著者
石井 俊輔
出版者
国立研究開発法人理化学研究所
雑誌
新学術領域研究(研究領域提案型)
巻号頁・発行日
2016-04-01

テロメアは染色体末端に位置するTTAGGG(ほ乳類の場合)の反復配列で、染色体末端を保護する役割を持つ。またテロメアの長さは細胞分裂毎に短くなり、老化を測定する時計の役割を果たすと考えられている。一方ヒトの疫学調査結果から、精神ストレスを受けるとテロメアの長さが短くなることが示唆されており、またテロメアの長さが次世代に遺伝することも示唆されている。しかしストレスによるテロメア短縮のメカニズム、テロメアの長さが世代を超えて遺伝するメカニズムは全く分かっていない。様々な精神ストレスにより抹消組織でTNF-αなどの炎症性サイトカインが誘導されることが知られている。私達は最近、ストレス応答性のクロマチン構造制御因子ATF7がテロメラーゼ(TERT)と結合し、テロメア上のKu複合体を介して、テロメアに結合すること、そして精神ストレスで誘導される炎症生サイトカインTNF-αによりATF7がリン酸化されると、ATF7とTERTがテロメアから遊離し、テロメアが短くなることを明らかにした(NAR, 2018)。また私達は精細胞でのストレスによるテロメア短縮がそのまま次世代に遺伝するのではなく、TNF-αがATF7のリン酸化を介してサブテロメア領域のヘテロクロマチン構造を壊し、その領域からの転写誘導により増加したTERRA(Telomere repeat-containing RNA)が、精子を経て受精卵に伝達され、それにより次世代組織でテロメア短縮が生じることを明らかにした。このように染色体構造の維持に重要なテロメアの長さは、世代を超えて精神ストレスの影響を受けることが明らかにされた。
著者
山本 まゆみ
出版者
早稲田大学
雑誌
奨励研究
巻号頁・発行日
2008

当研究は、1990年からつづく、あまりにも政治化した慰安婦言説に警鐘を鳴らし、慰安婦研究が脱政治化へと軌道修正をすることを目指し、1990年代前半の出版・研究言説から浮かび上がった「強制〔連行〕」をキータームとし、言説の政治化過程を検証した。当研究調査では、その言説を補助する史実として繰り返し登場するジャワ島中北部で1944年3月に起こった「スマラン慰安婦事件」に関する資料をオランダ公文書館で精査した。本事件は、慰安婦の女性たちが、敵性国人収容所から強制連行されたこと、日本軍上層部が状況を知りこれら慰安所を開設後2ヶ月あまりで閉鎖したこと、和蘭BC級戦犯裁判で2年余という異例の長さを費やし調査・審理したことから、日本軍のみならず当時の和蘭政府も「異常」な事件と認識していたことが明白となった。慰安婦言説の政治化を支える強制連行というキータームが、曖昧になりつつある近年、強制連行の代わりに単なる強制という言葉や権力という言葉に置き換え、言説に政治性を付帯させるという技法のほか、特殊例であったはずの「スマラン」が、慰安婦「強制連行」を支える一般例として登場し言説の政治性を精鋭していることが明確になった。本研究の意義及び重要性は、調査結果を踏まえ2009年3月にシカゴで開催された米国アジア学会年次学会で慰安婦言説の脱政治化を目指し発表した「慰安婦言説政治化への過程:スマラン慰安婦事件について」に対する歴史研究者の反応からも窺えた。当研究が警鐘を鳴らした歴史の過剰な政治化への懸念は、多くの歴史研究者から賛同を得ただけではなく、発表後、「近年慰安婦問題だけに拘わらず、単に語り出版することで「真実であった」かのように認識される現象を、研究者は真剣に考えなければならない時期に来ている」とし、世界史学会の一部の研究者たちが、「次期学会で慰安婦問題を取り上げよう」という意見を述べていただけでも大きな意義があったと考える。
著者
小林 三郎 石川 日出志 大塚 初重
出版者
明治大学
雑誌
一般研究(A)
巻号頁・発行日
1993

