著者
堀内 成子 中村 幸代 八重 ゆかり 片岡 弥恵子 西原 京子 篠原 一之
出版者
聖路加国際大学
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
2014-04-01

本研究は、ローリスク妊婦に対して、オキシトシン・システム活性化プログラム(芳香浴と乳頭刺激)を開発し、正期産に導くことに効果があるか検討した。 A:芳香浴:健康妊婦に①クラリセージ・ラベンダー精油入り(27人)、②ジャスミン精油入り(26人)、③精油なし(25人)の足浴を実施し比較した。オキシトシンは足浴後に①で有意に増加し(p = .035)、②③では有意差はなかった。B:乳頭刺激:妊娠末期のローリスク初産婦22名(介入群)に、乳頭刺激を実施し、対照群の20名と比較した。介入3日目の唾液オキシトシン値は、有意に高く、子宮収縮回数も有意に多かった。反復乳頭刺激により、オキシトシン値は増加した。
著者
武田 邦彦 熊谷 幹郎
出版者
芝浦工業大学
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
1996

外部的環境や経時的に損傷を受けた材料が損傷箇所を自己的に補修する可能性を探る研究として、ポリフェニレンエーテル(PPE)を対象材料として選択して研究をおこなった。繰り返し力学負荷、熱負荷及び光負荷の場合に損傷が主として分子量の低下であることを明らかにし、その上でPPEの分子量の回復について実験を行った。PPEの分子量はCuの存在下、もしくは存在しない状態で分子量が4000〜40,000の領域で変化することがわかった。温度領域は一10℃から80℃である。溶媒中では40℃、Cu存在下で急速に分子量の変化が起こる。この基礎実験データに基づき、溶媒を含まない高分子材料及び少量の溶媒を含有する材料について窒素中及び空気中での分子量の回復を観測した。その結果、窒素中及び溶媒を含まない材料では分子量の回復は小さかったが、溶媒を含み空気中での実験では顕著な分子量の増大が観測された。予想を上回る成功である。すなわち、本研究に用いた対象材料は、損傷箇所の回復触媒にCuが有効であり、エネルギーの継続的補給源として空気中の酸素、生体での排泄物に相当するものとしてH2O,使用後のCuは酸素によって継続的に自己再生される、という自己疲労回復性システムが動いていることが明らかになった。また、高分子末端の衝突確率は少量の溶媒存在下で十分であることがわかり、短時間の実験では溶媒を含まない材料では分子量の変化は顕著ではなかったが、拡散係数の推定では、疲労などの長期間での損傷には十分に無溶媒系でも損傷回復の可能性があることがわかった。また、分子量の回復時に水素を発生し、排泄物として水を発生するが、そのときの水素の補給源がPPEの側鎖である可能性があり、継続的な水素源を考慮する必要があることが明らかになった。
著者
安藤 礼二 杉本 良男 吉永 進一 赤井 敏夫 稲賀 繁美 橋本 順光 岡本 佳子 Capkova Helena 荘 千慧 堀 まどか
出版者
多摩美術大学
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
2014-04-01

これまで学術的な研究の対象とは見なされてこなかったが、神智学が宗教、政治、芸術などの近代化で重要な役割を果たしたことは近年認められている。本研究では、それらをグローバルな視点から再検討し、新たな研究の可能性を探ることに成功した。プロジェクトメンバーたちによる国内外の調査によって貴重な一次資料を収集しただけでなく、海外の研究者たちとの連携を深めた。日本ではじめて神智学を主題として開催された国際研究集会など、いくつかの研究会を開催し、神智学研究を代表する世界の研究者たち、日本の研究者たちが一堂に会した。これらによって、さまざまな分野の研究者のネットワークを構築し、今後の研究の礎を築くことができた。
著者
羽生 貴弘 夏井 雅典
出版者
東北大学
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
2010-04-01

本研究課題では,設計マージンのリラックス化,ならびに総合的なVLSIの高性能化・高歩留り化を実現する新概念VLSI設計技術の構築を目的とし,不揮発性記憶素子とシリコン集積回路を組み合わせることで製造後および動作中に集積回路の特性を調整できるPVTバラつきフリー回路方式,ならびに上述したバラつきを十分小さくする回路パラメータ自動調整技術に関する研究を行った.
著者
太田 成男 上村 尚美 ウォルフ アレクサンダー 井内 勝哉 西槙 貴代美 一宮 治美
出版者
日本医科大学
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
2014-04-01

