著者
茂木 一司 福本 謹一 上田 信行 阿部 寿文 下原 美保 宮田 義郎 苅宿 俊文
出版者
群馬大学
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
2005

異文化理解・総合・マルチメディアパッケージ教材の開発・実践・評価に関する2年間の研究は、以下のように整理できる。1.「子どもによる子どものための芸術・文化発信プロジェクト」の教材開発として、「お茶箱プロジェクト」(インドネシア共和国・バリ・ウブド小学5年生対象、イタリア共和国・フィレンツェ市小学1年生対象、越後妻有アートトリエンナーレ)と「なりきりえまきプロジェクト」(同・フィレンツェ大学語学センター学生対象、同トリエンナーレ)の2つの異文化理解ワークショップを開発し、各地で実践し、ワークショップという共同的/協働的な学びの有効性を実証し、確認できた。2.「お茶箱プロジェクト」では、日本の茶道の仕組み(しつらい)を使って、ものの来歴を「語る」ということを通して、ことば(語り合う・表現し合う)と学習環境のデザインの関係を明らかにした。「なりきりえまきプロジェクト」では、日本美術独特の絵巻を題材にして、絵画における時間表現(現代のアニメに通じる)を登場人物に変身する(なりきる)という身体化と重ねて行うワークショップを開発した。これらは、異文化理解教育の方法に有効であった。3.研究成果の社会還元の方法として、展覧会に注目し、上記の内容を「越後妻有アートトリエンナーレ2006」(新潟県十日町市)で「学びの繭」展として発表した。会場での空間及び映像展示は非常に美しく心地よいという参観者の評価を得た。同時に、会場当番にあたった制作スタッフ・学生スタッフと来場者との多様なコミュニケーションによって、研究の経過の公開と共有の場のみならず、さらなる共同の学びの場となるという「(学びの)入れ子構造」がつくられることがわかった。
著者
小宅 一彰 三和 真人
出版者
公益社団法人日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学 = The Journal of Japanese Physical Therapy Association (ISSN:02893770)
巻号頁・発行日
vol.37, no.2, pp.70-77, 2010-04-20
参考文献数
18

【目的】歩行中の重心運動を力学的エネルギーで捉え,位置エネルギーと運動エネルギーの交換率(%Recovery:%R)として歩行における重力の利用率を評価できる。本研究の目的は,%Rを用いて若年者と高齢者の歩行特性を検討し,両者の%Rに相違をもたらす原因を解明することである。【方法】対象者は,歩行が自立している高齢者(高齢群)と健常若年者(若年群)各20名であり,三次元動作解析装置で快適歩行の立脚相を測定した。測定項目は時間距離因子(歩行速度,重心移動幅,両脚支持期,歩行率,ステップ長,歩隔),関節運動および筋力がなす仕事量(股関節,膝関節,足関節),%Rである。%Rは力学的エネルギーの増加量より算出した。【結果】高齢群の%Rは若年群より有意に低値であった。高齢群において,立脚相初期における膝関節屈曲角度と遠心性膝関節伸展仕事量が%Rの増加に寄与し,いずれの変数も高齢群は若年群より低値であった。【結論】高齢者の歩行は若年者に比べ重力の利用が乏しく,その主要な原因は立脚相初期における膝関節屈曲運動の減少であることが示された。
著者
保田 ひとみ 畑下 博世
出版者
愛知県立看護大学
雑誌
萌芽研究
巻号頁・発行日
2005

