著者
幸山 正 滝澤 始 出崎 真志
出版者
東京大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2006

気管支喘息基底膜の肥厚が喘息の病態に関わることが報告され、肺線維芽細胞の過剰反応の関与が示唆されている。老化がリモデリングにはたす役割の変化を明らかにするために、若年細胞としてはWI-38細胞のPDL (population doubling level) 23-27を、老化細胞としてPDL39-45を使用した。気管支喘息におけるエフェクター細胞の一つである肥満細胞から産生され、喘息の病態形成に重要とされるヒスタミンやPGD2の老化細胞に対する効果の変化を検討した。前年度はBoyden blind well chamberやGel Contraction法で老化細胞の遊走能、収縮能を検討したが、今年度は蛋白産生能について検討した。組織の細胞自身が産生するサイトカインに引き寄せられる、好中球、好酸球などの炎症細胞による末梢組織に対する効果はリモデリングを検討するうえで重要であることから、今回は老化線維芽細胞からのIL-8の産生能の違いについて若および老化細胞で比較検討した。老化細胞は若年細胞よりIL-8の産生能は低かった。しかしアレルギー炎症に関与するヒスタミンやPGD_2に対する反応には大きな差を認めなかった。これらのことから老化肺では線維化過程自体が減弱していることが示された。この研究から気管支喘息を含めリモデリングが病態形成に関わる疾患は老化に伴いその病勢は低下する可能性が示唆された。
著者
出崎 克也 矢田 俊彦 加計 正文
出版者
自治医科大学
雑誌
特定領域研究
巻号頁・発行日
2009

本研究では、膵β細胞におけるグルコース代謝情報およびホルモン情報変換装置としてのKvチャネルとTRPチャネルを介した新たなインスリン分泌制御機構を解明し、そのセンサー情報統合メカニズムを明らかにすることを目的とする。ラット膵島におけるKvチャネルの発現を検討した結果、Kv2.1チャネルのmRNA発現を検出し、二重免疫染色の結果、Kv2.1チャネルは膵β細胞に局在していた。Kvチャネル電流はグルコース濃度依存性を示し、Kv2.1チャネルブロッカーはラット分離膵島からのグルコース誘発インスリン分泌を促進し、β細胞のKv電流を抑制しグルコース刺激による[Ca^<2+>]_i上昇を増加させた。自然発症2型糖尿病GKラットは正常Wistarラットと比較して、β細胞Kv2.1の発現が増大していた。K_<ATP>チャネルサブユニットKir6.2および2型糖尿病との相関が報告されている電位依存性K^+チャネルKCNQ1の膵島発現レベルは、GKラットとWistarラットで同程度であった。単離膵β細胞のKvチャネル活性を電気生理学的に比較すると、GKラットではβ細胞Kvチャネル電流が増強していた。Kv2.1チャネルブロッカー存在下ではGKラットβ細胞におけるKvチャネル電流の増強が観察されなかった。TRPM2ノックアウトマウスは、グルコースやGLP-1刺激によるβ細胞[Ca^<2+>]_i上昇とインスリン分泌が低下していた。以上より、膵β細胞ではKv2.1チャネルやTRPM2チャネルがβ細胞インスリン分泌およびそのホルモン制御機構のセンサー分子として機能していると考えられる。また、2型糖尿病ラットβ細胞では、Kv2.1分子の発現増大によりKvチャネル電流が亢進しており、Kv2.1の発現機能亢進が糖尿病態におけるβ細胞インスリン分泌不全に関与することが示唆される。
著者
佐藤 裕哉
出版者
広島大学
雑誌
挑戦的萌芽研究
巻号頁・発行日
2009