分子状水素(H2)は、様々な細胞内情報伝達調節と遺伝子発現制御によって、健康増進・疾患の予防に寄与する。本研究では、H2がどのように遺伝子発現を制御するメカニズムを解明することを目的とする。フリーラジカル連鎖反応にH2は介入して、酸化リン脂質を改変し、Ca(2+)シグナリングを通して遺伝子発現を制御することを明らかにした。これに加えて、H2は、PGC-1α遺伝子発現増加を促し、脂肪酸とステロイド代謝を亢進する。メカニズムとして、H2が4-ヒドロキシ-2-ノネナールを減少させ、Akt/FoxO1シグナリングとその一連のシグナリングを通して、PGC-1αは間接的に制御される。
著者
佐藤 一光 斉藤 崇 吉弘 憲介 徐 一睿 澤田 英司 山川 俊和
出版者
東京経済大学
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
2019-04-01

本研究は空間、地域、政策に焦点を当てて「木質バイオマス経済」の持続可能性について検討を行うものである。「木質バイオマス経済」とは林業によって木材を生産し、それを燃焼させることによって発生させる熱を利用して地域の給湯需要や暖房需要、電力需要をまかなう分散型の再生可能エネルギー利用とそれに伴う経済の地域的循環のことである。「木質バイオマス経済」においては燃料となる木材を輸送する距離や熱・電力を供給する距離などの[空間的条件]、林業や地域の木材産業等との綿密な連携を維持するためには人的ネットワークなどの[地域的条件]が、資源・エネルギー・経済の循環を維持させるためには[政策的条件]が重要となる。
著者
上岡 玲子 廣瀬 通孝 増田 敦士 村上 哲彦
出版者
九州大学
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
2010

本研究では複数の周波数帯のRFIDタグを糸にして布に織り込んだハイブリッドRFIDテキスタイルの自動織技術を実現し,広域空間内において人および移動体の位置検出を効率的に実現するため,布の特性を活かしたインタフェースの設計,位置検出システムを効率的に実現するためのマッピング生成装置の開発,およびハイブリッドRFID環境での位置検出の評価を行い,実用化の実現可能性について知見を得た.
著者
松木 直章
出版者
東京大学
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
2008

小型犬で頻発する壊死性髄膜脳炎(NME)の家系調査、病態解析ならびに治療研究を実施した。家系調査ではNME発症個体を含むパグ犬の3家系ならびにNME発症例のいないパグ犬の1家系について、脳脊髄液中のグリア線維性酸性蛋白質(GFAP)あるいは抗GFAP自己抗体をマーカーとして保因犬を割り出した。その結果、NMEの発症因子は常染色体劣勢遺伝形式で遺伝する可能性が示された。病態解析では、NME症例の脳脊髄液中にGFAP-抗GFAP複合体が特異的に存在すること、抗GFAP抗体にはIgGのみでなくIgAが存在し、健康犬の血液中や糞便中にも抗GFAP-IgAが存在すること、NME症例ではアストロサイトのトランスグルタミナーゼに対する自己抗体が存在することが明らかとなった。治療研究ではNME症例に対して3種類の免疫抑制療法を用いた前向き研究を実施したが、生存期間や神経症状スコアには治療法による有意差が認められなかった。
著者
川野 徳幸 原田 浩徳 大瀧 慈 佐藤 健一 星 正治 小池 聖一 平林 今日子
出版者
広島大学
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
2015-04-01

①セミパラチンスク核実験場近郊住民を対象に、アンケート調査・証言収集調査を実施した。4年間で計597件のアンケートを回収。②朝日新聞・読売新聞実施の被爆実態アンケート調査の結果を援用し、原爆被爆者の「核なき世界」以外の「思い」の一端、「ヒロシマ」というアイデンティティ、被爆体験継承の可能性、を考察した。③被爆証言を用い、経時的に観測されたテキストデータの特徴を、時間を考慮して視覚化する方法を提案した。これは、業績に示すように国際学会において、Best paper Awardを受賞。④オーラルヒストリーを編集し、『チェルノブイリ・旧プリピャチ住民へのインタビュー記録(第二報)』を発行した。
著者
大野 かおる
出版者
横浜国立大学
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
2021-04-01

