著者
堀江 聡 Nicolao ex Castellaniis Petro
出版者
慶應義塾大学日吉紀要刊行委員会
雑誌
人文科学 (ISSN:09117210)
巻号頁・発行日
no.21, pp.1-22, 2006

ここに邦訳する世界初訳のテキストは,1519年にファウェンツァ出身ピエール・ニコラ・カステッラーニによってラテン語に訳された『アリストテレスの神学』全14章のうちの第十章十三節までである。この書は錯綜した素性をもつ。紀元3世紀後半,プロティノスによってギリシア語で記された『エンネアデス』の後半部分,第4 ~ 6 『エンネアス』の翻案であるが,これとは別の, 9世紀前半バグダードで成立した「流布版『アリストテレスの神学』」と呼び慣わされるアラビア語の翻案もある。後者の出自にすら定説はなく,世界的に議論が喧しい現状であるが,前者の素性はそれに輪をかけて謎に包まれている。研究が進捗しない原因として,このラテン語版の近現代語訳が一つもないことが挙げられる。さらに近現代語訳がない理由は,ラテン語版に先行し,全体の約3/4残存するいわゆるユダヤ・アラビア語(ヘブライ文字表記のアラビア語)版の校訂(プラス翻訳?)をフェントンがかなり以前に予告したにもかかわらず,未だ完了していないことによる。流布版は全10章であるのに対し,ラテン語版は14章からなるので,『アリストテレスの神学』の「長大版」(longerversion)と称されている。とはいえ,流布版から省略された箇所も多々あるので,単純な拡大版でないことは注意を要する。第一章から第八章までは,両版が一対一対応であったのに対し,長大版第九章も第十章も,相変わらず流布版第八章のパラフレーズの続きであることが判明した。 ラヴェンナのフランチェスコ・ローズィがダマスクスの図書館で発見したアラビア語写本を,キプロス出身のユダヤ人医師モーセス・ロヴァスを雇ってイタリア語,ないしは粗雑なラテン語に訳させたものを,ニコラが彫琢することによってラテン語版が成立した。それをさらに洗練されたラテン語に移したジャック・シャルパンティエの訳もある。流布版が長大版に先行するという説が優勢ではあるが,長大版から流布版に移行したという主張が消えたわけではない。長大版の研究はまだ緒に就いたばかりなのである。 底本には,Sapientissimi philosophi Aristotelis stagiritae. Theologia sive misticaphilosophia secundum Aegyptios noviter reperta et in Latinum castigatissimeredacta, ecphraste Petro Nicolao ex Castellaniis, Roma, 1519 を用い,常時 Libriquattordecim qui Aristotelis esse dicuntur, de secretiore parte divinae sapientiaesecundum Aegyptios, per Iacobum Carpentarium, Paris, 1571 を参照した⑽。底本のニコラ版は句読点が不正確で誤植も散見されるので,シャルパンティエ版を援用しつつ文脈を解釈しなければならなかった。流布版『アリストテレスの神学』に対応箇所がない部分は太字で明示した。ただし,解釈者の視点の差によって,太字部分の確定は議論の余地のないものとはなりえないことをお断りしておきたい。私の立場は,哲学的に重要で長大版に特有な思想を識別できれば,それで充分というものである。その思想の独自性をことさら強調したい箇所には下線を施してみた。[ ]内はフォリオ数である。言うまでもないが,見開きにすれば,rは右頁,vは次の紙の左頁になるのは注意を要する。{ }内は文意を明確にするための訳者による補足である。