著者
原田 一貴
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2016-04-22

小腸内分泌L細胞(以下、L細胞)は、消化管内の栄養素、腸内細菌代謝産物、血液中のホルモン、神経伝達物質などを感知し、グルカゴン様ペプチド-1(glucagon-like peptide-1: GLP-1)を分泌する。GLP-1は膵β細胞からのインスリン分泌を促進するほか、摂食行動を抑制するため、内在的なGLP-1分泌能を改善することで糖尿病などの代謝疾患治療に結びつくことが期待されている。アルギニンバソプレシン(arginine vasopressin: AVP)は、腎臓からの水の再吸収に加えて社会行動や血糖値制御にも関与するホルモンである。申請者はAVPがGLP-1分泌を制御し血糖値調節に関与している可能性を提唱し、AVPおよびAVP受容体によるGLP-1分泌調節機構、およびその破綻が生体に及ぼす影響の解明を目的とした。まず、マウスL細胞由来細胞株GLUTag細胞にAVPを投与し、ELISA法によりGLP-1分泌量を測定したところ、細胞内Ca2+濃度およびGLP-1開口分泌回数の上昇を引き起こす濃度で分泌量が有意に上昇した。ここから、AVPによりGLP-1分泌が促進されることが確かめられた。次に、3種のAVP受容体遺伝子欠損マウス(V1aR-/-、V1bR-/-、V1a・V1bR-/-マウス)を用い、安静時および摂食時の血中GLP-1濃度を測定した。摂食条件としてグルコースやアミノ酸などの栄養成分を経口投与したが、マウスでは経口投与によるGLP-1分泌促進効果が低く、分泌能をより正確に解析できるようにするため、小腸への直接注射による投与方法を確立している。また、細胞内の代謝を制御する分子であるATP濃度変化を可視化できる蛍光タンパク質センサーMaLionを開発したほか、グルコース可視化センサーGreen Glifonの開発にも成功した。
著者
清澤 研吉 川真田 樹人 半田 宏
出版者
信州大学
雑誌
若手研究(B)
巻号頁・発行日
2015-04-01

アセトアミノフェンは副作用の少ない解熱鎮痛薬として使用されている薬剤である.しかしその作用機序は未だに不明である。そこでアセトアミノフェンの薬剤標的タンパクを網羅的に探索し作用機序解明を目指した.アセトアミノフェン合成物とHela細胞破砕液を結合反応させ,磁性分離によりタンパクを抽出しアセトアミノフェンと結合するタンパクを同定した.得られた標的タンパクは体温の恒常性に関与するGSK-3βであった.そこで発熱モデルを用いてアセトアミノフェンの解熱効果を確認した結果,アセトアミノフェンはGSK-3βを抑制することで解熱作用を発揮する可能性が示唆された.
著者
高橋 洋 中山 耕至 竹下 直彦 武島 弘彦 橋口 康之 田上 英明
出版者
国立研究開発法人水産研究・教育機構
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
2017-04-01

種内の遺伝的多様性は種の存続に不可欠と考えられている。本研究は,その遺伝的多様性が脊椎動物中最も低いレベルであるにもかかわらず,長期間絶滅せずに存続してきた魚類の一種“アカメ”のゲノム分析を行った。ゲノムデータからもアカメの遺伝的多様性が現時点でゲノムが解読されている脊椎動物の中で最も低いことが示されたが,一部の領域が高いヘテロ接合度を示すことが明らかになり,選択圧によって一部の領域に遺伝的多様性が維持されている可能性が示唆された。
著者
赤堀 三郎 出口 剛司 飯島 祐介 堀内 進之介 河合 恭平 磯 直樹
出版者
東京女子大学
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
2020-04-01

本研究は、今日勃興しつつある信用スコアサービス、およびその基礎にある与信管理技術に関し、受容意向という側面に着目し、社会学の立場からこの種の対象を総合的に扱うための枠組を構築しようとするものである。すなわち、第一に、信用スコアに関するデータを収集・整理し、国内外の社会学研究者や他分野の研究者のさらなる探究に資するデータベースを作成し、公開する。第二に、信用スコアの受容意向に関する実態調査を行い、結果を公表する。第三に、上記データベースと調査結果の分析および考察を通じ、「信用スコアの社会学」を確立し、与信管理技術を代表例とする新技術の社会的影響という広範なテーマを扱える社会学理論の創造をはかる。
著者
三船 恒裕
出版者
神戸大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2011

