著者
伊藤 冬樹
出版者
九州大学
雑誌
若手研究(B)
巻号頁・発行日
2006

本研究課題では,複数の分子を組み合わせることで形成される組織化分子配列系で進行するエネル1ギー・電子移動反応などの励起ダイナミクスについて時間・空間分解分光法を用い,時間発展と空間分布の階層性を明らかにすることを目的とする.組織化された分子配列系として光捕集能や光導電機能をもつ分子をDNAにインターカレートした機能組織体を対象とする.前年度のアクリジンオレンジーDNA薄膜における時間分解蛍光測定,蛍光異方性減衰の測定から,DNAにインターカレートして形成される分子配列系において高効率な励起エネルギー移動が生じていることを明らかにした.本年度は,この結果に基づき,DNA鎖上にカチオン性ポルフィリン(TMPyP)とシアニン系近赤外蛍光色素(DTrCI)を吸着させた系における励起エネルギー移動を観測し,これを利用した近赤外蛍光増強について検討した.TMPyPとDTTCIを混合したDNA緩衝溶液中ではTMPyPの濃度が増加するにつれて,DTTCIの蛍光強度はTMPyP非存在下の最大86倍程度増加した.このエネルギー移動過程のタイナミクスを検討するために,時間分解蛍光測定を行った.TMPyPの蛍光強度は2成分指数関数で減衰した.一方DTTCIの蛍光強度は立ち上がりと減衰の2成分指数関数で再現された.立ち上がり成分はTMPyPの早い減衰成分と一致したことからエネルギー移動によってDTrCIの励起状態が生成したことを示している.また,本研究課題により得られた知見に基づき,高分子薄膜中に形成された色素分子集合体の集台体サイズとその励起状態ダイナミクスに関する研究へと発展させることができた.
著者
林 雅弘 松本 竜一 吉松 隆夫 田中 悟広 清水 昌
出版者
公益社団法人日本水産学会
雑誌
日本水産学会誌 (ISSN:00215392)
巻号頁・発行日
vol.68, no.5, pp.674-678, 2002-09-15
参考文献数
21
被引用文献数
10 9

フィルター法によって全国各地の海水等からドコサヘキサエン酸(DHA)高蓄積性ラビリンチュラ類の分離を試み,12株の分離株を得た。各分離株の脂質含量,脂肪酸組成を分析したところ,脂質含量は乾燥細胞中13.7-23.0%,総脂肪酸中のDHA含量は21.5-55.4%であった。これら分離株を生物餌料用栄養強化飼料として利用するため,水中分散性と生物餌料への給餌試験を行ったところ,多くの株が水中で凝集性を示し,ワムシやアルテミアの斃死が認められた。しかし,分離株のうちKY-1株については高いDHA蓄積性を示し,水中分散性も良好であった。さらにKY-1細胞中のDHAはワムシ・アルテミアに短時間で移行することが確認され,生物餌料用栄養強化飼料として好適な性質を備えていることが示された。
著者
石川 征靖 武田 直也
出版者
東京大学
雑誌
重点領域研究
巻号頁・発行日
1994

私達は国内の4大学4研究室(電通大、京大、東大教養、明治学院大)から提供された有機化合物試料における強磁性の発現を希釈冷凍機中で交流磁化率やM-H磁化曲線を測定して調べた。その結果、芳香族メチレンアミノ基をもつTEMPOラジカルをはじめとする7個の異なった化合物において0.07〜0.5Kの温度領域で強磁性転移を確認した。それぞれのグループの化合物は構造をはじめ全く異なった性質の物質であることを考えると、本研究で調べたような温度領域では有機強磁性の発現は相互作用は小さいながらもかなり普遍的な現象であることがわかった。どのような条件下で(どのようなラジカルで、どのような構造で)強磁性が発現し、その転移温度が高められるかを系統的に調べることが今後の課題で、TEMPOラジカルに関して結晶構造と強磁性の発現の相関についての研究を開始した。。また一方で、早大理工の研究室と強磁性ポリマーの探索に関する共同研究を開始した。本年度の研究成果は3篇発表済み、2篇投稿中である。
著者
大木 文子 池田 由紀江
出版者
日本特殊教育学会
雑誌
特殊教育学研究 (ISSN:03873374)
巻号頁・発行日
vol.23, no.1, pp.26-35, 1985-06-30
被引用文献数
1