原文における名詞の複数形は,和訳でも愚直に保存するよう努めたが,意味が通じる箇所では,もちろん日本語表現の審美的観点から,そのかぎりではない。 今回訳出した長大版第十章第一節から十三節まででは,流布版のパラフレーズというよりも,ほとんどが脱線というか,新たな教説の挿入である。その意味で,長大版独自の思想を探るには絶好の箇所であると言えよう。とりわけ,形而上学的体系全体が提示されているので,その全体を素描してみることにする。 まず頂点には,「神」である「第一の創始者」が位置し,それは「第一の存在者」,「第一能動者」,「真の能動者」,「両世界の創始者」,「第一位の創始者」,「神的知性」といった,さまざまな名称によって言い換えられている。 次の階層は,長大版独自の展開として,かねてより注目してきた「神の言葉」,「神的な言葉」の階層である。神と知性の間に別の存立を仮設しない点では,流布版は『エンネアデス』から逸脱していなかったが,『エンネアデス』にも流布版にも対応箇所をもたない特有の思想として,創造主と知性の間に措定される言葉(kalimah, λόγος)の教説がボリソフ以来夙に指摘されてきた。これは,万物を命令形「在れ!」(kun)の一言で創造する神の言葉であり,神の意志,命令と関連する。事実,[52r]には,「意志」「命令」「知恵の指図」の語が現れている。「創造する言葉」「懐胎された言葉」「最も完全な言葉」という表現も見られる。「第一の形相」という言い換えからは,その形相の担い手である基体が要請されるらしい。それが[46v]では「精神」とされる。「第一位の精神」「首位の精神」のように形容される場合もある。 その次には,「能動知性」が来る。「第一位の能動知性」「第一能動知性」「第一知性」「首位の高貴な知性」「高所の知性」「純粋で絶対的な知性」,さらに「存在者そのもの」「第一の被造物」も同じものを指し示していると思われる。 次は,「可能知性」であり,「第二知性」「第二位の知性」「自然的知性」「質料的知性」などとも呼ばれるが,いわゆる「われわれの知性」「知性的魂」である。これがさらに,思考の座であり推論的探求を行う「理性的魂」と同一視されているようである。 この下に,表象し評価する能力をもつ「感覚的魂」があり,これはおそらく「前進する力」「呼吸する力」をも含む動物の魂に相当するのだろう。そして, 増殖力をもつ「植物的魂」, それから, 天の円環運動を司る「自然」,最後に「下位の自然」として,多様な運動と形態を備え生成する「複合物体」と「構成要素」が続くのである。 これら階層間の連関は,上から下へ下降するに伴い,次第に暗く弱まる「光」,「生命」,「力」の「照明・発出・流入」と「物体的粗雑さ」の増大,その裏返しである下位のものの上位のものへ還帰への希求という新プラトン主義的常套句で説明される。しかも,「産出したものを愛し完成させる」という表現から察するに,創造は一度では成就せず,少なくとも論理的には二段階の過程を経るというプロティノス流の二相性の原理が貫徹していると予想される。階層から階層へと転送されてゆく力の連鎖は,途切れることなく上から下まで連なり,「神の言葉の隠然たる影響」により,すべてが「霊的な色で塗られている」世界が現出する。とはいえ,「霊的世界」から隔たった理性的魂は,つねに「無知,過誤,忘却,不確実,逸脱,腐敗」の可能性に晒されているゆえ「学問による教科」が必要であり,その目指すべく魂の完成とは,「自己自身へと還帰し」,「ダイモーン的霊に類同化し」,「光り輝く世界」たる能動知性と「愛し愛されるように」一つの実体へと結合し,「光で沸き立ち燃え立つ」「諸真理」を観照することにあると言えよう。
著者
藤巻 正己 江口 信清 生田 真人 平戸 幹夫 山下 清海 田和 正孝 祖田 亮次 ルスラン ライニス タールミジー マスロン
出版者
立命館大学
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
2006

