著者
東村 泰希
出版者
石川県立大学
雑誌
若手研究(B)
巻号頁・発行日
2016-04-01

低亜鉛血症は大腸がん発症のリスクとされているが、その分子機序は明らかでない。大腸がんの発症には慢性的な腸管炎症が関与する。申請者が施行した先行研究より、macrophage(Mph)において、細胞内亜鉛濃度の変化に伴い、インターフェロン応答型転写因子であるIRF5の細胞内局在が変化することを見出している。しかし、腸管炎症や大腸発がん過程におけるIRF5 の機能に関しては不明であった。申請者は本課題において、Mphが亜鉛欠乏状態に陥ることで、①IRF5の核内移行が促進→②炎症性サイトカインIL23p19の発現亢進→③炎症性リンパ球であるTh17の活性化→④大腸炎の増悪、という現象を明らかにした。
著者
鳥本 一匡 國安 弘基 藤本 清秀 三宅 牧人
出版者
奈良県立医科大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2017-04-01

【実験Ⅰ】目標は「膀胱における尿再吸収を制御する生理的条件の検討」であった。①「尿組成の影響」:生理的浸透圧を大きく超える塩化ナトリウム溶液やブドウ糖液は、再吸収を促進しなかった、②膀胱壁伸展の影響:機能的容量以上で再吸収が始まり、約200%までは容量依存的に吸収量が増加した、③体水分の影響:検討できなかった。結果は予想通りであり、Na+イオン吸収量に依存して膀胱腔内の液量は減少した。【実験Ⅱ】目標は「膀胱に発現するclaudinサブタイプの確認」であった。生理食塩液による膀胱伸展により、claudin-3, -6, -11の発現が増加することを確認した。また、追加実験において同様の刺激により、aquaporin-2の発現が増加することを確認した。さらに、RNA干渉によりaquaporin-2の発現を抑制することで、膀胱での再吸収が抑制されることを突き止めた。【Neurourology and Urodynamics受理済み論文の詳細】ラット膀胱を生理食塩液 1.0mLで3時間伸展すると、aquaporin-2の発現が大きく促進されてNaイオンとともに水が膀胱壁より吸収される。aquaporin-2の発現を抑制すると、水およびNaイオンの吸収量が大きく減少する。aquaporin-2は主に尿路上皮に発現しており、組織学的にも再吸収に関与していると考えて矛盾しない。わずか3時間の過程で再吸収に関わる遺伝子および蛋白の発現変化は予想していなかったことであり、再吸収機構を検証する上で非常に興味深い知見である。
著者
岩谷 一史
出版者
北海道大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2012

本研究は炎症性腸疾患での血中亜鉛濃度低下の原因を明らかにすることによって、食事亜鉛を利用した腸炎緩和および予防へとつなげる研究基盤を確立することを目的とした。腸炎での血中亜鉛濃度の低下は、摂食量の低下に伴う亜鉛摂取量の減少や吸収不良が考えられるが、詳細な機構は不明であり、その他因子の影響も考えられる。亜鉛濃度の変動と大腸炎発症の関連も明らかにされていない。デキストラン硫酸ナトリウムによって実験的に大腸炎を誘導した動物モデルにおいて、体内での亜鉛レベルを制御している亜鉛輸送体(ZntおよびZipファミリー)発現に着目し、十二指腸、空腸、回腸、結腸といった消化管でのmRNA発現解析をした結果、一部の亜鉛輸送体が変動することが明らかになった。また、その他臓器における亜鉛含量が特徴的に変動していることが明らかになった。このことは腸疾患発症に伴い、臓器選択的に亜鉛要求性が変化した可能性を示唆しており、このことが腸疾患における血中亜鉛濃度の低下に寄与すると推察される。さらに、マクロファージ様細胞株を用いた実験において、細胞外部環境の亜鉛濃度がリポポリサッカライドへの刺激応答性および亜鉛輸送体発現に影響を及ぼすことが明らかとなった。この時、細胞内亜鉛レベルの変動も観察された。このことから、免疫細胞を取り巻く微小環境の亜鉛濃度は免疫細胞の機能性に重要な影響を与えていると考えられ、炎症性腸疾患での亜鉛の重要性が推察される。
著者
森脇 真一
出版者
大阪医科大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2009