2語発話初期の精神発達遅滞児の統辞的2語発話を統辞意味論的に分析することによりその初期文法の解明を試みた。2語発話初期の精神発達遅滞児8名,及び同様の表出言語年齢の普通児3名について、4ヶ月間その発話を分析した。収集された発話のうち2語発話動詞述語文のみについて、統辞意味論的構造分析を施した。その結果、普通児は、"だれだれがどうする"の意味関係を示す2語発話を早期から獲得し、その使用も集中していたのに対し、精神発達遅滞児は、このような傾向があらわれず、"-がある"や"-をどうする"などの発話が比較的一定して使用されていることが示された。これより、普通児は、人の行為を早期から集中して表現するのに対し、精神発達遅滞児は、人以外のものについての表現が多く、行為や、人そのものに対する抽象化に困難を示すことが推察された。これより、普通児の言語発達との質的な差異が示唆された。
著者
吉田 裕久 大槻 和夫 植山 俊宏 三浦 和尚 位藤 紀美子 山元 隆春 牧戸 章 吉田 裕久
出版者
広島大学
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
1997

本研究では、3年間にわたって、説明的文章・文学作品・文章表現・音声表現の四つの領域班に分かれて、それぞれ予備調査・本研究を実施しつつ「国語能力の発達」に関する実証的な研究を進め、国語科教育改善への糸口を見出そうとした。本研究で得られた各領域班の研究から導かれた知見を一言で集約することはむずかしい。が、得られた成果を仮に集約してみると、次のようなことを言うことができる。1音声表現領域班が追究した対話能力の研究なかでの、「共同案」を組替えながら話し合いを行っていくことのできる力と、文学作品領域班の調査で得られた小・中学生の「続き物語」のなかに見られた、参加者的スタンスと観察者的スタンスをバランスよく選択していくことのできる力は、どこかでつながりあっているのではないだろうか。これは、文集表現領域班における調査結果についてもあてはまることである。さらに、説明的文章領域班の考察のなかで明らかになった、小学校6年以降の「メタ認知能力」の伸長の問題とも、これはリンクすると言えるのではないだろうか。2.対象や他者に同化・一体化していくということが可能になるかどうかというところに、少なくとも学童期初期の国語能力の発達の「峠」のようなものがあるように思われる。その同化・一体化が果たされた後、再び自己はことばを媒介としながら対象や他者とは異なる、自らの内部の何かを捉えることになる。それを意識しうるか否か、表現しうるか否か、ということがその次の「峠」なり「節目」なりになる。3.このような営みのなかで、その主体が関心を差し向ける「焦点」は移り動き、関心の幅と深さのようなものが、少しずつ少しずつその域を広げていくのではないか。対象や他者に同化・一体化しようとしたときとは異なった意味で、対象や他者をより広いパースペクティヴで捉えることができ、それを理解したり、その理解のもようを報告できるかどうかということが、その次の「節目」となるように思われる。4.対象や他者の包括的な理解と平行して、自己の内部の拡張もおこなわれるはずである。対象や他者の認識が構造化され、さらに自己の内部で追い育った独自な世界を、対象や他者に匹敵するものとして構築することができるか否かということが、おそらくその次にくる発達上の問題である。5.この科研の各領域班の調査研究で、とくに小学校高学年から中学生にかけて観察された、発達上の<停滞>や<ゆるみ>とも解釈される事象は、子どもの内面に目をやれば、そのような内部での葛藤が営まれているものであると考えることもできる。詳細な研究成果は、平成9年度末にまとめた中間報告書に続き、平成11年度末に刊行する最終報告書『国語科教育改善のための国語能力の発達に関する実証的・実践的研究II』(A4版160頁)に集約した。
著者
宇田川 拓雄 辰己 佳寿子 浜本 篤史 鈴木 紀 佐藤 寛 佐野 麻由子 黒川 清登 RAMPISELA Dorothea Agnes 鯉沼 葉子 島田 めぐみ 片山 浩樹 斎藤 文彦 佐藤 裕 KIM Tae Eun KIM So-young 多田 知幸 MULYO Sumedi Andorono 中嶋 浩介 RUSNADI Padjung YULASWATI Vivi
出版者
北海道教育大学
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
2009