本年度は昨年度に引き続き、外集団への攻撃性が生じうるかを検討する実験を行った。昨年度はコスト祖を支払った攻撃性を測定する経済ゲームとして新たに先制攻撃ゲームを開発したが、そもそもの攻撃率が低いという問題があった。そこで今年度はまず、ゲームの内容を改善し、さらにゲームでの攻撃行動が防衛のための攻撃であることを示すための実験を行った。具体的には以下の通りである。参加者は二人一組で1500円を元手としてゲームを行い、一方が攻撃のボタンを押すとボタンを押したほうが100円を支払い、押されたほうは1000円を失うこととなった。両者がボタンを押しても結果は早押しで決まり、後から押した場合は自分・相手に対して何の影響もなかった。実験では二人一組の双方がボタンを押せる双方向条件と、一方だけがボタンを押す権利があり、もう一方はボタンを押せない一方向条件を参加者間で配置した。先制攻撃ゲームにおけるボタン押し行動が「相手がボタンを押すかもしれない」という恐怖に基づくものであれば一方向条件ではボタンを押し行動が生じないと予測されるが、実験の結果はこの予測を支持した。双方向条件での攻撃率は50%であったが、一方向条件では4%であった。双方向条件においてかなりの攻撃率が観察されたため、次の実験ではこの攻撃率が内集団相手と外集団相手で異なるのかを確かめる実験を行った。132人を実験参加者とし、最小条件集団を用いて相手の所属集団を操作した結果、攻撃率は相手が内集団の場合は約29%、外集団の場合は約32%であり、統計的な有意差は見られなかった。つまり、昨年度実施したゲームを改良し、攻撃率が高まるようにしても、昨年度の結果と同様に外集団に対して特に攻撃的になるという現象は観察されなかった。これは「ヒトには外集団に対する攻撃性が身についている」と主張する共進化モデルの予測とは明確に反する結果である。
著者
佐藤 丈
出版者
埼玉大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2008

余剰次元として商空間の構造を持つ理論を考え、素粒子標準理論を超える理論の構築を試みた。より具体的には二つの方法を用いた。一つ目は、商空間次元降下の方法で、標準理論に直結しうる商空間とその理論での物質の同定を行った。二つ目は商空間として最も単純なS2上で模型の構築をいくつか行った。一つは大統一理論的な方法でゲージ群としてSO(12)を考え、標準理論が出うることを示した。もう一つは普遍高次元理論の枠内で、余剰次元をS2とする標準理論の拡張を行い、十分生きている模型であることを示した。
著者
古田 亮 木島 隆康 薩摩 雅登 岡本 明子 下東 佳那 田中 圭子 黒田 和士
出版者
東京藝術大学
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
2012-04-01

web上で全資料のリストを公開し、全資料を検索可能なデータベースを公開した。あわせて全資料の総目録を作成した。また本研究の成果発表として、2015年12月に東京藝術大学大学美術館展示室において、「藤田嗣治資料公開展示」を行い、資料群の中から、藤田の生涯を通覧できる写真資料を展示したほか、本資料に特徴的なものを特に選出し、展示した。また、観覧者の理解の助けとするためのリーフレットを作成し、展示室で配布した。藤田の日記などをもとに藤田の詳細な年譜を作成した。この年譜は2017年に刊行予定である。
著者
赤池 孝章 野口 陽一郎 前田 浩
出版者
熊本大学
雑誌
一般研究(C)
巻号頁・発行日
1994

