- 著者
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吉田 国光
- 出版者
- 公益社団法人 日本地理学会
- 雑誌
- 日本地理学会発表要旨集 2020年度日本地理学会春季学術大会
- 巻号頁・発行日
- pp.124, 2020 (Released:2020-03-30)
1.研究課題 農村地域における代表的な経済活動の一つである農業生産をめぐって,当事者である農家間での共同作業や集団的に土地の管理が行われてきた。草刈り作業などの作業内容によっては,当該地域に居住する非農家もそれらの共同作業に関わり,地域の社会的機能が維持されてきた。他方,農村地域において,農業生産活動に経済的役割は相対的に低下してきており,農家であっても農地や用水路など農業生産に関わるインフラ等(以下,農業インフラ)を維持・管理する意欲は減退し,それらの作業を「誰がどうやって担うのか」といった問題が表面化し,一部の作業は外部化されるなかで履行されている。かつては,個別世帯や集落などの社会集団を単位として自己完結的に農業インフラが維持されてきたが,それらの担い手が集落外へも広がりつつある。そこで本発表では,近年の農業・農村地理学の成果を概観することから,農業インフラを維持・管理する担い手が再編される仕組みを地理学的に読み解く方法について検討する。2.最近の農業インフラの維持に向けた担い手の広域化 近年の農業・農村地理学においては,耕作放棄地の増加が社会問題としても取り上げられるなかで,農地管理や農作業の共同化や外部受委託を取り上げた事例研究がみられるようになった。これらの研究を通じて,明治行政村や旧町村などを単位とした地域営農組織による農地利用の維持,また他出子弟による農作業など,農地管理や農作業の共同化や外部受委託の担い手が集落外へと広がる様相が描かれてきた。これらの研究のなかで,担い手の広がりじゃ様々な地縁や血縁,その他の縁を契機として構築された事例が示されてきた。さらに,特定の農業生産法人による広域的な農作業受委託(農地貸借含む)によって,担い手の広がりが地縁や血縁を必須とせずに構築される事例が示されてきた。3.広域化する担い手を読み解く視点 農業インフラ維持の担い手が集落外にも及ぶようになりつつあるなか,担い手の広域化を可能とする地域条件の検討について,コモンズ研究の領域で社会実践も含みながら学際的に取り組まれてきた。これらの領域では,社会ネットワークや社会関係資本などをキーにしながら「どのような地域社会のあり方が,集団的な保全活動を可能にするのか」といった命題が取り組まれている。そして英語圏の地理学者らが,コモンズ研究の専門誌で社会ネットワークや社会関係資本をキーにコモンズ研究との接合を図る議論を展開している。 社会ネットワークに注目することで,従来の村落地理学では分析対象として含めにくかった,集落内外に広がる多様な主体を同列に分析の俎上へのせることが可能となった。とくにコモンズ研究の領域では,社会ネットワーク分析や社会関係資本を枠組みとして,個人や世帯を単位とした社会ネットワークの広がりや,結びつきの強弱,媒介性を可視的に示す点に強みがある。しかし,社会ネットワークの広がりを,地理的スケールの重なりのなかで捉える視点について課題がみられる。 他方,地理学においては集落など社会集団が他の集落や地方自治体,その他の機関と構築される社会ネットワークについて,集団以上の地理的スケールの重なりのなかで説明する点に強みがある。しかし,個人の社会ネットワークが集団の集合的行為として平準化される点に課題がみられ,アンケート調査で得られた地域組織の有無や会合の回数などのスコア化に頼らない分析も必要といえる。4.社会ネットワークに注目した地理学的アプローチ 農業インフラの維持の担い手を分析対象とした研究で,日本の農業・農村地理学の強みを生かした地理学的アプローチとして,社会ネットワークを定性的に分析する方法が有用と考えられる。この方法では,一つないし複数の集落というミクロな対象地域を単位とし,農業インフラの維持をめぐる個人や世帯,その他集団の行動がより大きな組織等への集団の集合的行為へ統合されていく過程を検討する際に有用と考えられる。この方法は,各地理的スケールがどのような結びつきに依拠して集団を組織しているのかといった集団の社会的特性や,その影響をおよぼす範囲の実態把握,集団を構成する個人間を結びつける社会関係に関するデータを必要とし,詳細な現地調査を必須とする。詳細な現地調査は,日本の農業・農村地理学において重視されてきた強みである。分野横断的に取り組まれる地域運営組織を分析対象に取り上げる際に,地理学の強みを活かした方法としても端的に示しやすいと考えられる。また,このアプローチはNPO法人などによるローカルガバナンスの研究や,リスケーリングの議論とも方法論的の接点を見出せ,地理学界内における研究対象を横断したような議論の共有につながるのではないかと考えられる。