開発援助では様々な社会調査が実施され評価に利用されている。参加型調査、民族誌作成、フォーカスグループディスカッションなど標準的な調査法以外の手法も使われている。JICAの評価システムは構造上、広汎な長期的インパクトの把握が難しい。また、質の高い調査データが必ずしも得られていないため、評価団がポジティブな現状追認型評価を行なった例も見られた。調査の倫理をしっかりと踏まえた評価調査法の開発と普及が望まれる。
著者
六反田 篤 真鍋 義孝 村上 守良 伊東 励
出版者
九州歯科学会
雑誌
九州齒科學會雜誌 : Kyushu-Shika-Gakkai-zasshi (ISSN:03686833)
巻号頁・発行日
vol.37, no.2, pp.479-484, 1983-04-25
被引用文献数
2

The authors conducted the somatological measurement of head and face, and the impression taking of the upper and lower dental arches on 85 adults who lived in North Kyushu Region. After examining the correlations between the measured values of the head and face, and the dental arch, we have reached the following conclusions : 1. In terms of lengths, there is a positive correlation in the total of males and females, between head length and upper dental arch length. 2. In terms of lengths and heights, there is a positive correlation in the total of males and females, between head length and palatal vault height. 3. In terms of breadths, there is a positive correlation in the males and the total of males and females, between head breadth and upper and lower dental arch breadth, between bizygomatic breadth and upper and lower dental arch breadth, and between bigonial breadth and upper and lower dental arch breadth. 4. In terms of breadths and lengths, there is a positive correlation in the males, between bizygomatic breadth and lower dental arch length, in the females, between head breadth and upper dental arch length, between bizygomatic breadth and lower dental arch length, in the total of males and females, between head breadth and upper and lower dental arch length, between bizygomatic breadth and upper and lower dental arch length. 5. In the terms of breadths and heights, there is a positive correlation in the males, between bizygomatic breadth and palatal vault height, in the total of males and females, between head breadth and palatal vault height, between bizygomatic breadth and palatal vault height. 6. In the terms of heights, there is a positive correlation in the males, between auricular height and palatal vault height, in the females, between morphological face height and palatal vault height, in the total of males and females, between auricular height and palatal vault height, between morphological face height and palatal vault height. 7. In terms of heights and lengths, there is a positive correlation in the females and the total of males and females, between morphological face height and upper and lower dental arch length. 8. In terms of heights and breadths, there is a positive correlation in the males, between morphological face height and upper dental arch breadth, in the females, between morphological face height and upper and lower dental arch breadth, in the total of males and females, between auricular height and upper dental arch breadth, between morphological face height and upper and lower dental arch breadth. As descrived in the above, the correlation between the head and the face, and the dental arch showed more positive results in the maxilla than in the mandible, and more positive results in the face than in the head. The Person in North Kyushu Region was more balanced between the head and the face, and the dental arch than in the Person of Miiraku and Katumoto.
著者
中谷 彰宏
出版者
大阪大学
雑誌
若手研究(B)
巻号頁・発行日
2001

近年、生物的な自己強化や恒常性維持機能をも持つ適応的材料構造の実現への要求が、安全性、省エネルギー性、さらには環境確保という科学技術とその工業化への時代的要請の増大とともに、次第に高まりをみせてきている。本課題では、形状記憶合金を用いた知的複合材料および知的構造体のマクロな力学特性・変形特性をミクロな構成要素の特性から評価し、さらには、外場の変化に適応して、能動的に振舞う機能を設計するための有効な方法論を提案することを目的としている。ここでは、その基礎研究として、Ni-Ti形状記憶合金線を組み合わせた構造体を対象とし、内部構造の違いによる巨視的応答の違いを調べるとともに、目的とする巨視的応答を得るための内部構造の設計についてモデル解析を行なった。得られた成果は以下の通りである。(1)実験的検討として、知的構造体のセンサー・アクチュエーターとしての役割を担う形状記憶合金線の単軸引張試験を行ない、弾性および超弾性域の力学特性、および、その再現性を検討した。さらに、ここで得られた荷重変位曲線に対して、簡便な表式を用いた関数近似を行なった。また、複数の部材を簡便に組み合わせて、全体として複雑な応答をする構造を組み立てるために必要なジョイント部分の基礎的検討を行なった。(2)解析的検討として、形状記憶線材を組み合わせた構造体の有限変形問題を解くことができる有限要素コードを開発し、(1)で得られた荷重変位近似曲線を用いて、外力が作用する様々な構造体に対して、構造全体の変形と局所構造の変化を調べた。超弾性域の材料非線形性と負荷除荷過程のヒステリシスを利用することにより、様々な全体挙動を実現できることを示した。(3)以上で得られた知見をもとに、形状記憶線を組み合わせた構造、および、それを内部構造として用いる知的複合材料の設計に対する方法論を提案した。(以上)
著者
中垣 通彦 松本 龍介 堀江 知義
出版者
九州工業大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2003

