著者
澤口 俊之
出版者
北海道大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
1996

本研究の目的は、前頭連合野の作業記憶(ワーキングメモリ)過程におけるノルアドレナリン受容体(α1、α2、β)の役割を明らかにすることにあった。この目的のため、二種類の実験、すなわち「局所薬物注入法による実験」と「イオントフォレスシ法による実験」を2年間に渡って展開した。まず、数頭のサルに眼球運動による遅延反応(oculomotor delayed-response、ODR)を訓練した。この課題では、サルは数秒の遅延期の前に提示された視覚刺激の位置に記憶誘導サッケードをすることが課される。この課題を正しく行なうためにはターゲットの空間位置を遅延期の間に覚えておく必要があり、空間情報のワーキングメモリが必須である。サルがこの課題を行なっている際に、マイクロシリンジを用いて各種ノルアドレナリン受容体阻害剤を前頭連合野に局所的に微量注入し(4・8μg/μl, 3μl課題遂行に対する効果を解析した(実験1)。さらに、多連微小炭素線維封入ガラス電極を用いて、前頭連合野からニューロン活動を記録し、各種ノルアドレナリン受容体阻害剤をイオントフォレティックに投与してニューロン活動に対する効果を解析した(実験2)。そして、1) α1受容体の阻害剤prazosinやβ受容体の阻害剤propranololの注入は、ODR課題遂行に有意な影響を持たないが一方、α2受容体の阻害剤yohimbineの注入によって、ODRが特異的に阻害されること。2) Yohimbineのこの効果は記憶誘導サッヶ-ドの「精度」に特異的であり、サッケードの反応時間や速度には影響を持たないこと。3) ニューロンレベルは、prazosinやpropranololのイオントフォレティック投与によって、ODR課題の遅延期に関連するニューロン活動(メモリを担う活動)は影響を受けないが、yohimbineによって著しく減弱すること。4) ニューロン活動に対するyohimbineの減弱効果は、背景活動よりも遅延期の活動でより強く、とくに、その方向選択性を著しく減弱させること。などの諸点をあきらかにした。これらのデータを総合すると、前頭連合野におけるα2受容体の賦活がワークングメモリのニューロン過程に調節的な役割(modulatory role)をもち、この役割が欠損するとワーキングメモリを必要とする行動が障害されることが示唆される。こうしたデータ・結論は世界で初めてのものである。また、前頭連合野におけるα2受容体の機能不全と同時にワーキングメモリの障害を伴う精神疾患(分裂病やKorsakoff痴呆症、注意欠損過活動症など)の理解や治療法の改善にも寄与すると思われる。
著者
原 聖 藤井 毅 大黒 俊二 高田 博行 寺尾 智史 三ツ井 崇 名和 克郎 包 聯群 石部 尚登 HEINRICH Patrick 荒木 典子 岩月 純一 バヤルメンド クルマス フロリアン デフラーフ チアド 黄 行 フフバートル カムセラ トマシュ 中江 加津彦 落合 守和 オストラー ニコラス プルブジャブ スマックマン ディック 田中 克彦 許 峰 徐 大明 珠 麗 彭 韃茹翠
出版者
女子美術大学
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
2013-04-01

本科研の重要な成果は、(1)書き言葉生成時にある程度の標準化が行われている、(2)欧州の初期標準規範においては、①文字化と②詩歌など韻律規則を伴う書記規範の生成の2段階を経る、(3)ラテン語文化圏でも漢字文化圏でも、権威をもつ文字をそのまま採用する場合と、その変種的な創作を行う場合がある、(4)欧州における新文字の生成は紀元前1千年紀から紀元後1千年紀であり、(5)漢字文化圏における漢字に類する新文字の生成は、やや遅れ、紀元後5世紀以降、表音文字の中東からの流入以降、中央集権の力が比較的弱まる宋王朝(10-12世紀)にかけてである。
著者
阿部 広明 嶋田 透 三田 和英
出版者
東京農工大学
雑誌
特定領域研究
巻号頁・発行日
2005

