著者
衣川 智弥
出版者
一般社団法人 日本物理学会
雑誌
日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.77, no.4, pp.228-232, 2022-04-05 (Released:2022-04-05)
参考文献数
21

2015年9月14日,世界で初めて重力波が直接観測された.重力波の存在が直接証明されたことにより,今後の重力波研究は重力波を用いてどのように天体の物理を解明していくかという段階に切り替わりつつある.まさに重力波天文学の幕開けである.現在稼働している重力波観測器であるLIGO-Virgoによる連星ブラックホールの観測の報告は46件に及んでいる.そのうち,30太陽質量以上の“重い”質量帯のブラックホールの合体が35件も見つかり,最も重いものは合体後の質量が150太陽質量になるものすら見つかっている.なぜ30太陽質量以上のブラックホールを重いと表現したかというと,X線連星内のブラックホール候補天体の質量の見積もりは典型的に10太陽質量程度であり,重力波で観測される連星ブラックホールの質量も同程度だと予想されていたからである.LIGO-Virgoの解析結果によるとブラックホールの質量分布は10太陽質量にピークをもつ右肩下がりの冪関数に33.1+4.0-5.6太陽質量のガウス関数型ピークを加えた冪関数+ピーク分布が最も合っていると報告されている.重力波観測以前の予想とは異なり,幅広い質量のブラックホールが我々の宇宙には存在することが示されている.重力波で観測された幅広い質量のブラックホール形成を説明するため,大きく分けて次の三つの説がある.連星として生まれた恒星のペアが両方ともブラックホールとなり合体する孤立連星起源説,星団という恒星の密集した領域で生まれたブラックホールが重力相互作用でダイナミカルに連星を組み,合体を繰り返していく階層的合体起源説,ビッグバン由来の密度揺らぎの大きな領域が重力崩壊を起こしてできるブラックホールを起源とする原始ブラックホール起源説である.いまだこれらの説に決着はついていないが,孤立連星起源が主に寄与しているのではないかと注目されている.これは宇宙に生まれる大質量の星のほとんどが連星として生まれるため,後天的に連星を組む階層的合体起源などよりも合体率が高くなりやすいからである.孤立連星起源モデルでは,宇宙初期の天体ほど重いブラックホールになりやすい傾向があると示唆されている.また,重力波による連星合体までの時間は数億年から宇宙年齢以上と長いため,宇宙初期から現在までにできた多様な連星が現在になって合体し,重力波で観測される可能性がある.我々は初代星という宇宙最初期(赤方偏移10–50)にできた孤立連星起源の連星ブラックホールの合体が約30太陽質量のピークを形作り,初代星以降に生まれる種族I,II星の孤立連星によってできた連星ブラックホールが10太陽質量のピークを説明できることを連星進化計算により示している.これは宇宙初期から現在までの異なる時代に形成された多様なブラックホールが累積している可能性を示唆している.ただし,LIGO-Virgoによる重力波観測からわかる物理量は主にブラックホールの質量と自転角運動量(スピン)であるが,これらだけではまだ約30太陽質量のブラックホールが本当に初代星起源かは決着がついていない.2030年代の重力波観測の将来計画では赤方偏移10までの初代星起源連星ブラックホール合体が観測できると期待されている.連星ブラックホールの赤方偏移依存性を確かめられれば,初代星起源かどうかが白黒つけられる.初代星は宇宙初期の天体のため,直接観測が難しい.しかし,重力波により,ブラックホールという星が死んだ後に残る「化石」を調べられるようになった.初代星の「化石」として,連星ブラックホールから初代星の特徴を明らかにできるかもしれない.
著者
伊藤 寛 小川 幸恵 清野 浩昭 川合 宏仁 山崎 信也 奥秋 晟
出版者
日本蘇生学会
雑誌
蘇生 (ISSN:02884348)
巻号頁・発行日
vol.24, no.2, pp.82-87, 2005-07-20 (Released:2010-12-08)
参考文献数
4
被引用文献数
1

歯科治療における死亡事故報告は後をたたない。我々は, 各種メディアから知り得た歯科治療に関連した重篤なショック, 心肺停止報告200例について分析した。その結果, ショック45例, 心肺停止155例, 死亡126例であった。これらの多くは局所麻酔や観血処置に起因し, 何らかの全身的合併症を有していたものが全200例中75例 (38%) であった。また小児, 障害児者に多く行われる抑制治療が起因と思われる死亡は19例で, 全死亡例の15%であった。このような事故を回避するために, 歯科医師の医学知識全身管理能力の向上が必要であり, 特に, 最低限のリスクマネージメントとしてBLS, ACLSの習得は必須であると思われた。
著者
Han Eol Jeong Hyesung Lee In-Sun Oh Kristian B. Filion Ju-Young Shin
出版者
Japan Epidemiological Association
雑誌
Journal of Epidemiology (ISSN:09175040)
巻号頁・発行日
vol.33, no.2, pp.82-90, 2023-02-05 (Released:2023-02-05)
参考文献数
25
被引用文献数
2