光線(LED IPL疑似光源)照射による紫外線性DNA損傷の修復能、酸化的DNA損傷の修復能、さらに細胞増殖能、ヒアルロン酸産生能、メラニン産生抑制能の定量的変化を種々の正常ヒト皮膚由来培養線維芽細胞、ヒト皮膚3次元モデルを用いて解析した。その結果赤、黄、青色LEDが細胞内酸化的DNA損傷、青色LEDが紫外線性DNA損傷の修復能を高め、また赤色、青色LEDはともに細胞増殖能亢進作用、ヒアルロン酸産生亢進作用、さらに組織を損傷することなくメラニン産生抑制作用を持つことが判明した。これらの所見はLED光には皮膚の抗老化作用があることを示唆する。
著者
小口 雅史 熊谷 公男 天野 哲也 小嶋 芳孝 小野 裕子 荒木 志伸 鈴木 琢也 笹田 朋孝
出版者
法政大学
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
2011-04-01

本研究では、律令国家最北の支配拠点である秋田城の性格をまず明らかにし、その秋田城による北方支配や北方世界との交流が、具体的にどのようなもので、どこまで及んだのか、またその一方で北方世界内部のみの、秋田城支配と関わらない交流がどのようなものであったかを検討した。それによれば、秋田城の北方支配は意外に限定的で、北の領域では北の論理に基づく主体的な流通が優勢であったことが明らかになった。一方秋田城の性格については、文献史料の解釈からは非国府説、出土文字資料の解釈からは国府説が有利であることを確認した。最終的結論は今後の課題としてなお検討を続けたい。
著者
楠原 浩一 中尾 太
出版者
九州大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
1999

(1)DTaPワクチンの臨床的・疫学的有効性の評価わが国が世界に先駆けて開発し、1981年から接種されている無細胞百日咳ワクチンを含む三種混合ワクチン(DTaP)は、副反応が少ない優れたワクチンである。接種率の向上とともに百日咳患者が激減したため、わが国では疫学的にその有効性を評価できていなかった。本研究では、過去10年以上にわたり同一成分のDTaPワクチン接種を行っている北九州市において、同市医師会協力のもと、百日咳疫学調査を行った。平成11年度は後方視的調査を行い、DTaPワクチンの有効率は79%であることが判明した。平成12、13年度は、WHOの百日咳診断基準に従い、前方視的な有効性評価(Case-Control Study)を行った。これまで116例の症例が登録され、菌分離が2例、対血清で百日咳と診断できた症例を含め合計16例の百日咳患者が確認できた。現時点で、本Case-Control StudyでのDTaPワクチンの有効率は87.4%と算定され、本ワクチンの有効性が確認された。一方、これまでのDTPワクチン接種方式の有効性を検討するため、0〜80歳を対象に、ジフテリア、百日咳、破傷風に関する血清疫学的調査を行った。ワクチン接種群と非接種群のpertussis toxin(PT)抗体陽性率およびジフテリア抗毒素抗体陽性率は、それぞれ55.0%と57.9%、76.3%と75.7%であったが、破傷風抗毒素抗体陽性率は91.7%と10.5%であり、その間に有意差を認めた(P<0.001)。各病原体とも、実施された接種方式の違いによって年齢群ごとに平均抗体価の変動がみられた。(2)効果的な接種法に関する研究:第2期接種のワクチンの再検討年長児や成人に現行のDTaPワクチン接種し、その安全性と有効性を検討した。これまで10歳代44例、20歳以上の成人142例に接種を行った。局所副反応として5cm以上の発赤・腫脹があった成人および10歳代が1例ずつ、1〜5cmが10歳代に1例、成人3例であった。全身性の副反応を呈した例はなかった。
著者
羽石 英里 河原 英紀 岸本 宏子 竹本 浩典 細川 久美子 榊原 健一 新美 成二 萩原 かおり 齋藤 毅 藤村 靖 本多 清志 城本 修 北村 達也 八尋 久仁代 中巻 寛子 エリクソン ドナ
出版者
昭和音楽大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2013-04-01