この研究では、高自由度の挙動が可能な人工筋肉を実現させるため、微小アクチュエータを駆動要素とする知的複合材料の創成を目的とする。知的複合材料を構成する機能性材料として形状記憶合金、ピエゾ素子、イオン交換樹脂、液晶などが挙げられるが、後二者は出力が小さい。一方、前二者は比較的高出力を引き出す事が可能であり、実際に駆動素子として利用されている。ここでは駆動力の大きい形状記憶合金およびピエゾ材料を駆動材料として利用する。一般の駆動素子では、駆動の自由度は1自由度であり、それらを組み合わせたとしても数自由度に留まる。本研究では人工筋肉体に高自由度性を持たせるため、駆動素子を繊維化し、その体積分率と配向性を任意に分布させた柔軟複合材料として考えた。現在では機能材料素子そのままの発生ひずみは0.3%程度に留まり、生体筋肉などの100%近いひずみを発生させるには到底及ばない。本課題のもう一つの重要な要素としてひずみ増幅方法を考案する事が必須である。そこで本研究者らの構想である駆動素子を用いたユニモルフ/バイモルフばねを用いた。数値計算モデルによれば、ピエゾひずみの数十倍のばねひずみを発生させる事が可能となる。これにより自由度が高く大ひずみを発生する人工筋肉の構築が可能となった。本研究で最適な人工筋肉の設計が可能となる解析計算システムを開発した。これにより人工筋肉の創成のための労力、時間と予算を大幅に削除し、最適な材料仕様を決定する事が出来る。ソフトウェア本体には、知的複合材料のモデルを構築するために、微小なバイモルフ/ユニモルフばね素子を任意の体積分率と配向をもって分散させる事を可能とする、SCC-LRM粒子分散構成則モデルを用いた。本システムを用いて、より生体のシステムに近く血栓の発生の可能性が低い脈動収縮型の人工駆動動脈め基本動作の挙動を計算力学的に実施して示した。本研究の結果と関連する研究成果を国内外の学会において発表した。
著者
光元 麻世 岡本 祐子
出版者
広島大学大学院教育学研究科心理学講座
雑誌
広島大学心理学研究 (ISSN:13471619)
巻号頁・発行日
no.10, pp.217-228, 2010

個人化が進むと同時に, 家族の親密さ, 絆の希薄さが指摘されている現代家族にとって, 家族の絆, つまり家族としてのアイデンティティは重要な意味を持つと考えられる。林・岡本(2003, 2005)は, 家族アイデンティティを「自分は家族の一員であるという感覚が, 斉一性と連続性を持って自分自身の中に存在し, またそれが他の家族成員にも承認されているという認識」であると定義している。本研究では青年が青年期前期に体験した家族内葛藤について調査し, 青年期前期の家族内葛藤と青年期後期の家族アイデンティティの発達レベルの関連性を明らかにすることを目的とした。その結果, 青年期における家族アイデンティティは, 青年期前期からの家族内葛藤を乗り越えることにより, 形成されることが示唆された。また, 家族内葛藤の収束と家族アイデンティティ発達にとって, 現在, 青年が親の対応についてどのように捉えているかが重要であることが示唆された。
著者
崎村 建司 夏目 里恵 阿部 学 山崎 真弥 渡辺 雅彦 狩野 方伸
出版者
新潟大学
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
2009