カイコの性染色体型は雄はZZ,雌はZWで、W染色体が1本でもあれば、その個体(細胞)は雌になる。カイコのW染色体上に存在していると考えられる雌決定遺伝子(Fem)をクローニングすることを目的とし、W染色体の分子生物学的ならびに遺伝学的解析を行った。W染色体は遺伝的組み換えを起こさないため、これまでに得られている分子マーカーのマッピングは不可能であった。しかしW染色体に放射線を照射して作製したW染色体の変異体は、いろいろな程度で欠落が生じていることが明らかとなり、deletionマッピングが可能となった。これらの変異体を利用したマッピングにより、雌決定遺伝子はW染色体の中央付近に座位していると考えられた。また、雌の繭だけ色が黄色くなる「限性黄色繭W染色体」では、通常のW染色体で12個あるDNAマーカーのうち、わずか1個(W-Rikishi RAPD)を保有するだけであった。すなわち計算上ではW染色体が1/12の長さにまで削られていると考えられる。このマーカーを出発点として、BACライブラリーよりW染色体特異的クローンを得てDNA塩基配列の解析を行った。その配列の特徴は、これまでに得られているW染色体の塩基配列と同様に、レトロトランスポゾンが複雑に入り込んだ「入れ子」構造であり、解析そのものが大変困難である。しかしごく最近、カイコ(雄を使用)の大規模ゲノム解析が行われ、レトロトランスポゾンの詳しいデータも得られるようになった。これらのデータを使用することにより、以前よりW染色体の解析は効率的に行えるようになった。現在までのところ、雌決定遺伝子と考えられる塩基配列の特定には至っていないが、その存在領域を確実に絞り込むことには成功し、現在も絞り込まれた領域を解析している。
著者
和田 正平 鈴木 健太郎 李 仁子 岡田 浩樹
出版者
甲子園大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
1998

本研究の目的は、在日朝鮮韓国人の民俗宗教の中で、特に死後結婚を取り上げ、その実態を明らかにすることにあった。同時に第二の目的は、日本社会への定住化が進む在日朝鮮韓国人の宗教観念と死生観にせまることである。この目的に沿って、大阪生駒の在日朝鮮寺と兵庫県宝塚市周辺の在日朝鮮寺における儀礼と僧侶、シャーマンに関する調査、愛知県春日井市在住の在日朝鮮韓国人のシャーマンに関する調査をおこなった。死後結婚の儀礼自体の観察、調査は事例の特殊性もあり実施できなかったものの、東アジア社会に広く見いだされる死後結婚が在日朝鮮韓国人の間でも行われていること、その儀礼や宗教意識が変化しつつあり、日本的な要素が変容し、混入しつつあることを確認できた。一方で、朝鮮寺において在日朝鮮韓国人のシャーマンから、ニューカマーの韓国人シャーマンや僧侶へ代替わりしつつあることを見いだした。そうした宗教職能者は、韓国の宗教伝統を持ちつつも、クライアントである在日朝鮮韓国人の要求に応えるために、本国では見られない儀礼の形式や占いの方法を生み出しつつある。そして在日朝鮮韓国人の宗教観と死生観は、本国の宗教文化、日本の宗教文化、そして彼らが生み出してきた「在日朝鮮韓国人文化」のせめぎあいの中で揺れ動いている状況が明らかになった。この状況は、大阪府生野区、高槻市、東京都荒川区の在日朝鮮韓国人についてのインタビューの分析からも明らかになった。
著者
瀬川 昌久 川口 幸大
出版者
東北大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2012-04-01

宗族という古典的研究テーマの有効性について再考すべく、本研究課題では20世紀初頭以来宗族が直面した社会変化と、その間の研究者たちの視座の変遷という、2つのレベルの変化に焦点を当てた。そして、宗族の現状に関する客観的検討を通じ、今日の文化人類学者の多くが親族関係を極めて私的で局所的社会現象とみなす傾向があるのに反し、依然として現代中国社会の中でそれは重要な役割を果たしていると結論づけた。宗族こそは、親族関係が社会の公的な領域においてなおも効力と価値をもち得ることについての再考へとわれわれを導く重要な鍵なのである。なお、本研究課題の最終成果としての論文集が、2015年度中に刊行される予定である。
著者
熊野 純彦 木村 純二 横山 聡子 古田 徹也 池松 辰男 岡田 安芸子 吉田 真樹 荒谷 大輔 中野 裕考 佐々木 雄大 麻生 博之 岡田 大助 山蔦 真之 朴 倍暎 三重野 清顕 宮村 悠介 頼住 光子 板東 洋介
出版者
東京大学
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
2017-04-01