平成22年度は,以下の3点について取り組んだ。1)地図のラスター/ベクター変換と修正,2)データベース構築と修正,3)デジタル地図と被爆者データのGIS上での結合と修正である。1)については,爆心地から2~2.5kmの範囲のデジタイジングと属性入力を行った。結果として,約15,000軒分の家屋ポリゴンを作成し,1,000軒の地番コードと500軒分の世帯主名を家屋ポリゴンの属性として入力した。そのほか,道路線(ラインデータ)を作成した。また,平成21年度に作成した家屋ポリゴンと鉄道線,市内電車線,河岸線について,他の地図資料を参考に修正した。2)については,原爆放射線医科学研究所が保有する「原爆被爆者データベース」の被爆住所(地番)をコード化した。データベース内の地番まで住所が確認できる約20,000人分について,10桁の数字を附しデータベースに格納した。3)については,家屋ポリゴンとデータベースに附した地番コードにより,GIS上で自動的にマッチングできるように作業を行った。長屋など複数の建物に同一の地番が割り当てられている場合は,うまくマッチング出来ないことが明らかとなった。そのほか,昭和初期の広島市中心部のデジタル地図が成果として得られ(平成21年度と22年度の合計で約62,000軒分),貴重な地図資料を劣化しない形で保存することができた。また,このデジタル地図を作成したことにより,今後,他の空間データと重ねあわせて分析することが容易となり,原爆被害の実相解明につながる新たな知見へと結びつく可能性を持つ。一方で,家屋の高さや材質など入力する属性を増やすなど改善の余地も残されている。
著者
山田 美和
出版者
北海道大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2008

初年度に構築した乳酸(LA)ユニットとヒドロキシブタン酸(HB)ユニットからなる乳酸ポリマー、P(LA-co-HB)の生合成経路を利用して、ポリマー中のLA分率向上を目指した。嫌気条件下で菌体を培養し、乳酸の供給量を増加して、モノマーであるLA-CoAの供給量増加を促した。結果、共重合ポリマー中のLAユニット分率が飛躍的に上昇したP(47mol% LA-co-HB)を合成した。続いて、さらなるLA分率の向上を実現するために、乳酸重合酵素に変異を導入し、LA重合能力の高い乳酸重合酵素を創製することを目指した。そこで、HB-CoA重合能力をさらに向上させれば、LA-CoA重合能力の増強につながるのではと考え、これまでにHB-CoA重合能を向上させると報告されていた変異を乳酸重合酵素に導入した。結果、従来の乳酸重合酵素よりも、LA分率が向上した新規乳酸重合酵素を創製することに成功した。本重合酵素と嫌気培養を組み合わせることで、62mol%まで向上した乳酸ポリマーを合成した。さらに、見出した新規変異点におけるアミノ酸飽和変異導入を行うことで、16~45mol%と幅広い範囲でLA分率が調節されたP(LA-co-HB)を合成することができた。これらの乳酸ポリマーの熱的性質分析から、乳酸ポリマーは、これまでPLAの課題であった柔軟性を持つポリマーである可能性を示唆することができた。
著者
北山 兼弘 清野 達之 里村 多香美 相場 慎一郎 長谷川 元洋 鈴木 静男
出版者
京都大学
雑誌
基盤研究(A)
巻号頁・発行日
2001