1993年〜1994年の2ヵ年間に実施した大室古墳群第168号墳は、調査の結果、長径約14m、短径約13mの不整形な方形墳と推定しうる。墳丘は、人頭大の礫石を積み上げた、大室古墳群中の典型的な積石塚であることを確認できた。墳丘には、各所に埴輪片や土師器片、須恵器片が発見された。とくに、墳丘南側の墳裾には、土師器、須恵器がほぼ原位置を保って発見された。いずれも西暦5世紀代初期の土器群である。土器群とともに「土馬」が発見された。「土馬」は、土器群との伴出関係からみて西暦5世紀代初期のものと推定される。日本では古墳出土の「土馬」として最古のものである。また、墳丘南側には、埴輪円筒片が発見された。内部主体の合掌形石室は、墳丘中央部よりやや南側に位置する。長軸長1.8m、幅0.85m、高さ1.15m、主軸方位N-124°-Wを示す。石室天井石は4枚現存するが、もとは6枚の板石によって架けられていたと推定される。石室はすでに盗掘されていて、副葬品などは残存していない。わずかに、鉄剣片3個を発見したにすぎない。以上の結果からみると第168号墳は、大室古墳群の先駆的な役割をもって築造されたと考えられる。発見された須恵器は全国的な視野からも初期須恵器に属するもので、長野県地方では最古のものと考えられる。土師器も西暦5世紀初期のものであり、伴出した「土馬」は第168号墳の被葬者の性格をあらわしていると推定される。また、積石塚であることも日本の古墳の中では特異な存在である。すなわち、積石塚を中核とする大室古墳群の成立過程の中に、日本の古代官代牧との関連性が文献資料の他に考古学資料として提示されたものと考えている。
著者
山本 まゆみ Horton William.B
出版者
宮城大学
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
2023-04-01

過去30年の間行われてきた慰安婦研究は、新たな進展がないまま、政治言説をも根拠資料のように扱っている研究も多く、現在の価値観で77年前の社会を理解する状況に陥っている。本研究は、当時の社会の文脈で史料を分析し、慰安婦を総合的に理解することを目指す。研究対象地域のインドネシアは、日本軍政の史料が国内外で保存され、慰安婦研究史料も数多く保管されている。特に、オランダBC級戦犯臨時法廷の尋問調書等には当事者の「生の声」も散見できる。文化人類学の方法論に用い、時間軸に「声」を描き入れ、当時の医療体制と性病予防史料も分析し、日本占領期の法律も検証し、日本占領期インドネシアの慰安婦を理解する研究である。
著者
北村 達也 吐師 道子 能田 由紀子 川村 直子
出版者
甲南大学
雑誌
挑戦的萌芽研究
巻号頁・発行日
2016-04-01

本研究では,音声器官の形状や機能,基礎的な発話能力に病的な問題がないにもかかわらず,日常的に発話のしにくさを自覚する人々の実態を調査した.まず,15大学の学生約2,000名を対象にしてアンケート調査を実施し,調査対象の31%が普段の会話で発音がうまくいかないと感じていることを示した.次に,MRI装置などを用いて,発話のしにくさを自覚する人の音声器官の形状や機能に見られる特徴を調査した.さらに,ペンや割り箸などの細い棒を前歯で噛んだ状態で練習をする発話訓練法について調査し,この方法を用いることによって,下顎や舌の動きが大きくなり,1つ1つの音が明瞭に発声されるようになることを示した.
著者
清水 琢音
出版者
麻布大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2021-04-28

プリオン病では神経変性が急激に進行する。しかしながら神経変性のメカニズムはわかっておらず、致死的疾患である。我々は、神経細胞において分泌系タンパク質であるプリオンタンパク質のミトコンドリアへの異所性の局在が、ミトコンドリアの細胞膜へ向かう順方向の移動を阻害して核周囲の集積を引き起こすことを見出した。神経細胞におけるミトコンドリアの核周囲への集積は神経末端におけるATPの供給不全を起こすため、神経細胞の機能不全に直結する。そこで本研究は、この現象がプリオン病における神経変性の大きな原因であると考え、この分子機構を明らかにすることを目的とする。
著者
大林 侑平 (2023) 大林 侑平 (2022)
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2023-03-08