2018年度は、本研究の主要達成課題のうち、「各層(家族・経済・超越)の各思想の内在的理解」を中心とする研究がなされた。近現代日本の共同体論を再検証するにあたっては、2017年度で取り組まれた「和辻共同体論の参照軸化」に加え、家族・経済・超越それぞれの層に関連する思想を巡る形成の背景に対しても、テクストに内在した読解を通じて光を当て直す必要がある。以下、そうした問題意識のもとに取り組まれた、2018年度の関連実績のうち主要なものを列挙する。(1)研究代表者の熊野純彦は、著書『本居宣長』において、近世から現代に至るまでの代表的な思想家たちによる宣長の思想の受容過程を丹念に整理・検証することで、それを近代日本の精神史の一齣として提示することを試みた。それを踏まえたうえで改めて宣長のテクストの読解を行い、今日の時代のなかでその思想の全体像を捉えかえそうとしたところに、本業績の特徴がある。(2)研究分担者宮村悠介は、主に本研究の研究分担者からなる研究会(2018年9月)にて、研究報告「家族は人格ではない 和辻共同体論のコンテクスト」を行い、和辻倫理学の形成過程におけるシェーラーの影響と対話の形跡を、具体的にテクストをあげつつ剔抉した。これは、翌年度の課題である「思想交錯実態の解明」にとってもモデルケースとなる試みである。(3)超越部会では台湾の徐興慶氏(中国文化大学教授)を招聘、大陸朱子学と、幕末から近代に至るまで様々な思想に陰に陽に影響を及ぼしてきた水戸学の影響関係について知見をあおいだ(「「中期水戸学」を如何に読み解くべきか 徳川ミュージアム所蔵の関係資料を視野に」2018年)。これにより、広く東アジアの思想伝統と近世以降現代に至るまでの日本思想の受容・対話の形跡を実証的に検証することの重要性を改めて共有できたことは、本研究の趣旨に照らしても重要な意義を持つと思われる。
著者
宮本 悟 池内 恵 岩田 拓夫 佐野 康子 横田 貴之
出版者
聖学院大学
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
2013-04-01

本研究の目的は、国連安保理決議によって禁止されても継続しているアフリカ諸国に対する北朝鮮の武器貿易や軍事支援を調査することにある。本研究では、亡命者や韓国の情報機関の過去の記録、現地のメディアの報道などで北朝鮮と関係があるアフリカ諸国を特定し、さらにアフリカ現地で資料収集やインタビューを実施した。その結果、複数のアフリカ諸国で北朝鮮との軍事協力が発見された。調査結果は国連安保理制裁委員会への報告のみならず、書籍や論文、雑誌記事、さらにテレビやラジオ報道などで発表した。本研究は、北朝鮮とアフリカ諸国の軍事協力が拡大していることを日本のみならず、国際的に広めることにも大きく寄与したといえる。
著者
洞ヶ瀬 真人
出版者
名古屋大学
雑誌
挑戦的萌芽研究
巻号頁・発行日
2016-04-01

まず60年代初頭から中期のドキュメンタリー表現の分析を、放送史のなかでテレビの位置づけが高まった60年安保闘争時のテレビドキュメンタリーを軸に行った。特にこれを、当時問題視された、学生らの闘争映像が視聴者を扇動する可能性に関しての論争や、海外のドキュメンタリーで類似した問題に着目するJ・ゲインズの議論に照らし合わせて考察。その結果、安保時のドキュメンタリーが目指していたものが、視聴者の情動的扇動を目論む映像の政治利用ではなく、デモ衝突などの出来事を政治的立場に関わらず配信し、意見や判断を視聴者に促す映像表現を通して民主的な政治意識を向上させることだったということが見えてきた。この姿勢は、60年代中頃のドキュメンタリーにも広く共通しており、安保闘争時の映像表現が、その後の方向性に大きな影響を与えていたことが分かる。第二に、60年代後半のドキュメンタリー表現を考察するための分析対象として、安保闘争以上に複雑な政治対立を抱えた水俣病について、熊本放送が制作した60年代末から70年代のテレビ作品に着目した。その映像は、インタヴュー音声と映像が複雑に組み合わさる表現や、作り手たちの意見対立を孕んだ議論が作品メッセージを攪乱する表現など、非常に複雑化している。これをF・ガタリなどのエコロジー批評の議論と照らし合わせて分析することで、一見、被害者救済のメッセージを犠牲にしているかのような作品の表現が、加害企業の労使問題に揺れる市民の意識と水俣病被害者との齟齬を抱えた社会環境や、テレビ放送という幅広い人々との問題共有を目指すメディア環境と密接に結びついたものだったことを明らかにした。分析した作品は、政治対立から目を背けずに、政治的立場を超えた視聴者への働きかけを実現している。その取り組みには、政治問題自体に及び腰な現代のメディアでも役立つ、ドキュメンタリーの方法論を見出すことができる。
著者
洞ヶ瀬 真人
出版者
名古屋大学
雑誌
若手研究
巻号頁・発行日
2019-04-01