昨年度は、妊娠初期から産後1ヶ月までの夫の役割変換における縦断研究のうち、2組の夫婦を対象にし、それぞれの夫について妊娠初期と中期における夫の役割変換の過程を明らかにすることに取り組んだ。その結果、妊娠初期では、「妊娠への関心」、「妻・胎児へ関心を向け始める」、「漠然とした家族像の描写」の3つのカテゴリーが抽出され、妊娠中期では、「妻の身体・心理・社会的変化への関心」、「妻・胎児へ関心の上昇」、「妻・胎児へ関心の低下」、「漠然とした家族像の描写」の4つのカテゴリーが抽出された。そして、これらのカテゴリーは、両時期ともにそれぞれが関連し合っていることが明らかになった。本年度は、昨年度の対象に2組を加えて引き続き、妊娠初期から産後1ヶ月までの夫の役割変換の過程について明らかにした。研究方法は、本年度加えた2組の対象のそれぞれの夫に対しては、1.妊娠確定後妻の状態が安定した時期(1回目)、2.胎動知覚の時期(2回目)、3.分娩前の時期(3回目)、4.産後早期の時期(4回目)、5.産後1ヶ月頃の時期(5回目)に5回の面接を行った。昨年度からの対象の2人の夫には、それぞれ3回目から5回目の面接を行った。4人の夫の面接内容は昨年と同様に質的に分析した。その結果、妊娠確定後妻の状態が安定した時期(1回目)、2.胎動知覚の時期(2回目)においては、新しいカテゴリーの抽出はなかったが、1回日の面接で抽出された、「妊娠への関心」のカテゴリー名を「子どもを持つことへの関心」に、「妻・胎児へ関心を向け始める」のカテゴリー名を「妻・胎児へ関心」に変更した。分娩前の時期(3回目)では、「妻の身体・心理・社会的変化への関心」、「妻・胎児への関心の上昇」、「人間としての成長発達」、「漠然とした家族像の描写」の4つのカテゴリーが、産後早期の時期(4回目)と産後1ヶ月頃の時期(5回目)では、「第1子を迎える」、「妻・第1子への関心の上昇」、「人間としての成長発達」、「漠然とした家族像の描写」の4つのカテゴリーが抽出され、1回目から3回目と同様にそれぞれが関連し合っていた。以上の結果より、妻と第1子に関心を持ち続けることが夫の人間としての成長発達を促していると考えられた。
著者
田中 広樹 太田 岳史 檜山 哲哉 Maximov Trofim C.
出版者
一般社団法人日本森林学会
雑誌
日本林學會誌 (ISSN:0021485X)
巻号頁・発行日
vol.82, no.3, pp.259-267, 2000-08-16
被引用文献数
1

北方落葉樹林における光合成・蒸散特性を明らかにするために, シベリアタイガのカラマツ林樹冠上でのCO_2・H_2Oフラックス観測を行った。開葉前にはフラックスは検出されず, 夏期には正午または正午直前にピークを持つ日周変化が見られた。高温乾燥による光合成抑制は見られたが, 蒸散抑制は明らかではなかった。また, 光合成・蒸散活動は開葉の時期に急激に活性化し, 夏期の終りに向かって緩やかに減衰した。更に, 観測されたフラックスから気象環境の季節変化の効果を取り除き, その時点での光合成・蒸散特性を評価するために, 樹冠単層モデルを用いて光合成・蒸散特性を表現する最小群落抵抗, クロロフィル密度, 光量子捕捉率などのパラメータを抽出した。パラメータの変化から, 開葉期の特性の変化が明瞭に表現された。蒸散活性と光合成活性には開葉後も2週間程度の成熟期があることが示唆され, クロロフィル密度のような量的特性は比較的早く定常に達することが示唆された。
著者
竹田 直樹 八木 健太郎
出版者
兵庫県立大学
雑誌
萌芽研究
巻号頁・発行日
2005

平成18年度に引き続き、昨年度のディスカッションを通して見いだされた課題をさらに詳細に検討し、都市におけるアートの変容過程を明らかにするための調査と分析を行った。日本国内におけるアートの存在形態に関する研究については、代表者の竹田が中心となって研究分担者とともに研究を進めた。その結果、わが国のパブリックアートとしては、公共空間に彫刻などの美術作品を設置するという形態を取ることが多いことが明らかになったが、こうした自治体などの彫刻設置事業にも、時代によってその枠組みに違いが生まれたことが見出された。その成果の一部として、こうした枠組みの一つとして彫刻シンポジウム型の彫刻設置事業について、その発生と変遷の過程を明らかにした論文が環境芸術学会誌に掲載され公表されている。また、現在進行しつつあるプロジェクト型のアートについては、各地のプロジェクトの調査にもとづいて一般誌等にその成果が発表されているほか、研究代表者らは実際に制作者としても参加することによってその実態の解明を進めた。一方、海外におけるアートの存在形態に関する研究については、研究分担者の八木を中心となって研究代表者とともに研究を進めた。最も大きな変化があった期間として4特に1980年代のアメリカにおける変化の重要性に着目し、昨年度のパブリックアートの見直し研究の調査に加え、1980年代を中心とするアメリカにおけるパブリックアート政策の枠組みに関する研究を進めた。アートを導入する側と、アートを制作する側の双方の視点から検討することにより、1980年代に起きた大きな変化が、導入する側においては冷戦の終結による政治的な役割の終焉が、制作する側においては美術の自律性に関わる意識の変化が重要な要因となって発生したことを明らかにした。この成果は、環境芸術学会誌に論文として掲載され、公表されている。
著者
押元 信幸 三澤 一実 大成 哲雄 小野寺 和子
出版者
東京家政大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2009

