著者
長谷部 文雄 塩谷 雅人 藤原 正智 西 憲敬 柴田 隆 岩崎 俊樹
出版者
北海道大学
雑誌
基盤研究(A)
巻号頁・発行日
2006

熱帯対流圏界層(TTL)内脱水過程を解明し、熱帯成層圏水蒸気の長期トレンドを高精度ゾンデ観測により検出するために、TTL水蒸気量と水平移流に伴う大気の温度履歴との対応を、同一大気塊の複数回観測(match観測)により明らかにすることが本課題の特徴である。これまで蓄積してきた観測データから、ゾンデ観測された水蒸気混合比と移流する大気塊の経験する最小飽和水蒸気混合比との間には、観測点の立地条件、温位高度、季節、ENSOなどの気象条件に特有の脱水効率依存性が見出された。また、個々のゾンデ観測ごとに様々な高度で描かれた後方流跡線により大気塊の起源を求めたところ、相対湿度のジャンプが観測された高度の上下で流跡線が大きく配置を変える例が見出された。この結果は、ゾンデ観測された個々の大気塊ごとに、その大気質の変遷を大気塊の起源と対応させて議論することが可能であることを示す客観的根拠となり、水蒸気matchの信頼性を担保する事実と考えられる。個々の水蒸気分布の特徴をライダー観測された巻雲粒子の存在と対応させたところ、両者に良い対応の認められる例が見出された。これらの結果は、独自に開催した国際研究集会やアメリカ気象学会中層大気会議などの国際会議で発表し、投稿論文を準備中である。米国の予算削減に伴いTC4が中米に場を代えて実施されたため、TC4との同時観測は実現しなかったが、我々の観測データは人工衛星データの検証においても大いに貢献している。さらに、今後の発展を展望した試みとして、Lymana水蒸気計などの飛揚も行った。また、GCMに全球解析場や観測データを同化することにより流跡線解析を精密化する試みを開始した。こうした活動は、熱帯上部対流圏・下部成層圏における水蒸気の長期モニタリングの継続の重要性とともに、脱水過程に関する研究の発展の方向性を示すものである。
著者
平尾 章
出版者
信州大学
雑誌
若手研究(B)
巻号頁・発行日
2008

エコタイプとは同じ種に属しながら、異なる環境に適応して遺伝的分化を遂げたもののことであり、生物多様性を生み出す供給源となる。高山植物ミヤマキンバイでは、風衝地と雪田という対照的な立地環境に適応したエコタイプの分化が、複数の山岳地域で多発的に生じていることが明らかになった。「天空の島々」のように互いに隔離されながらも平行進化的にエコタイプ分化が生じているミヤマキンバイは、生物多様性の創出メカニズムを研究する上で有用なモデル系となる可能性がある。
著者
市川 喜崇
出版者
福島大学
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
1996

革新自治体期の(1)老人福祉,(2)公害規制,(3)開発規制,(4)自主財政権獲得政策の4分野の政策過程を分析することによって日本の地方自治体のもつ潜在的可能性が顕在化する条件を探ることが長期的な課題であるが,今年度は,その予備作業として,日本の地方自治史に占める革新自治体期の位置づけを明らかにすることに力点を置いた。革新自治体期はいわゆる「新中央集権」といわれる時代に引き続いて現れるので,新中央集権について考察し,その結果を,論文「『新中央集権主義』の再検討」(福島大学『行政社会論集』第9巻第3・4号,1997年3月)にまとめた。ついで,美濃部革新都政の公害規制政策について現在研究をまとめているところである。まだ完成途上にあるが,その概要は以下のようになる予定である。深刻化する公害問題に対応するため,美濃部都政は公害防止条例を制定し,国の法律よりも厳しい基準で公害規制に乗り出した。これに対して国は当初,自治体が法律よりも厳しい基準を条例で定めることはできないとの姿勢で臨んだが,公害問題が深刻極まる中で法律論争をすることは世論の支持を失うと見ると姿勢を転換し,むしろ,法律の基準を都条例なみに厳しくすることによって問題を決着させた。その結果,国は再び法律の優位を取り戻した。これは都の政策が全国化したという意味で美濃部の勝利であったが,国は,政策内容で譲る代りに,法律-条例関係の厳格は解釈権(「先占理論」)を守ったともいえる。都の勝利の要因は,第1に世論の支持とマスコミの注目であり,第2に都が国と同等以上の専門知識を有していることであった。このことは,上記(4)の政策における都の敗北と対比すると一層明らかになるものと思われる。
著者
樋口 直人 町村 敬志 久保田 滋 矢部 拓也 松谷 満
出版者
徳島大学
雑誌
萌芽研究
巻号頁・発行日
2005