この研究の目的は、樹木多様性がどのように熱帯降雨林生態系の機能を支配しているのかを明らかにすることであり、地域レベルの種多様性が極端に異なるハワイ諸島とマレーシアの比較を行った。4年間に渡り、2地域に設けた土壌発達傾度に沿った複数の森林試験地において毎木調査を行い、木部の肥大成長量を算出した。また、全試験地に設置されたリタートラップからリター回収を2週間から1ヶ月毎に行い、回収したリターの器官別仕分け及び乾重測定を行い、リターの生産速度を明らかにした。ハワイ諸島については過去2年の、マレーシアについては過去4年のリター生産量が明らかになった。肥大成長量にリター生産量を加味して、森林の地上部純一次生産量を算定した。土壌栄養の減少に植物や従属生物がどのように適応しているのかを明らかにするため、特に共生菌根菌に焦点を絞り、マレーシアの代表的なサイトに於ける菌根バイオマスと菌体バイオマスの定量化を行った。各サイトから土壌を採取し、細根、菌根、土壌の3つに仕分けし、エルゴステロールを生化学マーカーとして菌体量の定量分析を行った。また、土壌微生物群集の群集解析を生化学的PLFA法を用いて行った。また、貧栄養に対する樹木の適応を組織解剖学的に明らかにするために、材の通導組織観察と葉の水ポテンシャル測定を行った。以上の結果、地域の種多様性が高いと、土壌栄養塩の減少に対して、組織的、生態生理的により栄養塩利用効率の高い(適応的)種への入れ替わりが起こり、熱帯降雨林の機能は維持されるとの新たな知見が得られた。一方、地域の種多様性が低いと、種の入れ替わりが起こらず、土壌栄養塩量を反映して森林の機能は大きく変化した。この結果により当初の作業仮説は指示された。
著者
仲上 健一 小幡 範雄 周 〓生 高尾 克樹 中島 淳 竹濱 朝美 福士 謙介 加藤 久明 原 圭史郎 韓 驥 濱崎 宏則 李 建華 何 青 RAHMAN M. M. ISHRAT Islam GIASUDDIN Ahmed choudhury HASSAN Ahmadul FARHANA Ahmed REBA Paul
出版者
立命館大学
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
2008

気候変動による水資源環境影響評価分析・適応策および統合的水管理に関する理論的研究を行い、水危機への戦略的適応策のフレームワークを構築した。アジア大都市圏(日本:琵琶湖流域、中国:上海市・太湖周辺地域、バングラデシュ:ダッカ市、メコン河流域諸国)における気候変動による水資源環境影響評価分析、気候変動への実態と課題を実証分析し、戦略的適応策の施策を体系化した。
著者
河原 祐馬 谷 聖美 佐野 寛 近藤 潤三 玉田 芳史 島田 幸典 小柏 葉子 麻野 雅子 永井 史男 木村 幹 中谷 真憲 横山 豪志
出版者
岡山大学
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
2009

本研究は、移民外国人の社会統合問題について、その政治的成員資格と新たなナショナル・アイデンティティをめぐる議論に焦点を当て、ヨーロッパや日本をはじめとするアジア太平洋地域の事例を比較地域的な観点から考察するものである。本研究の成果は、トランスナショナルなレベルにおける地域協力の取り組みについての議論が活発化する中、今後のわが国における移民政策の基本的な方向性を模索する上での一助となるものである。
著者
篠田 雅人 尾崎 孝宏 大谷 眞二 島田 章則 黒崎 泰典
出版者
鳥取大学
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
2009-04-01

モンゴルの砂塵嵐の影響を、気象災害のリスク=大気現象の規模x遊牧社会の脆弱性(社会経済・保健医学・獣医学要因)という新しい枠組みでとらえ、気象解析により砂塵嵐の規模を評価するとともに、牧民の社会経済調査、健康調査、家畜の病理学調査により遊牧社会の脆弱性評価を行うことで、砂塵嵐が引き起こした影響を解明した。とくに、同じ規模の砂塵嵐が通過した地域でもその影響が異なる場合、遊牧社会の脆弱性に差異があるかを検討した。
著者
渡邊 智恵
出版者
日本赤十字広島看護大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2009

能登半島地震で被災を受けたA町の住民を対象として、発災直後、1年後、2年後、3年後の健康状態を調査した。住民台帳から無作為抽出をした1000人の住民にGHQとともに基本属性に関するアンケート調査(郵送)を行った。525名から回答があり、そのうち有効回答は383名であった。本調査の結果、発災から時間経過とともに、健康状態は良くなっている人が多いが、治療中の疾患ある人については悪化している人もおり、災害後の時間経過に沿って個別的なケアが必要であることが明らかになった。能登半島地震後においては、特に発災~1年間は健康状態に対するケアが必要であるが、2年目以降については健康状態が改善傾向にあることがわかった。さらに、上記の回答者から健康維持群、健康改善群、健康悪化群に分類し、健康状態が変化した要因について聞き取り調査により明らかにした。
著者
中島 成久
出版者
法政大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2000