本研究の目的は、造形ワークショップの教育・指導プログラムを「アウトリーチ活動」(学校における文化・芸術の普及活動)することにより、将来の美術教師養成のシステムを構想するものである。
著者
青木 正治
出版者
大阪大学
雑誌
挑戦的萌芽研究
巻号頁・発行日
2009

ミューオン電子転換過程は、超対称性シーソー理論などにおいて10^<-14>程度の頻度で観測できる可能性が示唆されている。ミューオンの異常磁気モーメント測定からも、10^<-14>レベルでミューオン電子転換過程が起る可能性が指摘されている。これは、素粒子の標準理論を超えたTeV領域の物理現象であり、発見されれば宇宙・素粒子の研究に大きなインパクトを与える。本研究の目的は、プロダクションターゲット中に生成されるミューオニックアトムから直接放出される電子を測定することによってミューオン・電子過程の探索を行う実験方法の開発を行うことにある。本年度は、J-PARC MLFで行う実験のデザインを具体的に行った。まず、カナダ国TRIUMF研究所と協力して、大立体角新設ビームライン(Hライン)のコンセプトを確立した。本ビームラインは多様な用途に使用する事ができるように設計されており、ミューオンg-2測定実験等、他のミューオン物理とのシナジーが大きい提案とすることができた。また、J-PARC MUSEグループとの共同研究において、プロダクションターゲットとしてシリコンカーバイドを使用する事に思い至った。プロンプトキッカーや検出器のデザインも行い、その結果をJ-PARC実験プロポーザル(P41)として提案した。また、KEK物構研S型課題としても申請を行った。いずれの審査委員会においても、本実験提案の物理的な意義などに対して非常に高い評価を得る事ができた。加速器からのパルス陽子ビームの時間構造に関しても、J-PARC RCS加速器グループと共同で測定を進める事ができた。これまでの測定では、本実験に必要とされるプロトンビーム時間構造の達成は可能であるとの感触を得ている。これに関しては引き続き研究を進める予定である。
著者
小井土 啓一 島田 知子 平松 玉江
出版者
一般社団法人 日本環境感染学会
雑誌
日本環境感染学会誌 (ISSN:1882532X)
巻号頁・発行日
vol.24, no.6, pp.395-399, 2009 (Released:2010-02-10)
参考文献数
7

手術部位感染予防には抗菌薬の予防投与が重要である.当院感染対策チームでは,手術時のcefazolin(CEZ)およびcefmetazole(CMZ)の3時間毎投与を推奨してきたが,長時間手術では追加投与が適切に行われていないケースがみられた.そこで,抗菌薬供給方法を処方せんによる個人セット払いから手術室への定数配置へ変更し,追加投与実施状況の改善を試みた.併せて術前・術中投与の指示出し用スタンプを各病棟に配置した.供給方法変更前(2005年8月),供給方法変更後(2006年8月),ならびに電子カルテ稼動後(2007年8月)の3期間において,6時間を越える手術での抗菌薬術中追加投与の実施割合を調査した.各期間における対象件数と平均手術時間は2005年45例483分,2006年46例524分,2007年44例510分であった(p=0.46).必要投与回数の総和は各期間でそれぞれ99回,114回,106回であったのに対して,実投与回数の総和(実施率)は20回(20.2%),101回(88.6%),104回(98.1%)と,供給方法変更後に増加した(p<0.001).なお,2007年における前投与からの投与間隔は平均181分であり,210分を超えたのは全104回中2回のみであった.抗菌薬の供給を手術室定数配置に変更するなどの介入によって,抗菌薬術中追加投与の実施率を劇的に改善することができた.
著者
室田 保夫 今井 小の実 倉持 史朗 原 佳央理 佐野 信三 竹林 徑一 大野 定利 水上 妙子 鎌谷 かおる 片岡 優子 新井 利佳 蜂谷 俊隆
出版者
関西学院大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2007