90年代以降の政治を一瞥すると、一見矛盾してみえる諸現象が噴出している(NPOとボランティア、住民投票、改革派知事ブームと無党派知事の当選、ポピュリズムの跋扈、新たなナショナリズムの出現)。これらは第二の近代化を背景とし、55年体制の崩壊をきっかけとして生じた政治変動であり、以下の仮説により整合的に説明できるものと考えられる。客観的条件に基づく安定的な政治的態度は、もはや一部の住民にしか該当しない。代わって、社会的ミリューとその都度の政治状況の共鳴により決定される、不安定な政治的態度が優位になる。そうしたミリューは、個人化の影響を受けて高度に断片化している。上記の諸現象は、断片化したミリューの共鳴により連合が成立した結果と考えられる。本研究の目的は、この仮説の検証により個人の社会的ミリューと政治の関係を解明することになる。今年度行ったのは、東京都でのサーベイ調査である。6区2市の有権者8500人を対象として,「ライフスタイルと政治に関する調査」を実施し、2887票を回収した。この調査は、ドイツにおける社会的ミリュー研究を参考に、日本におけるライフスタイル・ミリューと政治的態度や投票行動の関連に関する分析を行うことを目的としている。具体的には、石原慎太郎・東京都知事など政治家や政党に対する感情温度、2005年衆院選における投票行動に関して設問を用意した。衆院選における投票行動については、郵政民営化の争点効果が独立して認められ、属性の影響が争点効果に吸収されることが確認されている。暫定的な分析の結果については、茨城大学地域総合研究所年報に掲載するとともに、同研究所の研究例会でも報告した。さらに、このデータを用いてエスニック・レストランの利用者像を析出し、多文化主義をめぐる基礎資料として在日外国人に関する論文で使用した。
著者
金本 龍平
出版者
京都大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2010

メチオニンがタンパク質栄養のシグナルとなり肝臓の可欠アミノ酸(セリンとアスパラギン)代謝酵素のタンパク質必要量に応答した発現を制御する可能性が示された。また、新しい栄養環境への適応にはシグナルの継続性(同じ食環境が継続する)が必要であることが示された。さらに、タンパク質栄養への応答性には臓器特異性が有り、可欠アミノ酸の必要量が臓器によって異なることが示された。
著者
鹿野 清宏 猿渡 洋 川波 弘道
出版者
奈良先端科学技術大学院大学
雑誌
萌芽研究
巻号頁・発行日
2005

H17年度に収録した28人からなり、異なる4時期で発声した非可聴つぶやき声(NAM)個人認証データベースをもとにNAMによる話者認証の研究を進めた。さらに、27人の詐称者のNAMを収録して、NAM個人認証データベースを完成するとともに評価を行った。NAMにより個人認証の研究で、研究を担当した小島麻里子(M2)が、暗号と情報セキュリティシンポジウムSCIS2006論文賞を受賞した。(1)Hl7年度に収録した28名のN削個人認証データベースに加えて、27名の詐称者のN削個人認証データベースの収録し、NAM個人認証データベースを完成した。異なる時期の登録データを利用することが大いに有効であることが分かった。(2)NAM音声データベースを用いて、NAM個人認証アルゴリズムの研究および認証能力の評価を引き続き行う。とくに、発声者の登録の負担を減らすことを目指して、1時期あたりの発声数を減らす効果を調べ、1時期あたり2発声程度まで個人認証率が保たれることを確認した。(3)セグメント情報とSVM(サポートベクターマシン)を用いた個人認証アルゴリズムが、NAM音声の認証において、従来のGMM(ガウス混合分布モデル)などよりも飛躍的に高い個人認証能力を持つことが確かめられた。(4)他人がパスワードを発声した場合のNAMの認証能力、本人がパスワードを忘れた場合の拒絶能力を個人認証実験で調べた。個人のNAMマイクによる体内音も収録して、個人認証実験を行ったが、有効な結果は得られなかった。
著者
佐藤 伊久男 柳沢 伸一 斎藤 寛海 斎藤 泰 三浦 弘万 渡部 治雄 鶴島 博和
出版者
東北大学
雑誌
総合研究(A)
巻号頁・発行日
1988