水俣病報道の始まる1950年代末から、68年の厚生省公害認定を経て、補償訴訟が社会問題化する70年代初頭までの時代に水俣病を記録してきたテレビ番組、映画、写真、文学での映像表現を本論の研究対象とする。様々なメディアが横断的に結びつくような展開を見せた水俣病表象文化の特徴に着目し、ドキュメンタリー映像作品だけでなく、石牟礼道子の文学や桑原史成、ユージン・スミスの写真表現などにも映像との関連から研究する。主な主題として①テレビと映画における水俣病描写の比較、②水俣ドキュメンタリーと石牟礼文学の関係性、③スミス写真集や、『苦海浄土』初版に見られる言葉と写真のモンタージュ表現、の三つに取り組む。
著者
青木 秀敏
出版者
八戸工業大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2009

乾燥は収穫された農水産物に適用される加工方法である。乾燥は伝統的に直射日光にさらす天日乾燥が用いられてきた。一般的に天日干しされた農産物水産物は温風乾燥品より美味しいと言われている。その違いが太陽の各種波長の光の影響なのか、外気の気温、湿度、風速の影響なのかは不明である。そこで、本研究では収穫された農水産物のタンパク質分解酵素活性と抗酸化性に及ぼすUV-A照射の影響を検討した。その結果、青とUV-Aの光照射が抗酸化性を増大させることがわかった。
著者
富永 浩史
出版者
関西学院高等部
雑誌
奨励研究
巻号頁・発行日
2017

本研究は、西日本で分布域が重複する淡水魚カマツカ種群2種(それぞれA、Bとする)が、交雑を伴いながら共存するメカニズムを明らかにすることで、種分化に重要な生殖隔離機構と近縁種の共存機構の関係についての理解を深めることを目的とする。本年度は、東海地方の3水系の計38地点から採集したカマツカ種群729個体について、ミトコンドリアDNA塩基配列とマイクロサテライトマーカー15遺伝子座を用いて各個体の遺伝的実体を明らかにすることで、2種の流程分布および交雑状況を調べた。その結果、①カマツカ種群Aは主に下流側に、カマツカ種群Bは主に上流側に出現すること、②上流側、下流側ではそれぞれの種が単独で出現する地点がある一方、その間の区間では両種ともに出現する地点があり、地点により交雑個体の出現頻度が異なること(0%~約65%)、③上流側までカマツカ種群Aのみが出現する支流があることが明らかとなった。これらの結果は、両種の間に環境選好性の違いがあり、河川の流程レベルで棲み分けがあるという仮説を強くサポートした。また、両種の間には基本的には生殖隔離が成立しているが、その強さは地点によって異なることが示唆された。今後は、各地点の環境データと2種の出現および交雑個体の出現頻度の関係を分析することで、種分化のあとに二次的接触した近縁種が生殖隔離を成立させて共存するか、どちらか片方の種が生き残る競争排除が起こるか、もしくは交雑により融合するかという動態が、環境要因により左右されるという仮説の検証が期待される。
著者
押尾 茂
出版者
帝京大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
1998