歌手は自らの身体が楽器であるため、歌唱にかかわる諸器官の動きを視認することができない。本研究では、歌手の身体感覚と実際の現象との対応関係を検証することを目的として、歌手へのインタビューを行い、歌唱技術の要とされる横隔膜の動きを実時間での磁気共鳴画像法(MRI動画)を用いて可視化した。その結果、プロ歌手の制御された横隔膜の動きが観察され、その現象が歌手の主観的な身体感覚の説明とも一致することが明らかになった。また、声道や舌の形状、ヴィブラートにも歌唱技術を反映すると思われる特性がみられた。本研究で提案されたMRIによる撮像法と分析法は、歌唱技術を解明する上で有用な手段のひとつとなりうるであろう。
著者
横堀 将司 須田 智 佐々木 和馬 山田 真吏奈 阪本 太吾
出版者
日本医科大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2020-04-01

①蘇生後脳症モデルにおいて神経幹細胞(SB623)移植の有効性を検討する②幹細胞移植のIn situ transplantationと、経鼻的接種との比較を行い、行動実験および病理学的、電気生理学的有効性を明確にする。
著者
木下 裕三 穂坂 正彦
出版者
横浜市立大学
雑誌
一般研究(C)
巻号頁・発行日
1992

電気刺激法によるラット(12週齢ウィスター系)精巣上体尾部からの精子回収では、ピーク電圧70V、パルス幅250μs、20Hz、30秒の刺激で回収精巣上体液量平均10.5±2.2μl、回収精子数46(±14)×10^6と効率的に精子を回収することが可能であった。この手法においては、回収精子に不純物が少なくF12に分散させるだけで運動精子が得られることが特徴である。電気刺激法では刺激時に精子に電位が加わるため、高電位では精子の運動性をそこなうことが予想される。そこで精子にたいする電位負荷がヒト精子の運動性に及ぼす影響を調べると、精子の運動性喪失の機序は大きく二つに分類され、一つは、低イオン強度下での高電位負荷時に見られる運動性喪失で、運動精子の50%が運動停止に要する電位勾配は160V/2mmであった。これにたいし高イオン強度下では電極周囲においてのみ認められて電極間では運動性喪失が起こりにくいことから、高イオン強度下での電気刺激のほうが運動精子回収法として適していることが明らかとなった。ヒトに対する応用では、症例数が少なく断定的な結論をうることができなかったが、少量の逆行性射精を伴う機能性閉塞症例で、本手法により高濃度、高運動率の精子回収が可能であることが多い傾向にあった。これにたいし、完全閉塞例では精巣上体管液が多量に回収されても、中に精子が存在しないことが多く、また非閉塞例では精巣上体管液の回収自体が困難な症例が多く認められた。したがって、現時点での本手法の適応は傍大動脈リンパ節廓清などによる機能的な閉塞にあるものと考えられた
著者
福川 康之 小田 亮 平石 界
出版者
早稲田大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2015-04-01

本研究の目的は,行動免疫と呼ばれるヒトの感情的システムの心理的・生物的基盤について,明らかにすることであった.一連の調査や実験から得られた知見は,食行動や配偶者選択といった基本的な人間行動の解明に際して,少なくとも部分的には行動免疫に配慮する必要のあることを示唆するものであった.また,国際比較や双子研究から得られた知見は,個人の行動免疫特性が,遺伝と環境の双方からそれぞれ影響を受けて形成される適応的な心理的傾向であることを示すものであった.
著者
池谷 信之
出版者
明治大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2016-04-01