本研究のテーマは18世紀ドイツ語圏における官房学的言説の思想史的研究である。この研究は(1)思想史・知識史的分析、(2)理論的分析、(3)方法論の三つのアプローチを含む。(1)官房学の根本概念であるエコノミーを起点に、その人間学的側面と自然哲学的側面に光をあて、銅時代の様々な実践との関連を解明・叙述する。(2)19世紀に至るまで持続的影響力を持った自然哲学が、学問的・政治的・経済的要請、技術的変動との相互作用を、理論的分析を通じて剔抉する。(3)以上の研究に対するメタ分析として、思想史・知識史の方法について、今日の社会認識論や関連分野を参照して新たな適切な叙述・分析の方法を検討する。
著者
犀川 陽子
出版者
慶應義塾大学
雑誌
新学術領域研究(研究領域提案型)
巻号頁・発行日
2012-04-01

非アレルギー性くしゃみ反射を誘発する天然有機化合物に注目し、くしゃみ誘発活性の定量法を確立して新たな化合物の探索および既知のくしゃみ誘発物質の構造活性相関を調べる研究を行った。くしゃみ誘発活性試験法として、定期的にオブアルブミンを投与することで鼻アレルギーマウスモデルを作成し、その鼻孔に試料を塗布してくしゃみの数を数える方法を採用した。アレルギー状態の減衰やマウスの個体差の補正のためにポジティブコントロールを並行して用いることで、くしゃみ誘発活性の定量法を確立した。アカクラゲ由来のくしゃみ誘発物質の探索:ハクションクラゲの別名を持つアカクラゲから、くしゃみ誘発物質を単離、構造決定する目的で研究を行った。これまでにアカクラゲからくしゃみを誘発する化合物として3種の不飽和脂肪酸を同定したが、今回改めて抽出方法の検討から行った。その結果、アカクラゲの触手の乾燥粉を水にて抽出した溶液には、時間経過と共に活性の減衰するくしゃみ誘発物質が存在することがわかり、これを短時間で精製を試みた結果、活性本体はタンパク性の刺胞毒である可能性を示唆する実験結果が得られた。グラヤノトキシン類の構造とくしゃみ誘発活性との相関に関する研究:くしゃみを誘発することが知られているグラヤノトキシン類をハナヒリノキやアセビから抽出、化学誘導し、14種類の類縁体を得た。これらのくしゃみ誘発活性の定量を行った結果、グラヤノトキシンIが最も強いくしゃみ誘発活性を示し、その異性体では全く活性を示さないことが明らかとなり、分子構造のわずかな違いを正確に見分けるくしゃみ受容体の存在が示唆された。試験したグラヤノトキシン類のくしゃみ誘発活性と構造の相関は毒性やナトリウムイオンチャネル開口活性と構造の相関に近いことがわかり、ナトリウムイオンチャネルへの作用がくしゃみ誘発に関わると予想している。
著者
松木 武彦 藤澤 敦 渡部 森哉 比嘉 夏子 橋本 達也 佐々木 憲一 寺前 直人 市川 彰
出版者
国立歴史民俗博物館
雑誌
新学術領域研究(研究領域提案型)
巻号頁・発行日
2019-06-28

2020~2021年度は、集成したデータ群を配列し、事象の出現の順番と因果関係を見据えつつ戦争の出現・発展・低減・消滅のプロセスを地域ごとに提示し、「戦争プロセスモデル」を作成する。2022年度は、このモデルにモニュメント築造(A01班)や技術革新・芸術表現(A02班)などの事象を織り込み、戦争プロセスの認知的側面を明示する。2022年度後半~2023年度前半には、B03 身体班と協業し戦争プロセスの身体的側面を解明する。2023年度後半は、C01モデル班との共同作業によって、集団の複合化と戦争という事象が、ヒトの認知と身体を媒介として文明創出に寄与するメカニズムを提示する。
著者
静 貴生 樋口 和秀 富永 和作 後藤 昌弘 紀 貴之 山口 敏史 宮本 敬大 島本 福太郎
出版者
大阪医科薬科大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2017-04-01