ウイルス感染病態における一酸化窒素(nitric oxide,NO)の役割を解析するため、マウスインフルエンザウイルス肺炎モデル、ラット狂犬病ウイルス/単純ヘルペス脳炎モデルを作製し、各ウイルス感染病巣におけるNOの過剰生成を解析し、NO合成阻害剤であるN^G-monomethyl-L-arginine(L-NMMA)を投与し、生体内のNO合成を制御することで、ウイルス感染病態がどのように修飾されるかを検討した。その結果、マウス、ラットの肺、および脳内において、ウイルス感染に伴い誘導型NO合成酵素(NOS)が強く誘導されることが、誘導型NOSのcDNAプローブを用いたRT-PCR/Sourthern blot法、およびNorthern blot法により明らかとなった。また、ウイルス感染局所におけるNO生成を電子スピン共鳴(electron spin resonance,ESR)法により、110Kにて解析したところ、過剰に産生したNOに由来するNO-ヘモグロビンアダクトの有意な生成が認められ、これは、NOS阻害剤であるL-NMMAを動物に投与することにより著明に抑制された。さらに、L-NMMA投与により、インフルエンザウイルス感染マウスの生存率が有意に改善(100%致死率→50%生存)した。以上の知見より、マウスインフルエンザウイルスをはじめとする各種ウイルス感染の病原性発現機構において、NOが重要な増悪因子として作用していることが明らかとなった。
著者
皿井 舞 塚本 麿充 神居 文彰 早川 泰弘 城野 誠冶
出版者
独立行政法人国立文化財機構東京国立博物館
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
2017-04-01

2019年度は、鳳凰堂内の修理事業の計画のうち天井の建造材の剥落止め作業が行われたことから、鳳凰堂母屋正面(東面)の天井、東面の4本の柱絵、及び、それまで足場の長さが足りず十分に届かなかった南面の柱等の調査を行う予定であった。6月11日に、事前調査として、足場最上層にのぼり格子天井や大虹梁ほかの彩色の状態を確認した。8月3日~4日、鳳凰堂内の目視調査を実施、従来、確認できていなかった柱絵の図容を調査した。また阿弥陀如来像が堂内で安置場所から移動するのにともない、10月14日~15日、像、光背などの撮影、調査をおこなった。その後、年度末に来迎柱の絵様帯に描かれた各モチーフの彩色材料につき科学調査を実施する予定であったが、新型コロナウィルス感染症による緊急事態宣言発出のため、実施ができなかった。この点については、鳳凰堂の空間彩色の問題を解決する糸口となる重要な調査であるため早期の実施をはかりたい。
著者
尾鼻 崇
出版者
立命館大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2007

本研究の目的は、映像に付随する音楽に焦点をあて、それを音楽学的見地から考察するものである。本年度は「映画音楽」の成立に大きく貢献した作曲家としてマックス・スタイナー(Max Steiner 1888-1971)を取り上げ、彼のスタイルの確立と変遷を明らかにした。「映画音楽の父」と呼ばれるようにスタイナーは1930年代に台頭しつつあったハリウッド映画において「映画音楽」を変容させ、大衆藝術としての新しい音楽ジャンルを確立した作曲家である。だが、同時に彼にはグスタフ・マーラーより本格的な西洋芸術音楽の教育を受けていた音楽的背景がある。ここからスタイナーの活動には通常、分断されて考察されがちな「正統な」芸術音楽と大衆藝術とを結ぶ方法論があることが考えられる。それを明らかにするために、スタイナーの代表作である『キングコング』(1933)、『男の敵』(1935)、『風とともに去りぬ』(1939)を取り上げ、(1).スタイナーが用いた西洋藝術音楽の技法、(2).スタイナーの作風の確立と変遷、(3).「映画音楽」と西洋藝術音楽の相違の三点を考察した。以上の成果は博士論文「映画音楽の誕生と変遷」として立命館大学に提出済みである。他方では、GCOE「日本文化デジタル・ヒューマニティーズ」の一貫として、人文科学としての「映画音楽」研究の成果を基盤とし、テレビゲームとそのサウンドについての研究を行った。本年度は、立命館大学アート・リサーチセンターにおいて実験的に「テレビゲームの映像」と「コントローラーボタン操作情報」を収録し、デジタル・アーカイヴ化の方法論の構築した。
著者
菊水 健史 茂木 一孝 永澤 美保 永澤 美保
出版者
麻布大学
雑誌
新学術領域研究(研究領域提案型)
巻号頁・発行日
2013-06-28

げっ歯類では、視線と匂いを社会シグナルとして情動が伝染。この時、双方のストレス内分子が機能する必要となった。脳内ではACCからPAGが情動伝染を司ること、また痛み受容チャネルのTRPV1が関与する可能性を見出した。次に、幼少期母子間の阻害で、情動伝染の機能が低下した。母子間において、帯状回オキシトシン神経系が活性化し、この幼少期帯状回オキシトシンを阻害すると、社会認知や親和性が低下することを見出した。最期に、ヒトイヌの視線を用いた交流は両者のオキシトシンを分泌すること、飼育期間が長く、飼い主を長く見る犬は、飼い主からの情動が伝染し、飼い主と再開したイヌはオキシトシンを介した情動的な涙を流た。
著者
岡本 圭一郎 黒瀬 雅之 山村 健介 高木 律男
出版者
新潟大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2016-04-01