本研究では、(1) 人口・社会経済地図による俯瞰的分析、(2) クアラルンプル大都市地域やパハン州などの農山漁村、サラワク州内陸部の先住民族居住地域における虫瞰的現地調査を通じて、マレーシアにおける貧困問題の表出状況とその差異や要因について、地域的・民族集団的多様性という観点から探究した。その成果については、公開セミナーの開催、他の研究組織との国際シンポジウムの共催、そして研究報告書(180頁)の刊行をもって公開された。
著者
井関 邦敏
出版者
琉球大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2005

日本透析医学会の調査によるとわが国の慢性透析患者数は増加の一途をたどっている。2005年度には国民500人に1人の割合を超え、沖縄ではすでに400人に1人の高頻度である。透析導入の原因疾患は1998年度よりそれまで首位であった慢性腎炎から糖尿病(DM)に移行した。前者が減少しつつあるのに対し、後者は直線的に増加し続けている。透析患者増加の背景には膨大な数の透析予備軍が予想される。健診データ数の変動にもかかわらず2mg/dl以上のCKD頻度は約0.2%前後(千人に2人)と一定である(沖縄県総合保健協会の資料)。CKDは多くの場合、自覚症状がなく検尿異常(またはGFR低下)から始まり、徐々に腎機能が低下して末期腎不全に進行する。これまでに報告された透析導入の発症危険因子のなかで最も鋭敏で簡便な検査法は試験紙法による検尿(蛋白尿)である。透析導入の発症率は蛋白尿が多いほど高い。加齢に伴い腎機能は低下するが、蛋白尿を伴わなければ透析導入が必要になるほど低下しない。検尿以外の項目では血圧が重要で、血圧値は高いほど、性別に関係なく透析導入が増える。高血圧は患者数が多いこと、降圧薬で治療可能であることを考慮すると、血圧コントロールの重要性が伺える。肥満は蛋白尿発症および透析導入の有意な危険因子で、とくに男性において肥満の影響が大である。男女差の要因は不明であるが、男性では女性に比し生活習慣、治療コンプライアンスに問題があるのではと考えられる。空腹時血糖値:126mg/dl以上では糖尿病の可能性が高く、透析導入率も高くなる。CKDの発症、進展にメタボリック症候群、肥満が関与していることは明らかとなっている。禁煙、適度な運動、食事指導(蛋白質、食塩、カロリー)が必要である。肥満者では体重減少によって蛋白尿が低下する。生活習慣の改善は末期腎不全予防に有効である。
著者
秋藤 俊介 徳田 圭世 広瀬 正
出版者
一般社団法人情報処理学会
雑誌
情報処理学会研究報告ヒューマンコンピュータインタラクション(HCI)
巻号頁・発行日
vol.1993, no.100, pp.15-21, 1993-11-11
被引用文献数
3

利用者の動作を認識し、操作入力インタフェースに利用することを目的として画像処理を用いた手形状認識手法を開発している。開発手法は、まずテレビカメラから入力した画像を色の割合の差を用いて手部分だけ抽出し、これと慣性2次モーメントが等価な楕円を使って手首位置を求める。次に手首周りの画素の距離分布を求め、分布曲線の極大点のなかでしきい値を超えた点の個数を計測し、指本数とする。しきい値は手の形状モデルに従って設定した。また、入力画素を2次元空間で等間隔に離散的に選択することにより処理時間の短縮を図った。This paper describes a new hand shape recognition method for man-machine interface using image processing. The number of the fingers is gotten as follow; (1) extracts a user's hand from a background picture used a hue of the skin color, (2) estimates the wrist position from an ellipse which is the equivalent to the hand in two dimensional inertia moment, (3) calculates the distribution curve of distance around the wrist. The number of the fingers is that of relative maximum of the curves over the thresholds, which set based on handshape model. The method also uses only the pixels at intervals to reduce processing time.
著者
田中 信雄 辻田 純三 堀 清記 千賀 康利 大槻 寅之助
出版者
日本体力医学会
雑誌
体力科學 (ISSN:0039906X)
巻号頁・発行日
vol.28, no.1, pp.47-55, 1979-03-01

1)男子大学生の1年生一般学生126名,3年生の一般学生178名および運動選手114名について身体計測を行って,次のような結果を得た。2)3年生の一般学生は1年生の一般学生と比較すると身長はわずかに高く,体重,胸囲,腹囲,上腕囲,大腿囲の平均値もわずかに大きく,皮下脂肪および体脂肪含有量は著しく増加していた。3)3年生の運動選手は一般学生と比較して,身長,体重,胸囲,腹囲,上腕囲,大腿囲の平均値ははるかに大きく,比胸囲およびローレル指数も有意に大きかった。皮下脂肪および体脂肪含有量については同学年一般学生より著しく少なく,1年生の一般学生とほとんど変わっていない。運動選手の身体的特徴は運動鍛練によって加令による体脂肪の増加傾向が抑えられ,秀れた呼吸循環機能をもつに至ったことに対する身体的な変化をよく現わしている。4)身長および体重の統計より身長(Hcm)に対する体重(Wkg)の過不足を評価するために,身長より予知される標準体重直線をそのグループの個人の測定値が不明であっても,身長の平均値(H^^-),体重の平均値(W^^-),およびそれらの標準偏差σH,σWから W=3W^^-/H^^-H-2W^^- 又は W=(σW)/(σH)H-(σW)/(σH)・H^^-+W^^- を用いる方がBrocaの標準体重を基準とするより秀れていることを示した。5)縦軸に体重と体脂肪含有量,横軸に身長の3年生の一般学生を基準とした標準測度で表わした図で運動選手と一般学生の体構成と体型を比較した。
著者
大方 昭弘 伊藤 絹子 片山 知史 本多 仁 大森 迪夫 菅原 義雄
出版者
東北大学
雑誌
一般研究(B)
巻号頁・発行日
1993

