著者
柴田 弘文 SAXONHOUSE G DENOON David INTLIGATOR M DRYSDALE Pet 韓 昇洙 PANAGARIYA A MCGUIRE Mart 井堀 利宏 猪木 武徳 福島 隆司 高木 信二 舛添 要一 八田 達夫 安場 保吉 佐藤 英夫 PANAGARIYA Arvind CHEW Soo Hong HON Sue Soo
出版者
大阪大学
雑誌
国際学術研究
巻号頁・発行日
1988

安全保障問題の近年の急変転は目をみはるものがある。当国際学術研究の第1年目は東西冷戦下で資本主義と社会主義の二大陣営の対立から生まれる安全保障上の緊張とそれを突き崩そうとする潜在的な両陣間の貿易拡大の欲求が共存するもとでの安全と貿易の関係を探るべくスタ-トした。ところが第2年目には、ベルリンの壁の崩壊と共に東西の対立が氷解し、自由貿易の可能性が拡大して、もはや安全保障に対する考慮は必要なく、この研究課題も過去のものになったかとさえ見えた。しかし、東西の対立の氷解が直ちに全ての対立の霧散に向かうものではなかった。民族間の局地的対立はかえって激化し、更に貿易でなく直接支配によって原油資源を確保しようとする試みは湾岸戦争を引き起こした。世界の政治の経済の根本問題が貿易と安全保障の問題と深く関わっていることを最近の歴史は如実に物語っている。本研究課題が世界経済の平和的発展の為の中心的課題であることが再度認識された。しかし貿易と安全保障の相互関係の分析に正面から取り組んだ研究は少ない。分析のパラダイムがまた確立されていないことにその理由がある。従って当研究では基礎的分析手法の開発を主目的の一つとした。先づ第一に柴田弘文とマックガイヤ-の共同研究は安全保障支出によって平和が維持される効果が確率変数で与えられるとして、安全保障支出がもたらす一国の厚生の拡大を国民所得の平時と有事を通じての「期待値」の増大として捉えて経済モデルを開発した。このモデルは例えば国内産業保護策と、安全保障支出は代替関係にあることを示唆することによって、貿易と安全保障の相互依存関係の理論的分析の基礎を提供することになった。柴田は更に備蓄手段の大幅な進歩から有事に当たっての生活水準の維持のためには全ての国内産業を常時維持することよりも安価な外国商品を輸入し、有事に備えて備蓄することの方が、効率的である点に注目して、安全保障費支出、国内産業保護、備蓄の三者の相互関係を明らかにする理論を構築した。更に柴田はパナガリヤと共同研究を行い、貿易と安全保障支出及びそれらが二敵対国の国民厚生に及ぼす効果を説明する理論を構成した。井堀は米国の防衛支出のもたらす日本へのスピルオ-バ-効果の日米経済に及ぼす影響についてのマクロ経済学的分析を行った。安場は東南アジア諸国の経済発展がアジア地域の安全保障に与える効果を研究した。佐藤は貿易と安全保障が日米の政治関係に及ぼす効果を国際政治学的に分析した。オ-ストラリヤのドライスデ-ルは近年の日本の経済力の著しい増加が太平洋地区にもたらす効果を分析した。八田はチュ-の協力を得て安全保障のシャド-プライズについての数学的理論を構築した。第2年目に基本理論の深化を主に行った。パナガリアは1990年9月に再び渡日して柴田と論文「Defense Expendtures.International Trade and Welfare」を完成した。更にチュ-ス-ホングは8月に来日し、柴田と共同研究を行い「Demand for Security」と題する共同論文の執筆を開始した。本研究の研究協力者である岡村誠は農業問題と安全保障の関係の分析を行って論文を執筆した。第3年目には理論の応用面への拡張に努力した。猪木は国の有限な人的資源を民需から軍需活動に移転することから起こる経済成長への負の効果と、軍関係機関での教育がもたらす人的資源の高度化から生まれる正の効果を比較する研究を行なった。井堀利宏は貿易関係にある二国間の安全保障支出を如何に調整するかの問題について理論的分析を行い論文を完成した。この三ヶ年に亘る日米豪の研究者による共同研究の結果、今まで国際経済学者によって無視され勝ちであった安全保障と貿易の相互維持関係を分析する基礎となる重要な手法を幾つか確立すると云う成果が得られたと考える。世界経済の安定的な発展のためには貿易と安全保障の相互関係についての深い理解が不可欠である。この共同研究課題で得られた知見を基礎として、更に高度な研究を続行することが望まれる。
著者
立山 晋 SRI Lespari DARNAS Dana SRI Utami Pr HERNOMOADI H EMIR A.Sireg GATUT Ashadi SINGGIH H.Si 内田 和幸 三澤 尚明 飯田 貴二 山口 良二 延東 真 後藤 義孝 掘井 洋一郎 HERMONOADI Humit A.GANI Asike EMIR A Sineg SRI Utami Rr SINGGIH H Si 村上 昇 AGKA Sri Les 玉井 理 HUMINTO Hern DANA Darnas PRAMONO Sri RUMAWAS Will ASHADI Gatut SIGIT Singgi 吉田 照豊 青木 宙
出版者
宮崎大学
雑誌
国際学術研究
巻号頁・発行日
1993

本研究は、インドネシアにおける家畜及び魚類疾病の発生状況の実態調査と各々の疾病の解析を目的に、宮崎大学とインドネシア・ボゴール農業大学の大学間協力研究として行なわれた。平成5年〜7根の3年間で得られた研究成果の概要について大別して下記に述べる。1.インドネシアと宮崎における家畜疾病の発生状況の比較・検討。インドネシアの家畜がおかれている環境を知る目的で、宮崎大学とボゴール農業大学で1990年から1994年の過去5年間に剖検されたイヌの主要疾病について比較・検討した。その結果、ボゴール農業大学で剖検されたイヌ、548例中、もっとも頻繁にみられた疾病は、腸炎(63.5%)、滲出性肺炎(50.6%)、胃炎(48.7%)、間質性腎炎(36.3%)であり、宮崎大学で剖検されたイヌと比較して、これらの疾患の発生率は極めて高かった。この原因として、通常これらの炎症性疾患は、ウイルスや細菌を中心とする伝染病していることを反映しているものと考えられる。日本ではこの様な感染症、特にパルボウイルス、ジステンパーウイルス、伝染性肺炎ウイルス、レプトスピラ等のワクテン接種により、これらの疾患が有効に低減しているため、インドネシアにおいても、同様な防疫対策を図ることにより、これらの伝染病の低減が期待できるものと考えられた。2.インドネシアの家きん疾病の解析。ニワトリ、ハトなどの家きんは、インドネシアの主要な産業動物である。本研究では、ニワトリの伝染性ファブリキウスのう炎(ガンボロ病)とマイコプラズマ感染症について、各々病理学的、微生物学的に調査した。ガンボロ病は鳥類特有の免疫系繊維であるファブリキウスのうを選択的に侵態するウイルス性疾患であり、本症に罹患したニワトリは免疫不全に陥いり、種々の細菌・ウイルスなどに感染しやすくなる。インドネシアにおける本病の漫延状況を知る目的で、インドネシアのニワトリを業収・剖検し、肉眼的にガンボロ病が疑われた36例について病理組織学的に検討した。この結果、36例中24例のファブリキウスのうに著明なリンパ球の減少、細網内及系細胞の増生、線維化などがみとめられ、伝染性ファブリキウスのう炎ウイルスの抗原が12例で検出されたこのことからインドネシアのニワトリには広く強毒のウイルスが漫延しているものと推察された。一方、マイコプラズマ症はニワトリの上部気道感染症であり、本病自身は重大な病変を引き起こすことは稀れであるが、種々の細菌・ウイルス感染症が併発しやすい。本研究では、インドネシアの5つの農場より、ニワトリの血液を採取し、合計49例についてELISA法により、マイコプラズマ・ガリセプティカムの抗体価を測定した。その結果、1農業では抗体陽性率が15.4%と低くかったが、その他の農場では70%〜100%と極めて高い陽性率を示し、マイコプラズマ症が広く漫延している現情が把握された。3.インドネシアの魚類疾患に関する検討。インドネシアのグラミ-養魚場における疾患の発生情況を知る目的で、瀕死のグラミ-50例を剖検し、病理学的に検討した。その結果もっとも高率に認められたのは抗酸菌感染による肉芽腫性皮フ炎であったが、その他、肝や脊づいの変性・壊死など何らかのビタミン欠乏症に起因すると思われる病変が多発していた。これはインドネシアの養魚場では鶏フンをエサとして使用していることから幼魚が種々とのビタミン欠乏症に陥りやすいものと予想された。従って、インドネシアの養魚場における疾患防止のためには、伝染病に対する防疫と同時に飼養形態の改善を図る必要があると思われる。以上今回の大学間協力研究で得られた実績の概要を示した。本研究では、インドネシアの寄生虫病についても若干の知見を得たがここでは省略した。得られた知見については、インドンシアの関係者と協議し、問題点などを指摘した。今回の研究の成果は、今後、インドネシアの家畜・魚類の疾患を低減するうえで貴重な基礎データとなりうるものと期待している。
著者
山下 俊一 FOFANOVA O ASTAKHOVA LN DIMETCHIK EP 柴田 義貞 星 正治 難波 裕幸 伊東 正博 KOTOVA AL ASHATAKNOVA エルエヌ DEMETCHIK EP ASHTAKNOVA L DEMETCHIK E.
出版者
長崎大学
雑誌
国際学術研究
巻号頁・発行日
1994