本研究の目的は、第一原理計算において、全ての物質現象を支配する電子励起状態を扱える根本的な理論方程式と新しい計算手法を確立し、その第一原理計算ソフトTOMBOを完成させて普及することである。第一原理計算ソフトは欧米で開発されたものが主流の中、研究代表者は世界唯一の全電子混合基底法プログラムTOMBOを開発し、多体摂動論のGreen関数法では1次のバーテックス補正を入れた世界初のGWΓ自己無撞着計算を行い、光吸収スペクトル世界最高精度0.1 eVを達成した。任意の電子励起固有状態を扱える拡張準粒子理論も発表し、世界初の電子励起状態を出発点とするGW近似や時間依存GW動力学シミュレーションを行う。
著者
井上 博允 國吉 康夫
出版者
東京大学
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
2001

本研究で得られた研究成果は次の通りである。1.大変形するゲルロボットの形状設計手法変形の特異性を実現するために、表面に微細な凹凸を持つ平板状の型を作り、型にゲル材料を流し込んで表面にひだをもつゲル成型する手法を確立した。表面にひだをつけたゲルは、伸張する面のひだの方向に沿って曲がりやすくなり、変形の方向性を形状により設計可能となることを明らかにした。2.電界制御による変形予測モデルの構築ゲルの持つ能動的および受動的な変形特性をモデリングする手法を提案し、この手法に基づいてシミュレータを実装し、アレイ状電極裟置により生成する2次元空間分布電場内におけるゲルの変形シミュレーションを行った。電場を適切なタイミングで平行移動することにより、ダイナミックな運動を生成することができることを明らかにした。3.ゲル連続体の形状を制御する電場制御システムの開発大変形を生じる駆動電場の条件を明らかにするために、電場の空間分布を制御可能な多電極駆動装置を開発し、空間分布を少しずつ変化させた場合の変形応答性を詳細に計測し、シミュレーション結果と比較し、モデルの正当性を検証した。4.軟体動物状ゲルロボットの変形と運動制御の実現総合実験として、触手状ゲルの巻きつき運動生成実験、およびヒトデ型ゲルロボットの表裏反転運動制御実験を行い成功した。長さ24[mm]の触手状ゲルが直径4[mm]のスペーサを一周巻きつけるのに180[s]、直径15[mm]のヒトデ型ゲルロボットが反転するのに50-60[s]を要した。
著者
細井 義夫 漆原 佑介 橋本 拓磨
出版者
東北大学
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
2020-04-01

Muse細胞を用いて、① 正常組織の放射線障害を軽減するための研究と、② 低酸素で成り立つ幹細胞ニッチによる放射線抵抗性や多分化能の原因を解明し、癌幹細胞等での放射線抵抗性の克服に役立てると共に、Muse細胞の多分化能を高めて正常組織の放射線障害の治療に役立てるための研究を行なう。具体的には、放射線照射後に静注したMuse細胞が、骨髄幹細胞、小腸腺窩細胞、肺胞上皮細胞、皮膚上皮細胞に分化するかどうかを明らかにする。放射線感受性に関してはDNA2本鎖切断修復関連遺伝子、多分化能に関してはFbx15、Nanog、Oct3/4、Sox2、Klf4、c-Mycなどの遺伝子の発現と活性について調べる。
著者
松島 綱治 橋本 真一 倉知 慎 上羽 悟史 阿部 淳
出版者
東京大学
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
2010

伝子発現解析の結果からケモカイン受容体CXCR3に着目したところ、CD8陽性T細胞の活性化直後のリンパ組織内局在をCXCR3が制御することで、その後の免疫記憶CD8陽性T細胞の形成に影響を及ぼしていることが明らかになった。また、メモリー細胞において、CTLに特徴的なサイトカインやケモカインなどの遺伝子群の顕著な発現量上昇、細胞老化と関連深いリボゾーム蛋白類の発現量低下とを認めた。さらに一次メモリーと比較して、二次メモリーCTLではNK細胞特異的遺伝子の発現量上昇が認められ、老化メモリーCTLの特徴となることを明らかにした。
著者
武田 佐知子 脇田 修 脇田 晴子 高島 幸次 松浦 清 竹居 明男
出版者
大阪外国語大学
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
2002

