著者
立石 潤 高久 史麿 今堀 和友 辻 省次 井原 康夫 畠中 寛 山口 晴保 貫名 信行 石浦 章一 勝沼 信彦 中村 重信
出版者
九州大学
雑誌
重点領域研究
巻号頁・発行日
1992

当研究班では脳老化に伴う神経変性とくにアルツハイマー型老年痴呆を中心課題としてとり挙げ、その発症機序を分子生物学的ならびに分子遺伝学的手法により追求した。まず神経系細胞の生存維持に直接関与する神経栄養因子に関しては神経成長因子(NGF)およびそのファミリー蛋白質であるBDNF,NT-3,4,5を中心に特異抗体の作成とそれによる鋭敏な測定方法の確立、受容体のTrkA,B,Cなどの核酸、蛋白レベルでの検索で成果を挙げた。さらに神経突起進展作用を持つ新しい細胞接着因子ギセリンを発見し、逆に成長を遅らす因子GIFについてそのcDNAのクローニングから発現状態までを明らかにした。アルツハイマー病の2大病変である老人斑と神経原線維変化(PHF)については、主な構成成分であるβ蛋白とタウ蛋白を中心に検討を進めた。β蛋白に関してはびまん性老人斑は1-42(43)ペプチドから成り、アミロイド芯と血管アミロイドは1-40ペプチドから成ることを発見した。タウ蛋白に関しては、そのリン酸化酵素TPKI,IIを抽出し,それがGSK3とCDK5であることをつきとめた。さらには基礎的な業績として神経細胞突起の構成と機能、とくに細胞内モーター分子についての広川らの業績は世界に誇るものである。アルツハイマー病の分子遺伝学上の重要点は第14,19,21染色体にある。第14染色体の異常は若年発症家系で問題となり、わが国の家系で14q24.3領域のS289からS53の間約8センチモルガンに絞り込んでいた。最近シエリントンらによりpresenilin I(S182)遺伝子が発見され、その変異が上記のわが国の家系でも検出された。第19染色体のアポリポ蛋白E4が、遅発性アルツハイマー病のみならず早発性の場合にも危険因子となることを、わが国の多数の症例から明らかにした。第21染色体ではダウン症関連遺伝子とともにAPP遺伝子があり、そのコドン717の点変異をわが国のアルツハイマー家系でも確認した。さらに第21染色体長腕部全域の物理地図を完成した大木らの業績は今後、学界への貢献度が大であろう。これらの研究成果を中心に、単行本として「アルツハイマー病の最先端」を羊土社より平成7年4月10日に発行し、また週刊「医学のあゆみ」の土曜特集号として平成7年8月5日号に「Alzheimer病-up date」を出版した。
著者
山内 一也 芹川 忠夫 小野寺 節 北本 哲之 立石 潤 品川 森一 宮本 勉
出版者
(財)日本生物科学研究所
雑誌
基盤研究(A)
巻号頁・発行日
1997

プリオン病について、プリオン蛋白(PrP)遺伝子の面から解析が進み、また動物モデルでも種々の新しい知見が蓄積した。主な成果は以下のとおりである。プリオン病の発病機構についてPrP遺伝子多型性の関与が分子遺伝学的解析およびマウスへの伝播実験から新しい知見が蓄積してきた。とくにコドン219での正常多型と孤発性CJD発病との関連は欧米人にはみられない日本人特有のものであることが明らかにされ、さらにコドン102と219の病態への関与が示された。また遺伝子多型および異常とマウス伝播の関連も整理されてきた。さらに人PrP遺伝子を過剰に発現するトランスジェニックマウスが作製され、正常マウスよりもきわめて高い感受性を示すことが確認された。一方、生化学的解析でCJD患者脳でのガングリオシド組成の特徴が整理された。スクレイピーに関してはPrP^<Sc>のproteinase K抵抗性とマウスでの潜伏期の長さとの関連が解析され、マウス継代によりブリオンの構造が凝集しやすくなることが示唆された。PrP遺伝子の機能に関連しては、プリオンレス神経細胞が樹立され、アポトーシスによる細胞死滅が明らかにされた。プリオン蛋白の構造変換のモデルとしては、大腸菌のRNase HIのプソイドモジュールについて二次構造転移と自己増殖が調べられ、αヘワックスからβシートへの変換が反応温度に依存していることが明らかにされた。海綿状脳症の病態解析のモデルとしては、遺伝性海綿状脳症ラットzitterについて病変形成に関わると考えられるzi遺伝子のコンジェニックラットが作られ、また、病変形成におけるフリーラジカルの関与が示された。ぺットおよび鳥類での自然発生海綿状脳症の検索の結果、老齢のトリで1例アミロイド様物質沈着病変がみいだされたがプリオン抗体とは反応せず、本病の存在の可能性は非常に低いものと推察された。
著者
三浦 隆史
出版者
東北大学
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
1996