本研究の目的は、グルタミン酸受容体の発現と安定性、さらにシナプスへの移行と除去が細胞の種類や脳部位により異なった様式で調節され、このことが単純な入力を多様な出力に変換し、複雑な神経機能発現の基礎課程となるという作業仮説を証明することである。この解析ために、4種類のAMPA型グルタミン酸受容体、4種類のNMDA型受容体はじめとして複数のfloxed型標的マウスを樹立した。また、GAD67-Creマウスなど幾つかのCreドライバーマウスを樹立した。これらのマウスを交配させ解析した結果、海馬CA3では、GluN2BがシナプスでのNMDA型受容体の機能発現に必須であることを明らかにした。また、小脳TARPγ-2とγ-7がAMPA型受容体の発現に必須であることを見出した。さらに発達期のシナプスにおいて、GluN2AとGluN2Bが異なった様式でAMPA型受容体を抑制することを単一神経細胞でのノックアウトを用いて示した。
著者
夏目長門
雑誌
デンタルダイヤモンド
巻号頁・発行日
vol.18, pp.66-69, 1993
被引用文献数
1
著者
夏目 敦至 若林 俊彦 鈴木 正昭 古山 浩子 近藤 豊 竹内 一郎
出版者
名古屋大学
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
2009

我々はDNAのメチル化などのエピジェネティクスが癌精巣抗原(Cancer-testis antigens, CTAs)の発現調節にも関与していることを見出し、5-aza-deoxycytidineをグリオーマに作用させるとCTAsの発現が活性化することを認めた。そしてCTA特異的細胞傷害性T細胞によってHLA拘束性に傷害される。以上にDNAメチル化阻害剤と癌ワクチン療法の組み合わせで強力な免疫療法の開発の展望を示した。一方、HDAC阻害剤のうち、SAHA, MS-275, FK-288は米国において白血病における臨床試験が行われている。また、脳神経外科領域でなじみのある抗てんかん薬のバルプロ酸がHDAC阻害活性を有しているのも興味深い。DNAメチル化酵素やHDACとともにEZH2も分子標的となりうる。現在、エピジェネティクス異常を標的とする治療薬の開発が急速に進んできており、グリオーマにおいて適応になるのも近い将来可能になると期待される。
著者
江守 正多
出版者
国立環境研究所
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
1998

降水過程と陸面過程の相互作用の理解を目的として,領域大気モデルによる現実の降水イベントの再現実験を行なった.1998年7月23日の夕刻から深夜に東シベリアYakutsk付近のGAME-Siberiaタイガ班観測地点(Spaskaya-Pad)において観測された強い雷雨を例に取った.これは,例年に比較して少雨乾燥傾向にあったこの年の東シベリアの夏季において,この付近では最大の降水イベントであった.モデルは,CSU-RAMS(Pielke et al.1992)を適宜変更して用いた.初期値,境界値にはECMWF客観解析値を用いた.3重グリッドネスティングを用い,外側,中間,内側の領域をそれぞれ一辺2000km,420km,84kmの正方形とし,グリッドの解像度をそれぞれ50km,10km,2kmとした.第1,第2グリッドにはKuoタイプの積雲対流スキームと雲微物理スキームを併用し,個々の積雲を直接表現する第3グリッドには雲微物理スキームのみを用いた.陸面水文過程は差し当たって単純に湿潤度を一様の値に固定した.計算は7月21日00Zを初期値とし,84時間行なった.昨年度の成果では,23日朝の層状雲の通過に伴う霧雨は良く再現されたが,夕方からの雷雨は第1,第2グリッドではタイミングが早すぎ,第3グリッドでは全く再現されなかった.今年度は,第1,第2グリッドの積雲対流スキームをオフにし,かつ地表の湿潤度をさまざまに変化させた実験を行なった.この結果,第3グリッドで現実的なタイミングで雷雨を再現することに成功した.これにより,現在の積雲対流スキームに問題があり,早すぎる対流が夕方には大気を安定させてしまうことが示唆された.また,地表の湿潤度を変化させることにより雷雨の場所とタイミングが変化した.これにより,朝方に降った霧雨が地表を濡らした効果が,夕方の雷雨に影響を与えていることが示唆された.