旧ソ連邦の崩壊後、1994年から3年間ベラル-シを中心に学術共同研究「小児甲状腺がん特別調査」を行ってきた。すでに関係機関や保健省、ミンスク医科大学、ゴメリ医科大学、ゴメリ診断センターとは良好な協力関係を構築し、放射能高汚染地区の小児検診活動が軌道に乗っている。昨年出版したNagasaki Symposium; Radiation and Human Health(Elsevier,1996)ではベラル-シ以外ウクライナ、ロシア、カザフ等の旧ソ連邦の放射線被曝者の実態を明らかにしてきた。1994年〜1995年の一期目はベラル-シ、ゴメリ州を中心に小児甲状腺検診プログラムの疫学調査の基盤整備を行い、共通の診断基準、統一されたプロトコールを作成し甲状腺疾患の確定診断を行った。特にエコー下吸引針生検(FNAB)を現地に導入し、細胞診を確立することで最終診断の上手術の適応を判定可能となった。更にゴメリ州で発見された小児甲状腺がん患者がミンスク甲状腺がんセンターで手術されることから、連携をとり、組織診断の確認や患者の追跡調査を行った(Thyroid 5; 153-154,1995,Thyroid 5; 365-368,1995,Int.J.Cancer 65; 29-33,1996)。チェルノブイリ周辺では慢性ヨード不足のため地方性甲状腺腫の診断の為、尿中ヨードの測定装置を開発し、現地での測定に役立て一定の成果を得た。すなわちヨード不足と甲状腺腫大の関係を明らかにした(Clin Chem 414; 581-585,1995)。一方、ヒト甲状腺発癌の分子機構や病態生理の解明のためには種々の基礎実験を行い、甲状腺癌組織におけるPTHrPの異常発現と悪性憎悪の関連性を明らかにした(J Pathol 175; 227-236,1995)。特に放射線誘発甲状腺癌の研究では細胞内情報伝達系の特徴から、細胞周期停止とアポトーシスの解離現象を解析した(Cancer Res 55; 2075-2080,1995)。その他TSH受容体の遺伝子異常(J Endocrinol Invest 18; 283-296,1995)、RET遺伝子異常(Endocrine J 42; 245-250,1995)などについても解析を行った。1995年〜1996年の二期目はベラル-シの小児甲状腺癌の激増がチェルノブイリの原発事故によるとする各国際機関発表を基本に被曝線量の再評価を試みた。しかし、ベラル-シの多くのデータは当時のソ連邦特にモスクワ放射線生物研究所を中心に測定、管理されており、窓口交渉やデータの共有化等で未解決の問題を残している。更にチェルノブイリ原発事故の対応はセミパラチンスクにおける467回の核実験の対策マニュアルに基づいて行われたことが明らかとなり、カザフを訪問し健康被害の実態調査(1958-1990年)について検討を加えた。一方、甲状腺癌の基礎研究においてはいくつかの新知見が得られている。1996年-1997年の三年目は、チェルノブイリ原発事故後激増する小児甲状腺がんの細胞診活動を継続し、30,000人の小児検診のうち60名近いがんを発見した。同時にほかの甲状腺疾患の診断が可能であった(Acta Cytol in press 1997)。チェルノブイリ以外に旧ソ連邦では467回の核実験を行ったセミパラチンスクが注目されるが、更に全土で100回以上の平和利用目的の原爆資料が判明した。甲状腺癌細胞を用いた基礎実験ではp53遺伝子の機能解析を温度感受性変異p53ベクター導入株を用いて行った。その結果、放射線照射における細胞周期停止とアポトーシスの解離現象にp53以外の因子が関与することが判明した。更にDNA二重鎖切断の再修復にp53が重要な役割を担っていることが明らかにされret再配列との関連性等が示唆された(Oncogene in press 1997)。TSH受容体遺伝子や脱感作の研究も進展している。しかしながら、放射線誘発甲状腺含発症の分子機構は未だ十分解明されておらず更なる研究が必要である。貴重なチェルノブイリ原発事故周辺の小児甲状腺がん組織の散逸やデータの損失を未然に防ぐためにも国際協調の下、Chernobyl Thyroid Tissue BankやPatient Network Systemなどの体制づくりも必要である。
著者
松原 正毅 庄司 博史 小長谷 有紀 林 俊雄 堀 直 濱田 正美
出版者
国立民族学博物館
雑誌
国際学術研究
巻号頁・発行日
1991

本研究の平成5年度における調査では、新彊とモンゴル国を主要な研究対象とした。新彊においては、アルタイ山脈と天山山脈にて調査を継続している。アルタイ山脈では、平成3年度から持続しているカザフ族、トゥワ族、トルグ-ト・モンゴル族の遊牧生活についての調査をおこなった。この調査にあたったのは、松原正毅と楊海英である。従来、この地域の遊牧生活についての調査資料はまったくなかったといってよい。その意味では、すべての研究実績が学術的な空白をうめるうえでたいへん有益な役割をはたしたといえる。アルタイ山脈のカザフ族については、移動の歴史、社会構造の変遷、遊牧生活の現状などにわたる多大な情報を収集することができた。とくに、1930年代から1980年代にいたる時代(中華人民共和国の成立前後をふくむ時代)に対応した社会組織の編成と再編成について克明な資料を入手した。この資料は、社会主義化のなかで従来のカザフ遊牧民の社会組織がどのような過程をへて崩壊し、1984年の生産請負制の導入にともなってあらたな形に再編成されたかを具体的にしめす重要なものといえる。同時に、この資料は、遊牧の起源と遊牧社会の特質についての考察に多大な寄与をもたらすものである。アルタイ山脈では、カザフ族だけでなく、トゥワ族やトルグ-ト・モンゴル族も調査対象になった。トゥワ族やトルグ-ト・モンゴル族についての調査資料は、地域社会における少数民族のありかたをかんがえるうえで貴重な情報をもたらしている。とくに、トゥワ族は、中国においても1980年代にはいってひとつの独自な集団と認定された民族で、新彊全域で2000人ほどの人口を保持するにすぎない。トルコ系の言語をはなしているが、宗教的にはモンゴル族とおなじ仏教徒である。そのため、外部からはモンゴル族と同一にあつかわれてきた。トゥワ族自身も一部は独自の民族意識をもっているが、一部はモンゴル族意識をもつというように、民族意識のうえにおいて分裂している。この事象は、民族形成においてみずからの意識が重要な役割をはたすことをしめす例といえる。トルグ-ト・モンゴル族は、現在カザフ族と密接な接触をたもちながら遊牧生活をおくっているため、カザフ語とのバイリンガル現象があらわれてきている。これがかれらの生活に相互的な影響をおよぼしている。トゥワ族やトルグ-ト・モンゴル族の事例は、民族形成論を構築するうえで貴重な手がかりを提示するものである。同時に、トゥワ族やトルグ-ト・モンゴル族の遊牧に関する歴史人類学的資料は、従来の学術的空白をうめるものといえる。トルグ-ト・モンゴル族の調査には、小長谷有紀もくわわった。新彊では、アルタイ山脈だけでなく天山山脈においても調査をおこなった。天山山脈では、山脈の中央に位置するユルドゥス渓谷を中心に調査を実施をしている。この調査には、松原、林俊雄、浜田正美、堀直、楊が参加した。ユルドゥズ渓谷は、非常にふるくから遊牧民の活動の舞台となった地域であるが、中華人民共和国の成立後軍事的な要地となったため外国人研究者のたちいりがまったく許可されない地域となっていた。今回、外国人研究者としてはじめて入城がゆるされたので、新発見にちかい多大な成果があった。いままで記録されていないおおくの古墳や石人、遺構を発見し調査をおこなっただけでなく、この渓谷で遊牧生活をおくるトルグ-ト・モンゴル族について多方面にわたる情報をうることができた。モンゴル国における調査は、西モンゴルを中心におこなった。この調査には、松原、林、浜田、堀、楊が参加した。西モンゴルも、従来外国人研究者のたちいりが厳重に制限されていた地域である。そのため、数おおくの遺跡や遺構をあらたに発見し、記載することができた。それだけでなく、モンゴル語化しながらもイスラム教の信仰を保持するトルコ系のホトン族の調査もおこなっている。ホトン族の資料も、民族形成論を構築するうえに重要な情報を提供するものといえる。いずれも遊牧の歴史人類学的研究にとって貴重な成果である。以上のほか、青海省において庄司博史が土族の調査を担当した。上記の調査の比較資料として重要といえる。
著者
長瀬 文昭 田中 靖郎 堂谷 忠靖 石田 学 紀伊 恒男 伊藤 真之 松岡 勝 柴崎 徳明 大橋 隆哉 国枝 秀世 田原 譲 北本 俊二 三原 建弘 田中 靖郎 CANIZARES C. RICKER G. 鶴 剛 粟木 久光 河合 誠之 吉田 篤正 SERLEMITSOS アール 林田 清 BREON S. 海老沢 研 VOLZ S.V. KELLEY R. HELFAND D. MCCAMMON D. 常深 博 牧島 一夫 満田 和久 村上 敏明 小山 勝二 山下 広順 小川原 嘉明 宮本 重徳 MUSHOTZKY R. 槇野 文命 HOLT S. 井上 一 SERLEMITSOS R. 川口 淳一郎 中川 道夫 藤本 光昭 長瀬 文昭 松尾 弘毅 上杉 邦憲 WANG B. FEIGELSON E. GRAFFAGNINO V. REYNOLDS C. 羽部 朝男 GEHRELS N. FABBIANO G. SERLEMITSOS RICKER G 山内 茂雄 池辺 靖
出版者
宇宙科学研究所
雑誌
国際学術研究
巻号頁・発行日
1992