Background: Impact of immeasurable time bias (IMTB) is yet to be examined in self-controlled designs.Methods: We conducted case-crossover, case-time-control, and case-case-time-control analyses using Korea’s healthcare database. Two empirical examples among elderly patients were used: 1) benzodiazepines-hip fracture; 2) benzodiazepines-mortality. For cases, the date of hip fracture diagnosis or death was defined as the index date, and the inherited date of their matched cases for controls or future cases. Exposure was assessed in the 1–30 day (hazard) and 61–90 day (control) windows preceding the index date. A non-missing exposure setting included in- and outpatient prescriptions and the pseudo-outpatient setting included only the outpatients. Conditional logistic regression was done to estimate odds ratios (ORs) with 95% confidence intervals (CIs), where the relative difference in OR among the two settings was calculated to quantify the IMTB.Results: The IMTB had negligible impacts in the hip fracture example in the case-crossover (non-missing exposure setting OR 1.27; 95% CI, 1.12–1.44; pseudo-outpatient setting OR 1.21; 95% CI, 1.06–1.39; magnitude 0.05), case-time-control (OR 1.18; 95% CI, 0.98–1.44; OR 1.13; 95% CI, 0.92–1.38; 0.04, respectively), and case-case-time-control analyses (OR 0.99; 95% CI, 0.80–1.23; OR 0.94; 95% CI, 0.75–1.18; 0.05, respectively). In the mortality example, IMTB had significant impacts in the case-crossover (non-missing exposure setting OR 1.44; 95% CI, 1.36–1.52; pseudo-outpatient setting OR 0.72; 95% CI, 0.67–0.78; magnitude 1.00), case-time-control (OR 1.38; 95% CI, 1.26–1.51; OR 0.68; 95% CI, 0.61–0.76; 1.03, respectively), and case-case-time-control analyses (OR 1.27; 95% CI, 1.15–1.40; OR 0.62; 95% CI, 0.55–0.69; 1.05, respectively).Conclusion: Although IMTB had negligible impacts on the drug’s effect on acute events, as these are unlikely to be accompanied with hospitalizations, it negatively biased the drug’s effect on mortality, an outcome with prodromal phases, in the three self-controlled designs.
著者
臼杵 憲祐
出版者
一般社団法人 日本内科学会
雑誌
日本内科学会雑誌 (ISSN:00215384)
巻号頁・発行日
vol.104, no.7, pp.1389-1396, 2015-07-10 (Released:2016-07-10)
参考文献数
10
被引用文献数
2 6

溶血性貧血は,網赤血球の増加,ビリルビン高値(間接ビリルビン優位),LDH高値,ハプトグロビンの低値などから診断する.溶血性貧血の症例の半数はCoombs試験陽性を呈する温式自己免疫性溶血性貧血であり,副腎皮質ホルモン療法が有効である.1/4は発作性夜間ヘモグロビン尿症である.約1割を占める遺伝性球状赤血球症では,小型球状赤血球とMCHC高値が特徴であり,EMA結合能測定試験が陽性所見を呈する.
著者
富永 健
出版者
関西法政治学研究会
雑誌
憲法論叢 (ISSN:24330795)
巻号頁・発行日
vol.12, pp.73-94, 2005-12-17 (Released:2018-01-10)

This essay increases consideration whether 'the theory of the Emperor as an organ of government' is against Kokutai (the national polity, or the fundamental character of the state). The most important point at issue there relates to the subject and contents of the sovereignty. In this essay, I examine theories of Yatsuka Hozumi, Shinkichi Uesugi, Tatsukichi Minobe and Soichi Sasaki. I conclude that the theory of the Emperor as an organ of government is not against Kokutai. The constitution of this essay is as follows : (1) Introduction, (2) Criticism for a national judicial person theory, (3) 'The theory of the Emperor as a subject of the sovereignty' and Kokutai, (4) 'The theory of the Emperor as an organ of government' and Kokutai, (5) Discussion around sovereignty, (6) Conclusion.
著者
Kakui Keiichi Fujita Yoshihisa
出版者
Cambridge University Press
雑誌
Journal of the Marine Biological Association of the United Kingdom (ISSN:00253154)
巻号頁・発行日
vol.103, 2023
被引用文献数
1