12年度はインドネシア、西スマトラ州における共有地返還運動に関する全般的な情報の収集に努め、アンダラス大学、パダン国立大学、LBH(法律援助協会)などで指導的な立場にいる人々とインタビューを行った。平成13年度は前年の成果に基づき、共有地返還運動の代表的な事例である3つのケースについてLBHの協力の下、集約的な調査を行った。平成14年度は、13年度で確認した問題を更に深める調査を行った。西スマトラにおけるこうした集約的な調査のほか、Jurnal Antropologiという雑誌を発行している機関の主宰するシンポジューム(2001年7月、アンダラス大学、西スマトラ;2002年7月、ウダヤナ大学、バリ)で研究成果を二度発表し、インドネシア人研究者のみならず、インドネシアを研究するオーストラリア、オランダ、アメリカ人研究者などとの交流を図った。また、2001年4月から2003年3月まで、「植民地主義の再検討」という研究会を、法政大学比較経済研究所のプロジェクトとして主宰し、研究代表者の行っている「共有地返還運動」が、スハルト政権の開発政策の正当性を問う運動であることを報告して、より抽象性の高い議論として展開した。
著者
谷山 正道
出版者
天理大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
1996

幕府寛政改革に関する研究は、享保および天保のそれに比べて大きく立ち遅れていたが、1960年代に入って以降前進をとげるようになった。しかし、そこで主に分析対象とされたのは、東国幕領に対する改革農政(「名代官」による農村復興のための諸政策)であり、西国幕領に対するそれについては視野の片隅におかれ続けてきた。こうした研究状況をふまえて、本研究では、西国特に先進地畿内の幕領を主なフィールドとしてそこから幕府寛政改革を見つめなおすことを課題とし、平成8年度から10年度にかけて関係史料の調査・収集を進めた。寛政改革を主導した老中松平定信は、それまでの西高東低の経済状況を是正し、劣勢であった「東」の地位を高めようとした政治家としてよく知られている。これに関わって注目されるのは、改革農政も「西」と「東」の実状をふまえ、双方をにらんだ形で展開されていった事実である。その代表例は公金貸付政策であり、公金の貸付を媒介として「西」の経済的なゆとりを「東」の窮民の救済にあてようとする側面を有していた。これと併行して、農村荒廃が進んでいた東国の幕領に対してはその復興に力点をおいた諸政策が推進されていったが、西国特に先進地畿内の幕領では、改革政権成立当初の御料巡見使への数多くの訴願や国訴の展開からうかがえる民衆の期待や願いに反して、年貢の増徴に力点がおかれ、改革後期には勝与八郎を中心に年貢増徴をめざした政策が本格的に推進されていった。これによって、一定の増徴は実現されたが、民衆の反対の声が高まるようになり、結局十分な成果をあげえないまま、他の政治問題もかかわって、松平定信は退陣を余儀なくされるに至った。
著者
藤本 和貴夫
出版者
大阪大学
雑誌
重点領域研究
巻号頁・発行日
1997