本研究費の援助を受けた平成10年度より平成13年2月末(本報告書記述時点)までに東京・九州・四国地区でそれぞれ100名以上、全国で400名以上の調査を終えている。その結果、精液性状に関しては、精子濃度の平均値は1ミリリットルあたり1億個弱と問題のある数値ではないものの、精子運動率が30%未満と世界保健機関(WHO)の基準値である50%を下回っていること、さらに精子濃度には地域差(九州>東京・四国)と年代差(20歳代<30歳代)が存在することなどを明らかにした。また、精液採取条件が精液性状に及ぼす影響を検討し、採取場所は精液性状に影響を与えないことを示した。現在、精液性状の個人変化および季節変動を検討する目的で、10人程度のボランティアから定期的に精液の提供を受けて検討を進めている。さらに、精子の質的変化をとらえる方法として精子染色体の蛍光in situハイブリダイゼーション(FISH)法による分析に取り組み、X、Y両性染色体性と18番染色体を対象とし染色体異数性と精液性状あるいは妊孕性等との関連を検討し、妊孕性の確認された健常人の精子染色体異数性の基礎的データを求めた。なお、精液性状の変化の要因に関しては、影響を与える因子は、ストレス、温度、食生活、大気汚染、薬物摂取など多く存在すると考えられており、その因子の一つとして、内分泌撹乱化学物質(いわゆる"環境ホルモン")の関与が推定されているのが現状で、化学物質と精液性状の関連については推測の位置をでていない。現在、今回の研究で収集した精漿試料中の各種化学物質の検討を進めており、来年度の早い時期には一定の結果が出るものと期待される。以上の成果について、関連学会の招請講演、一般講演などで発表し、総説を書くことで啓蒙活動を行った。現在、研究成果は外国雑誌への投稿を終えたものもあるが、一部は投稿準備中である。
著者
馬淵 久夫 平尾 良光
出版者
作陽短期大学
雑誌
一般研究(C)
巻号頁・発行日
1993

三国時代の魏で作られたか日本列島で作られたかが考古学の問題になっている三角縁神獣鏡を材料面から検討するために鉛同位体比の測定を行なった。過去の測定で、三角縁神獣鏡に含まれる鉛は「舶載」も「〓製」も例外なく中国産と推定されているので、異なる鏡式の間の比較に主眼を置いた。研究の結果は次のように要約される。1.鉛同位体比から観測される事実(1)「舶載」三角縁神獣鏡は鉛同位体比図の上で狭い範囲(B-1)に集中し、特定の系統の原料が使われていることを示す。(2)日本出土の魏の紀年鏡は、平成6年出土の青龍三年銘方格規矩四神鏡を含めて、すべてB-1に入る。つまり、「舶載」三角縁神獣鏡と同じ系統の原料で作られていると考えられる。(3)日本出土の呉の紀年鏡は魏の紀年鏡とは別の領域(B-2)に集まる。これは中国出土の呉の紀年鏡と同じ系統の原料である。(4)「〓製」三角縁神獣鏡は「舶載」三角縁神獣鏡と近接するが、明らかに異なる領域(B-3)に分布する。(5)三角縁神獣鏡以外の古墳出土〓製鏡の大部分はB-1、B-2、B-3にまたがって分布し、さらに少数は弥生時代の前漢鏡タイプの鉛を含む。つまり、一定の原料で作られていない。2.三角縁神獣鏡に関する諸説との整合性(1)魏鏡説は、全般的に鉛同位体比の結果と整合性がよい。(2)日本列島製作説は、一定の材料が中国から輸入され、その材料だけを使って「舶載」三角縁神獣鏡が作られたとすると説明がつく。(3)渡来呉人製作説は、(2)のヴァリエーションの一つで、その場合、呉の工人は呉の紀年鏡の材料ではなく、日本列島に輸入されていた一定の材料を使って作ったと考える必要がある。
著者
伊藤 健 小嶋 寛明 新宮原 正三 清水 智弘
出版者
関西大学
雑誌
挑戦的研究(萌芽)
巻号頁・発行日
2018-06-29