この2年間我々は、《特殊ヨ-ロッパ的》社会構造に着目しつつ前近代の統合的諸権力の構造と展開を把握することに努めてきたが、その際独断に陥らないよう研究史をフォロウし、その研究史を対象化するために史料に沈潜し、また研究成果の相互批判に努めてきた。これらの目的は、本研究費補助金により著しく促進された。さて我々の研究は、第1領域《地域的諸集団と統合的諸権力》、第2領域《統合的諸権力における教会の地位》、第3領域《統合的諸権力と官僚》を単位に進められ、その結果は、未発表の独立した諸論文(もしくはその要約)からなる『研究成果報告書』としてまとめられた。その中で、佐藤伊久男が中世イングランドの国家と教会との関係において12世紀が大転換期であることを解明したのに続き、第1領域で、三浦弘万氏はカ-ル大帝による他部族併合過程におけるグラ-フシャフト制の導入の意義を強調し、斎藤泰氏は原スイス永久同盟の形成過程における渓谷指導層の利害の決定性を示し、柳沢伸一氏は宗教改革期の帝国都市とスイス都市との同盟に帝国の統治構造の特殊性を見、斎藤寛海氏は16世紀ヴェネチアの食糧政策の中から特殊イタリア的な支配構造の特質を摘出した。第2領域では、渡部治雄氏は帝国教会制との絡みでドイツ王国成立を国王ジッペからディナスティ-への構造的転換として把握し、鶴島博和氏はイングランド統一国家の原理が部族国家統合のへゲモニ-ではなく教会に由来すると主張した。第3領域では、小野善彦氏は領邦国家において君主の公的経営と学識法曹の私的経営とが役得プフリュンデとしての地方行政官職の形で癒着していたとし、神宝秀夫氏は絶対主義時代の領邦軍制(職業的常備軍と選抜民兵制)に見られる君主と内外の権力者との二元主義が特殊ヨ-ロッパ的特質の1つであると指摘した。今後は国家史を「官僚と軍隊」の観点から追究していく計画である。
著者
設楽 悦久
出版者
千葉大学
雑誌
若手研究(B)
巻号頁・発行日
2005

これまでにシクロスポリンによる有機アニオントランスポーターに対する阻害効果が単なる競合阻害ではなく、阻害剤に曝露することによって、阻害剤除去後も持続的に見られるものであることを見出してきた。この機序を解明するために、シクロスポリン投与後のラットより遊離肝細胞を調製し、細胞表面をビオチン化したのちに、ビオチン化を受けた蛋白を回収し、そこでのトランスポーターOatp1a1発現量を解析することで、細胞表面での発現量の変化について検討を行った。しかしながら、発現量が低いため、十分量の回収をすることができなかった。同様に、培養肝細胞にシクロスポリンを曝露した後、細胞表面のOatp1a1発現量の解析などを試みたものの、結果が得られなかった。一方で、トランスポーター活性に影響を与えると考えられている肝組織中グルタチオン量を測定したところ、シクロスポリン投与による変化は見られなかった。このことから、肝臓内グルタチオン量の変化による現象ではないことが明らかとなった。また、阻害剤がトランスポーターに共有結合している可能性を考慮し、トリチウム標識シクロスポリンをOatp1a1発現細胞およびベクター導入細胞に曝露した後、膜表面を有機溶媒でwashした後で、結合しているシクロスポリン量を測定したものの、結合量に差は見られなかった。ヒトでの有機アニオントランスポーターOATP1B1およびOATP1B3発現細胞の供与を受け、シクロスポリン曝露によるトランスポーター活性の低下を検討したところ、曝露時間および濃度依存的な阻害効果が認められた。ラットOatp1a1発現細胞を構築し、同様の検討を行ったところ、ここでも同様の結果が得られた。以上より、シクロスポリンによる曝露時間および濃度依存的なOATPファミリートランスポーターに対する阻害が明らかとなったものの、機序を解明するには至らなかった。
著者
田崎 修 杉本 壽 嶋津 岳士 朝野 和典 鍬方 安行 小倉 裕司 塩崎 忠彦 松本 直也 入澤 太郎 室谷 卓 廣瀬 智也
出版者
長崎大学
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
2009