本研究はチェチェンを除けば最も中央と対立しているとされる沿海地方の政治と中央権力との関係、および地方の動向が中央政治におよぼす影響を解明することにある。ロシア沿海地方におけるナズドラチェンコ知事の立場は強力である。94年10月に始まる第1期沿海地方議会選挙では25%以上に達した選挙区が少なく、1年たっても全議員の選出が終わらなかったが、当選者の圧倒的多数は企業・組織の長と行政長官=知事の任命した行政の長であった。その結果、沿海地方には行政府が圧倒的優位性をもつ政治体制が創りだされた。さらにナズドラチェンコは95年12月に、初めて知事選を実施し圧勝した。議会は行政のチェック機関の役割を果たさなくなった。他方、ナズドラチェンコは中口東部国境線確定交渉でロシア領が中国に引き渡されるとして反対し中央と激しく対立した。97年3月の内閣改造でチュバイスとネムツォフが第1副首相に任命されると、中央は沿海地方の燃料エネルギー危機と予算の目的外支出疑惑のキャンペーンを大々的に行った。そして沿海地方の社会的経済的混乱の責任をとって知事の退陣を迫ったが、選挙で選出された知事=連邦会議(上院)議員を解任することは不可能であった。このような混乱状態は12月7日に第2期沿海地方議会の選挙が実施され正常化に向かった。この選挙から公的な職務についた人間の議員との兼職が禁止され、その結果行政関係者の候補者が激滅した。前議員のうち再選されたのは4人にすぎず、議長をはじめ大物議員の多くが落選した。そして当選者の多くを経済界代表が占めた。株式会社(公開型・非公開型)と有限会社の関係者のみで16人を数える。議会は官僚主導型から経済界主導型へ移行し、市場経済の進行の政治への影響が見られる。また97年11月に北京で中口共同宣言が署名され国境線確定問題が決着したが、地元の反対にもかかわらずロシアが領土の一部を中国に引き渡したことは注目されてよい。
著者
清田 夏代 黒崎 勲
出版者
南山大学
雑誌
挑戦的萌芽研究
巻号頁・発行日
2007

平成19年度及び平成20年度は,主にシティズンシップ教育政策の枠組みの部分を中心とした研究を行ってきたが,最終年度である平成21年度は,これまで構築された枠組みに基づき,英国における実地調査を行った.英国においては平成22年5月に総選挙が予定されており,既に労働党及び保守党の両党を中心とした選挙戦が繰り広げられている.それらの争点には教育政策も含まれており,本研究の課題と関わるものとしては,学校の規律の立て直しをめぐる提案や,PSHEの義務化の提案などをめぐる諸問題が議論の対象となっている.そうしたなか,平成22年2月に英国におもむき,英国における若者に対する民主主義的理解を振興させるための機関(政治的には中立である)であるハンサード協会シティズンシッププログラムの責任者を訪問し,英国におけるシティズンシップ教育の現在,方法及び課題等についてインタビューし,同時に,今後予想される政治的な影響などについて聞き取りを行った.同時に,人権教育を主体としたシティズンシップ教育研究を展開しているオードリー・オスラー教授(リーズ大学及び香港大学客員教授)及び,共同研究者であるヒュー・スターキー教授(ロンドン大学教育研究所)を訪問し,英国における政治的動向と,それがシティズンシップ教育の実践にどのような影響を及ぼしうると考えられるかということについて,聞き取りを行った.現地におけるこれらの調査は,今後の研究の課題の枠組みとして展開される予定である.
著者
小西 秀樹 岡本 哲和 吉岡 至 廣川 嘉裕 脇坂 徹 窪田 好男
出版者
関西大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2007

小泉政権以降、中央政府および地方政府における政策形成の場で、重視される価値がどのような変容を遂げているのかを明らかにすることが本研究の目的である。事例研究のひとつの結果としては、ポピュリズム的価値の重要性の高まりが、政策の形成と実施におけるNPOの役割増大および住民投票の増加と関係している可能性があることが示唆された。一方で、2008年大阪府知事選挙時に実施したサーベイ調査では、有権者のポピュリズム的指向およびネオリベラリズム的指向のどちらもが、投票意思決定に影響を及ぼしていなかった。これら2つの価値がいまだ優勢である可能性は高いものの、一方でそれが退潮していく兆しがあることが明らかにされた。また、市町村合併や首長選挙についても政治的・政策的価値の変化をみることができた。
著者
玉田 芳史 片山 裕 河原 祐馬 木村 幹 木之内 秀彦 左右田 直規 横山 豪志
出版者
京都大学
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
2003