We describe a new sea spider species, Pantopipetta hosodai sp. nov., based on one juvenile female collected from a submarine cave ('Akumanoyakata' Cave) in Shimojijima Island, Miyako Island Group, Ryukyu Islands, southwestern Japan. It was collected from the second slope zone of the cave, 80-100 m from the entrance, no light, low salinity and with rocky substrate. This is the first record globally of a Pantopipetta species from a submarine cave and anchialine environment. Pantopipetta hosodai sp. nov. resembles Pantopipetta auxiliata, Pantopipetta lenis and Pantopipetta oculata in having auxiliary claws, but differs from them in having a palp with three short distal articles, lateral processes without dorsodistal tubercles, coxae 1 and 3 of legs 1-3 each with one long dorsal tubercle and one dorsodistal tubercle bearing a seta on each femur. Features of the palp appear to delineate two species groups in Pantopipetta, i.e. (1) those having four small distal articles, and a small, basal palp article between the lateral cephalon process and longest palp article (eight-articulate palp) and (2) those having three small distal articles, and lacking the small basal article (six-articulate palp), but further detail examination of the described species is needed. We discuss the diagnostic characters separating Pantopipetta and Austrodecus and the generic affiliation of Austrodecus aconae. Few pycnogonids from marine or anchialine caves have been identified to species, and it is generally unknown whether cave-dwelling pycnogonids tend to be troglobites.
著者
嘉幡 久敬
出版者
科学技術社会論学会
雑誌
科学技術社会論研究 (ISSN:13475843)
巻号頁・発行日
vol.16, pp.30-42, 2018-12-10 (Released:2020-02-10)
参考文献数
40

人工知能(AI)を使った兵器の自律化は世界の軍事技術のトレンドになりつつある.自律兵器は戦局を有利にすると期待される一方で,その非人道性ゆえに規制を求める声も多く,国連で昨年,初の公式会合が開かれ,議論が始まった.日本でもAIを含めた先端技術の軍事応用に防衛省が注目している.防衛省は近年,先端技術の開発を進めるため,大学などの学術界の研究者向けに新たな研究費制度を始めた.米軍も日本の技術に注目し,学術界向けに研究助成を続けている.こうした状況を受けて,日本では,科学者の軍事研究への加担をめぐる関心が高まり,議論が始まっている.本稿ではAI兵器をめぐる世界の現状と日本の議論を紹介し,日本の取り得る選択肢について検討する.
著者
片野田 耕太 十川 佳代 中村 正和
出版者
日本公衆衛生学会
雑誌
日本公衆衛生雑誌 (ISSN:05461766)
巻号頁・発行日
pp.23-076, (Released:2023-12-21)
参考文献数
57

「たばこハームリダクション」は「たばことニコチンの使用を完全に排除することなく,害を最小限に抑え,死亡と疾病を減少させること」と定義される。加熱式たばこが普及している日本において,たばこ産業側の「たばこハームリダクション」を用いたプロモーションが活発化しており,たばこ対策関係者は背景や考え方を共有する必要がある。本稿は,「たばこハームリダクション」を公衆衛生施策として実施するための要件を,①リスク低減,②禁煙の効果,③新たな公衆衛生上の懸念,および④保健当局の規制権限,の4つに集約し,ニコチン入り電子たばこ(以下,電子たばこ),加熱式たばこのそれぞれについて検討することを目的とした。さらに,国際機関(世界保健機関;WHO)および諸外国(米国,英国,オーストラリア,イタリア,および韓国)の保健当局の「たばこハームリダクション」に対する方針についてまとめた。最初の3つの要件について,電子たばこは,リスク低減および禁煙の効果については一定の科学的証拠があるが,若年者における使用の流行と紙巻たばこ使用へのゲートウェイドラッグ(入門薬)になりえるという公衆衛生上の懸念については一致した見解が得られていなかった。加熱式たばこについては最初の3つの要件いずれについても十分な科学的証拠はなかった。WHOはあらゆるたばこ製品について同じ規制をすべきであるという立場をとっていた。保健当局が「たばこハームリダクション」の考え方を制度として導入していたのは英国と米国のみであり,加熱式たばこが比較的普及しているイタリアおよび韓国でもリスク低減については保健当局が否定していた。英国は電子たばこによる禁煙支援を公式に認めていた一方,米国は2009年に制定された連邦法に基づいてmodified risk tobacco product(リスク改変たばこ製品)の制度を設けたが,2023年6月現在,加熱式たばこまたは電子たばこで健康リスクを低減すると認められた製品はなかった。4つ目の要件について,英国,米国ともたばこ産業から独立した保健当局の規制の下に「たばこハームリダクション」が制度化されていた。「たばこハームリダクション」の導入には,たばこ産業から独立した保健当局の規制権限と包括的なたばこ対策の履行が必須だと考えられる。
著者
久保田 貢
出版者
一般社団法人 日本教育学会
雑誌
教育学研究 (ISSN:03873161)
巻号頁・発行日
vol.84, no.2, pp.130-142, 2017-06-30 (Released:2018-04-27)
参考文献数
64