本研究会では平成14年〜17年の四カ年通して、聖徳太子信仰・天神信仰それぞれの歴史通貫的比較研究を行い、両者が何故に永く信仰の対象たりえたかを探ってきた。聖徳太子、菅原道真の両者はともに実在した歴史上の人物であり、しかも俗人の立場でありながら信仰の対象となってきた。また、時代を超えて長らく、現代に至るまで、上下を通じた諸階層の篤い信仰を得てきたという共通項がある。本研究会では十三回にわたる研究会を通し、各専門分野の研究者から太子信仰・天神信仰に関わる美術史的、文学史的、そして宗教史、芸能史的研究報告をいただいた。研究会ではこれらの報告を中心に、時代のニーズとともに変化する信仰の形態や、それに付随するイメージの付与、そして宗派や地域を越えて多面的に利用されるそれぞれの信仰の進化形について、活発な討論が行われた。また、六回の巡見を通して、巡見先各地での庶民の生活の中に定着した太子信仰、天神信仰を見ていくとともに、各地の歴史とそれらの信仰がどのように融合し、変容してきたのかを探った。注目すべきは、各地の真宗布教に付随して広がった太子・天神信仰であるが、この研究に関しては、高島氏・濱岡氏による考察が研究報告集に納められている。これらの研究会・巡見を経て、天神画像の蒐集し、新たな天神画像について検討を行った。最後に、まとめられた研究報告集では、当初からの課題であった「信仰の複合化」と「宗教的国際性」、そして「信仰の庶民受容」についての様々な論考を研究協力者に執筆いただいている。加えて、研究代表者である武田は、俗的権威の最高峰である天皇をも超越する神威、権威を持った聖徳太子・天神の新たな共通項を見いだし、今後の両信仰の研究に於いての新しい視点を切り開くことに成功した。
著者
吉村 治正 正司 哲朗 渋谷 泰秀 渡部 諭 小久保 温 佐々木 てる 増田 真也
出版者
奈良大学
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
2018-04-01

内閣府世論調査では、実際の生活実感と乖離する調査結果が現れることが少なくない。本課題では、これが調査実施過程の技術的な不足による非標本誤差の大きさによると考え、実験的な社会調査の実施を通じて、その影響を測定した。主たる知見は①人口構成の変化以上のペースで回答者が高齢者にシフトしている、②難易度が高い質問が多く最小限化行動が生じている、③複数回答方式を多用したために順序効果が顕著に表れている、④「わからない」を抑制することで中間回答が過大に表れている、といった点で集計結果に偏りを生んでいる可能性が高いことが指摘された。
著者
高尾 千津子 鶴見 太郎 野村 真理 武井 彩佳 宮崎 悠 井出 匠 小森 宏美 Wolff David 重松 尚
出版者
東京医科歯科大学
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
2016-04-01

独ソ戦によってナチの支配下におかれた地域のホロコーストの特徴は、ユダヤ人の殺害が現地で執行されたこと、ナチによる占領の初期段階で、現地住民の一部がユダヤ人に対するポグロムに関与したことに求められる。本研究は、ソ連・東欧におけるホロコーストの事例研究に取り組み、現地住民のナチ協力に関しては、新たにソ連の支配下に入ったバルト3国やポーランド東部地域とソ連本国内の東ベラルーシ等とで相違があることを明らかにした。
著者
西海 功 山崎 剛史 濱尾 章二 関 伸一 高木 昌興 岩見 恭子 齋藤 武馬 水田 拓
出版者
独立行政法人国立科学博物館
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
2009