プリオン病は脳内タンパク質により引き起こされる致死性の神経変性疾患であり、感染性を示す点でアルツハイマー病などの他の痴呆症とは異なる特徴を持つ。正常なプリオンタンパク質(PrP^c)は約210アミノ酸残基からなり、C末端側約半分の領域はαヘリックスに富む。このαヘリックスの一部がβシートに転移すると分子間会合によってアミロイド化し病原性を示すようになる。最近、研究代表者はPrP^cのN末端領域に存在するPHGGGWGQというオクタペプチドの繰り返し配列にCu (II)イオンが結合すると、そのC末端方向にαヘリックス構造が誘起される新しい現象を見い出した。本研究では、この知見を基礎として、(1)金属結合部位の特定と(2)繰り返しの理由の解明を行った。1.オクタペプチド(NPr1)とCuの複合体のラマンスペクトルから、ヒスチジンのイミダゾール側鎖および脱プロトン化した主鎖アミドの窒素原子が配位子となることがわかった。さらにオクタペプチドの断片化を行うことにより、HGGG領域がCu結合部位であることを明らかにした。2.NPr1の場合、金属複合体形成はペプチドに対して2当量以上のCu (II)イオンの存在を必要とする。しかし、オクタペプチド2回繰り返しからなる16merペプチド(NPr2)ではオクタペプチドユニット当り1当量のCu存在下で顕著な複合体形成を示し、Cuに対する親和性の増加が認められた。以上の結果から、PHGGGWGQ配列が連続することで、HGGG部位がCuに効率的に結合し、PrP^cのαヘリックス構造が安定化されることがわかった。脳内の金属イオン濃度やpHの変動によるオクタペプチド領域の構造変化がプリオンタンパク質の病原化の原因である可能性がある。
著者
吉野 直行 深尾 光洋 池尾 和人 中島 隆信 津谷 典子 木村 福成 古田 和子 竹森 俊平 和気 洋子 嘉治 佐保子 友部 謙一
出版者
慶應義塾大学
雑誌
特別推進研究(COE)
巻号頁・発行日
1999

1997年に発生したアジア通貨危機は、資本自由化・為替制度・コーポレートガバナンスなど、さまざまな問題に起因している。本研究では、最終年度において、通貨危機に対する各国の対応(資本流出規制)の効果について、理論的・実証的な分析を行い、輸出入依存度の高い経済においては、資本規制も短期的には有効であることが導出された。為替制度のあり方についても、日本の経験、通貨危機の影響を踏まえ、中国の(実質的な)固定相場制をどのように変更することが望ましいか、アジアの共通通貨のベネフィットに関する議論もまとめることが出来た。また、バブルを発生させた各国の銀行行動の分析では、(i)金融機関の数(オーバーバンキング)、(ii)担保価値への影響を与える地価の変動、(iii)経営能力とガバナンス、(iv)地域経済の疲弊などの要因を、クラスター分析で導出した。アジア各国への日系企業の進出では、工業団地の役割について、現地調査を含めた分析をまとめた。日系企業の進出の立地として、労働の質、市場としての魅力を背景とした立地が多いことも、調査により明らかとなった。日本からの企業進出は多いが、海外から日本国内への直接投資は非常に少ない。地価・賃料の高さ、労働賃金の高さ、通信コストの高さなど、アジアにおける日本の劣位も明らかにされた。歴史パートでは、人口成長率の違いが経済発展に与える効果を、タイ・日本について比較分析を行った。COE研究における5年間の研究成果は、海外との研究協力や、海外のジャーナルへの論文発表、国内・海外の学会での発表、国内外での書籍の出版などを通じて、発信することができた。こうした研究成果を基礎に、アジアとの結びつきが重視されている現状も踏まえ、さらに研究を発展させる所存である。
著者
山田 知充 西村 浩一 伏見 硯二 小林 俊一 檜垣 大助 原田 鉱一郎 知北 和久 白岩 孝行
出版者
北海道大学
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
2001

