード遺跡の基礎情報を入力するためのメタデータスキーマを設計し、それを入力するためのウェブインタフェースを構築した。次にDCPの全体的な設計および既存ツールとの連携については、最終年度での改良と完成に向けて課題を明確化した。2. デジタル史料批判の実践:シルクロード探検隊が過去に撮影した古写真の保存状況について、ベルリンやロンドンのミュージアムを訪問して現地調査し、これらの活用について担当者とのディスカッションを行うとともに、担当者が来日した際には東京でも打ち合わせを行った。さらに中国においてもシルクロード探検史料の整理を行い、現地に保存されている実物の史料も合わせ、シルクロード探検報告書の地図の内容を分析した。この成果は、シルクロード探検に関する複数の史料の参照関係を解明するための足掛かりとなるものである。3. デジタル史料批判の拡大:モバイルアプリ「メモリーグラフ」はバージョンアップを繰り返しながら機能を充実させ、主要な機能を完成させることができた。また学術的な利用に加えて市民科学としての利用についても、京都や長崎などで事例を積み重ねた。一方、非文字史料の史料批判については、日本古典籍を対象に研究を進め、IIIF Curation Viewerのキュレーション機能も活用した画像分析を進めた。最後に、京都大学東南アジア地域研究研究所と連携した「華北交通アーカイブ」については、数万枚に及ぶ古写真のキャプション入力をほぼ終了し、最終年度での公開に向けた作業が進行中である。