炎症性サイトカインであるinterleukin-6(IL-6)は、がん細胞の増殖・浸潤・転移に関わり、また抗がん剤による殺細胞効果に対して抵抗性を示すことが知られている。一方で臨床上問題となる悪液質も、がん組織から産生されるIL-6により惹起されることから、腫瘍-宿主の相互作用におけるIL-6が中心的役割をになっていることが理解される。IL-6調整作用を有する漢方薬(補中益気湯)は、病状改善の候補薬として十分に期待される。本研究では、がん患者に対する漢方薬併用と、腫瘍増殖抑制の付加的効果、化学療法継続期間の延長、悪液質の抑制など、治療からQOLの側面に到るまでを、IL-6の血中動態と共に評価し、漢方薬の有効性を解き明かしエビデンスを構築する。膵癌および大腸癌を対象に漢方投与群と非投与群へランダムに分け、使用薬剤:[(補中益気湯7.5g分3+牛車腎気丸7.5g分3)+桂枝茯苓丸7.5g分3]を登録日より上記用法にて一次化学療法終了まで連日投与を行う。治療開始前、治療開始2週間後、1ヶ月後、3ヶ月後、6ヶ月後、12ヶ月後の合計6回採血を行いIL-6の測定を行う。本年度は研究経過に基づき、対象患者へのリクルートおよびIL-6の採血を行い、SRL社に依頼しIL-6の測定を行った。
著者
木浪 信之
出版者
神奈川県立鎌倉高等学校
雑誌
奨励研究
巻号頁・発行日
2016

たたら製鉄は原料を鉄鉱石から砂鉄に変えたことにより日本独自に発展した古代製鉄法である。砂鉄の成分は母岩をつくるマグマの違いにより地域差があり、チタンを多く含むものは赤目砂鉄、少ないものは真砂砂鉄として分類される。真砂砂鉄を産出する奥出雲地方では近代製鉄技術の導入後も大正時代末期まで操業が行われたが、赤目砂鉄を主体にしたたたら製鉄は室町時代から慶長時代に衰退した。その原因は諸説あり、赤目砂鉄では品質の良い鉄を得ることが難しく、安定した生産量を確保できなかったためと考えられている。近年、赤目砂鉄に分類される鎌倉砂鉄を使用した製鉄が実施されたが、良質のケラが得られる操業過程の報告はなされていない。このような背景を踏まえ、鎌倉砂鉄から良質の鉄を得る操業過程を確立し、鎌倉たたら製鉄衰退原因を探る研究を開始した。様々な条件での操業により、製鉄のパラメータになるのは砂鉄密度、選鉱方法、添加粘土量、装荷比(砂鉄/木炭)、炉内温度、送風量、炉の高さ、炉内構造、木炭の品質であることがわかり、安定して高品質の鉄が得られる設定値を見出し、鎌倉砂鉄によるたたら製鉄操業過程の確立に成功した。真砂砂鉄に比べて赤目砂鉄はパラメータの自由度が小さく、わずかな変化でも鉄が得られないことを確認した。古代製鉄では勘と経験に頼る操業のため、赤目砂鉄による製鉄は困難だったことに加え、伝承方法が一子相伝的であったことも衰退の一因であると結論づけた。さらに、原料となった砂鉄および生成鉄について鉄を含む17種類の元素の定量分析を行った。その結果、奥出雲砂鉄と鎌倉砂鉄の違いは砂鉄の種類によるチタンおよび採取場所の違い(山または海)によるカルシウムについて明確な違いが観察された。カルシウムは海水の影響によるものと考えられ、鉄生成の重要な要因となることがわかった。鉄生成の過程では、炭素(一酸化炭素ガス)は鉄酸化物の強力な還元剤であり、その反応は発熱反応である。吸炭が進むとより低い温度で鉄と炭素の合金液滴が形成され、炉底に不純物を含まない高純度の銑鉄(ケラ)が生成する。さらに、砂鉄とケラに微量に含まれる銅およびニッケルの成分割合はほとんど変化が見られない。このことから、生成鉄の原料になった砂鉄の産地を特定する手がかりになると考えており、今後の研究に期待できる。
著者
大西 克也
出版者
東京大学
雑誌
萌芽研究
巻号頁・発行日
2000