「あすか」(Astro-D)は、1993年2月に打ち上げれられ、わが国4番目のX線天文衛星となった。この衛星は0.5-10keVの広いエネルギー帯をカバーし、史上最高の感度でX線天体の撮影を行うと共に、世界で初めてX線CCDによる精密X線分光を行う高性能X線天文台である。「あすか」の性能はX線天文学を飛躍的に進めるものと国際的に注目されている、X線天体は極めて多岐に亘り、殆どあらゆる種類の天体がX線天文学の対象となっている。特に銀河系では中性子星やブラックホールのX線連星、超新星残骸等、銀河外では、銀河団、クェーサー等の活動銀河中心核、更に遠方からのX線背景放射が重要課題である。この衛星に搭載されている観測装置は日米共同で製作された。打ち上げ前には、装置の設計・製作・試験・較正・調整を、打ち上げ直後には装置の較正・調整を共同で行ってきた。さらに、定常観測に入ってからは、装置の性能の正確な把握や正しいデータ解析のツールの提供等でも共同で作業を行うとともに、その成果を最大限に挙げるために、観測計画の打ち合わせ、ソフトウエア開発、観測結果の処理、解析等の各過程で両国の研究者が協力して作業を行ってきた。これらの作業のための日米研究者の移動は、主に、本科学研究費によって行われた。これら日米協力に基づく「あすか」がもたらしたいくつかの成果を以下にまとめる。・「あすか」が打ち上がって40日もたたないうちに近傍銀河M81に発生したSN1993Jからは、ドイツのX線天文衛星ROSATとほぼ同時にX線を検出した。発生して1週間ほどの超新星からX線を検出したのは今回がはじめてである。・超新星の爆発で飛び散った物質が星間物質と衝突して光っている超新星残骸について、「あすか」のすぐれた分光特性による新しい学問的展開がひらかれている。・ガンマ線バーストと呼ばれる特異な現象の発生源をはじめて既知の天体との同定に成功し、この現象の原因の解明に大きな貢献をした。・われわれの銀河系の中心部や円盤部を満たす高温ガスからのX線の分光的研究が進み、従来の予想では理解し難い事実があきらかになりつつある。・楕円銀河、銀河群、銀河団といった宇宙の大きな構造物をとりまく高温ガスの分光学的研究が進み、これらのガス中の重元素量が一貫して少ないという、新しい考え方の導入を迫る事実があきらかになってきた。また、これらの構造物を構成する暗黒物質の分布や量についても新しい知見が得られつつある。・遠方の銀河団をつかった宇宙の大きさを決める研究も、「あすか」の広い波長範囲の分光を行える能力をつかって、着々と成果をあげつつある。・活動銀河の中心にある大質量ブラックホールのごく近傍からのものとおもわれる鉄の輝線構造をはじめて発見し、ブラックホール近傍での物質流につき貴重な情報をもたらしている。この中心核を取り巻く比較的遠方の物質や分布の物理状態についても「あすか」のすぐれた分光性能により新しい事実が次々と明らかになってきている。・宇宙X線背景放射の研究も、「あすか」の波長範囲の広さを利用して、宇宙のはて近い遠方の宇宙初期の原始天体を探る研究がはじまりつつある。以上のように、本科学研究費補助金の援助のもと、「あすか」を用いた日米の研究者による共同研究は大きな成果をあげている。
著者
小笠原 道雄 那須 俊夫 アルカン M. 深田 昭三 ボールスマ J.P. 森 楙 相原 和邦 小倉 康 マンザーノ バヒリオ U 武村 重和 山口 武志 唐川 千秋 羽生 義正 鑪 幹八郎 二宮 皓 MANZANO V.u ALKAN M KARSTEN S KOPPEN J.k KOPPEN J.K. ALKAN M. KARSTEN S. BOORSMA J.P. 伊藤 克浩 草間 益良夫 細田 和雅 小笠原 道雄
出版者
広島大学
雑誌
国際学術研究
巻号頁・発行日
1993

(森楙)テレビゲームがメディア・リテラシーの無意識的な形成という潜在的な教育的役割を演じている点を明らかにすることを目的に調査研究をした。(1)学生を対象に質問紙調査を行ない、テレビゲームとコンピュータ・リテラシーとの関係を調べた。その結果、知識レベル、行動レベルいずれでも、リテラシー形状には、性別、専攻、子供時代の遊びなどの要因が大きく関わっていることが分かった。(2)テレビゲームの内容分析をした。その結果、ゲームの内容が男性中心主義で、暴力を多く含んででいることが分かった。(森楙・深田昭三・ボールマス)コンピュータのイメージやビデオゲームの過去経験がコンピュータへの態度に及ぼす影響を学生について調べた。5つの尺度からなる質問紙を作成した。これらの尺度は、コンピュータやビデオゲームの使用頻度、コンピュータに対する態度、コンピュータのイメージ、などである。質問対象は学部学生633名であった。コンピュータとしてのイメージで一番多かったのはプログラミング・モデルであり、ついでメイン・フレームまたはワードプロセッサー・モデルであった。分析の結果、コンピュータにたいする態度は、「親近感」と「難しそうだという感じ」という2つの因子を含み、パス解析の結果、コンピュータのイメージは「難しそうだという感じ」を規定し、過去におけるビデオゲームの使用は、間接的にであるが、両方の因子に影響することが分かった。(山田武志)最近の、コンピュータを使った数学の教授-学習過程に関する理論的考察を行なった。一般的考察のあとコンピュータ利用によるマニピュラティーブの特徴と役割を吟味した。このようなマニピュラティーブの特徴として相互作用機能の顕著さが明らかになった。この機能は子供にたいしコンピュータの有効な使用により「推論-証明」という問題解決活動の機械を提供し、また、数学的概念の多様な表現を準備すると思われる。現行の指導要領から、数学教育においてもコンピュータや電卓等の有効な活用が本格的に盛り込まれるようになった。もちろん数学教育においては、コンピュータの構造やプログラミング言語の理解がねらいでなく、それを一種の知的道具として活用しながら、数学的な概念や考え方の理解を図ることが意図されているといえる。従来、説明やシミュレーションといった形態で活用されがちであったコンピュータの新しい分野を開拓すべく、本研究では、コンピュータに基づく教具の特徴について、表記論的な立場から検討を加えた。その結果、多様な表現を同時に提示するというコンピュータの機能によって、表現間の翻訳が推進され、そのことがひいては数学的な意味の構成にも貢献することを指摘した。さらに、方法論的な視座から、コンピュータが「仮説-検証」型の問題解決的授業の構築に貢献することを指摘した。(カルステン、コッペン)オランダの教育界におけるニューメディアを使った色々な新しい試みを報告し、新しい試みについていけない教師の問題を指摘している。技術習得の速さは教師たちよりも児童・生徒の方が勝るので、教師たちはニューメディアにたいし恐怖さえ感じている。ここで提案として、教師のこの方面での技能開発と、一般社会におけるコンピュータの使用基盤の拡大を挙げている。(マンザ-ノ、二宮)オランダを含む数カ国のインターネットを中心とする新しい教育システムの活用の実情を、文献からのみならず直接訪問して得られた情報をもとに、比較教育学的立場から、考察を行なった。なかでも「国際教育及び情報源ネットワーク」(I*EAR)並びに「ヨーロッパ学校プロジェクト」(ESP)を検討対象とした。結論として、今や電子ハイウェイが教育刷新のイニシアティーブをとっている感を強くするとしている。(相原和邦)日本文学の研究者として、日本の文学作品(特に明治期の)にみられるヨーロッパ絵画との関係を探ることを通して、イメージを通した異文化との接触による作家(とくに夏目漱石)の内面的変化の過程を考察した。漱石が最も深い共感を示しているのはターナーで、その作風は、「草枕」、「文学論」等で言及されているほか、言語による女性描写のぼかし・幻化の手法に生かされている。本国際共同研究を機会に、今後の異文化理解に関する研究の手掛かりを得ることができた。
著者
松田 皎 萬 栄 劉 群 陳 大剛 侯 恩淮 高 清廉 東海 正 兼広 春之 佐藤 要 小野 征一郎 WAN Rong HOU Enhuai CHEN Dagang GAO Qing-lian 候 恩淮
出版者
東京水産大学
雑誌
国際学術研究
巻号頁・発行日
1994