救命救急センターにおいて、挿管患者に集中して「先制攻撃的接触予防策」を導入したところ、挿管患者だけでなく病棟全体のMRSA院内感染が減少した。救命センター入院早期(24時間以内)におけるMRSA院内感染のリスクファクターは、挿管、開放創の存在、抗生剤投与、およびステロイド投与であった。Neutrophil extracellular traps(NETs)は喀痰中において、呼吸器感染症に対して速やかに発現し、感染症が軽快すると減少した。NETsは感染症のみならず非感染性の高度侵襲にも反応して血中に発現した。今後、NETsの臨床的意義の解明が必要である。
著者
吉田 英人 寺澤 敏夫 吉川 一朗 寺澤 敏夫 吉川 一朗 宮本 英明
出版者
東京大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2007

本研究では、送信点と異なる場所に多数の受信点を配置し(多地点観測法)、流星が流れたときその飛跡に沿って生じるプラズマで反射した電波(以下流星エコーと呼ぶ)を、多地点で受信してその到達時間差より流星の飛跡を求める方法を開発した。このような方法で求められたのは、世界で初めてである。大規模な施設を使わず安価で携帯性に優れ、超高層大気中でおこる物理現象を身近に感じることができる教材が完成した。
著者
荒川 忠一 佐倉 統 松宮 ひかる 尾登 誠一 飯田 誠 山本 誠 松宮 輝
出版者
東京大学
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
2001

日本においても風車普及の方向性が明確になってきた。本研究においては、将来の大規模な風車導入に備えて、景観に適合しその地域のメッセージを発信できるヴァナキュラー性に根ざしたデザインを提言してきた。さらに、本研究の方向性を生かして、東京都臨海風力発電所が「東京らしさ」をメッセージにして2003年3月に運開することになった。はじめに、洋上風車などの新しい環境条件を導入し、エネルギー経済シミュレーションを行った。京都議定書の遵守などの条件を加えると、50年後にはエネルギーの8%を風車がまかなうことが要請されること、そのとき、日本においては1MWの風車が10万台導入する必要性があることを示した。高さが80mにもおよぶ大型風車を大量に導入するためには、景観適合のみならず、地域の文化や情報を発信できるデザインの必要性を訴えるとともに、いくつかの地域でデザインの試作を行った。海岸地域、田園地域、そして東京を対象とした。海岸地域では防風林の松のイメージ、あるいは小型風車にマッチングしたデザインなどを創作した。風況調査により、東京湾中央防波堤埋立地に風車に適した風があることを見出し、その成果を受けて大学院生の都知事への提言から、短期間で風車建設の事業が行われた。本研究において、「東京らしさ」をテーマにした様々なデザインや付帯設備を提案し、日本科学未来館のキュレータらとの社会学的な検討を加えた。最終的には、デザイナーの石井幹子氏を指名して緑と白の2色による世界初のライトアップを実現し、またインターネットで回転状況を配信する仕掛けを構築した。本研究の一環によるこのような実践は、新聞各紙の熱心な報道をはじめとして、社会的に評価を得ていること、また風車の今後の導入加速の方法となりえることを示した。本研究のさらなる発展として、日本らしい風車つまり海洋国日本の特徴を最大限に生かした超大型洋上風車の早期実現を提案していく。
著者
小松 孝太郎
出版者
信州大学
雑誌
研究活動スタート支援
巻号頁・発行日
2010