近年の地球温暖化の影響であろうか、半世紀ほど前からヒマラヤ山脈の南北両斜面に発達する表面が岩屑に覆われた谷氷河消耗域の末端付近に、氷河湖が多数形成され始めた。ところが、同じ気候条件下にあり、同じような形態の谷氷河であっても、ある氷河には氷河湖が形成されているのに、他の氷河には氷河湖が形成されていない。何故ある氷河には氷河湖が形成され他の氷河には無いのであろうか?今回の研究によって、氷河内水系、岩屑に覆われた氷河の融解速度と氷河の上昇流速から計算される氷河表面の低下速度(氷厚の減少)を考慮した氷河湖形成モデルを導き出すことによって、この問題に対する回答を得ることができた。氷河湖が一旦形成されると、その拡大速度は非常に大きく、わずか30〜40年の間に、深さ100m、貯水量3000万〜8000万m^3もの巨大な湖に拡大成長する。何故これほどの高速で拡大するのであろう?氷河湖の拡大機構を以下のように説明出来ることが分かった。太陽放射で暖められた氷河湖表面の水が、日中卓越する谷風によって、湖に接する氷河末端部に形成されている氷崖へと吹送され、氷崖喫水線下部の氷体を効率よく融解する。そのため、下部を抉られた氷崖が湖へと崩れ落ちる(カービング)ことによって、湖は急速に上流側へと拡大する(氷河は逆に効率よく縮退する)。一方、湖底の氷は約2〜3℃の水温を持つ湖水で融解され、水深を増す。この両者によって湖は拡大している。湖の熱収支を計算すると、湖に崩れ落ち小氷山となって漂う氷の融解と湖底氷を融解させるに要する熱量は、アルベドの小さな湖表面が吸収した太陽放射エネルギーで主に賄われていることを確認した。研究成果の一部は3冊の英文報告書及び、3冊の邦文研究報告書として出版されている。
著者
住 明正 中島 映至 久保田 雅久 小池 俊雄 木本 昌秀 高木 幹雄
出版者
東京大学
雑誌
重点領域研究
巻号頁・発行日
1996

3年計画の最終年度であるので、今までの研究成果の取りまとめを中心に研究活動が行われた。まず、陸域班では、顕熱・潜熱フラックス、アルベド、土壌水分などの物理量の推定が第2年度に引き続き行われた。海洋班では、ほとんどの月平均フラックス求められたので、それらを用いて、海洋内部の熱輸送などが解析された。その結果、西太平洋暖水域の維持機構について、中部太平洋で暖められた水が西に移流される、という関係が明らかになった。大気班では、大気中のエアロゾルや、雲の微物理量の推定が行われ、世界で初めて、広域・長期にわたるデータが得られた。植生班では、NOAAのGACデータを再処理することにより、新しく、土地利用分布を解析した。モデル班では、衛星データのモデルへの取り込みについて研究を深め、マイクロ波による水蒸気データの影響が大きいこと、高度計のデータが非常に重要であることなどが得られた。又、衛星データとモデルを用いた大陸規模の熱輸送・水輸送の推定が行われた。最近の衛星データを用いることにより、この推定が改善されることが示された。成果報告会も2回開催し、又、成果報告書も年度末に刊行する予定である。
著者
杉山 登志郎 猪子 香代 小堀 健次
出版者
静岡大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
1998

黄柳野高校に入学した生徒に対する6年間にわたる調査の集計を行った。その結果、調査が可能であった796名の生徒のうち不登校の既往者は73%、いじめの既往者は48%にのぼった。不登校と相関が認められた要因は、生育歴上の家庭の混乱、いじめ、家庭内暴力、教師との葛藤、などの項目であり、非行行為の既往をもつ62%もまた不登校を伴っていた。早期に集団教育でトラブルが生じたものの方が、不登校の開始年齢が若く、また学力の問題を抱えるものの方が、不登校の開始年齢が優位に早いことが示された。軽度発達障害をもつ生徒は、全体の15%程度であるが、このグループでは多動傾向の既往と非行と、言葉の遅れと学力の問題が高い相関をもつことが示された。また症例検討からは、対人的過敏性や強迫性、低学力を抱える生徒において不登校からの回復が不良となる可能性が高いことが示された。また生徒の20%は精神科的な治療を要する問題を抱えており、不登校への対応に対する医療との連携の必要性が示された。
著者
上地 勝
出版者
茨城大学
雑誌
若手研究(B)
巻号頁・発行日
2001

[目的]本研究は、中学生の不登校の予防、あるいはその兆候発見の一助となるよう、不登校傾向と関連する要因を明らかにすることを目的とした。[対象と方法]茨城県内7市町村の公立中学校7校に在籍する生徒3,011人を調査対象とした。回収率は96.6%(2,908人)であった。調査項目は不登校傾向、基本特性(性別、学年)、行動特性(部活動参加、学校以外での勉強、保健室の利用頻度、家族行事への参加)、健康習慣(睡眠、運動、朝食の摂取状況、間食、喫煙経験、飲酒経験)、心理社会的要因(抑うつ症状、日常生活ストレッサー、セルフエスティーム、ソーシャルサポート)であった。不登校傾向の定義は「過去1年間で、学校に行くのが嫌で学校を1日以上休んだ経験あり」とした。統計解析にはロジスティック回帰分析を用い、オッズ比とその95%信頼区間を算出し、不登校傾向と各項目の関連性を検討した。[結果]303人(10.4%)の生徒が不登校傾向にあった。不登校傾向の生徒は男子より女子、1年生より2、3年生に多く見られた。保健室利用頻度、抑うつ症状は不登校傾向と強い関連を示し、抑うつ症状の得点が高くなるにつれて、また、保健室の利用頻度が高くなるにつれてオッズ比が有意に上昇した。睡眠習慣との関連について、不登校傾向群の生徒は一般群と比較して睡眠時間が短く、就床時刻が遅い傾向にあった。睡眠時間が7時間未満の生徒は、7〜9時間の生徒に比べ不登校傾向のリスクが高く、オッズ比は1.67であった。また、就床時刻が午前1時以降の生徒は、午後11時前の生徒に比べてリスクが高く、オッズ比は2.35であった。起床時刻と不登校傾向との関連は見られなかった。本研究で明らかになった要因については、不登校の予防要因、あるいは不登校予備群のスクリーニング項目として今後詳細に検討していく必要があるものと思われる。
著者
氏家 達夫 二宮 克美 五十嵐 敦 井上 裕光
出版者
名古屋大学
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
2002