3年間の共同研究の成果を終えて、第一に大きな成果は社会福祉史のみならず近代日本史、大阪の近代史にもきわめて貴重な博愛社の史料整理とその保存が出来たことである。具体的には史料目録(仮)の完成とおよそ90箱にも及ぶ資料の保存である。研究の方では創立者小橋勝之助の日誌の翻刻といった研究が進捗した。そして機関誌の複製の作成、また史料が整理されたことによって研究への道がついた。さらにこの作業をとおして研究仲間同志の博愛社研究についての共有するところが大になったことも付け加えておこう。
著者
藤元 優子 藤井 守男 山岸 智子 ターヘリー ザフラー 佐々木 あや乃 竹原 新 アーベディーシャール カームヤール 佐々木 あや乃 鈴木 珠里 竹原 新 タンハー ザフラー ターヘリー 藤井 守男 前田 君江 山岸 智子 山中 由里子
出版者
大阪大学
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
2007

本研究はイランにおける多様な文学的言説を、ジェンダーを分析的に用いて総合的に検証することで、文化的周縁に置かれ、常に歪められてきたイラン女性の実像を明らかにし、ひいてはイスラーム世界に対する認識の刷新を図ろうとした。古典から現代までの文学作品のみならず、民間歌謡、民話、祭祀や宗教儀礼をも対象とした多様なテクストの分析を通して、複数の時代・階層・ジェンダーにまたがる女性の文学的言説の豊潤な蓄積を立証することができた。
著者
川嶋 辰彦 平岡 規之 山村 悦夫 田中 伸英 平岡 夫之
出版者
学習院大学
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
1999

1.我が国の「都市圏システム」及び「都市圏の核都市システム」について:(1)都市圏システムは集中化段階をほぼ終えており、近い将来加速的分散化段階に入る可能性が大きい。(2)核都市システムは分散化段階をほぼ終えており、近い将来加速的再集中化段階に入る可能性が大きい。(3)核都市システムは、空間的循環過程に於いて都市圏システムより凡そ20年先行している。2.我が国の「巨大都市圏システム」及び「中小都市圏システム」について:(1)巨大都市圏システムは、減速的分散化段階の後半期にある。(2)中小都市圏システムは、減速的集中化段階の後半期にある。3.我が國の大都市圏人口の変化について:(1)三大都市圏(東京、大阪、名古屋)の人口増減は、米国大都市圏の人口増減動向を後追いしている。(2)「都市圏人口の純減過程」に対する先行指標と見做せる「核都市人口の純減過程」に目を遣ると、二大都市圏(大阪、名古屋)の核都市人口は既に比較的長期間に恒り続減している。(3)大都市圏の核都市は、空間的人口集散過程の文脈に於て、将来郊外部に対して相対的強者(即ち人口吸収力が相対的に勝る立場)となり得る。(4)大都市圏の核都市は将来、中小都市圏の核都市に対して相対的強者となり得る。(5)三大都市圏人口は1960年代以降続伸しているが人口成長率は三者とも0%に近づきつつあり、これら大都市圏は将来中小都市圏に対して暫らく弱い立場に立つとは言え、上述の諸点に照らすと比較的早い時期に中小都市圏に対して再び相対的強者となり得る可能性が小さくない。4.以上を踏まえて判断すると、大都市圏の核都市部が今後極めてクリティカルな都市機能的役割りを果たす可能性が大きく、その意味で特に東京都市圏中心地域の積極的な創造的都市投資が強く乞われている。
著者
柴田 史久 田村 秀行 木村 朝子
出版者
立命館大学
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
2010-04-01

可搬移動型複合現実感システムに適した幾何位置合わせ手法の研究開発を推進し,複数の幾何位置合わせ手法を状況に応じて切り替えて利用できるような機構を提案・実装した.また,可搬移動型機器を用いた複合現実感システムを構築するための機能分散型フレームワークを設計・実装した.これを利用することで,コンテンツの動きが同期したMR空間を同時に複数のモバイル機器で共有可能なMRシステムを構築できる.
著者
吉田 友祐 天目 隆平 柴田 史久 木村 朝子 田村 秀行
出版者
一般社団法人電子情報通信学会
雑誌
電子情報通信学会技術研究報告. PRMU, パターン認識・メディア理解 (ISSN:09135685)
巻号頁・発行日
vol.106, no.470, pp.7-12, 2007-01-12
被引用文献数
7