砂浜浅海域に生息するアミ類は、沿岸魚類の生活上不可欠の食物源であり、浅海域魚類群集の生産構造の中核的地位を占めている。しかし、水深3m以浅の砂質海岸の砕波帯に生息するアミ類の生物生産過程および沿岸物質循環系における機能については明らかではない。本研究は、仙台湾砂質海岸の波打ち際斜面に生活し、数量的にも多いアミ類Archeomysis kokuboiの示す物質経済の特異性を明らかにし、浅海域生物群集との機能的結合関係を見いだすことを目的に行われ、下記のような結果が得られた。1.砕波帯における水深5m以浅に出現するアミ類のほとんどはArchaeomysis属であり、特に水深3m以浅にはA. kokuboi、3m-5mにはA. grebnitzkiiが卓越し、5-15mの水域にはAcanthomysis属が多い。魚類の胃内容組成にも、このような水深によるアミ類の分布状態の違いが反映している。2.汀帯の砂質斜面に生息するA. kokuboiの高密度分布域は、潮汐とともに移動するが、汀帯下端部からの距離はほぼ一定である。アミが潜砂するこの高密度域の砂の中央粒径値は2.0-2.3の範囲にある。日中は汀帯砂中に潜砂するものが多く、夜間には汀帯の沖側、水深1-2m付近を群泳しながら鞭毛藻やCopepodaなどを摂食している。3.水温15℃、照度0-100luxの条件におけるA. kokuboiのアルテミアを食物とする日摂食率は、湿重量で24.8%、乾重量で39.7%であった。1日24時間の摂食量のうち夜間は74.9%、昼間は25.1%であった。4.摂取されたアルテミアのアミ体物質への転化効率は、15℃において他の温度条件におけるよりも大きく、体長別にみると、小型が24.6-44.2%、中型が15.4-36.4%、大型が8.9-13.8%であり、成長とともに低下する。放射性同位元素Cでラベルしたアルテミアの投与量とアミ体内残留量との比は、12時間後52%、24時間後38%であった。5. A. kokuboiは一生の間に少なくとも2回以上産卵する可能性があり、個体群としては年間6発生群以上であることが確認された。4-6月生まれの群は成熟が速く小型で産卵し、11-1月生まれの群は成長が遅く、春季に大型群となって産卵に参加する。このように、本種は周年にわたって砕波帯魚類群集の生産構造の中核種として重要な役割を果たしていることが明らかにされた。
著者
鳴海 多恵子
出版者
東京学芸大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2005