本研究は、愛知県と福島県の中学生を3年間追跡し、問題行動の消長パターンと親や本人の心理的要因との関連を縦断的に明らかにしようとするもめである。調査は、子どもに対しては、平成14年9月から平成16年9月まで、およそ4ヵ月間隔で、合計7回実施した。親については、平成14年9月、平成15年9月、平成16年9月の3回実施した。調査内容は、子どもの非行や抑うつの問題行動、自己価値感、子どもの気質特徴、対処方略、友人の行動、友人との関係、親行動や親の夫婦関係、学校適応、などであった。各回約1000組を超える親子が参加した。縦断データとして分析可能だったのは、212名であった。明らかになったことは、非行については、非行行動の深まりに特定のパターンが認められること、抑うつと非行の問に関連があること、子ども自身の気質特徴が関係していること、親は必ずしも子どもの非行を把握できていないこと、友人の影響が親の影響より大きいことなどである。抑うつについては、抑うつ症状を呈すると判断される子どもはサンプルの20%程度に上ること、しかも継続的に抑うつ症状を報告する子どもが縦断サンプルの10%程度に上ること、抑うつに対する親の影響は限定的で間接的であること、自己概念や友人との関係が強い影響力を持っていること、などである。これらの分析結果は、ベルギー・ゲントで開催された世界行動発達学会(ISSBD)において3件、アトランタで開催された児童発達学会(SRCD)において2件、サンフランシスコで開催された青年発達学会(SRA)で4件の口頭発表でそれぞれ報告された。国内学会で41件の口頭発表で報告された。また、4本の論文を公刊した。
著者
勝野 眞吾 松浦 直己
出版者
兵庫教育大学
雑誌
萌芽研究
巻号頁・発行日
2007

本研究では、少年院在院者に対して、いくつかの精神医学的尺度および心理学的質問紙を使用した調査を実施した。世界的にも女子における深刻な非行化群の研究例は少ない。本研究の目的は、女子少年院在院生を対象として、自尊感情や攻撃性、児童期のAD/HD徴候及び逆境的児童期体験における特性や明らかにすることである。またそれぞれの因子の関係性を解析し因果モデルを構築することである。その際、年齢と性別をマッチングさせた対照群を設定した。対象群はA女子少年院在院生41名で平均年齢は16.9(標準偏差1.7)歳。2005年12月から2007年5月までに入院した全少年を対象とした。両群にRosemberg版自尊感情尺度、日本版攻撃性質問紙、ACE(Adverse Childhood Experiences)質問紙、AD/HD-YSR(Attention Deficit/Hyperactivity Disorder-Youth Self Report)を実施した。対象群のみWISC-IIIを実施した。自尊感情尺度の結果、対象群の自尊感情は有意に低かった一方、攻撃性に有意差は認められなかった。ACE質問紙の結果両群には著明な差が検出され、対象群の深刻度が明らかとなった。AD/HD-YSRの結果、対象群は学童期から不注意や多動衝動性等の行動の問題が顕著であることが示唆された。またWISC-IIIの結果、対象群のFIQの平均値は79.4(SD=11.1)点であり、認知面の遅れが示唆された。相関分析では、攻撃性得点と自尊感情には有意な負の関係が認められ、攻撃性とACE score及びAD/HD-YSR得点には有意な正の相関が検出された。すなわちこれらの因子が攻撃性に影響を与えていることが示唆された。このような傾向は青年期のみならず、成人期以降も対象者(少年院在院者)に深刻な影響を与えると思われた。
著者
松原 望 北村 喜宣 繁枡 算男 小宮山 宏 細野 豊樹 佐藤 仁 石 弘之
出版者
東京大学
雑誌
特定領域研究
巻号頁・発行日
1998