世界でも有数の漁場である東シナ海・黄海は、日本・中国・韓国・北朝鮮などが国際漁場として戦前・戦後を通して利用してきたが、永年にわたる漁獲圧のため、現在は極めて厳しい資源状態になっている魚種は多い。これを元の豊かな漁場に戻すには、国際的な管理組織を築くことが緊急の課題である。その第一歩として、この海域を利用している主要国である日本と中国とが漁業の実態に関する情報交換・技術交流を進めることにより、その実態を認識することが必要である。本研究の3年間の集大成として、1996年11月青島海洋大学において開催した日中共同セミナーは、貴重な情報交換の場であった。まず、佐藤は「日本の以西底びき網漁船の歴史的変遷」と題して、戦後において東シナ海域における日本・中国・韓国3国の底びき網漁業の変遷を述べ、1975年以降、中韓2国と異なり日本の漁獲は急激に減少の一途を辿っている。これは日本漁船の賃金の高騰と円高による水産物輸入の増大によるものと考えられた。松田は「日本の以西底びき網漁業における主要魚種の資源状態と漁業管理における諸問題」について、イカ類、タチウオその他わずかな魚種以外は、ほとんど壊滅的な状態であること、早急に国際的管理体制にすべきとした。高は「日中両国漁船の発展趨勢」について、船形から日中の各種漁船の性能の比較を行った。陳は日中両国の海洋魚類の分布の比較研究」において、日中両国近海に出現する魚種は4351種329科に属し、その中3048種が中国近海に、3254種が日本近海に、両国共通種は1951種であることを明らかにした。陳はさらに付表として4351種の学名、中国名、日本名及び分布海域を記す表を作成した。侯は「中国漁政管理の特徴」において、これまで20年間の漁業の変遷をみると、漁船の増加、養殖業の発展が水質の汚染と伝統魚種の減少をもたらしたとしている。劉は「中国漁業40年の回顧」において、この40年間に何が中国の漁業の発展をもたらしたかを示した。小野は「日本の漁業管理-TACを中心として-」において、日本が昨年国連海洋法条約を批准したことにより、TAC制など今後両国の取るべき政策について論じた。東海は「多魚種漁業と投棄魚問題」で、底びき網漁業など、多魚種を同時に漁獲し、不要魚種その他を投棄する場合の生態系への影響を論じた。兼広は「日本の漁業資材の現状と動向」で、漁業行為によって廃棄された漁網類がゴ-ストフィッシング等資源に及ぼす影響について論じ、これを解決する方法として微生物により分解するバイオプラスチックを紹介した。資本主義体制下の日本と、解放政策が進展中とはいえ社会主義体制下の中国では漁業管理の方式が異なる。開放政策により、中国では従来からの国営漁業の他に大衆漁業が急激に増大した。それらは主として、小船によるもので、主として張網漁業を行っている。張網は比較的沿岸域に設置しておいて、潮流によって流れてくる魚を濾して獲る趣向の漁具である。問題は網目が非常に小さいため、小さな幼魚まで一網打尽にしてしまうことである。このような稚仔魚は普通商品にはならないのであるが、たまたまエビの養殖の餌として高価がつく。エビの方はもちろん日本市場へ輸出されることになる。このような情報があったため、今回の研究では、この事実を確認すべく努力したが、確証は得られなかった。一方、中国農業部水産局は、1995年からタチウオ資源の回復のため、一つの資源管理策を打ち出した。それは5月頃産卵したタチウオの幼魚を保護するため、7、8月の2ヶ月間、底曳網漁業を全国的に禁止し、さらに張網(定置網)も6〜9月のうち2ヶ月間を禁漁にするというものである。このことは、底曳網、張網でタチウオの幼魚が大量に捕獲されていることを政府も認めていることを示している。この政策が永年続くと、タチウオばかりでなく、他の資源にもよい結果が表われると思われる。今後の資源の動向を注意深く観察する必要がある。
著者
西田 ひろ子 西田 司 玉置 泰明 富沢 寿勇 根橋 玲子 SMITH Wendy A. SMITH Wendy SMITH Wendy. 石川 准
出版者
静岡県立大学
雑誌
国際学術研究
巻号頁・発行日
1996

1.フィリピンおよびマレーシア進出日系企業における対人コミュニケーション摩擦についての質問票調査において、フィリピンでは、18社524名(フィリピン人従業員448名、日本人従業員76名)、マレーシアでは、26社637名(マレーシア人従業員484名、日本人従業員153名)の協力を得た。2.現地従業員の日本人に対する、また日本人の現地従業員に対する「コミュニケーション上の困難度」についてのインタビュー調査を実施。フィリピンでは14社、日本人20名、フィリピン人42名、マレーシアでは15社、日本人22名、マレーシア人48名の協力を得た。3.上記(1)の本調査協力企業のうちフィリピンでは15社において、またマレーシアでは17社において労務管理の実態調査(質問票及びインタビュー)に対して協力を得た。4.マレーシア人と日本人の勤労倫理、労働観念比較調査を実施。マレーシア進出日系企業1社を事例研究対象として選び調査を実施した。5.マレーシア進出日系企業における参与観察。日本人とマレーシア人の間に生じているコミュニケーション上の問題点を文化人類学的視点から調査した。6.マレーシア人及びフィリピン人の退社後の交友関係についての質問票調査を実施した。7.フィリピン及びマレーシア進出日系企業における、日本人上司と現地従業員部下の間の対人湖謬ンケーション摩擦調査を実施した。特に日本人上司のリーダーシップが現地従業員に受け入れられているかどうかを調査した。
著者
長野 暹 谷 源洋 李 友申 劉 くん邦 王 かい寧 RAFEEYOHU Pi 水野 一郎 古賀 公治 KOKU Gennyou RYU Sinpo PYODASA Ratrayaka 陳 虹 劉 振邦 王 鼎吟 王 懐寧 桑原 幹夫 沈 韋高 陳 沙 王 懷寧 蔦川 正義
出版者
佐賀大学
雑誌
国際学術研究
巻号頁・発行日
1992

94年は香港、深、朱海、広州、三亜、海口、昆明を調査した。経済特別区の経済発展の現況と内陸部奥地調査して中国の経済改革の現況把握に努めた。香港では、97年の中国への返還をめぐる問題、香港資本の中国投資の様相などについて調べた。返還後も50年間は現況が維持されることが明確になったことから、海外に流出していた資本も香港に還流するようになっており、この資本が今中国への投資に廻っており、これによって中国南部地域の経済発展をもたらしていることが把握できた。深は最初ぼ経済特区として発展してきたとこであるので、工業開発区、証券会社を調査した。工業開発区には工場が立ち並び生産も盛んであった。証券会社では株価の変動が激しい折であったのでその対応に追われている社員の動きなどから中国での証券市場の展開ぶりが窺えた。海では開発区を調査した。まだ開発地の造成中の所がおおく、 と比べるとかなりの隔たりである。しかし国際空港も完成したことから、発展が見込まれている。広州では農村工業、先物取引会社を主に調査した。広州には最近香港や台湾等からの投資が増え、それによって生産活動が盛んになっている。2000人規模の従業員を擁する企業も農村に現れており、生産設備も整ってきている。華僑資本が中国に経済発展に大きく寄与していることが窺えた。先物取引会社はまだ数は多くない。それだけに注目される存在であるが、国際取引の経験も少ないことから多くの課題を抱えていることも知りえた。三亜は観光開発に力を入れており、ホテルの建設が進んでいる。台湾資本の進出もあることから、台湾からの観光客が多い。三亜-海口間に高速道路もできたあことから、中国本土からの観光客が見込まれている。海口は海南島の玄関口であることから、海南島が特別区に指定されてから人口も増え企業活動も盛んになってきている。信託投資会社の調査では、北米地域からの投資を得るための活動など国際的な活動がなされていることが窺えた。昆明では農村と農村工業を調査した。野菜・花を主に生産している村で、ハウス栽培により早期出荷にも力がらいれられており、花は香港、野菜は香港と日本に輸出されている。大きな冷凍倉庫も持ち輸出のための荷揃がなされている。ダンボウロ用紙を製造している農村の工場を調査した。原料はアメリカから輸入し、通国製の機械で製作している。この工場で得られた利益で村に病院や学校を建てている。農民の所得の殆どは工業からのものである。都市近郊農村の発展事例である。94年度の調査は経済特別区の現況解明から、内陸部との経済格差の問題の解決が大きな課題であることが窺えた。また広東省の経済発展は華僑資本の投資によるところが大きいが、これは多面では華僑資本の資本力に影響されることを示すものであり、重化学工業化の制約ともなりかねないことも窺われた。地域、階層の格差が広がっており、対処を要する課題も多いことも知りえた。中国の共同研究者は佐賀、福岡の工業を調査し、日本の生産技術、企業管理から多くのものを学びとられ、中国で役立てることを目指されている。
著者
長谷川 恒雄 LEVY Christi MARIOT Helen 細川 英雄 砂川 裕一 佐々木 倫子 RADKE Kurt W. COOK Haruko M. YUE Kwan Cheuk BEKES Andrej CHEUK Yue K LEVY Christ MARIOTT Hel STEINHOF Pa RADKE Kurt BEKES Andre KWAN Yue Che MARIOTT Hele STEINHOFF Pa RADKE Kurt W BEKCS Andrej
出版者
慶応義塾大学
雑誌
国際学術研究
巻号頁・発行日
1995