政治の民主化と安定が好ましいことは広く合意されている。しかしながら、両立は容易ではない。本研究は東・東南アジア地域諸国において、政治の民主化と安定はどういう条件が整えば両立可能なのかを解明することを目指した。東・東南アジア地域には過去20年間に政治の民主化が進んだ国が多い。本研究では韓国、フィリピン、インドネシア、マレーシア、カンボジア、タイのアジア6カ国を取り上げた。この6カ国では2003年から2005年にかけて国政選挙が行われた。選挙にあたって政治が緊迫したのはこれらの国の政治が民主化してきた証拠である。それとともに、比較対象地域として同じ時期に民主化が進んだバルト諸国のエストニアを取り上げた。両立のためには制度設計が重要なことはエストニアの事例がよく示している。エストニアは両立に成功した数少ない旧社会主義国の1つである。鍵になったのは、民主化の着手時にロシア系住民から市民権を剥奪したことであった。当初は国際社会から厳しい批判を招いたものの、結果としてはよい結果をもたらした。アジアの場合、民主化と安定のバランスを保つことが難しい。タイでは1997年憲法で安定を重視した結果、民主的な手続きを軽視する指導者を生み出すことになった。ここでは、フィリピン、韓国、インドネシアともに国家指導者罷免の手続きが課題として浮上することになった。フィリピンやインドネシアでは独裁支配の忌まわしい記憶が残っているため、強い指導者の登場を助けるような制度設計には消極的である。また、手続き上の制度の不備あるいは不正利用のために、民主主義体制の正当性確立が容易ではない。今後の研究課題として、制度よりもポピュリズムの手法に依拠して登場しつつある強い指導者について調べてみたいと計画している。
著者
井口 秀作
出版者
大阪産業大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2001

本研究においては、フランスの第三共和制、第四共和制、第五共和制を素材として、現代市民憲法における国民投票制のあり方を検討した。まず、前提として、フランス革命期の二つの主権論と国民投票制および、両ナポレオンのプレビシットを確認したうえで、第三共和制、第四共和制、第五共和制のそれぞれの憲法の下における国民投票制の動向を検討した。フランスでの展開は、第三共和制憲法における全面的拒否、第四共和制における部分的導入、第五共和制憲法における量的拡大とまとめることができる。しかし、このことは、その展開が、単線的な発展であることを意味するわけではない。現代市民憲法の一つの特徴である行政国家現象の影響を受け、「行政国家型国民投票制」とよびうる形を伴いつつ、国民投票制が展開しているのである。とりわけ、現代の第五共和制憲法においては、その憲法全体の行政国家適合的な構造に規定されて、このような性格が色濃く出ている。このような国民投票制に対しては、フランスでは、プレビシット論の批判があったが、近年においては、プレビシット論の比重が下がっている。しかし、これは、プレビシットの危険性が無くなったことを意味するわけではなく、第五共和制において、国民投票制の死文化・空文化の時期が長期に渡って存在したことの反映である。空文化か、プレビシットの悪用かの、二者択一ではなく、現代市民憲法における、別の国民投票制のあり方を探ることが今後の課題である。
著者
宮本 太郎 山口 二郎 空井 護 佐藤 雅代 坪郷 實 安井 宏樹 遠藤 乾 水島 治郎 吉田 徹 田中 拓道 倉田 聡
出版者
北海道大学
雑誌
基盤研究(A)
巻号頁・発行日
2006

本研究は大きく三つの領域において成果をあげた。第一に、日本の政治経済体制、とくに日本型の福祉・雇用レジームの特質を、比較政治経済学の視点から明らかにした。第二に、レジームを転換していくためのオプションを検討し、各種のシンクタンクや政府の委員会などで政策提言もおこなった。第三に、世論調査でこうしたオプション群への人々の選好のあり方を明らかにし、新しい政党間対立軸の可能性を示した。
著者
松井 幸夫 倉持 孝司 柳井 健一 藤田 達朗 松原 幸恵 元山 健 愛敬 浩二 江島 晶子 元山 健 愛敬 浩二 植村 勝慶 江島 晶子 大田 肇 小松 浩 榊原 秀訓 鈴木 眞澄
出版者
関西学院大学
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
2006