心理ストレスは歯科領域での痛みを増大させる。本課題ではストレスが咬筋の痛みを増大させる生体機構を、脳神経系の機能変化と想定し、基礎的に解明した。三叉神経脊髄路核尾側亜核(Vc)に着目した。これまでの研究によってVc部は顎顔面部の痛みの応答を制御する部位であることが解明されているからである。繰り返しストレス処置を加えると、咬筋への侵害刺激による Vcの興奮性は有意に増大することが明らかになった。さらに選択的セロトニン再取り込み阻害剤を繰り返し投与するとストレスによるVcの興奮性の増大は低下することがわかった。つまりストレスによるセロトニン機構の変調が咬筋の痛みを増大させることがわかった。
著者
常本 照樹 佐々木 雅寿 山下 竜一 長谷川 晃 辻 康夫 北原 次郎太 山崎 幸治 加藤 博文
出版者
北海道大学
雑誌
基盤研究(A)
巻号頁・発行日
2011-04-01

英米型の先住民族政策とは異なる、日本とアイヌ民族の実状に適合した先住民族政策のあり方を追求した結果、憲法13条の「個人の尊重」に個人としてのアイヌが自らのアイデンティティを選択する自由の根拠を求め、その自由を実質化する責務を国に課すことによって民族文化の復興を目指すことが、第一段階として必要にして合理的であることが明らかになるとともに、文化の伝承・発信の具体的あり方も示すことができた。また文化の復興は、社会的・経済的地位の向上政策に対する国民理解の推進のために必要であるだけでなく、地位の向上に主体的に取り組むアイヌの累増のためにも有効であることが明らかになった。
著者
竹中 正巳
出版者
鹿児島大学
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
1998

朝鮮半島と日本列島の人々の成り立ちを明らかにするために,韓国出土の新石器時代人,原三国時代人,三国時代人、慶尚南道現代人の永久歯・乳歯の形態に関するデータを充実させ,分析した。釜山大学校博物館に出張し,凡方貝塚出土の新石器時代人、勒島出土の原三国時代人,礼安里をはじめとする三国時代人のデータを収集した。それを基に,統計学的分析(単変量・多変量分析)を行った結果,礼安里をはじめとする三国時代人は,慶尚南道の現代人・日本列島の渡来系集団と類似する形態を持つことが明らかになった。三国時代以降,現代に至るまで歯の形態は変化していない可能性が示唆される。これは,日本列島における歯の形態の時代的変化と同様である。弥生時代から古墳時代にかけて日本列島へ渡来した渡来人の原郷の一つと考えられる朝鮮半島でも,1500年の間,歯の形態に大きな変化がないことは渡来人の歯の形質を解明する上で意義深い。朝鮮半島の三国時代人,現代人,日本列島の渡来系弥生人,古墳時代以降の人々の持つ,大きな歯,シャベル(切歯)や屈曲隆線(下顎第一大臼歯)等の特徴は,渡来人が元々持っていた歯の特徴であり,それが朝鮮半島と日本で約2000年保持されてきた可能性が高い。
著者
野山 広 岩槻 知也 石黒 圭 藤田 美佳 石川 慎一郎 横山 詔一 前田 忠彦 名嶋 義直 大安 喜一 石井 恵理子 佐藤 郡衛
出版者
大学共同利用機関法人人間文化研究機構国立国語研究所
雑誌
基盤研究(A)
巻号頁・発行日
2019-04-01

本研究では、現在の社会状況や多様な言語・文化背景を持った日本語使用者が共存・共生する時代に応じた(約70年ぶりの)日本語リテラシー調査(主に読み書きの力に関する調査)の実施に向けて、調査方法の開発を目指す。そのために、以下の1)~3)の実態調査(国内外)、コーパス構築、学際的な観点(基礎教育保障学、日本語教育学、生涯学習論、統計科学、異文化間教育などの多様な分野)からの分析・検討、国際シンポジウム等を実施するとともに、調査の在り方(方向性)や姿勢の追求(追究)、調査方法の開発、試行調査を行う。1)日本語使用の実態調査2)コーパス構築とデータ分析3)調査方法の開発
著者
柴田 芳成 FITTLER ARON
出版者
大阪大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2019-10-11