本研究は、衣服の着脱における負担を軽減することにより、運動機能に障害のある人の衣生活を改善することを目的として、既製服の効果的な修正方法を提案するとともに、その修正方法の効果を心拍変動スペクトル解析による数値的評価を行い実証した。まず、健常者を対象に心拍変動スペクトル解析を用いた評価の有効性を確認し、その上で、運動機能に障害がある人を対象に評価を行った。被験者は健康な女性5名(21〜23歳)と脳性マヒがある男性1名(18歳)である。健康な女性5名は、異なる2つのタイプの長袖Tシャツ(着衣しやすいTシャツと着衣しにくいTシャツ)の着衣を行った。そして、介助を必要とする脳性マヒ患者は、既製服の長袖Tシャツを基本として、それを着やすくするために修正を加えたもの2種を作製し、3種の試験着を着衣した。自律神経活動は、それぞれのタイプのTシャツを着衣する前と着衣後3分間で、心拍変動スペクトル解析を用いて評価した。その結果、健常者、脳性マヒ患者とも着にくい服を着衣した際に、着衣1分後にLF/HFが明らかに増加し、HF/TPは著しく減少を示し、心拍変動スペクトル解析を着やすさの評価に用いることの有効性が示唆された。また、それを用いて衣服の修正効果が実証できた。さらに、心拍変動スペクトル解析による実験精度を高めるために、試験着の着衣順序の影響や従来、着用実験の評価として用いられている官能検査と心拍変動スペクトル解析との関係について確認したところ、着衣後の心拍変動反応は着衣の順序効果があることが認められ、解析において配慮すべきであることが明らかとなった。また、官能検査では身体的な負担が評価されることが認められ、着衣動作による負担の評価においては心理的な評価が可能な心拍変動スペクトルを併用することが適切であるといえた。
著者
岡崎 美樹 冨岡 洋海 長谷 川幹 片上 信之 坂本 廣子 石原 享介 岩崎 博信 梅田 文一 中井 準 岡田 行功 庄村 東洋
出版者
JAPANESE SOCIETY FOR TUBERCULOSIS
雑誌
結核 (ISSN:00229776)
巻号頁・発行日
vol.65, no.4, pp.293-297, 1990
被引用文献数
11

A case of 22-year-old female with mediastinal tuberculous lymphadenitis and pericostal tuberculosis was reported.Her complaint was right chest pain and subcutaneous mass on the right chest wall.Chest contrast CT showed right paratracheal lymph node swelling with central low density area and surrounding rim enhancement, which has been reported as typical characteristics of mediastinal tuberculous lymphadenit is.Pigeon-egg sized subcutaneous mass with fluctuation was palpable on the right sternal border and the smear of its content showed acid-fast bacilli.In spite of two months therapy with antituberculous drugs, both masses were unchanged in size.The lesions resected surgically, were both encapsulated abscesses containing yellowish pus, and microscopic examination of these specimen disclosed the finding of tuberculosis.Mycobacterium tuberculosis was cultured from contents of both masses.After nine months of anti-tuberculous therapy, no sign of recurrence is observed until now.Both masses were discontinuous and the possibility of lymphangitic spread of organism was speculated as its etiology.
著者
武石 みどり
出版者
東京音楽大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2000

伊藤道郎が1916年4月にイェーツの舞踊劇『鷹の井戸』に出演した背景には、その前段階として、ロンドンの芸術家達との出会いと共同制作があった。1915年5月にコロシアム劇場で日本的舞踊を披露したことが、一方ではホルストによる『日本組曲』の作曲へと結びつき、また他方ではパウンド、イェーツ、リケッツ、デュラック、コバーンといった芸術家達との出会いへ結びついたのである。前者は二人の共同制作ではなく、伊藤が提供した旋律によりホルストが独自に管弦楽曲を作曲した。伊藤は『日本組曲』の完成を知らなかったものと思われる。後者の芸術家達は特に日本の浮世絵や能に大きな関心を抱き、伊藤から日本の芸術を学ぼうとし、反対に伊藤は、彼等の関心に刺激されて日本の芸術を新しい目で捉えるようになった。1915年秋から1916年初頭にかけて、伊藤はリケッツとデュラックが作った日本的衣裳で日本の伝統芸能の主題を強く意識した舞踊を踊り、1916年8月にニューヨークに移ったのちも、この日本的舞踊が伊藤の基本レパートリーとなった。日本的舞踊の伴奏音楽については不明な部分が多い。しかし、「狐の踊り」の音楽の原型は、おそらく『日本組曲』の終曲に近いものであったと推測される。ニューヨークでも、1917年以降は伴奏に積極的に日本旋律を用いた。能に対する興味はアメリカでも大きく、1918年に『鷹の井戸』を再演したほか、『田村』を英語版で上演、その後も幾つかの能と狂言を英語で上演した。『鷹の井戸』のニューヨーク再演では山田耕筰の音楽が用いられたが、現存するピアノ版楽譜が実際にはどのような編成で演奏されたのか、不明な部分も多い。能の英訳上演に関しても、謡と伴奏楽器が実際にどのようなものであったのか、今後さらなる追究を要する。1920年代前半を境に、能と狂言の要素が伊藤のレパートリーから排除されていった理由も今後の検討課題である。
著者
南 範彦 西田 吾郎 吉村 善一 古田 幹雄 夏目 利一 島川 和久
出版者
名古屋工業大学
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
2001