本研究は、出土資料の相互比較による漢語語法史、語彙史再構築を展開するための予備的研究として、正確な解読に困難の大きい楚系文字資料を取り上げ、その集成、正確な釈文の作成、資料の性格の探求、基礎的語彙の調査ならびに他地域出土資料との比較を目指すものであるが、平成14年度に行なった実績は以下のとおりである。楚簡解読の基礎となる字釈関係論文のリストアップと、字釈の収集の作業は、昨年に引き続き行なったが、主たる対象は『郭店楚墓竹簡』『望山楚簡』等の基本的著録に示されている字釈や、李運富『楚国簡帛文字構形系統研究』等文字学関係専門書の中で検討されている楚系文字の解釈である。逐次刊行物中の字釈も引き続き収集した。次にこれらの字釈を参考に既刊釈文の再検討を行ない、新たな釈文を作成し、データベース化した。現時点で完成しているのは郭店楚簡、包山楚簡(遣策を除く)、望山1号墓楚簡、上海博物館蔵楚簡(緇衣、孔子詩論)、戦国楚系金文(劉彬徽『楚系青銅器研究』所収金文)である。入力はテキストデータのみだが、複雑な文字は一字を幾つかの構成要素に分割して入力し、構成要素からの検索が可能なようにした。構成要素の分割に関しては、特に諧声符の認定に留意した。なお、膨大なテキストを処理したために、構成要素分割処理に統一性を欠く部分が有ること、入力に使用したエディタが研究開始時点ではユニコードに対応していなかったために、高電社製Chinese Writer独自の文字コードを使用したこと、外字の使用を最小限に抑えるため現時点では代用記号を使用していること等問題点も多く、これらの解決は将来の課題としたい。言語研究に関しては、平成14年8月に中国広州市で開かれた中国古文字学研究会に出席し、「論古文字資料中的"害"字及其讀音問題」という題で報告を行い、また閉幕式で日本における古文字研究の現状を紹介した。また下記論文「従方言的角度看時間副詞"将""且"在戦国秦漢出土資料中的分布」は各地域の出土資料を比較検討した結果、将来を表わす時間副詞「且」が秦の、「将」が東方六国系の語であったことを論じたものである。
著者
高井 寛
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2017-04-26

ハイデガー『存在と時間』を「行為の哲学」として統一的に解釈するための研究を行った。より具体的には、同書の「空間論」を行為者が行為を遂行するために必要な空間把握の働きを論じたものとして解釈したほか、同じく「周囲世界分析」から、意図せざる意図的行為に関する分析を析出し、また「歴史性」を巡る議論を行為者の行為者性を特別な仕方で形作る「自己の生を物語ること」という観点から、また「死の実存論的分析論」を行為者自身が人生の無意味さについて抱く否定的な情動の観点から解釈した。本研究の意義の一つ目は、『存在と時間』が含む議論の全体を「行為の哲学」として解釈することが可能であることをより一層確かに示したことにある。同書は、存在論の著作として解釈される傾向にあるが、そこでなされている「現存在の実存論的分析論」は、行為の哲学としての側面を有しており、本研究はその内実を明らかにするものであった。以上が、本研究のハイデガー研究としての意義である。次に、本研究は20世紀中葉以降の現代の「行為の哲学(Philosophy of Action)」に欠けている視座を、ハイデガー『存在と時間」から析出するものであるという点で、行為の哲学それ自体としての意義をもつ。より具体的には、個々の行為を成り立たせるための心的状態という現代行為論の主流法の方法ではなく、行為がなされる歴史的、空間的文脈、あるいは死すべき有限な存在者によってなされる時間的な文脈のなかに行為を位置付けるという点で、『存在と時間』から本研究が汲み出した行為の哲学には、現代的な意義がある。最後に本研究の重要性について。本研究は、『存在と時間』の一部分の議論だけでなく、その全体を「行為の哲学」として解釈する点で、研究上の独自性と重要性をもつ。また現代行為論とハイデガーを積極的に架橋するという点でも、あまり類を見ない研究である。
著者
中尾 充宏 吉川 敦 横山 和弘
出版者
九州大学
雑誌
萌芽研究
巻号頁・発行日
2005

研究分担者がそれぞれの分担課題に関して恒常的に検討を続け、以下のような研究実績を得た。1.中尾は、前年度に引き続き非線形楕円型境界値問題および定常Navier-Stokes方程式の解に対する数値的検証法の改良・拡張について検討し、特に本年度は、以下の成果を得た。(1)楕円型方程式の検証に関して、double turning pointの検証法を定式化し具体例を与えた。 (2)非凸領域上の定常Navier-Stokes方程式で記述されるStep-flow問題に対してその解の精度保証付きで計算することに成功した。 (3)特異随伴作用素をもつ楕円型問題に対する有限要素解の構成的なL-2誤差評価について、Aubin-Nitscheの技巧を用いない計算機援用的方法により数値的に評価する知見を得た。 (4)空間3次元熱対流問題の精度保証に関して、新たな分岐解の検証定式化とその実例を与えた。2.吉川は、ソボレフ空間の計算可能構造について、数値解析における有限要素法との関連を見込むために、ソボレフ関数の近似と近似の評価の管理を帰納的関数により行う手法について知見を得た。3.横山は、制御におけるパラメータ値の決定の最適化問題に対して、記号的代数的手法を適用し、大域的最適値を正確に求めることに成功した。数学研究応用では、逆ガロア問題において数値計算による証明を行い、さらに分解体計算では代数的近似を利用した高速化を実現した。
著者
渡部 明彦 森井 章裕 小川 良平
出版者
富山大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2012-04-01