複合現実感システムで現実・仮想両空間の幾何学的整合のために用いるマーカは,これまで検出・同定しやすい人工的なパターンが用いられてきた.こうしたマーカの利用が美観を損ねているとの苦情・批判も少なくない.本研究では「美観と頑健性を両立させた半人為的マーカ」の利用を推奨し,そのようなマーカ・セットを場合に応じて使い分けること提唱する.その第一歩として,対象領域と同系色のマーカ群を用いる「ツートンカラー方式」を考案したので,そのデザインと幾何位置合わせを試みた結果を報告する.
著者
前田 幸男
出版者
東京都立大学
雑誌
若手研究(B)
巻号頁・発行日
2003

本研究のデータ収集計画の過程で、従来とは異なる角度から政党支持・内閣支持の意味につき理論的に検討する必要を感じ、集計された世論調査データの推移を実際の国政の変化と対比させつつ検討する作業を行った。1993年以来の政党の離合集散は、政党支持の測定について、いわゆる五五年体制下では必ずしも明確に意識されなかった諸問題を認識する絶好の機会を提供していると考えたからである。その成果は、後掲の「中央調査報」論文に掲載した。また、内閣支持率の推移を検討する過程で、首相・内閣評価の問題について基礎的な情報を収集する必要を感じ、本調査の質問票には小泉首相を支持する・支持しない理由についての自由回答を付け加えた。本研究のデータ収集は計画より数か月遅れたが、予定された三重県松阪市で2004年12月に行われた。2005年1月末にデータは納品され、現在データ・クリーニングを兼ねた記述的分析が行われている。初期段階で注目するべき成果としては、A・Bの分割調査票形式で行った実験において、「政治」と「政府」では、有権者の反応に興味深い差が見られたことである。即ち、「政治」に対する信頼が「政府」に対する信頼よりも若干高めに出るのみならず、「わからない・答えない」の比率は「政治」についての信頼の方が低い。また、社会福祉質問では、「財政が苦しくても」と「増税してでも」という二つの似通った言葉を使い分けたが、そこにおいても統計的に有意な差が確認できた。今後は、分割票の特性を生かして、一体どのような属性の人々が、如何なる条件で異なる反応を示しているのか検討を続ける予定である。本調査で採用した政治知識尺度を利用することで、従来は得られなかった興味深い知見が得られるものと考えている。
著者
玉井 克哉 川村 一郎
出版者
東京大学
雑誌
萌芽的研究
巻号頁・発行日
1996

従来のマスメディアは、不特定多数に対する一方的な情報提供であり、かつ、運営のために莫大な資金を必要とするため、国民の意見を政府にフィードバックする点で一定の限界があったが、インターネットをはじめとするコンピュータ・ネットワークは双方向性を有するなどこれらの限界を克服する可能性を有している。また、電話など従来の通信手段に比べても様々な点で独自の優位性を持っている。このため、コンピュータ・ネットワークを政治的な活動に利用することは集団の意思形成に要する取引費用を削減し、国民の政治参加への道が大きく拓かれることが期待される。さらに、国民の政治的な意思決定の手段である選挙にもコンピュータ・ネットワークを活用した電子投票システムの導入が考えられる。電子投票システムは、(1)投票所を設けて投票及び開票手続を電子化する方式と、(2)投票所を設けずにネットワークの上で投票を行う方式とに大きく分けられる。(2)ネットワーク上で行う方式には、投票者及び開票者以外の第三者が投票者の本人確認を行うとともに投票の秘密を担保する方式と、当該第三者が本人確認を行い、投票者自身が投票の秘密を担保する方式が考えられる。これらの電子投票システムを実現するためには、投票の秘密を確保することと、選挙が公正に行われたことを担保することが重要な課題である。近年、欧米諸国のみならず日本においても、国や地方の重要な政策の決定に際し国民投票や住民投票を行うケースが増えている。電子投票システムの実現は投票や開票に要する経費や時間を大幅に削減することが期待できるため、国民投票や住民投票を行うことを極めて容易にするものである。しかしながら、このような直接投票の結果は世論操作の影響を受けやすいなどの問題点がかねてから指摘されており、電子投票の場合その傾向がさらに加速されるおそれがあると考えられる。