(松原)最終年度のとりまとめを行った。アジア・太平洋地域の環境問題は、開発と高い経済成長にともなう環境破壊、資源開発と相関する環境破壊、「環境保護」の名のもとの環境破壊、所得格差と不平等増大の進行、などの各論的問題が次第に総論化し、政策の統合と協調が政治経済学的に「集合行為」(オルソン問題)としての課題となっている。その中でアメリカの環境政策での立場が、ブッシュ政権のもとで従来との一貫性を欠く等の局面が現出していることに焦点をあてた総括を行った.(小宮山)中国を含む東アジアおよび東南アジア諸国における資源とエネルギーについて20世紀後半50年間分のデータを収集し、農業生産量、エネルギー資源等の天然資源の生産量、工業生産量の経年変化から現状を分析した。(繁桝)構造方程式モデル(SEM)のパラメータを推定するためのベイズ的な解析方法を理論的に精緻化し、ギブスサンプリングを用いて実用化した。SEMは,リスク認知における因果関係を検証するために有用な方法である。(佐藤)今年度は、日本における資源概念の形成にかかわる文献を集中的に収集し、とくに南洋地域における資源確保の政策背景について研究した。タイでは関連する現地調査も行った。(北村)環境保護のためにきわめて厳格な法執行制度を整備している米国環境法を概観し、日本環境法の導入可能性をさぐった。非刑事的制裁の有効性などが示唆されたが、日本の行政システムのなかで機能させるには、組織文化的な課題があることがわかった。(細野)アメリカ合衆国2000年大統領選挙で明らかになった投票集計機材の誤差問題に対応すべく策定された、2002年10月の連邦政府の対策法がなぜ不十分なものに終わったかを、自治体の新技術への対応能力の格差にからめて、キングダンの政策モデルで分析。
著者
茅 陽一 手塚 哲央 森 俊介 辻 毅一郎 小宮山 宏 鈴木 胖
出版者
東京大学
雑誌
重点領域研究
巻号頁・発行日
1989

I.統合型エネルギーシステム(IES)1)システム構成の分析と効果の評価:3種の統合概念を提案した。第一は供給面での統合で供給の量・価格変動に対処し、第二は需要面の統合で需要の変動に容易に対応し、第三は規模の統合で同一システム内で異なる規模の設備を包括、両者の欠陥を補完する。これらの利点を数値的に示し、更にこの柔構造を有するシステムがCO_2削減にも効果的に対応出来ることを示した。2)CO_2の海洋循環と回集技術:地球温暖化対策の基礎として海洋での炭素循環を検討し有機炭素の役割の重要性を数値的に示した。また、産業から排出されるCO_2回収と海洋への廃棄の基礎的検討をした。3)高温核熱によるCO_2排出削減:IESの一つの方式は原子力の拡大利用で、高温核熱がエネルギー変換に有効に利用出来、結果的にCO_2削減に有効であると示した。4)規模の経済性の検討:電力システムを対象に検討し、設備建設コストの規模の経済性が認められる一方で、稼動率やシステムの周辺コストで規模のデメリットが認められることを示した。II.広義のロードマネージメントの研究1)分散型エネルギーシステム導入のポテンシアル:近畿地方を対象に、地域的需要分布を詳細に調査・モデル化し、太陽光及び燃料電池の導入のポテンシアルを検討し、かなり高い可能性があることを示した。2)民生部門におけるロードマネージメント:近畿地域対象の詳細民生需要モデルを作り、その調整可能性を検討した。電力のロードマネージメントの有効化にはガス冷房の普及が鍵となること等興味ある知見を数多く得た。3)コージェネレーションの民生利用評価:民生建築物を対象に運用モデルを作成、特に需要パターンがシステム選択に及ぼす影響を検討し、システム評価手法を提案した。4)産業用の共同火力運用プログラムの開発:産業での自家発電設備やコージェネレーションの運用に多大の示唆を与える知見が得られた。
著者
小宮山 宏 中田 礼嘉 山田 興一 角張 嘉孝 松田 智 小島 紀徳
出版者
東京大学
雑誌
総合研究(A)
巻号頁・発行日
1994

平成6年度には大規模スケールでの降雨量分布を予測するためのシミュレータの開発を行った。本シミュレータを地球レベルのグローバルモデルから与えられる境界条件、初期条件等のもとで利用し、オーストラリアでの地表条件と降雨量の関係についての検討を開始した。乾燥条件下における、樹木および毛管力作用による地下水、特に塩水の上方への移動、地上部での塩分蓄積を模擬土壌を用いて検討した。その結果、太陽光を想定した赤外線照射条件下で水分移動が促進され、表層への塩の蓄積を抑制しうることが分かった。また、砂漠に降雨をもたらすためには湿潤な空気と上昇気流が必要であり、人工山の設置する方法と、熱対流により上昇気流を起こす方法とがリストアップされ、検討を進めている。湿潤空気の発生については、人工の浅瀬による蒸発促進を考え、浅瀬での湿潤空気の生成過程を定量化するため、浅い水面上での熱収支モデルを構築し、任意の条件下で平衡水温と水の蒸発速度を推算できるようにした。さらに、砂漠緑化の水収支のうち、モデル実験により蒸散量・土壌水分・地表面蒸発の総合依存関係を調べた。植物の蒸散による水の持ち去りは土壌水分量の豊かさに比例するが、土壌がある程度乾燥すると蒸散量はむしろ抑制されることが明らかになった。平成7年度は前年度に引き続いて砂漠気象シミュレーションのプログラム開発、および要素技術のモデル化を進めるとともに緑化シナリオの策定および評価を行った。西オーストラリア砂漠内に海岸を含む600km×600kmの領域を設定し、物質収支、エネルギー収支に基づくプログラム計算を行い、大気中の水蒸気量や降雨量の変化を求めた。その結果、アルベド、表面の起伏、含水率を変化させることにより、大気中の水蒸気量や降雨量を増加させることができた。さらに砂漠緑化シナリオの具体性を高めるには、緑化により固定された炭素のコストを計算するとともに、他の対策技術と比較を行うことが必要であり、そのための評価手法および一時的評価の具体例を検討した。二酸化炭素問題は地球温暖化問題、エネルギー問題とも重なる部分が多く、これらへの副次的効果についても検討を進めた。
著者
寺本 研一 高瀬 浩造 寺岡 弘文 有井 滋樹 斉藤 佳子 田中 雄二郎
出版者
東京医科歯科大学
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
2001