セミやトンボなどの翅には無数のナノ構造が表面を埋め尽くしており、その表面は抗菌性を示すことが近年報告された。本研究では、その抗菌メカニズムを解明するために、人工的に様々な条件を制御したナノ構造を作製し、構造や物理化学的性質と抗菌との関係を明らかにしようとしている。初年度は、安価かつ大面積にナノ構造を作製するため、コロイダルリソグラフィとメタルアシストエッチングを用いることで2インチ角のシリコン基板に対して任意の寸法をもつ円柱状の構造物をアレイ状(ナノピラーアレイと呼ぶ)に配列させることに成功した。作製法を以下に記す。まずSi基板上にナノサイズの樹脂ビーズを単層配列させる。樹脂ビーズの直径により構造の間隔を決定できる。次に、酸素プラズマをこの基板に当てることで、樹脂ビーズを徐々に削っていく。この時の樹脂ビーズの直径がナノ構造の直径に相当する。次に、メタルアシストケミカルエッチングの際の触媒として働く金を上述した基板に薄く堆積させる。続いて、基板を特殊なエッチング溶液に浸すことでシリコン基板が深さ方向に異方的にエッチングされる。エッチング溶液に浸している時間で、ナノ構造の高さを制御することができる。最後に、金と樹脂ビーズを除去することでシリコン単体からなるナノ構造を形成することができる。この技術を用いることで任意のピッチ、直径、高さを持つナノ構造を得ることができた。この技術を利用して様々な幾何学的な条件を変化させたナノ構造を作製し、その基板に対して抗菌評価を実施した。抗菌評価法にはJIS Z2801(フィルム密着法)を適用し、菌体として大腸菌をターゲットに抗菌評価を行った。その結果、抗菌性を示す条件を得ることができ、特許の申請に至った。
著者
小田 忠雄 高木 泉 石田 正典 西川 青季 砂田 利一 森田 康夫 板東 重稔 新井 仁之 堀田 良之
出版者
東北大学
雑誌
基盤研究(A)
巻号頁・発行日
1995

本研究の目的および実施計画に沿って,研究代表者,研究分担者および研究協力者は,多様体に関する数理科学的諸問題を次のように研究した.1. トーリック多様体を代数幾何・代数解析・微分幾何の見地から研究し,交差コホモロジー,トーリック多様体への正則写像,トーリック・ファノ多様体の分類および複素微分幾何学的計量に関して新知見を得た.2. 多様体を数論・数論的幾何の見地から研究し,アーベル曲面等の有理点の分布,2次元エタール・コホモロジーに関するテート予想,クリスタル基本群・p進ホッジ理論に関して新知見を得た.3. 非アルキメデス的多様体の代数幾何学的研究を行い,剛性に関する新知見を得た.4. 可微分多様体,リーマン多様体,共形平坦多様体の大域解析的性質,双曲幾何学的性質,基本群の離散群論的性質を研究して数々の新知見を得た.5. 多様体上のラプラシアンやシュレーディンガー作用素のスペクトルの,量子論・準古典解析的研究および数理物理的研究を行うとともに,グラフに関する類似として離散スペクトル幾何に関しても興味深い数々の結果を得た.6. 生物等の形態形成を支配すると考えられる反応拡散方程式等の非線形偏微分方程式系を多様体上で大域的に研究し,安定性に関する新知見を得た.7. ケーラー多様体上のベクトル束の代数的安定性とアインシュタイン・エルミート計量に関する複素幾何学的研究を行い,いくつかの新知見を得た.8. 擬微分作用素・極大作用素・有界線形作用素・作用素環等を実解析・複素解析・フーリエ解析的側面から研究し,数々の新知見を得た.
著者
淺野 隆 川良 美佐雄 飯田 崇 小見山 道
出版者
日本大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2013-04-01

健常男性9名にマウスガード装着・非装着の体感四肢の総仕事量と最大仕事量を計測し、比較した。また、同時に左右両側側頭筋、咬筋および顎二腹筋の筋活動量も計測した。筋活動量は側頭筋と咬筋は随意的最大噛みしめ時の筋活動量、顎二腹筋は随意的最大開口抵抗時の筋活動量を基準とした。体幹四肢運動時の各咀嚼筋筋活動量を相対比率で算出した。結果、マウスガード装着時、非装着時の総仕事量および最大仕事量に有意な差は認められなかった(P<0.05)。しかし、マウスガード装着時の咀嚼筋筋活動量は非装着時と比較して有意に減少した。よって、同じパフォーマンスを得るときにマウスガードは有効であることが明らかとなった。
著者
松田 優二
出版者
東北文化学園大学
雑誌
若手研究(B)
巻号頁・発行日
2015-04-01