主権者とは国民主権の原理を採用する憲法によって定義づけられる。しかし教育現場は憲法と「断絶」し、主権者教育の歴史も忘れられている。永井憲一は主権者教育権論を提起した。主権者教育論は、他にも1950年代後半から日教組周辺の議論の中でみられ、歴教協などで深められる。いま国家が主権者教育の推進を図るが、これは新たな排除をもたらす。文化的自治のルートの回復と、教育現場の当事者たちによる、より直接的な協議の場の構築が課題となる。
著者
合屋 将 中野 泰 十九浦 宏明 高木 雄亮 渡邊 紘章 松田 能宣 角甲 純 笠原 庸子 小原 弘之 森 雅紀 中山 健夫 山口 崇
出版者
日本緩和医療学会
雑誌
Palliative Care Research (ISSN:18805302)
巻号頁・発行日
vol.18, no.4, pp.261-269, 2023 (Released:2023-12-25)
参考文献数
12

【目的】進行性疾患患者の呼吸困難に対する高流量鼻カニュラ酸素療法(HFNC)の有効性を検討する.【方法】MEDLINE, Cochrane Library, EMBASE, 医中誌Webを用いて文献検索を行った.適格基準は,呼吸困難に対するHFNCの効果を評価した無作為化比較試験であること,18歳以上の低酸素血症を伴う進行性疾患患者を対象としていること,対照群が通常の酸素療法もしくは非侵襲的陽圧換気であるもの,とした.集中治療室患者,人工呼吸器からの離脱後は除外とした.【結果】6件が採用された.短期介入を検討した2件で,HFNC有効1件,通常酸素有効1件であった.長期介入を検討した2件で,HFNC有効1件,有意差なし1件であった.運動負荷時の介入を検討した2件で,HFNC有効1件,有意差なし1件であった.【結論】低酸素血症を伴う進行性疾患患者の呼吸困難に対してHFNCは有効である可能性がある.
著者
天野 勝文 阪倉 良孝 高谷 智裕 水澤 寛太
出版者
北里大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2019-04-01

トラフグがフグ毒テトロドトキシン(TTX)を脳内に保有することを示した申請者らの研究成果を基に「フグでは脳に存在するTTXが脳ホルモンを介して内分泌系を制御する」という仮説を立て,その検証に挑戦する.まず,トラフグをモデルとして,TTX投与毒化魚と対照無毒魚における主要な脳ホルモンの遺伝子発現量をリアルタイム定量PCRで網羅的に比較して,TTXが脳ホルモンを介して内分泌系に及ぼす影響を調べる.次に,フグ科魚類の脳にTTXが広く存在するかを,液体クロマトグラフィー質量分析と免疫組織化学を併用して精査する.最後に得られた結果を総合して,フグがTTXを脳内に保有する生理学的意義について考察する.
著者
丸山 隆一
出版者
研究・イノベーション学会
雑誌
年次学術大会講演要旨集
巻号頁・発行日
vol.37, pp.255-259, 2022-10-29

一般講演要旨
著者
向後 千春
出版者
一般社団法人 日本教育工学会
雑誌
日本教育工学会研究報告集 (ISSN:24363286)
巻号頁・発行日
vol.2022, no.2, pp.44-51, 2022-06-27 (Released:2022-06-27)

何を学ぶにしても人はひとりでは学ぶことはできない.独学で本から学ぶという場合であっても,文化的所産である書物に頼っている.人の学習を下支えするものとして,Ryan & Deci(2017)は基本的心理欲求理論の中で,関係性,有能,自律を挙げた.この中で重要な働きをしているのが感情制御である.感情制御のトレーニング手法は徐々に試行されつつある.本稿ではアドラー心理学に基づいた感情の捉え方をすることによって感情制御の新しいコースを設計し,その概要を示す.また,既存の授業や研修を感情制御のトレーニングとしてみたときにどのように改善できるかについての示唆をする.