日本列島の島嶼部を中心に分布する陸鳥類の14分類群(19種)について、異所的な集団の種分化と種分類に関する研究をDNA分析、形態学的分析、およびさえずりの音声分析を含む生態学的分析によっておこなった。日本列島の島嶼部を中心とした陸鳥の集団構造や種分化が極めて多様なことが示された。つまり、遺伝的な分析からは、南西諸島の地史を直接に反映した集団構造は陸鳥類では全くみられず、集団の分化のパターンが種によって大きく異なることがわかった。遺伝的に大きく分化している地理的境界線の位置も種によって異なるし、遺伝的分化の程度も分化の年代も種によって大きく異なることが示唆された。また、形態的分化や生態的分化の程度も種によって異なり、それらは必ずしも遺伝的分化の程度と相関しないことが推測された。近縁種の存否がさえずりの進化に影響する、すなわちさえずりの形質置換があったり、人為的環境の改変への適応が行動を通して形態的適応進化を促進したりすることがわかった。また、リュウキュウコノハズクやキビタキなど多数の種で亜種分類の見直しの必要性が示唆され、ウチヤマセンニュウなどいくつかの種では種分類の見直しの必要性が示唆された。今回の研究期間ではっきりと種・亜種分類の見直しの検討が出来たのはメボソムシクイ類とコトラツグミのみであったので、それ以外の見直しは今後の課題として残された。
著者
北田 正弘
出版者
東京芸術大学
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
2006

日本刀はわが国が世界に誇る鉄鋼の文化財である。その美術的な価値はもちろんのこと、手作りに近い技術水準の時代に、非常に高品質の鋼を生産し、異なる鋼種を使い分け、加工・熱処理技術も高い水準に達していたとみられる。大量生産には適する技術ではなかったが、その技術には現代でも学ぶべきものがあると考えられ、先端科学的な研究が必要である。しかし、日本刀に関する現代の材料科学水準での研究は全く行われておらず、その評価内容は伝承と鑑賞面だけのものであった。そこで、日本刀の材料科学的評価に着手し、鋼の微細構造、非金属介在物の微細構造、機械的性質、化学的性質などを総合的に検討してきたが、その結果の中に工業的に得られる平均結晶粒径(25~30μm)より小さいものが見出された。これが日本刀における標準的なものなのか、あるいは見出された刀だけのものなのかを判断するには、ある程度の数の日本刀を調べなければならない。そこで、鎌倉時代から江戸時代末期までに造られた日本刀の微細組織を調べ、日本刀における微細結晶粒の状況と、これらの結果から導かれる微細結晶粒の生成機構について追及した。その結果、鎌倉時代から室町時代末までに製作された日本刀には、平均結晶粒径が10~20μmのものが多く観察され、最も小さいものでは数μmの結晶粒径をもつ日本刀が観察された。しかし、江戸時代の刀では結晶粒径の小さいものは少なく、時代によって変遷のあることが明らかになった。最も結晶粒径の小さい日本刀は室町中期頃に製造されたものである。ただし、統計的に時代の変遷あるいは特徴を把握するだけの数の試料は分析していないので、上述の時代依存性は実験の範囲内に限った傾向である。微細結晶粒は刃に使われている鋼および刃と芯金の境界領域で観察される。刃の非金属介在物を観察すると、結晶粒径の小さいものほど非金属介在物が小さい傾向を示す。これは、鋼の鍛錬の回数が多いことを示し、鍛錬加工と結晶粒度に深い関係があることを示す。また、非金属介在物の微細構造を観察すると、芯金の非金属介在物が融解して複雑な構造を示すのにたいし、刃金の非金属介在物は比較的単純な構造を示し、かつ、破壊された形状を示すものが多い。これは、刃の部分の加熱温度が低いことを示唆するものと考えられる。実際の加熱方法は不明であるが、比較的低い温度で熱間の鍛錬が行われ、導入された転位等の欠陥による再結晶が生じても、低温のため結晶粒成長が少なく、小さな結晶寸法を保っているものと考えられる。また、鍛錬の回数が多いため、蓄積されるひずみエネルギーが大きく、再結晶における結晶核の生成数が多く、結晶粒の微細化を促しているものと推定される。また、刃金と芯金の境界に微細な結晶粒が存在するものもある。刃金の炭素濃度は平均で約0.6mass%の中炭素鋼であり、芯金の炭素濃度は0.1mass%以下の低炭素鋼である。刃金と芯金は鍛接されるが、加工熱処理の段階で炭素の拡散が生じ、これと同時に加工によるひずみが導入される。これが再結晶の核形成頻度を増大させているものと考えられる。定量的データーを得る段階には達していないが、これらの結果は、微細結晶粒を鋼に付与する方法として有効な成果と考えられる。