国内の精神科病院の災害対策の現状と課題を明らかにするため、大震災があった地域の精神科病院の看護管理職者を対象に調査を行った。その結果、被災後に追加した災害対策の現状として、主に災害マニュアル関連(初動対策など)、避難経路・誘導方法、通信・情報伝達・職員召集の手段、備蓄品等の管理、BCP(事業継続計画)作成について改善を行っていた。また、課題としている災害対策は、災害対策マニュアルの見直し、BCP作成、災害トリアージの基準検討、各災害に応じた避難誘導方法、連絡手段、備蓄品等の備え、災害訓練、職員教育であることがわかった。
著者
李 強 田中 良晴 朝田 良子 三羽 信比古
出版者
大阪物療大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2014-04-01

水素水(HW)を用い、損傷を与えたヒト培養細胞の移動能などを検証し、主に次の成果が得られた。1)スクラッチした皮膚線維芽細胞にHWと白金ナノコロイド(Pt-nc)を投与すると、HW群は48時間後糸状仮足を示し始め、また、HW+Pt-ncはBax/Bcl-2比を調節する可能性が示唆された。2)低濃度の固形シリカ吸蔵水素(H2-silica)がスクラッチした正常食道上皮細胞(HEEpiC)には微絨毛形成や移動能の活性化がみられ、アポトーシスの誘導効果も確認された。3)H2-silicaが食道扁平上皮癌細胞の移動を阻害し、高濃度のH2-silicaがHEEpiCに毒性効果をもたらすことが確認された。
著者
長尾 倫章
出版者
新潟県立有恒高等学校
雑誌
奨励研究
巻号頁・発行日
2008

2003年の地教行法第50条の削除以降,2008年度までに20都県で全日制普通科高校の通学区域が廃止された。廃止の趣旨は,私立高校への流出に対する対抗策や,市町村合併による行政区と学区の線引きの不整合の是正であったりするのだが,表向きは一様に学校の特色化や生徒の主体的な学校選択の実現を謳っている。さて,新潟県では2008年度入試から通学区域が廃止された。それまでは全県を8学区に分割し,学区毎に15~25%の割合で指定された隣接学区からの生徒を受け入れる制度であった。全県一区型公立高校入試の現状と課題を明確にするため,全県一区型初年度である2008年度入試と旧ルールによる2003年度のそれとを比較検討した結果,得られた知見は以下の通りである。全県の動向をみると,他学区への流入・他学区からの流出を総計した流動率(全志願者数における割合)は,2003年度の8.5%(1487人)から2008年度は11.8%(1628人)へと3.3pt上昇した。この数値だけをみると,全県一区化が流動を促進したようにも捉えられるが,2008年度の流動のうち,11.6%(1600人)までが旧隣接学区内での志願であり,旧非隣接学区への志願は0.2%(28人)でしかない。つまり,全県一区化が,必ずしも旧学区にとらわれない全県的流動を必ずしも促進したわけではなかったことが確認された。上記事実から,以下のことが仮説的にいえる。学区撤廃によって非隣接学区への志願が制度的に可能となったことから,改めて旧ルールが再評価され,隣接学区へ志願する行為を相対的に低いハードルであると志願者に感じさせた。そのことが,結果的に隣接学区への志願者の流動を促進する触媒となった。このことは,全県一区化には人的流動を促す一定程度の効果があったと評価することも可能ではあるが,隣接学区さえも越えて志願する動きがほとんど見られなかったのは,そうしたいと思わせるための,県が推進している「学校の特色化」の進捗が遅々たることと,面積が広く公共の交通網がそれほど発達しているとは言い難い新潟県の地域的条件に起因している。ここに流動の詳細を記す余裕はないが,報告者は,全県一区化によって「行きたい学校」へというよりは,むしろ逆に「行ける学校」を選ぶ傾向を強化する結果となってしまったと分析する。新潟県が全県一区化導入のスローガンとして掲げた「行ける学校から行きたい学校へ」というパラダイムシフトを実効化するには,流動を促進するための更なる工夫と仕掛けが必要であるといえよう。