本研究は,証明の学習状況を改善するために,数学的探究において「操作的証明」(action proof)を活用する活動に着目し,その児童・生徒の活動を促進する方法を明らかにしようとするものである。本研究では,数学教育学の文献解釈,題材の数学的な分析,そして小学五年生及び中学三年生を対象とした教授実験の実施とその分析から,児童・生徒の活動を促進する教材を開発するための指針を得た。
著者
福山 寛 松井 朋裕 戸田 亮
出版者
東京大学
雑誌
基盤研究(A)
巻号頁・発行日
2010-04-01

グラファイト表面に吸着したヘリウム3(3He)とヘリウム4(4He)の1原子層目と2原子層目の量子状態相図を比熱測定から研究し、従来の理論予想を覆し、2次元3He が超低密度の液体に自己凝集すること、3He と4Heの2層目に1層目に対して整合な固体相が存在することを発見した。後者は、恐らく零点格子欠陥を含む新奇な量子固体と考えられる。グラファイト表面に吸着したクリプトンの1層目整合固相の初めてのSTM観測に成功し、吸着サイトが炭素ハニカム格子の中心であることを特定した。また、希釈冷凍機温度で作動するLEED装置開発のための詳細設計を行った。
著者
大村 敦志
出版者
東京大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2008

後期年少者(15歳~25歳)につき、高校生(五つの高校-麻布高校・大妻女子高校・都立新宿高校・県立千葉高校・県立兵庫高校-の生徒)・大学院生(東大法科大学院の学生。なお、比較のために東大法学部生も調査対象に加えた)を対象に調査・研究を行い、成年(20歳)を境にして成年者と未成年者とをカテゴリックに区別して法的処遇を大きく変える現行法制に対して、未成年者にも自律を広く認める一方で、成年者に対しても支援が必要であることを確認した。
著者
川村 太一
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2009

当年度は研究期間の最終年度であり、これまでの研究成果の発表や得られた成果を統合した議論を行った。研究課題であった重力計データを用いた月震波解析では新たな観測点を加えた拡大された観測ネットワークを用いて過去の観測の観測バイアスを詳細に調べ、観測バイアスを考慮した深発月震の震源分布に議論した。その結果現在観測されている深発月震の震源の帯状の分布が観測バイアスによるものではなく、実際の震源分布を反映したものである事をあきらかにした。この結果は過去の深発月震の研究で想定されていた均質な月のモデルや1次元の層構造を持った月モデルでは説明できない現象であり、月の内部が水平方向にも不均質な構造を持つ事を示唆する重要な結果である。また、月内部構造に迫る手段として周波数解析とそれを用いた月震の震源仮定の推定も行った。周波数解析ではこれまで独立に用いられてきたアポロの短周期月震計と長周期月震計のデータを数値的に合成し、より広帯域のデータを用いた解析を行った。これにより深発月震の際に月内部で0.1MPa程度の応力降下が起きている事を示した。このような研究は過去にも行われてきたが本研究では複数の震源の多数のイベントについて行っており、より一般的な深発月震の発震機構の議論が可能になった。この応力降下量の値は深発月震の震源域の圧力と比較してきわめて小さい。この事は深発月震の震源域では効率よく応力を解放する構造や摩擦係数を小さくするメルトが存在するなどの可能性を示唆するものである。最後に月震観測で観測された隕石衝突についても解析を行った。本研究では隕石衝突の衝突サイトの空間分布を調べ、理論的に予測されているクレーター生成率不均質が月震データでも観測されている事を示した。月震観測で観測された隕石衝突は他の研究で観測されているものよりも小さなものが多く、そのような小さな隕石衝突でも不均質な分布が検出できたことは重要な示唆を持つ。このように今年度の研究では月震データを軸に多角的な研究を行った。その中でも震源分布や月震の発震機構の研究から月の内部構造、内部の状態について示唆する結果が得られた事は非常に大きな意義を持つ。
著者
小路 淳
出版者
広島大学
雑誌
若手研究(B)
巻号頁・発行日
2008