後期旧石器時代初期、本州で出土する神津島産黒曜石は人類史上最古の往復航海の証拠となる。既存の出土例の収集と新たな産地推定を進めた結果、愛鷹山麓を中心として、中部地方は八ヶ岳東南麓、関東地方では足尾山地南部まで広がり、3.7万年前から3.4万年前まで継続して搬入されていたことを明らかにした。また産地推定の信頼性を高めるためにミズーリ大考古科学研究所で実施した中性子放射化分析結果を公表した。さらにシーカヤッカーによる伊豆南端-神津島間の航海事例を検討し、当時の舟で渡航が可能な海況とその予測方法について検討した。
著者
倉林 敦 住田 正幸 広瀬 裕一 浮穴 和義 澤田 均 中澤 志織 逸見 敬太郎 ベンセス ミゲル マローン ジョン ミンター レスリー ド プリーツ ルイス
出版者
広島大学
雑誌
挑戦的萌芽研究
巻号頁・発行日
2014-04-01

フクラガエルが生殖時に用いる糊の物理的特性と化学成分、および糊候補遺伝子の探索を行った。本研究の結果、フクラガエル糊の接着強度は、およそ500g/cm2であり、その主要構成要素は蛋白質であることが分かった。さらに、糊物質候補は、他のカエルで報告されていた皮膚分泌物と似た3種の蛋白質と、1種の新規蛋白質があることが示唆された。また、アメフクラガエルについて、人工繁殖を試みた。その結果、Amphiplexと呼ばれるゴナドトロピン誘導ホルモン作動薬とドーパ混合ホルモン剤が、本種の排卵を促すことを明らかにし、世界で初めて飼育下での人工的な交尾の促進と、営巣・産卵までの観察に成功した。
著者
細川 まゆ子
出版者
順天堂大学
雑誌
若手研究(B)
巻号頁・発行日
2015-04-01

近年、アジアの地方部では骨フッ素症以外の健康被害として飲料水を介してフッ素を大量に摂取している児童のIQが低下した報告がある。そこで本研究では、児童のIQ低下が認められた濃度と同程度のフッ素(5、25、50 ppm)を飲料水に混ぜ妊娠期のICRマウスと離乳後の仔に自由摂取させ、記憶学習能力に影響を及ぼすかを検討した。胎児期のフッ素投与により、雌雄共にY-mazeとBarnes迷路の結果から認知機能の低下が示唆された。また、高架式十字迷路では、雄のみ対照群に比べ全ての群でオープンアームへの滞在時間が長かったことから不安感を示さなかった事が考えられ、交感神経系への影響が示唆される。
著者
鬼塚 陽子
出版者
群馬大学
雑誌
若手研究
巻号頁・発行日
2019-04-01

シャーガス病の原因となるTrypanosoma cruziには、宿主防御反応を回避し、自らが生き残る機構が存在するという仮説を立て、宿主の病原体排除機構「オートファジー」に着目した。これまでに、原虫感染細胞では宿主オートファジーが抑制され、特にオートリソソーム形成が進行しないことを明らかにした。そこで、オートリソソーム形成に関わるSNARE 複合体 (Stx17, VAMP8, SNAP29) に焦点をあて、複合体と相互作用する因子を探索する。その機能を in vitro、in vivo の実験系を用いて解析し、原虫感染率、病態に対する影響を評価する。
著者
中村 禎子 森田 茂樹 奥 恒行 田辺 賢一 大曲 勝久 中山 敏幸
出版者
十文字学園女子大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2014-04-01

加齢に伴い生理機能や認知機能障害が発症し、その要因の1つに酸化ストレスの影響が考えられる。水素ガスは抗酸化作用を示す物質である。難消化性糖質を経口摂取すると腸内細菌がこれを代謝して水素ガスが産生され、ガスは血流を介して肝臓および末梢組織へ運搬される。申請者らは、難消化性糖質経口摂取による腸内細菌由来内因性水素ガスの抗酸化作用を介して、疾病の発症あるいは重症化が遅延するという仮説を立て、これを検証した。その結果、過剰鉄による肝障害モデル動物および老化促進モデル動物において、難消化性糖質経口摂取による発症遅延ならびに重症化遅延が観察され、その要因として腸内細菌由来水素ガスの関連性が示唆された。
著者
平尾 良光 飯沼 賢司 村井 章介
出版者
別府大学
雑誌
新学術領域研究(研究課題提案型)
巻号頁・発行日
2009