1)ES細胞より肝細胞の分化誘導に関する研究前年度までの研究で、我々はマウスES細胞より胚様体細胞を経由してアルブミン産生細胞を分化させることに成功した。この細胞は尿素合成能、アンモニア分解能を持ち、肝細胞にきわめて近い細胞と考えられた。この細胞をC57BL/6マウスに肝障害の条件下細胞移植したところ生着し、アルブミンを産生した。しかしながら、同時に20-30%の頻度で奇形腫の発生をみた。今回、奇形腫発生を抑制するために、細胞のセレクションを行った。まず、胚様体細胞より単層細胞培養を行い15日目に分離し、パーコール法により比重で細胞をセレクションした。この細胞群はoct3/4の発現はネガティブであった。この細胞を上述の肝障害モデルマウスに移植したところ奇形腫の発生は認めなくなった。以上より、ES細胞より奇形腫の発生しない細胞群の回収が可能になった。また、さらにこの細胞群をFACS, MACSを使用し他の血球成分を除去することによりアルブミン陽性細胞を多く得ることが可能になった。また、これらの細胞は四塩化炭素による強い肝障害マウスにおいて凝固因子を有意に増加させることが判明した。2)カニクイザルES細胞ES細胞の臨床応用を目指して霊長類カニクイザルES細胞から肝細胞の分化誘導を試みた。霊長類ES細胞の分化誘導はマウスES細胞の分化誘導と異なる方法が必要であるが、我々の方法でアルブミン産生細胞を誘導することができた。3)血からの肝細胞の分化誘導我々は膀帯血からの肝細胞分化誘導に成功したが、アルブミンとCK-18、アルブミンとCK-19を発現する2種類の細胞を確認した。現在、胆管上皮細胞に分化誘導が可能かどうか研究中である。
著者
井上 清俊 金田 研司 木下 博明
出版者
大阪市立大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2000

肝臓において、類洞壁星細胞が活性化し線維化を生じるに伴って細胞質型のプリオン蛋白(PrPc)を発現することをヒントとし、肺の線維化におけるプリオン蛋白の発現について基礎研究および臨床研究を行なった。基礎研究として肺組織におけるプリオン蛋白産生細胞の解析を、肺線維症モデルを作成し免疫組織化学的手法を用いて行なった。正常肺では細気管支に多く分布し小顆粒を有するクララ細胞の細胞質にPrPcの発現が認められたが、核と顆粒には発現は認められなかった。ブレオマイシンの細気管支投与によって作成した線維化肺では、終末細気管支の周囲の線維化巣において細気管支が増殖し、増殖細気管支はPrPc陽性のクララ細胞に覆われていた。また、PrPc陽性細胞は、肺胞管の上皮と肺胞の再生した上皮にも存在していた。また、線維化巣にはα-smooth muscle actin陽性の筋線維芽細胞が多数存在していたが、PrPc陽性細胞とはその分布は異なっていた。これらの所見より、肺胞が障害を受けた際、クララ細胞が増殖し終末細気管支から腺房に遊走し、肺の幹細胞として増殖し損傷を修復する可能性と、肝と肺の筋線維芽細胞のheterogeneityの可能性を示唆している。臨床研究は、当病院において原発性肺癌症例で放射線療法と化学療法を施行した後、外科的治療を行なった摘出標本を用いて、プリオン蛋白発現を指標とした至適放射線量と範囲および術式の再評価を行なうことを目指した。摘出した標本においては、免疫組織化学的手法およびPCR法を用い検討じたが、放射線療法終了後約6〜8週経過し線維化が完成した為か、明らかなプリオン蛋白陽性細胞の増殖は認めなかった。今後はプリオン蛋白の発現が最も顕著と思われる時期、すなわち放射線療法の影響が強く存在し、明らかに線維化が完成する以前の肺組織を対象として、再度検討する予定である。
著者
金子 邦彦
出版者
東京大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
1999