本研究に先行し、本研究組織中の長谷川、佐々木、砂川、細川の4名は平成4・5年度文部省科学研究費補助金(総合研究A)「外国人留学生のための『日本事情』教育のあり方についての基礎的調査研究」(課題番号04301098)を得て、国内の大学等高等機関における「日本事情」教育の教育状況を調査し、「日本事情」教育の向かうべき理論的方向を研究したが、本研究においてはその研究成果をさらに世界的視野に発展させ、世界の諸大学の「日本事情」教育について調査し、その結果をもとに、意見交換を行ないながら、「日本事情」教育の国際比較研究を行なった。その結果、「日本事情」という名称の特殊性、あるいは地域による教育方法の差異が明確になり、従来漠然と指摘されていたこと等が本調査研究によって確認されるとともに、今後の質的研究のための基礎が形成できた。今後はこうした研究をさらに深めるため、「日本事情」教育の内容についての理論・実践を具体的に検討することが必要となる。
著者
亀谷 きよし 亀谷 是 武部 隆 小池 恒男 辻井 博 稲本 志良 堀田 忠夫 KAKO Toshiyuki
出版者
京都大学
雑誌
国際学術研究
巻号頁・発行日
1986

日本の稲作経済・米政策における根本課題は、国民の主食である米を安価に安定的に供給し、日本の食糧安全保障と米の国内生産による国土と水の利用・保全、農業・農村の維持等環境的・社会的役割(外部経済)をいかにして効率的に確保するかである。世界の大米輸出国であるタイや米国等から日本の米市場の開放が強く要求され、国際的米政策・貿易摩擦が激しくなっているが、本研究はタイと米国の稲作農家、米生産・流通・輸出関連機関、大学・試験研究機関、米政策関連政府機関の現地調査に基づき、経営・流通・政策・土地利用と制度・労働・水利用と制度・技術と試験研究・金融の視点から日本との比較を十分に考慮しながら、総合的に国際比較し、上述の根本課題にアプロ-チした。下記の具体的研究成果が示すように、本研究によりまず、日本との比較の視点から、タイと米国の米経済・政策の総合的・国際比較的理解が深められた。そしてそれに基づいて上述根本課題がいかにして達成されるかがかなり明らかになった。また、本研究の研究成果は、この数年続いている上述の激しい国際米政策・貿易摩擦の、各国間の米経済・政策の相互理解の向上を通じた国際的協調による解決にも貢献すると考える。第1の研究成果は、英文と和文の最終報告書である。日本人およびタイと米国の研究分担者が、各人の研究テ-マに関して上述課題に接近し、論文を書いている。第2に、本研究成果を学界だけでなく、社会に還元する目的で下記の一般向けの書物を出版し、広く読まれている。亀谷きよし編著「アメリカ米産業の素顔」富民協会、昭和63年刊。なお同じ目的で、タイに関して「米輸出超大国タイの米産業の光と影」という書物を近く富民協会から出版する予定である。第3の成果しとては、各研究分担者がそれぞれに、本研究に参加して得られた知見を基に、英文や和文の論文を雑誌や書物等に発表し、また、日本、米国およびタイでにおける研究会でも報告している。第4の成果としては、タイと米国の現地調査で得られた、諸々の関連出版物・統計デ-タ等を京都大学農学部農業簿記研究施設で整理・保管し、各協同研究者および一般の研究者の利用に供している。
著者
石田 英実 星野 光雄 仲谷 英夫 国松 豊 中務 真人 沢田 順弘 ミィーブ リーキー 牧野内 猛 中野 良彦
出版者
京都大学
雑誌
国際学術研究
巻号頁・発行日
1995

人類起源の時と場所は長く謎に包まれていたが、人類学をはじめとして古生物学、分子生物学などにおける長足の進歩がその時と場を絞りこみ、中新世後期のアフリカがその最有力候補となっている。本調査の目的は、中新世ホミノイドの進化と人類起源の解明を意図している。具体的には、日本人研究者を中心とした本調査隊がこれまでに大量に発見しているケニアビテクス化石の産地、ナチョラ地域と、後期中新世ホミノイドであるサンブルピテクスの産出地、サンブル・ヒルズの両地域おける発掘調査を前年度に引き続いて行うことが中心であり、加えて連合王国、ベルギーの自然史博物館において化石解析のための比較資料の収集であった。今年度の調査、発掘の主な成果は、昨年と同様にナチョラ地域におけるホミノイド化石の発見と、サンブル・ヒルズでの長鼻類を含む哺乳動物化石の発見であった。ホミノイド発見の主な化石産地は、ナチョラ地域のBG-KおよびBG-13化石産地であった。前者からは昨年度に発見している同一個体に属する骨格標本に追加という形でさらに四肢・体幹骨化石が発見され、ケニアピテクスの体格復元上極めて貴重な化石標本となった。また、BG-K化石産地からは岩に埋もれた状態で下顎骨が発見され、その新鮮な咬合面からは詳細なマイクロウェアー観察が期待される。ケニアピテクス化石の解釈としては、ロコモーション様式は樹上四足歩行型、食性はマメ類や他の堅果が主体と推定される。系統的にはサンブルピテクスや現生の大型類人猿の共通祖先と考えられ、さらなる詳細は今後の発掘と分析にかかる。
著者
河合 雅雄 ベケレ A. ワンジー C. 大沢 秀行 宮藤 浩子 岩本 俊孝 庄武 孝義 森 明雄 WANZIE Chris S. BEKELE Afework
出版者
(財)日本モンキーセンター
雑誌
国際学術研究
巻号頁・発行日
1990