血管内皮細胞に超音波照射することによってヘムオキシゲナーゼ-1(HO-1)が発現増強することを見出した。プロモーターアッセイおよびマイクロアレイ解析により、酸化ストレスによるNrf/StREシグナル経路が関与していると考えられた。またラット陰茎に照射した場合においてもHO-1発現が確認できた。HO-1は抗炎症作用、抗酸化作用、血管拡張作用、血管修復作用など様々な作用を有しており、HO-1を発現誘導する超音波照射は勃起不全治療への臨床応用が期待できるものと考える。
著者
中尾 充宏 栄 伸一郎 田端 正久 長藤 かおり 村重 淳 山本 野人 渡部 善隆 大石 進一
出版者
佐世保工業高等専門学校
雑誌
基盤研究(S)
巻号頁・発行日
2008

非線形偏微分方程式に対する解の数値的検証法の開発とその適用を中心として研究を進め、特に、これまでほとんど研究例を見ない非線形発展方程式に対し、十分有効な数値的検証原理を見出すことに成功した。また、従来から蓄積してきた楕円型方程式の解に対する解の検証方式に新たな知見を加え、その拡張・改良を行うとともに、流体方程式をはじめ理論解析が困難な実際問題に適用して数値的証明を行い、その有効性を実証した。
著者
青山 薫 鈴木 賢 日下 渉 北村 由美 伊賀 司 石田 仁 小田 なら 林 貞和
出版者
神戸大学
雑誌
挑戦的研究(開拓)
巻号頁・発行日
2023-06-30

性的マイノリティの存在を認め、すべての人の人権を擁護するために定着した「性の多様性」。だが、この概念は英語由来のジェンダー二元論を超えてはいない。二元論ではその存在が十分に説明できない人たちがアジアを始めさまざまな文化で確認されてきており、現在の概念系は、この人たちを承認し、人権としての「性の多様性」とその侵害を正確に把握することができないでいる。そこで本研究は、アジア9ケ国でいわゆる「非典型的な性」の歴史を調べ、現在生きている当事者に聞き取りをして、《性の多様性》とは何かを改めて明らかにする。そして、こちらの《多様性》に基づいて、現行のジェンダー概念を超える性の概念を構想する端緒をつける。
著者
中尾 悠利子 石野 亜耶 國部 克彦 田中 優希 西谷 公孝 岡田 華奈 奥田 真也 Weng Yiting 増子 和起 越智 信仁 牟禮 恵美子 大西 靖 北田 皓嗣
出版者
関西大学
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
2022-04-01

既存のAI(人工知能)を活用したESG(環境・社会・ガバナンス)評価研究では,ESG投資を既存の財務投資のパラダイムの下で発展させることは可能であっても,ESG投資の本来の目的である社会や環境への貢献を目指した投資の側面を発展させることには大いに限界がある。そこで,本研究では,ESG投資の本来の目的に立ち返り,どのようにすれば,AIによって,このようなESG投資のために情報開示における多様性をさらに発展させて,社会の改善につなげることができるのかを学術的問いとし,探求する。
著者
塩谷 英之 宮脇 郁子 北野 貴美子
出版者
神戸大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2006

本研究を通じてメタボリックシンドローム患者の運動介入に関しては運動量増加という観点から歩数の増加、体力増加などを積極的に支援していくことの重要性が明らかとなった。ただ運動量の増加だけでは不十分で一方では血圧低下の観点からはリラックスを主目的とした東洋的運動の効果も重要であり、日常生活にこれらの有酸素運動と東洋的運動をうまく組み合わせることで効果的な運動療法になると考えられた。したがって運動療法支援にはこれらの運動を組み合わせて支援することが重要と考えられた。