生命現象の本質を適度に抜きだした力学系モデルを設定し、そこでの現象を解析することを通して、どのような条件のもとで、生命現象の特性があらわれるかを明らかにし、そのための論理を探った。(1)細胞分化システム:細胞内の化学反応ネットワーク、拡散相互作用、増殖だけによって、分化発生が起こることを示してきたが、この時にカオス的なダイナミクスを持って分化するような反応ネットワークを持った方が集団として速く増殖でき、選択されてきたことを示した。幹細胞から、分化、決定していく不可逆性が、多様性やカオスの減少として記述されることを示した。(2)空間的相互作用を含めた細胞分化モデルを解析し、チューリングの形態形成理論とは異なる型のパタン形成が生じることを示した。さらに、細胞内部のダイナミクスに基づいて位置情報が生成し、安定なパタンが維持されることを示した。(3)総分子数が少なく、ゆらぎが多い系では、コントロール的役割を持つ少数の分子と多様増殖をになう分子への分離過程が生じることを示し、デジタル情報を担う遺伝情報と代謝への役割分化を捉えた。(4)少数個の分子での反応系では、連続極限の力学系にゆらぎを加えた系とは本質的に異なる相への転移が起こることを見出し、その機構を求め、細胞内でのシグナル分子の性質との関連をも議論した。(5)ダーウィン進化論の枠の中でも相互作用によって表現型が分化すると、それが遺伝的進化を促しうることを示し、その成立条件調べ、特に、これまでの進化理論で説明されにくい、発生と進化の関係、進化のテンポの非一様性などを議論した。(6)時間スケール、空間スケールの異なる力学系が相互作用したときに速いスケールが遅いスケールに連鎖的に影響を与えるケースを探り、記憶、履歴構造を持つ力学系の原型を探索した。(7)分子内のモードが分化し、分子の一部に長時間エネルギーを蓄える構造が出現することを明らかにした。その時間が蓄えたエネルギーEについて、指数関数的に増大し、この緩和時間が余剰Kolomogorov-Sinaiエントロピーに逆比例することを示した。さらにこうして蓄えられたエネルギーを変換して利用するモデルを構築した。これは分子モーターの原理のひとつを与えると思われる。(8)この他、力学系ゲーム、関数力学系という新しい分野の開拓、計算の力学系的研究なども行った。
著者
室賀 清邦 高橋 計介
出版者
東北大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2005

17年度および18年度の2年間の研究成果は以下の通りである。1.マガキにおける粒子取り込み直径1μmの蛍光標識ビーズを用いてマガキにおける粒子取り込みについて実験を行ったところ、実験開始30分後には粒子は消化盲嚢細管に達し、消化細胞内にも取り込まれることが観察された。水温10℃の場合に比べ、20℃の場合はより効率よくビーズが取り込まれることが確かめられた。2.天然マガキおよびムラサキイガイにおけるノロウイルス汚染状況東北地方のある港において1年間にわたり、毎月1回天然のマガキおよびムラサキイガイを採取し、ノロウイルスの汚染状況を調べた。いずれの種類においても、汚染率は12月から3月の冬季に高く、夏季には低くかった。また、ノロウイルス汚染率は下水処理場に近い水域で採集された貝で高いことが分かり、汚染源は下水処理場であると推定された。3.養殖マガキにおけるノロウイルス汚染17年度は2箇所、18年度は5箇所の葉殖場において、マガキのノロウイルス汚染率を調べ、いずれにおいても冬季に最高50%程度の高い汚染率を示すことが確認された。また、それぞれの養殖場の夏季における大腸菌群数を指標とした海水の汚染の程度と、冬季のカキにおけるノロウイルス汚染率の間に、ある程度の相関性が認められた。4.養殖マガキの血リンパの酵素活性10ヶ月に亘り、2ヶ月間隔で6回サンプリングを実施し、養殖マガキの血リンパにおける酵素活性を測定したところ、血漿からは16種類の酵素が、血球からは17種類の酵素が検出された。これらの酵素は、年間を通じて常に高い活性を示す酵素群、常に低い活性を示す酵素群、および活性の季節変動を示す酵素群に分けられた。5.浄化処理方法の検討10℃で48時間流水浄化処理を行った場合は、浄化前後におけるノロウイルス汚染率に差はなかったが、25℃で48時間流水浄化処理を行ったマガキでは僅かではあるが汚染率の低下がみられた。
著者
住 明正 新田 勍 岸保 勘三郎
出版者
東京大学
雑誌
環境科学特別研究
巻号頁・発行日
1986