初年度は、エチオピア南部ワビシェベリ河流域で調査を行った。ワビシェベリ河に沿った地域でも雑種化が起こっている。雑種は、クラインをなしている。2種の境界域のマントヒヒ側では、はっきりした雑種(=両種が半々の雑種)域は狭いが、低い雑種化の程度で、広範囲に雑種化が起きている。それは、オトナのアヌビスヒヒ、あるいはアヌビスヒヒに近い雑種ヒヒが、ソリタリ-として非常に遠くまで移動しているためである。以上、アヌビスヒヒが、マントヒヒのオスのワン・メイル・ユニットを越えて、交雑するのは、困難だが、不可能ではないようだ。バレ地方のマントヒヒは、これまでのどの報告よりも高度の高い乾燥地帯(2400m)に生息しており、その高度はゲラダヒヒの生息域である。マントヒヒのアクティヴィティや食性を調べ、社会的適応過程に対する基礎的資料を得た。彼らは低地川辺林に棲む他のマントヒヒに比べ、遊動に長時間を費やしている。これは、高度が高く果実のなる木が少ないためで、それを求める移動である。これ以上の移動時間の増加は、社会行動を犠牲にすることであり、その意味でこの地は、彼らの社会の維持の限界である。今後、彼らの系統、生息環境への適応過程、あるいは、同所的に棲むゲラダヒヒとの棲み分けの問題を検討する上で、貴重な観察結果である。マントヒヒの群れの動きは、大きなまとまったグル-プを作って広範な地域を移動しており、ユニット単位に分解して、別々の地域へ出現することは非常に少なかった。しかし、一つの地域内で見れば、崖の下側、あるいは、崖の中腹での群れの広がりには、ワン・メイル・ユニットを含め、いろいろなサイズのグル-プの下部単位を見ることができた。さらに、マントヒヒの群れでの音声の分析から、社会構造を調べ、複雑な重層社会の様相を明らかにしつつある。平成3年度は、エチオピア南部の治安が悪く、調査が困難だった。そのため、マントヒヒと同じく重層社会をつくるゲラダヒヒをエチオピア北部で調査した。これは、我々が、エチオピア南部で発見したゲラダヒヒの新しいポピュレ-ションと北部のポピュレ-ションの比較するための基礎資料を得ることを目的としている。アジスアベバの北140kmの高地平原の東の端アボリアゲル村の崖に棲むゲラダヒヒの群れ(ショワ州)を調査した。群れは、1カ月半かけて人付けし、個体から5mの距離で観察できるようになった。158頭からなる群れで、これまで調べられたセミエン国立公園と較べ、オトナのオスの割合が著しく低かった。そのためワン・メイル・ユニット当たりのオトナのメスは、8頭程度で、これまでの2倍だった。これまでの観察とは異なり雄グル-プには、オトナのオスが含まれず、ワン・メイル・ユニットには、セカンド・オスもいなかった。さらに、1つのユニットは、オトナのオスを含まず、メスとこどもたちだけで構成され、オスなしユニットとして持続した。以上から、グラダヒヒのワン・メイル・ユニットを成立させている機構のうち、オス間の競合を取り去った場合を検討でき、その条件下での群れの社会構造の特徴を検討した。庄武孝義は、これまで血液サンプルが全く得られていなかった、アジスアベバの北800kmセミエン国立公園で、グラダヒヒの捕獲を行った。53頭の捕獲を行ったが、そのうち、43頭の血液サンプルを得ることができた。血液サンプルは、直ちにアジスアベバ大学の生物学教室に運び、赤血球、白血球、血漿に分離し、-20度Cで帰国時まで保存した後、凍結状態で日本に持ち帰った。ショワ州のゲラダヒヒとセミエンのものとは亜種が違うとされるが、今回得られたサンプルと、以前ショワ州のフィッチェで庄武が得た血液タンパク質の遺伝的変異の結果とを比較することで、ゲラダヒヒの地域集団の遺伝学的違いを検討する。大沢秀行は、カメル-ン国、サハラ南縁地域で、パタスモンキ-の社会行動、繁殖行動の研究を行った。群れ外オスによる盗み交尾およびその直後に加えられるハレム・オスによる精子混入、それに対する盗み交尾オスによる妨害など、繁殖をめぐるオス間の競争の実態を見た。以上、乾燥地帯でのワン・メイル・ユニット成立の基盤を明らかにした。
著者
坂井 進一郎 PANG Peter K STOCKIGT Joa PONGLUX Dhav TONGROCH Pav 北島 満里子 堀江 俊治 高山 廣光 矢野 眞吾 渡辺 裕司 渡辺 和夫 相見 則郎 KTPANG Peter JOACHIM Stoc DHAVADEE Pon PAVICH Tongr JOACHIM Sto PETER KT Pa DHAVADEE Po PAVICH Tong PETER KT Pan 池上 文雄
出版者
千葉大学
雑誌
国際学術研究
巻号頁・発行日
1994

アカネ科植物ミトラガイナ・スペシオ-サ(Mitragyna speciosa)葉部は、タイ国内では"Kratom"、マレーシア国内では"Biak Biak"と呼ばれる伝承民間薬であり、麻薬様作用:中枢神経抑制効果(阿片様作用)と中枢神経興奮効果(コカイン様作用)及び止瀉作用が知られていた。本植物に含まれる有効成分に焦点を当てて、日本、タイ、ドイツ、カナダの研究者がそれぞれの専門領域の研究分野で協力することにより、化学と薬理の両面からの究明研究を行なった。化学面では、タイ産植物葉部の詳細な成分検索を行ない、主塩基Mitragynineと共に新化合物を含む数種の微量塩基を単離構造決定した。更に、主塩基Mitragynineの集約的ルートによる不斉全合成法を開拓することができた。また、Mitragynineの菌代謝産物として報告されたプソイドインドキシル体やMitragynineオキシインドールも化学変換により合成し、これらの立体化学を明らかにすると共に、薬理活性評価用検体として供した。更に、マレーシア産Mitragyna speciosa葉部のアルカロイドについても化学的研究を行い、新規化合物の単離と共にピリドン型ミトラガイナアルカロイドの基本骨格合成を達成することができた。一方、薬理面での成果としては以下の点があげられる。主成分Mitragynineの中枢作用について検討を行い、Mitragynineに強力な鎮痛作用を見い出した。さらに末梢作用として、平滑筋収縮抑制作用を見い出した。輸精管標本を用いた検討から、末梢作用の作用機序としてMitragynineが神経の節後線維に作用し、神経伝達物質の放出を抑制することが考えられた。神経由来細胞を用い、パッチクランプ、蛍光色素法などを駆使して解析した結果、Mitragynineの神経伝達物質遊離抑制作用には神経のT型およびL型Caチャネル遮断作用が関与していると推定した。また、モルモット回腸標本に用いた検討から、Mitragynineはオピオイド作用も有していることが判明した。その効力はMorphineの1/6であった。Mitragynineの微生物代謝物Pseudoindoxyl体にもオピオイド作用が認められ、その効力はMorphineの約20倍強力であった。そこで、これらの化合物についてオピオイド受容体結合実験を行い、両アルカロイドは特にμ受容体に親和性が高いことを見い出した。これらのMitragynineの末梢作用はその鎮痛作用機序に関連していると考えられる。Mitragynineの構造に類似する釣藤鈎アルカロイドおよび母核のIndoloqunolitidine誘導体を用いて、オピオイド作用の構造活性相関的検討を行った。該結果、Mitragynineの9位メトキシル基が作用発現に必須であることが明らかとなった。また、そのメトキシル基と4位の窒素の位置関係が効力を左右していると推察した。また、Mitragynineの中枢作用に関する研究で以下の成果を得た。脳内5-HT2A受容体作動薬をマウスに投与すると"首振り行動"が発現する。本行動に対するMitragynineの影響を検討した結果、Mitragynineは用量依存的な抑制効果を示した。Mitragynineの抑制作用はNoradrenaline枯渇薬及び5-HT枯渇薬の影響を受けず,α2受容体拮抗薬で解除されたことから、Mitragynineがシナプス後膜α2受容体刺激作用または5-HT2A受容体遮断作用を有することが示唆された。Mitragynineをマウスに腹腔内あるいは脳室内投与(i.c.v.)すると顕著な鎮痛作用が認められた。i.c.v.投与したMitragynineの鎮痛作用はオピオイド拮抗薬Naloxone(i.c.v.),α2受容体拮抗薬および5-HT受容体拮抗薬(i.c.v.,orくも膜下腔内投与)で抑制された。従って1)Mitragynine自身が脳内で作用して鎮痛作用を発現しうること,および2)この鎮痛作用に上位オピオイド受容体及び下降性モノアミン神経系が関与することが推察された。この様に、ミトラガイナアルカロイドに種々の特異的かつ有効な薬理活性が見出された。これらアルカロイドは今後、医薬品の開発、薬理作用機序の観点から興味深い素材と考えられる。上記研究と平行して、タイ産Uncaria,Nauclea,Hunteria、及びVemonia属植物の化学的検索及び薬理学的評価も実施した。
著者
坂口 孝司 中島 暉 鶴田 猛彦
出版者
宮崎医科大学
雑誌
国際学術研究
巻号頁・発行日
1993