陸域起源物質が河口域の魚類生産に与える影響の時空間変動を評価するために,太田川河口域において物理・生物調査を実施した.周年調査によりスズキが生活史初期に河口域に広く分布することが明らかとなった.スズキ仔稚魚は2月下旬から5月末にかけて河口域の優占種となった.胃内容物調査と安定同位体比分析の結果から,春季の上流域では河口域における魚類生産に対する陸域起源物質への貢献度が高まることが明らかとなった.
著者
渡辺 和行
出版者
香川大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
1996

1996年のフランスも、戦争の記憶の問題に直面した。1月にはヴィシ-政府との関与を疑われたミッテラン前大統領が他界し、7月にはフランス人として初めて「人道に反する罪」に問われて終身刑に服していたポール・トゥヴィエが病死した。このように、当時を知る人々が鬼籍に入って身体的記憶が薄れるにつれて、国民的記憶を曖昧にする動きも加速したのである。それでは、ヴィシ-の集合的記憶はいかに変容したのであろうか。ヴィシ-期の集合的記憶は、4段階(1994-54年の服喪期、1954-71年の抑圧期、1971-3年の脱神話期、1974年以降の脅迫観念期)を経て変化してきた。第I期は、法的忘却を意味する大赦が可決された時期であり、第2期は、抑圧された記憶の補償作用としてレジスタンス神話が最盛期を迎えた時期でもあり、1964年のジャン・ム-ランのパンテオン移葬がその頂点をなした。レジスタンス神話を代表したドゴールが死去した翌年の1971年に、ヴィシ-像の転機が訪れた。この年は対独協力のフランスを描いた映画が上映され、ユダヤ人を殺害した民兵団のトゥヴィエに特赦が与えられた年でもあった。こうしてヴィシ-政府によるユダヤ人迫害問題が注目を集め、脅迫観念と化す第4期を迎える。近年の戦争の記憶がユダヤ人問題と関わるのも、以上のような「ヴィシ-症候群」によるのである。1997年1月には、ヴィシ-時代のジロンド県の高官で1970年代には予算大臣を務めたこともあるモ-リス・パポンが、1600人ほどのユダヤ人を収容所に送った咎により、「人道に反する罪」の共犯として裁判に付されることが決定されたばかりである。同時進行的なパポン事件の訴追に至る経緯を中心に、1996年のフランス社会における「ヴィシ-症候群」の諸相を、ドイツの歴史家論争との比較も交えて吟味検討したのが、私の科研研究である。日本にとっても裨益するところが大きい。
著者
星野 一正 木村 利人 唄 孝一 中谷 瑾子 青木 清 藤井 正雄 南 裕子 桑木 務 江見 康一
出版者
京都女子大学
雑誌
総合研究(A)
巻号頁・発行日
1991

文部省科学研究総合A研究班として『患者中心の医療をめぐる学際的研究』というテーマのもとに、平成3年度からの3ヵ年間、専門を異にしながらもバイオエシックス(bioethics)の観点から研究をしている十名の共同研究者と共に研究を進めてきた。単に医学・医療の面からの研究では解明されえない人にとって重要な問題について、宗教学、哲学、倫理学、法律学、医療経済学、生物科学の専門家に、医学、医療、看護などの医療関係者も加わった研究班員一同が集まって、異なる立場から議論をし、さらに既に発表されている文献資料の内容を分析検討し、現在の日本社会に適した生命倫理観を模索しつつ共同研究を積み重ねてきた。第一年度には、主に「人の死をめぐる諸問題」を、第二年度には、主に「人の生をめぐる諸問題」に焦点を合わせて研究をし、第三年度には、前年度から進行中の研究を総括的に見直し、必要な追加研究課題を絞って研究を纏めると共に、生と死の両面からの研究課題についても研究を行った。最近、わが国において議論の多い次のようなテーマ:臓器移植、脳死、植物状態,末期医療、がんの告知、自然死、尊厳死、安楽死、根治療法が未だにないエイズ、ホスピス・ビハ-ラ、体外受精・胚移植、凍結受精卵による体外受精、顕微授精、男女の生み分け、遺伝子診断を含む出生前診断・遺伝子治療、人工妊娠中絶などすべて検討された。各年度ごとに上智大学7号館の特別会議室で開催してきた当研究班の公開討論会の第3回目は、平成6年1月23日に開催され、「研究班の研究経過報告」に次いで「医療経済の立場から」「法学の立場から」「生命科学の立場から」「遺伝をめぐるバイオエシックス」「生命維持治療の放棄をめぐる自己決定とその代行」「宗教の立場から」「臨床の立場から」の順で研究発表と質疑応答があり、最後に「総合自由討論」が行われた。今回は、3か年の研究を基にしての討論であっただけに、多数の一般参加者とも熱気溢れる討論が行われ、好評であった。
著者
三井 誠 酒巻 匡 橋爪 隆 上嶌 一高
出版者
神戸大学
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
1997