Gを位相群、X, YをG-空間とする時、XからYへのG写像全体のG-ホモトピー類全体の集合[X, Y]^Gが空集合で無いための極めて普遍的な障害類として、G空間対X, Yのオイラー類e(X, Y)∈[X_+,S^O*Y]^G_*を定義し、何時これが完全に忠実な障害類になるか(つまり、e(X, Y)が自明なら[X, Y]^G≠0が帰結できるか)など、幾つかの性質を得た。この問題に関しては、現実的に計算しやすい(一般に忠実とは限らない)障害類を原靖浩氏とともに開発した。このような考え方は、Farberによって定義されたロボットアームなどのモーションプラニングの困難度を測るトポロジカル・コンプレクシティーの考察や、また抽象ホモトピー論としてのモデルカテゴリー的な観点からVoevodsskyらのA^1-ホモトピー論や関する幾つかの知見も得るのに用いられた。またHELPを通した特異点論におけるThom多項式の一般化にも着手し進歩が得られた。古田幹雄氏は、適当なコホモトピー群に値を持つ境界のない4次元可微分多様体に対する安定ホモトピーSeiberg-Witten不変量と違い、境界のある4次元可微分多様体に対する安定ホモトピーSeiberg-Witten-Floer不変量は、Fredholm Universeというproスペクトラムという、代数的位相幾何学での伝統的なMay流のuniverseの手法を用いてcoordinate freeなスペクトラムで表そうとすると対応するuniverseがtwistされたものを用いて表されることに注意した。これは従来の代数的位相幾何学には存在しなかった現象で、極めて興味深い。また、期間中には以下の多くの研究集会を主催し、活発な研究連絡を行った。1.国際会議"International Conference on Algebraic Topology"(2003年07月27日〜08月01日)2.名工大代数的位相幾何学国際ワークショップ03(2003年08月03日〜08日)3.名工大ホモトピー論集会01(計1回),02(計4回),03(計1回),04(計1回)。
著者
建部 清美 阿部 未寿希 関 哲朗
出版者
プロジェクトマネジメント学会
雑誌
プロジェクトマネジメント学会誌 (ISSN:1345031X)
巻号頁・発行日
vol.8, no.5, pp.30-35, 2006-10-15

ソフトウェア開発プロジェクトにおける短納期化への要求は,ビジネススピードの加速とともにますます高まってきている.1990年代以降,スピードを重視した方法論は提唱されてきているが,大規模プロジェクトをマネジメントするには至っていないのが現状である.こうした中で,制約理論をプロジェクトマネジメント分野に適用したCCPM(Critical Chain Project Management:クリティカル・チェーン法)が注目されている.本論文では,CCPMをソフトウェア開発プロジェクトへ適用したモデルを提案する.本モデルを適用し,短納期開発を実現したプロジェクトの事例を用いて,スケジューリング方法や適用結果の分析を行いモデルの有効性について検証する.
著者
稲垣 卓造
出版者
一般社団法人日本色彩学会
雑誌
日本色彩学会誌 (ISSN:03899357)
巻号頁・発行日
vol.12, no.3, pp.148-156, 1989-02-10
被引用文献数
2