大気中の二酸化炭素の増加は、温室効果により、大気中の気温を上昇させ、大規模な気候変化を引き起こすとされている。しかしながら、従来のモデルの計算では、海面水温を気候値に固定して行なって来た。しかしながら、最近の大気ー海洋結合モデルの結果によれば、同時に、海面水温も増加するという結果が得られている。しかし、海面水温が上昇すると、当然、積雲活動が変化する。それ故に、【CO_2】の気候変化に対する影響を見積るためには、この積雲活動のふるまいを正しく理解する必要がある。このためには、積雲活動の振舞を充分に表現出来るような大気ー海洋結合モデルを用いれば良いのであるが、現在の計算機の能力では時期尚早である。そこで、本研究では、高分解能の東大大気大循環モデル(T4-2全球スペクトルモデル)を用い、海面水温上昇を既知として、その後の、積雲活動の分布の変化を計算し、【CO_2】の増加に伴う、気候の変化の予測を行うことを目標とした。その結果、熱帯域では、海面水温が東西に一様であっても、積雲群は特長的な分布をすることが分かった。つまり、海洋の西半分に、二本のITCZ(熱帯収束帯)が、そして、赤道上では、海洋中央から東に積雲群が分布する。この傾向は、初期値、海面水温の絶対値には、依らなかった。【CO_2】による海面水温の上昇は、東西に一様になるという結果が得られているので、そのような温度アノマリーを与えると、当然の様に、海洋西半分のITCZの積雲活動が強化される。その結果は、亜熱帯ジェットの強化、そして、低気圧活動の強化と一連の現象をへて、中緯度に伝わっていく。しかしながら、それは、東西一様ではなく、大陸の西半分で顕著であった。日本のように、大陸の東端には、それ程顕著な影響は見られなかった。この結果を確証するには、更なる実験が要る。
著者
伊藤 壽啓 喜田 宏 伊藤 啓史 大槻 公一 堀本 泰介 河岡 義裕
出版者
鳥取大学
雑誌
基盤研究(A)
巻号頁・発行日
1999

1997-1998年にかけて香港において鶏由来高度病原性インフルエンザウイルスがヒトに伝播し、18名の市民が感染し、うち6名を死に至らしめた。このウイルスはいずれの株も鶏に対しては一様に全身感染を引き起こし、高い致死性を示したが、哺乳動物に対する病原性では明らかに2つのグループに区別された。すなわちグループ1は50%マウス致死量(MLD_<50>)が0.3から11PFUの間であり、もう一つのグループ2はMLD_<50>が10^3以上であった。この成績から鶏由来高度病原性インフルエンザウイルスの哺乳動物に対する病原性にはウイルス蛋白の一つであるヘマグルチニンの開裂性に加えて、さらに別の因子が関与しているものと推察された。一方、野生水禽由来の弱毒インフルエンザウイルスを鶏で継代することにより、弱毒株が強毒の家禽ペストウイルスに変異することが明らかとなった。この成績は自然界の水鳥が保有している弱毒のインフルエンザウイルスが鶏に伝播し、そこで受け継がれる間に病原性を獲得し得る潜在能力を保持していること、また鶏体内にはそのような強毒変異株を選択する環境要因が存在することを示している。また、この過程で得られた一連の病原性変異株はインフルエンザウイルスの宿主適応や病原性獲得機序のさらなる解明のための有用なツールとして今後の研究に利用できる。そしてそれはプラスミドから変異インフルエンザウイルスを作出可能なリバースジェネティクス法の併用によって、さらに確実な研究成果が期待されるであろう。現在はその実験系を用いた人工ウイルスの作出に成功しており、今後、最終段階である感染実験による病原性獲得因子の解析を計画している。
著者
廣田 良夫 田中 隆 徳永 章二 清原 千香子 山下 昭美 伊達 ちぐさ
出版者
大阪市立大学
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
1998

高齢者を対象にインフルエンザワクチンの有効性等を研究した。1997〜1998年のシーズンは流行規模が小さかったため、antibody efficacyの算出を行なった。ワクチン接種後ワクチン株A/武漢(H3N2)に対するHI価≧1:256では、≦1:128に比べてインフルエンザ様疾患(ILI)の発病リスクが0.14に低下した(antibody efficacy:86%)。接種前HI価≦1:128の者が接種後≧1:256に上昇する割合は71%であり(achievement rate)、これらの積(0.86×0.71)からvaccine efficacyは61%と算出された。1998〜1999年のシーズンは流行規模がある程度大きかったので、直接vaccine efficacyを算出することができた。発熱38℃以上のILIについてはウクチン接種の相対危険(RR)は0.74〜0.79、発熱39℃以上のILIについてはRRが0.50〜0.54、ILI発病者(38℃以上)における死亡についてはRRが0.43であった。1999〜2000年のシーズンは、流行を認めなかったので、老人保健施設の入所者を対象に、2回接種による追加免疫の効果を検討した。その結果、追加免疫による良好な抗体獲得は認めなかった。また、同施設の職員を対象に抗体応答を調べたところ、健常成人では追加免疫を行なわずとも、1回接種で抗体獲得は比較的良好である、との結果を得た。また日常生活動作(ADL)が低い者では発病リスクが6倍を超えた。接種後48時間以内に現れた有害事象は、38.0℃以上の発熱を呈した者が0.8〜2%、注射部位の腫れを呈した者が3.2〜4%であった。