10~17世紀における日本の銅や鉛の生産と流通に関して、経筒、梵鐘、鉄砲玉やキリスト教関連遣物などの実資料に関する鉛同位体比から、それら資料の産地を推定し、銅や鉛の流通の実態を明らかにした。特に16世紀後半以降においては火縄銃の弾や銀生産のために、戦国大名にとって鉛は必須の材料であった。鉛の急激な利用増のため、外国産鉛の流入が日本の歴史に大きな影響を与えたことが明らかになった。
著者
河口 和也 釜野 さおり 菅野 優香 清水 晶子 石田 仁 風間 孝 堀江 有里 谷口 洋幸 菅沼 勝彦 吉仲 崇
出版者
広島修道大学
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
2013-04-01

本研究グループでは、調査クラスタが、性的マイノリティに関する意識について学術的方法を用いた全国規模調査を2015年3月に行った。政策クラスタは、男女共同参画及び人権施策やそのなかで性的マイノリティに対する具体的施策の遂行状況に関する自治体悉皆調査を2016年5月に行った。これらのプロジェクト遂行には、理論クラスタからも質問票作成と調査結果公表時には、ワーディングや伝達方式において示唆を得た。全国規模の意識調査については、東京と京都において一般およびメディア向けに調査報告会を開催し、2016年6月に報告書『性的マイノリティについての意識―2015年全国調査』として代表者のウェブサイトで公表した。
著者
前田 文彬
出版者
立教大学
雑誌
萌芽研究
巻号頁・発行日
2004

1.ファイナンス理論の中核であるブラック・ショールズの公式に代替し得る新しいファイナンス・モデルの構築を行う。古典力学を応用したブラック・ショールズの公式から導かれる金融派生商品の価格は、市場実勢値から乖離することが多く、実務上大きな問題になっている。このため、新たに量子力学の概念を応用した理論モデルを構築し、理論値と市場実勢値の乖離(アノマリ現象)という錯綜した事態の打開を図ることにした。2.3年度は、初年度及び2年度に続き、古典力学をベースとしたブラック・ショールズ・モデルの限界を明らかにすることにし、数学(確率論)及び物理学(量子力学)を利用して研究を行った。その結果、金融資産を物理量として把握した場合、確率空間における振る舞いを明確にしなければ論理的な整合性を確保できないことが判明した。さらに分析を進め、金融資産を量子化して考える場合、金融資産の存在する空間は複素ヒルベルト空間に拡張しなければならないが、この場合量子力学特有の不確定性原理をどう取り扱うかという難問を解決しなければならないことも明らかになった。3.金融時系列を分析するための手法として、統計学的なアプローチ(ARCHモデル-不均一分散を持つ時系列回帰分析)を応用し、フランスの株価インデックス、イギリスの株式オプション、米国の短・長期金利の実証分析を行った。統計学的アプローチでは、正常時における分散が不均一な金融時系列の分析には十分だが、非常時における分析には必ずしも十分な成果を収めることはできない。そこで、非常時における金融時系列の分析のために量子数を複数化したモデルを開発し、実証分析を行った結果、分析後の金融時系列の残差がうまく定常時系列へ収斂することを確認することができた。4.米国の債券市場の分析にあたっては、ブラック・ショールズ型の運動方程式を量子化するのではなく、始点と終点に渡る経路の全てを分析する場の量子論(経路積分)を応用したモデルをシンガポール国立大学のBaaquie教授と共同で開発した。株価と債券の挙動の違いに着目したものだが、他の金融資産モデルよりもより市場実勢に近い分析を行うことができた。5.今後の課題として、量子化の手法としては量子力学と場の量子論に加え、金融商品の漸近挙動を明らかにするマリアバン解析の応用がある。これは、正常時における金融商品のより確度の高い挙動を明らかにするものだが、量子論の応用とともに欧米日の金融資本市場で実証分析を行い、金融実務界への貢献をすることにした。より詳細な実証分析については、文部科学省科学研究費基盤研究として申請済みである。