この研究は, 景観設計への応用を目的とし, 建築外部色彩と広告塔の色彩の視覚効果を定量化するために行ったものである。実験では, コンピュータグラフィックスにより作成された150の刺激を, カラースライドで被験者に提示した。まずファサードの色彩が異なった建築のスライドを, 17の形容詞対によりSD法で評価させた (実験1)。次に150の広告塔 (3つの規模, 10色の広告塔, 5色の下層建築の組合せ) に対する評価を「効果点」, 「不快さ」の2つの尺度で評定させた (実験2)。1) 因子分析により4因子が抽出された。第I因子は建築外観の快さに関係し, 「評価」因子と名付けた。第II因子は外観の活気の程度に関係するため, 「活動」因子とした。第III因子は「暖かい-冷たい」の尺度だけに関与し, 「暖かさ」因子と命名した。そして第IV因子は, 「明確さ」因子とした。2) 数量化I類により, 第I因子「評価」は他の要因よりも明度の影響を強く受けていることが明らかになった。また「活動」は彩度に, 「暖かさ」は色相に影響されている。すなわち, 明度が高くなるほど建築は快く感じられ, 彩度が高くなるほど活気が出てくる。3) 広告塔の「効果点」は主として, 建築との明度差に依存し, ついで広告塔の色彩自体が影響力をもつ。「不快さ」もまた, 明度差に最も大きく影響を受ける。
著者
尾形 隆彰 犬塚 先 桜井 厚 片桐 雅隆 中澤 秀雄 米村 千代 渋谷 望 出口 泰靖
出版者
千葉大学
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
2008

千葉地域における新しい文化の創出や、海という自然環境を生かしたレジャー、ディズニーという人気観光スポットを生かした地域づくり、また都心からの地の利を生かした移住による「田舎暮らし」といった可能性を明らかにした。またそうした地域に住む住民の意識や行動の変化を捉えることにも成功した。
著者
田中 克己 チャットウィチェンチャイ ソムチャイ 田島 敬史 小山 聡 中村 聡史 手塚 太郎 ヤトフト アダム 大島 裕明
出版者
京都大学
雑誌
特定領域研究
巻号頁・発行日
2006

ウエブからの同位語等の概念知識の抽出,ウエブ検索クエリの意図推定・自動質問修正,ウエブ情報の信憑性分析,ユーザインタラクションやウエブ1.0情報とウエブ2.0情報の相互補完による検索精度改善に関する技術開発を行った.
著者
成田 宏和 太田 学 片山 薫 石川 博
出版者
一般社団法人電子情報通信学会
雑誌
電子情報通信学会技術研究報告. DE, データ工学 (ISSN:09135685)
巻号頁・発行日
vol.102, no.209, pp.1-6, 2002-07-12
被引用文献数
1

Web上で必要な情報へのアクセス手段として、中心的な役割を担っているのがgoogle,goo,Lycosなどに代表されるロボット型Web検索エンジンである。これらの検索エンジンが日々変化し続けるWebに対応していく為には、新しいページの収集、更新チェックなど多大なメンテナンスを必要とする。一方で、検索結果があまりに膨大すぎて必要な情報を探すのに困難を伴う場合もあるし、全ての検索エンジンが同一の情報を収集しているわけではないので、或る検索エンジンでは存在しなかった情報も別の検索エンジンを利用すると発見できる場合もある。本稿では、検索能力の強化と発見しにくい情報へのアクセス支援を目的に、複数の検索エンジンを併用し、検索結果を階層的にクラスタリングしてユーザに提供するシステムであるMETALを提案する。
著者
今井 晴雄 岡田 章 渡邊 直樹 堀 一三
出版者
京都大学
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
2008

協力ゲーム分析の中心概念である提携について、多様な制約下での提携契約のあり方を比較検討し、これが非協力ゲームとのギャップを埋める上で重要であることを、理論を中心に実験や現実的な観察も交えて例証した。とくに、配分や行動についての提携機能の制限やその有効期間、不完備情報、動学的問題が影響することを一連の研究によって確認した。
著者
永田 明徳 岡崎 透 崔 昌石 原島 博
出版者
一般社団法人電子情報通信学会
雑誌
電子情報通信学会論文誌. D-II, 情報・システム, II-情報処理 (ISSN:09151923)
巻号頁・発行日
vol.79, no.7, pp.1230-1235, 1996-07-25
被引用文献数
41

顔は個人の特徴を表す多くの情報を含んでいる. 顔面像をパラメータで表現することができれば, さまざまな応用を考えることが可能となる. 本論文では, 顔画像にワイヤフレームモデルをあてはめ, 顔画像における形状情報と, 濃淡情報を分離し, 主成分分析の手法を用いて, 直交した顔基底を求めた. この顔基底を用いることで顔画像の効率的な空間パラメータ記述が可能となる. また, 本論文に示す手法は顔画像の分析のみではなく, 得られたパラメータからの顔画像の再合成が可能である.