世界的にエネルギー資源の枯渇が予想される現在,ウラン,トリウム等の未利用核燃料資源の開発利用は,われわれ人類に課せられた重要な研究課題である。一方,核燃料の採鉱,製精錬,加工に伴って排出されるウラン等の放射性核種による自然環境の汚染は,人間の生存に大きな脅威を与えている。申請者は,ここ十数年来,ウランの生体濃縮について総合的解析を行い,放射菌,糸状菌などの微生物が優れたウラン濃縮能を持っていることを見出した。これらの微生物の中には,キレート樹脂に匹敵するか,それ以上の濃縮能を持っているものが存在する。本調査研究では,これらの知見をもとにして,世界の主要ウラン生産国であるアメリカ,カナダのウラン鉱山地域,及び,温泉,砂漠,湿地などの特殊環境地域に分布している高性能ウラン濃縮菌を広く検索し,これらの微生物を利用するウランのバイオプロセッシングについて総合的に解析し,未利用ウラン資源の総合開発を図ることを目的とする。以上の目的を遂行するため,平成5〜7年度にかけて,カナダ,米国のタイプの違ったウラン鉱床帯,及び,温泉,砂漠,湿地などの特殊環境地域に棲息している微生物について,そのウラン濃縮能を解析した。800種以上の分離菌について,ウラン濃縮能のスクリーニングテストを行った結果,これらの微生物のなかには,ウラン濃縮能の低い菌種から高い菌種まで,幅広く分布していることがわかった。カナダ,米国のウラン鉱床地域で分離した数百種の微生物から,Arthro-bacter属,Bacillus属に属する細菌も含めて、高性能ウラン濃縮菌数種を分離することができた。これらの高性能ウラン濃縮菌の1種,Arthrobactersp.は,極めて優れたウラン濃縮能を持っており,菌体1g当りに,600mgにも及ぶ多量のウランを濃縮することができる。この菌のウラン濃縮容量は,5mEg/gを示し,このウラン濃縮能は,実に,市販キレート樹脂の2倍にも達する。北アメリカのウラン鉱床で新たに発見したArthrobacter sp.は,極めて優れたウラン濃縮能を持っているが,該菌のウラン取り込みが細胞のどの部分で行われるかを,高性能ウラン濃縮菌の1種であるBacillus subtilisと対比しながら,電子顕微鏡で解析してみた。その結果,Bacillus subtilisにおいては,ウラン細胞の表面に濃縮されているが,これと対照的に,Arthrobacter sp.では,ウランは細胞内部に強く濃縮されていることが明らかになった。また,Arthrobacter sp.は,ウランのみならず,トリウムに対しても優れた濃縮能を示す。15mgの該菌体は,4×10^<-5>Mトリカム溶液(pH3.5)100mlから,定量的にトリウムを濃縮することができる。また,該菌(15mg)は,ウランとトリカムの等モル混合溶液(各イオン4×10^<-5>M,pH3.5)100mlから,40%のウラン,100%のトリウムを,それぞれ濃縮することができる。このように,該菌は,pH3.5では,ウランよりもトリウムに対して高い選択濃縮能を示す。また一方、Arthrobacter sp.菌体を,ポリアクリルアミドゲルで包括固定した菌体も,ウランをよく吸着することができる。固定化菌体に吸着されたウランは,0.1M炭酸ナトリウム溶液で,容易に脱着することができるので,この溶液を脱着剤として,ウランの吸脱着操作を繰り返し行うことができる。吸脱着を数回繰り返しても,固定化菌体のウラン吸着能は劣化しない。北アメリカのウラン鉱床地帯で新たに発見したArthrobacter sp.Bacillus sp.などの細菌は,ウラン,トリウムなどの核燃料元素に対して極めて高い濃縮能を示すが,これらの菌体を利用して,ウラン精錬廃水などの含核燃料廃水から,ウランなどの核種を,極めて効率的に回収することができた.以上のように,本研究で分離したArthrobacter sp.などの微生物は,キレート樹脂の2倍以上のウラン濃縮能を持っている。該菌のウラン吸着特性を種々の角度から詳しく解析した結果,これらの高性能ウラン濃縮菌は,ウランの採鉱,製錬,加工などのバイオプロセッシングに適用できることが実証された。
著者
熊本 裕 LIVSHITS V.A DESYATOVSKAY ヴォロビョー ウ 吉田 豊 VOROBYOVAーDE VOROBYOVAーDE
出版者
東京大学
雑誌
国際学術研究
巻号頁・発行日
1993

「日本・ロシア共同による中央アジア出土イラン語文書の研究」は、1980年代末のペレストロイカによるロシアの急速な政治的・文化的自由化の進行という情勢に基づいて計画された。旧ソ連体制下で日本の研究者にほとんど実見の機会が与えられていなかった、レニングラード(のちサンクトペテルブルグ)の科学アカデミー東洋学研究所所蔵の中央アジア出土写本の豊富なコレクションを実地調査すると共に、同じく国外への旅行が厳しく制限されていたロシアの研究者を日本に招聘して、中央アジアを専門領域とする日本の言語学・歴史学・宗教学者と交流を図り、また量的にははるかに少ないが貴重な遺物を蔵する大谷蒐集品(龍谷大学蔵)を比較調査してもらう、という双方にとって極めて有益な活動を実現することを目的とした。1991年に予備調査で当時のLeningradに赴いた熊本(研究代表者)は、ロシア側のVorobyova-Desyatovskaya及びLivshitsと協議の結果、大筋の計画に合意し、3年計画の科学研究費国際共同研究を申請して、これが承認された。計画初年度の1993/94年は、熊本(研究代表者)と吉田(研究分担者)が、ペテルブルグの東洋学研究所で調査を行ない、Vorobyova-Desyatovskaya(研究分担者)が来日して、東京と神戸で在ロシアの中央アジア出土写本について4回の講演を行うとともに、京都の龍谷大学で大谷探検隊蒐集の写本の調査を行なった。計画2年目の1994/95年は、熊本と吉田が再びペテルブルグを訪れて前年度の調査を続行し、Livshits(研究分担者)を日本に招聘すべく準備を整えたが、不幸にして来日直前にLivshitsの入院という事態により年度内の来日は不可能となり、代わりに吉田が年度末に3度目のペテルブルグ訪問を行なうこととなった。計画3年目の1995/96年は、前年度に来日できなかったLivshitsとVorobyova-Desyatovskayaの2人を招聘する予定で準備を行なったが、Vorobyova-Desyatovskayaの来日はビザ申請手続上の問題から、当初の予定の10月から2月に延期され、またLivshitsの来日も、すべての準備が整った出発直前の段階で急病のため中止となった。その代わりに熊本が、1月に3回目のロシア訪問をして、最後の調査を行なうことが出来た。ペテ
著者
有地 亨 三島 とみ子 緒方 直人 南方 暁 清山 洋子 生野 正剛 大原 長和 金山 直樹 久塚 純一 小野 義美 川田 昇 丸山 茂 松川 正毅 河内 宏 二宮 孝富 伊藤 昌司 UEKI Tomiko MISHIMA Tomi HISATSHUKA Junichi
出版者
九州大学
雑誌
国際学術研究
巻号頁・発行日
1989

われわれは、1990年秋と91年秋の2度に分けて、第1年目には英国第2年目には仏国および独国において、離婚、児童福祉、老人の3領域における各種相談・援助機関に関する実態調査を行なった。離婚の領域では、英国において、公私2つの研究機関と12の各種相談・援助機関のスタッフに対する面接調査を行い、質問票配布の方法による補足的調査をも行った。仏国では3つの公的機関と22の民間機関のスタッフならびに7人の研究者との面接調査を行い、同様の補足調査を併用した。独国では、民間機関である結婚生活相談所スタッフを調査対象に選んだ。英国では、離婚問題を抱えた当事者への相談・援助活動は、民間機関中心に行われており、夫婦関係の和合調整より、クリ-ン・ブレイクを目指す傾向が顕著であったが、仏国でも民間機関が中心であって、その活動にも同様の傾向が見られ、ここでの合意形成援助活動を司法手続の前段階として制度化する動きも確認できる。独国の上記相談機関は、法的問題と心理的問題を区別し、活動分野を後者に限定しているのが特徴であり、これが独国の一般的傾向を代表する。児童福祉の領域では、英国の公的機関13と民間機関4、仏国の政府機関をはじめとする公的機関8および民間機関11の、それぞれのスタッフと面接調査し、独国においては民間機関1および少年係検事1人を対象に調査した。英仏両国ともに民間機関に活動が顕著であり、各個に特色ある諸機関がその特色を活かしてキメ細かな援助を行なっていることが分かったが、特に、英国においては、公的機関と民間機関との連携が良く、総合的機関の確立も追求されている。独国でも、民間の青少年援助機関が、広義の社会的不適応者に対する社会化のための援助を行っているのが注目される。老人の領域では、英国では、研究者3、地方行政における福祉担当官や公的機関のスタッフや民間の営利・非営利の老人施設のスタッフに面接調査した他に、施設利用者15人に対しても面接調査し、さらに、質問票による補足調査からも多くの情報を得た。同様に、仏国でも高齡者施策に関与する諸機関を訪問してスタッフの面接調査をした(30件)後、福祉諸施設の現場を訪問した。独国では民間の老人ホ-ム経営体を訪問したにとどまる。この領域でも、英仏両国では、やはり民間機関が高齡者個々のニ-ドに応じた多様な援助を広範に提供しており、公的機関の役割はむしろ限定的であるが、両者の連携が重視されている。仏国でも、民間機関による援助が、質・量ともに顕著である。英国では、高齡者は総じて家族とは独立した生活を送っており、相談・援助は、家族との人間関係調整よりも実際的(経済的)援助中心であるが、仏国では、高齡者の自己決定の尊重を眼目としつつ、家族による精神的サポ-トのための民間機関の活動も重視されている。独国調査でも家族によるサポ-トのための民間機関の活動が重視されている。総じて、これらの海外調査の結果は、日本調査の結論としての「家族問題総合センタ-」の構想において、ともすれば公的機関中心に考える日本的発想への反省を迫るものがある。つまり、今回われわれが調査した国々では、家族問題への公的機関の関与は抑制的であり、その役割は財政的支援の範囲に限定されているようである。主導的な役割は、むしろ多様な民間機関が果たしているが、それを可能にしている背景には、その活動の担い手であるソ-シャル・ワ-カ-の専門性の高さとその社会的認知が存在することを見失ってはならない。多様な機関に所属しつつも、活動の担い手相互間には専門性という共通項があって、それが、わが国には見られないような機関相互間の良好な連携を生み出しているという点も、特記すべきことである。
著者
小松 賢志 DOMINIQUE Sm CORRY Weemae 田内 広 松浦 伸也 WEEMAES Corry SMEETS Dominique SMEETS Domin WEEMAES Corr 遠藤 暁
出版者
広島大学
雑誌
国際学術研究
巻号頁・発行日
1996