本研究では、日本の古典和歌と関連する特徴的な修辞法の中から序詞と本歌取りと引歌をとりあげて、比較文学的なアプローチと翻訳研究のアプローチから検討、考察する。前者においては、日本の和歌と西洋詩という、文化的や言語的な背景を異にする文学の間に共通性を探求することが中心となる。また、後者においては、対象とする上代から中世までの和歌作品(引歌の場合はそれを多く使用した散文作品)の欧文訳の実態を明らかにし、比較文学的な研究の成果も参考にして、翻訳の改善を試みることが中心となる。
著者
山本 啓介
出版者
学習院大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2008

本年度は、前年度までの和歌会作法書類の資料調査を整理し、現存和歌会作法書目録の作成を進めた。同目録は現在のところ当初目標と設定した調査をほぼ終了しているが、なお未調査の資料も少なくないため、これらの継続的調査を完了した段階で発表する予定である。上記の調査にあわせて、室町中・後期を中心に和歌会に関する古記録を収集調査し、内容をデータとしてまとめている。また、現存和歌懐紙・短冊の調査もあわせて行い、和歌会作法書との対応関連についても考察を行っている。以上の成果として、和歌会作法書の生成、及び伝授の諸相の研究の進展が挙げられる。室町後期飛鳥井流の書に『和歌条々』という書があり、当主自筆原本が多く伝来している。これらの内容整理、分析、及び伝授の様相を考察し、「飛鳥井家の和歌会作法伝授-『和歌条々』を中心に-」(「和歌文学研究」2010年6月)に発表した。さらに、伝授の考察という点で、共通点の少なくない飛鳥井流蹴鞠書『蹴鞠条々』についても併せて調査を進め、これらの様相を照合することから飛鳥井家の和歌伝授の様相をさらに考究した。その成果は中世文学会秋季大会(2010年10月於県立広島大学)において「中世における和歌と蹴鞠-『蹴鞠条々』と『和歌条々』の伝授を中心に-」として口頭発表を行った。また同発表の成果をまとめた同題の論文を「中世文学」五六号(2011年6月)に掲載する予定である。これらの一連の研究は、室町後期における和歌の作品の背景の様相解明に加え、地方武家相など含めた様々な層における文学・文化享受の有り様を知る上でも、当時における芸道伝授の一面を知る上でも重要なものであると位置づけうる。
著者
坪井 秀人
出版者
名古屋大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2011

本研究では、日本の短詩型文学、特に和歌が西欧語に翻訳され、その翻訳テクスト歌曲として作曲された過程をドイツ語・東欧諸語・フランス語の翻訳テクストによる歌曲作品を対象に調査し、20世紀初頭、1930年代まで独墺仏および東欧・北欧地域の作曲家による歌曲作品のリストを作成し、その波及の実態を考察した。資料調査は日本国内の図書館、海外ではウィーンのオーストリア国立図書館、ベルリン州立図書館およびプラハのチェコ国立図書館などの海外の図書館と国内の大学図書館を中心に行い、その研究成果として日本語版論考を学術雑誌に発表し、そのドイツ語版を、本年中にスイスの出版社から刊行される論集に発表する予定である。
著者
河野 有時
出版者
東京都立産業技術高等専門学校
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2014-04-01

本研究は、言文一致運動が伝統的な和歌の革新と近代短歌の成立にどのような影響を与えたかということについて明らかにしようとするものである。言文一致運動を背景に、散文世界では次第に「つ」「ぬ」「たり」「り」「き」「けり」といった時の助動詞は失われていった。だが、短歌はそれを残し、残しながら短歌表現として近代化を推進めたのである。それは、一人称の現在的な発話たる短歌の表現に地の文の末尾を席捲した助動詞の「た」が位置しにくかったためだった。そこで、近代の短歌は、動詞の終止形止めやテイル形を用いることによって、時の表現に膨らみをもたせた。石川啄木の『一握の砂』に見られる諸歌はその代表と位置づけられる。