現代の日本の政治改革において参照されたのは、イギリスをモデルとした小選挙区制、二大政党と政治的リーダーシップ、選挙による政権交代等であった。しかし、当のイギリスやその影響下の諸国では、ウエストミンスター・モデルと呼ばれる、このような政治システムの変容や再検討や、そこからの離脱傾向が強まっている。本研究は、このような実態と理論状況を明らかにし、現代立憲民主主義の憲法理論構成の方向性を明らかにする視座を得た。
著者
若松 新
出版者
早稲田大学
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
1993

1978年のスペイン憲法は、1949年のボン基本法(現行ドイツ憲法)の影響下で制定された。1970年代半ばに、スペイン、ポルトガル、ギリシャでは、独裁制が終わり、自由民主化改革が始まった。この改革は、1989年前後の東欧市民革命と比較できる。フランコ旧体制下では、自給自足経済から開かれた市場経済へ変化した結果、政治体制も西欧化した。東欧市民革命では、経済的破綻が政治改革をも必要とした。1976年に成立したUCD(民主中央同盟)のスアレス内閣は、与野党協調路線を取って、政権への支持基盤を固めた。特に憲法制定に際しては、各党の少数の代表者計7名からなる「特別(起草)委員会」が妥協案作成に貢献した。この点で、ボン基本法制定時の3人委員会と同じ役割を果たした。またスペイン憲法制定時には、単純多数の賛成のみならず、圧倒的多数の賛同が計られた。この点でドイツのヘッセン州憲法制定時の多数派工作の実態と同じであった。1982年に成立したPSOE(スペイン社会労働党)のゴンサレス内閣は、保守層の支持獲得に腐心して、NATO残留政策を選択した。だが、50%以上の議席数の支持を得たゴンサレスの強力な指導力に足して、「議会野党」は精彩を欠いていた。D・L・ガルリイドは、両内閣と議会の権力構造を、象徴的な政治機構図に描いた。また、U・リ-ベルトは両内閣と議会の強弱関係を分析した。リ-ベルトによれば、1976年のスアレス内閣は「(政府)と対等な議会」の範疇に属する。他方、1982年のゴンサレス内閣時のスペイン国会は「政府に従属する議会」であった。ドイツで生まれた「建設的不信任投票制度(後任の首相の選出と現首相の解任を同時に行う制度)」がスペイン憲法113条に輸入され、スアレス少数政権下では政治の安定が計られたのである。
著者
齋藤 寛 前田 隆浩 青柳 潔 高村 昇 中里 未央 野村 亜由美
出版者
長崎大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2006

長崎大学では、平成16年度から医学部医学科5年-6年次学生を対象として「離島医療・保健実習」を開始した。これは、病院実習の一環として、1学年100名を7-8名ずつのグループに分け、それぞれ1週間ずつ長崎県五島市において地域医療、地域保健を学ぶものであり、地域に根ざした包括的医療についての実習を行うプログラムとして全国的にも注目されている。その一方、これまでこのような形での地域密着型医学教育プログラムを実施するという試みは日本でほとんど行われていないため、実施するにあたっての教育ソフトに乏しいのが現状である。そこで本申請では、今後の離島・へき地医療実習、さらには地域医療実習に応用可能な教育ソフトの開発を行う目的とした。研究代表者らは、各分野における教育ソフトの作成を行い、その成果は7月に全国の医学生を対象として行われた「家庭医療セミナー」において公開した。「家庭医療セミナー」は、全国の医学生を対象に、長崎県五島において家庭医療についてのセミナーを集中的に行うもので、研究代表者、研究分担者に加えて欧米の家庭医療の専門家を招聘しての特別講義・実習を行い、その成果はマスコミ等で大きく取り上げられた。さらに研究代表者らはこの成果を世界に発信すべく、長崎大学と学術交流協定を締結している旧ソ連邦のベラルーシ共和国の医科大学(ベラルーシ医科大学、ゴメリ医科大学)を訪問して、インターネット等を用いた遠隔教育(e-learning)システムの整備を行った。これに対して研究代表者がゴメリ医科大学の名誉教授号をうけるなど、ベラルーシ国内でも高い評価を得た。