ナイミ-ヘン染色体不安定症候群(Nijmegen Breakage Syndrome:NBS)は、小頭症、鳥様顔貌、免疫不全および高発癌性を特徴とする染色体不安定症候群である。細胞学的には放射線高感受性と染色体不安定性など毛細血管拡張性運動失調症ATと類似した所見を示す。NBSの原因染色体を同定するため、我々は各種ヒト染色体ならびに放射線照射により断片化した染色体のNBS細胞への微小核移入を試みた。この結果、8q21-24の領域だけがNBS細胞の放射線感受性を回復させることからNBS遺伝子を同領域にマッピングした。続いて、近親婚のオランダ人家系を用いたホモ接合体マッピングでNBS遺伝子を8q21の7cMの領域にさらに限局した。同様に、NBSの3家系と5例の患者でハプロタイプ解析を行った結果、D8S271からD8S270までのlcM以内の領域に1例を除く8例すべての患者で遺伝子型が一致し、NBSの連鎖不平衡が示唆された。このことは、NBSには創始者効果が存在し、NBS原因遺伝子はD8S1811の近傍に位置すると考えられた。現在、この結果を機能的相補性により確認するために、候補領域からスクリーニングされたYACおよびBAC DNAの移入によるNBS細胞の放射線感受性回復試験を行っている。またNBS遺伝子のクローニングを目的として、D8Sl811マーカーを中心とした約500kbの領域の遺伝子地図の作製を進めており、いくつかの既知および未知のcDNAクローンを単離している。一方、ATMおよびNBS遺伝子機能の1つとしてDNA損傷によるp53を介した細胞内シグナル伝達経路が示唆されている。放射線照射後の細胞内p53およびp21をウェスタンブロットで測定した結果、NBSとAT細胞のp53ならびにp21発現が正常細胞に比較して低下していることが明らかとなった。しかし、NBS細胞ではAT細胞にみられるp53発現時期の遅れはなく、発現低下量もAT細胞と異なっていた。このことはNBS原因遺伝子とATMとの厳密な機能の違いを示唆された。
著者
田島 和雄 MUNOZ Ivan NUNES Lautar CARTIER Luis 宝来 聡 渡辺 英伸 園田 俊郎 CARTIER Lui
出版者
愛知県がんセンター
雑誌
国際学術研究
巻号頁・発行日
1995

アンデス先住民族(コロンビア南部からチリ北部に居住)には南西日本に多いヒト白血病ウイルス(HTLV-I)感染者が高頻度(5〜10%)に出現し、しかも彼らは南西日本人と類似したHLA遺伝子を有しており、両者の遺伝学的背景やがん罹患分布には類似性が見られ、両者の民族疫学的関連性について興味が持たれている。また、ペル-南部やチリ北部の砂漠地帯には現在でも数千体のミイラが比較的好条件で残存している。これら先住民族のミイラを保存しているサンミグエル博物館(チリ第1州のアリカ市)、サンペドロ博物館(チリ第2州)、イロ博物館(ペル-南部)の考古学者らの協力を得てミイラ150個体(アリカ市96体、サンペドロ市42体、イロ市12体)から組織(骨、および骨髄)を採取した。これらのミイラはC^<14>の判定により約8000年から500年前に住んでいた先住民族のものとされている。これらの検体を日本に持ち帰り、遺伝子のDNA断片の増幅方法(PCA法)により核の白血球抗原(HLA)とベータグロビンの遺伝子のDNA断片、およびミトコンドリアDNAの抽出を試みた。さらに、南太平洋地域のポリネシア人が定着してきたイ-スター島(チリ共和国所属)を訪問し、同島の先住民族であるラパヌイから132個体粉の血液(各30cc)を採取し、日本に持ち帰ってリンパ球と血漿を分離し、リンパ球の核からは各種遺伝子のDNAを検索し、血漿を用いてHTLV-Iの抗体を検索した。イ-スター島の132人のHTLV-I抗体を検索した結果、1人のHTLV-I感染者(58歳の女、抗体価はPA法により256倍、WB法によりp28、p24、p19、GD21などが陽性)を発見した。彼女はリンパ球の核DNAの特性から、パプアニューギニアの先住民に由来するものではなく、むしろアンデス先住民族に由来することが判明した。次に、アフカの73検体とサンペドロアタカマの14検体のミイラのDNA検索の結果、3検体からHLA-DRDQ遺伝子のDNA断片、4検体からβグロビン遺伝子のDNA断片、3検体からHTLV-IのプロウイルスDNAのpX遺伝子の断片がそれぞれ検出された。現在はそれらの抽出された遺伝子の塩基配列を同定中である。一方、ミトコンドリアのDNAについてはD-loop領域の遺伝子の検索が、チリ北部の3先住民族(アイマラ族、アタカマ族、ケチュア族)の110個体、およびアリカとサンペドロアタカマのミイラ46個体(32個体と14個体)について終了した。その中で最も古いミイラは約8000年前のチンチョロ族と言われており、新しいものでは500年前のインカ族が含まれている。それらの遺伝子の塩基配列の同定により各グループのミイラの遺伝学的特徴が明らかになってきた。その結果、言語学的に全く異なるアイマラ族とケチュア族との間には遺伝学的に差が見られなかった。また、ミイラ集団のミトコンドリアDNAにも現存の南米先住民族にみられる4つのクラスターが現れ、その分布特性は現先住民族とやや異なることも明らかになった。これらの遺伝学的な分析結果がさらに進めていくとモンゴロイド集団である南米先住民族と日本人を含むアジア民族の遺伝学的関連性、現存の先住民族とミイラとの人類学的つながり、さらに各時代のミイラ集団におけるDNA特性の経時間的変動、などが明らかになってくる。また、それらの結果と従来から得られている考古学的、人類学的情報とを総合的に比較検討していくことにより、南米モンゴロイドの移動史をより深く探っていくことも可能となる。今後も南米アンデス地域における同様の研究を進展させるため約2年の期間を設定し、すでに採取された検体の遺伝子解析、および新しく発掘されたミイラの検体採取につとめ、それらのDNA特性を明らかにしていきながら、アンデス先住民族と日本民族のDNAの比較研究により、民族疫学的、免疫遺伝学的、人類学的、考古学的に有用となる両者のDNA情報を構築していく。
著者
森口 恒一 笠原 政治 山田 幸宏
出版者
静岡大学
雑誌
国際学術研究
巻号頁・発行日
1996

研究期間の前半の1996、97年度は、現地調査を中心に行い、1998年度は3年間のとりまとめの年のために基本的には調査報告書作成にあてた。この期間中に、森口は、フィリピン共和国のカガヤン州バブヤン島のバブヤン語、バタネス州バタン島のイヴァタン語、イトバヤット島のイトバヤット語、サブタン島のイヴァタン語イサモロン方言、台湾の南投縣仁愛郷のブヌン語の言語学的現地調査を、山田は、バタネス州イトバヤット島のイトバヤット語の現地調査を、笠原は、台湾の嘉義縣のツォウ族、屏東縣のルカイ族、台東縣のプュマ族の人類学的調査を行った。森口は、基本的には民話、伝説、お伽話のテキストを録音、記述し、翻訳、文法的分析を行った。また、山田は、ことわざ、迷信、言い伝え、格言等の記述、翻訳及び分析を行った。笠原は、ルカイ族の系譜をもとにこの部族の中での支配者階級(貴族)への身分の変化を分析した。一方、ツォウ族では、外部のブヌン族のツォウ族への同化の現象を発見し分析を行った。論文としては、'96,'97年の調査で森口が発見したバタネス州サブタン島の漁師ことばと台湾のヤミ族のことばとの関係を「「ヤミ族とは何処の部族なる乎」-フィリピン側の資料に基づいたヤミ族」(『台湾原住民研究』第3号pp.79-108)にまとめ、笠原は、ルカイ族の聞き書き資料と台湾領有の時代の古い資料の対照を行い「伊能嘉矩の時代-台湾原住民初期研究史への測鉛」(『台湾原住民研究』第3号pp.54-78)にまとめた。森口、山田、笠原3名は、1996、97、98年度の海外調査の報告書としてNarratives,Beliefs and Genealogies.(Shizuoka University)を出版した。その内容としては、3年間の調査をもとに森口は、イバタン語の伝説・民話集を、山田は、イトバヤット語の迷信・タブーを、笠原は、ルカイ族の系譜に関する論文、資料集を作成した。