本件研究の目的は、組織的犯罪対策に関する諸問題について、刑事実体法的観点、手続法的観点から包括的な考察を加えつつ、望ましい対策のありかたを提唱する点にあった。とりわけ平成一一年八月に、いわゆる組織犯罪対策関連三法が国会で成立したのを受けて、従来の法制度と改正法制度との比較分析、組織犯罪対策関連三法案の立法過程の調査・分析、ドイツ法・アメリカ法をはじめとする諸外国の法制度との比較法的研究など、多角的な視点のもと、分析作業を進めた。その具体的な内容としては、(1)「犯罪捜査のための通信傍受に関する法律」の規定と、憲法が要請している令状主義と適正手続保障との関連についての研究、(2)いわゆるロッキード事件に関する最高裁判例における刑事免責に関する判断の趣旨・射程範囲の分析、(3)刑事免責制度の導入の可能性に関する立法論・比較法的考察、(4)マネー・ロンダリング処罰を拡大することに関する理論的問題点の検討、(5)組織犯罪における刑の加重と違法要素・責任要素への関連づけの検討、(6)ドイツにおける最近の財産刑制度に関する議論の状況などの諸点である。さらに、刑事実体法的かつ刑事学的関心から、暴力団構成員を中心とする近時の執行妨害事犯の現況に関する調査を行いつつ、競売入札妨害罪をめぐる最近の最高裁判例の当否についても分析を加えることができた。結論として、組織犯罪対策関連三法は基本的に適切な方向にあることが確認されたが、対策として不十分な点や、理論的な正当化が不十分な点など、なお問題点が残されている。もっとも、これらの研究は基礎理論的な考察に多くを費やしたこともあり、その具体的な諸問題への適用については、その研究成果はなお不十分なものである。今後は、具体的な法運用までを視野に入れつつ、さらに継続的に研究を進める必要が残されている。
著者
矢澤 真人 橋本 修 和氣 愛仁 川野 靖子 福嶋 健伸 石田 尊
出版者
筑波大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2005

代表者、分担者、協力者の協力も得て、以下のことを行い明らかにした。国文法理論に関しては、形態論重視の文法理論と、それに対抗する意味論重視の文法理論とを検討し、包括性・初学者への分かりやすさでは前者に、認知論との関連・直感的な興味深さでは後者にメリットが多いことを明らかにした。これと相関して学習指導要領における文法教育・言語事項の位置づけや、教育現場での実際の取り扱い等を検討し、現況にあった有益な文法教育の目標としては、言語感覚の養成・母語への愛着の涵養等がより中心的になるべきであることを示した。他の文法理論については、それぞれ、存在動詞構文・ハイパレージ現象に対して構文文法的アプローチ、中世日本語述部(特にテンス.アスペクト)に対して形態・機能論的アプローチ、非分末の「ですね」に対して談話文法論・情報管理理論的アプローチ、自他の形態(の少なくとも一部)に対して認知・計算意味論的アプローチ、テイル文に対して(生成)統語論的アプローチが、有生性の心的実在性に対しては実験心理学(脳科学)的アプローチが有効であることが、それぞれの具体的分析・実験等により示された。また、教育文法に関しては、枠組みとして、身体活動も含めた言語行動ルールとしての文法の必要性、国語教材の選択・使用法について具体的手順(活用の既定の一部修正・教授順序の変更)を経たカスタマイズのありかた、生徒が作成する要約文の特徴と字数との関連等が示された。